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No.993うそをつかない勇気 投稿者:きいじい(掲示板管理人) ...2017/05/29(Mon) 20:48

 今、問題になっている加計学園は聴覚障害教育とは直接関係のないことですが、教育という問題を考える上でとても大事な問題だと思うので、貧困家庭の子どもたちの学習支援をしているNPO法人の渡辺由美子氏の文章をそのまま引用し、記録として残しておこうと思います。
 前文部事務次官の前川氏はこのNPO法人の活動以外にも、夜間中学のボランティアとして高齢者等の学習支援をしておられ、週1度新幹線を使って地方の夜間中学に通っておられるようです。
 出会い系バーに出入りしてお小遣いまで渡していたという読売新聞の記事が出る前から、そのことはボランティア支援に行っておられるところでは、「貧困女性の実態を知りたいと思って何度か行っている」と自らも語っておられ、菅官房長官が言うような、教育行政のトップとしていかがなものか(→そのようないかがわしい人物の言うことなど信用に値しない)ということではなく、退職後も子どもの貧困問題に真摯に取り組んでおられる行動の一環というのが真相のようです(読売もちゃんと取材したのか疑問。多分官邸筋からのリーク記事でしょう)。以下は渡辺由美子氏の手記から引用します。

「あったものをなかったものにできない。」からもらった勇気
渡辺由美子 特定非営利活動法人 キッズドア (NPO KIDSDOOR / Non Profit Organization) 理事長

 前川前文部科学省事務次官が、加計学園をめぐる文書で記者会見をされた。様々な憶測が流れていて、何が真実か見えづらい。
 実は、前川氏は、文部科学省をお辞めになった後、私が運営するNPO法人キッズドアで、低所得の子どもたちのためにボランティアをしてくださっていた。素性を明かさずに、一般の学生や社会人と同じようにHPからボランティア説明会に申し込み、その後ボランティア活動にも参加してくださっていた。私は現場のスタッフから「この方はもしかしたら、前文部科学省事務次官ではないか」という報告は受けていたが、私が多忙で時間が合わず、また特になんのご連絡もなくご参加されるということは、特別扱いを好まない方なのだろう、という推測の元、私自身は実はまだ一度も直接現場でお目にかかったことがない。担当スタッフに聞くと、説明会や研修でも非常に熱心な態度で、ボランティア活動でも生徒たちに一生懸命に教えてくださっているそうだ。

「登録しているボランティアの中で唯一、2017年度全ての学習会に参加すると○をつけてくださっていて、本当に頼りになるいい人です。」と、担当スタッフは今回の騒動を大変心配している。
 年間20回の活動に必ず参加すると意思表明し、実際に現場に足を運ぶことは、生半可な思いではできない。
今回の騒動で「ご迷惑をおかけするから、しばらく伺えなくなります」とわざわざご連絡くださるような誠実な方であることは間違いがない。

 なんで、前川氏が記者会見をされたのか? 今、改めて1時間あまりの会見を全て見ながら、そして私が集められる様々な情報を重ねて考えてみた。これは、私の推察であり、希望なのかもしれないが、彼は、日本という国の教育を司る省庁のトップを経験した者として、正しい大人のあるべき姿を見せてくれたのではないだろうか?私は今の日本の最大の教育課題は「教育長や校長先生が(保身のために)嘘をつく」ことだと思う。
 いじめられて自殺をしている子どもがいるのに、「いじめはなかった」とか「いじめかそうでないかをしっかりと調査し」などと、校長先生や教育長が記者会見でいう。
「嘘をついてはいけません。」と教えている人が、目の前で子どもが死んでいるというこれ以上ひどいことはないという状況で、明らかな嘘をつく。こんな姿をみて、子どもが学校の先生の言うことを信じられるわけがない。なぜか学校の先生には、都合の悪いことが見えなくなる。周りの生徒が「いじめられていた。」と言っているのに「いじめ」ではなく、「友達とトラブルがあった」とか、「おごりおごられの関係」になったりする。それは今回の、あるはずの文書が「調査をしてみたが、見つからなかった。」であり、「これで調査は十分なので、これ以上はしない。」という構図とよく似ている。
自分たちの都合のいいように、事実を捻じ曲げる。大人は嘘をつく。自分を守るためには、嘘をついてもいい。正直者はバカを見る。子どもの頃から、こんなことを見せられて、「正義」や「勇気」のタネを持った日本の子どもたちは本当に、本当にがっかりしている。何を信じればいいのか、本当にわからない。

