■ 過去ログ [ 0001 ]
過去ログ:   ワード検索: 条件: 表示:
Page: | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 |
動詞と動詞活用ワーク(幼児向)開発へ 投稿者:きいじ 投稿日:2015/11/08(Sun) 11:05 No.332

 きこえない子たちが日本語を身につける上で最大の弱点になっていることは、やはり日本語の語彙数が少ないことだと思います。
 
 つい先日、ある聾学校で5年生の国語の授業『たいぞうじいさんガン』をみせていただきましたが、その中でガンの好物である「タニシ」が出てくるのですが、この「タニシ」を知らない子たちがクラスのほとんどでした。このクラスは中等度難聴、人工内耳装用児も多く、おしゃべりが得意なクラスです。テレビなどからの情報を含めてこれまでに、どこかで見たり聞いたりしている機会が全くないということは考えにくいのですが、何気ない情報がどこかでなんとはなしに関連づけられて知識となっていくきこえる子たちとは違って、難聴レベルの子たちを含めて、きこえない子の情報摂取の難しさを感じました。

 こうした語彙の少なさは、幼児期においても同様の課題です。とくに名詞よりも複雑に活用する動詞のほうが習得は難しいです。名詞は抽象名詞を別にすれば目に見えるものが多いのに対して、動詞はある動作やものごとの状態や変化など、一連の動きの、ある一側面を切り出してそれに名付けたものなので(例えば「歩く」という動詞は、人や動物が足を使って移動する動きの一側面で、その速さが早くなればある時点から「走る」になります)名詞よりも抽象性は高いわけです。

 また、動詞には、肯定や否定(〜ない、〜ませんなど)、時制(〜だ、〜ました)、意思・意向(〜らしい、〜てほしい、〜かもしれないなど)がその語に含まれて多様に活用します。
さらに、動詞は文の要(かなめ)の位置にあり、他の部分は動詞を説明するかたちで文として成り立っているので、動詞がわからないと文を正しく理解することはできません。

 そこで、どうやって幼児期に動詞語彙の習得・拡充と動詞活用の習得を進めるのかということがとても大切なことになります。

 ところが、幼児期から動詞の習得を支援するワークのようなものは、どこを探してもほとんどありません。あっても、せいぜい「お受験」用のワークとか幼児向けサイトの動詞ビンゴくらいで、それはそれとして使えますが、そこからさらにステップアップし内容を深められる教材がないのです。
 もちろん、幼児期は、日々の具体的な生活場面の中での会話を通して、こうした動詞の複雑な使い方をマスターしていくのが本筋ですから、このようなワークは開発されてこなかったしその必要はない、と言えばそうかもしれません。
 しかし私は、そのことを認めながらも、きこえない子は、そうした日々の会話から落ちていく情報もたくさんあり、また、日々の自然な会話から一歩進めて、身につけた動詞や動詞の活用を視覚的に整理していく教材が必要だと感じています。

 そんな理由で、年長さんあたりから小低あたりに使える(厳しい日本語力の子であればそれ以上の年齢でも使える)ワークの開発に取り組み始めました。動詞の活用は非常に複雑多岐にわたるので、なかなかすっきりと整理できず、しかも幼児でもわかるように絵・イラストで作っていくことが中心になるので悪戦苦闘の連続ですが、来年の春頃完成を目標にがんばって作りたいと思っています。教材開発といっても一人での作業なので、独善的にならないよう、ぜひ、皆さんからのアイデアなどおききできればありがたいです。よろしくお願いします。

ファイル1は、動詞の活用で最も基本となる活用の例
(基本形と過去形)

