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No.1099ある聾学校6年生の作文から 投稿者:きいじい(掲示板管理人) ...2017/10/20(Fri) 21:40

衆議院選挙の投票日を間近に控え、声高に北朝鮮への圧力や制裁が叫ばれていますが、ろう学校の子どもたちも、北朝鮮の核開発やミサイル問題という現実に直面して、どうすれば平和的に解決できるのか、自分たちなりに真剣に考えています。
 
 今日は、「平和について考える」というテーマで、聾学校小学部6年生が書いた作文の一つを紹介します。
これを書いた女子児童は、幼稚部時代は、行動が皆よりもゆっくりでよく泣いている姿をみかけましたが、少しずつ言葉の力も伸び、年長修了の頃には、Jcoss通過項目数もなんとか文法段階に達し、みんなのペースについていけるようになりました。その後、小学部低学年の頃から読み書きの力もつきはじめ、考える力も順調に伸びていきました。そして、6年生になって、夏休みに読んだ本をもとに、この作文を書きました。以下、紹介します。


       「戦争は恐ろしい」 6年 〇〇〇子
 
皆は八月と聞いて何を思い浮かべるのでしょうか?
・・・私なら、平和と戦争です。
その理由は、八月六日広島「原爆の日」、八月九日長崎「原爆の日」だからです。
 だからこそ、私は、戦争についての本を読み返そうと思いました。
それが、この本を読むきっかけになりました。

 ぐにゃりと曲がったガラス瓶。
 黒こげになった路面電車。
 白いワンピースの女の子は燃えた。
 あるじをなくした懐中時計。
 時計の針は、八時十五分をさしたまま。
 
 そんなことが、七十年前に、この日本でほんとうに あった。『ヒロシマの風 伝えたい原爆のこと』の本を初めて読んだ後、夢に出てくるくらい、この本は、私に影きょうを与えるものでした。

 私が、特に印象に残ったのは、第二部「原爆詩集」です。理由は、実際に原爆を体験された人たちが作ったからこそ、イメージしやすく、悲さんさがとても伝わってくるからです。読んで、とても怖くなりました。
 
 その中でも特に印象深かった詩が二つあります。一つは、「水ヲ下サイ」です。カタカナで書いてあることによって、怖さが増して、背筋が寒くなり、ぞっとしました。

 二つ目は、「永遠のみどり」という詩です。「死と焔の記憶に」というところに恐怖しましたが、これからの未来、平和になって欲しい願いが胸にささりました。リズムがよく、又、すごく広島の風景、詩のイメージが思いうかべやすいからです。
 
 この本を読んで、“被爆者しか本当の想いを知ることができない”と思いました。・・・被爆した人々は、戦争はいけないという痛切な思いがあります。だからこそ、被爆者が書いた本とか、被爆者が語る体験話を読んだり聞いたりするのがとても大切だとも思いました。

 この本を読むまでは、戦争なんて七十年も前にあった遠い昔のことだと思っていました。でも、この本を読んだ後、私は気づきました。戦争は七十年前にあったことだと。そして、原爆を世界で唯一落とされた国が日本なんだと。

 第一部「おばあちゃんの願い」の中で、みどりはこう言っています。
「だからって、日本が戦争していい理由にはならないよね? 時代とかってすぐに大人は言うけど、それって、やっぱり言い訳だと思う」と。
 
 私は、みどりの意見に賛成します。そしてみどりのお父さんはこう答えています。
「・・・原爆は、この世で最悪のものだ。人間が作ってはいけないものだったんだ。原爆で死んでいい人なんてこの世界のどこにもいない。」

 その通りだと思いました。すごく胸のあたりがジーンとしみてきて、この言葉に共感しました。
 現在は金正恩委員長がミサイルをうったりしている。・・・そういう世界の中で、この言葉を世界中の人達が胸にとどめ、平和で争いのない世の中になってほしいと思います。    (原文のまま)

 以上です。世の中の問題に対して、自分なりに自分のあたまで しっかり考えようとしている姿勢が伝わってきます。この「考える力・考え続ける姿勢」を大事に育ててていくことが、その子が社会に出ていくときに必要な、本当の意味での言語力を育てます。そしてその力こそ、社会の荒波を超えていく大切な武器になるのではないかと思います。

No.1092「なにで名詞」ってなに? 投稿者:きいじい(掲示板管理人) ...2017/10/11(Wed) 09:51

学校で教える文法(=国文法、橋本進吉によって理論化された文法)には、「形容動詞」という概念があります。これは、働きは形容詞と同じですが、活用の仕方は動詞(古語文法ですが)と同じように「活用する」語ということになります。例えば「静かなるドン(夜あけ)」「遙かなる甲子園」。これらは古語文法動詞「なる」の活用形と同じです。現代では「静かな」「遙かな」と「る」は省略して使っていますが。)

