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論文・資料・教材

〇生活言語から学習言語へ~「9歳の壁」を越えるために

聴覚障害教育の中で「9歳の壁」ということがよく言われます。これは1960年代の半

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ば、東京教育大学附属聾学校(現筑波大学附属聾学校)校長であった萩原浅五郎の『聾児の学力は"9歳レベルの峠"を前に疲労困憊している』ということばの中から「9歳の壁」と変わって現在に至っています。それから半世紀の歳月が流れているわけですが、確かに今でも、この抽象的思考ができる小学校高学年段階になかなか到達できない聴こえない子たちが多いのは事実です。

ひと昔前に比べて補聴器の性能もよくなり、重度の難聴児には人工内耳を埋め込んで聴力の改善が図れるようになってきたこともあり、「よくおしゃべりできる」子どもが増えました。おしゃべりができると、日本語が頭の中にしっかり詰まっていて、考える力もついているのではないかと思われがちですが、ヒアリングやスピーチの力と、頭の中で日本語や手話という言語(language)を使って抽象的な思考ができる力とは質的には全く違うものです。

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右の図の中の「生活言語」とは、日常会話を想像していただければよいですが、こうした生活の場での会話は、言語以外の手掛かりになる情報(文脈、話題の共有、実物、身振り、表情、語調など)が沢山あり、それらが意味の伝え合いを支えているので多少文法的に誤っていたり省略されていたりしても十分に伝え合うことが可能ですし、なによりもわからかったらその場で相手が質問してくれるというのが特徴です。それに対して、「学習言語」というのは、書記言語が代表的なものですが、その場に居合わせたわけでもない第三者にも通じるように、すべての情報を言語の情報として入れ込まなければならないという特徴をもっています。それによって地球の裏側にいる人にも伝えることが可能となります。例えば、学校で使う教科書は、書記言語で書かれています。ここで扱われている学習のテーマは、「じどうしゃくらべ」とか「うみの生き物」(小1国語)といった一般的なテーマ・題材であり、幼稚部の時に描いた絵日記とは質的に違うものです。幼児期は、自分の経験にまつわることが中心であったし、自分自身との関連でことばを理解していればよかったのですが、小学校以降では、自分の経験を離れて一般的・客観的にことばの意味を理解できる必要があります。では、このレベルアップを図るためには、どんなことをすればよいのでしょうか?

 

〇幼児期のポイントは、シンボル機能のレベルアップと概念形成

結論から先に言うと、大事なことは「シンボル機能のレベルアップ」と「豊かな概念形

シンボルとは?.jpg

成を図る」ということです。では、シンボル機能のレベルアップとはどういうことでしょうか? 

シンボルとは、私たちが実物の代わりに用いて、思考したり伝え合う記号のことです。例えば子どもが新幹線に乗ったとしたら、その時の記憶はイメージとして子どもの頭の中に残ります。イメージは視覚的映像だけなく音や匂いもあるかもしれません。記憶イメージは実物の代わりですからシンボルです。ほかにもいろいろあります。積木を新幹線に見立てて遊んでいるのであればその積木は新幹線という実物の代理ですからシンボルです。縄跳びの紐が新幹線ごっこに使われているのであれば、その紐は実物の代理ですからシンボルです。そうしたシンボルの中で最も大切なシンボルがことばです。ことばはだれにもわかる公共性を持ったシンボルです。ことばを覚えれば周りの人といろんなことを伝え合

えます。このようなシンボルは年齢が進んでいけば発達していきます。かずとかアルファベットとか化学式だとかこれらも皆シンボルです。私たちはこのようなシンボルを頭の中で動かして複雑な思考ができるようになっていきます。頭の中で、シンボルであることば(年長であれば手話だけでなく日本語も)やかずを操作し、ことばやかずを使っていろいろと考えることができること、これがひとつ大事な目標です。

もう一つは、豊かな概念形成ということです。例えば、「りんごってなに?」と訊かれて「色は赤くて形は丸い。皮をむいて食べる果物の一種」などと応えたとしたら、それがその人のもっているりんごの概念です。

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きこえない子は、概念が貧しいとよく言われますが、確かにそういう面があります。生活の中でりんごを食べる経験は聴こえる子もきこえない子も変わりはないはずです。しかし、説明することばがない。りんごのイメージ(symbol)は頭の中に浮かんでいるのに、そのイメージをことば(手話や日本語という別のsymbol)を使って説明できない。日本語のことばが思いつかないということもあります(語彙が少ない)が、手話でも説明できない子はけっこういます。また、「長野のおじいちゃんがいつも送ってくれるやつだよ」とか「りんご昨日買ったよ」と応える子もいます。この子たちは、まだことばが自分の経験と結びついていて、一般的に「りんご」そのものについて考えること(モノを対象

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化して客観的に考えること)が難しい子たちです。

いずれにしても、子どもに「りんごって何?」と尋ねてその子が応えた内容が、その子のもっているリンゴの概念です。同じ生活の中で同じように食べていてもきこえる子ときこえない子に差が出るのは、きこえる子は、「ききかじる」ということによって情報が入ってくるメリットがあるからです。このような「偶発的な学習」によってきこえる子は知識や情報量をいつのまにか増やしているので、同じように訊かれても、応えることばをたくさん持っている。では、きこえない子はどうすればよいのでしょうか?

 

〇実体験とあそびと大人とのやりとりの中でまず豊かな概念を!

 

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右に事例をいくつか紹介しました。「いちご」の事例は、学校でいちごを食べたことから発展していっています。学校の帰りに実際にいちごを探して買いに行った。「いちご、どこで売ってると思う?」そんな会話をしながら行くとよいと思います。子どもは意外と知りません。パン屋をのぞいたり銀行をのぞいたり探検しながら行くのも楽しいかも? やおややスーパーに辿り着いたとしても果物のコーナーに辿り着けるとは限りません。果物のコーナーにはほかにもいろいろと果物があるでしょう。それらを「これはりんご、これはみかん・・」と探すのもよいでしょう。そしてレジに行ってお金を払って買う。こういう機会に経験させましょう。そして買って帰ってどうする・・? これらが全てりんごの概念にまつわる出来事です。こうした実体験があって「りんご」の概念が膨らみます。そして、それが次に学校での個別指導のときのごっこ遊び・再現あそびにつながっていきます。こうしたあそびの中で、イメージを膨らませやりとりを膨らませる。それがシンボルを豊かにするということです。長くなるので、他の2事例は省略しますが、概念を豊かにすることの意味がわかっていただけると思います。

 このように、概念とはそのモノの意味であり、また、そのモノに付けられた名前と密接に関連しています。「りんご」には「サンフジ」とか「王林」とかさまざまな品種(下位概念)がありますが、品種の違いを越えてそれらの共通した概念に着目して「りんご」と

概念カテゴリーが構築されると.jpg

言っています。これが「基礎語」で、幼児が最初に習得するのがこうした基礎語です。基礎語はどのような言語でも共通していることが多いです。この基礎語である、りんご、みかん、ぶどうといった似た性質をもつものが集まるとさらに大きなカテゴリーである「果物」という「上位概念」を作ります。ことば(モノ)はこうした構造的な特徴をもっています。ところがきこえない子は、この構造を自然に獲得することがほとんど不可能です。

つまり、みかん、りんご、バナナ、ぶどう・・こういった一つ一つは知っていても、まとめた「果物」ということを知らないことが多いです。ここがきこえる子ときこえない子の違いです。まとめて整理され、そこにつけられた名前がなければ、ことばは全てバラバラに存在するだけです。私たちが新しい言葉に出会ってすぐに覚えられるのは、頭の中でまとめて整理したファイル(辞書)をもっていてそのファイルの中にある情報と瞬間的に照合し、推論する力をもっているからです。また、整理されているからこそ情報をすぐに取り出すこともできるし保存し記憶しておくこともできます。このように語彙を構造化して記憶保存するしくみのことを「語彙辞書」とか「心的辞書」と言っていますが、このしくみを子どもの頭の中に作り、必要に応じて取り出し使えるようにすることです。豊かな概念とは、ひとつひとつのものの概念の豊富さという意味と同時に、このような概念・カテゴリーの仕組みの構築という意味もあります。

 

〇シンボルの発達や概念の発達をいつ、どこでチェックするか?

①年長時でチェック

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さて、支援・指導において大事なことは、その子どもの頭の中にちゃんとシンボルが獲得され、モノの概念を説明したり。概念同士を比べたりまとめたりすることができるかを発達段階に応じてチェックすることです。これらをチェックする時期ですが、一つは生活言語から学習言語へ移行していくときで、5~6歳(年長)で行うことができます。WISCⅣという検査の「言語理解」という括りの中には「単語」と「類似」という下位検査があります。この二つの下位検査を使うのが、同年齢聴児との比較が数値的に出来るので便利です。但し、WISCⅣには実施に関する約束事が色々とあるので、もし使えない場合は「質問応答関係検査」の中の「類概念」と「語義説明」という検査項目を使います。

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あるいは、同じような質問を独自に作ってやれば、数値化はできなくても、子どもの実態は把握できます。そこでもし課題があるようなら、改善するためにどのような取り組みをするかを考えましょう。まず、生活の中での概念を豊かにするためのやりとりの仕方、これはすでに書きました。そして、「ことば絵じてん」作り。これはこのHPの「ことば絵じてん」のところを参照してください。

HP・TOP>日記・絵本・写真カード・手話>ことば絵じてん

http://nanchosien.com/10/1/post_140.html

また、絵を使ったワークで整理するのであれば、 『ことばのネットワークづくり』を使ってみて下さい。このワークブックは令和4年度の文科省特別支援教育一般図書に採用されています。

HP・TOP>出版案内⑥>「ことばのネットワークづくり」

http://nanchosien.com/publish/cat58/

質問応答~類概念.jpgのサムネール画像

HPTOP論文・資料・教材>ことばのネットワークづくり

http://nanchosien.com/papers/cat33/post_40.html




    年少・年中時でチェック

前に書いた「質問応答関係検査」の中の「類概念」「語義説明」を使います。この検査は年齢的に早く使うことができるので、課題を早めに発見できる利点があります。また、「太田ステージ」stage-2では、比較概念が育っているかどうかをみることができます。比較概念は、手話からスタートすれば

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2歳代から獲得しはじめますが、まだ習得できていないのなら、そこからやり直しましょう。とくに、後半の「イメージの中でモノの比較をする」問題は、それぞれのモノの概念が「大きさ」を含めてしっかりとイメージやことばで頭の中にないとできないので、そこで躓いた場合は、実物に触れ、さまざまなやりとりをする中でモノの概念をしっかりと身につけていくようにしましょう。

 


太田ステージ.pptx.jpg

太田ステージ比較に課題がある場合.jpg









太田ステージについては以下の項目をご覧ください。

http://nanchosien.com/10_1/10-0/3_1.html


〇「類似」「単語」に焦点をあてて取り組むことで何が育つか?

 

類似単語は、将来どんな力につながるか?.pptx.jpg

  右のグラフは、年長時に実施したWISCⅣ「類似」+「単語」の平均評価点(評価点の聴児平均値は10で、評価点9~11の範囲に聴児の50%が入っている)を縦軸において、リーディングテストにおける読書力偏差値の小4~6年3年間の平均偏差値を横軸に置いて、それぞれの子どもがどこに位置するかをみたものです。これらの二つの変数の相関係数を出すとγ=0.8で非常に強い相関があることがこのグラフからわかります。つまり、類似と単語の成績は、そのまま高学年(=「9歳の壁」以降)の読みの力につながっていることが読み取れます。 

また、類似と単語の平均評価点が9以上の幼児(=到達群18名)と9未満の幼児(

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課題群14名)に分け、それらの高学年時の平均読書力偏差値を比較すると、9以上(ほぼ平均以上)とそれ以下の子どもたちの間には、平均値間に差があり、到達群は偏差値59.8に対して、課題群は46.5で、その差は13.3ということがわかりました(有意水準1%)。

WISCⅣの「類似」と「単語」は、①それぞれの語を自分の体験から切り離して対象化・一般化できるか、②それぞれの語の概念が豊かに育っているか、③概念間の比較や共通概念の抽出ができるか、④上位・下位概念を習得しているか、⑤概念をことばで説明できるかなどをみることができる項目です。また、手話だけでなく⑥日本語で出来る力をみることもできます。逆に言うと、このような力が幼児期に育っていれば、「9歳の壁」以降の小学校高学年の学習言語段階で、しっかりと読みの力を発揮できるということになります。

以上のように、幼児期の取り組み、支援・指導のポイントが、今回、これまでの検査結果を検証して、より明確になったと言えると思います。豊かな概念形成、頭の中でことばやイメージ、かずなどを動かして思考するシンボルのレベルアップ、これらを幼児期にしっかりとやっていくこと、それが、抽象的思考を可能にする言語力・思考力につながるということになります。支援・指導に遅いということはありません。課題が見つかったら、そこから一歩一歩、歩み始めていきたいものです。

 算数で、計算はできるけれど文章題が解けないという子がきこえるきこえないにかかわらず少なからずいます。算数の文章題は、文を読んでその意味がイメージとして描けないと解けないので、文の理解が先ということになります。

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 例えば、下のような問題は果たしてイメージできるでしょうか?