ワーク例2(動詞語彙の拡充) - きいじ   2015/11/08(Sun) 11:12 No.333
 まず、動詞の語彙が少ない幼児は、動詞そのものを増やすことが大事です。そのためには、一つ一つのことばをバラバラにではなく、関連する語をまとめて整理し、記憶することが大切です。これはその一例で、幼児の生活の中の一場面を使って整理してみたものです。
ワーク例3(動詞のアスペクト) - きいじ   2015/11/08(Sun) 11:23 No.334
 動詞には、テンス(時制)という時間をあらわす区別の仕方(過去・現在・未来)がよく知られています。そうした概念は、中学・高校で英語を習ったから身についている概念なのですが(念のため教科書に出てくる国文法にはそうした概念はありません)、そうした時間の流れとは別に、アスペクトという時間変化の概念があります。
 これは、ある一つの動作や行為のはじめから終わりまでの時間の流れに即した表現です。例えば、「食べ始める」ー「食べている」ー「食べ終わった」などは、食べる動作の始まりから終わりまでを表しています。こうした時間概念に即した言い方も身につけておく必要があります。ここではその表現を取り上げてみました。
聴覚障害大学生と教育実習 投稿者:きいじい(掲示板管理人) 投稿日:2015/10/30(Fri) 22:47 No.331

聴覚障害大学生の中には、教員免許を取得してろう学校の先生になる人がいます。ろう学校にはまだまだきこえない先生が少ないですからもっともっと増えて欲しいと思います。

ところで教員免許を取得するためにはろう学校などで教育実習を行う必要があります。
かつて口話法全盛の頃、ろう学校に実習に来るきこえない大学生が「手話を使うな」と言われ、単位を認定してもらうために、やむなく口話で授業するという、理不尽なことがまかり通っていた時代がありました(想像してみてください。きこえない子どもと先生が互いに口パクだけでやりとりして授業をしている場面を)。

今、手話言語条例が各地で制定され、手話言語法成立も少しずつ具体性を帯び始めているこの時代にあって、こうしたことももう昔のことかと思っていました。

ところがつい最近、ある聾学校で、きこえない大学生が教育実習の際に、担当の先生から「なぜ手話を使うのか」ととがめられたと聞いて、のけぞってしまうほど驚きました。

一体このろう学校の先生は、きこえない者同士、本当に「音声だけ」で100%通じあえると考えておられるのでしょうか? もしそうだとしたらあまりにも聴覚障害という障害と、人がわかりあうためには相手が何を話しているか、まずきちんと受信しなければならないということの大切さと、きこえない人の基本的な権利の問題に、鈍感無知であると言わざるを得ないのではないでしょうか。

聴覚障害教育に関わる先生方には、優れた指導技術をみがくことはもちろんですが、自らの障害認識について、これでよいのかと自分自身を振り返っていただきたいものだと思います。

手話言語条例を制定した町のろう学校 投稿者:きいじい(掲示板管理人) 投稿日:2015/10/30(Fri) 12:14 No.330

手話言語条例が制定されている自治体にある、2つのろう学校を見学しました。

一つ目のろう学校では、聴覚障害教育の経験豊かな先生も多くいらっしゃいましたが、手話経験はまだ浅い先生が多いようで、手話の間違いもまだときどきあったり、手話なしの口話だけで授業をされている方もありました。管理職の先生の話では、「手話は手話言語条例が制定される以前から使っていた」ということでしたが、中学高校生はそうだったのかもしれませんが、早期教育や幼稚部教育では、手話お断りで、そのために他県のろう学校に転校せざるを得ず、そのことが手話言語条例制定の一つのきっかけでもあったわけですから、その説明は誤解を招くのでは、と思いました。

もう一つのろう学校は、経験の浅い若い先生方が多かったですが、手話をよく使っていました。とくに聴覚障害のある先生のクラスでは、音声でよくしゃべる子どもたちも皆、ちゃんと手話をして、話題が共有できていました。

二つのろう学校の違いがわかり、興味深かったです。

毎日新聞コラム「余録」より 投稿者:きいじい(掲示板管理人) 投稿日:2015/10/19(Mon) 22:21 No.329

 今日の毎日新聞コラム「余録」に、下のような内容の記事が掲載されましたので紹介します(毎日新聞「余録」は、朝日新聞の「天声人語」、読売新聞の「編集手帳」に相当するもので、社の論説委員が執筆するコラムです)。手話のことが学芸・教育面とか社会面、地方版などで、ある記者がとりあげて記事になるということは時々ありますが、全国紙の社説とかコラムで取り上げられるのはあまりないと思います。それほど、社会的に大きなこととして認知されてきたということでしょう。