 小さなうちから、本音と建前を使い分け、空気を読むことに神経を尖らせなければならない社会を作っているのは、私たち大人だ。
「あったものをなかったものにできない。」
前川氏が、自分には何の得もなく逆に大きなリスクがあり、さらに自分の家族やお世話になった大臣や副大臣、文部科学省の後輩たちに迷惑をかけると分かった上で、それでもこの記者会見をしたのは、「正義はある」ということを、子どもたちに見せたかったのではないだろうか?

「あったものをなかったものにはできない。」
そうなんだ、嘘をつかなくていいんだ、正しいものは正しいと、間違っているものは間違っていると、多くの人を敵に回しても、自分の意見をはっきりと言っていいんだ。子どもたちとって、これほど心強いことはない。「正義」や「勇気」のタネを自分の心に蒔いて、しっかりと育てていいんだ。どれほど心強いだろう。

 今回の記者会見は、前川氏にとっては、何の得もないが、我々日本国民には非常に重要な情報である。報道によれば、くだんの大学のために、37億円の土地を今治市から無償譲渡し、96億円の補助金が加計学園に渡る計画だという。もし、大学が開学すれば、さらに毎年国の補助金が渡ることになる。96億円の補助金とはどれぐらいの額だろうか? 昨年、私たちを始め多くの団体やたくさんの方々の署名によって実現した給付型奨学金の年度予算は210億円だ。一人当たりの給付額も少ないし、人数もとても希望者をカバーできるものではない。なぜ、こんなに少ないのか?というと、「国にお金がないから」という。お金がないのに96億円、土地も合わせれば136億円もの税金を投じて、新たに逼迫したニーズを見られない獣医学部を作るお金を、給付型奨学金に回したほうがいいのではないだろうか?

 前川氏の記者会見は、このような税金の使い道について、もう一度国民がしっかりと考える機会を作ってくれた。今、憲法改正による教育無償化がにわかに浮上している。私は教育無償化に賛成だ。いや、賛成だった。しかし、大学の設置や補助金に信頼が置けない現状では、憲法を改正してまで教育無償化を急ぐことに、大きな疑念が生じている。

 結局、あまり市場ニーズのない、教育力のない大学等に、「子どものため」と言って税金がジャブジャブと投入され、子どもは質の良い教育を受けられない状況は変わらずに、一部の人だけが豊かになる。そんな構図が描かれているとしたら、恐ろしいことだ。

 何が事実かどうかは、わからない。しかし、前川さんの記者会見は確実に、考える機会を与えてくれた。
記者会見は、前川氏や彼の家族にとってはいいことは何もないが、本当は必要のない大学に多額の税金が使われるという、大きな損失を防ぐかもしれない。そのために、彼は勇気を出し正義を語ったのではないだろうか?

「あったものをなかったものにはできない。」
何が真実なのか、私たちはしっかりとこれからも探求していかなければならない。今後、どのように動くのか全くわからないが、私たちは、文部科学省というこの国の教育を司る省庁のトップに、強い正義感と真の勇気を持った素晴らしい人物を据える国であり、時に身を呈して、国民のためにたった一人でも行動を起こす、そんな人が政府の中枢にいる国だということは間違いない。

No.988自立活動・文法指導の内容は? 投稿者:きいじい(掲示板管理人) ...2017/05/28(Sun) 11:16

聾学校や難聴学級で行う自立活動は週2〜3時間ありますが、そのうちの1時間を文法指導にあてることが多いようです。週に1時間が多いのか少ないのか一概には言えませんが、基本的な日本語力を身につけている子(Jcoss日本語理解テストで小学部入学時点で9〜10項目通過=年長レベル)には、国語の教科書の中に出てくる文法事項を適宜とりあげていく(例えば教科書に出てくる動詞を取り上げた『絵でわかる動詞の活用』本会発行1,700円などを使います)ことで間に合うでしょう。
 しかし、日本語力の厳しい子たち(Jcoss通過数項目=年中・年少レベル)には、系統的な日本語語彙・文法が必要で、週2時間(+日記・作文指導1時間)が目安となるでしょう。

