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手話で育った子どもの言語発達ー調査結果と考察2017-

手話で育った子どもの言語発達ー調査結果と考察2017-

木島照夫(O聾学校相談員・東京学芸大学講師)

今日は、あるろう学校(O聾学校としておきます)で10年近く行ってきた検査結果から、実践の成果が出ているのかをお話します。始めに、ろう協の相談を担当している方からいただいたメールです。ろう協の相談日だったんですが泣きたくなるような相談があった、と言うのです。その相談というのは、例えばNTTの回線工事の案内が来る。しかしその内容がわからない。代わりに読んで通訳をしてくれ、というもの。NTTの回線の工事なんて相談日に持って来たときには終わっているかもしれません。このように生活の中で読み書きの力で困ってる実態が沢山あるわけですね。家族に聞こえる人がいればなんとかなるのでしょうが、ろうの夫婦だったり、ひとり暮らしだったり、そういう時に困ります。これはいったい誰の責任なのでしょうか。ひと言でいえばろう学校の責任だと思います。

ろう学校を卒業してから随分経っていますが、少なくともろう学校にいる間に、きちんとした日本語の読み書きの指導ができていなかったということ。ろう学校の自立活動、国語の時間をプラスすると、小・中・高でだいたい2000時間ある。2000時間という膨大な時間の中で身につけられなかったことになるからです。 プレゼンテーション1.jpg

 

JCOSS について>

聞こえない子どもはどこで躓くのか。教科書でずっと指導してきたのですが、その時には気付かなかった子ども達の日本語の力。平成18年にJCOSS(ジェイコス;日本語理解テスト、図参照)という検査を使うことによって「こんなところがわかってなかったの?」ということに改めて気づいた。そこから文法指導を始めていきました。JCOSSには20の検査項目があり、最初の3つが名詞、 プレゼンテーション2.jpg動詞、形容詞の基本的な単語をみる検査、次に二語文、否定文(二語)、三語文という単語の繋がり(語連鎖)をみる3つの項目、そのあとの7項目目から20項目目までの14項目が日本語の文法の理解度をみる検査になっています(右表)。各項目にはそれぞれ4問あり、この4問題が全て出来たときに「通過」という評価をします。そして、通過した項目がいくつあるかを見ていきます。ろう学校でよく読書力検査をするのですが、この検査は小学校1年生以上の読み書きの力を測定します。その下はわからない。しかし、JCOSSではさらに下の幼児の日本語 プレゼンテーション3.jpgの語彙・文法力をみることができます。標準化されていて、ここまで通過していれば年少レベル、ここだと年中レベルなど、年齢による聴児の平均的な通過項目数もだいたいわかっています。年齢としては3歳から4年生くらいまでの語彙・文法力が測定できます。

 

<項目ごとの通過率>

項目を見ていきます。例えば「名詞」には、靴、犬、鳥、りんごの4つの問題があります。この4つの単語は聞こえる子どもなら3歳くらいになればどの子もわかる基本的な問題です。これらの検査をして、例えば名詞の問題を10人の子どもにやって10人全員「通過」したとき、通過率は100%となります。また、Jcoss視覚版が作成されるときにいくつかのろう学校で実施されていて、その時の小学部低学年での通過率は100%でした。O聾学校はその少し前2003年に実施したのですが、通過できない子どもが何人かいました。次の「形容詞」をとばして3項目「動詞」。「走る、とる、座る、食べる」の4 プレゼンテーション4.jpgつの問題。この辺から通過率が低くなってきます。聞こえる子どもだと95%通過。ろう学校で77%O校は65%。基本的な動詞ですからこの動詞が通過できないということは他にもいっぱいわからない言葉があるということ、というふうに考えられます。これだと教科書は難しいですね。次が、1つとんで5項目の「否定文」。さらに通過率が下がって、ろう学校の平均通過率は65%O校の場合は37%2/3以上の児童がわかっていなかった。否定形がわからないと光村の教科書の「はなのみち」の文の内容は読み取れません。「ありません」という一定の言い方が出てくるのですが、「ません」ということがわからないから意味的に間違って読む可能性がある。挿絵がありますからそれに助けられているわけですが、自分の力で読むというのが難しい。 プレゼンテーション5.jpg

また一つとんで7項目は置換可能文。助詞を置き換えると意味が逆になる文です。例えば「牛は女の人を押しています」。この文の「は」と「を」が入れ替わると意味が反対になります。助詞がわかっていないとこの文は正解できないですね。ですから、これは助詞が理解できているかを見る問題。通過率を見ると、ろう学校で14%O聾学校では15%ですから、ほとんどの子どもが、助詞の違いがわかっていない、ということになります。つまり、8割以上の子どもは自分の力で読むことが難しいということになります。

 

 項目ごとの通過率をグラフにすると、こうなります(右図)。横にずっとJCOSS20の項目が並んで、縦が通過率ですが、O聾学校は直線です。 プレゼンテーション6.jpgグラフ中の〇印は、左が「動詞」、「名詞」の通過率に比べてぐっと下がっていて56%。真ん中が「否定文」で動詞の活用が理解されているかどうかがこの項目からわかります。右下の〇が「置換可能文」でここでは助詞が理解できているかどうかがわかります。あとに続く項目もずっと低い線、つまり通過率が20%以下になります。

破線はろう学校の平均です。一番上の点線は聞こえる子どもの1-2年生の通過率です。

 

<動詞の活用指導の工夫>

動詞と助詞をきちんと指導しないといけないよね、ということで始めたのが、動詞の活用指導です。これは活用表を使ってやりました。例えば1グループは、国文法でいう五段活用。こういう指導をしていると、ずいぶん外部からの批判もありました。 プレゼンテーション7.jpgこんな難しいのを子どもができるのか、と。でも、できるんです。ルールに沿ってやっていけばいいので十分可能です。例えば「歩く」は最後の「く」に注目する。そうすると50音表の、「あるく」の「く」はカ行にあります。右図の右端の欄に「かきくけこ」と書き込みます。あとは色分けに従って書いて表の空欄を埋めていきます。すると、語尾の言葉につながります。「あるか」の下は「ない、なか った」。⑦の欄は空欄です。下は「た、て」です。ここは別のルールがあるので、その下の表を用意しておきます。「あるく」の「く」に着目すると、その下は「あるいて」「あるいた」に変わることがわかります。こうした指導で動詞の活用はわかります。ただ、動詞の活用表だけで動詞を使えるようになる訳ではありません。ちゃんと例文を作る指 プレゼンテーション8.jpg導をしていきます。

