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「9歳の壁(峠)」を越え始めたきこえない子どもたち

「9歳の壁(峠)」を越え始めたきこえない子どもたち

―ある聾学校における発達早期手話獲得と日本語文法指導10年の実践からー

                              

2018.4 木島照夫

(東京学芸大非常勤講師)

 

はじめに~ある相談担当者からのメールから

以前に成人聾者対象の相談担当者からメールをいただいたことがある。その内容は【資料-1】のようなものであった。 スライド2.JPG

幼稚部から高等部まで15年以上にわたって教育を受けながら、なぜこのように読み書きに苦しまねばならないのでだろうか? 

聾学校の小学部から高等部までの12年間で自立活動・国語の授業時間数を合わせると2,000時間を超える。それだけの時間をかけて学んでも社会生活に必要な読み書きの力が身につかないということはどういうことなのだろうか? 聾教育に関わる者としてその原因を追究し、考察したことをもとに実践し、その結果をさらに検証してみる必要があるのではないか。そう考えてから10年が経った。当時、筆者が在籍していた聾学校(仮称B聾学校)での幼児・児童の長期にわたる検査結果とその結果をもとに実践してきた10年間を振り返り、改めてこれまでの実践を検証してみた。

 

1.越えられなかった"9歳の壁(峠)"

(1)成人対象文章教室の経験から

ある地域の聾者協会から成人聾者対象の文章教室の講師を依頼されたことがある。そこで隔週2時間10回で合計20時間の内容で計画を立てた。右資料は、最初に参加者に書いても スライド3.JPGらった自己紹介文の一部である(資料-2)。これらの文には、語彙そのものは正しくとも、文法的な誤りがいくつかある。そしてその殆どは動詞と助詞であることに気づく。言い換えると、動詞と助詞こそが最も聾者にとって学習の難しいことだということなのである。この文章教室は結果的に十分な成果をあげることなく閉講した。筆者の指導能力の問題もあるが、絶対的に時間が足りなかった。すでに50代、60代の人たちである。学習しても次の時にはすっかり忘れている、復習する、しかし次にはまた忘れている、その繰り返しであった。聾学校の小学部で毎日学習する子どもたちとは、あまりにも条件が違いすぎていた。成人になってからの日本語の学びなおしの難しさを感じた。

 

(2)「読書力検査」半世紀の推移

【資料-3】は1970年代から2010年代までの「読書力検査」(*1)の平均読書学年の結果 スライド4.JPG(澤資料2016)である。このグラフから、どの年代においても、小学校3年生までは読書学年は学年の進行にほぼ対応して伸びていくが、4年生以降で停滞してしまうことが読み取れる。つまり、これまで半世紀にわたってきこえない子の読み書きの力(=「リテラシー」澤隆史2016)は小4年レベルを超えることができなかったことがわかる。この、きこえない子の言語力・思考力が抽象的思考のレベルに達しない現象のことを「9歳の峠」と呼んだのは、東京教育大学附属聾学校の校長萩原浅五郎(1965)であったが、以来、この峠(=のちに「9歳の壁」と一般的に呼ばれるようになった)を超えることが聾教育の大きな目標と考えられてきた。

 

(3)10年前のある児童の日記

この文(資料-4)は10年前のある聾学校小学部2年生の児童の日記である。時間系列に スライド5.JPG沿って書いてあること、自分が話したことが書いてあること、自分の気持が書いてあること、漢字が使われていることなど低学年の日記としての基本的な内容は満たしている。しかし語彙、文法の誤りが多い。160字の作文の中に16か所の誤りがある。音韻が身についておらず名詞が正しく表記されていないこと、そして、やはり動詞と助詞の誤りが多い。つまり文法的な誤りの中心は、成人の文の誤りと同様、動詞と助詞の使い方の誤りだということがわかる。ではどのように取り組めばよいのか? これまで助詞は「永遠の課題」と言われ、活用する動詞の指導も系統的な指導法はなかった(*2)。正しいモデルを見せ、言わせたり書き直させるだけだった。日本語文法の意図的・系統的・継続的な指導が必要だと思った。

 

(4)子どもの日本語文法力の把握

日本語文法の指導の必要性を実感したのには、もう一つ理由があった。確かに読書力検査で文法力をみることができる。しかしこの検査自体が聴児を対象としたものであり、小学生 スライド6.JPG以上の語彙力・文法力、読解力しか測定できない。それより下の年齢、つまり幼児レベルの文法力はこの検査では把握できない。きこえない子の多くはそのもっと下の段階から躓いているのである。そこで幼児期からの文法力が測定できる検査としてJ.coss(ジェイコス。日本語理解テスト*3)という検査を澤隆史氏(東京学芸大)から紹介された(資料-5。検査の内容については別資料)。そして、この検査を小学部児童に実施したところ、基本的な文法力が習得できていない実態が明らかになったのである(資料-6)。