「駐車場に車が4台止まっています。そのうち2台が出ていきました。また3台入ってきました。車は何台になりましたか?」 

あるいは、クッキーの絵が描いてあって「ひとつ食べたら、クッキーはいくつになるでしょう?」

 

こうした問題を解く時に必要なことは、まず自分の頭の中に「車」とか「クッキー」といったものの映像(イメージ)を浮かべ、そのモノを頭の中で足したり引いたりして操作できるという力が必要になります。こうしたモノが頭の中に浮かばないのであれば、象徴機能の発達がまだそこまでいっていないということなので、まず具体物の比較や操作、半具体物の比較や操作、そして絵に描かれたモノ、言葉だけでのモノの比較や操作が頭の中でできるようにすることが必要です。

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そして頭の中にモノをイメージできるようになったら、次は書かれている文を読んで自分でその意味を読み取ってイメージできるようになることです。

  こうしたことは本当は小1になってからすることではなく、幼児期の生活の中で積み重ねておくことが必要です。

 子どもは、通常1歳代で「同じー違う」という比較ができるようになり、2歳代では「大小・長短・高低」といった対概念がわかるようになります。この頃、きこえない子は音声言語ではまだ理解ができないので、手話を使ってその概念を教えるようにします。そして、いちばん、数量概念を教えるのによいのは、おやつの場面です。2歳の頃から「おおいね」「すくないね」「な~い、ゼロだよ」といった概念のことばを使っていきます。3歳になると3の概念が理解できるようになるので、3までの範囲で合成分解をやります。「こっち2つ、こっちは1つ、あわせたら3つになった」「ここに2つあるね、あといくつで3つになるかな」・・などの操作とそれに伴うことばを教えていくのです。

 算数というのはこうした幼児期の生活の延長上にあるものです。幼児期のかずの経験は子どもにとっては自分の具体的経験のレベルで理解がしやすいですが、教科書に書かれた問題の文は自分の経験を離れたことで、そこに書かれていることを、自分の経験から離れて客観的に頭の中にその場面を描き出さなければなりません。それが象徴機能の発達です。

 

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さて、小1の算数の教科書には、だいたい右のような順序で算数の加減算に使うことばが出てきます。これらのことばはきこえる子であれば就学の頃にはふつうどの子も知っていることばで、自分の生活経験を越えて問題文に即してイメージできるようになっていますが、きこえない子は幼児期からこうしたことばを、上に述べたような場面を通して意図的に使っておく必要があります。

 

 

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文章題が苦手な子は、どの程度こうした算数用語を使った文が理解できているか、右のファイルにあるような文を作ってまずやらせてみます。

「3と4とで(   )」 「5と2をあわせると(   )」・・・合併

「6から1ふえると(   )」「2に4をたすと(  )」・・・増加

 上の例は加算の「合併」と「増加」の問題ですが、こうした問題で子どもの文の理解度をまず把握し、理解できていなければ、おは

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じき、ビー玉、鉛筆、本などいろいろな具体物を使って、あるいは絵を使ってその意味を理解できるように指導をしていきます。

 最後のファイルは、算数に関連することばの一覧です(全部ではありません)。こうしたことばを生活の中で使っているかどうか、子どもが理解できていることばかどうかぜひチェックしてみてください。そしてまだ理解できていないことばであったら、機会をとらえて使うようにします。

  

 

 

〇スマホゲームのひきつける力

 先日、ある聾学校の幼稚部で、家庭での「生活・学習アンケート調査」を実施しました。そこから浮かび上がってきた子どもたちの姿はといえば、「テレビやビデオ、スマホやタブレットなどのいわゆる電子機器のゲームにかなりの時間を費やし、一日の流れ・時間をあまり意識することなく、次の日の準備は親任せで、お手伝いも特に決めてやってはいない」という受身的な生活に陥りがちな姿でした。中には、子どもだけではなく「仕事から帰ってきたお父さんも一人でゲームに夢中になっている」(ゲーム依存症?)という家庭などもありました。

タブレット.jpgのサムネール画像アンケートの質問の中には、これらのゲームをやる時間を決めているかどうかを尋ねる項目もありますが、回答は「時間を決めている家庭」は「時間決めていない」家庭の3分の1。3人のうち2人は一日のうちのかなりの時間をテレビとゲームに費やしている様子がうかがわれました。

 このことを一概に否定する必要はありません。ただ、スマホゲームは刺激も強く、ついつい引き込まれて見てしまう、不思議な力をもっています。バーチャルな世界で登場人物との疑似コミュニケーションも体験できます。「一人の世界」なのに主人公とともに仮想世界の中で共に戦ったり冒険したりという魅力は、現実の世界の中で孤立して生きていきがちなきこえない子をひきつけます。きこえない子のはまりやすい遊びだと思います。しかし、空想の世界で遊ぶのも楽しいけれど、いつでもまた現実の世界に戻って来れるよう、遊び方のルールを決めておくことは大事だと思います。

 

〇人とやりとりする楽しさのあるゲーム

さて、前置きが長くなりましたが、一人で空想の世界に浸るスマホゲームはちょっと横に置いて、お父さんと、家族みんなで、祖父母や親せきの人たちを含めて、みんなで楽しめるボードゲームをやりませんか、という提案です。

 かつて口話法の時代に育った人たちが大人になってから異口同音に語ったことは「もっと家族の団らんを楽しみたかった」「もっと家族の雑談に交じりたかった」ということでした(「早期より聴覚を活用した聴覚障害者の実態に関する調査研究」、2005)。音声だけの家族の会話からどうしても自分だけが置いていかれてしまう淋しさはどれほどのものだったでしょう。「なに?なに?」と尋ねても「待ってね。あとでね」と言われ、まとめて伝えられても子どもはそこに自分がいる「存在感」を感じることはできません。他愛もない冗談やどうでもいい雑談の場にいて、全てが伝わってこそ、子どもにとって真にリアルな会話なのであり、自分もそこに参加していたかったのに違いありません。このことの重要なそして本質的な「聴覚障害」の意味を私たちは決して軽視してはならないでしょう。しかし最近は、手話を使ってリアルタイムに、たとえ別のきこえる兄弟と親との会話であってもその場に本人がいるところでは常に会話に手話をつける家庭も増えてきました。きこえる子は常に家族の会話は、会話の当事者でなくても「きこえて」いますが、きこえない子は、「見ていない」「意識を向けていない」他者同士の会話はそばにいても聞き取ることができません。そのハンディを少しでもなくそうという聴こえる側からの努力です。

このような環境であれば、手話や指文字など視覚手段を使って皆でゲームも楽しめます。ボードゲームも音声を使うことから簡単な手話や指文字や動作を使うルールにすればよいだけです。そこで今回は幼児期から、家族やきこえるきこえないにかかわらずみんなで楽しめるボードゲームをいくつか紹介したいと思います。

 

〇ボードゲームとは?

 昔からあるトランプ、かるた、すごろくなどの「伝統ゲーム」から、最近は海外で作られたものまで含めて工夫されたボードゲームがたくさん市販されています。また、一人で遊べるものから数人で遊べるものまであり、電子機器を使わないアナログ的な趣があるのが特徴です。金額的には数百円から数千円。子どもと一緒に遊べるものならだいたい4,5000円くらいまでで買えるものが多いです。また、工夫して自分で開発するのもよいかもしれません。

 

〇まず、ルールを決めておく

 ボードゲームの中には、声を出して宣言したり、答えを言うゲームがありますが、こういうときのルールは「声を出して宣言する」「答えを言う」代わりに、「指さし」をするとかカードの上に手をついて宣言したりします。声は見えなくとも動作なら見えます。これを「見えルール」(いりょうみきこ『ボードゲームであそぼう』より)と言っています。それではいくつか紹介してみましょう。

 

〇数人で楽しめるゲーム

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1.スティッキー(3歳~、2~5人) 3,000円前後で購入可

 青、黄、赤の3色のスティック(棒)が木のリングで支えて立っています。じゃんけんをして勝った人から順番にさいころを振って出た色と同じスティックを抜きます。1本、1本すいていくうちにリングがだんだんと傾いてきて、抜いたときに床に着いた人が負けです。

あとの人は何本抜くことができたかな? 数えて棒の数が多い人が勝ちです。ルールが簡単なので幼い子でも楽しめます。

 


2.ドブル(4歳~、2~5,6人) 1,500円位

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 いくつかやり方がありますが、ここで紹介するのは「かくれんぼ」。カードを一人4枚ずつ配り動物の絵の描いてある面(表)を出します。真ん中には裏にしたカードを山積みにします。「3,2,1、ゼロ」の指文字の合図で真ん中のカードを表にします。各自は自分のカードの動物と表にされたカードの中の同じ動物を探し、あったら真ん中のカードの動物の上に手を置いて、一致した動物の名前を手話または指文字で言います。合っていれば自分のカードを裏返します。ゲームを続け、4枚とも裏返せた人が勝ちです。

 

 

3.レシピ(4歳~、2~4人) 1,000円~1,200

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 自分の引いたメニューに合わせて必要な材料を集めていくゲーム。必要な食材は6種類(6枚)。早く集めた人が勝ちです。人が捨てたカードを欲しい時は「レシピ!」と言わなければなりませんが、これは指文字の「レ」で示します。また、あと1つで完成という時「ごはんですよ~!」と言わなければなりませんが、これは「食べるよ~!」の手話をします。完成したら「終わり!」の手話。このゲームには「食事」のメニューのほかに「スイーツ」のレシピなども販売されています。

 



4.キャプテン・リノ(4歳~、2~4,5人) 2,000円位

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 土台カード⇒壁カード⇒床カードと置いて高いマンションを崩れないように建てていきます。床カードに「リノマーク」があったらリノがそこに引っ越さなければなりません。

 


5.ワードスナイパー(4歳~、2~5,6人)1,700円位

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 お題と頭文字で思いつく言葉を言っていくゲーム。思いついたら頭文字のカードに手を置いて解答権を得てから答えます。誰も思いつかなかったらお題カードをもう一枚めくって頭文字の選択肢を広げます。カテゴリーと語彙の力を広げることができるゲームです。

 

6.文字ぴったん(5歳~、2~5,6人)2,000円位

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幼児では一人5枚ずつカードを配ります。残ったカードは裏返してマス目シートの横に山にしておきます。山から2枚とってマス目シートのほし印のところに置きます。あとは順にそれらの文字に続く言葉を探して自分のカードを減らしていきます。手持ちのカードが亡くなった人が勝ちです。語彙力をつけることができます。

 

〇二人で楽しめる勝負ゲーム

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 これらのゲームは相手との勝負なので、勝つためには相手の考えを読まなければなりません。「将棋」「囲碁」は難しいですが、「ぴょんぴょん将棋」や「どうぶつ将棋」「よんろの碁」などは子どもでもできるように工夫されています。考える力や予想する力を育てるのには最適です。

〇一人で楽しめるパズルゲーム

 

パズル.jpgこれらは基本的に一人で考えてやるゲームです。平面図形や立体図形など空間認識の力を育てるにはよい遊びです。

 以上、市販されているいろいろなタイプのボードゲームを紹介しましたが、そのときどきの人数や年齢などに合わせて使うとよいと思います。

 それからボードゲームを紹介した冊子が最近出版さ

ボードゲームであそぼう(その1).jpgれました。手話通訳士でもあり臨床心理士でもある井料みき子さんが書かれた本です。『ボードゲームで遊ぼう~その1』(300円)。きこえない子のためのボードゲーム入門書です。申し込みは本ホームページ下記、籍注文用紙をダウンロードしてFAXかメールでお願いします。



子どもはことばをどのように獲得していくのでしょうか?  今日はこの言語の最も根本的な問題をについて考えてみたいと思います。まず、ある人工内耳装用年長児の保護者からいただいたメールを紹介します。

 

「1歳4ヶ月の聞こえる弟をみていて、言葉を覚えていくカテゴリーの話を思い出しました。弟の表出手話は、あんぱんまん、さかな、まんま、ばいばい、おいしいぐらい。今はもう日本語の方が多いです。

 テレビに魚が映っていて、それをみた弟が「わんわん!」といい、壁に貼ってある季節ポスターのところ(写真右)に走っていき、夏の「あじ」の魚の絵を指差しました。M 季節ポスター.JPG「これは、わんわんじゃなくて、さかな」と、手話もみせると、「わんわん」といいながら、魚の手話をしました。今、生き物はすべて「わんわん」です。口にいれるものは、お茶も歯磨き粉もすべて「まんま」です。大好きな「パン」だけは、覚えています。かなり大きな括りのカテゴリーを作っている状態で、ここからカテゴリー分けしていくんだなぁと感じています。
  聞こえない子の場合、相当努力して親が指文字使って日本語を教え、ことば絵辞典でカテゴリー分けして、必死に作っていくこの作業が、聞こえる子は、こんなに小さい1歳の時から自然に入ってくるんだなぁ、と驚きます。聞こえない子は、やはり『自然法』では間に合わない、『構成法』が必要だと思います。自然に情報が入らない分を、ルールとして理解し、頭で考えて反復し、一つずつ積みかさねていくんだなぁと、しみじみ感じました。」

*上記の年長児は、半年間「ことば絵じてん」作りに取り組み、『絵画語彙テスト』で語彙年齢が2年伸びました。それほど有効な取り組みです。このHPの「ことば絵じてん」のカテゴリーの『こんなに伸びたよ!~ことば絵じてん作り半年間の成果」をご覧ください。

*『自然法』と『構成法』・・・きこえる子は日常会話を通じて自然に音声言語を身につけていきます。これと同じように、きこえない子も日常会話を通じて自然に音声言語を身につけさせるという方法を『自然法』と言います。これに対して『文法指導』のように、教えたい語や文を意図的に指導する方法を『構成法』と言います。どちらも聞こえない子にとってメリット・デメリット、効用と限界があるので、必要に応じて組み合わせていくのがよいのではないでしょうか(木島記)

 

〇語はどのように獲得されるか?

 さて、上記のメールのお子さんをの様子をもう一度整理してみましょう。

1歳の子ども(Rちゃん)が初めて見た犬。ママは「ワンワンね」と言ったとします。しかし、その 過大般用事例.jpg時、その子はどこに注目したかというと、実は可能性は無限に考えられます。「茶色い色のこと?足が4本あること? 駆けていくこと? しっぽがヒョコヒョコ動いていること? 舌をハアハア出していること?あるいは、人間とは別の生き物(ここでは哺乳類よりもう一つ大きなカテゴリーである脊椎動物)のこと?」 この14か月のRちゃんは、「ワンワン」とは「生き物」(ここでは脊椎動物あたりまで広げて)をさす概念だと考えたようです。「ワンワン」が何を意味するかについて、沢山の仮説の中から、「生き物」を選んで、「仮説」を立てたわけです。「『ワンワン』とは『生き物』のことにちがいない」と。

 そしてある時、テレビに映っている魚を見て、この「仮説」を適用しました。「あっ、ワンワン(=生き物)だ!」。Rちゃんはすぐに壁に貼ってある絵の魚の絵を思い出し駆けて行って、魚の絵を指差し、「ワンワン」と言いました。ママは「これは魚ね」と言いつつ、/ サカナ / の手話をしましたが、Rちゃんは、「ワンワン」と言いつつ、/ サカナ/ の手話をしたのでした。Rちゃんにとっては、生き物(正確には脊椎動物)は「ワンワン」なので、魚も当然その「ワンワン」に含まれる生き物です。ですから、「ワンワン」と言いつつ魚を指差したわけです。ただ、私たちの世界では、「ワンワン」は、生き物の下位のカテゴリーである「イヌ」という種類の生き物にしか適用しません。この「イヌ」「ネコ」「ウサギ」「牛」 弟Aちゃんの推論.jpg「馬」といった分け方を基礎カテゴリー(基礎語彙)と私たちは呼んでいて、世界を切り分ける基礎的・基本的なカテゴリーになっています。そして、通常、モノの概念について子どもが仮説を立てるときに用いるのが、このレベルのカテゴリーです。しかし、Rちゃんは、さらに広めにカテゴリーを考えたわけです。これを「過大般化」と言っています。ただ、興味深いのは「魚」は手話ではちゃんと/ サカナ/として、基礎カテゴリーの語として獲得されているのでは?ということです(/サカナ/の手話が「魚」だけに使われているのであればそう言えます)。ということは、音声言語での「サカナ」と、手話での/サカナ/とは、別々の言語として獲得され、その概念がまだ一致していないということなのかもしれません。しかし、いずれ、音声言語の「過大般化」は自然に修正されていきます。何度もいろいろなモノに接し、ママやパパに「これは〇〇だね」と言われる経験を積む中で、です。そして、「サカナ」が文字通り魚を意味する基礎語になった時、手話の/サカナ/と音声言語の「サカナ」とが、両方とも基礎カテゴリーの語として一致するのではないかとも考えられます。 つまり、魚が、日本語でも手話でも同じ概念を持つ語として理解され、手話と日本語の翻訳が可能になるのではないでしょうか。(*聴覚活用しているきこえない子では、2歳前後から手話と日本語が一致してくる子が多いですが、聴力の厳しい子は3歳前後の指文字獲得の時期頃になる子が多いです)

 

〇きこえない子は初めて出会うモノをどう意味づけるのか?

