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絵日記の指導について 投稿者:きいじい(掲示板管理者) 投稿日:2016/09/12(Mon) 14:41 No.716

 難聴学級や聾学校では、日記を子どもたちに書かせ、担任の先生がそれを読んでコメントを書き入れるといった指導が行われています。
 しかし、教育課程の中で特別に日記を指導する時間が通常は設けられておらず、休憩時間や授業の空き時間を使ってササッと読んで一通りの指導事項(語句や文法の間違いの訂正、書かれていることへの簡単なコメント)を書いてまた子どもに返す、といったことが中心になっています。また、中には「訂正の赤ばかりになると子どもが嫌になって日記を書かなくなるので、訂正は基本的にしない」という先生方もおられます。

 いずれにしても結局はていねいに時間を割いて指導するという機会にはなっておらず、結果的に子どもの誤りがあまりなおらず(とくに助詞はただ赤を入れて訂正させただけでは直りません)、書き方も「今日は・・・楽しかったです」といったワンパターンの書き方が延々と続くといったことになっていることが多いように見受けられます。
これは非常にもったいないことだと私は思います。
 日記こそ、その子の「書く力」と「考える力」を高める最も大事な機会で、例え週1時間でもよいので特設の時間を設けてその書き方を指導することと、できるだけ毎日、一人一人の子どもと日記を前にして対話しその日の日記の内容について指導する時間を設けるのがよいと思います。
 また、「クラス便り」などで毎週、誰かの日記を紹介し、それについて保護者を含めたクラス全体でそのよさやこうするとよくなるといった点を共有していくとよいと思います。

 さて、私自身は、日記指導を以下の2つの点を目的にして指導してきました。

(1)文を正しく書き、豊かに表現する力を育てる(書記日本語力・表現力)
(2)自分や自分の生活をみつめる力、考える力を育てる(自己認識・思考力)

 日記指導はただ日本語の間違いを直すことだけでなく、上の(2)の点が非常に大切です。そこが聾学校の日記指導には欠けていることが多いのではないかと思います。子どもは自分で自分のことや自分の生活を振り返り、自分で考える力が深まってこそ、日記を書く意味が実感できるからです。
 
 また、先生方の日記の指導のコメントをみると、子どもの書いていることに対して「褒める」といったことが少ないように見受けられます。どんなにつたない文章でも必ず褒める中身があります。そこをしっかり褒めることです。先生方から見ると「書けて当たり前」のことかもしれませんが、そうではないと思います。指導のねらいにそって、そのねらいが達成されていれば「褒める」ことです。その上で、「ここをこうすればもっとよくなるよ」と返すことです。それが日記を子どが書きたくなるコツです。
 
低学年の日記指導で言えば、指導のねらいとは以下のことです。1年生前半では、下の1から3までができればよいでしょう。後半頃からは、4,5なども書けるようにしていきます。また、字数は1年前半は100字かければ十分です。終わりごろには200字程度書けるようになるとよいと思います。2年生では、さらにその倍の400字+100字くらい。

○低学年児童の日記指導の目標
1.身のまわりのことから、書きたいと思ったことを書ける。
2.したことを順序立てて書ける。
3.「いつ」「どこ」「だれ」「なに」「どのように」したかわかるように書ける。
4.だれかが言ったこと、自分の言ったことを「  」をつけて書ける。
5.そのとき自分が思ったことを(  )をつけて書ける。

 添付ファイルは子どもの日記の例です。
 埼玉県の東松山市にある森林公園は中はとても広く、それで自転車を借りたかったのだけれど、お金がかかるのでお父さんが「だめだめ」と言ったのだろうと思います。そのときの少し残念だった気持ちを書いています。
 兄弟もたくさんいる児童の家庭ですから、都内から森林公園まで行くまでですでに電車賃もかかっているのだろうと思います。そのうえに、自転車を何台も借りるのは経済的に厳しいに違いありません。
 この日記では、「だめだめ」とお父さんが言ったことだけで終わっていますが、それに対して自分はどう思ったのか、また、その時、自分はどうお父さんに言ったのかなど書けるようになると、自分の生活をみつめる力を育てることにつながっていくのではと思います。そこに日記指導の大切な意味があると私は思っています。

覚えるのが苦手な子の指導 投稿者:きいじい(掲示板管理者) 投稿日:2016/09/07(Wed) 21:36 No.710

 子どもたちの中には、単語を覚えるのがとても苦手な子たちがいます。とくに、聴力的に厳しい高度難聴の子に多いです。知的に遅れているわけではありません。
 初めて出会ったことばを一文字ずつ読めるのは読めるのですが、なかなかその文字を順番に正確に覚えることができず、覚えてもすぐに忘れてしまうといったタイプの子どもです。

 このような子たちは幼いときから覚えるのが苦手なので、日本語の単語がなかなか増えません。そして小学部までそれがずっと続くと、小学生になる頃には他の子どもたちとかなり差がついてしまいます。

 ここでとりあげる例は小1児童の例で、『はたらく自動車』の単元に出てくる自動車の名前を覚えられないということで、その指導をしたものです。因みにこの児童の年長時のWISCのワーキングメモリーの結果は、「数唱」検査では、順唱で3数字、逆唱は2数字しかできていませんでした。つまりなんとか3つの記号なら順番に覚えて言えるのですが、頭の中でその数字や記号の順番を入れかえて再生するということは2つが限界で、3つになるとできないという結果でした。