 聴覚に障害がある児童や生徒が通う「ろう学校」などの教育機関で、手話の使用はかつて禁じられていた。口話(こうわ)法という発声訓練法が、絶対視されていたためだ。「手話を使って先生に見つかった子どもが、廊下に立たされることも多かった」と全日本ろうあ連盟の久松三二(みつじ)事務局長は語る。

▲教育現場で手話が評価され始めたのは1990年代、広がったのは2000年代とされる。ろう学校で手話を使うという、ごく普通に思える光景が実現するまで、道は平たんでなかった。

▲現在、手話の教育を支え、普及させる態勢作りという課題に多くの自治体は向き合っている。鳥取県が2013年に制定した全国初の「手話言語条例」は手話を正面から「言語」として捉え、手話を使いやすい環境作りを県の責務として定めたことで注目された。

▲鳥取県の試みがきっかけとなり、手話条例を独自に定めた自治体はすでに20を超している。群馬県が今年定めた条例は、聴覚障害を持つ子どもが乳幼児期から手話を学べるような教育環境の整備について踏み込んでいる

▲地方からは、手話の普及に必要な施策を総合的に進めるため「手話言語法」制定を求めるうねりも起きている。ろうあ連盟などの働きかけに応じて、全国地方議会の99・7%に達する1783の議会が法制化の意見書を採択した。残る5議会が加わる日も遠くはないようだ

▲「自治体の後押しは心強い。国の対応を促す大きな力となる」と久松事務局長。豊かな表現力を持つ言語として手話を支えることは、多様さと共生の精神の尊重につながる。地方は、そのけん引役にふさわしく思える。

 以上ですが、手話言語法制定もだんだんと秒読み段階に入ってきたと感じます。はたして聾教育はどう変わるのでしょうか? 学校関係、医療関係を含めてまだまだ聴覚障害関係の現場には手話否定の意識が根強く残っているのは事実です。

聾学校小1日記から〜日記指導の観点 投稿者:きいじい(掲示板管理人) 投稿日:2015/10/15(Thu) 22:20 No.328

前回(掲示板NO327)、聾学校小1の日記をいくつか紹介しました。今回はその続きで、また、別の児童の日記を紹介します。
 この子たちはどの子も乳幼児相談で手話を使うことからスタートし、幼稚部を経て小学部にあがってきた子たちです。「聾学校にいて手話を使っていると日本語の読み書きの力がつかない」との批判を耳にすることがありますが、それは違うと思います。公立の聾学校には、手話も日本語も大事にしている学校がたくさんあります。この聾学校もその一つで、幼稚部を終えた子どもたちの日本語の力は、一昔前とは確実に違うなと実感しています。
 この子どもたちの書いた日記をみると、少なくとも自分が書く文の中での助詞や動詞・形容詞の活用の間違いが少なく、名詞修飾用法なども使えるようになってきているのがわかります。前回は重度難聴児が中心でしたが、今回紹介する4人は音声中心のいわゆる「難聴児」と人工内耳装用児たちが中心です。以下、原文のまま紹介します(但し固有名詞は除く)。

1.「きょうの一じかんめは、うんどうかいのえをかきました。かいたえは、○○タイフーンのえをかきました。まわっているところをかきました。えがかんせいしました。つぎはさくぶんです。じょうずにかけるといいです。」

 運動会の作文で、まずこの日は絵を描いたようで、そのあと、文を付け加えるのでしょう。文法上の誤りは、「かいた絵は、・・」で始まっているので「・・です」と結ぶ必要があるところで、「かいた絵は・・・・絵をかきました。」となっています。「(私の)かいた絵は運動会の絵です」と「(私は)運動会の絵をかきました」の違いをこの機会に指導するとよいと思います。