 さて、では、きこえない子は、どうやって初めて出会うモノを意味づけているのでしょうか?それを調べるために、下のような実験を行ってみました。但し、手話での実験は難しく、指文字(日本語)を用いての実験ですから、対象は日本語の獲得が始まっている3歳児から5歳児までの聾学校幼稚部在籍児39名についての、「初めて出会うモノの日本語を見た(聞いた)とき 、 ケメの実験手続き.jpgのサムネール画像聞こえない子は、その語をどのように推論しているか?」という実験です。

 

 実験の手順

①まず、ファイルにある標準刺激(a)の刺激を子どもに見せ、「これはケメだよ」と言います。そのあと、いったん(a)を引っ込めます。

②次に(a)から(e)の5つのモノを同時に出し、「ケメを渡してちょうだい」と言います。子どもがどれを「ケメ」とみなして渡してくれるだろうか、ということをみるのです。この実験の写真の刺激(b)は、標準刺激と形、サイズ、色が同じですが、リボンが違います。そっくりですが標準刺激とは別の個体だとわかります。標準刺激(a)を犬に例えて「トイプードル」とすれば、刺激(b)も「トイプードル」ですが、「トイプードルの雌」といったところです。「トイプードル」は「犬」のうちの、ある特定の種類なので(b)は「犬」のうちの下位レベルの刺激ということになります。

 次に刺激(c)は標準刺激(a)とは全く同じではないですが、全体として形が似ています。しかし色や模様、大きさはやや異なります。犬に例えれば(a)(b)「プードル」と(c)「チワワ」の関係といったところでしょうか。これは基礎レベルの刺激と言います。通常「犬」と言えば(a)(b)(c)を含めたカテゴリーが「犬」です。

 刺激(d)は、形、色などすべて異なりますが、生き物っぽいという点では同じカテゴリーです。ただ、大きさも形も違うのでこれは上位レベルの刺激になります。犬に例えれば、これは犬ではなくライオンとかネコといったところでしょうか。ここまで含めた概念は私たちは「(哺乳)動物」といった上位レベルのカテゴリーとして理解しています。最後に刺激(e)は何も関係のない無関係刺激です。子どもが「ケメをちょうだい」と言われてこれを差し出したら、言われていることの意味が理解できないで適当にとったことになりますから、これは「一貫しない反応」とみなします。

 

 実験の結果 ケメの選択.jpg

さて、子どもたちは、どのよう選択したでしょうか? もし、5つの刺激からどれをいくつか選ぶとすると、その選択の仕方は2の5乗=32通り考えられます。そのうち一貫していると考えられる選択の仕方は、表ファイルで示した4通りだけです。残り28通りはランダムに選んだことになるので一貫性のない選択とみなします。また、無関係刺激を選べばそれも一貫性のない刺激とみなします。では、聾幼児は、どのように選んだのでしょうか?

 

標準刺激だけを「ケメ」とみなした子は、「ケメ」を固有名詞(犬に例えるなら「ショコラちゃん」など)とみなしたことになります。しかし、その割合は少なく、全体の5%(39名中2名)だけでした。因みに別の実験から聴児は10%です。きこえない子は「ケメ」を固有名詞とみなすより、ある種のカテゴリーの生き物につけられた名称と考えたようです(7割の子たちは、ですが)。

 

次に標準刺激(a)と下位レベル刺激(b)を選択した子、犬に例えれば「プードル」と同じレベルの犬の犬種のひとつとして理解した子も少なく5%(39名中名)でした。聴児の実験では20%ですから、聾幼児はやや少なめです。きこえない子は「過少般化」は少ないのかもしれません。

 

 では、(a)から(c)までの選択である基礎レベル刺激はどうでしょうか? これは40%(39名中16名)でした。聴児は55%で聴児の場合はほぼ半分です。きこえない子は「ケメ」を「イヌ」と同様の基礎レベル刺激として解釈した子が4割。聴児より聾幼児はやや少なめでした。しかし、きこえない子だけでみれば、「ケメ」を基礎レベルの概念(基礎語彙)と考えた子の割合は相対的に多かったことになります。

 

(a)から(d)までの刺激の選択である上位レベル刺激はどうでしょうか? これは25%の幼児(39名中10名)がそうでした。聴児の場合は10%ですから、聾幼児はカテゴリーを大きめに、すなわち過大般化気味に選ぶ傾向があるのかもしれません。

 

 また、この検査で課題の意味がわからない、もしくは、カテゴリーの範囲が決められず「ほかにある?」ときかれるとどんどん差し出してしまう子、どれもとれない子など、とくに3~4歳の子たちにみられました。その割合は25%(39名中10)。これも聴児(5%)に比べて多い傾向がみられました。

 

 以上のことから、聾幼児の70%の子は、初めて見るモノの名前を同類のモノにも使えると考えていますが(聴児85%)、同類とみなすカテゴリーの範囲が、聴児に比べて広めであることが見出されました。この項の最初の14か月の聴児Rちゃんが「ワンワン」を「生き物」全体に広げていたのと同じような傾向が聾幼児にもこの実験ではみられました。ただ、別の聾幼児で実験すればまた別の結果が出るかもしれませんので、ここではまだ確定的なことは言えません。

 また、きこえない子の中には、3、4歳になっても、新しいモノを指して新しい語が言われた時、その新しい語「ケメ」がどのような側面を指しているのか、即座に決められない子もいるということも示唆されました。例えば、初めて見たモノに「ケメとはモノの名前であり、似たモノ同士のカテゴリーの名前」という仮説ではなく、例えば「ケメ」とは「ふわふわした感触」とか「白っぽいモノ」を指していると考える子もいるのかもしれません。

 

いずれにせよ、多くの子ら(70%)は、新しいモノは「カテゴリー名」とみなしたということは言えるでしょう。特に、大きさや色が多少違っても形が似ているモノのカテゴリーの名前、すなわち基礎レベルのカテゴリー名とみなす割合(40%)が最も多かったということも確かです。つまり、「あれはイヌだよ」と言われた時に、私たちが一般的に「犬」とみなしている動物と同じに理解する子が割合多かったということです。  ことば絵じてん表紙.jpg

しかし、ある聾学校の年中の子が、「犬」という日本語を「猫」にも使っていたという話もきいたことがありますので、聾幼児の中にはモノの名前を大きめのカテゴリーで使う子がいるのかもしれません。 

 

以上の実験から言えることは、子どもは、新しいモノに出会ってその意味をある程度うまく推論できているのは、語の意味について「語とは同じようなモノの名前」とみなしているからだということでしょう。また、過大般化している子たちで、きこえる子は耳からの情報量が多いのでそのうちカテゴリーが世の中の一般的なカテゴリーに一致してくるのは時間問題といっていいでしょうが、きこえない子たちの中には、情報が少ないために修正される機会があまりない、ということも無きにしも非ずかもしれません。

 さらに、25%(4人に1)の子はまだ的確にモノの名前を推論できなかったわけで、この子たちが、語の名前をどのように推論しているのかについては、もっと詳しくみていく必要がありますし、語獲得のための適切な支援の方法を考える必要があるのかもしれません。

 

 いずれにせよ、きこえない子には、発達の早期から「ことば絵じてん」づくりなどの活動を通して、多様な観点で仲間づくりをしたり、モノとモノの共通点・類似点や相違点を比較したりなど、視覚教材を有効に活用して、頭の中で語を整理し、体系的な語彙辞典を積極的に作っていくことが必要なのだろうと思います。そしてこれも「構成法」のひとつと言えるでしょう。

 

 

「9歳の壁(峠)」を越え始めたきこえない子どもたち

―ある聾学校における発達早期手話獲得と日本語文法指導10年の実践からー

                              

2018.4 木島照夫

(東京学芸大非常勤講師)

 

はじめに~ある相談担当者からのメールから

以前に成人聾者対象の相談担当者からメールをいただいたことがある。その内容は【資料-1】のようなものであった。 スライド2.JPG

幼稚部から高等部まで15年以上にわたって教育を受けながら、なぜこのように読み書きに苦しまねばならないのでだろうか? 

聾学校の小学部から高等部までの12年間で自立活動・国語の授業時間数を合わせると2,000時間を超える。それだけの時間をかけて学んでも社会生活に必要な読み書きの力が身につかないということはどういうことなのだろうか? 聾教育に関わる者としてその原因を追究し、考察したことをもとに実践し、その結果をさらに検証してみる必要があるのではないか。そう考えてから10年が経った。当時、筆者が在籍していた聾学校(仮称B聾学校)での幼児・児童の長期にわたる検査結果とその結果をもとに実践してきた10年間を振り返り、改めてこれまでの実践を検証してみた。

 

1.越えられなかった"9歳の壁(峠)"

(1)成人対象文章教室の経験から

ある地域の聾者協会から成人聾者対象の文章教室の講師を依頼されたことがある。そこで隔週2時間10回で合計20時間の内容で計画を立てた。右資料は、最初に参加者に書いても スライド3.JPGらった自己紹介文の一部である(資料-2)。これらの文には、語彙そのものは正しくとも、文法的な誤りがいくつかある。そしてその殆どは動詞と助詞であることに気づく。言い換えると、動詞と助詞こそが最も聾者にとって学習の難しいことだということなのである。この文章教室は結果的に十分な成果をあげることなく閉講した。筆者の指導能力の問題もあるが、絶対的に時間が足りなかった。すでに50代、60代の人たちである。学習しても次の時にはすっかり忘れている、復習する、しかし次にはまた忘れている、その繰り返しであった。聾学校の小学部で毎日学習する子どもたちとは、あまりにも条件が違いすぎていた。成人になってからの日本語の学びなおしの難しさを感じた。

 

(2)「読書力検査」半世紀の推移

【資料-3】は1970年代から2010年代までの「読書力検査」(*1)の平均読書学年の結果 スライド4.JPG(澤資料2016)である。このグラフから、どの年代においても、小学校3年生までは読書学年は学年の進行にほぼ対応して伸びていくが、4年生以降で停滞してしまうことが読み取れる。つまり、これまで半世紀にわたってきこえない子の読み書きの力(=「リテラシー」澤隆史2016)は小4年レベルを超えることができなかったことがわかる。この、きこえない子の言語力・思考力が抽象的思考のレベルに達しない現象のことを「9歳の峠」と呼んだのは、東京教育大学附属聾学校の校長萩原浅五郎(1965)であったが、以来、この峠(=のちに「9歳の壁」と一般的に呼ばれるようになった)を超えることが聾教育の大きな目標と考えられてきた。

 

(3)10年前のある児童の日記

この文(資料-4)は10年前のある聾学校小学部2年生の児童の日記である。時間系列に スライド5.JPG沿って書いてあること、自分が話したことが書いてあること、自分の気持が書いてあること、漢字が使われていることなど低学年の日記としての基本的な内容は満たしている。しかし語彙、文法の誤りが多い。160字の作文の中に16か所の誤りがある。音韻が身についておらず名詞が正しく表記されていないこと、そして、やはり動詞と助詞の誤りが多い。つまり文法的な誤りの中心は、成人の文の誤りと同様、動詞と助詞の使い方の誤りだということがわかる。ではどのように取り組めばよいのか? これまで助詞は「永遠の課題」と言われ、活用する動詞の指導も系統的な指導法はなかった(*2)。正しいモデルを見せ、言わせたり書き直させるだけだった。日本語文法の意図的・系統的・継続的な指導が必要だと思った。

 

(4)子どもの日本語文法力の把握

日本語文法の指導の必要性を実感したのには、もう一つ理由があった。確かに読書力検査で文法力をみることができる。しかしこの検査自体が聴児を対象としたものであり、小学生 スライド6.JPG以上の語彙力・文法力、読解力しか測定できない。それより下の年齢、つまり幼児レベルの文法力はこの検査では把握できない。きこえない子の多くはそのもっと下の段階から躓いているのである。そこで幼児期からの文法力が測定できる検査としてJ.coss(ジェイコス。日本語理解テスト*3)という検査を澤隆史氏(東京学芸大)から紹介された(資料-5。検査の内容については別資料)。そして、この検査を小学部児童に実施したところ、基本的な文法力が習得できていない実態が明らかになったのである(資料-6)。

 当時(2007)の結果は、資料-6のようであった(青線、小1・2年生)。検査の各項目20項目を横軸、それぞれの項目の通過率(通過者数/被験者数×100)を縦軸とすると、例えば「名 スライド7.JPG詞」の通過率(名詞検査項目4問全問正答者数=通過者の割合)は聴児小12年では100%、B聾学校小学部12年生では93%であり大きな差はない。以下、「形容詞」ではB聾学校74%、聴児95%、「動詞」では56%に対し聴児94%である。聞こえない子は動詞の獲得が苦手であることがわかる。この点、中川佳子(2010)による聾学校児童対象の結果(黄色線)においても同様の傾向がみられることから、聾学校児童の一般的な傾向であることがわかる。また、「否定文」つまり動詞の活用でもB聾学校児童の通過率は37%と低い。さらに、助詞「が、を」の理解が問われる「置換可能文」においては、聾学校児童はB聾学校も中川の結果も通過率は15%程度で、助詞の使用について理解できている児童は2割にも満たない。これでは国語教科書を読んでも正確には理解できないのは当然である。こうした現状を踏まえ、B聾学校では平成19年度頃より試行錯誤しながら日本語文法指導に着手していった。

 

2.日本語文法指導の実践

(1)動詞活用の指導

 きこえない子どもたちの文法力の実態から、まずは動詞の活用の指導から始めた。動詞は スライド8.JPG文の要と言われるように、話者の伝えたいことは文の最後部の動詞に表され、伝えたい内容や話者の気持に沿って非常に複雑多様にかつ微妙に変化する。聴覚活用ができる子どもたちは、耳から入る音声情報も活用して、日常会話の中である程度動詞の活用を習得できるが、聴力が厳しい子にとっては、ルールとして視覚的に活用の仕方を学ぶことが必要である。そこで、外国人のための日本語教育の方法を参考にしながら、動詞活用表を作成し指導したところ、このような動詞の活用も十分に小1から学習が可能であり、例文 スライド10.JPG作りや日記の中での指導を通して、動詞の活用の誤りも徐々に減っていった。そして、教科書の文の中においても「この動詞の基本形は何?」「この動作が終わったとしたら動詞はどう変わるの?」などの教師の問いにも答えられるようになっていった。 

  

(2)助詞の指導

Jcoss(日本語理解テスト)の6項目めには「3要素結合文」という項目がある。この項目 スライド11.JPGは別紙資料にあるような「太郎がラーメンを食べる」といったタイプの文である。このタイプでは助詞「が」と「を」が逆になると「ラーメンが太郎を食べる」という文になり、意味的におかしな文になる。仮に子どもがまだ助詞がわからなくても、3つの単語「太郎、ラーメン、食べる」さえわかれば、子どもの頭の中には必然的に太郎がラーメンを食べている絵を思い浮かべることができる。このタイプの文は「非可逆文」と呼ばれている。意味的に逆はありえない文ということである。

それに対して7項目めの問題「置換可能文」は、「太郎が花子を叩く」といったタイプの文で、もし「が」と「を」が逆になると、花子の方が太郎を叩くという意味になり、意味的にもあり得る文である。このタイプは「可逆文」と呼ばれている。助詞の指導において、助詞が全くあるいはほとんどわからない子には、この2つのタイプの文の学習から入り、「が」と「を」の違いを指導すると効果的であることが多い。順序としては、最初に「非可逆文」「太郎がラーメンを食べる」という文と絵を提示する。次に「が」と「を」が逆になると、「太郎をラーメンが食べる」という文になり、それを絵にするとラーメンが太郎を食べている絵になってしまう。これは子どもたちにとってはインパクトが大きい。これによって「が」と「を」が逆になると、意味が反対になるということを指導する。