 指導の順は以下の通りです。会話は音声+手話を用いています。
1.まず4つの自動車を描いたワークシートを見せて、授業でやったことを思い出させながら自動車の名前とどんな仕事をするのかというその役割について話し合います(ファイル1)。そして、児童と一緒に音声と指文字を使って読みます。「トラック」「クレーン車」・・・

2.同じワークシートを使って、今、学習したことばを子どもに確認します。(ファイル2)
 T「荷物を運ぶ車はどれ?」
 C(指さし)
 T「(そうだね)トラック」と音声と指文字を使って読みます。
(もし、バスをさしたときは、「お客さんを運ぶ車だね」と説明し、「荷物を運ぶ車はどれかな?」
と再質問します)


3.教師が車の名前を言います。
 T「先生が自動車の名前を言うから当ててくださいね。パトカー(音声+指文字)」
 C(指さし)
 T当たったら「そうだね」とほめながら「パトカー」と再度言う。
 はずれたら、「いくつ字があるかな?」「ウ〜ウ〜ってサイレンならして走るよ」などとヒントを出しながら再質問する。(ファイル3)

4.絵と語頭のヒントをみながら名前を言う。
 T「なんだろう?」
 C語頭の文字を見て、名前を思い出して言う(音声+指文字)。
 T(Cがわからなかったら一緒に言う)

 このような方法で、子どもに記憶の負荷が大きすぎないように配慮しながら学習します。(ファイル4)

5.宿題
 家に帰って左側に子どもが答えを書きます。但し、
真ん中で折って左側だけ見えるようにして書きます。
 忘れて思い出せないときは、答えを見てもよいとするか、最後まで自分でやってみて、あとで答えを見るようにするかは子どもと相談して決めます。(ファイル5)

2.学習したことばの確認 - きいじい(掲示板管理者)   2016/09/07(Wed) 21:40 No.711
 上記2のワークシート
3.音声・指文字・文字の確認 - きいじい(掲示板管理者)   2016/09/07(Wed) 21:47 No.712
上記3のワークシート
4.絵と語頭をヒントに思い出す - きいじい(掲示板管理者)   2016/09/07(Wed) 21:55 No.714
上記4のワークシート
5.宿題 - きいじい(掲示板管理者)   2016/09/07(Wed) 22:00 No.715
上記5のワークシート
なぜ、0歳から手話を使うのがよいか? 投稿者:きいじい(掲示板管理者) 投稿日:2016/08/28(Sun) 23:09 No.709

 このような質問をある方から受けました。0歳から手話を使うのは、それにはいくつかの理由があります。

 まず、早い段階から言語(手話)が獲得できることで親子でのコミュニケーションがとれるようになることです。デフファミリーは別として、通常、聴者の親がきこえない子を授かることはまさに「想定外」のことであり、「障害」あるわが子を授かったことに大きな不安を抱き、罪責感に陥ります。そのような心理的不安から立ち直るためには、相談担当者などの専門家の援助が必要ですが、もうひとつ、「子どもとコミュニケーションがとれる」という自信や安心感をなるべく早く持っていただくために手話を早期から導入することが効果的です。
 
 赤ちゃんの手の運動発達は、構音の発達より早く、きこえる子の初語の出る時期よりも一般的には早いので、親御さんに「わが子と通じあえる!」という安心感を与えます。悲嘆にくれていた時期から立ち直り、子育ての楽しさを少しずつ味わうことができるようになります。このことは、当然、子どもにもよい影響を与えます。「自分はお母さんに愛されている!」という喜びと自分は愛されるに値する人間なんだという自分への自信、確信です。そしてこのことは、やがて自分が外の世界に目を向けていくことを可能にします。「きこえない自分」であっても自分は周りから認められ受けいれられているという信頼があるからこそ、安心して外界にかかわっていけるからです。
 
 こうして、早くから言語を介したコミュニケーションが可能になり、周囲への探索行動が積極的に行われて、子どもは言語も認知も発達します。つまり、子どもの全体的な発達が促進されるという効果がみられます。

 添付ファイルは、生後半年を過ぎたあたりから親が手話を使った子どもの1歳2〜3か月頃の言語発達の様子です(二人とも生後10ヵ月で初語。Aちゃんの初語は「パイパイ(おっぱい)」、Bちゃんは「クック(くつ)」でした。)
この表から、例えばAちゃんは1歳2か月で「赤い」という色を弁別し表出していますから、きこえる子の音声言語の発達よりも早いといえるでしょう(参考に示したように「色」がわかるのは通常2歳前後です)。獲得語彙数も二人とも100語以上ですから、言語獲得のスピードもきこえる子より早いことがわかります。

 また、手話を使うことは自己肯定感をもてる子に育つことにもつながります。「きこえない自分が使う手話という言語」が周りから認められ、使ってくれているということは、自分はこれでいいんだ、という肯定的な自己概念を育てるからです。