 当時(2007)の結果は、資料-6のようであった(青線、小1・2年生)。検査の各項目20項目を横軸、それぞれの項目の通過率(通過者数/被験者数×100)を縦軸とすると、例えば「名 スライド7.JPG詞」の通過率(名詞検査項目4問全問正答者数=通過者の割合)は聴児小12年では100%、B聾学校小学部12年生では93%であり大きな差はない。以下、「形容詞」ではB聾学校74%、聴児95%、「動詞」では56%に対し聴児94%である。聞こえない子は動詞の獲得が苦手であることがわかる。この点、中川佳子(2010)による聾学校児童対象の結果(黄色線)においても同様の傾向がみられることから、聾学校児童の一般的な傾向であることがわかる。また、「否定文」つまり動詞の活用でもB聾学校児童の通過率は37%と低い。さらに、助詞「が、を」の理解が問われる「置換可能文」においては、聾学校児童はB聾学校も中川の結果も通過率は15%程度で、助詞の使用について理解できている児童は2割にも満たない。これでは国語教科書を読んでも正確には理解できないのは当然である。こうした現状を踏まえ、B聾学校では平成19年度頃より試行錯誤しながら日本語文法指導に着手していった。

 

2.日本語文法指導の実践

(1)動詞活用の指導

 きこえない子どもたちの文法力の実態から、まずは動詞の活用の指導から始めた。動詞は スライド8.JPG文の要と言われるように、話者の伝えたいことは文の最後部の動詞に表され、伝えたい内容や話者の気持に沿って非常に複雑多様にかつ微妙に変化する。聴覚活用ができる子どもたちは、耳から入る音声情報も活用して、日常会話の中である程度動詞の活用を習得できるが、聴力が厳しい子にとっては、ルールとして視覚的に活用の仕方を学ぶことが必要である。そこで、外国人のための日本語教育の方法を参考にしながら、動詞活用表を作成し指導したところ、このような動詞の活用も十分に小1から学習が可能であり、例文 スライド10.JPG作りや日記の中での指導を通して、動詞の活用の誤りも徐々に減っていった。そして、教科書の文の中においても「この動詞の基本形は何?」「この動作が終わったとしたら動詞はどう変わるの?」などの教師の問いにも答えられるようになっていった。 

  

(2)助詞の指導

Jcoss(日本語理解テスト)の6項目めには「3要素結合文」という項目がある。この項目 スライド11.JPGは別紙資料にあるような「太郎がラーメンを食べる」といったタイプの文である。このタイプでは助詞「が」と「を」が逆になると「ラーメンが太郎を食べる」という文になり、意味的におかしな文になる。仮に子どもがまだ助詞がわからなくても、3つの単語「太郎、ラーメン、食べる」さえわかれば、子どもの頭の中には必然的に太郎がラーメンを食べている絵を思い浮かべることができる。このタイプの文は「非可逆文」と呼ばれている。意味的に逆はありえない文ということである。

それに対して7項目めの問題「置換可能文」は、「太郎が花子を叩く」といったタイプの文で、もし「が」と「を」が逆になると、花子の方が太郎を叩くという意味になり、意味的にもあり得る文である。このタイプは「可逆文」と呼ばれている。助詞の指導において、助詞が全くあるいはほとんどわからない子には、この2つのタイプの文の学習から入り、「が」と「を」の違いを指導すると効果的であることが多い。順序としては、最初に「非可逆文」「太郎がラーメンを食べる」という文と絵を提示する。次に「が」と「を」が逆になると、「太郎をラーメンが食べる」という文になり、それを絵にするとラーメンが太郎を食べている絵になってしまう。これは子どもたちにとってはインパクトが大きい。これによって「が」と「を」が逆になると、意味が反対になるということを指導する。

子どもたちに難しいのは、一文字の助詞であり、ほかにも「に」「で」「と」などがあ スライド12.JPGる。これまでこのような助詞の指導は、「習うより慣れろ」という指導方法のもとに日記・作文指導などの中で行われてきた。しかし、意味がわからないきこえない子たちにとってはそれだけでの指導は習得が困難で、結局、身につかないままに聾学校を卒業するという結果に終わってきたことはこの報告の冒頭で示した。しかし、手話を獲得している子どもたちには、助詞の意味・用法の説明が可能であり、例えば、原因や理由を表したいときには「理由の『で』」を使い、「風邪で学校を休む」と使うという指導が可能であった。このような助詞の意味・用法に合わせた手話を「助詞手話記号」として考案し、助詞の指導をしたところ、子どもたちの顔が輝き「ああ、そういうことだったのか」という反応が多くの子どもたちからきかれた。 スライド13.JPG

このようにして、手話を指導に導入することで「助詞は永遠の課題」ではなくなり、意図的・系統的に教えることができるようになった。

もちろん、動詞の活用や助詞が本当に身につくには習熟が必要である。ただ、意味も分からずやみくもに繰り返すだけでは決して身につかないことは、これまでの半世紀以上の歴史の中で証明されてきたことである。意味を理解した上で、日々の生 スライド14.JPG活の中で、また紙の上で繰り返し学習することが不可欠なのである。

 

(3)その他の文法事項の指導

 *紙数の都合により、「江副文法」については省略する。なお、低学年で週1時間行う「自立活動」の指導内容は資料-15の通りである。 スライド16.JPG

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3.日本語文法指導の成果と今後の課題

(1)文法指導開始当時の児童の伸びとその後の進路

 B校小学部が文法指導を始めたのは平成19年度(2007)である。2年目の年度当初に行っ スライド17.JPGJcossの学年別平均通過項目数は、【資料ー16】の青直線のようであり、中川佳子(2010)が行った聾学校の平均値と変わらなかった。このB校2~4年生26名は小学部卒業までの間、週2時間の文法指導を行った。その結果、平均通過項目数は青点線のようになり、小6年でほぼ聴児の水準に追いついた。