子どもたちに難しいのは、一文字の助詞であり、ほかにも「に」「で」「と」などがあ スライド12.JPGる。これまでこのような助詞の指導は、「習うより慣れろ」という指導方法のもとに日記・作文指導などの中で行われてきた。しかし、意味がわからないきこえない子たちにとってはそれだけでの指導は習得が困難で、結局、身につかないままに聾学校を卒業するという結果に終わってきたことはこの報告の冒頭で示した。しかし、手話を獲得している子どもたちには、助詞の意味・用法の説明が可能であり、例えば、原因や理由を表したいときには「理由の『で』」を使い、「風邪で学校を休む」と使うという指導が可能であった。このような助詞の意味・用法に合わせた手話を「助詞手話記号」として考案し、助詞の指導をしたところ、子どもたちの顔が輝き「ああ、そういうことだったのか」という反応が多くの子どもたちからきかれた。 スライド13.JPG

このようにして、手話を指導に導入することで「助詞は永遠の課題」ではなくなり、意図的・系統的に教えることができるようになった。

もちろん、動詞の活用や助詞が本当に身につくには習熟が必要である。ただ、意味も分からずやみくもに繰り返すだけでは決して身につかないことは、これまでの半世紀以上の歴史の中で証明されてきたことである。意味を理解した上で、日々の生 スライド14.JPG活の中で、また紙の上で繰り返し学習することが不可欠なのである。

 

(3)その他の文法事項の指導

 *紙数の都合により、「江副文法」については省略する。なお、低学年で週1時間行う「自立活動」の指導内容は資料-15の通りである。 スライド16.JPG

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3.日本語文法指導の成果と今後の課題

(1)文法指導開始当時の児童の伸びとその後の進路

 B校小学部が文法指導を始めたのは平成19年度(2007)である。2年目の年度当初に行っ スライド17.JPGJcossの学年別平均通過項目数は、【資料ー16】の青直線のようであり、中川佳子(2010)が行った聾学校の平均値と変わらなかった。このB校2~4年生26名は小学部卒業までの間、週2時間の文法指導を行った。その結果、平均通過項目数は青点線のようになり、小6年でほぼ聴児の水準に追いついた。

B校は小学部までしかなく、その後の進路は中学部のある別の聾学校か普通学校になるが、これら26名は全員が聾学校中学部に進学し、その後、高等部を経て29年度で全員が聾学校を卒業した。調査の結果、大学進学者はこのうちの16名(62%)であることがわかった。この数値は聴者の大学進学率57.3%(短大・大学進学率2017文科省調査)と変わらない。きこえない子どもたちも学力において スライド18.JPG聴児と同等の力をつけつつあることの一端を示す数値であると思われる(【資料ー17】)。もちろん、日本語文法指導がこの進路に直接的に関係しているわけではない。日本語文法指導を行うことによって、子どもは文を正しく読み取ることができるようになる。そのことが学力向上に繋がり、その結果として大学に進学する子どもが増えたと考えられる。もし、文法指導を行わなかったら、他の聾学校と同様、学年別平均通過項目数の黄色線のような経過を辿り、結果的に大学進学率の向上という結果には繋がらなかったのではないかと思われる。

 

(2)文法指導開始以来の文法力の伸びは?

 では、日本語文法指導を継続することで、子どもたちの文法力は、どのような伸びを示すようになったのだろうか? 【資料ー18】から、文法指導を始めた頃、平成19年度の小学部12年生のJ.coss項目別平均通過率は青線であり、全体の平均通過率は24%と低かった。しかし、4年後の23年度の1・2年生は、動詞通過率が96%、同否定文(動詞活用)74%スライド19.JPG置換可能文(助詞が・を)54%となった。動詞活用及び助詞の課題は徐々に解消していったのである。また、全体の平均通過率も51%4年前の子たちに比べ27ポイント上昇した。さらに4年後の平成27年度は全体平均で61%となり、聴児平均の63%との差はほとんどなくなってきている。ただし項目別にみると、「位置詞」「比較表現」「述部修飾」など通過率50%を超えていない文法事項がまだ残されている。それらの指導は今後の課題である。

 

(3)B校幼稚部修了児と小学部転入学児童の差は?

平成24年度から29年度までのB校小学部児童の学年別平均通過項目数を、幼稚部を修了して小学部に上がった児童53名(P群)と外部から小学部に転入してきた児童27名(Q群)に スライド20.JPG分けて調べた(【資料ー19】)。前者が青線、後者が赤線である。P群(幼稚部修了群)はそれぞれの学年で聴児(白点線)と大きな差はなくほぼ順調に伸びている。一方、Q群(小学部転入群)はP群の平均を小1年次と小2年次で下回り、5%の危険率で有意差が認められた。つまり、文法力に弱点をもつ児童が比較的多く転入してくることから、こうした差が生ずると考えられる。しかし継続的な指導によって小3年でP群に追いつき、中・高学年では有意な差はなかった。小学部入学時に文法力に課題があっても、文法指導を継続的に行うことによって文法力は向上する。そして小5~小6年で聴児との差はJcoss1項目程度にまで縮まっていた。

 

(4)読書力検査では伸びているか?

①読書力偏差値

まず読書力偏差値ではどうだろうか?【資料-20】29年度の小学部児童73名を幼稚部修 スライド21.JPG了児(P群)と小学部転入児(Q群)別にみた読書力偏差値の平均である。P群のほうが平均値は53.4とやや高く、学年対応児童の割合も78%と高いのに対して、Q群は平均偏差値が46.1とやや低い。また、学年対応児童の割合もQ群は39%である。ただ、平均偏差値においては両群に有意な差はなかった。

 

②読書学年

 平成29年度の小学部全児童73名の平均読書力偏差値は51.0で、4人のうち3人(66%)は該当学年対応または該当学年以上である。 スライド22.JPG

また、本報告1-(2)に載せた澤隆史(2016)のグラフ(資料-3)にB校児童の平均読書学年を追加すると【資料-21】のようになる。この図から高学年になっても伸びがプラトーにはならず、そのままほぼ順調に伸びていることがわかる。つまり、定型発達の聴覚障害児においては、いわゆる「9歳の壁(峠)」はすでに、越えることのできる壁(峠)になってきているといえるのではないか。

 

4.考える力をどう伸ばしてきたか?

(1)「比較3問題」の結果から

J.cossや読書力検査において、聴児のレベルに近づいたことはこれまでに述べた。では、 スライド44.JPG文を読み、論理的に答えを導き出すような問題では、どこまでできるようになっただろうか?この力を測るためにB校小学部では右図のような問題(「比較3問題」)を使ってみている。これは岸本裕史(1984)を脇中起余子(2008)が引用したものの孫引きである。

 

問題の問1は助詞がわからなくても単語から具体物をイメージできれば、それを手掛かりに解答できる。一般的に子どもの好きな順は、チョコ→飴→みかんである。子どもに尋ねてみても8割位の子はこの順に答える。子どもはそのような一般的な知識(常識)を使って答えることもできる。岸本はこれができたら小2レベルと言っている。

問2は、文から具体物のイメージを浮かべても文法的に正しく読めなければ解答できない。大きい順は実際とは逆になっている。具体物をイメージしては間違う問題なのである。具体物の大きさに左右されず、文脈に従って文法的に正しく読めるかどうかが問われている。これができれば岸本は小3レベルだという。ここまでは具体物の3対比較である。

しかし、問3は比較するものが抽象的なものであり、4つのものの比較である。文を読み取り、論理的な思考ができなければ正解できない。岸本はこの問題ができれば小4レベルだという。

 

この問題を脇中は京都聾学校高等部で実施した。その結果、問1の正答率が80%、問2が スライド46.JPG50%、問3が40%であったという。そこでB校では小学部高学年に実施(2011)、木島はさらにこの問題を4つの聾学校の中・高等部でも実施してもらい、右図のような結果を得た。

それによると、問1は、どの学部においても1~2割の子どもができていなかった。日本語力の相当厳しい子どもたちが聾学校には存在し、年齢があがっても容易に改善がみられていない実態があることがわかる。これでは基礎的な日本語力を身につけないままに社会に出ていくことになる。

問2はどうか。これまたどの学部でも4~5割の子どもたちが正答していなかった。具体的なイメージに引きずられてしまい、日本語を文法的に正しく読めない子たちが小から高までまんべんなく存在していることがわかる。ここまでは、文法指導によって日本語の文の表層部分を正しく読み取る力をつけることで解決できるが、それすら解決できないままに子どもたちは10年以上聾学校に通い続けていることになる。子どもに能力がないわけではない。教育する側の問題が大きいのである。

問3は、日本語の文法力に加え、読み取った文から4つのものを比較し答えを導かなければならないので、やや複雑な論理的思考が必要になる。この問題は高等部でも半分以上が正答できなかった。

 

(2)WISCによる言語的思考力の把握

こうした結果を踏まえて考えたことは、幼児期から「考える力」をどう育てるかというこ スライド47.JPGとである。そこでまず、幼児の実態を客観的に把握するために、平成20年度より実施していた年長児のWISCⅢ検査の結果から言語的な思考力の実態をみてみた(H2024年度33名)。WISC動作性IQを縦軸に、言語性IQを横軸にとり、それぞれIQ90で線を引いた(90110が平均領域である)。各幼児をそのグラフにプロットしたところ、ほぼどの幼児も動作性IQ80以上で著しい発達の遅れはなく、全体の平均IQ101であった。しかし言語性においては、11人ばらつきも大きく、また、33名の言語性平均IQ87.7で平均領域の90を下回った。下位検査の スライド48.JPG評価点は右図のように、評価点が8に満たない下位検査が「類似」「単語」「理解」の3つあった。そこでこの3つの課題を中心に取り組むことにした。

 

(3)取り組んできたこと

WISC「類似」について

 これは、語彙のカテゴリーが獲得されているかどうかを問う問題で、例えば、「りんごとバナナのどこが同じ?どこが似ている?」と尋ねる。子どもはりんごとバナナの名前を聞いて、頭の中にこれら二つの果物の絵を想像する(であろう)。バナナは黄色、りんごは赤。バナナは細長い、りんごは丸い。色や形の違いはイメージが浮かべばわかるが、ここでは、りんごとはどんなものか、バナナとはどんなものかそれぞれの概念をことばの文脈で考え、「食べるもの」とか「両方とも果物」といった共通の概念をことばで表出すことが必要になる。それぞれのモノの名前を知っているだけであったり、体験やエピソードを語るだけでは答えられない。そうした最も重要かつ基本的な、語とその概念に関わる思考が評価点7だったことから、最重点に取り組む必要があると考えた。

 

②「ことば絵じてん」作りの取り組み

 そこで、単に「りんご、 バナナ、ぶどう・・」と集めて「果物」と上位概念を覚えるだけ スライド50.JPGでなく、カテゴリーのくくり方はいろいろあること、モノの名前だけでなく、形容詞であったり、動詞であったりしてもその特徴に応じた様々なくくり方があること、そうした多様性をもったカテゴリーづくりが子どもと一緒に楽しめる教材として『ことば絵じてんづくり』という取り組みを考え、親子で楽しんでもらうようにした。

 

③カテゴリーを重視した教室での取り組み

また、これに関連して、幼稚部でも様々な取り組みを考えた。例えば右図のように「冬」 スライド53.JPGをテーマにして、子どもが冬について思いつくことをいろいろ書いていく。雪だるまとか寒いとかこたつとか・・。テーマについて関連することを引き出し、冬についての概念を膨らませる活動である。また、図工的な活動をやった後、材料とか道具というカテゴリーで整理をして掲示したり、文法指導につなげる視点から、動詞は緑、名詞は黄色、形容詞や副詞は水色といった品詞分類をしながら関連する言葉を集めたりしている。これも品詞というカテゴリーで整理する活動である。このような取り組みを積極的に行っていった。

 

ことば絵じてん作り」の取り組みは、B校のみならず各地で取り組まれている。以下は、ある保護者から寄せられた取り組みの報告である。

☆年中児(CI装用)

 ある時、子どもに『上位概念』を質問してみました。果物と野菜の名前はたくさん知っているのに、分類もできていないし言葉で説明もできない。単語を知っているから特に説明はしたことはないけれど、自然に分かっているものと思い込んでいたことに気がつきました。子どもの頭の中では、単語があちこちに散らかってるんだなと思いました。そこで、ことば絵じてんで頭の中に引き出しを作り、整理しようと考えました。変化は早く、すぐに上位概念を理解して、みるみる頭の中に引き出しができていくのを感じました。ことば絵じてんの効果は、予想以上でした。こどもと一緒に私も学んでいて大変なこともあるけれど、素敵な時間を過ごせています。   ことば絵じてん観点.jpg

 一番最近作ったのは『秋』に関するページです。体験した事、食べ物、服装など秋にまつわることを集めました。作っているとワクワクしてきます。親が楽しいとこどもも楽しんでいて、どんどんページが増えていきます。こどもも自分だけの辞典が大好きになって、分からない時は自作の辞典を持ってくるようになりました。

以前、「数え方」について先生に質問したら、それもことば絵辞典にまとめるとよいとのアドバイスをいただき、さっそくやってみたところ、すぐに覚えて、今では「本を2冊かりてくる。」「魚は一匹、二匹」と、あっさり暗記しました。まとめることってこんなに効果があるんだと毎回驚きます。絵辞典を作れば作るだけ、知識に直結していく感じがします。おかげさまで、単語の上位概念はかなり入ってきました。いまは、物の名前の絵辞典作りより、言葉集めの絵辞典作りになってきました。これからも、絵辞典を活用して、親子で一緒に楽しみたいと思います。

 

WISC「単語」について

これは、例えば「りんごってどんなもの?」「冷蔵庫って何?」など語の定義的説明ができるかどうかをみる問題である。しかし、このような質問をされても、それに関連するエピソードは連想的に浮かんでも、そのものの概念をことばで説明できるとは限らない。しかし例えば「りんごから思いついたことを言ってみて」と連想を言わせると「赤い」「丸い」「皮をむいて食べる」「少し酸っぱい」「スーパーで売ってる」「果物」など、いろいろと思いつく。そこにはりんごを定義的に説明することばが含まれていて、それらをつなげば概念的な説明になる。「赤くて」「丸くて」「皮をむいて食べる」「少し酸っぱい」 スライド55.JPG「スーパーで売っている」「果物」と。さらに、この定義から「なぞなぞ」もできる。今の長い説明の最後のところを「・・・果物はなんでしょう?」と、質問文にすればよい。こういうなぞなぞを沢山することがことばをことばで説明する力すなわち「単語」問題に応えるコツである。ことばだけでやりとりするのが難しければ、「ことば絵じてん」の「果物」のページを使って、そこにあるさまざまな果物の絵をヒントとしてみながらあそぶこともできる。このようなことばあそびを家庭でも楽しんでもらうよう保護者に働きかけた。

 

WISC「理解」について

 この項目は、例えば「駅で定期券を拾ったとき、どうする?」といった問いに対して、社会的な約束事や常識といった知識をもとに判断し解決する力をみる。私たちはものごとに対応するとき自分のもっている知識を駆使して対応している。こうした知識(スキーマ)は文を読むときの手掛かりとしても使われている。例えば「野球のボールが隣の家の窓に当たった。すると、隣のおじさんが出てきた。」という文を読んだとき、私たちはごく自然に「窓はどんな窓だろう?きっと窓ガラスだ。なぜ、おじさんが出てきたのだろう?たぶんボールが窓ガラスに当たって割れたんだろう」などと推論している。書かれてはいないが、自分の知っている知識を使って行間を読みとっている。ただ、ここで問われている「理解」とは、ただ知っているだけではなく「考えてどう判断し対応するか」まで問われていることから、日々の生活の中で「どう思う?」「どうしてそう思う?」といった思考を深める会話が必要であり、それが考える力を伸ばすことにつながるといえよう。

 また、このような活動は、楽しくやらなければ意味がない。いわゆる「勉強」になってしまい、子どもがいやいや親の問いに答えているのでは考える力などつかない。その点は家庭で取り組んでもらうときに大切なことである。

 

(4)言語的思考力はどう伸びたか?