 「世の中の人は手話を使わない。音声言語の社会で生きていくためには音声言語が必要」という言い方がなされます。これは「世の中の人は点字を使わない。世の中の人は車いすは使わない。だから社会に合わせて・・・」というのとおなじことです。障害ある人が自分らしく生きていくためには、できないことをできないこととして認め、社会の側が少数の側に合わせるという発想が不可欠です(だから「手話言語条例」は大きな意義があります)。もちろん音声言語の獲得はできる子もいますからそのこと自体を否定する必要はありません。 しかし、「自分の言語」として手話をもっているということは、それがない状態できこえない人が音声言語を使えるということとは、自分の「アイデンティティー(自己同一性)」をどこにもっているのかという問題につながってきます。自分の「アイデンティティー(自己同一性)」が「きこえない側」にあるのか「きこえる側」にあるのかということは、その人の存在感や所属感を左右する大きな問題になることがあり、思春期や青年期以降に心理的不適応としてあらわれることが少なくありません。きこえない自分という「存在」を支えるものとして、手話は大きな意味があるわけです。
 

小学生以降に語彙を増やすには? 投稿者:きいじい(掲示板管理者) 投稿日:2016/08/21(Sun) 10:56 No.702

こんな質問をある方から受けました。なかなか難しい問題です。小学生まで手話だけでコミュニケーションしてきて、手話の語彙数が1500〜2000くらいあれば、手話と日本語を結びつけていくことは不可能ではありません。
 実際、小学生になる時点でJcoss(日本語理解テスト)で通過項目ゼロ(つまり名詞もほとんど日本語としてはわからない)であっても小学生以降に手話をベースに日本語を習得し、高学年になる頃には17〜18項目通過(聴児の3~4年生レベルの日本語文法力)まで行く児童が少なからずいるからです。
 
 しかし、日本語でも手話でも語彙がほとんどない子の場合、単語を覚える力自体が弱いことも多く、語彙を増やすことは非常に難しく、覚えては忘れ、覚えては忘れの繰り返しになりがちです。といってあきらめているわけにはいきません。
 
 では、どんな方法があるのか? 語彙を増やす特効薬というのは実は存在しません。ただ、絵カードを見せて「ことばだけ」覚えさせるといった方法は、手話で日常会話をし、手話語彙を習得している場合は、手話と日本語を結びつけることができますが(私たちが英語の単語と日本語を結びつけて覚えた方法です)、その語にまつわる経験も概念ももっていない場合は、それは「絵」と「ことば」を1対1で結びつけて暗記しただけのことですからほとんど意味がなく、覚えてもすぐに忘れるでしょう。 
 
ですから、ある語が出てきたら、実際にその語を体験すること(実物を見せる、実際にやってみるなど)が一番よいわけです。あるいは体験を思い出させることもできるかもしれません。
 また、その語を使った例文を作る練習は必ずやったほうがよいですし、できればその短文を暗唱させ、翌日もう一度言わせる一文暗記法などもよいと思います。
 さらに、その語を必ず使って日記を書いてくるといった宿題もよいと思います。
 それから、その語の類義語、反意語なども取り上げることで、語をバラバラに覚えるのでなく、関連付けて覚える(語のカテゴリー、ネットワークを作る)のが効果的です。(ワーク「ことばのネットワークづくり」参照)
 
 要は、語彙を増やす取り組みは一筋縄ではいかないということです。しかし、語彙が少ないと(とくに動詞の語彙数)、文が読めませんし、基礎語彙の上位概念として構成される抽象語彙が理解できなくなるので(ファイル2参照)、あきらめず、毎日コツコツ取り組んでいくことが大切です。がんばってほしいです。
 

語彙には構造がある。 - きいじい(掲示板管理者)   2016/08/21(Sun) 11:06 No.703
 上位概念といわれる語ほど抽象度が高く、その中に含まれる語も増えます。ですから、その下位に位置する基礎的な語をしっかりと身につけておかないと、抽象語が理解ができなくなります。
 基礎的な語彙は幼児期までに身につけておくのが理想です。きこえる子は、就学時にはだいたい3000〜5000くらいは表出語をもっていると言われており、教科書はその前提に立って作られています。
 きこえない子が3000の語彙をもつというのは相当大変なことです。でも、最低1,500語は日本語として身につけておきたいものです。(「おやこ手話じてん」は日常語彙1,300で作成してあり、そのくらいの数は日本語でも手話でもわかるようにしたいものです)。
どのくらいの語彙数があるか調べるには、親子手話辞典の各頁の最初の語だけを手話で提示して日本語で答えられる数をチェックして、それに10を掛けてみてください。手話を日常的に使っている子の日本語のだいたいの語彙数を調べることができます。
手話を知らない子の語彙数は、毎日の生活を観察し、子どもが使ったことばを記録していくことです。そうすれば、名詞形容詞動詞助詞など品詞別のその子の特徴などもわかります。
 
「手話を使うと言葉を話さなくなる」 投稿者:きいじい 投稿日:2016/07/04(Mon) 22:44 No.659

聴覚障害教育の世界ではよく言われることだ。ここで言う「ことば」とは、もちろん音声日本語のこと。昔から言われているけれど、でも、どこをどう調べてもこのことを証明した研究など存在しない。自分が20年以上聾教育に携わってきた経験からも、子どもたちはちゃんと手話と日本語を使い分けたり、音声を併用しつつ手話を使ったりしている。
 