B校は小学部までしかなく、その後の進路は中学部のある別の聾学校か普通学校になるが、これら26名は全員が聾学校中学部に進学し、その後、高等部を経て29年度で全員が聾学校を卒業した。調査の結果、大学進学者はこのうちの16名(62%)であることがわかった。この数値は聴者の大学進学率57.3%(短大・大学進学率2017文科省調査)と変わらない。きこえない子どもたちも学力において スライド18.JPG聴児と同等の力をつけつつあることの一端を示す数値であると思われる(【資料ー17】)。もちろん、日本語文法指導がこの進路に直接的に関係しているわけではない。日本語文法指導を行うことによって、子どもは文を正しく読み取ることができるようになる。そのことが学力向上に繋がり、その結果として大学に進学する子どもが増えたと考えられる。もし、文法指導を行わなかったら、他の聾学校と同様、学年別平均通過項目数の黄色線のような経過を辿り、結果的に大学進学率の向上という結果には繋がらなかったのではないかと思われる。

 

(2)文法指導開始以来の文法力の伸びは?

 では、日本語文法指導を継続することで、子どもたちの文法力は、どのような伸びを示すようになったのだろうか? 【資料ー18】から、文法指導を始めた頃、平成19年度の小学部12年生のJ.coss項目別平均通過率は青線であり、全体の平均通過率は24%と低かった。しかし、4年後の23年度の1・2年生は、動詞通過率が96%、同否定文(動詞活用)74%スライド19.JPG置換可能文(助詞が・を)54%となった。動詞活用及び助詞の課題は徐々に解消していったのである。また、全体の平均通過率も51%4年前の子たちに比べ27ポイント上昇した。さらに4年後の平成27年度は全体平均で61%となり、聴児平均の63%との差はほとんどなくなってきている。ただし項目別にみると、「位置詞」「比較表現」「述部修飾」など通過率50%を超えていない文法事項がまだ残されている。それらの指導は今後の課題である。

 

(3)B校幼稚部修了児と小学部転入学児童の差は?

平成24年度から29年度までのB校小学部児童の学年別平均通過項目数を、幼稚部を修了して小学部に上がった児童53名(P群)と外部から小学部に転入してきた児童27名(Q群)に スライド20.JPG分けて調べた(【資料ー19】)。前者が青線、後者が赤線である。P群(幼稚部修了群)はそれぞれの学年で聴児(白点線)と大きな差はなくほぼ順調に伸びている。一方、Q群(小学部転入群)はP群の平均を小1年次と小2年次で下回り、5%の危険率で有意差が認められた。つまり、文法力に弱点をもつ児童が比較的多く転入してくることから、こうした差が生ずると考えられる。しかし継続的な指導によって小3年でP群に追いつき、中・高学年では有意な差はなかった。小学部入学時に文法力に課題があっても、文法指導を継続的に行うことによって文法力は向上する。そして小5~小6年で聴児との差はJcoss1項目程度にまで縮まっていた。

 

(4)読書力検査では伸びているか?

①読書力偏差値

まず読書力偏差値ではどうだろうか?【資料-20】29年度の小学部児童73名を幼稚部修 スライド21.JPG了児(P群)と小学部転入児(Q群)別にみた読書力偏差値の平均である。P群のほうが平均値は53.4とやや高く、学年対応児童の割合も78%と高いのに対して、Q群は平均偏差値が46.1とやや低い。また、学年対応児童の割合もQ群は39%である。ただ、平均偏差値においては両群に有意な差はなかった。

 

②読書学年

 平成29年度の小学部全児童73名の平均読書力偏差値は51.0で、4人のうち3人(66%)は該当学年対応または該当学年以上である。 スライド22.JPG

また、本報告1-(2)に載せた澤隆史(2016)のグラフ(資料-3)にB校児童の平均読書学年を追加すると【資料-21】のようになる。この図から高学年になっても伸びがプラトーにはならず、そのままほぼ順調に伸びていることがわかる。つまり、定型発達の聴覚障害児においては、いわゆる「9歳の壁(峠)」はすでに、越えることのできる壁(峠)になってきているといえるのではないか。

 

4.考える力をどう伸ばしてきたか?

(1)「比較3問題」の結果から

J.cossや読書力検査において、聴児のレベルに近づいたことはこれまでに述べた。では、 スライド44.JPG文を読み、論理的に答えを導き出すような問題では、どこまでできるようになっただろうか?この力を測るためにB校小学部では右図のような問題(「比較3問題」)を使ってみている。これは岸本裕史(1984)を脇中起余子(2008)が引用したものの孫引きである。

 

問題の問1は助詞がわからなくても単語から具体物をイメージできれば、それを手掛かりに解答できる。一般的に子どもの好きな順は、チョコ→飴→みかんである。子どもに尋ねてみても8割位の子はこの順に答える。子どもはそのような一般的な知識(常識)を使って答えることもできる。岸本はこれができたら小2レベルと言っている。

問2は、文から具体物のイメージを浮かべても文法的に正しく読めなければ解答できない。大きい順は実際とは逆になっている。具体物をイメージしては間違う問題なのである。具体物の大きさに左右されず、文脈に従って文法的に正しく読めるかどうかが問われている。これができれば岸本は小3レベルだという。ここまでは具体物の3対比較である。

しかし、問3は比較するものが抽象的なものであり、4つのものの比較である。文を読み取り、論理的な思考ができなければ正解できない。岸本はこの問題ができれば小4レベルだという。