①年長児のWISCⅣ及びJ.cossについて

 前述したように、「ことば絵じてん」づくり、カテゴリー化による概念の整理、「なぞな スライド58.JPGぞ」などのことば遊びによることばの操作とことばでことばを説明する力の向上など、学校だけでなく家庭でのあそびを通して、WISC「類似」は飛躍的に伸び(1%水準で有意差)、「単語」「理解」なども少しずつ伸びた(右図左)。また年長時におけるJcossの通過項目数の伸びにも反映した(5%水準で有意差)。すなわち、語彙の量的増大にもつながった(右図右)。そして、WISCⅣにおいても知覚推理、言語理解ともに90以上の幼児が増加した。

 

②小学部高学年の比較3問題について

 平成24年度より幼稚部での取り組みを始めた頃の当時の年長児も現在小5になった。その スライド59.JPG成果は比較問題の結果に反映しているのか調べてみた。右図の青色が29年度4~6年生22名の結果である。

問1は22人全員正答、問2は17人、正答率は77%であった。問3は12人、正答率は55%であった。

平成23年度と比較するとどの問題においても2030ポイント伸びていることがわかった。

 

 5.幼児期における語彙獲得の課題

ここまでで、きこえない子の日本語の読み書きや学力の形成について、これまで難しいとされてきたいわゆる「9歳の壁(峠)」は、少しずつ超えることができるようになってきたこと、そのために必要なこととして、一つは小学部で日本語文法指導(「準ずる教育」としての「国語教育」ではなく「日本語教育」)の必要性、もう一つは幼児期の取り組みとして、「ことば絵じてん」、「ことばあそび」、「思考を深めるやりとり」などを通して語彙、概念形成、言語的思考力を伸ばす活動の必要性について述べた。

これまで聾学校では「絵日記」や「絵本の読み聞かせ」は幼児期における大切な言語活動として行われてきており、子どものそれぞれに意味のある大切な活動であることは言うまでもない。「絵日記」は自己の他者への語りであり、自己を語る力の成長は他者の語りに耳を傾ける力も育てる。また、自己を語るためには聞き手を想像しながら自己と対話しながら自分で企画しなければならない。その意味で絵日記は書記日本語の基盤を育てるために欠かせない。絵本は豊かな想像力を育て、あらゆる知識の宝庫でもあり、耳からの情報に限界があるきこえない子にとってはとりわけ大切なものである。こうしたそれぞれの活動の意義を認めつつ、さらにそこに語の概念カテゴリーの構築、ことばで説明する力、論理的な思考力などの視点も含め、子どもと日々楽しく活動する(生活する、あそぶ、会話する等)ことが子どものことばの力を育てることに繋がると考える(楽しく、ということはとりわけ何度でも強調しておきたい。子どもにとってあらゆる活動はあそびであり、楽しくなければ"伸びない"ことは自明である)。

 

(1)幼児期におけるJ.coss平均通過項目数~B校と8校平均との差

右図から、J.cossの平均通過項目数において、B校幼児は日本語語彙獲得の伸びが比 スライド61.JPG較的順調であることがわかる。その一方で8校平均においてはその伸びはやや緩慢である。そのため幼稚部卒業時点で小1の教科書を自分で読んで理解するだけの語彙力・文法力が不足する結果になっている。問題はこの差がなぜ生ずるかということである。前節で述べたことは日本語の語彙力を育てる上で大切な観点であることは言うまでもないが、と同時にこのような日本語の語彙力の伸びを支えているのは、幼稚部入学前の乳幼児相談の時期における親子の関わりや家庭での生活、経験の数々、家族との会話などであり、その発展として幼稚部の時期の上記の言語活動である。このグラフの橙線の左端すなわち幼1年(年少)での通過項目数は8校平均通過項目数を下回っている。理由はB校の幼児が基本的に手話ベースで育ってきている子が多く、幼1年ではまだ日本語の併用が進んでいない子が多く存在するからであると考えられる。

 

(2)聴力別にみた平均通過項目数の比較~3つの群の比較

そこで、まず聴覚ベースで日本語習得が進んでいる子たちと視覚ベースで日本語習得が進 スライド62.JPGんでいる子たちは日本語語彙の獲得において差があるのかについて調べてみた。B校の幼児を裸耳聴力90dB未満の「軽中度群」(24名、平均装用聴力38.4dB) と「(人工)内耳群」(5名、平均装用聴力37.0dB)と「重度群」(19名、平均装用聴力54.4dB)の3つの群に分けてそれぞれの群の平均通過項目数をみてみたところ、以下のようなことがわかった。

 

①軽中度群(聴覚ベース)は年少(幼1)時にすでに平均通過項目数4.4項目に達し、その後も比較的順調に語彙を獲得している。これは聴覚を活用して日本語獲得する子どもたちは、視覚すなわち指文字・文字を活用して日本語獲得する子どもたちよりも1年程度スタートが早く(ほぼ2歳前後)、またヒアリングとスピーチを活用して効率的に話しことばを身につけていることがその理由として考えられる。

②それに対して重度群(視覚ベース)は1.4項目であり、軽中度群とは有意水準1%で差がみられる。これは日本語獲得のスタートが遅く(この群はほぼ3歳前後)、まだ語彙量も十分ではないためと考えられる。

③しかしその差は学年進行とともに縮まり、小1年時で解消される(有意差はなくなる)。

④人工内耳群は人数が少ないため統計処理は行わなかったが、グラフからは、幼児期においては軽中度群と重度群の中間を推移していることがわかる。

⑤また、3群とも年長時には教科書を理解できる語彙・文法力のレベルである7項目以上に達しており、幼稚部で目標とするラインに到達している。

⑥とくに年長段階で重度群が7.1項目に達していることは、聴覚以上に視覚からの日本語入力が有効に機能していると推察される。

では、視覚からの日本語入力とはどのようなもので、いつ頃からそれは始まるのか、それについて順を追って考えてみる。

 

(3)手話・聴覚障害者本人との出会い

B校では相談に訪れた保護者にまず手話からスタートすることを勧めている。障害を告知 スライド63.JPGされた親は、「きこえない」わが子を前に「この子とはもう通じ合えないんだ」という絶望的な思いになることが多い。そこで、B校では子どもと通じ合うためにまず手話を身につけましょうと勧める。ほとんどの親はそれを受け入れ、手話の学習がスタートする。大事なのは、直接、きこえない人から手話を学ぶことである。聞こえない人と出会うことで、きこえない人にとって手話はかけがえのない言語であることと同時に、きこえないということはどういうことかを直接学ぶことができるからである。その過程で親たちも徐々に変わっていく。悲しみや不安に満た スライド64.JPGされていた気持ちは安心や希望へと変わっていく。きこえない人・きこえにくい人たちが、世の中で様々な差別や理不尽な対応にあいつつも明るく生きていることも知っていく。わが子の将来をそこに重ねてみることもできるようになっていく。このことを実感できたとき、わが子を見つめるまなざしも変わり始める。右上図はそうした親の変化の一例であり、右中図は、きこえない人や手話との出会いを通して、親がわが子のありのままを受けとめ、子は、自分はこのままの自分が受けいれられていることを実感し、親に見守られながら周りの世界に積極的にかかわっ スライド65.JPGていくようになる過程を示したものである。

右下図は、B校の乳幼児教育相談の活動内容をまとめた図である。

 

 

 

 

 

(4)手話の獲得(0歳後半~1歳代)

では、手話はどのように獲得されていくか?

以下、『乳相保護者アンケート調査報告』(*4木島照夫2017)から得られた結果を中心に述べる。

0歳の後半になり、親子関係が少しずつ安定したものになっていくと、母親が指さしたも スライド66.JPGのの見るとか、子どもが何かを指さして母親に知らせるといったいわゆる「共同注意」とか「三項関係」といった、言葉の獲得になくてはならない関係が築かれていく。言語は人と人が何かを共有し伝え合うためのものであり、この共有関係が成立しているかどうかは大切なことである。そして坐位がとれ、手が自由に使えるようになっていくと、大好きな母の動きをよく見て真似をする(同時模倣)とか、母のやっていたことをあとで真似をする(遅延模倣)などのこともできるようになる。また、象徴機能の発達という面では、写真カードを見て自分の経験を思い出せ スライド67.JPGる(記憶の想起)ということもできるようになり、この頃から聾学校では「写真カード」を多用し、子どもと経験を共有していく。そして1歳前後になると手話が出てくる。その前に、喃語の時期があるが、90B以下の比較的聴力の軽い子たちには音声の喃語も観察されやすい。しかし、90dB  以上の聴力の重い子は手指喃語が観察されるようである。

しかし、初語は聴力にはあまり関係なく、中等度難聴の子も含めて初語は手話が多い。また、初語が出る時期は聞こえる子どもの音声言語の初語の時期とほぼかわらない。初語の手型は「グー」または「パー」の手型を使った手話、例えば「電気ピカピカ」「アンパンマン」「犬」など「グー」の手型が多く使われている。手の機能の発達から当然である。

 

(5)手話の語彙爆発(1歳前半~2歳代)

初語を手話で獲得した子たちはその後どのように語彙を増やしていくのか? 家庭の中で スライド69.JPG手話をしっかり使っていくと、1歳半前から2歳代にかけて、「語彙の急激な増加の時期」が起こる。これを「語彙爆発」と呼んでいる。十分な研究ではないが、語彙チェックをしてみると、急に増えていく時期が確かにあることがわかる。一方、音声の急激な増加は、この時期では90dB未満の13名中4名と少なかった。

 

 

(6)手話でコミュニケーションし、生活を楽しむ(1歳代~3歳代)

2歳代になると手話の語彙も増加し、生活の中でのやりとりも普通にできるようになってくる。買物、料理、ゴミ捨て、洗濯、掃除など親と一緒にする中で子どもはさまざまな知識 スライド71.JPGを蓄えていく。食事をすればゴミが出ること、そのゴミは袋に詰め分別してゴミ置き場にもっていくこと、集められたゴミは清掃車のおじさんが持って行ってくれることなど、ゴミというものの概念を具体的に身につける(右図)。そしてその経験はことばがあって知識として蓄えることができる。ここに手話の意味がある。また、家族の中で手話が使われることで直接見ていないことも親同士の会話や親と兄弟の会話から見ることができる。知識をひろげるというだけでなく、家族の中で手話が使われることで自分がその集団の中で存在を認められていることも実感できる。

右図は、手話で育った子どもの3歳代の記録であるが、野菜や果物のそれぞれの基本語 どうして?.jpg彙が獲得され、さらに上位概念としての「果物」や「野菜」も手話で獲得され、それらの一つ一つのモノ(語)を頭の中にイメージしながら、母親の質問に答えている。しかも、「どうして(そう思ったのか)?」という保護者の問いに、自分の応えの理由も説明している。「どうして?」という質問に答えられるのは聴児でも4歳代が一般的であり、聾教育においては5~6歳児の課題であるとこれまで言われてきた。しかし、手話での早期から言語獲得が可能になることによって、ものごとを認識する時期は確実に早まり、言語をもつことで概念や認知面の発達も年齢並みに進んでいることがわかる。

 

(7)手話から日本語へ(1歳代後半~3歳代)

①聴覚活用タイプ  手話から日本語へ.jpg

日本語の獲得についてであるが聴力によって獲得過程が異なる。その境はほぼ90dBが分水嶺になっていて、この聴力より軽い子は、手話の初語だけでなく音声の初語も出ている子が多い。ただその後の音声語の増え方は比較的緩やかで2歳前後で音声単語の本格的な獲得が始まる子が多い。また、その獲得過程は、すでに獲得している手話に合わせて音声を発する場合も音声のみで単語を発する場合の両方のパターンが混在していることが多い。さらに、デフファミリーなどでは音声 聴覚活用タイプ.jpgなしの日本手話で会話していることも少なくない。いずれにせよ、比較的聴力の軽い子どもたちは手話と日本語を併用しつつコミュニケーションし、聴覚と共に手話を併用して会話したり、ときに指文字や文字という視覚記号も使いながら多感覚で日本語を習得しているようである。

このような聴覚と手話の併用効果は、認知心理学では「二重符号化」と呼び、語や文の記憶に効果的であることも確かめられている。(*5) 聴覚活用ができる子 聴覚事例.jpgたちは、自然なかたちでこのコミュニケーション方法を用い、日本語を身につけていると考えられる。資料-43はその一例であるが、前節で述べた軽中度群の子たちはほぼこのタイプであり、日本語のスタートも2歳前後と比較的早いことから、年少時(3~4歳)でのJ.coss 通過項目数においても平均4.3項目と比較的高い数値を示していると考えられる。

 

②指文字タイプ

一方、聴力の厳しい子たちは手話で初語が出た後、手話での語彙獲得、文の獲得へと進む。日本語については、まず、2歳代で手話の延長として指文字を部分的に織り交ぜたかた 指文字タイプ.jpgのサムネール画像ちで使い始め、3歳前後で、手話であらわす意味が指文字のつながりによってあらわせることに気づくようになり、徐々に日本語を獲得していくようになる。またほぼ同時期に文字の存在にも気づき、指文字と文字が手話と同じ意味のことが表せることがわかるようになる子が多い。また、指文字・文字は視覚的に100%弁別ができるので、日本語を獲得する上で当然中心的なモードとして使われるが、基本的に子どもは補聴器も装用しており、聴覚からの入力や相手の口形なども手掛かりとしている。その意味では、多重符号化による日本語獲得を行っているといえるかも 指文字事例.jpgしれない。資料-45は、指文字による日本語音韻の獲得が始まったころの事例である。

以上のことから、聴覚活用タイプの比較的聴力の軽い子どもたちは、日本語獲得のスタートが1年程度早く、それが資料-33Jcossにおいて、指文字タイプの聴力の厳しい子たちよりも平均通過項目数が有意に多いという結果になってあらわれていると考えられる。

しかし、その差は小学部以降に解消し、日本語文法力においても、また、読書力検査における読みの力にも差はみられない。

 

(8)なぜ、手話や指文字の併用が日本語獲得に効果的か?