 そこである時、アメリカでは研究があるのだろうかと思ってアメリカの聴覚障害教育の研究に詳しい大東文化大学の斎藤教授にたずねたら、「アメリカにもそのような実証論文はありませんね」とのことだった。

 では、なぜ、昔からこのような言説がまかり通ってきたのだろうか? と考えていたら、ああ、そういうことだったのかと思い至った。表題の「手話を使うとことばを話さなくなる」の「手話」とは日本手話のことだったのだ。それなら、ある。半世紀前ならなおさらだ。当事の手話とは、聾者の手話=日本手話だ。

確かに補聴器も人工内耳も使わず「日本手話」しかやらなかったら、「ことば(=音声言語)を話さなくなる」のは当然かもしれない。東京にある私立の聾学校ではそのような教育方針のもとに運営されているし、それをよしとして親はそこに通わせている。それはそれでよいのだ。
 
 しかし、表題の「手話」を音声日本語と併用する手話(いわゆる「対応手話」「口話併用手話」)も含めて考えると、これは完全に事実と異なる。
 結局、この言説は、「手話」の概念規定をしないままに、互いに都合良く解釈して議論がすれ違っていただけなのではないか? 

しかし、いすれにせよ、この「手話」を日本手話に限定したとしても、公立の普通学校や聾学校に通っているデフファミリーの子たちは、日本手話もできるし、対応手話もできるし、音声日本語を使って口話で話せる子もいるわけだから、やはり違うんじゃないかと思う。いやいや、聴者の家庭のきこえない子だってこれらを使い分けて育っていくわけだから、やはりこの言説はエビデンス(根拠)のない言説なんだと思う(頭のカタい大人が思っている以上に子どもの脳はほんとに可塑性があると思う)。
 
 不思議なことは、自分で確かめることもなくこの言説を信じて疑わない専門家は想像以上に多いことだ。「信じて従う」ことのほうが確かに「その世界」でやっていくにはラクではあるけれど、そのために子ども本人が犠牲になることもあることは知っておいたほうがよいだろう。
 私が知るある聾学校には、毎年のように「その世界(=音声だけの世界)」でこぼれてしまった(こぼされてしまった)子どもが入ってくるが、「なぜもっと早く手話を使わなかったのだろうか。手話も同時に使っていればもっとコミュニケーションができ、いろんなことを知ることができただろうな」と残念に思うことが少なくないからだ。

Re: 「手話を使うと言葉を話さなくなる」 - ふくしま@kidsfirst   2016/08/08(Mon) 08:49 No.669
先生の話題を逆の立場から眺めると、人工内耳ー音声言語を勧める人たちにも同じ言説がありまして、「手話を使うと言葉を話さなくなる」としてシンプルに手話を「禁止」する動きというのがまだまだあります。

先生もご存じと思いますが、他のすべての条件を調整すると、手話を禁じない方が言語的には高いレベルになるという報告はすでに出ていて、その論文の結論は「言語的刺激を奪われることの方がダメージが大きい」となっています。

Neurosci Biobehav Rev. 2013 37:2621-2630.
Cochlear Implants Int. 2014 15(3):121-135 など

最近、エビデンスレベルで手話と言語発達を取り上げた論文が出ていますが、これの結論は「エビデンスとして語れるほどのデータがない」ということでした。この点は先生の「おっしゃる通り」だと思います。

Fitzpatrick EM et al. Sign Language and Spoken Language for Children With Hearing Loss: A Systematic Review.Pediatrics. 2016 Jan;137(1)
投稿ありがとうございます! - きいじい(掲示板管理人)   2016/08/08(Mon) 20:14 No.671
投稿ありがとうございます。

ちょっと話がとぶようですが、私が初めて聴覚障害教育に足を踏み入れたとき、その世界ではベテランの先生に、ある研究会に連れていってもらったことがあります。しかし、聴覚障害についての知識のない私には、専門用語の飛び交う話は全く理解できず、あとで感想をきかれても何にも答えることができませんでした。もちろん記憶に何も残っていません。

物事を理解するための背景となる知識や枠組みを認知心理学では、スキーマと言っていますが、私には聴覚障害教育に関するスキーマがなんにもなかったわけです。

最近、しばしばテレビで見かける「今でしょ」の林修先生はほんとに物知りで、初めてきくことでも、先生の頭の中に構築されている無数のスキーマ(知識)を使って推論し、正しく言い当てます。ほんとは「初耳」なのに「初耳」ではなくしてしまうわけです。

このようにスキーマは、物事を理解し世界を広げていくために重要な役割を果たしています。そのスキーマを作り上げるために私たちは映像、イメージ、感覚だけでなく「ことば」を使っています。知識として頭の中に記憶していくためには「ことば」が不可欠。

では、スキーマはどのように子どものなかに作られるか?一歳くらいの初語の出る頃の子どもは、このスキーマを作る能力(「かたちルール」=子どもは見た目のかたちでものの名前を判断する)を生まれつきもっていて、かたちから推論して次々とことばを増やしていくのだと最近の研究では言われています。