 ここでは、週1時間の文法指導を行っている東京都立大塚ろう学校の文法指導の標準的なカリキュラムを参考に添付してみます。意図的な指導の時間は週1時間で、だいたい基本事項を2年間でやれるようになっています。3年目は2年間で取り組んだことの補足や応用的・発展的な内容で取り組み、だいたい3年間で基本事項をおさえられるようになっています。

 大事なことはここで週1時間やれば日本語が身につくかといったらもちろんそうではありません。日本語の文を文法的に正しく読めるようになるためには授業で学習したことを定着させ、いちいち意識しなくても文をきちんと読みとれるようになるまで習熟することが必要です。そのためには、授業で学習したことを学校生活の中で具体的場面で使っていくこと(例えば動詞の「ます」「ました」を学習したら、授業の終わりの時に「やっと動詞の勉強が終わり○○○ね。ではこれから体育館に行きます?ました?どっち?」などと具体場面で応用する)、毎日、宿題でプリントに取り組む、子どもたちが書いてくる日記の中で学んだことを使わせるなど、その後の取り組みこそが大事です。そこをしっかり取り組んでいくことで子どもの日本語文法力がついていきます。 そして、年1回、Jcoss、「動詞テスト」「形容詞テスト」「助詞テスト」「リーディングテスト」などを使って日本語力の伸びを客観的に確認しつつ、残された課題に取り組んでいくとよいと思います。

No.969主部修飾型複文の指導 投稿者:きいじい(掲示板管理人) ...2017/05/20(Sat) 23:12

 今回は、主部修飾型の複文の作り方について書いてみたいと思います。
「主部修飾型」というのは、下の例文のような主部に名詞句がある複文の型です。

「色とりどりのはねの ついた ぼうしが 気に入りました」

 以下のような二つの単文を一つにまとめて複文にします(添付ファイル1)

1「おととい、母が ラーメンを 買いました」

2「ラーメンは おいしかったです」

 上の2つの文に共通する名詞は「ラーメン」です。この共通の名詞に着目して片方を名詞句にします。上の1の文を名詞句にすると、以下のような文になります。(添付ファイル2)

3「おととい 母が 買った ラーメン」
(このとき、「買いました」という「長い形」の動詞は、「買った」という「短い形」になることに注意します。)
3の名詞句を、2の「ラーメン」に置き換えます。(添付ファイル3)
「おととい 母が 買った ラーメンは おいしかったです」
これが「主部修飾型複文」です。
きこえない子は、このような複文を しばしば別々の文として理解することがあります。
「おととい母が買った」「ラーメンはおいしかったです」というふうに。文は句点(○)までが一つの文です。一つの文の途中にある動詞では文は終わらないこと、途中にある動詞はうしろの名詞を修飾していることを指導することが大切になります。

名詞句をつくる - きいじい(掲示板管理人)   2017/05/20(Sat) 23:16 No.971
添付ファイル2

複文にする - きいじい(掲示板管理人)   2017/05/20(Sat) 23:21 No.972
添付ファイル3

Re: 主部修飾型複文の指導 - きいじい(掲示板管理人)   2017/05/20(Sat) 23:25 No.973
もう一つ練習問題です。下の2つの文を「主部修飾型複文」にしてみて下さい(添付ファイル4)。
 
1「太郎が 車を つくった」 

2「車は 赤い」
 
「太郎が つくった 車は 赤い」(主部修飾型複文)

 (「太郎が 赤い 車を 作った」という形にすると「述部修飾型複文」になります。)
 

No.940複文の指導の方法は? 投稿者:きいじい(掲示板管理人) ...2017/05/14(Sun) 20:55

 久しぶりに日本語文法指導に関する質問をいただきました。表題のように「複文の指導はどのようにすればよいか?」という質問です。
 
 そこでまず複文についてですが、複文とは、国文法的に言えば「主部と述語のある文において、その中にある修飾部に主語・述語が含まれる文」のことです。複文のかたちにはいくつかのかたちがありますが、一つは「主部修飾型」と言います。