 

この問題を脇中は京都聾学校高等部で実施した。その結果、問1の正答率が80%、問2が スライド46.JPG50%、問3が40%であったという。そこでB校では小学部高学年に実施(2011)、木島はさらにこの問題を4つの聾学校の中・高等部でも実施してもらい、右図のような結果を得た。

それによると、問1は、どの学部においても1~2割の子どもができていなかった。日本語力の相当厳しい子どもたちが聾学校には存在し、年齢があがっても容易に改善がみられていない実態があることがわかる。これでは基礎的な日本語力を身につけないままに社会に出ていくことになる。

問2はどうか。これまたどの学部でも4~5割の子どもたちが正答していなかった。具体的なイメージに引きずられてしまい、日本語を文法的に正しく読めない子たちが小から高までまんべんなく存在していることがわかる。ここまでは、文法指導によって日本語の文の表層部分を正しく読み取る力をつけることで解決できるが、それすら解決できないままに子どもたちは10年以上聾学校に通い続けていることになる。子どもに能力がないわけではない。教育する側の問題が大きいのである。

問3は、日本語の文法力に加え、読み取った文から4つのものを比較し答えを導かなければならないので、やや複雑な論理的思考が必要になる。この問題は高等部でも半分以上が正答できなかった。

 

(2)WISCによる言語的思考力の把握

こうした結果を踏まえて考えたことは、幼児期から「考える力」をどう育てるかというこ スライド47.JPGとである。そこでまず、幼児の実態を客観的に把握するために、平成20年度より実施していた年長児のWISCⅢ検査の結果から言語的な思考力の実態をみてみた(H2024年度33名)。WISC動作性IQを縦軸に、言語性IQを横軸にとり、それぞれIQ90で線を引いた(90110が平均領域である)。各幼児をそのグラフにプロットしたところ、ほぼどの幼児も動作性IQ80以上で著しい発達の遅れはなく、全体の平均IQ101であった。しかし言語性においては、11人ばらつきも大きく、また、33名の言語性平均IQ87.7で平均領域の90を下回った。下位検査の スライド48.JPG評価点は右図のように、評価点が8に満たない下位検査が「類似」「単語」「理解」の3つあった。そこでこの3つの課題を中心に取り組むことにした。

 

(3)取り組んできたこと

WISC「類似」について

 これは、語彙のカテゴリーが獲得されているかどうかを問う問題で、例えば、「りんごとバナナのどこが同じ?どこが似ている?」と尋ねる。子どもはりんごとバナナの名前を聞いて、頭の中にこれら二つの果物の絵を想像する(であろう)。バナナは黄色、りんごは赤。バナナは細長い、りんごは丸い。色や形の違いはイメージが浮かべばわかるが、ここでは、りんごとはどんなものか、バナナとはどんなものかそれぞれの概念をことばの文脈で考え、「食べるもの」とか「両方とも果物」といった共通の概念をことばで表出すことが必要になる。それぞれのモノの名前を知っているだけであったり、体験やエピソードを語るだけでは答えられない。そうした最も重要かつ基本的な、語とその概念に関わる思考が評価点7だったことから、最重点に取り組む必要があると考えた。

 

②「ことば絵じてん」作りの取り組み

 そこで、単に「りんご、 バナナ、ぶどう・・」と集めて「果物」と上位概念を覚えるだけ スライド50.JPGでなく、カテゴリーのくくり方はいろいろあること、モノの名前だけでなく、形容詞であったり、動詞であったりしてもその特徴に応じた様々なくくり方があること、そうした多様性をもったカテゴリーづくりが子どもと一緒に楽しめる教材として『ことば絵じてんづくり』という取り組みを考え、親子で楽しんでもらうようにした。

 

③カテゴリーを重視した教室での取り組み

また、これに関連して、幼稚部でも様々な取り組みを考えた。例えば右図のように「冬」 スライド53.JPGをテーマにして、子どもが冬について思いつくことをいろいろ書いていく。雪だるまとか寒いとかこたつとか・・。テーマについて関連することを引き出し、冬についての概念を膨らませる活動である。また、図工的な活動をやった後、材料とか道具というカテゴリーで整理をして掲示したり、文法指導につなげる視点から、動詞は緑、名詞は黄色、形容詞や副詞は水色といった品詞分類をしながら関連する言葉を集めたりしている。これも品詞というカテゴリーで整理する活動である。このような取り組みを積極的に行っていった。

 

ことば絵じてん作り」の取り組みは、B校のみならず各地で取り組まれている。以下は、ある保護者から寄せられた取り組みの報告である。

☆年中児(CI装用)

 ある時、子どもに『上位概念』を質問してみました。果物と野菜の名前はたくさん知っているのに、分類もできていないし言葉で説明もできない。単語を知っているから特に説明はしたことはないけれど、自然に分かっているものと思い込んでいたことに気がつきました。子どもの頭の中では、単語があちこちに散らかってるんだなと思いました。そこで、ことば絵じてんで頭の中に引き出しを作り、整理しようと考えました。変化は早く、すぐに上位概念を理解して、みるみる頭の中に引き出しができていくのを感じました。ことば絵じてんの効果は、予想以上でした。こどもと一緒に私も学んでいて大変なこともあるけれど、素敵な時間を過ごせています。   ことば絵じてん観点.jpg