かつての口話法の時代には、きこえない子の初語は発見も遅かったこともあり、3歳と言われていましたが、今は一歳代前半で人工内耳をして、二歳頃まで早まっているのではないでしょうか?
しかし、それでも、聞こえる子の一歳とは一年近い差があります。この差をさらに縮めるのは何かといったらそれはやはり手話だと思います。ふくしま先生の書かれている「言語的刺激」に、手話は早くから触れることが可能です。語彙のスキーマを早くから構築できるメリットははかり知れません。
語彙は、獲得され始めるとその速度はだんだん早まり(語彙爆発)、増えれば増えるほどひとつひとつの語の概念も豊かになるという性質がありますから(新しいことばを知ればそのことばとの比較照合がなされるので元のデータも上書き保存される)、この一年間という時間の差は計り知れないほどの膨大な量になります。

とは言っても手話は視覚言語。子どもが自分で「見ている」ときしか言語獲得はできません。
聴覚は後ろからでも暗闇でも入力可。そのモダリティーの差は、確かにあります。また、聞こえる親にとっても外国語のようなものです。さらに、日本語の獲得は別に考えねばなりません。そのハンディはあります。

しかし、それを考慮に入れても余りある、と思います。言語獲得だけでなく、早期のコミュケーション成立による親の安心感、子どもとの信頼関係の形成、周りが手話を使うことによる子どもの自己肯定感などを含めてメリットがたくさんあるからですね。
つまり、一歳前後で手話を獲得し、その後2〜3歳で補聴器や人工内耳を使った音声日本語もしくは視覚による指文字・文字日本語を獲得するという、手話・日本語の二言語教育がよいというのが私の考えです。
そして、成長した子どもたちの日本語の読み書き能力も確かによいことを、数値的にも実証できる段階に近づきつつあります(条件が複雑なのでとてもevidenceレベルとは言えませんが)。
語彙が少ないとスキーマが構築できない - きいじい(掲示板管理人)   2016/08/09(Tue) 08:04 No.676
ここでもうひとつ述べておきたいのは、ひとつめの言語獲得を音声言語から始める場合、二歳頃までに初語が獲得できる場合はいいのですが、それ以降になる子たちがいることです。この子たちは語彙のスキーマがなかなか形成できないために(入力自体がかなり曖昧なんでしょうね)、どんどん言語獲得が遅れていくことです。そのまま就学を迎えてしまうと、遅れが蓄積し、ちょっとやそっとでは取り戻せないところまでいってしまいます。どういう方針をとるのか、3歳半から4歳くらいの時点(年少になる頃)で判断する必要があるのではと思っていますが、はたしてどうでしょうか?
Re: 「手話を使うと言葉を話さなくなる」 - ふくしま   2016/08/11(Thu) 19:06 No.680
僕自身は、語彙のスキーマというより、それ以前の音韻処理の問題だと思っています。(そしてせっかく人工内耳するんだったら、良好な音韻処理能力を期待して早いほうがいいはず、という議論をリアルの方で先生と交わした話は横道の話なのでおいておくとして)

英語圏の論文などでしばしば語られるのは、例えばIT-MAISや、LittleEARSといった、初期の段階の「ことばに対する反応」があまり順調でないお子さんの場合、Clinical red flagとして「慎重な対応が必要」だとされています。

自分の経験では、こういう子たちの多くは音韻処理が苦手で、その二次的な影響のため語彙が伸びにくい、という形になるケースが多いと思います。もちろん、中には意味理解障害のお子さんもおられるので、全員という訳ではないのですけど。

もう一度話を戻して、その意味では3歳まで待たずとも、実は「しんどい」お子さんは、割と早期に判断がつくケースは多い、と、人工内耳の現場からは考えています。では次の疑問は、そういうお子さんに、どの段階で、どんな介入を行うべきなのか、ということが悩ましいところ、と考えています。
返信ありがとうございます。 - きいじい   2016/08/14(Sun) 22:02 No.690
 私が2〜3年前に見学した某県の聾学校幼稚部には、年中組(4歳児)に3人の子がいて全員が人工内耳。いずれも2歳前後で施術。2人は非常によく使えていて、子ども同士で音声での会話が可能。発音も非常に明瞭で「人工内耳をしている」と言われなければ気づかないほどよく使えていました。しかし、もう一人はほとんど使えておらず、発音も不明瞭、音声言語だけでの会話は難しく、先生を含む集団での会話は、人工内耳が使えている二人と先生の間で会話が盛り上がっているのに、その子は話題についていけず、先生もいろいろと説明するのですがどうにも伝わらず、とうとうその子はつまらなくなって、いらいらしてモノにあたったりぶらぶらし始めるという場面をみたことがあります。うしろから見ている母親はその子を叱るのですが、それは無理というもの。皆が話題を共有することが集団での教育の前提ですから、だれにもわかるためには共通のコミ手段になりうる手話が使われるべきだと思いました。
 
 また、年長組(5歳児)も見学しました。そこにも3名の子がいました(いずれも人工内耳)が、音声言語で、文脈が共有されていればきこえる大人との会話はなんとかわかるレベルですが、クラスの活動は音声だけでは難しく、活動内容は年長としてはやや厳しい内容にとどまっていました。担任の先生の話では「日本語力はどの子も厳しく聾学校を勧めているが、親御さんたちはいずれも『人工内耳をしたのだからインテグレーション』と考えている」とのことでした。