 形容動詞はいろいろと議論のあるところで、「活用する語」として考えるのがよいのか、それとも、ある特別な「名詞」に「な、に、で」という「助詞」がくっついた語として考えるのがよいのかということで、日本語教育の中ではどっちが子どもにわかりやすいのかということが議論になったりします。
 しかし、どっちを採用してもすっきりと説明できないところがあります。例えば、形容動詞「きれい」には「な(連体形)」がついて「きれいな+川」と言えますが、名詞には「な」はつきません。「きりんな+ビール」とは言えないからです。だから名詞とは違うのだ、と“国文法派”は主張します。ところが名詞でも「高度」などは「高度な+技術」などと言えたりします。「な」がつく名詞もあるのです。

 また、国語辞典には活用する語(「食べる」「歩く」「美しい」など)は終止形で掲載されています。では、形容動詞はどうでしょう?例えば「きれい」は形容動詞ですが、この終止形は「きれいだ」です。ところが辞書には「きれい」で掲載されています。語幹だけが掲載されていることになります。これを動詞「食べる」に例えると「食べ」だけで載っているのと同じことになります。
 
 このように形容動詞はいろいろと矛盾をはらんだ概念なので、絶対に学校文法(国文法)を採用すべきという理論的な正当性はありません。だったらわかりやすく教えたほうがよい、ということで、「(ある特定の)名詞」に助詞「な、に、で」(あるいは“名詞”なので「です」の活用形)のくっついた語として教えるのが江副文法(新宿日本語学校長江副隆秀氏の理論)です。
この概念で教えると、確かにきこえない子にはわかりやすく教えることができます。

 添付ファイルでは、「静か」が例になっていますが、「静か」であれば、この特別な名詞には、うしろに「な」「に」「で」がつくことができると教えるわけです。「な」「の」がつくときは後ろに来るのは名詞や時数詞、「に」がつくときは後ろに来るのは動詞、「で」がつくときは「形容詞」か「なにで名詞」です。
 例えば、「静か」+「な」→「静かな部屋」です。実は「の」もOKです。「静かの森」など。また名詞ですから「静か+です」とも使えます。

いろいろな「なにで名詞」 - きいじい(掲示板管理人)   2017/10/11(Wed) 09:58 No.1093
 「なにで名詞」は、子どもと一緒に探して教室の壁に一覧表にして貼っておくとよいと思います。子どもがよく間違えるのは「きれい」。「きれいかった」と形容詞の活用をさせたりしますが、これは形容詞ではありません。「きれいな人」「きれいにする」「きれいできもちいい」「きれいです」となります。

添付ファイル参照

「かわいい」と「きれい」の違い - きいじい(掲示板管理人)   2017/10/11(Wed) 10:10 No.1094
 子どもの活用の間違いで多いのは「形容詞」の活用と「なにで名詞」とをよく間違えることです。語尾が「い」で終わる語です。
 例えば、「かわいい」とか「美しい」は形容詞ですから、「かわいいでした」「美しいでした」でななく、「かわいかった」とか「美しかったです」になります。
 
一方、「きれい」は「なにで名詞」ですから「きれいかった」ではなく、「きれい+でした」と、名詞のうしろにつける助動詞「です」の活用をつけて使います。これも、教室に活用の違いを掲示をしておくとわかりやすいでしょう。
(添付ファイル参照)

「から」と「だから」の使い方 - きいじい(掲示板管理人)   2017/10/11(Wed) 10:24 No.1095
 さらにもう一つ付け加えると、子どもの間違いによくあるのは、「かわいいだから」とか「きれいから」。

 形容詞には、接続助詞「から」をつけて使いますので、「かわいい+から」ですが、なにで名詞のほうは、「きれい+だから」と接続詞「だから」を使います。品詞カードを使うとわかりやすく説明できます。「から」には形容詞だけでなく動詞(例「行くから待ってて」)もOKです。先の尖ったカードですね。

 一方、「だから」には長方形のカードしか入れることはできません。なにで名詞、名詞、時数詞は使えます。「学校だから無理」「1分だからいいよ」など。

あと、動詞活用表や形容詞活用表と同様、文末の「です」の活用表も作っておくと子どもには分かりやすいです。

No.1090考える力を育てる幼児期の工夫 投稿者:きいじい(掲示板管理人) ...2017/09/29(Fri) 14:47

きこえない子たちは、日本語の読み書きの力が弱いだけでなく、ことばを使って考える力すなわち抽象的な思考力とか論理的な思考力が弱いということが言われてきました。
 例えば、これは以前にも紹介しましたが、以下のような3つの問題があり、この問題の3番目の問題は、聾学校高等部で正解できる子は4割程度という実態があるということです。この3番目の問題は、聴児では4年生でできる問題と言われている問題です(岸本裕史1982)。