①手話による先行獲得語彙

第一言語として獲得した言語が、第二言語の学習に役立つことは、英語の学習で私たちも経験してきていることである。手話を第一言語として獲得してきたきこえない子どもが、初めて日本語を身につけるときも同様の効果が考えられる。手話による語彙数は、資料-39からもわかるように、2歳頃で平均して300400語を獲得している幼児が多い。これは聴児の音声言語獲得数と変わらない。また、3歳頃の調査資料は多くないが、保護者による「語彙チェック」によれば、ほぼ8001,000語獲得している幼児が多い。この語彙数も聴児とほぼ同じである。そして、聴覚活用タイプの幼児は2歳頃より、指文字タイプの幼児も3歳頃から日本語獲得が始まるが、すでに獲得している手話は、意味・概念は獲得されているので、日本語を新たに身につける際にそのまま役立つ。とくに、「犬、花、机、りんご、食べる、小さい」といった「基礎語彙」は手話でも日本語でも英語でも共通の基礎カテゴリーとして獲得され、また幼児が最初に身につける語彙なので共通の概念をもった語が多く、その点においても手話と日本語を結び付けて記憶する上でも有効と考えらえる。

 

②聴覚と視覚(手話)の併用効果

また、手話は視覚言語であるがゆえに、聴覚と同時に使うことも可能である。語を記憶する上においてあいまいな音声だけでなく、意味を理解する上で手話を併用したり、音韻を視覚的に表示する指文字や文字を使うなど多角的に符号化して記憶したほうが、語や文を記憶する上での手掛かりが多く、長期記憶として頭の中に残りやすい。それらの効果も含めて考えることで、B聾学校の聴力の重い子の語彙獲得のスピードも説明できるように思われる。

 

 

6.まとめ

これまで、しばしば「手話をすると日本語が身につかなくなる」という言説が聾教育の世 手話から日本語へまとめ図.jpg界のみならず、医療・療育の世界でも広く言われてきた。しかし、日本語と併用する手話も手話と考えるならば、この言説は事実とは異なる。手話から入って自己肯定感を育て、手話も使いながら日本語を獲得し、手話を活用した日本語文法指導によって教科書を読める力を育てる方略が、結局、未踏峰と言われてきた「9歳の壁(峠)」を越える力を育てることにつながることを10年にわたる実践で示した。右図は、その過程を図示したものである。

 

 

 

(*1)読書力診断検査(Reading Test、図書文化社)小低・中・高学年用があり、読字力、語彙力、文法力、読解力の4つの下位検査から構成されている。読書学年、読書力偏差値等で結果を表す。

 (*2)のちに文献を調べてわかったが、昭和30年代を中心に聾学校で国文法を用いた文法指導が行われていた。しかしその後文法指導は衰退し、昭和40年代にはほとんど消滅している。推測だが、国文法を用いたことが原因ではなかろうか。国文法は日本語を詳細に分析することに主眼があり、日本語を身につける子どもの指導には適さない。当時は、私たちが依拠している日本語教育の文法指導法はまだ普及していない時代であった。

(*3)J.coss(ジェイコス)日本語理解検査。日本女子大学中川佳子らによって開発された日本語の語彙力・文法力を把握する検査。当初は聴覚版のみであったが、2010年に視覚版が開発された。その時に中川はいくつかの聾学校小学部児童(90名)を対象にこの検査を行い、その結果が視覚版解説書に記載されている。

(*4)木島照夫(2017)「乳相保護者アンケート調査報告」

(*5)長南浩人・井上智義(1998) 「聴覚障害者のリハーサル方略―文章を記憶する際の最適モードを考える」『教育心理学研究』

都内2つの聾学校の乳幼児相談に通う1~3歳児の保護者33名から、0歳代から3歳までの言語発達過程について調査を行い、33名の回答を得た(A校20名、B校13名)。そのうち知的障害を伴わない21名(1歳1か月~3歳0カ月、平均1歳6か月、含聾家庭3名)についての結果をまとめた。(*知的障害を伴う幼児の調査結果は、このHP「ろう重複教育」のカテゴリーを参照)

以下、PDF参照。 初語発生前後の言語発達過程~乳相保護者調査結果(2017.12).docx

 

手話で育った子どもの言語発達ー調査結果と考察2017-

木島照夫(O聾学校相談員・東京学芸大学講師)

今日は、あるろう学校(O聾学校としておきます)で10年近く行ってきた検査結果から、実践の成果が出ているのかをお話します。始めに、ろう協の相談を担当している方からいただいたメールです。ろう協の相談日だったんですが泣きたくなるような相談があった、と言うのです。その相談というのは、例えばNTTの回線工事の案内が来る。しかしその内容がわからない。代わりに読んで通訳をしてくれ、というもの。NTTの回線の工事なんて相談日に持って来たときには終わっているかもしれません。このように生活の中で読み書きの力で困ってる実態が沢山あるわけですね。家族に聞こえる人がいればなんとかなるのでしょうが、ろうの夫婦だったり、ひとり暮らしだったり、そういう時に困ります。これはいったい誰の責任なのでしょうか。ひと言でいえばろう学校の責任だと思います。

ろう学校を卒業してから随分経っていますが、少なくともろう学校にいる間に、きちんとした日本語の読み書きの指導ができていなかったということ。ろう学校の自立活動、国語の時間をプラスすると、小・中・高でだいたい2000時間ある。2000時間という膨大な時間の中で身につけられなかったことになるからです。 プレゼンテーション1.jpg

 

JCOSS について>

聞こえない子どもはどこで躓くのか。教科書でずっと指導してきたのですが、その時には気付かなかった子ども達の日本語の力。平成18年にJCOSS(ジェイコス;日本語理解テスト、図参照)という検査を使うことによって「こんなところがわかってなかったの?」ということに改めて気づいた。そこから文法指導を始めていきました。JCOSSには20の検査項目があり、最初の3つが名詞、 プレゼンテーション2.jpg動詞、形容詞の基本的な単語をみる検査、次に二語文、否定文(二語)、三語文という単語の繋がり(語連鎖)をみる3つの項目、そのあとの7項目目から20項目目までの14項目が日本語の文法の理解度をみる検査になっています(右表)。各項目にはそれぞれ4問あり、この4問題が全て出来たときに「通過」という評価をします。そして、通過した項目がいくつあるかを見ていきます。ろう学校でよく読書力検査をするのですが、この検査は小学校1年生以上の読み書きの力を測定します。その下はわからない。しかし、JCOSSではさらに下の幼児の日本語 プレゼンテーション3.jpgの語彙・文法力をみることができます。標準化されていて、ここまで通過していれば年少レベル、ここだと年中レベルなど、年齢による聴児の平均的な通過項目数もだいたいわかっています。年齢としては3歳から4年生くらいまでの語彙・文法力が測定できます。

 

<項目ごとの通過率>

項目を見ていきます。例えば「名詞」には、靴、犬、鳥、りんごの4つの問題があります。この4つの単語は聞こえる子どもなら3歳くらいになればどの子もわかる基本的な問題です。これらの検査をして、例えば名詞の問題を10人の子どもにやって10人全員「通過」したとき、通過率は100%となります。また、Jcoss視覚版が作成されるときにいくつかのろう学校で実施されていて、その時の小学部低学年での通過率は100%でした。O聾学校はその少し前2003年に実施したのですが、通過できない子どもが何人かいました。次の「形容詞」をとばして3項目「動詞」。「走る、とる、座る、食べる」の4 プレゼンテーション4.jpgつの問題。この辺から通過率が低くなってきます。聞こえる子どもだと95%通過。ろう学校で77%O校は65%。基本的な動詞ですからこの動詞が通過できないということは他にもいっぱいわからない言葉があるということ、というふうに考えられます。これだと教科書は難しいですね。次が、1つとんで5項目の「否定文」。さらに通過率が下がって、ろう学校の平均通過率は65%O校の場合は37%2/3以上の児童がわかっていなかった。否定形がわからないと光村の教科書の「はなのみち」の文の内容は読み取れません。「ありません」という一定の言い方が出てくるのですが、「ません」ということがわからないから意味的に間違って読む可能性がある。挿絵がありますからそれに助けられているわけですが、自分の力で読むというのが難しい。 プレゼンテーション5.jpg

また一つとんで7項目は置換可能文。助詞を置き換えると意味が逆になる文です。例えば「牛は女の人を押しています」。この文の「は」と「を」が入れ替わると意味が反対になります。助詞がわかっていないとこの文は正解できないですね。ですから、これは助詞が理解できているかを見る問題。通過率を見ると、ろう学校で14%O聾学校では15%ですから、ほとんどの子どもが、助詞の違いがわかっていない、ということになります。つまり、8割以上の子どもは自分の力で読むことが難しいということになります。

 

 項目ごとの通過率をグラフにすると、こうなります(右図)。横にずっとJCOSS20の項目が並んで、縦が通過率ですが、O聾学校は直線です。 プレゼンテーション6.jpgグラフ中の〇印は、左が「動詞」、「名詞」の通過率に比べてぐっと下がっていて56%。真ん中が「否定文」で動詞の活用が理解されているかどうかがこの項目からわかります。右下の〇が「置換可能文」でここでは助詞が理解できているかどうかがわかります。あとに続く項目もずっと低い線、つまり通過率が20%以下になります。

破線はろう学校の平均です。一番上の点線は聞こえる子どもの1-2年生の通過率です。

 

<動詞の活用指導の工夫>

動詞と助詞をきちんと指導しないといけないよね、ということで始めたのが、動詞の活用指導です。これは活用表を使ってやりました。例えば1グループは、国文法でいう五段活用。こういう指導をしていると、ずいぶん外部からの批判もありました。 プレゼンテーション7.jpgこんな難しいのを子どもができるのか、と。でも、できるんです。ルールに沿ってやっていけばいいので十分可能です。例えば「歩く」は最後の「く」に注目する。そうすると50音表の、「あるく」の「く」はカ行にあります。右図の右端の欄に「かきくけこ」と書き込みます。あとは色分けに従って書いて表の空欄を埋めていきます。すると、語尾の言葉につながります。「あるか」の下は「ない、なか った」。⑦の欄は空欄です。下は「た、て」です。ここは別のルールがあるので、その下の表を用意しておきます。「あるく」の「く」に着目すると、その下は「あるいて」「あるいた」に変わることがわかります。こうした指導で動詞の活用はわかります。ただ、動詞の活用表だけで動詞を使えるようになる訳ではありません。ちゃんと例文を作る指 プレゼンテーション8.jpg導をしていきます。

基本的活用を学習したとしても、教科書とはまだまだ開きがあります。「〜てあります」とか、「〜ていく」「〜てくる」というふうに、いわゆる「て」形は低学年で頻繁に出てきます。低学年の教科書は「〜て〜」が沢山使われているのが特徴の一つです。例えば『じどう車くらべ』。「て形」オンパレードです。この中の「いろいろな自動車が道路を走っています」ですが、「走って」とすることで、今まさに目の前を車が走っているのを見ている状態がイメージできます。これを、動詞のアスペクトといいます。1つの動きのなかの、はじめ、中、終わりという一連の流れを「アスペクト」と言っています。「走る」は、これから走るなど未来に使うこともあります。「走っています」というのは、 プレゼンテーション9.jpg今、走っている状態。これが日本語の現在形です。「走った」は、これは完了・過去です。この単元では、歩道橋のあたりから車が走っている状態を見ているところですね。ですから、「~て形」の活用がわかっていないと、その意味がイメージできないということになります。

そこで、例えばこういう教材を使います(『絵でわかる動詞の活用』(難聴児支援教材研究会発行)。「紙を切る」。チョキチョキ切っているのは「切っている」最後、おわったら「きった」になる。その下は「すべる」「すべった」という言い方。こういうトレーニングをします。

ただ動詞にはいろんな使い方があります。電車が 「来る→来た→来ている」。「~た」と「~ている」が逆になっているという動詞もあるわ プレゼンテーション10.jpgけです。こうした使い方がわかっていれば、『くじらぐも』の教材の意味がわかります。風が子ども達を吹き上げて、雲の上にポンと乗せます。左図の右頁の最後のほうに、「くじらにのっていました」とあります。「のる」→「のった」→「のっていました」の「のった」結果がそのまま続いているのが「のっていました」の意味です。このアスペクトがわかっていれば、挿絵がなくても教科書を読んでイメージが浮かびます。聾学校では、なかなかこうした動詞の活用まで指導することはやっていませんが、動詞の活用のトレーニングも必要かなと思います。

  プレゼンテーション11.jpg

 

 

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<助詞の指導の工夫>

次に助詞です。「〜が〜を」という助詞の違いがわかる。これがJCOSS7項目目です。置換可能文のことを、別の言い方では可逆文といいます。逆もあり得ますよという意味です。その反対は、非可逆文。これは、助詞がひっくり返ると、意味的に成り立たなくなるものです。「太郎がラーメンを食べる」。これはあり得ますね。でも、もし「を」と「が」がひっくり返ると、「太郎をラーメンが食べる」 プレゼンテーション13.jpgということになりますので、意味的にはありえませんが、あえてこれを使います。

すると右図のようなおかしな絵になるので、「が」も「を」もわからない子どもにはこの絵を使います。子どもは「えっ?」と思うので、そのインパクトをつかって、助詞が変わると意味が変わることを教えます。こういう絵をたくさん用意してわかるようになってくると、可逆文に進みます。

「太郎が花子をたたく」。これは逆の場合もあり得るので、可逆文といいます。絵としてはこういう絵です。「を」「が」が逆だと、叩いている子が逆になる。こうやって「が」「を」が逆になると、意味が反対になるのだということを教えることができます。これを最初にやるのがいいと思います。

 助詞は、ほかにもいろいろありますが、 プレゼンテーション14.jpg格助詞の中の一文字の助詞(「が、を、に、で、の、と」)が難しいですね。単独では意味を持たない。文の中でしか意味をもたないので、理解することも教えることも難しいわけですね。

そこで、格助詞の意味や用い方の指導に手話を使います。「助詞手話記号」と言っています。子どもは手話を習得していますから、手話を使って指導することを思いつきました。

たとえば「に」ですと、それぞれ使い方にはいくつか意味があります。例えば「学校行く」。ある目的地に向かって移動するというとき「~に行く」と助詞は「に」を使いますが、その時の「に」の使い方を手話で表示するわけです。また、「教室ある」とか、「机ある」という存在する場所を表すときにも「に」を使います。この使い方は比較的少ないです。「3会う」とい プレゼンテーション15.jpgうのは、その時間をポイントであらわすときに使います。

次に「で」ですが、これには4つの使い方があります。まず、「食堂食べる」というときは場所の「で」です。2つ目。「3遊ぶ」というときは、この範囲内という意味があり、範囲・期間を表す「で」。それから3つ目は、「はさみ切る」 。手段・方法の「で」です。そして4つ目は原因・理由を表す「で」です。「風邪で休む」などに使います。「で」の使い方には意味があって4つあるんだよ、ということを、手話を使って教えると、子ども達は「へー」って、やっぱり言いますよね。「ああ、そういうことになっていたのか」と。

「を」は3つです。まず、出発点とか起点の「を」。「トンネル出る」「学校出る」など。それから、通過の「を」。「トンネル プレゼンテーション16.jpg通る」「川渡る」などです。それから、あと残ったのは、指文字で「を」として、「トンネル見る」「服着る」など対象の「を」でこれにはたくさんあります。こういうふうに使い方を指導します・これまで日記を直すときに、間違いを赤で直して、「ここは『に』じゃなくて『で』だから、といって子どもに正解を言って書き直させていましたが、それでは子どもは意味がわからない。なんでここは「で」なんだろうと。ですので、この表を用意をしておいて、ここは「教室に食べる」じゃないと思うよ。どの助詞を使うか表で探してごらん」と指導する。子どもは教室に貼られたこの表を見に行って、「あ、これだこれだ」と意味がわかる指導ができます。本人が納得できれば間違わなくなります。

 

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 <指導の結果>               

O聾学校小学部1,2年生のJcoss4年ごとの項目別の通過率を見てみました(右上図)。2007年がグラフの直線です2011年が破線、2015年が点線です。一番上の細めの点線が聴児12年生の通過率です。動詞の通過率は90%以上になりました。否定文(動詞の活用)が80%。助詞はまだまだ難しくて60%くらいにとどまっています。次に乳幼児期からの子どもの言語発達についてみてみたいと思います。

 

 