2.「今日は、おにいちゃんのはいしゃさんとわたしのじびかにいきました。ひるごはん(を)たべたあとに、おもいでのマーニーをみました。とてもむずかしかったです。じまくがありませんでした。でも、じいちゃんからもら(っ)たDVDは、じまくあるかな。」

 一日の出来事を二つ順序立てて書いていますが、主として書きたいことは、後半の『おもいでのマーニー』のビデオを見たことでしょう。きこえない・きこえにくい子にとって、字幕のないビデオやテレビをそのまま視聴することは難しいことです。とくにアニメは口の動きも手掛かりにできないので、「とても難しかったです。」と書き、そのあとすぐに「字幕がありませんでした」「でも、じいちゃんからもらったDVDには字幕があるかな」と期待を寄せていますから、この児童の思いは、「もし、字幕があったらなあ・・。見たいアニメが楽しめるのになあ」ということでしょう。きこえない子・人にとって情報保障はなにより大事なことですから、日記の指導にあたっては、この思いを担任教師も受けとめ、また本人も認識を深められるようなやりとりが求められると思います。

3.「きょうはおとうさんとおうちのおそうじをしました。ぼくは、そうじきをはこぶおてつだいをしました。おとうさんは、へやのドアをあけて、そうじきをかけました。へやがぴかぴかになりました。おとうさんといっしょにそうじきをかけたのがたのしかったです。」

 大好きなお父さんと一緒に掃除をしたときの楽しさ、部屋が見違えるようにきれいになった様子がよく伝わってきます。一日の出来事の羅列ではなく、書きたいテーマが絞られています。また、名詞修飾構文を使っています。

4.「今日は、いえのそうじをしました。おひるにおばあちゃんといっしょにそばをたべにいきました。いえにかえってきて七五三のきものをなおしてくれました。そうじをし(、)そばをたべて大みそかみたいでした。」

 掃除をする→そばを食べに行く→着物を直してくれると、一日の流れを順番に書いた日記のようにみえますが、最後に「そうじをしそばをたべて大みそかみたい」と、二つの出来事を「大晦日」と結びつけてまとめていて、ユーモラスでちゃんと「テーマ」のある文になっています。もしかしたらおばあちゃんが着物を直してくれたことも「正月」を連想させたのかもしれません。
 
 前回と今回7人の児童の日記を原文のまま紹介しましたが、ある程度の日本語の読み書きの基礎を小学校入学までに築いておくことで、日記指導においても日本語の語彙・文法の指導で大半を費やしてしまうことなく、文を書くことによって自分自身を振り返り、生活を見つめなおす「認識の目」を育てることに指導の時間を割くことができるようになります。
 「手話を使うから日本語が身につかない」のではなく、「発達早期より手話を使うから、その土台の上に日本語もしっかりと身につく」ということが、紹介してきた子どもたちの日記からもわかるのではないかと思います。

聾学校小1の日記から 投稿者:きいじい(掲示板管理人) 投稿日:2015/10/07(Wed) 20:06 No.327

前回(掲示板NO324)、日本語の特徴の一つは、修飾語句が文の前に前に(横書きでは左へ)と展開していくと書きました。そして、こうした日本語の構文の特徴を学習するには、形容詞を使った名詞修飾の仕方の学習から始めるとわかりやすいと、ある聾学校小1の自立活動での指導を紹介しました。 
先日、この聾学校の小1児童の絵日記をみせてもらいました。以下、原文のまま紹介してみます(但し固有名詞は除く)。

1.「きょうは、よこうれんしゅうがありました。わたしがらいおんぐみのときにいっしょにあそんだ人がいました。○○さんです。○○さんは、きょうそうのおなじです。…」 

この学校では分校も一緒になって運動会が開かれます。徒競走の同じ組に幼稚部年長のときに一緒に遊んだ分校の○○さんをみつけた。そのときの驚きと嬉しさをこの児童は綴っています。「きょうそうの同じ」というのは、「競走の(組が)同じです」の誤りです。注目すべきところは、「らいおんぐみのときにいっしょにあそんだ人」の部分で、名詞修飾節を使って複文にしているところです。「らいおんぐみのときにいっしょにあそんだ○○さんがいました。」でもよいのですが、この児童は「・・一緒に遊んだ人がいました。」→誰かと思ってよくよくみたら「○○さんです」と、一度文を切って時間的な間をもたせ、その瞬間の驚きをうまく表現していると思います。