問 1「太郎君はみかんより飴が好きです。飴よりチョコが好きです。太郎君の好きなものの順は?」 

問2「もし、ねずみが犬より大きく、犬が虎より大きいとしたら、大きい順番はどうなるか?」

問3「A町、B町、C町、D町、4つの町がある。A町はC町より大きく、C町はB町より小さい。B町はA町より大きく、D町はA町の次に大きい。大きい順番を書きなさい。」

 このような、3つ目の問題も解けるような抽象的な思考力を育てるために、私たちはどうすればよいのかということになるわけですが、これは、幼児期から生活や遊びの中で少しずつ積み重ねていく力だと思います。要するに子どもに「考える」経験をさせていくという当たり前のことなのですが、きこえない子には、意外とこのような「自分で考える」経験をさせていないのではないかと思うことが時々あります。

 どういうことかと言うと、手話を使うと日常生活の中で通じないという経験が少なくなり、生活の忙しさということもあると、生活の用が足りればそれでコミュニケーション終了! となっているのではないかということです。聞こえる子どもは、耳からの情報が沢山入ってくるのでそれでいいのですが、きこえない子はそれだけでは十分ではなく、情報入力の不足→自分の頭で考える経験の不足→思考力の不足ということが起こってくるわけです。

 では、そのためにどんなことをすればよいのでしょうか? それは、日常会話を「ご飯食べたの? 風呂に入ったの? もうテレビはおしまいにしなさい。九時だから寝なさい・・・」といったルーチンな会話で終わらせず、もうひとつ子どもとのやりとりを深め、子どもに「考えさせる」会話をするということです。

メモ帳を使った工夫 - きいじい(掲示板管理人)   2017/09/29(Fri) 15:01 No.1091
2 つ目の添付ファイルは、ある年中児の保護者のメモ帳です。
「カーテンを開けてちょうだい」といった何気ない生活の中での一コマですが、そのちょっとした機会を逃さずに、「どうしてカーテンをあけるのか?」ということをわざわざ文字化して文で確認しながら子どもに考えさせ、会話しています。忙しい日々を送っている保護者も多いことかと思いますが、1日1回でもこうした手間を掛けることの積み重ねが子どもの考える力を育てることにつながるというのも確かだと思います。

No.1087日記指導と文法指導は車の両輪 投稿者:きいじい(掲示板管理人) ...2017/09/24(Sun) 21:28

 前回、「見たこと」を日記に書くことの大切さについて書きましたが、今回も日記指導の方法について書きたいと思います。
 前回、日記を書いて送ってくれた小1の女の子(A子ちゃんとしておきます)から、また、日記がFAXで送られてきました。それに対してどのように返事をしたのかその返信の内容についても紹介したいと思います。

◎A子ちゃんの日記(原文のまま、92字)
「おとといあさがおのたねをきりました。
なかがはっぱみたいなものがありました。
わたしはすごいなとおもいました。
つぎの日たねをみたら、しろいのたねがくろいにかわっていたから びっくりしました。」

◎私からの返信(漢字にはフリガナあり)
 朝顔の種を切ってみたのですね。そうしたら、種の中に葉っぱみたいなものがあったのですね。それは、なんだと思いますか? そう、それが大きくなると、朝顔になるのですね。今はまだ、種の中にあるけれど・・。
 
 A子ちゃんも「わたしは すごいなと おもいました。」と書いているけれど、びっくりしたでしょう? 
それが 朝顔のいのちなんだよ。人間でいえば、お母さんのおなかの中にはいっている赤ちゃんみたいなものかな? だから、大事にとっておいて、来年の春、土の中に返してあげてね。

 それから、もう一つよい発見をしましたね。「つぎの日、たねをみたら しろいのたねがくろいにかわっていたからびっくりしました。」というところですね。
 白い種の中は、黒い種と少し様子がちがうかもしれませんね。

 あと、なにかの様子をあらわすことばで、最後が「い」で終わるとばがあるでしょう? 例えば、A子ちゃんが使っている「白い」「黒い」など。これを形容詞(けいようし)といいます。
 ほかにも「大きい」とか「小さい」、「長い」とか「短い」、「高い」とか「低い」などもそうですね。
このようなことばは、表のような変わり方をします。「白い」と「黒い」だったら、どうなるかな? お母さんとそうだんしながら表に書いてみて下さい。そうすると、
1.「しろいのたね」は、どうなればいいかな? ⇒?
2.「くろいにかわっていたから」は、どうなればいいかな? ⇒?