<乳幼児教育相談での早期からの手話の獲得の意義>

乳幼児教育相談ですが、O校では発達早期から手話を使っています。聴力に関わらず親御さんたちに覚えてもらいます。きこえる子でも手話の獲得のほうが音声言語獲得より早いからベビーサインを使いますね。それと同じで手話を使っていくと、コミュニケーションが早く成立します。親御さんはコミュニケーションをどうしたらいいかとすごく悩んでいても、手話の理解から表出に繫がって、互いに通じあえるようになると安心します。不安から開放される。そうすると気持ちも安定して、子どもとゆとりをもって関われるようになる。愛着関係が成立する。お母さんも子育てが楽しくなる。子どももお母さんと話ができるようになるので、子ども自身も安心できると関心が外に向かい、色々なことに興味が出る。概念とか、認知、知識の獲得が促される。周りが手話を使うということは、子どもにとっても大きな心理的な意味があって、自分はお母さんや家族に受け入れられている、自分はこれでOKなんだ、という自分への肯定感や自信を育むことにつながります。

 

<聞こえない乳児の言語発達>

ではどういう順序で、手話や日本語を獲得されるのか、今は、Kろう学校に行かれたS先生が「ひよこだより」に育児記録を残している。約10年分500くらい記述があります。良いものを抜粋したということではなく、ほとんど全員の分が載るようになっています。それを使って手話がどうやって発達していくのか見ていくと、その獲得プロセスがわかります。まず手話への注視は半年くらいから始まる。坐位がとれ、手が使えるようになって、モノへの注視ができるようになると、親のするサインや指さしの プレゼンテーション19.jpg先を見るようになっていきます。お母さんと愛着関係がついていれば、お母さんの動きをよく見て真似をする(同時模倣)とか、お母さんのやっていたことをあとで真似をする(遅延模倣)などのこともできるようになったり、写真カードをみて、自分の経験を思い出せるなどということもできるようになってきて、個人差はありますがだいたい1歳前後で手話が出てきます。これは、聴力はあまり関係なく、中等度難聴の子も初語は手話が多いです。また、初語の時期は聞こえる子どもの音声言語の初語の時期とだいたい同じ時期です。それから、初語の手型は「グー」または「パー」の手型を使った手話、例えば「電気ピカピカ」「アンパンマン」「犬」など「グー」の手型が多く使われているようです。以下は、初語が出たときの感動をつづった育児記録からの引用です

 

事例1

「ついにこの日がやってきた! Aが手話をしてくれた! ヤッホー! 記念すべきひと言目の手話は、Aのだ~いすきな『おっぱい』。おっぱいがほしくなって懐に潜り込んできて、見上げて口元に手を入れるようなしぐさ。私はいつも親指を唇につけるようにするが、Aは人さし指と中指を口の中に入れた。」(100dB010か月)

事例2

今日驚いたことがあった。なんとBが手話で『アンパンマン』とやって指さした方向にアンパンマンが! 買物中、店内に大きめのアンパンマンのポップがあり、それを見て教えてくれたのだ! すごくうれしくて涙ぐんだ!」(10か月,80dB

 

 そして、1歳代から2歳代にかけて、二語文、三語文と、その後は手話によるコミュニケーションが出来るようになっていきますが、親子関係がしっかりできていると、いつもお母さんと一緒にいて、何か活動することが楽しいので、よくお母さんに尋ねるようになります。だいたい1歳後半から2歳代にかけて「(あれは)なに?」「なに?」と。その時はそのモノの名前を聞いているんですね。これを「語の爆発期」と言っていますが、これは下の記録にもあるように手話でも同じです(大体1歳2~4か月頃に爆発期が始まるようです。)

 

事例3「最近質問することが増えてきた。「木、葉っぱ、ロッカー、門・・」。片っ端から目にしたものを指さしできいてくる。」(23か月,80dB

 

 こうした時期があるから語彙が増える プレゼンテーション20.jpgわけですね。将来的に日本語の語彙の獲得とつなげていくためにもこの時期に手話の語彙を沢山獲得するということは大事なことで、家族で一緒に手話をするようにしていると子どもの手話の発達も語彙の発達も早いです。図は、聴児の語彙爆発の語彙数と難聴児の語彙数チェックとの比較です。1歳後半から2歳頃にかけて急激に増えていくことがわかります。

 あと、「誰」とか「何」「どこ」といった疑問詞もかなり早く使えるようになります。例えば、ある子は13カ月で理解語彙が110で表出が80。これはお母さんが記録していました。この子も「何」「どこ」を13ヶ月で理解していました。このように形容詞・動詞・疑問詞なども早く、その分認知の発達も早い。コミュニケーションが成立するから色々な知識も獲得できます。手話を使うか使わないかの差は非常に大きいと思います。私たちは言語によって世界を認識しているからです。

 

<日本語の獲得~二つのタイプ>

すると、ある人はいいます。「手話をやってると日本語ができなくなるんじゃないの?」と。そんなことないです、安心してください。日本語獲得には二つのタイプがあるようです(これも今後実証が必要ですが)。 プレゼンテーション21.jpg一つ目の聴覚活用タイプ。だいたい90dB以下の子どもたちが多いですが、1歳半から2歳前後で、聴覚から入った日本語を発語するようになります。また、こうしたタイプの子たちは、それ以前に「バババ・・」とか「マママ・・」といった音声による喃語(規準喃語)が0歳後半で出ていることが多いようです。しかし、聴力が100Bくらいのいわゆる重度難聴の子たちは音声の喃語ではなく、手指喃語が出ているようです。この子たちは、音声での発語は少なく、日本語は手指の巧緻性や指文字や文字の習得の時期である2歳後半から3歳前半頃まで待つことになるようです。

 

①聴覚活用タイプ

 事例4「オムツ一丁で遊んでいた息子がやってきて、「ズボン、はきたーい。」(手話+音声)。「ズボンはここにあるよ、これをはいたら?」と言うと、自分で履いていた。履けると、今度はズボンの前後を確認して私の顔を見る。「マーマー、ちがう?大丈夫?」。私が「大丈夫だよ、ちゃんと履けているよ。上手に履けたねぇ」と手話で答えると「大丈夫ねー?」と言いながら満足そうでした。」(2歳2か月・80dB) 

 

 例えば上の例の子ども口話併用の手話と音声を使っています。このような聴覚活用のできる子どもは聴覚活用から日本語を身につけていくことが多いです。しかし、こうした子らも最初に手話から身につけているので、初語はたいてい手話です。そして1歳半以降に、獲得した手話に音声を伴わせて発語し、日本語を獲得することが多いです。すでに意味がわかっている手話に日本語の音声を伴わせ、言語の二重符号化によって二つの言語を獲得していることになります。

 

②指文字・文字タイプ

事例5「最近は動詞も指文字ではじめました。「Nちゃん、パジャマきる?」と「きる」を指文字で伝えると「うん。きる(指文字→手話)」で返事をしてくれるのでわかっているようです。時々ママにも「それ、きる(指文字)?」と聞いてきます。」(2歳11ヵ月、100dB)

事例6「M子が指文字表の「ろ」を指して「ケロのろ」、「め」を指して「ヤメピ(キャラクター名)のめ」、 「こ」を指して「〇子、〇子のこ」と言っていた。"指文字ブーム到来!"」(3歳0か月・100dB) 

 

一方で、高度・重度難聴の子どもの日本語獲得は少し遅くなります。指文字が多いのですが、上の例のようにその時期はだいたい3歳前後です。日本語獲得の時期は聴覚活用をする子どもとは差があります。手話を使っていますと3歳くらいで、それが別の言語、つまり指文字は別言語=日本語で表せることを知ります。メタ言語認知ですね。その違いに興味を持つ子どもがいて、「これは何?」と盛んに指文字で聞きたがる子がいます。指文字での語彙の爆発が起こる子どももいます。手話のなかに少しずつ日本語も使われていきます。手話の中に指文字が入り始める。こうして日本語は身に付いていく。ですから乳幼児相談02歳の間に、子どもは2つの言語を獲得します。だから、大丈夫なのです。日本語ができないなどということはありません。そういう証明もありません。大東文化大学の齋藤友介先生は、アメリカの文献をすごく読んでいる人ですが、「手話を使ったら英語ができないとか、そういう研究論文ありますか?」と聞くと、「そういうものはありません」と言っていました。そう言っていたのは口話併用手話でない時代のことです。もちろん日本手話は独立した言語ですから別です。

 

<聞こえる親の心の変化>

乳幼児教育相談には聴者の教師がいて、 プレゼンテーション22.jpg聴者の親御さんがいる。きこえない講師や親もいます。ここが大事です。きこえない大人の人と接することできこえる親自身の障害認識も進みます。親御さんはやはり、最初は聴覚障害がないほうがいい、聞こえた方がいいと思っていますが、それがだんだんと、きこえない人の話をきいたり手話を教えてもらって関わっていくうち、「大丈夫なんだ、うちの子もああいうふうに育っていくんだ」と理解できるようになります。否定的な障害認識から肯定的なものに変わっていきます。それは親御さんによって揺れ動き方は違いますが、早い人は、Aちゃん、Bちゃんのケースのように、手話をとにかく使っていっているので、子どもの発達も早くなります。

それともうひとつは、グループ内でロールプレイをやったり、子どもとどう関わるかという学習もするので、共有型の子育て、一緒に活動を楽しめるという親御さんたちがでてきます。親御さんにはタイプがいろいろですが、共有型の子育てをすると、言語の発達も早いというのは、障害に関係なく、3000人ぐらいを対象にした研究があって、共有型の子育てが一番子どもの獲得する言葉の数も多いと言われています。この研究では、以下のような子そだて10か条を提案していて、とても味わい深い提言なので参考までに紹介しておきます。

 

子育て10か条~50の文字を教えるより100の「なんだろう?」を育てよう!

① 親子の間に対等な人間関係をつくること

② 親は子どもの安全基地になること

③ 子どもに「勝ち負けのことば」を使わない

④ 子どものことばや行動を共感的に受け止め、受け入れる

⑤ 他児と比べず、その子自身が以前より進歩したときに承認し、ほめる

⑥ 裁判官のように禁止や命令ではなく、「~したら」と提案の形で対案を述べる

⑦ 教師のように完璧な・詳細な・隙のない、説明や定義を述べ立てない

⑧ 子ども自身に考える余地を残す働きかけをすること

⑨ 親は「待つ」「みきわめる」「急がない」「急がせない」で子どもがつまずいたときに支え、足場をかけ、子どもが一歩踏み出せるよう脇からたすける

⑩ 子どもと共に暮らす幸せを味わおう

 

<乳幼児教育相談に通う間に子どもの言語発達のベースをつくる>

まとめますと、こういうことです。子どもは言語を獲得する。認知概念、知識は、年齢に応じた獲得が可能。本人も心理的に安定し、障害認識も育つ。自己肯定感をもつ。自己肯定感を持っているから、いろんな人やものと関われる。そういう意欲も出てくるということですね。保護者も、愛着関係がしっかり持てる。共有型の子育ての結果、障害認識も変わる。このように乳幼児相談でベースを作って、次に幼稚部にいきます。

 

<幼稚部での目標> プレゼンテーション23.jpg

幼稚部で何を大事にして取り組んでいくのかをお話しします。今日は、言葉のことに絞ってお話ししますが、最終的に、幼稚部卒業で目標にするところは、言葉を使って、言葉で考えたり、言葉で相手に説明する。ここでいう言葉は日本語だけとは限りません。手話も含まれています。言葉を使って活動していく、その力をつける。ここが1つの目標になると思います。最初は手話で1歳くらいから。この段階では手話はコミュニケーションの言語です。いわゆる「生活言語」。ここで年齢的な概念や知識も獲得できます。日本語が途中でそこに加わってきます。そのプロセスについてはすでに述べました。大塚の場合には日本語、口話、併用の手話を使いますので、途中から日本語も入ってくるわけです。日本語と手話は基本的には別の言語ですが、口話併用手話では、手話の中に指文字で日本語が入ってきます、その割合がだんだんと増えてくる。手話と日本語の関連付けができてくる。幼児期の後半になると日本語を使う割合はさらに増えていきます。5歳から6歳あたりは、使えるようになっている日本語をさらに質的にレベルアップする時期です。言葉を操作することがきるようになる。例えば「きじま」は、反対から言うと「まじき」。こうした記号や言葉の入れ替えを頭の中で操作できるようにもなってきます。

そして、言葉遊びとか、言葉でいろんな物事を考えたり、言葉で別の言葉を説明する、例えば、スマホって何?ときくと、遠くにいる人とメールできるものなどの説明ができるようになってきます。このような言葉を使った思考ができる力。そこを言葉に関する幼稚部の目標として考えています。その力が、910歳あたりから本格的に始まる学習言語や書き言葉のベースになっていくわけです。

 

<検査の結果>

O聾学校では、言語発達に関するアセスメントをやっていて、それとの関連を話します。今お話ししたように最初は手話でコミュニケーションする。それがだんだん生活言語、日常会話として発達していく。日常会話でやり取りする力は プレゼンテーション24.jpg伸びていきますが、学習するための言語や書記日本語を身につけるためには、今使っている日常の言語をレベルアップする必要があります。言葉を操作できる力、言葉で説明する力、それから言葉だけじゃなくて、いろいろな問題について広く深く考える力が必要で、何かと何かの関係を分析したり推論したりする力。概念カテゴリーを構築する力、さらにWMと書いてありますが、これはワーキングメモリーと言って、短期記憶や頭の中で言葉や記号を操作して物事を考える力も必要です。このあたりの発達の様子をみるのがWISC(ウィスク)という検査です。

 

Jcossについて 

それからJCOSS(ジェイコス)を使って、日本語や文法をどれぐらい習得しているかを見ます。右の折れ線グラフですが、O聾学校の幼稚部を卒業した子ども達がたくさんいますが、途中から来る子どもを除いて、幼稚部に半分つまり1年半以上いたという、そういう子ども達65人を分類します。学年別にやると複雑になるので、2122年度に卒業というふうに2年分ずつをまとめてみました。横軸は学年、縦軸はJCOSSの通過項目数です。

  プレゼンテーション25.jpg例えば21年度と22年度に幼稚部を卒業した子ども達ですが、破線表示(点直線点・・)の子ども達です。23年度と24年度に卒業した子たちも破線表示(点々直線点々・・)ですが、あまり変わりません。小3の時にだいたい13項目通過ですから聴児の小2レベル。やや遅れているのがわかります。太い点線表示が2526年度に卒業した子たちです。小2の時に平均15.4項目通過で聴児の小2~3年レベルに達しています。2728年度に卒業した子ども達は、太い直線表示です。最近4年くらいの間に卒業した子たちは、それまでの子ども達よりは、伸び方が少し早まっています。ですから、この34年で、平均的に幼稚部の子たちの日本語の獲得が早まっている、伸びが見られるようになったと言えると思います。