 一番最近作ったのは『秋』に関するページです。体験した事、食べ物、服装など秋にまつわることを集めました。作っているとワクワクしてきます。親が楽しいとこどもも楽しんでいて、どんどんページが増えていきます。こどもも自分だけの辞典が大好きになって、分からない時は自作の辞典を持ってくるようになりました。

以前、「数え方」について先生に質問したら、それもことば絵辞典にまとめるとよいとのアドバイスをいただき、さっそくやってみたところ、すぐに覚えて、今では「本を2冊かりてくる。」「魚は一匹、二匹」と、あっさり暗記しました。まとめることってこんなに効果があるんだと毎回驚きます。絵辞典を作れば作るだけ、知識に直結していく感じがします。おかげさまで、単語の上位概念はかなり入ってきました。いまは、物の名前の絵辞典作りより、言葉集めの絵辞典作りになってきました。これからも、絵辞典を活用して、親子で一緒に楽しみたいと思います。

 

WISC「単語」について

これは、例えば「りんごってどんなもの?」「冷蔵庫って何?」など語の定義的説明ができるかどうかをみる問題である。しかし、このような質問をされても、それに関連するエピソードは連想的に浮かんでも、そのものの概念をことばで説明できるとは限らない。しかし例えば「りんごから思いついたことを言ってみて」と連想を言わせると「赤い」「丸い」「皮をむいて食べる」「少し酸っぱい」「スーパーで売ってる」「果物」など、いろいろと思いつく。そこにはりんごを定義的に説明することばが含まれていて、それらをつなげば概念的な説明になる。「赤くて」「丸くて」「皮をむいて食べる」「少し酸っぱい」 スライド55.JPG「スーパーで売っている」「果物」と。さらに、この定義から「なぞなぞ」もできる。今の長い説明の最後のところを「・・・果物はなんでしょう?」と、質問文にすればよい。こういうなぞなぞを沢山することがことばをことばで説明する力すなわち「単語」問題に応えるコツである。ことばだけでやりとりするのが難しければ、「ことば絵じてん」の「果物」のページを使って、そこにあるさまざまな果物の絵をヒントとしてみながらあそぶこともできる。このようなことばあそびを家庭でも楽しんでもらうよう保護者に働きかけた。

 

WISC「理解」について

 この項目は、例えば「駅で定期券を拾ったとき、どうする?」といった問いに対して、社会的な約束事や常識といった知識をもとに判断し解決する力をみる。私たちはものごとに対応するとき自分のもっている知識を駆使して対応している。こうした知識(スキーマ)は文を読むときの手掛かりとしても使われている。例えば「野球のボールが隣の家の窓に当たった。すると、隣のおじさんが出てきた。」という文を読んだとき、私たちはごく自然に「窓はどんな窓だろう?きっと窓ガラスだ。なぜ、おじさんが出てきたのだろう?たぶんボールが窓ガラスに当たって割れたんだろう」などと推論している。書かれてはいないが、自分の知っている知識を使って行間を読みとっている。ただ、ここで問われている「理解」とは、ただ知っているだけではなく「考えてどう判断し対応するか」まで問われていることから、日々の生活の中で「どう思う?」「どうしてそう思う?」といった思考を深める会話が必要であり、それが考える力を伸ばすことにつながるといえよう。

 また、このような活動は、楽しくやらなければ意味がない。いわゆる「勉強」になってしまい、子どもがいやいや親の問いに答えているのでは考える力などつかない。その点は家庭で取り組んでもらうときに大切なことである。

 

(4)言語的思考力はどう伸びたか?

①年長児のWISCⅣ及びJ.cossについて

 前述したように、「ことば絵じてん」づくり、カテゴリー化による概念の整理、「なぞな スライド58.JPGぞ」などのことば遊びによることばの操作とことばでことばを説明する力の向上など、学校だけでなく家庭でのあそびを通して、WISC「類似」は飛躍的に伸び(1%水準で有意差)、「単語」「理解」なども少しずつ伸びた(右図左)。また年長時におけるJcossの通過項目数の伸びにも反映した(5%水準で有意差)。すなわち、語彙の量的増大にもつながった(右図右)。そして、WISCⅣにおいても知覚推理、言語理解ともに90以上の幼児が増加した。

 

②小学部高学年の比較3問題について

 平成24年度より幼稚部での取り組みを始めた頃の当時の年長児も現在小5になった。その スライド59.JPG成果は比較問題の結果に反映しているのか調べてみた。右図の青色が29年度4~6年生22名の結果である。

問1は22人全員正答、問2は17人、正答率は77%であった。問3は12人、正答率は55%であった。

平成23年度と比較するとどの問題においても2030ポイント伸びていることがわかった。

 

 5.幼児期における語彙獲得の課題

ここまでで、きこえない子の日本語の読み書きや学力の形成について、これまで難しいとされてきたいわゆる「9歳の壁(峠)」は、少しずつ超えることができるようになってきたこと、そのために必要なこととして、一つは小学部で日本語文法指導(「準ずる教育」としての「国語教育」ではなく「日本語教育」)の必要性、もう一つは幼児期の取り組みとして、「ことば絵じてん」、「ことばあそび」、「思考を深めるやりとり」などを通して語彙、概念形成、言語的思考力を伸ばす活動の必要性について述べた。