基本的活用を学習したとしても、教科書とはまだまだ開きがあります。「〜てあります」とか、「〜ていく」「〜てくる」というふうに、いわゆる「て」形は低学年で頻繁に出てきます。低学年の教科書は「〜て〜」が沢山使われているのが特徴の一つです。例えば『じどう車くらべ』。「て形」オンパレードです。この中の「いろいろな自動車が道路を走っています」ですが、「走って」とすることで、今まさに目の前を車が走っているのを見ている状態がイメージできます。これを、動詞のアスペクトといいます。1つの動きのなかの、はじめ、中、終わりという一連の流れを「アスペクト」と言っています。「走る」は、これから走るなど未来に使うこともあります。「走っています」というのは、 プレゼンテーション9.jpg今、走っている状態。これが日本語の現在形です。「走った」は、これは完了・過去です。この単元では、歩道橋のあたりから車が走っている状態を見ているところですね。ですから、「~て形」の活用がわかっていないと、その意味がイメージできないということになります。

そこで、例えばこういう教材を使います(『絵でわかる動詞の活用』(難聴児支援教材研究会発行)。「紙を切る」。チョキチョキ切っているのは「切っている」最後、おわったら「きった」になる。その下は「すべる」「すべった」という言い方。こういうトレーニングをします。

ただ動詞にはいろんな使い方があります。電車が 「来る→来た→来ている」。「~た」と「~ている」が逆になっているという動詞もあるわ プレゼンテーション10.jpgけです。こうした使い方がわかっていれば、『くじらぐも』の教材の意味がわかります。風が子ども達を吹き上げて、雲の上にポンと乗せます。左図の右頁の最後のほうに、「くじらにのっていました」とあります。「のる」→「のった」→「のっていました」の「のった」結果がそのまま続いているのが「のっていました」の意味です。このアスペクトがわかっていれば、挿絵がなくても教科書を読んでイメージが浮かびます。聾学校では、なかなかこうした動詞の活用まで指導することはやっていませんが、動詞の活用のトレーニングも必要かなと思います。

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<助詞の指導の工夫>

次に助詞です。「〜が〜を」という助詞の違いがわかる。これがJCOSS7項目目です。置換可能文のことを、別の言い方では可逆文といいます。逆もあり得ますよという意味です。その反対は、非可逆文。これは、助詞がひっくり返ると、意味的に成り立たなくなるものです。「太郎がラーメンを食べる」。これはあり得ますね。でも、もし「を」と「が」がひっくり返ると、「太郎をラーメンが食べる」 プレゼンテーション13.jpgということになりますので、意味的にはありえませんが、あえてこれを使います。

すると右図のようなおかしな絵になるので、「が」も「を」もわからない子どもにはこの絵を使います。子どもは「えっ?」と思うので、そのインパクトをつかって、助詞が変わると意味が変わることを教えます。こういう絵をたくさん用意してわかるようになってくると、可逆文に進みます。

「太郎が花子をたたく」。これは逆の場合もあり得るので、可逆文といいます。絵としてはこういう絵です。「を」「が」が逆だと、叩いている子が逆になる。こうやって「が」「を」が逆になると、意味が反対になるのだということを教えることができます。これを最初にやるのがいいと思います。

 助詞は、ほかにもいろいろありますが、 プレゼンテーション14.jpg格助詞の中の一文字の助詞(「が、を、に、で、の、と」)が難しいですね。単独では意味を持たない。文の中でしか意味をもたないので、理解することも教えることも難しいわけですね。

そこで、格助詞の意味や用い方の指導に手話を使います。「助詞手話記号」と言っています。子どもは手話を習得していますから、手話を使って指導することを思いつきました。

たとえば「に」ですと、それぞれ使い方にはいくつか意味があります。例えば「学校行く」。ある目的地に向かって移動するというとき「~に行く」と助詞は「に」を使いますが、その時の「に」の使い方を手話で表示するわけです。また、「教室ある」とか、「机ある」という存在する場所を表すときにも「に」を使います。この使い方は比較的少ないです。「3会う」とい プレゼンテーション15.jpgうのは、その時間をポイントであらわすときに使います。

次に「で」ですが、これには4つの使い方があります。まず、「食堂食べる」というときは場所の「で」です。2つ目。「3遊ぶ」というときは、この範囲内という意味があり、範囲・期間を表す「で」。それから3つ目は、「はさみ切る」 。手段・方法の「で」です。そして4つ目は原因・理由を表す「で」です。「風邪で休む」などに使います。「で」の使い方には意味があって4つあるんだよ、ということを、手話を使って教えると、子ども達は「へー」って、やっぱり言いますよね。「ああ、そういうことになっていたのか」と。

「を」は3つです。まず、出発点とか起点の「を」。「トンネル出る」「学校出る」など。それから、通過の「を」。「トンネル プレゼンテーション16.jpg通る」「川渡る」などです。それから、あと残ったのは、指文字で「を」として、「トンネル見る」「服着る」など対象の「を」でこれにはたくさんあります。こういうふうに使い方を指導します・これまで日記を直すときに、間違いを赤で直して、「ここは『に』じゃなくて『で』だから、といって子どもに正解を言って書き直させていましたが、それでは子どもは意味がわからない。なんでここは「で」なんだろうと。ですので、この表を用意をしておいて、ここは「教室に食べる」じゃないと思うよ。どの助詞を使うか表で探してごらん」と指導する。子どもは教室に貼られたこの表を見に行って、「あ、これだこれだ」と意味がわかる指導ができます。本人が納得できれば間違わなくなります。