 さて、ふくしま先生が書かれていることを再度私なりに整理すると・・・
 
 ・・・IT-MAIS等によって、子どもの聴性反応をチェックしていくなかで「ことばに対する反応」があまり順調でない子がいて、そういう子たちのなかには、「音韻処理が苦手」(原因)なために→音声言語が十分に獲得できず→結果的に(音声言語の)語彙のスキーマが構築できない(結果)。また、このような「音韻処理が苦手」なタイプの子であるかどうかの判断は3歳前に可能。しかし、「どの段階で、どのような介入を行うべき」かの判断が難しい、と私は理解しました。

 しかし、私が知る限り、このようなタイプのお子さんも含めて人工内耳手術は1歳半前後〜2歳前後で多くの医療施設で実施されていて、人工内耳をしたのだから音声言語で、手話は排除して、という指導のもとに、就学時まで引っ張られている現状が少なからずあると思います。それが上記のような集団での教育の場でお互いに通じあえていない現実を生み出しているのではないかと思います。

 私は手話と日本語は対立するものではないと考えています。手話を使いながら音声日本語を話すいわゆる対応手話はそうです。耳から音声日本語をききながら意味を手話から理解することが可能ですから集団の中で互いに話していることがわかりあえることが可能です。

 また、「音韻処理が苦手」な子でも、手話ならわかる子は多いと思います。もちろん「音韻処理が苦手」な子たちの日本語獲得は難しい課題であることは私もそう思います。
 ただ、極めて少ない語彙の日本語で幼児期を過ごすと、言語も認知も社会性も知識も十分に身につかないのは当然のことですから、手話を使うかどうかの判断を聾学校幼稚部年少あたり(それが私の言っている「3歳半〜4歳」の意味です)で行う必要があると思っています。その判断が、それ以前にできればそれに越したことはありません(私は、できれば発見時からまず手話でスタートがよいと考えています。様々な理由で)。
小1算数〜文章題で躓かないために 投稿者:きいじい 投稿日:2016/07/30(Sat) 01:20 No.666

 久々の投稿です。このところずっと忙しくてなかなか原稿が書けません。今日は、ある方から質問のあった算数の文章題でことばがわからなくて・・という問題への対応についてです。

 算数の計算はできるけれど、文章題が・・というきこえない子はけっこう多いですよね。例えば「ひく」はわかるのに「とる」はわからない。「ちがい」となるともっとわからないといったことばの難しさです。

 実際の生活の中では、数を使う機会はけっこう多いのですが、いちいち私たちはモノを操作しながらことばで言って数えていません。「えっと、冷蔵庫にあるたまご5個のうち、3個使おう。そうすると残りはいくつになるかな?」なんて一人でぼそぼそ言いながら料理するわけではないですから。

 しかし、きこえない子どもにはこれがあえて必要なんですよね。

「花子ちゃん、冷蔵庫にいくつたまごあるか見てきて」「はーい。1,2,3・・・。ママ、5つあるよ」「じゃあ、そのうち3つ持ってきてくれる?」「うん、わかった」「ありがとう。今度お料理するときに、残りのたまごを使いたいんだけど、いくつ残っているかな?」「えっと、さっき5つあって、3つもってきたんだから・・・」

 まあ、こんな感じのやりとりを年長さんくらいになったらやることです。そうしたやりとりの中で算数で使うことばを使うわけです。じゃあ、どんなことばを?
下の添付ファイルに1年生で使う算数のことばをいくつか紹介してみました。これを表にして台所でも貼っておいたらどうでしょう。
 そして、それらのことばをかずを扱う場面で意識して使うのです。こうすることで、具体的なイメージを伴って算数で使うことばを身につけることがだんだんできるようになってきます。ぜひ、やってみてはどうでしょうか?

新刊案内 投稿者:きいじい 投稿日:2016/06/22(Wed) 07:14 No.655

 このたび「絵でわかる動詞の活用」と「はじめての動詞の活用CD」を出版しました。きこえない子の文法上の課題トップ3は、「動詞の活用」と「助詞」と「複文」です。ぜひ、動詞の語彙を拡げ、動詞の活用ができるようこれらの教材を使ってみて下さい。
 
「絵でわかる・・」は切り取り式のワークブックで、動詞の語彙と活用の問題が80枚入っています。またこれにはB5版40頁の付録がついていて、国内5社の国語教科書(低学年)単元から文法事項を解説しています。また、それに合わせるかたちでワークの問題が使えるようになっています。
 
 教科書の教師用指導書には、きこえない子の躓きやすいところの解説は載っていません。きこえる子のために作られたものだからです。そのため、基本的なところで躓いていることに気づかないままにどんどん教科書が進んでいくことになりがちです。そうした盲点を防げます。
 単品1,700円、下記CDとセットだと2,200円に割引になります。nanchosien@yahoo.co.jp(難聴児支援教材研究会)または03-6421-9735まで。 
 

 

付録 - きいじい   2016/06/22(Wed) 07:19 No.656
「文法の解説と解答」には、国語教科書の文法事項の解説が載っています。教科書の躓きやすいところ(動詞)と関連づけながら文法の学習ができます。
CD「はじめての動詞の活用」 - きいじい   2016/06/22(Wed) 07:28 No.657
 このCDには、動詞の活用の指導ができる授業用パワーポイントが入っています。このまま使って動詞の活用基本4形の指導ができますし、中身を子どもの実態に合わせて変更することもできます。