 例えばJcoss・日本語理解検査の20項目中13番目の「左分枝型」がそれにあたります。主部の中に主語・述語にあたる語がある文で、
「色とりどりのはねの ついた ぼうしが 気に入りました」(光村2上『ミリーのすてきなぼうし』)はこの型です。
 この文は、基本文型1の型(『きこえない子のための日本語チャレンジ』59頁参照)で、「ぼうし(主部)が 気に入りました(述部)」が基本の文型(必須成分)です。そして主部である「ぼうし」の前に「色とりどりのはねの(=が)ついた」という主・述関係のある修飾句があります。

 また、Jcoss17番目には「述部修飾型」という型があります。これは例えば
「たんぽぽは、このわたげに ついている たねを、ふわふわと とばすのです」(光村2上『たんぽぽのちえ』)のような文です。
 この文は、基本文型は2で「たんぽぽは たねを とばすのです」が基本の型(必須成分)です。
 そして、述部である「たね」の前に「わたげが ついている」という主・述があり、「たね」を修飾しています(Jcossには20番目にもう一つ「中央埋め込み型」という複文がありますが、長くなるのでここでは省略します)。
 
 このような複文は、どのように指導すればよいでしょうか?
 複文を指導する前にやっておくことは、名詞句が作れる練習です。これは名詞を修飾する形容詞を使った文で教えるのが最も基本的でわかりやすいです。例えば、ファイル1で示したような指導です。

1.まず「カレーを 食べる」という元の文を提示します。
2.この文の「カレー」(名詞)を詳しくするために、「カレー」について説明した形容詞文を作ります。 「カレーは からい」
3.この「からい」(形容詞)を名詞の前に出して「名詞句」を作ります。
 「からいカレー」
4.「からいカレー」を元の文に入れると、最初より詳しい文ができあがります。
 「からいカレーを食べる」
5.次に、さらに詳しい文にするために、二つの形容詞を使って練習します(ファイル2参照)「ラーメンを たべる」
6.ラーメンについて説明する文を二つ作ります。
 「ラーメンは あつい」「ラーメンは おいしい」
7.形容詞を名詞の前にもってきます。
「あつい ラーメン」「おいしい ラーメン」
8.形容詞が二つ続くときは、一つは「〜て」形にしますから「あつくて おいしい」となり、これを 「ラーメン」の前にもってきます。
 「あつくて おいしい ラーメン」
9.上の文を 元の文に 戻します。
 「あつくて おいしい ラーメンを たべる」
10.「ラーメンを たべる」は、本来は「誰が」が必要な基本文型2ですから、省略を補うと「ぼくは ラーメンを 食べる」が基本の形です。上記9の文は、
「ぼくは あつくておいしい ラーメンを たべる」が詳しい文になります。
このような名詞句作りの練習をまずやっておきます。

名詞句をつくる練習 - きいじい(掲示板管理人)   2017/05/14(Sun) 21:00 No.941
 (ファイル2)
名詞句をつくる練習をまずしっかりやります。述部にある形容詞や動詞を名詞の前にもってきて名詞修飾句が作れることを繰り返し練習します。

日本語の特徴 - きいじい(掲示板管理人)   2017/05/14(Sun) 21:30 No.942
さらに、述部の動詞を前にもってきて名詞句をつくるとどうなるでしょう?
「ぼくは あつくておいしい ラーメンを 食べる」
→「ぼくが 食べる あつくておいしい ラーメンは 〜(例)安い」となります。さらに
述部の形容詞を前にもってくると
→「ぼくが 食べる あつくておいしくて安い ラーメンは〜(例)売り切れました。」
 などと どんどん長くすることができます。日本語は このように、修飾する部分が前に前にと出ていく特徴があります。また、そのかかり受けは、文の意味から推察するしかないので、どこにかかっているのかわからないことがあります。
 例えば、「楽しい聴覚障害児の指導」と言っても、これだけでは「楽しい聴覚障害児」の「指導」なのか、「楽しい」「聴覚障害児の指導」なのかはわかりません。それは前後の文脈から読みとるしかないので、まずはこのような名詞句の仕組みを知っておくことが大事です。

次回は、「主部修飾型複文の指導方法」について書いてみたいと思います。
No.918自己肯定感をもった子を育てるために 投稿者:きいじい(掲示板管理人) ...2017/05/02(Tue) 05:50

 最近、「自己肯定感」ということばをよく耳にします。障害児教育の中でも「自己肯定感をもった子どもを育てる」ということが言われます。なぜ、自己肯定感が大切なのでしょうか? 

