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『子どもとママと担当者と3年5か月の軌跡』

南村洋子編著、ろう教育を考える全国協議会発行、2019年、1,000円

 

この本は二人の重度聴覚障害児ゆう君ととも君のママの育児記録に、南村洋子氏のコメントが付け加えられたものである。聴覚障害児の育児記録はこれまでにも数多く出版されてきたが、そのほとんどは聴覚口話法で指導された子どもの育児記録であった。しかし、今回出された子育て記録は"発達早期(生後4、5か月)から手話を使ってなされた子育ての記録であり、その意味で貴重な手話による子育ての実践記録であるともいえる。つまり、手話を使えばこのように育つという点で、手話教育(といっても大人が使っているのは口話併用手話だが)の実践モデルともいえよう。

南村新刊.jpgのサムネール画像

 

さて、ゆう君、とも君は二人とも新生児聴覚スクリーニングによって発見され、ゆう君は04か月、とも君も0歳5か月でOろう学校に来談し、学年進行とともにしばしば担当者が変わったが、手話を使い続けたことは変わらない。そして、その二人の2歳児クラス(=乳幼児相談)の修了までの子育て記録のうち、前半の生後4カ月から18カ月までの14カ月がゆう君ママの記録から引用され、後半19カ月から35か月までの17カ月がとも君ママの育児記録から引用されている。

 

二人とも発見の経緯、来談時期、その後の発達の様相(両耳100dB以上の重度難聴であること、発達障害はないこと等)は似通っており、一人の子どもの連続した子育て記録として読んでもそう違和感は感じない。また、家庭環境等での共通点としては、母親が就労していないこと、父親が育児に協力的であること、両親が愛情をもって子どもに関わり、子ども中心に生活をしていることなどであろうか。とくに母親が子どもとのかかわり方に工夫を凝らし、育児記録を熱心に書き、それに対してその時々の担当者がコメントして返すといった点も共通している。では、これまでの育児記録と何が違うのか? 最初にも書いたが、0歳より手話があったのかなかったのかということである。では、早期から手話があれば何が違うのだろうか。手話があるということは、子どもが「見てわかる!」ということであり、「手話を使う人(=きこえない人)」としての自分が、周りから「認められる」ということである。その意味は非常に大きい。認知発達や言語発達、情緒や意欲、対人関係、あらゆる発達を支える基盤をつくる。それが嘘か本当かはぜひこの本を読んでみてほしい。

 

きこえない子どもが手話を使ってコミュニケーションし、どう成長発達していくか、この記録のなかから見えてくるのは、これまでの聴覚口話を中心とした教育ではみることのできなかった豊かな発達である。一つだけ引用してみよう。ゆう君の12か月の時の記録である。

 

帰宅後、オムツを変えようとしたらいつもオムツを入れてある棚の中にオムツが一枚も入っていなかった。ゆうに「オムツがないね~。困ったなあ。あっそうだ、玄関にオムツあるから取って来よう」と言って、ゆうと一緒にとりに行く。オムツをオムツ袋から取り出し、「棚に置こうね」と言ってゆうと一緒に置きに行く。棚に置いて「終わりね」というが、ゆうはまた玄関に行き、オムツを2枚取り出して棚に入れる。私が「もう、オムツ要らないよ」といってもかまわずせっせと玄関のオムツ袋から取り出し棚がいっぱいになるまでオムツを入れ続けた。棚にもうスペースがなくなると、ようやく満足したようで、私の顔を見て「終わり」と手話表現する。「ありがとう。オムツいっぱいになったね。もう終わりね」とゆうに話しかけると、ゆうは満足した様子で「終わり」と手話表現する。

 

言語は知的認識も育てる。オムツを所定の場所に詰め、いっぱいになって「終わり」と手話をしたということは、ゆう君は、オムツ等の衣類がそれぞれ種類別に「分類」され、種類に応じて所定の「位置」が決まっていることを理解し、そこに自分のオムツを運ぶために行ったり来たりして目的的・可逆的に移動し、作業を達成した時に「終わり」と「言語」で宣言していることになる。聴力の厳しいきこえない子が音声言語をいかに早くから使っても音声言語の意味のある初語が1歳前後から出ることはほとんどない(少なくとも100dB 以上の子ではきいたことがない。早くても2歳前後であろう)。1歳から言語をもち、言語で思考するからこそ、豊かな発達が期待できる。この子育ての記録はその証明であると言えるだろう。その意味で、この本に隠されたもう一つのタイトルは「こうすればことばが育つ」である。 

 


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