 さらに、ワーク「絵でわかる動詞の活用」の問題数を補う形で別の練習問題やテスト問題80枚も入っています。このままプリントアウトして使うこともできますし、掲載イラストを使って自分で別の問題を作ることもできます。
 単品900円、上記「絵でわかる動詞の活用」とセットでは2,200円に割引になります。
 nanchosien@yahoo.co.jp(研究会事務局)またはFAXで 03-6421-9735(木島)へ。
新刊の感想 - きいじい   2016/06/22(Wed) 07:33 No.658
新刊への感想が寄せられましたので1件紹介します。

【感想】国語科教科書を視野に入れて作成されている点がこれまでにない視点と感じました。本書の構成を拝見して、子どもたちの類推ができるようにしてあるところやヒントがあるところは、子どもたちに何よりも学習上の安心感を与えるように思いました(国立大学特別支援教育講座教員)
成人聾者の日本語文章教室から 投稿者:きいじい 投稿日:2016/06/16(Thu) 16:19 No.653

 先日、成人聾者の人たちと半年間(20時間)やってきた日本語文章教室が終わりました。
 すでに皆さん50代、60代なかには70代の人たちもいましたが、「日本語を学びたい!」という気持ちは強く、皆さん、本当に熱心に通ってきました。
 
 学習した内容は、文法と作文が中心で、文法では、助詞の使い方、動詞・形容詞の活用、そして日本語の基本文型にそった構文の方法。それからテーマ作文や自由作文の添削です。
 どの人も作文が好きで、一生懸命書いてきてくれました。ここでは、一つだけ、それらの作文から紹介してみます(個人情報一部カット。文は原文のまま)。

 「私は昭和○年、熊本県の母の実家で生まれた。二歳時、中耳炎の高熱で耳が全くきこえなくなった。耳がきこえなくても子どもの頃から差別されているとは感じず、近所や姉のお友達と木登り、ままごとして遊びました。母から話しました。大学病院の先生になるべく早く発語の訓練を始めたらいいと言われ、県立盲唖学校幼稚部にはいり、二年間発語の訓練しました。・・・(一部略)
 昭和○年に結婚のため生まれて始めて上京して、もう五十年以来になっています。主人はガンのため亡くなりました。一人息子は大阪に過ごしています。孫は国立大学三年生に心やさしい孫でときどきメール交信してます。」

 この方は比較的文の間違いの少ない方ですが、時々、ン?というところが見受けられます。成人の方々と一緒に勉強していてつくづく思うのは、聾学校の時に、もっと日本語の読み書きの勉強を徹底していたらもっと違っていただろうなということです。皆さん異口同音に言うのは「昔の聾学校は発音発音の毎日だった。でも、発音といっても口がぱくぱく動いているだけで何を言っているのかさっぱりわからないことが多かった」。
 
 私たちきこえる人間が口パクで英語をきいていても(見ている?)何を言っているのかさっぱりわからないのと同じ感じなのでしょう(曖昧なものは意味も分からないし覚えられない。覚えられないからいつまでも「わかる」ようにはならないということかなと)。
 
 文章教室をやってやはり難しいなと感じたのは、助詞の使い方と動詞の活用。自分の書きたいことでは、上の文のように比較的間違いが少ない。それは、自分の知っている文のパターンを使って書いているからでしょう。それも経験なのですが、文を読むというところでは、やはり内容を正確に読みとるのが難しくなります。語彙力、文法力に加えて幅広い知識や推論して読むという力が弱いのです。成人してからはなかなかそこまでは取り戻せないのが現実で、やはり幼児期から小学生にかけての基礎的な日本語力、思考力を育てておきたいなと成人の方たちの学習を通して強く思いました。

動詞の活用の教え方は? 投稿者:掲示板管理人 投稿日:2016/06/05(Sun) 11:08 No.649

あるフェイスブックに、ことばの教え方について貴重な意見が書かれていたので紹介します。
ことばの教え方には、二つの方法があり、一つは実際の場面で使っていくことが習得の近道になるというもので、これに適しているのは動詞や形容詞の活用法や日常語。
もう一つは同じ意味をもつが異なる言い方があるが使用頻度の少ないことば。以下、紹介します。(長文引用のため一部省略あり)

1.会話のほうが得意な言葉
2.絵カードやドリル等文字のほうが得意な言葉
の2つをうまく使い分けることでことばを教えるとき無駄な時間をかけなくていいようになるかと思います。
前者の会話のほうが得意な言葉とは…?
”動詞や形容詞等の活用形”と、”日常でよく使う言葉!”
動詞一つとってもいろいろな表現方法があり、活用形って結構聞こえる人は意識せずに使うことができるのですがどうしても難聴者は苦手になりがちです。
大人の難聴者でも結構間違って使っている人見かけます。某社が難聴者をターゲットにアンケートを出したそうですが、その際も意味をくみ取れないことも多々あったそうです。 文章力=学力の差にもなると思うので幼児期の内にしっかり身につけててあげてほしいと思っています。
どんな文章になるかというと…下のような文章になるんですね。(略)活用形がちゃんと使えず、そして能動と受動の違いが分からない。
・「今日はとても暑いでした」
・「夜ごはんを食べるあとに、お風呂あらうをしたり服を片付けるのいろいろなしごとがいっぱいで疲れました」
話が横にそれちゃいましたが、こういう活用形に関してはどんどん日常会話に盛り込んでいくことが大切です。
例えば”ドア×閉める” ひとつにしてもいろいろな言い方があり、その言い方ひとつで意味が全然ちがいますよね。
・ドアが閉まる
・ドアが閉まった
・ドアを閉めた
・ドアを閉めてきて
・ドアが閉まらない
・ドアが閉まりづらい