 

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 <指導の結果>               

O聾学校小学部1,2年生のJcoss4年ごとの項目別の通過率を見てみました(右上図)。2007年がグラフの直線です2011年が破線、2015年が点線です。一番上の細めの点線が聴児12年生の通過率です。動詞の通過率は90%以上になりました。否定文(動詞の活用)が80%。助詞はまだまだ難しくて60%くらいにとどまっています。次に乳幼児期からの子どもの言語発達についてみてみたいと思います。

 

 

<乳幼児教育相談での早期からの手話の獲得の意義>

乳幼児教育相談ですが、O校では発達早期から手話を使っています。聴力に関わらず親御さんたちに覚えてもらいます。きこえる子でも手話の獲得のほうが音声言語獲得より早いからベビーサインを使いますね。それと同じで手話を使っていくと、コミュニケーションが早く成立します。親御さんはコミュニケーションをどうしたらいいかとすごく悩んでいても、手話の理解から表出に繫がって、互いに通じあえるようになると安心します。不安から開放される。そうすると気持ちも安定して、子どもとゆとりをもって関われるようになる。愛着関係が成立する。お母さんも子育てが楽しくなる。子どももお母さんと話ができるようになるので、子ども自身も安心できると関心が外に向かい、色々なことに興味が出る。概念とか、認知、知識の獲得が促される。周りが手話を使うということは、子どもにとっても大きな心理的な意味があって、自分はお母さんや家族に受け入れられている、自分はこれでOKなんだ、という自分への肯定感や自信を育むことにつながります。

 

<聞こえない乳児の言語発達>

ではどういう順序で、手話や日本語を獲得されるのか、今は、Kろう学校に行かれたS先生が「ひよこだより」に育児記録を残している。約10年分500くらい記述があります。良いものを抜粋したということではなく、ほとんど全員の分が載るようになっています。それを使って手話がどうやって発達していくのか見ていくと、その獲得プロセスがわかります。まず手話への注視は半年くらいから始まる。坐位がとれ、手が使えるようになって、モノへの注視ができるようになると、親のするサインや指さしの プレゼンテーション19.jpg先を見るようになっていきます。お母さんと愛着関係がついていれば、お母さんの動きをよく見て真似をする(同時模倣)とか、お母さんのやっていたことをあとで真似をする(遅延模倣)などのこともできるようになったり、写真カードをみて、自分の経験を思い出せるなどということもできるようになってきて、個人差はありますがだいたい1歳前後で手話が出てきます。これは、聴力はあまり関係なく、中等度難聴の子も初語は手話が多いです。また、初語の時期は聞こえる子どもの音声言語の初語の時期とだいたい同じ時期です。それから、初語の手型は「グー」または「パー」の手型を使った手話、例えば「電気ピカピカ」「アンパンマン」「犬」など「グー」の手型が多く使われているようです。以下は、初語が出たときの感動をつづった育児記録からの引用です

 

事例1

「ついにこの日がやってきた! Aが手話をしてくれた! ヤッホー! 記念すべきひと言目の手話は、Aのだ~いすきな『おっぱい』。おっぱいがほしくなって懐に潜り込んできて、見上げて口元に手を入れるようなしぐさ。私はいつも親指を唇につけるようにするが、Aは人さし指と中指を口の中に入れた。」(100dB010か月)

事例2

今日驚いたことがあった。なんとBが手話で『アンパンマン』とやって指さした方向にアンパンマンが! 買物中、店内に大きめのアンパンマンのポップがあり、それを見て教えてくれたのだ! すごくうれしくて涙ぐんだ!」(10か月,80dB

 

 そして、1歳代から2歳代にかけて、二語文、三語文と、その後は手話によるコミュニケーションが出来るようになっていきますが、親子関係がしっかりできていると、いつもお母さんと一緒にいて、何か活動することが楽しいので、よくお母さんに尋ねるようになります。だいたい1歳後半から2歳代にかけて「(あれは)なに?」「なに?」と。その時はそのモノの名前を聞いているんですね。これを「語の爆発期」と言っていますが、これは下の記録にもあるように手話でも同じです(大体1歳2~4か月頃に爆発期が始まるようです。)

 

事例3「最近質問することが増えてきた。「木、葉っぱ、ロッカー、門・・」。片っ端から目にしたものを指さしできいてくる。」(23か月,80dB

 

 こうした時期があるから語彙が増える プレゼンテーション20.jpgわけですね。将来的に日本語の語彙の獲得とつなげていくためにもこの時期に手話の語彙を沢山獲得するということは大事なことで、家族で一緒に手話をするようにしていると子どもの手話の発達も語彙の発達も早いです。図は、聴児の語彙爆発の語彙数と難聴児の語彙数チェックとの比較です。1歳後半から2歳頃にかけて急激に増えていくことがわかります。

 あと、「誰」とか「何」「どこ」といった疑問詞もかなり早く使えるようになります。例えば、ある子は13カ月で理解語彙が110で表出が80。これはお母さんが記録していました。この子も「何」「どこ」を13ヶ月で理解していました。このように形容詞・動詞・疑問詞なども早く、その分認知の発達も早い。コミュニケーションが成立するから色々な知識も獲得できます。手話を使うか使わないかの差は非常に大きいと思います。私たちは言語によって世界を認識しているからです。

 

<日本語の獲得~二つのタイプ>

すると、ある人はいいます。「手話をやってると日本語ができなくなるんじゃないの?」と。そんなことないです、安心してください。日本語獲得には二つのタイプがあるようです(これも今後実証が必要ですが)。 プレゼンテーション21.jpg一つ目の聴覚活用タイプ。だいたい90dB以下の子どもたちが多いですが、1歳半から2歳前後で、聴覚から入った日本語を発語するようになります。また、こうしたタイプの子たちは、それ以前に「バババ・・」とか「マママ・・」といった音声による喃語(規準喃語)が0歳後半で出ていることが多いようです。しかし、聴力が100Bくらいのいわゆる重度難聴の子たちは音声の喃語ではなく、手指喃語が出ているようです。この子たちは、音声での発語は少なく、日本語は手指の巧緻性や指文字や文字の習得の時期である2歳後半から3歳前半頃まで待つことになるようです。