2.「今日は、あたらしいきょうかしょをもらいました。とてもとてもうれしかったです。なかみは、こくごとせいかつとことばでした。ことばは、学校におきました。」

 ぴかぴかの新しい教科書をもらったときの嬉しさを「とてもとても」と繰り返すことで表現しています。また、「あたらしいきょうかしょ」と、自立活動で学んだ形容詞の名詞修飾用法を使っています。学んだことを日々の生活の中で使っていくことは、学習した中身を定着させるために必要なことです。この学級では、それが実践できているのだろうと思います。

3.「きょうはさいたまのしんりんこうえんへいきました。ほんとうは、じてんしゃをかりるのができるげと(注:けどの誤り)、おかねをはらうので、おとうさんが だめだめと いいました。」  

この児童は交通量の多い都会では自転車には乗ることができないために、安全に乗れる森林公園で思いきり乗りたかったようです。しかし、それは家の経済力が許さない。本人もわかっているけれどやはり乗りたい気持ちは消せない。そのときのお父さんのことば(だめだめ)を書いています。カギ括弧の使い方を指導し、そのときの親子のやりとりをもうちょっとふくらませて書けると、自分や自分の生活をみつめるよい日記になるのではと思います。また、「自転車を借りるのが」と、名詞構成語「動詞+の」を使っています。この場合は「自転車を借りることが」でもよいと思いますし、こうした機会に「〜するの」「〜すること」の使い方を指導するとよいと思います。「〜けど」「〜ので」などの接続詞や接続助詞も正しく使えています。  

この子たちは三人とも100dB以上の高度難聴児です。0歳の時から手話でスタートし、聾学校でずっと育ってきた子たちです。多少文法的誤りはありますが、この時期の小1児童の日記としてはよく書けていると思います。

日記は、題材の選び方、題材への思考・認識の深まりという「内容」の面と、正しい表記(かな・漢字)や文法的に誤りのない表現など「技術」的な面からの指導が必要ですが、3人とも両面においてよくできていると思います。今後の成長が楽しみです。  

名詞修飾構文の指導〜小1自立活動より 投稿者:きいじい(掲示板管理人) 投稿日:2015/10/02(Fri) 21:19 No.324

 日本語の特徴の一つは、修飾語句が文の前に前に(横書きでは左へ)と展開していくことです。この点は、関係代名詞をつけて後ろへ(横書きなら右へ)展開する英語とは逆です。例えば、以下のような文があるとします。
 1.運動会に行った。
 これだけではよくわからないので、「運動会」(名詞)を説明する語句を付け加えてみます。

 2.東京の聾学校の  運動会に 行った。
 運動会という名詞を修飾する文「東京の聾学校の」が加わりました。前回の掲示板NO320に書いた「名詞+の+名詞」です。ここに、さらに「東京の聾学校」を説明する語句を加えてみます。

3.きこえない子たちが通う 東京の聾学校の運動会に 行った。
 これでかなり詳しく説明がついた文になりました。さらに、「きこえない子たち」を説明する部分を加えてみます。

 4.都内のあちこちに住んでいる きこえない子たちが通う 東京の聾学校の運動会に行った。
 「都内の・・・・東京の聾学校の」までは、すべて「運動会」という名詞を説明するための文であることがわかります。