これまで聾学校では「絵日記」や「絵本の読み聞かせ」は幼児期における大切な言語活動として行われてきており、子どものそれぞれに意味のある大切な活動であることは言うまでもない。「絵日記」は自己の他者への語りであり、自己を語る力の成長は他者の語りに耳を傾ける力も育てる。また、自己を語るためには聞き手を想像しながら自己と対話しながら自分で企画しなければならない。その意味で絵日記は書記日本語の基盤を育てるために欠かせない。絵本は豊かな想像力を育て、あらゆる知識の宝庫でもあり、耳からの情報に限界があるきこえない子にとってはとりわけ大切なものである。こうしたそれぞれの活動の意義を認めつつ、さらにそこに語の概念カテゴリーの構築、ことばで説明する力、論理的な思考力などの視点も含め、子どもと日々楽しく活動する(生活する、あそぶ、会話する等)ことが子どものことばの力を育てることに繋がると考える(楽しく、ということはとりわけ何度でも強調しておきたい。子どもにとってあらゆる活動はあそびであり、楽しくなければ"伸びない"ことは自明である)。

 

(1)幼児期におけるJ.coss平均通過項目数~B校と8校平均との差

右図から、J.cossの平均通過項目数において、B校幼児は日本語語彙獲得の伸びが比 スライド61.JPG較的順調であることがわかる。その一方で8校平均においてはその伸びはやや緩慢である。そのため幼稚部卒業時点で小1の教科書を自分で読んで理解するだけの語彙力・文法力が不足する結果になっている。問題はこの差がなぜ生ずるかということである。前節で述べたことは日本語の語彙力を育てる上で大切な観点であることは言うまでもないが、と同時にこのような日本語の語彙力の伸びを支えているのは、幼稚部入学前の乳幼児相談の時期における親子の関わりや家庭での生活、経験の数々、家族との会話などであり、その発展として幼稚部の時期の上記の言語活動である。このグラフの橙線の左端すなわち幼1年(年少)での通過項目数は8校平均通過項目数を下回っている。理由はB校の幼児が基本的に手話ベースで育ってきている子が多く、幼1年ではまだ日本語の併用が進んでいない子が多く存在するからであると考えられる。

 

(2)聴力別にみた平均通過項目数の比較~3つの群の比較

そこで、まず聴覚ベースで日本語習得が進んでいる子たちと視覚ベースで日本語習得が進 スライド62.JPGんでいる子たちは日本語語彙の獲得において差があるのかについて調べてみた。B校の幼児を裸耳聴力90dB未満の「軽中度群」(24名、平均装用聴力38.4dB) と「(人工)内耳群」(5名、平均装用聴力37.0dB)と「重度群」(19名、平均装用聴力54.4dB)の3つの群に分けてそれぞれの群の平均通過項目数をみてみたところ、以下のようなことがわかった。

 

①軽中度群(聴覚ベース)は年少(幼1)時にすでに平均通過項目数4.4項目に達し、その後も比較的順調に語彙を獲得している。これは聴覚を活用して日本語獲得する子どもたちは、視覚すなわち指文字・文字を活用して日本語獲得する子どもたちよりも1年程度スタートが早く(ほぼ2歳前後)、またヒアリングとスピーチを活用して効率的に話しことばを身につけていることがその理由として考えられる。

②それに対して重度群(視覚ベース)は1.4項目であり、軽中度群とは有意水準1%で差がみられる。これは日本語獲得のスタートが遅く(この群はほぼ3歳前後)、まだ語彙量も十分ではないためと考えられる。

③しかしその差は学年進行とともに縮まり、小1年時で解消される(有意差はなくなる)。

④人工内耳群は人数が少ないため統計処理は行わなかったが、グラフからは、幼児期においては軽中度群と重度群の中間を推移していることがわかる。

⑤また、3群とも年長時には教科書を理解できる語彙・文法力のレベルである7項目以上に達しており、幼稚部で目標とするラインに到達している。

⑥とくに年長段階で重度群が7.1項目に達していることは、聴覚以上に視覚からの日本語入力が有効に機能していると推察される。

では、視覚からの日本語入力とはどのようなもので、いつ頃からそれは始まるのか、それについて順を追って考えてみる。

 

(3)手話・聴覚障害者本人との出会い

B校では相談に訪れた保護者にまず手話からスタートすることを勧めている。障害を告知 スライド63.JPGされた親は、「きこえない」わが子を前に「この子とはもう通じ合えないんだ」という絶望的な思いになることが多い。そこで、B校では子どもと通じ合うためにまず手話を身につけましょうと勧める。ほとんどの親はそれを受け入れ、手話の学習がスタートする。大事なのは、直接、きこえない人から手話を学ぶことである。聞こえない人と出会うことで、きこえない人にとって手話はかけがえのない言語であることと同時に、きこえないということはどういうことかを直接学ぶことができるからである。その過程で親たちも徐々に変わっていく。悲しみや不安に満た スライド64.JPGされていた気持ちは安心や希望へと変わっていく。きこえない人・きこえにくい人たちが、世の中で様々な差別や理不尽な対応にあいつつも明るく生きていることも知っていく。わが子の将来をそこに重ねてみることもできるようになっていく。このことを実感できたとき、わが子を見つめるまなざしも変わり始める。右上図はそうした親の変化の一例であり、右中図は、きこえない人や手話との出会いを通して、親がわが子のありのままを受けとめ、子は、自分はこのままの自分が受けいれられていることを実感し、親に見守られながら周りの世界に積極的にかかわっ スライド65.JPGていくようになる過程を示したものである。

右下図は、B校の乳幼児教育相談の活動内容をまとめた図である。

 

 

 

 

 

(4)手話の獲得(0歳後半~1歳代)

では、手話はどのように獲得されていくか?