 

①聴覚活用タイプ

 事例4「オムツ一丁で遊んでいた息子がやってきて、「ズボン、はきたーい。」(手話+音声)。「ズボンはここにあるよ、これをはいたら?」と言うと、自分で履いていた。履けると、今度はズボンの前後を確認して私の顔を見る。「マーマー、ちがう?大丈夫?」。私が「大丈夫だよ、ちゃんと履けているよ。上手に履けたねぇ」と手話で答えると「大丈夫ねー?」と言いながら満足そうでした。」(2歳2か月・80dB) 

 

 例えば上の例の子ども口話併用の手話と音声を使っています。このような聴覚活用のできる子どもは聴覚活用から日本語を身につけていくことが多いです。しかし、こうした子らも最初に手話から身につけているので、初語はたいてい手話です。そして1歳半以降に、獲得した手話に音声を伴わせて発語し、日本語を獲得することが多いです。すでに意味がわかっている手話に日本語の音声を伴わせ、言語の二重符号化によって二つの言語を獲得していることになります。

 

②指文字・文字タイプ

事例5「最近は動詞も指文字ではじめました。「Nちゃん、パジャマきる?」と「きる」を指文字で伝えると「うん。きる(指文字→手話)」で返事をしてくれるのでわかっているようです。時々ママにも「それ、きる(指文字)?」と聞いてきます。」(2歳11ヵ月、100dB)

事例6「M子が指文字表の「ろ」を指して「ケロのろ」、「め」を指して「ヤメピ(キャラクター名)のめ」、 「こ」を指して「〇子、〇子のこ」と言っていた。"指文字ブーム到来!"」(3歳0か月・100dB) 

 

一方で、高度・重度難聴の子どもの日本語獲得は少し遅くなります。指文字が多いのですが、上の例のようにその時期はだいたい3歳前後です。日本語獲得の時期は聴覚活用をする子どもとは差があります。手話を使っていますと3歳くらいで、それが別の言語、つまり指文字は別言語=日本語で表せることを知ります。メタ言語認知ですね。その違いに興味を持つ子どもがいて、「これは何?」と盛んに指文字で聞きたがる子がいます。指文字での語彙の爆発が起こる子どももいます。手話のなかに少しずつ日本語も使われていきます。手話の中に指文字が入り始める。こうして日本語は身に付いていく。ですから乳幼児相談02歳の間に、子どもは2つの言語を獲得します。だから、大丈夫なのです。日本語ができないなどということはありません。そういう証明もありません。大東文化大学の齋藤友介先生は、アメリカの文献をすごく読んでいる人ですが、「手話を使ったら英語ができないとか、そういう研究論文ありますか?」と聞くと、「そういうものはありません」と言っていました。そう言っていたのは口話併用手話でない時代のことです。もちろん日本手話は独立した言語ですから別です。

 

<聞こえる親の心の変化>

乳幼児教育相談には聴者の教師がいて、 プレゼンテーション22.jpg聴者の親御さんがいる。きこえない講師や親もいます。ここが大事です。きこえない大人の人と接することできこえる親自身の障害認識も進みます。親御さんはやはり、最初は聴覚障害がないほうがいい、聞こえた方がいいと思っていますが、それがだんだんと、きこえない人の話をきいたり手話を教えてもらって関わっていくうち、「大丈夫なんだ、うちの子もああいうふうに育っていくんだ」と理解できるようになります。否定的な障害認識から肯定的なものに変わっていきます。それは親御さんによって揺れ動き方は違いますが、早い人は、Aちゃん、Bちゃんのケースのように、手話をとにかく使っていっているので、子どもの発達も早くなります。

それともうひとつは、グループ内でロールプレイをやったり、子どもとどう関わるかという学習もするので、共有型の子育て、一緒に活動を楽しめるという親御さんたちがでてきます。親御さんにはタイプがいろいろですが、共有型の子育てをすると、言語の発達も早いというのは、障害に関係なく、3000人ぐらいを対象にした研究があって、共有型の子育てが一番子どもの獲得する言葉の数も多いと言われています。この研究では、以下のような子そだて10か条を提案していて、とても味わい深い提言なので参考までに紹介しておきます。

 

子育て10か条~50の文字を教えるより100の「なんだろう?」を育てよう!

① 親子の間に対等な人間関係をつくること

② 親は子どもの安全基地になること

③ 子どもに「勝ち負けのことば」を使わない

④ 子どものことばや行動を共感的に受け止め、受け入れる

⑤ 他児と比べず、その子自身が以前より進歩したときに承認し、ほめる

⑥ 裁判官のように禁止や命令ではなく、「~したら」と提案の形で対案を述べる

⑦ 教師のように完璧な・詳細な・隙のない、説明や定義を述べ立てない

⑧ 子ども自身に考える余地を残す働きかけをすること

⑨ 親は「待つ」「みきわめる」「急がない」「急がせない」で子どもがつまずいたときに支え、足場をかけ、子どもが一歩踏み出せるよう脇からたすける

⑩ 子どもと共に暮らす幸せを味わおう

 

<乳幼児教育相談に通う間に子どもの言語発達のベースをつくる>

まとめますと、こういうことです。子どもは言語を獲得する。認知概念、知識は、年齢に応じた獲得が可能。本人も心理的に安定し、障害認識も育つ。自己肯定感をもつ。自己肯定感を持っているから、いろんな人やものと関われる。そういう意欲も出てくるということですね。保護者も、愛着関係がしっかり持てる。共有型の子育ての結果、障害認識も変わる。このように乳幼児相談でベースを作って、次に幼稚部にいきます。

 