 このように日本語は修飾する部分が前に前にと出て、いくらでも長くすることができます。このような名詞を修飾する複文は、国語の教科書の中でもけっこう早く出てきます。
 例えば、教育出版の国語小1上の最初の説明文「なにがかくれているのでしょう?」(下記ファイル)には、最後の頁に「上手に かくれることのできる 虫は、ほかにも いろいろいます。」という文があります。この部分は、子どもたちがしばしば「上手にかくれことのできる」で一度切り、「虫は・・・」と別の文として読んでしまうところです。
 もし、助詞が「の」ではなく、「上手にかくれることができる虫は・・」と、「が」になっていたら、「上手にかくれることができる。」「虫は・・」と切って読む可能性がさらに高くなるでしょう(複文に出てくる「の」は「が」に変換可能です)。
 
 こうした名詞修飾構文を教えるには、名詞を修飾する形容詞を使った文で教えるのが最も基本的でわかりやすい指導です。(これは『きこえない子のための日本語チャレンジ』でもとりあげています。)
 ある聾学校では、先日、小1の自立活動でその指導が行われていましたので紹介してみます(添付ファイル2参照)

 1.まず「カレーを 食べる」という元の文を提示します。
 2.この文の「カレー」(名詞)を詳しくするために、「カレー」について説明した形容詞文を作ります。
 「カレーは からい」
 3.「からい」(形容詞)を名詞の前に出して「名詞修飾句」を作ります。
 「からいカレー」
 4.「からいカレー」を元の文に入れると、最初より詳しい文ができあがります。
 「からいカレーを食べる」
 5.次に、さらに詳しい文にするために、二つの形容詞を使って練習します(添付ファイル3参照)

形容詞の名詞修飾(ファイル2) - きいじい(掲示板管理人)   2015/10/02(Fri) 21:25 No.325
 形容詞を使った名詞修飾構文の作り方の指導です。複文づくりにつながる最も基本的な指導で、このように日本語では、前に前にと修飾語句をもっていって文を詳しくすることを学習します。
さらに詳しい名詞修飾へ(ファイル3) - きいじい(掲示板管理人)   2015/10/02(Fri) 21:29 No.326
 形容詞2つを並べて名詞句を作ります。二つ形容詞を並べるとき、前の形容詞はいわゆる「て形」になります。
名詞化する助詞「〜の」(名詞構成語) 投稿者:きいじい(掲示板管理人) 投稿日:2015/09/27(Sun) 17:46 No.322

前回(NO320)名詞+の+名詞のときの助詞「の」ついて書きましたが、今日は、名詞化する助詞「の」について書いてみたいと思います。

 名詞化する「の」とは、名詞、形容詞、動詞の次にくる「の」です。国語教科書の単元では、東京書籍1年下の物語文「おとうとネズミ チロ」に何回か出てきます(他社の国語1年生教科書でも出てきますがそれほど頻度は高くありません)。引用すると、以下の文です。(下記ファイル参照)

1.チロのは ないよ。
2.チロというのは、おとうとねずみの名まえです。
3.そうよ。青いのと 赤いのだけよ。
4.そんなことないよ。ぼくのもあるよ。

 上記1、3、4はいずれも「名詞+の」で、国文法では準体助詞と言われています。この使い方は、その前に出てきたことの繰り返しを避け、省略する場合です(日本語は省エネ言語。「代名詞」的使い方です)。
 
 この単元では、おばあちゃんが孫たちに編んで送ってくれるはずの「チョッキ」のことで、1.「チロのは・・」4.「ぼくのも・・」というのは、チロのチョッキのことであり、3「青いのと、赤いの・・」は、青いチョッキ、赤いチョッキのことを意味しています。ですから、ここでは、「チロの」とはチロのなになのか?、「ぼくの」とはぼくのなになのか? 「青いの」「赤いの」はそれぞれ青いなになのか?赤いなになのか?を子どもたちに問い、それらがなにをさしているのか明確にしておく必要があると思います。
 
 また、上記1,4は「名詞+の」、3は「形容詞+の」、2の「〜というの」は、「動詞+の」ですが、いずれも「の」までを一つの名詞として扱うことができます。品詞カードを使って、下図ファイルのように視覚化できることも教えます。