以下、『乳相保護者アンケート調査報告』(*4木島照夫2017)から得られた結果を中心に述べる。

0歳の後半になり、親子関係が少しずつ安定したものになっていくと、母親が指さしたも スライド66.JPGのの見るとか、子どもが何かを指さして母親に知らせるといったいわゆる「共同注意」とか「三項関係」といった、言葉の獲得になくてはならない関係が築かれていく。言語は人と人が何かを共有し伝え合うためのものであり、この共有関係が成立しているかどうかは大切なことである。そして坐位がとれ、手が自由に使えるようになっていくと、大好きな母の動きをよく見て真似をする(同時模倣)とか、母のやっていたことをあとで真似をする(遅延模倣)などのこともできるようになる。また、象徴機能の発達という面では、写真カードを見て自分の経験を思い出せ スライド67.JPGる(記憶の想起)ということもできるようになり、この頃から聾学校では「写真カード」を多用し、子どもと経験を共有していく。そして1歳前後になると手話が出てくる。その前に、喃語の時期があるが、90B以下の比較的聴力の軽い子たちには音声の喃語も観察されやすい。しかし、90dB  以上の聴力の重い子は手指喃語が観察されるようである。

しかし、初語は聴力にはあまり関係なく、中等度難聴の子も含めて初語は手話が多い。また、初語が出る時期は聞こえる子どもの音声言語の初語の時期とほぼかわらない。初語の手型は「グー」または「パー」の手型を使った手話、例えば「電気ピカピカ」「アンパンマン」「犬」など「グー」の手型が多く使われている。手の機能の発達から当然である。

 

(5)手話の語彙爆発(1歳前半~2歳代)

初語を手話で獲得した子たちはその後どのように語彙を増やしていくのか? 家庭の中で スライド69.JPG手話をしっかり使っていくと、1歳半前から2歳代にかけて、「語彙の急激な増加の時期」が起こる。これを「語彙爆発」と呼んでいる。十分な研究ではないが、語彙チェックをしてみると、急に増えていく時期が確かにあることがわかる。一方、音声の急激な増加は、この時期では90dB未満の13名中4名と少なかった。

 

 

(6)手話でコミュニケーションし、生活を楽しむ(1歳代~3歳代)

2歳代になると手話の語彙も増加し、生活の中でのやりとりも普通にできるようになってくる。買物、料理、ゴミ捨て、洗濯、掃除など親と一緒にする中で子どもはさまざまな知識 スライド71.JPGを蓄えていく。食事をすればゴミが出ること、そのゴミは袋に詰め分別してゴミ置き場にもっていくこと、集められたゴミは清掃車のおじさんが持って行ってくれることなど、ゴミというものの概念を具体的に身につける(右図)。そしてその経験はことばがあって知識として蓄えることができる。ここに手話の意味がある。また、家族の中で手話が使われることで直接見ていないことも親同士の会話や親と兄弟の会話から見ることができる。知識をひろげるというだけでなく、家族の中で手話が使われることで自分がその集団の中で存在を認められていることも実感できる。

右図は、手話で育った子どもの3歳代の記録であるが、野菜や果物のそれぞれの基本語 どうして?.jpg彙が獲得され、さらに上位概念としての「果物」や「野菜」も手話で獲得され、それらの一つ一つのモノ(語)を頭の中にイメージしながら、母親の質問に答えている。しかも、「どうして(そう思ったのか)?」という保護者の問いに、自分の応えの理由も説明している。「どうして?」という質問に答えられるのは聴児でも4歳代が一般的であり、聾教育においては5~6歳児の課題であるとこれまで言われてきた。しかし、手話での早期から言語獲得が可能になることによって、ものごとを認識する時期は確実に早まり、言語をもつことで概念や認知面の発達も年齢並みに進んでいることがわかる。

 

(7)手話から日本語へ(1歳代後半~3歳代)

①聴覚活用タイプ  手話から日本語へ.jpg

日本語の獲得についてであるが聴力によって獲得過程が異なる。その境はほぼ90dBが分水嶺になっていて、この聴力より軽い子は、手話の初語だけでなく音声の初語も出ている子が多い。ただその後の音声語の増え方は比較的緩やかで2歳前後で音声単語の本格的な獲得が始まる子が多い。また、その獲得過程は、すでに獲得している手話に合わせて音声を発する場合も音声のみで単語を発する場合の両方のパターンが混在していることが多い。さらに、デフファミリーなどでは音声 聴覚活用タイプ.jpgなしの日本手話で会話していることも少なくない。いずれにせよ、比較的聴力の軽い子どもたちは手話と日本語を併用しつつコミュニケーションし、聴覚と共に手話を併用して会話したり、ときに指文字や文字という視覚記号も使いながら多感覚で日本語を習得しているようである。

このような聴覚と手話の併用効果は、認知心理学では「二重符号化」と呼び、語や文の記憶に効果的であることも確かめられている。(*5) 聴覚活用ができる子 聴覚事例.jpgたちは、自然なかたちでこのコミュニケーション方法を用い、日本語を身につけていると考えられる。資料-43はその一例であるが、前節で述べた軽中度群の子たちはほぼこのタイプであり、日本語のスタートも2歳前後と比較的早いことから、年少時(3~4歳)でのJ.coss 通過項目数においても平均4.3項目と比較的高い数値を示していると考えられる。