<幼稚部での目標> プレゼンテーション23.jpg

幼稚部で何を大事にして取り組んでいくのかをお話しします。今日は、言葉のことに絞ってお話ししますが、最終的に、幼稚部卒業で目標にするところは、言葉を使って、言葉で考えたり、言葉で相手に説明する。ここでいう言葉は日本語だけとは限りません。手話も含まれています。言葉を使って活動していく、その力をつける。ここが1つの目標になると思います。最初は手話で1歳くらいから。この段階では手話はコミュニケーションの言語です。いわゆる「生活言語」。ここで年齢的な概念や知識も獲得できます。日本語が途中でそこに加わってきます。そのプロセスについてはすでに述べました。大塚の場合には日本語、口話、併用の手話を使いますので、途中から日本語も入ってくるわけです。日本語と手話は基本的には別の言語ですが、口話併用手話では、手話の中に指文字で日本語が入ってきます、その割合がだんだんと増えてくる。手話と日本語の関連付けができてくる。幼児期の後半になると日本語を使う割合はさらに増えていきます。5歳から6歳あたりは、使えるようになっている日本語をさらに質的にレベルアップする時期です。言葉を操作することがきるようになる。例えば「きじま」は、反対から言うと「まじき」。こうした記号や言葉の入れ替えを頭の中で操作できるようにもなってきます。

そして、言葉遊びとか、言葉でいろんな物事を考えたり、言葉で別の言葉を説明する、例えば、スマホって何?ときくと、遠くにいる人とメールできるものなどの説明ができるようになってきます。このような言葉を使った思考ができる力。そこを言葉に関する幼稚部の目標として考えています。その力が、910歳あたりから本格的に始まる学習言語や書き言葉のベースになっていくわけです。

 

<検査の結果>

O聾学校では、言語発達に関するアセスメントをやっていて、それとの関連を話します。今お話ししたように最初は手話でコミュニケーションする。それがだんだん生活言語、日常会話として発達していく。日常会話でやり取りする力は プレゼンテーション24.jpg伸びていきますが、学習するための言語や書記日本語を身につけるためには、今使っている日常の言語をレベルアップする必要があります。言葉を操作できる力、言葉で説明する力、それから言葉だけじゃなくて、いろいろな問題について広く深く考える力が必要で、何かと何かの関係を分析したり推論したりする力。概念カテゴリーを構築する力、さらにWMと書いてありますが、これはワーキングメモリーと言って、短期記憶や頭の中で言葉や記号を操作して物事を考える力も必要です。このあたりの発達の様子をみるのがWISC(ウィスク)という検査です。

 

Jcossについて 

それからJCOSS(ジェイコス)を使って、日本語や文法をどれぐらい習得しているかを見ます。右の折れ線グラフですが、O聾学校の幼稚部を卒業した子ども達がたくさんいますが、途中から来る子どもを除いて、幼稚部に半分つまり1年半以上いたという、そういう子ども達65人を分類します。学年別にやると複雑になるので、2122年度に卒業というふうに2年分ずつをまとめてみました。横軸は学年、縦軸はJCOSSの通過項目数です。

  プレゼンテーション25.jpg例えば21年度と22年度に幼稚部を卒業した子ども達ですが、破線表示(点直線点・・)の子ども達です。23年度と24年度に卒業した子たちも破線表示(点々直線点々・・)ですが、あまり変わりません。小3の時にだいたい13項目通過ですから聴児の小2レベル。やや遅れているのがわかります。太い点線表示が2526年度に卒業した子たちです。小2の時に平均15.4項目通過で聴児の小2~3年レベルに達しています。2728年度に卒業した子ども達は、太い直線表示です。最近4年くらいの間に卒業した子たちは、それまでの子ども達よりは、伸び方が少し早まっています。ですから、この34年で、平均的に幼稚部の子たちの日本語の獲得が早まっている、伸びが見られるようになったと言えると思います。

次に、幼稚部3年卒業の段階で7項目通過しているかどうかをみてみます。Jcossでは7項目目以降20項目までが文法項目で、その前は単語が増えれば到達できる項目になっています。7項目目の「置換可能文(可逆文)」を通過したということは、「太郎が花子を追いかける」「太郎を花子が追いかける」といった格助詞「が、を」の使い分けがわかる段階を超えたということです。この段階(=文法段階)以降に達している子なのか、あるいはその前の 「語連鎖」  プレゼンテーション26.jpg(4~6項目通過)や「単語」(1~3項目通過)の段階かをみて、3つのグループに分けます。すると、単語段階が12人、語連鎖段階が12人、文法段階が27人ということがわかります。こうやってグループ分けをすると、幼稚部卒業段階で平均10.3項目通過の「文法基礎」段階まできていた子ども達は、それ以後はほぼ聞こえる子どもと同程度の伸びを示すことがわかります。獲得語彙数の数が足りない2つのグループは、伸びが聴児小12年のあたりで停滞するのがわかります。ということは、幼稚部段階で日本語の単語がどれだけ獲得できるか、ということになってくるわけです。もちろん、小学部入学までは手話で、日本語は小学部から、という方針で育った子どももいます。そうした子は小学部以降に、それまでに身につけた手話と日本語とを結び付けて日本語の語彙を獲得していくことになるわけですが、その子が持っている認知・思考・記憶といった基本的な力にもよりますが、小学部以降に日本語を身につけていく子もいます。このような子たちには、やはり動詞の活用、助詞の指導といった視覚化・構造化した日本語の文法指導と日々の日記・作文指導が有効ですし、学校の授業においては口話併用手話や指文字を使って、多角的に日本語を符号化していくことが有効ではないかと感じています。

 