品詞カードで表示〜名詞構成語 - きいじい(掲示板管理人)   2015/09/27(Sun) 17:51 No.323
 品詞カードで視覚化すると下記のようになります。黄色い四角で囲まれているのは、一つの名詞として扱うことができることを示しています。
格助詞「の」の指導(名詞+の+名詞) 投稿者:きいじい(掲示板管理人) 投稿日:2015/09/23(Wed) 23:38 No.320

格助詞「の」は、生活の中でも頻繁に使われています。「これ、誰の?」とか「机の上にあるよ」とか、「2年生の○○です」とか、結構頻繁に使っているので、格助詞の中ではどちらかといえば間違うことの少ない助詞かもしれません。
 とはいっても、文の中に出てくる「の」をどの子も正しく読み取れているかというと、どうもそうでもなさそうです。そこで、ここでは、名詞と名詞のあいだにある「の」について考えてみたいと思います。まず、小1の教科書に出てくる「の」からみてみます。

1.「はるの花 さいた あさのひかり きらきら」(光村図書・1頁)

2.「くまさんが、ともだちの りすさんに、ききに いきました。」(同・27頁)

3.「ながい ながい、花の いっぽんみちが できました。」(同・29頁)

 これらはいずれの「の」も名詞と名詞のあいだにある「の」です。このような「の」は、前の名詞がうしろの名詞を修飾しているのが特徴です。その意味では、名詞の前にくる形容詞のはたらきと似ています。例えば、上記1〜3の「名詞+の+名詞」のところを、形容詞を入れた文にしてみると、以下のようになります。

1.「はるの花」→「赤い花」
「あさのひかり」→「まぶしいひかり」

2.「ともだちのりすさん」→「かわいいりすさん」

3.「花のいっぽんみち」→「ながいいっぽんみち」

どうでしょうか? 「名詞+の+名詞」は、名詞を修飾する形容詞(「形容詞+名詞」)と同じような修飾用法になっています。意味としては「名詞+の」も名詞を修飾している「形容詞」も、「どんな〜」という意味になっています。
ですから、「名詞+の+名詞」も「形容詞+名詞」で大切なのはうしろの名詞で、前の名詞や形容詞はうしろの名詞をくわしく説明している名詞や形容詞ということになります。
そこで文に即して質問文をつくってみます。

1.「どんな花?」→「はるの花」ー「赤い花」

2.「どんなりすさん?」→「(くまさんの)ともだちのりすさん」ー「かわいいりすさん」

3.「どんないっぽんみち?」→「花のいっぽんみち」ー「ながいいっぽんみち」

 このように、「名詞+の+名詞」が出てきたら、「どんな〜」を使って質問することで、「の」の役割をはっきりとさせるとよいのではないかと思います。
 ただ、上の例文では「どんな〜」でよいのですが、文によっては「だれの〜」や「なんの?」「どこの〜」「いつの〜」などのほうが文に合っている場合も多いので、文に合うかたちで質問するとよいと思います。

4.「これは、きつつきのくちばしです。」
          (小1上・光村図書・44頁)
 →「どんなくちばし?」よりも「なんのくちばし?」

5.「はちどりは、ほそながい くちばしを、花の中に いれます。」(同48頁)
 →「どんな中?」よりも「なんの中?」

6.「そして、花のみつを すいます」(同48頁)
 →「どんなみつ?」よりも「なんのみつ?」

下は「はなのみち」(小1上・光村図書27頁)の文。
「ともだちのりすさん」は、友たちであるところのりすさんの意味で、同格の「の」とよばれています。
所有の「の」とともによく出てきます。

「なん(なに)の口ばし?」 - きいじい(掲示板管理人)   2015/09/24(Thu) 08:32 No.321
「きつつきのくちばし」=所有の意味をあらわしている。
 所有をあらわす「の」は日々使うことも多いのでわかりやすい。

「木の中」=位置関係をあらわしている。位置関係は指導が必要。「木の上」「木の下」「上の木」「下の木」など、それぞれ意味が異なる。
はじめて助詞と出会う絵本 投稿者:きいじい(掲示板管理人) 投稿日:2015/09/14(Mon) 10:05 No.318