 昔の聾教育は口話法でした。そこでよく言われたのは「健聴者を目標に」ということばです。きこえる人のように「聞き、話せる力」を育てるということです。そのために「発音」が重視されました。いかにきこえる人のように明瞭に話せるか、そのための発音指導に多大な時間をかけました。「難聴」の子はまだしも、「全聾」と言われる聴力の厳しい子たちの多くは、とても社会に通用するような発音ができるまでにはいきませんでした。学校で「発音がきれい」と言われても聞きなれた先生や家族がききとれるだけで一般の人たちにわかる発音ができるようになる人はごくまれでした。

 自分で話せても、「聞く」ことはできません。そのために「読話」すなわち相手の話していることを口形から読み取る練習をしました。しかし、読話は相手との話題、文脈がわかっており、どういうことを相手が言うのか自分の頭の中に言葉を沢山もっていて類推力が働かなければ読み取れません。物理的な距離や方向の問題もあります。
 
 こんな「曲芸」のような教育が何十年も行なわれました。しかし、どこまでいってもきこえない人は絶対にきこえる人と同じにはなれません。そのために、自己肯定感が低い、いつも聴者に引け目を感じている聾の人たちが育ちました。「自分は健聴者にはかなわない劣った人間だ。だから健聴者の指示に従ってやる下働きの仕事しかできない」。

 このような教育がよい教育とは言えません。きこえない人はきこえなくてよいのです。「ぼくはきこえません。だから電話は無理です。でも、メールや筆談ならできます。わからないときは書いて下さい。後ろから呼ばれてもわからないことが多いです。ぼくを呼ぶときは肩をとんとんと叩いて下さい。・・・」こういうことが明るく素直に言えることです。自分が「できない」ことを人に言えるのは「できることはできる。できないことはできない」と素直に認める力すなわち自己肯定感をもっていないとできないことです。

では、それが実現できるにはどんな支援や教育が必要でしょうか? そのスタートは乳幼児期にあります。子どもが自分をこれでよいと実感できるためには、まず、親とくにお母さんが子どもを無条件にかわいいと思え、その眼差しを子どもに送ることから始まります。みかんの木はどんなにがんばってもりんごの木にはなれません。お母さんがどんなにりんごの木がよかったと思ってもそれはかなわないこと。みかんはみかんとして立派なみかんになればいいのです。
お母さんが「あなたはあなたでいい」という温かい眼差を子どもに送るとき、子どもはそれを実感します。
 とても不思議なことですが、赤ちゃんは「無様式知覚」といって視覚、聴覚、触覚、振動覚、固有知覚などの感覚器官の違いをこえて、どの知覚系でとらえたものも感じとることができる力をもっています。これは実験でも確かめられていて、生後数週間の乳児に目隠しをして性質の異なるおしゃぶりを吸わせ、目隠しを外しておしゃぶりを見せると、ちゃんと自分の吸ったおしゃぶりがわかる(赤ちゃんは自分の吸ったおしゃぶりをじーっと見つめる)のです。赤ちゃんはこの無様式知覚を使って、きこえなくても、母親の表情、眼差し、抱き方、体の緊張等々・・・から、お母さんが自分にどのような気持ちを向けているのか察知できるのです。
 ですから、お母さんが、「あなたのままのあなたが大好き」という気持ちをもっていればそれはちゃんと伝わります。そしてそのまなざしから「ああ自分はこのままの自分で愛されているんだ」と実感できます。お母さんに愛されている、自分はこのままでいい。そのかかわりが自己肯定感を育んでいきます。

 そのベースをつくるのに必要な時間はおよそ3年。「三つ子の魂百まで」と言われるゆえんです。この時期がきこえない子の乳幼児相談・早期教育の時期です。この時期に、「自分は自分のままでいい」という自己肯定感の土台をつくれることが、その後の子どものあらゆる成長・発達によい影響を与えることは言うまでもありません。

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