WISCについて

では思考のほう。日本語の形式である語彙や文法ではなく、言葉をつかって考える力ですが、これはWISCⅣという検査でみます。大きくわけると、まず「知覚推理」と「処理速度」という領域があります。前者は視覚的・動作的な課題の中での推論能力をみる検査で「積木模様」「絵の概念」「行列推理」といった下位検査があり、後者はすばやく的確に作業を行う力をみる検査で「符号」「記号探し」といった下位検査があります。これらはいわゆる動作性検査とも呼ばれ、言語を使って答える検査ではないため、聞こえによって左右されない検査です。実際、聞こえない子の8090%は聞こえる子との差のない、定型の範囲です。ですから聞こえない子の多くは基本的な認知の力は プレゼンテーション27.jpg持っていると考えてよいと思います。遅れが出るのは、言語を使って遂行するほうの「言語理解」や記憶したり頭の中で記号を操作する力をみる「ワーキングメモリー」のほうです。今使っているのはWISC-Ⅳですが、以前はWISC-Ⅲを使っていました。WISC-ⅢとⅣの共通の項目である言語性検査の中の「類似」と「単語」と「理解」「知識」。この4つの項目を取り出して比較してみます。

次のグラフは、2124年幼稚部卒業生33人(棒グラフ左側)と、2528年度卒業生34名(棒グラフ右側)の「言語理解」にある下位検査の平均評価点を比較したものです。評価点は120点までで評価します。10点が聞こえる子どもの平均。911点が平均的な範囲です。ですからこれより低いのは、その力が十分にないということを意味します。「類似」で7.2IQに換算すると80くらいでしょうか。「単語」「理解」も同様に低いです。ただし「知識」だけは9.2で定型の範囲です。

 

WISC知能検査「類似」の結果>

その中で「類似」の問題に着目しました。「類似」というのは語のカテゴリーの問題に関係しています。例えば、1歳児が犬を見て、「ワンワン」と言葉を身につけます。どんな犬を見ても形や大きさは違うけれども「ワンワン」と覚えていく。最初の頃は猫を見ても「ワンワン」と言ったりしますが、その区別もだんだんわかるようになって、「ワンワン(犬)」というファイルを頭の中に作るわけです。そういうふうに私たちはカテゴリー化してモノの名前を獲得する。同様に「猫」とか「兎」といったファイルも作っていく。そして「動物」というもっと大きな括り(上位概念)の概念のカテゴリーも作っていきます。あるとき、初めてキツネを見た。自分の持っているファイルにはないけれど、「動物」というカテゴリーの中に入るモノだということは自分の持っている事例ファイルと照合して推測できる。これを帰納的推論といい、とても重要な認識の力です。そして「キツネ」と教えてもらいまた新しいファイルを頭の中につくるわけです。こうした判断が即座にできるようになると、「あれ何?あれは?」とあらゆるものの名前を聞きたがり、どんどん言葉が増えていきます。これが先ほどもお話ししました「語彙爆発期」ですね。

 もう1つ大事なことは、言葉を新たに獲得すると頭の中にある同じような種類のものとの比較ができます。そうする古いファイルの方も新しい情報が加わって上書きされる。ファイルにあまり情報がか書き込まれていなかったものもどんどん新しい情報が書き込まれ、そのものの概念も豊かになっていきます。言葉が増えるということは概念や知識の豊かさという点でも重要です。

小学校の国語教科書の中には、カテゴリーを扱った単元があります。右の学校図書の教科書「まとめたことば」の表を見て下さい。このなかには「だいこん、なす」と書いてあってその上が空欄になっています。ここには「やさい」 プレゼンテーション28.jpgが入りますよね。その右の「くだもの」の下には上の絵から何かを入れなければいけない。大人はすぐにここに入る言葉がわかりますが、聞こえない子たちの中には、これがわからない子がいます。似たモノ集まって一つのカテゴリー(例「果物」)を作り、そのカテゴリーのモノが集まってさらに大きなカテゴリー(「食べもの」)を作るという階層性のある構造とそのカテゴリーの名前を知らないのです。こうした構造は上に行けば行くほど抽象性が増しますから、この構造が下から積みあがっていないと抽象語彙は獲得できないことになります。語彙のカテゴリーがきちんと作られるということが語を獲得する上で非常に大事なことだということがわかります。

さて、WISCの「類似」の問題ですが、これはまさにこの語彙のカテゴリーが獲得されているかどうかを問う問題です。2つの言葉を子どもに提示しその共通点・類似点を言わせます。例えば、「りんごとバナナのどこが同じ?似ている?」と尋ねます。子どもはりんごとバナナの名前を聞いて、頭の中にこれら二つの果物の絵を想像します。バナナは黄色、りんごは赤。バナナは細長い、りんごは丸い。違いはイメージが浮かべばわかるでしょうが、同じ点は、「食べるもの」とか「果物」といった共通点・類似点を考えて、それを言葉で抽出することが必要です。それぞれのモノの名前を知っているだけでは答えられないのです。そこに、それぞれの共通点を見出しカテゴライズする思考が必要になるのです。

 

グラフに戻りますが、平成21年から24年頃に、プレゼンテーション29.jpg幼稚部年長児の「類似」の評価点の低さに気づきました。そこで、単に「りんご、 バナナ、ぶどう、みかん・・」と集めて「果物」と上位概念を覚えるだけでなく、カテゴリーのくくり方はいろいろあること、モノの名前だけでなく、形容詞であったり、動詞であったりしてもその特徴に応じた様々なくくり方があること、そうした多様性をもったカテゴリーづくりが楽しめる教材として『ことば絵じてんづくり』というのを思いつきました。

 

<「類似」の結果からの取り組み>

 

①「ことば絵じてん」づくり

乳相から幼稚部にかけて、保護者と子どもとで一緒に作ってもらう取りプレゼンテーション30.jpg組みです。色んな分類を子どもとやってノートに貼っていく。例えば、 これは「くすり」「ちょうりどうぐ」「ようふく。などで作っています。分類の仕方によって色々できるのが面白いところです。もちろんこれを子どもと一緒にやらないと意味がありません。そこはお母さんの腕次第です。

 

それから、幼稚部でもいろいろな取り組みをしました。視覚化する、構造化する、カテゴリーを作る、といったような教材と環境作りです。例えば、左下の写真の上は、「冬」をテーマにしてこれは「冬」というテーマで、子どもが冬について思いつくことをいろいろ書いていっています。雪だるまとか、寒いとか、こたつ、とか・・・。これも「冬」と いうカテゴ プレゼンテーション31.jpgリーで「ことば絵じてん」を作るのと基本は