 

②指文字タイプ

一方、聴力の厳しい子たちは手話で初語が出た後、手話での語彙獲得、文の獲得へと進む。日本語については、まず、2歳代で手話の延長として指文字を部分的に織り交ぜたかた 指文字タイプ.jpgのサムネール画像ちで使い始め、3歳前後で、手話であらわす意味が指文字のつながりによってあらわせることに気づくようになり、徐々に日本語を獲得していくようになる。またほぼ同時期に文字の存在にも気づき、指文字と文字が手話と同じ意味のことが表せることがわかるようになる子が多い。また、指文字・文字は視覚的に100%弁別ができるので、日本語を獲得する上で当然中心的なモードとして使われるが、基本的に子どもは補聴器も装用しており、聴覚からの入力や相手の口形なども手掛かりとしている。その意味では、多重符号化による日本語獲得を行っているといえるかも 指文字事例.jpgしれない。資料-45は、指文字による日本語音韻の獲得が始まったころの事例である。

以上のことから、聴覚活用タイプの比較的聴力の軽い子どもたちは、日本語獲得のスタートが1年程度早く、それが資料-33Jcossにおいて、指文字タイプの聴力の厳しい子たちよりも平均通過項目数が有意に多いという結果になってあらわれていると考えられる。

しかし、その差は小学部以降に解消し、日本語文法力においても、また、読書力検査における読みの力にも差はみられない。

 

(8)なぜ、手話や指文字の併用が日本語獲得に効果的か?

①手話による先行獲得語彙

第一言語として獲得した言語が、第二言語の学習に役立つことは、英語の学習で私たちも経験してきていることである。手話を第一言語として獲得してきたきこえない子どもが、初めて日本語を身につけるときも同様の効果が考えられる。手話による語彙数は、資料-39からもわかるように、2歳頃で平均して300400語を獲得している幼児が多い。これは聴児の音声言語獲得数と変わらない。また、3歳頃の調査資料は多くないが、保護者による「語彙チェック」によれば、ほぼ8001,000語獲得している幼児が多い。この語彙数も聴児とほぼ同じである。そして、聴覚活用タイプの幼児は2歳頃より、指文字タイプの幼児も3歳頃から日本語獲得が始まるが、すでに獲得している手話は、意味・概念は獲得されているので、日本語を新たに身につける際にそのまま役立つ。とくに、「犬、花、机、りんご、食べる、小さい」といった「基礎語彙」は手話でも日本語でも英語でも共通の基礎カテゴリーとして獲得され、また幼児が最初に身につける語彙なので共通の概念をもった語が多く、その点においても手話と日本語を結び付けて記憶する上でも有効と考えらえる。

 

②聴覚と視覚(手話)の併用効果

また、手話は視覚言語であるがゆえに、聴覚と同時に使うことも可能である。語を記憶する上においてあいまいな音声だけでなく、意味を理解する上で手話を併用したり、音韻を視覚的に表示する指文字や文字を使うなど多角的に符号化して記憶したほうが、語や文を記憶する上での手掛かりが多く、長期記憶として頭の中に残りやすい。それらの効果も含めて考えることで、B聾学校の聴力の重い子の語彙獲得のスピードも説明できるように思われる。

 

 

6.まとめ

これまで、しばしば「手話をすると日本語が身につかなくなる」という言説が聾教育の世 手話から日本語へまとめ図.jpg界のみならず、医療・療育の世界でも広く言われてきた。しかし、日本語と併用する手話も手話と考えるならば、この言説は事実とは異なる。手話から入って自己肯定感を育て、手話も使いながら日本語を獲得し、手話を活用した日本語文法指導によって教科書を読める力を育てる方略が、結局、未踏峰と言われてきた「9歳の壁(峠)」を越える力を育てることにつながることを10年にわたる実践で示した。右図は、その過程を図示したものである。

 

 

 

(*1)読書力診断検査(Reading Test、図書文化社)小低・中・高学年用があり、読字力、語彙力、文法力、読解力の4つの下位検査から構成されている。読書学年、読書力偏差値等で結果を表す。

 (*2)のちに文献を調べてわかったが、昭和30年代を中心に聾学校で国文法を用いた文法指導が行われていた。しかしその後文法指導は衰退し、昭和40年代にはほとんど消滅している。推測だが、国文法を用いたことが原因ではなかろうか。国文法は日本語を詳細に分析することに主眼があり、日本語を身につける子どもの指導には適さない。当時は、私たちが依拠している日本語教育の文法指導法はまだ普及していない時代であった。

(*3)J.coss(ジェイコス)日本語理解検査。日本女子大学中川佳子らによって開発された日本語の語彙力・文法力を把握する検査。当初は聴覚版のみであったが、2010年に視覚版が開発された。その時に中川はいくつかの聾学校小学部児童(90名)を対象にこの検査を行い、その結果が視覚版解説書に記載されている。

(*4)木島照夫(2017)「乳相保護者アンケート調査報告」

(*5)長南浩人・井上智義(1998) 「聴覚障害者のリハーサル方略―文章を記憶する際の最適モードを考える」『教育心理学研究』