 実は、この日記の前にA子はもう一つ、「朝顔」についての日記を送ってくれていました。その日記は、朝顔の種をとったこと、かずを数えたら1つから6つまでいろいろだったこと、種には白いのや黒いのがあったこと、つるはすでに切れていて葉っぱは茶色になって死んでしまったことなどを書いていました。
 それに対して私からは「黒い種をとって、2,3日水につけてから、縦に切ってみるといい」ことなどを書いて返信していました。
 
 そして今回、それを実際にやってみて、その感想の日記だったわけです。朝顔は小1の生活科でとりあげる教材で、たいていは種をとるだけで終わります。しかしもう一歩踏み込んで、種を切って、その中をみることで「いのち」が育まれていることを発見できます。つるや葉は死んでも、ちゃんと種の中に命を宿しています。そして、翌年、その種を蒔くことで再び「いのち」が芽生えること、すなわち生命の循環について実感させることができます。

 このような思考と認識を育てることと同時に、もう一つ、聾学校で欠かせないのが日本語指導です。
 ただ、日本語の誤りは一つの日記で一つだけ取り上げることです。ここでは、形容詞の活用だけを取り上げています。
 しかし、FAXで文法指導まですることは難しいので、ここでは、形容詞活用の表だけを送り(添付ファイル)、とりあえずこの活用表を「白い」と「黒い」を使って埋めてみるように言っています。
 そしてあとは学校の文法指導に任せることになります。動詞や形容詞、助詞の間違いなどは、作文の中で赤を入れて直させただけでは、そこにある文法ルールがわからず、また同じ間違いを繰り返します。形容詞のルールは小1でも理解できますし、一度指導すれば間違いはしなくなります。その意味で日記・作文指導と文法指導は、日本語指導の車の両輪だとも言えると思います。

*形容詞の活用については「きこえない子のための日本語チャレンジ33〜34頁参照)

No.1085「見たこと」を書く日記の大切さ 投稿者:きいじい(掲示板管理人) ...2017/09/19(Tue) 13:02

 子どもが書く日記のタイプには二つあります。一つは「したこと(やったこと)」を書くタイプの日記、もう一つは「見たこと」を書くタイプの日記です。とはいっても、子どもたちが書く日記は、「今日は〜をしました」という前者のタイプが圧倒的です。
 後者の「見たこと」を書くタイプは、それこそめったに「見たこと」がありません。今日、紹介するのは、この「見たこと」タイプの日記です。聾学校の小学部1年生の女の子が書いたものです。

8月18日
「わたしは あしたのあさ あさがおが いくつさくか わかります。いくつさいたは はじめて 9さきました(筆者注;いくつ咲いたか数えてみたら、今日初めて9個も咲いたという意味だと思われます)
 ゆうがた つぼみを かぞえると あしたのさいたはなのかずが わかります。あしたは 2こ さくと おもいます。たのしみです。」(原文のまま)

8月19日
「きょうは こたえは 2こ さきました。『えっ。』やった。きのういったのは あたり! 『やった。』
 あしたは さくは わかります。あした4こさくと おもいます。」(原文のまま)
  
 この作文のよさは、毎日朝顔を細かく“観察”して、何度も観察した結果、自分で、次の日に咲く花の数が“予想”できることを“発見”し、それを日記に“記録”し、そして次の日に、自分の“予想”を“検証”し、さらにその結果を確かめるために、さらに観察を継続していることです。これはまさに「科学者の目」ですよね。

 そして、この日記が「見たこと」タイプの典型的なものです。もちろん、その中に「したこと」が含まれていないわけではありませんが、あくまで書く中心になるのは、「見た」対象そのものについてのことです。
 この日記では、朝顔という対象そのものに焦点化し、朝顔を深く観察し、そこから“仮説”を立てて検証する“仮説―検証”型の思考があるのがわかります。

 この女の子は聴者家庭の子どもですが、聴力も厳しく日常会話は手話中心です。書いている文にはまだまだ文法的な誤りも多いのも事実です。しかし、ものごとをみる力はとてもよく育っていて、科学的な思考の芽が育っていることがわかります。

 このように「見たこと」に焦点化して書くことによって、対象への、そして世界への認識をさらに深いものにしていくことができます。ただ、このようなタイプの日記は、ある程度、大人の側の指導も必要です。例えば、「今日は、タンポポを取って帰って、タンポポについて書いてきてごらん」「『秋になった』という書き出しで始まる日記の続きを家で書いてきてごらん」などとテーマを与えてクラスで一斉に書かせ、それを皆で発表する中で、さらに認識を深めていくといったやり方です。
 このような作文指導の時間が「自立活動」とか「国語」といった時間の中で週1時間は、聾学校では必要だと思います。

 そして、このような活動の中で培った思考の力と日本語の読み書きの力が備わったとき、いわゆる「9歳の壁」が超えられます。自分の言いたいことを論理的に、正確で、そして他者を納得させられる日本語の文章表現ができる、その表現力こそ、障害者に対する偏見や差別、理不尽な対応の残る世の中を生き抜いていくための大切な力なのだと思います。

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