  プレゼンテーション32.jpg同じです。子どもの経験を引き出し整理していくことで冬についての豊かな概念が育ちます。右の写真は、図工的なことをやった後、材料とか道具というカテゴリーで整理をしています。また、文法指導につなげる視点から、動詞は緑、名詞は黄色、形容詞や副詞は水色といった品詞分類をしながら関連する言葉を書きだしています。

 

③取り組みの成果

こうした取り組みを継続していった結果、だんだんと成果がみられるようになってきました。先ほどの「類似」の棒グラフの右側は平成2528年度卒業の年長児の平均評価点ですが10.6になっています。平均値の差の検定をしてみたところ、有意水準1%で差がありました。また、「ことば絵じてん」作りは香川聾学校幼稚部でも積極的にやっていますが、以下のような取り組みの成果が報告されています。「関係性」の認識の向上は非常に大切なことです。

 

☆子どもの変化  

・「なかま(カテゴリー)」を意識するようになり、上位概念に関する語彙が増えた。

・一つのモノを色々な視点からとらえ、モノとモノ、言葉と言葉の関係性を意識できる子が増えた。

☆保護者の変化  

・日常生活の中で子どもの知らない物や言葉に気づくようになり、実際に体験させたり、普段の会話の中で知らない言葉を意識的に使うようになった。

 

<そのほかのWISCの結果から>

①「理解」について

グラフの中で、「理解」という項目がありますが、これも評価点7.1から9.3に向上し、統計的にも1%水準で有意差が出ています。これは、要するに、ふだんの会話、「ご飯食べなさい。お風呂入ったの?遅いから早く寝なさい・・」といった用を足す会話だけでなく、そこからもう一歩踏み込んで、「どうして毎日風呂にはいらなきゃいけないと思う?」「駅で定期券を拾ったらどうしたらいい?」といったような、子どもに考えさせる会話ができるかどうかということと関連しています。そうした知識・思考が「理解」に反映するのです。考える力は子どもが考えなきゃ育たないから、考える会話を親子でしてほしいということです。「ことば絵じてん」づくりの保護者の成果にも、「実際に体験させたり、普段の会話の中で知らない言葉を意識的に使うようになった」というのがありましたが、子どもの経験を広げたり経験を言語化する会話の中で、子どもがいろいろなことを知っていったその結果だと思います。このような知識を「スキーマ」と言いますが、WISCの「理解」や「知識」はそのスキーマを構成していて、読み書きの力に反映しているともいわれています。どういうときにそうした力が発揮できるか。例えば

「野球のボールが隣の家の窓に当たった。すると、隣のおじさんが出てきた。」という文を読んだとき、私たちはごく自然に「窓はどんな窓だろう?きっと窓ガラスだ。なぜ、おじさんが出てきたのだろう?たぶんボールが窓ガラスに当たって割れたんだろう」などと推論しているはずです。書かれてはいないけれど、自分の知識(スキーマ)を使って行間を読みとっているわけです。「理解」が伸びたということは、このような生活的・経験的知識とか常識的な知識といったことが伸びたということで、それは語彙・文法力とは別に、文を読む上で欠かせない知識や理解力が伸びたということになります。

 

②「単語」について

こうした伸びがみられる反面、あまり伸びていない項目もあります。「単語」ですが、これはけっこう難しい課題です。有意差が出るほどには伸びていません。例えば「りんごってどんなもの?」「冷蔵庫って何?」など語の定義的説明ができるかどうかですが、年長児でもけっこう難しい課題です。子どものなかには、りんごってどんなものか聞くと、りんごからいろいろ思いつくことがある。みかんでしょ、ぶどうでしょとか。でも、それはりんごの説明にはなってない。関連するものの連想ですね。しかしもっと連想を言わせると「赤い」「丸い」「皮をむいて食べる」「少し酸っぱい」「スーパーで売ってる」。いろいろと思いつく。それをつなげば実は答えができます。「ミカンやぶどうと同じ果物で、赤くて丸くて少し酸っぱくて皮をむいて食べるスーパーで売っている食べもの」。ちょっと長いけれど答えになる。そしてこれはちゃんとなぞなぞとかクイズにもなっています。今の長い説明の最後のところ「・・・スーパーで売っている食べものはなんでしょう?」と、質問文にすれば問題ができます。こういうなぞなぞとかクイズを沢山することが言葉を言葉で説明する力をつけるコツです。

このような取り組みを幼稚部でもやりました。 プレゼンテーション33.jpgそして、結果的にどこまで伸びたのか。二つのグラフを見てください。右のグラフは、平成21年度~24年度の年長児36名のWISCIQの数値とJcoss通過項目数との関連でプロットしたグラフです。WISCⅢの時ですから縦軸が動作性IQ,横軸が言語性IQです。そして年長卒業時のJcoss通過項目数で7項目以上の文法段階に達している子を水色、語連鎖段階の子を黄色、単語段階の子を赤色で表示していますが、ここで注目したいのは、動作性IQも言語性IQも定型発達のIQ90以上で、文法段階(Jcoss7項目以上通過)に達している子どもの割合で、WISCⅢをやっていた4年間の年長児の3割にすぎませんが、WISCⅣで評価するようになった平成25年度~28年度の年長児39名(下のグラフ)では、知覚推理IQも言語理解IQ90以上の定型発達 プレゼンテーション34.jpg

で、かつJcoss7項目以上通過の幼児の割合は6割とほぼ2倍になっていることです。つまり、言語的な思考の面でも語彙・文法力の面でも子どもの持っている可能性を大きく伸ばせるようになってきたと言えるのではないかと思います。

 