 きこえの厳しい子どもたちにとって、助詞の習得はなかなか難しい面があります。それはきこえの程度による理由だけでなく、日本語での話し言葉(日常会話)では、英語のように主語を欠かせない文法をもつ言語と違って、お互いにわかっていることは主語であろうと助詞であろうと省略してもよい、という文法の言語という違いがあります。例えば、次のような会話があったとします。
 
 友人「どうだった、あれ?」
 私「ああ、よかったよ。行けば。」
 友人「へえ、そうなんだ。じゃ行こうかな」

 話題を共有していればなんの問題もなく成り立つ会話ですが、主語や助詞、目的語などが省略されているので、話題を共有していない人がこの会話をきいてもなんのことかわかりません。もし、この会話を省略なしに話すとすれば次のような会話になるでしょう。

 友人「きいじいさん、君が 昨日、みにいった映画は、どうだったの?」
  私「うん、私が昨日みにいった映画は、私はすごくいいと思ったよ。君もその映画を見にいけばいいよ。」
 友人「へえ、君がみた映画は、とてもよかったんだね。じゃあぼくもその映画をみに行こうかな」
 
 私たち日本人は、このような省略なしの文でお互いに会話したらうっとうしく感じるではないでしょうか。
 しかし、日本語習得という観点からは、正しい日本語の構文の仕方や助詞の獲得は、そのぶん難しくなるのは事実です。とくに、助詞は強く発音されることはないので、きちんとききとれないということもあったり、「が」と「は」、「と」と「の」と「を」、「で」と「へ」などは同じ口形になるので、読話という点からも区別が難しくなります。結果的に、助詞がなかなか身につかないということが起こります。
 
 ではどうすればよいでしょう? 最も大事なことは、日常会話の中で、くど過ぎない程度に、主語や目的語や助詞を省略しないで会話するということでしょう。
 例えば「もう。終わったの?」ではなく、「もう、○○ちゃんは、宿題は 終わったの?」。これでくどいと感じるのであれば「もう、宿題は 終わったの?」程度には目的語と助詞を入れるということです。
 
 それと、できれば助詞を指文字で表現するということでしょう。例えば「学校に行こう」なら、手話では「ガッコウ」「イコウ」の二つの手話単語で表現しますが、「ガッコウ」と「イコウ」の間に指文字で「ニ」を入れるという方法です。いわゆる「日本語対応手話」です。この使い方に、日本手話を主張する立場からの批判があることは承知していますが、「助詞」を身につけるために効果的であることは事実で、助詞習得までの一時期、この方法が必要だと私は思います。

 あとは、絵本や絵日記などの活用です。絵日記については「過去ログ」でまとめていますのでそちらをご覧いただくとして、絵本の活用についてですが、助詞そのものに気づかせるのに、とてもよい絵本があります。
 それは、かがくいひろしさん(故人)がお描きになった『だるまさん』シリーズ3部作です。2009年に発行し、2015年までに実に141刷のベストセラーです。
 格助詞の「が」「と」「の」を扱っています。発達的にも比較的早くから出現する格助詞で、きこえない子に助詞を意識されるには、とてもよい本だと思います。
 発行元はブロンズ社、3冊で2,550円+税

はじめて助詞と出会う絵本 - きいじい(掲示板管理人)   2015/09/14(Mon) 10:13 No.319
 助詞「が」はそのものを指すときに使います。
 助詞「の」はいろいろな意味・用法がありますが、この絵本では、「所有」をあらわす「の」が扱われています。「だるまさんの」「歯」「毛」など。
 助詞「と」は、格助詞と接続助詞がありますが、こkどえはは格助詞が扱われています。格助詞の「と」には主に「〜に対して」という意味の「と」と「〜と一緒に」と意味の「と」がありますが、この絵本では、両方扱われています。絵本に出てくる「いちごさんとあいさつする」ときの「と」は前者です。後者はどこで出てくるか、ぜひ探してみてください。
Page: | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 |