こういった言い方は紙に書いて覚えるよりも、その都度その都度何度も声かけをしてあげるほうが自然な活用形が子供の語彙にすっと入りやすいです。
話しかけ例:
(ドアが風でバタンと閉まった時)「わあードアが閉まったね!びっくりした〜」
(子供がドアを閉めた時)「○○ちゃん自分でドアを閉めたんだね!ありがとう!」
「あら、ドア開けっぱなしだった?閉めてくれたの〜ありがとう!」
などなど場面に応じて、こういう時はこういう使い方をするんだよ…みたいなことをうまくつたえていけることが大事かなーと思います。

後者の絵カードや絵本、ドリルのほうが得意な言葉とは…?
主に、”名詞”や、”日常ではなかなか使わない言葉”ととなります
たとえば、親の呼び方ひとつにしても、

・ご両親 ・両親 ・親 ・うちの親 ・父/母
・パパ/ママ ・おとうさん/おかあさん
・おとん/おかん ・とうさん/かあさん
・ダディ/マミー

・・・・と本当にきりのないくらいたくさんの呼び方があります。 こういったいろんな呼び方があるのを教えるには絵本であったり、ドリルやカードのほうが適しているときもあります。ただ、なかなか日常生活でこれらの言葉を全部使うことってないですよね?
そういうときにこそ絵本や絵日記、絵カードを活用するのがBESTです!
また、モノの名前などは明確なので、モノに貼り紙をしたりイラストや写真でカードをつくりやすいというのも一つの理由です。
お子様が「机」の単語を覚えたら、次は「テーブル」を教えてみたり・・・いろいろなやり方があります。
うまく1.と2.を使い分けることで、子供にとってもご両親にとってもベストな時間の使い方ができるといいなーと思っています。

以上です。確かにこの方の書かれていることは、基本的にこの通りです。
ただ、こどもは一人ひとり聴力や聴覚活用の程度が違うので、日常場面でその場面で使ったことばや動詞の活用がそのまま子どもに100%入力されるとは限りません。例えばドアを閉めながら大人が「このドア閉めづらいね」と子どもに言ったとします。同じ状況を共有していますから「このドアには困ったもんだ」という意味は伝わるでしょう。問題は「閉めづらいね」という一つ一つの音が子どもに正確に入力できたかどうかです。もしかしたら子どもは「閉めウらいね」と聞いたかもしれないのです。ですからこの言い回しを正しく覚えさせるためには、指文字を併用するか、文字に書いてみせるしかありません。
なかなか面倒ですが曖昧な音声で何度繰り返しても仕方がないのでそれを徹底したいものです。

それから、この方が書いておられるドアを閉める場面での様々な言い回し「ドアが閉まる、閉まった、ドアを閉める…」を絵に書いて整理してみるのもよいと思います(この方のいう2番目の方法)。それによって使い方のバリエーションが視覚的に明確になり、「ああ、こういうふうに使うのか〜」と子どもに100%入力され記憶されると思います。

実はこういうふうに整理したのが、もうすぐ出版する『絵でわかる動詞の活用』(難聴児支援教材研究会発行1700円)です。

高校で日本語を教えている人から 投稿者:きいじい 投稿日:2016/05/29(Sun) 21:08 No.645

 外国から日本に来た高校生に日本語を教えている方からこんな感想をいただきました。了解を得て転載します。

 先日、「きこえない子のための日本語チャレンジ」を購入しました。このテキストは、むずかしいことをよく解きほぐして、分かりやすく、また、さり気ないイラストとともに、すっきりと示してあることに、感動しました。つくり手の視点が、教えるほうにではなく学ぶ人のほうにあるからだという印象を持ちました。

 生きるためのことばとしての日本語を、十代になってからはじめて身につけなければならない私が関わっている子どもたち(高校の「外国につながる生徒」)にとっての難しい点と、きこえないお子さんにとっての難しい点とは共通しているのではと感じました。
 とくに、格助詞の使い方が鍵になることを私も日頃痛感しており、私にとってもこの本は参考になります。
この本の考え方、具体的な教授法を授業に反映させていきたいと思っています。」
以上です。

 外国からの子どもの日本語教育と聴覚障害児の日本語教育は、多くの共通点をもっていると思います。その共通点は、日本語を学ぶ上での文法的な難しさで、それはやはり「助詞」と「動詞」ではないでしょうか?
 助詞は、それ自体で「意味」をもっていないですし、動詞は多様に活用するからです。

 ちがう点は、外国人の高校生は音声言語の母語をもっている点、聴覚障害児は、母語として持っている言語が視覚言語である手話であったり、母語の獲得自体がおろそかになっていたりすることでしょう。
 その意味では、聴覚障害児の日本語習得の問題は、より難しさを抱えていると言えるかもしれません。

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