<小学部以降の言語力にどうつながっているか>

 最後にもう一つだけ検査の結果を紹介しておきます。語彙・文法力の面で年長卒業時Jcoss7項目以上通過の子たちがその後毎年1回行われるJcossにおいても聴児と同様の発達曲線を描くことはすでに述べました。では、文を読み考えて解答する問題では、正しく解答できるのでしょうか? この力を測るために小学部では以下の問題(「比較3問題」と呼んでいます)を使ってみています。これは岸本裕史(1984)を脇中起余子(2008)が引用したものの孫引きです。

 

問1「太郎君はみかんより飴が好きです。飴よりチョコが好きです。太郎君の好きなものの順は?」 

問2「もし、ねずみが犬より大きく、犬が虎より大きいとしたら、大きい順番はどうなるか?」

問3「A町、B町、C町、D町、4つの町がある。A町はC町より大きく、C町はB町より小さい。B町はA町より大きく、D町はA町の次に大きい。大きい順番を書きなさい。」

 

問1は、助詞がわからなくても単語から映像を プレゼンテーション35.jpg浮かべられれば解答できます。岸本はこれが出来たら小2レベルと言っています。問2は、文から映像が浮かんでも文法的に正しく読めなければ解答できません。大きい順は実際とは逆になっているからです。文法的に正しく読めるかどうかが問われているわけです。これが出来れば小3レベルだそうです。ここまでは具体物の3対比較ですが、問3は比較するものが抽象的なものであり、4つのものの比較です。文を読み取り、論理的な思考ができなければ正解できない。これができれば小

4レベルであるということです。

 さて、この問題を私は地方の聾学校の中・高校生にもやってもらうことがあります。それらの結果と脇中の京都聾学校高等部の結果、さらに平成2628年度O聾学校小学部高学年56名の結果(斜線)を比較表示してみます(上図)。この図からわかることは、まず、問題別の正答者の割合が学部が変わってもあまり変わらないことです。言い方を変えると、「進歩がみられない」ということです。小学部の時に一度躓いてしまうと、中・高、いやおそらく聾学校を卒業して社会に出るまでそのままの状態が続くということではないかと思います。論理的な思考を必要とする問題3は置いておくとして、問題2までは文法指導を徹底することで躓きの解消が可能なレベルであるのにも関わらず、およそ半分の子どもたちは中学部、高等部に行ってもできるようにはなっていません。ここに、聾学校の日本語指導の大きな問題があるように思います。

 

 それから、幼稚部卒業生が小学部高学年になっとき、この比較問題がどこまでできるのか、それを見てみます(右図)。年長卒業時にJcoss7項目以上通過の文法段階に達していた子たちの群(22)6項目以下の語連鎖・ プレゼンテーション36.jpg単語群(34名)とに分けてみると、確かに前者の群では9割の子が問題2で正解しており、文法的な思考ができていることがわかります。それに対して語連鎖・単語群では問題2以上のレベルには4割の子しか達していません。さらに問題3まで正解できる子は文法群では22名中13名(6割)いますが、その13名のうち11名はWISC言語性IQ90以上だった子たちです。それに対して語連鎖・単語群では問題3まで正解できた子は34名中3名(1割)に過ぎません。このことから幼稚部卒業までに、文法段階に達する日本語の語彙・文法力をつけることと言葉(手話も日本語も)を使って考える力をつけることが基本的に大切だということがわかります。

 

<読書力診断検査による検証>

最後に聾学校で一般的に行われている「読書力診断検査」による検証を紹介して終わりにしたいと思います。右図は、澤隆史氏(東京学芸大学)によるデータです。このデータには、70年代から2010年代までの聾学校の児童の平均の読書学年が記されています。それによると70年代から2010年代までの40年間6回の検査のいずれにおいても、読書学年が小4レベルを超えられないということを示しています。「9歳の壁」が越えられない、ということの数値的な根拠になっているわけです。 プレゼンテーション39.jpg

では、O校はどうでしょうか? 幼稚部を卒業してそのままあがった児童は重複学級在籍児を除いて平成28年度現在で52名います。小学部在籍児の約7割です。

その子どもたちのそれぞれの読書学年を「該当学年」、「下学年」(実際は3年生なのに読書学年がその下の1年生とか2年生の場合。但し1年生は読書学年で「1年1~2学期以下」の場合、「下学年」として評価)、「上学年」(実際は3年生だが4年生以上の読書学年の場合)の3つに分けてグラフにしてみました(下図)。

プレゼンテーション37.jpgそれによると、学年によって凹凸はありますが、52名の平均では「上学年」が4割、「該当学年」が3割、「下学年」が3割となりました。つまり、幼稚部卒業生の7割は該当学年以上で、3割が学年以下の読書力ということになります。ここでいう読書力とは、読字力(漢字の読み)、語彙力(単語の意味)、文法力、読解力を総合したものです。とくに注目したいのは、4年生以上の高学年でも該当学年以上の子どもが半分以上だという点です。

プレゼンテーション38.jpgこれを澤隆史先生が出されたデータにつけ加えてみると右図のようになります。星印を結んだ直線がO校の学年平均の読書学年です。4年生だけは実際の学年を下回っていますが、5年生と6年生はほぼ実際の学年の読書学年に到達しています。すなわち「9歳の壁」である小4レベルを超えているということがわかります。この結果からも「9歳の壁」を超えることが決して絵空事ではないということがわかっていただけるのではないかと思います。

 

 

<まとめにかえて>

 では、このような語彙力・文法力、思考力をつけることは、誰でもできるのかということになると、そこには子どもの本来持っている基本的な力(認知、思考、記憶、他障害の有無等)、家庭の問題(障害認識、親子関係、就労、手話コミ環境等)、学校の問題(指導方針、障害認識、指導力、手話や聴覚障害者の存在等)などが複雑に関係し一概には言えません。大事なことは、常にきこえない子本人を尊重し、その子が楽しくいきいきと生活し学べる環境や関わりをどうやって作るか、そのための努力を惜しまないということはないかと思います。それぞれ一人ひとりの子どもがそれぞれの生き方において意味深く生きられること、それが最も大切なことのように思います。引用した「子育て10か条」を再度見直していただければ幸いです。(2017.4.1)