次に、幼稚部3年卒業の段階で7項目通過しているかどうかをみてみます。Jcossでは7項目目以降20項目までが文法項目で、その前は単語が増えれば到達できる項目になっています。7項目目の「置換可能文(可逆文)」を通過したということは、「太郎が花子を追いかける」「太郎を花子が追いかける」といった格助詞「が、を」の使い分けがわかる段階を超えたということです。この段階(=文法段階)以降に達している子なのか、あるいはその前の 「語連鎖」  プレゼンテーション26.jpg(4~6項目通過)や「単語」(1~3項目通過)の段階かをみて、3つのグループに分けます。すると、単語段階が12人、語連鎖段階が12人、文法段階が27人ということがわかります。こうやってグループ分けをすると、幼稚部卒業段階で平均10.3項目通過の「文法基礎」段階まできていた子ども達は、それ以後はほぼ聞こえる子どもと同程度の伸びを示すことがわかります。獲得語彙数の数が足りない2つのグループは、伸びが聴児小12年のあたりで停滞するのがわかります。ということは、幼稚部段階で日本語の単語がどれだけ獲得できるか、ということになってくるわけです。もちろん、小学部入学までは手話で、日本語は小学部から、という方針で育った子どももいます。そうした子は小学部以降に、それまでに身につけた手話と日本語とを結び付けて日本語の語彙を獲得していくことになるわけですが、その子が持っている認知・思考・記憶といった基本的な力にもよりますが、小学部以降に日本語を身につけていく子もいます。このような子たちには、やはり動詞の活用、助詞の指導といった視覚化・構造化した日本語の文法指導と日々の日記・作文指導が有効ですし、学校の授業においては口話併用手話や指文字を使って、多角的に日本語を符号化していくことが有効ではないかと感じています。

 

WISCについて

では思考のほう。日本語の形式である語彙や文法ではなく、言葉をつかって考える力ですが、これはWISCⅣという検査でみます。大きくわけると、まず「知覚推理」と「処理速度」という領域があります。前者は視覚的・動作的な課題の中での推論能力をみる検査で「積木模様」「絵の概念」「行列推理」といった下位検査があり、後者はすばやく的確に作業を行う力をみる検査で「符号」「記号探し」といった下位検査があります。これらはいわゆる動作性検査とも呼ばれ、言語を使って答える検査ではないため、聞こえによって左右されない検査です。実際、聞こえない子の8090%は聞こえる子との差のない、定型の範囲です。ですから聞こえない子の多くは基本的な認知の力は プレゼンテーション27.jpg持っていると考えてよいと思います。遅れが出るのは、言語を使って遂行するほうの「言語理解」や記憶したり頭の中で記号を操作する力をみる「ワーキングメモリー」のほうです。今使っているのはWISC-Ⅳですが、以前はWISC-Ⅲを使っていました。WISC-ⅢとⅣの共通の項目である言語性検査の中の「類似」と「単語」と「理解」「知識」。この4つの項目を取り出して比較してみます。

次のグラフは、2124年幼稚部卒業生33人(棒グラフ左側)と、2528年度卒業生34名(棒グラフ右側)の「言語理解」にある下位検査の平均評価点を比較したものです。評価点は120点までで評価します。10点が聞こえる子どもの平均。911点が平均的な範囲です。ですからこれより低いのは、その力が十分にないということを意味します。「類似」で7.2IQに換算すると80くらいでしょうか。「単語」「理解」も同様に低いです。ただし「知識」だけは9.2で定型の範囲です。

 

WISC知能検査「類似」の結果>

その中で「類似」の問題に着目しました。「類似」というのは語のカテゴリーの問題に関係しています。例えば、1歳児が犬を見て、「ワンワン」と言葉を身につけます。どんな犬を見ても形や大きさは違うけれども「ワンワン」と覚えていく。最初の頃は猫を見ても「ワンワン」と言ったりしますが、その区別もだんだんわかるようになって、「ワンワン(犬)」というファイルを頭の中に作るわけです。そういうふうに私たちはカテゴリー化してモノの名前を獲得する。同様に「猫」とか「兎」といったファイルも作っていく。そして「動物」というもっと大きな括り(上位概念)の概念のカテゴリーも作っていきます。あるとき、初めてキツネを見た。自分の持っているファイルにはないけれど、「動物」というカテゴリーの中に入るモノだということは自分の持っている事例ファイルと照合して推測できる。これを帰納的推論といい、とても重要な認識の力です。そして「キツネ」と教えてもらいまた新しいファイルを頭の中につくるわけです。こうした判断が即座にできるようになると、「あれ何?あれは?」とあらゆるものの名前を聞きたがり、どんどん言葉が増えていきます。これが先ほどもお話ししました「語彙爆発期」ですね。

 もう1つ大事なことは、言葉を新たに獲得すると頭の中にある同じような種類のものとの比較ができます。そうする古いファイルの方も新しい情報が加わって上書きされる。ファイルにあまり情報がか書き込まれていなかったものもどんどん新しい情報が書き込まれ、そのものの概念も豊かになっていきます。言葉が増えるということは概念や知識の豊かさという点でも重要です。

小学校の国語教科書の中には、カテゴリーを扱った単元があります。右の学校図書の教科書「まとめたことば」の表を見て下さい。このなかには「だいこん、なす」と書いてあってその上が空欄になっています。ここには「やさい」 プレゼンテーション28.jpgが入りますよね。その右の「くだもの」の下には上の絵から何かを入れなければいけない。大人はすぐにここに入る言葉がわかりますが、聞こえない子たちの中には、これがわからない子がいます。似たモノ集まって一つのカテゴリー(例「果物」)を作り、そのカテゴリーのモノが集まってさらに大きなカテゴリー(「食べもの」)を作るという階層性のある構造とそのカテゴリーの名前を知らないのです。こうした構造は上に行けば行くほど抽象性が増しますから、この構造が下から積みあがっていないと抽象語彙は獲得できないことになります。語彙のカテゴリーがきちんと作られるということが語を獲得する上で非常に大事なことだということがわかります。

さて、WISCの「類似」の問題ですが、これはまさにこの語彙のカテゴリーが獲得されているかどうかを問う問題です。2つの言葉を子どもに提示しその共通点・類似点を言わせます。例えば、「りんごとバナナのどこが同じ?似ている?」と尋ねます。子どもはりんごとバナナの名前を聞いて、頭の中にこれら二つの果物の絵を想像します。バナナは黄色、りんごは赤。バナナは細長い、りんごは丸い。違いはイメージが浮かべばわかるでしょうが、同じ点は、「食べるもの」とか「果物」といった共通点・類似点を考えて、それを言葉で抽出することが必要です。それぞれのモノの名前を知っているだけでは答えられないのです。そこに、それぞれの共通点を見出しカテゴライズする思考が必要になるのです。

 

グラフに戻りますが、平成21年から24年頃に、プレゼンテーション29.jpg幼稚部年長児の「類似」の評価点の低さに気づきました。そこで、単に「りんご、 バナナ、ぶどう、みかん・・」と集めて「果物」と上位概念を覚えるだけでなく、カテゴリーのくくり方はいろいろあること、モノの名前だけでなく、形容詞であったり、動詞であったりしてもその特徴に応じた様々なくくり方があること、そうした多様性をもったカテゴリーづくりが楽しめる教材として『ことば絵じてんづくり』というのを思いつきました。

 

<「類似」の結果からの取り組み>

 

①「ことば絵じてん」づくり

乳相から幼稚部にかけて、保護者と子どもとで一緒に作ってもらう取りプレゼンテーション30.jpg組みです。色んな分類を子どもとやってノートに貼っていく。例えば、 これは「くすり」「ちょうりどうぐ」「ようふく。などで作っています。分類の仕方によって色々できるのが面白いところです。もちろんこれを子どもと一緒にやらないと意味がありません。そこはお母さんの腕次第です。

 

それから、幼稚部でもいろいろな取り組みをしました。視覚化する、構造化する、カテゴリーを作る、といったような教材と環境作りです。例えば、左下の写真の上は、「冬」をテーマにしてこれは「冬」というテーマで、子どもが冬について思いつくことをいろいろ書いていっています。雪だるまとか、寒いとか、こたつ、とか・・・。これも「冬」と いうカテゴ プレゼンテーション31.jpgリーで「ことば絵じてん」を作るのと基本は

  プレゼンテーション32.jpg同じです。子どもの経験を引き出し整理していくことで冬についての豊かな概念が育ちます。右の写真は、図工的なことをやった後、材料とか道具というカテゴリーで整理をしています。また、文法指導につなげる視点から、動詞は緑、名詞は黄色、形容詞や副詞は水色といった品詞分類をしながら関連する言葉を書きだしています。

 

③取り組みの成果

こうした取り組みを継続していった結果、だんだんと成果がみられるようになってきました。先ほどの「類似」の棒グラフの右側は平成2528年度卒業の年長児の平均評価点ですが10.6になっています。平均値の差の検定をしてみたところ、有意水準1%で差がありました。また、「ことば絵じてん」作りは香川聾学校幼稚部でも積極的にやっていますが、以下のような取り組みの成果が報告されています。「関係性」の認識の向上は非常に大切なことです。

 

☆子どもの変化  

・「なかま(カテゴリー)」を意識するようになり、上位概念に関する語彙が増えた。

・一つのモノを色々な視点からとらえ、モノとモノ、言葉と言葉の関係性を意識できる子が増えた。

☆保護者の変化  

・日常生活の中で子どもの知らない物や言葉に気づくようになり、実際に体験させたり、普段の会話の中で知らない言葉を意識的に使うようになった。

 

<そのほかのWISCの結果から>

①「理解」について

グラフの中で、「理解」という項目がありますが、これも評価点7.1から9.3に向上し、統計的にも1%水準で有意差が出ています。これは、要するに、ふだんの会話、「ご飯食べなさい。お風呂入ったの?遅いから早く寝なさい・・」といった用を足す会話だけでなく、そこからもう一歩踏み込んで、「どうして毎日風呂にはいらなきゃいけないと思う?」「駅で定期券を拾ったらどうしたらいい?」といったような、子どもに考えさせる会話ができるかどうかということと関連しています。そうした知識・思考が「理解」に反映するのです。考える力は子どもが考えなきゃ育たないから、考える会話を親子でしてほしいということです。「ことば絵じてん」づくりの保護者の成果にも、「実際に体験させたり、普段の会話の中で知らない言葉を意識的に使うようになった」というのがありましたが、子どもの経験を広げたり経験を言語化する会話の中で、子どもがいろいろなことを知っていったその結果だと思います。このような知識を「スキーマ」と言いますが、WISCの「理解」や「知識」はそのスキーマを構成していて、読み書きの力に反映しているともいわれています。どういうときにそうした力が発揮できるか。例えば

「野球のボールが隣の家の窓に当たった。すると、隣のおじさんが出てきた。」という文を読んだとき、私たちはごく自然に「窓はどんな窓だろう?きっと窓ガラスだ。なぜ、おじさんが出てきたのだろう?たぶんボールが窓ガラスに当たって割れたんだろう」などと推論しているはずです。書かれてはいないけれど、自分の知識(スキーマ)を使って行間を読みとっているわけです。「理解」が伸びたということは、このような生活的・経験的知識とか常識的な知識といったことが伸びたということで、それは語彙・文法力とは別に、文を読む上で欠かせない知識や理解力が伸びたということになります。

 

②「単語」について

こうした伸びがみられる反面、あまり伸びていない項目もあります。「単語」ですが、これはけっこう難しい課題です。有意差が出るほどには伸びていません。例えば「りんごってどんなもの?」「冷蔵庫って何?」など語の定義的説明ができるかどうかですが、年長児でもけっこう難しい課題です。子どものなかには、りんごってどんなものか聞くと、りんごからいろいろ思いつくことがある。みかんでしょ、ぶどうでしょとか。でも、それはりんごの説明にはなってない。関連するものの連想ですね。しかしもっと連想を言わせると「赤い」「丸い」「皮をむいて食べる」「少し酸っぱい」「スーパーで売ってる」。いろいろと思いつく。それをつなげば実は答えができます。「ミカンやぶどうと同じ果物で、赤くて丸くて少し酸っぱくて皮をむいて食べるスーパーで売っている食べもの」。ちょっと長いけれど答えになる。そしてこれはちゃんとなぞなぞとかクイズにもなっています。今の長い説明の最後のところ「・・・スーパーで売っている食べものはなんでしょう?」と、質問文にすれば問題ができます。こういうなぞなぞとかクイズを沢山することが言葉を言葉で説明する力をつけるコツです。

このような取り組みを幼稚部でもやりました。 プレゼンテーション33.jpgそして、結果的にどこまで伸びたのか。二つのグラフを見てください。右のグラフは、平成21年度~24年度の年長児36名のWISCIQの数値とJcoss通過項目数との関連でプロットしたグラフです。WISCⅢの時ですから縦軸が動作性IQ,横軸が言語性IQです。そして年長卒業時のJcoss通過項目数で7項目以上の文法段階に達している子を水色、語連鎖段階の子を黄色、単語段階の子を赤色で表示していますが、ここで注目したいのは、動作性IQも言語性IQも定型発達のIQ90以上で、文法段階(Jcoss7項目以上通過)に達している子どもの割合で、WISCⅢをやっていた4年間の年長児の3割にすぎませんが、WISCⅣで評価するようになった平成25年度~28年度の年長児39名(下のグラフ)では、知覚推理IQも言語理解IQ90以上の定型発達 プレゼンテーション34.jpg

で、かつJcoss7項目以上通過の幼児の割合は6割とほぼ2倍になっていることです。つまり、言語的な思考の面でも語彙・文法力の面でも子どもの持っている可能性を大きく伸ばせるようになってきたと言えるのではないかと思います。

 

<小学部以降の言語力にどうつながっているか>

 最後にもう一つだけ検査の結果を紹介しておきます。語彙・文法力の面で年長卒業時Jcoss7項目以上通過の子たちがその後毎年1回行われるJcossにおいても聴児と同様の発達曲線を描くことはすでに述べました。では、文を読み考えて解答する問題では、正しく解答できるのでしょうか? この力を測るために小学部では以下の問題(「比較3問題」と呼んでいます)を使ってみています。これは岸本裕史(1984)を脇中起余子(2008)が引用したものの孫引きです。

 

問1「太郎君はみかんより飴が好きです。飴よりチョコが好きです。太郎君の好きなものの順は?」 

問2「もし、ねずみが犬より大きく、犬が虎より大きいとしたら、大きい順番はどうなるか?」

問3「A町、B町、C町、D町、4つの町がある。A町はC町より大きく、C町はB町より小さい。B町はA町より大きく、D町はA町の次に大きい。大きい順番を書きなさい。」

 

問1は、助詞がわからなくても単語から映像を プレゼンテーション35.jpg浮かべられれば解答できます。岸本はこれが出来たら小2レベルと言っています。問2は、文から映像が浮かんでも文法的に正しく読めなければ解答できません。大きい順は実際とは逆になっているからです。文法的に正しく読めるかどうかが問われているわけです。これが出来れば小3レベルだそうです。ここまでは具体物の3対比較ですが、問3は比較するものが抽象的なものであり、4つのものの比較です。文を読み取り、論理的な思考ができなければ正解できない。これができれば小

4レベルであるということです。

 さて、この問題を私は地方の聾学校の中・高校生にもやってもらうことがあります。それらの結果と脇中の京都聾学校高等部の結果、さらに平成2628年度O聾学校小学部高学年56名の結果(斜線)を比較表示してみます(上図)。この図からわかることは、まず、問題別の正答者の割合が学部が変わってもあまり変わらないことです。言い方を変えると、「進歩がみられない」ということです。小学部の時に一度躓いてしまうと、中・高、いやおそらく聾学校を卒業して社会に出るまでそのままの状態が続くということではないかと思います。論理的な思考を必要とする問題3は置いておくとして、問題2までは文法指導を徹底することで躓きの解消が可能なレベルであるのにも関わらず、およそ半分の子どもたちは中学部、高等部に行ってもできるようにはなっていません。ここに、聾学校の日本語指導の大きな問題があるように思います。

 

 それから、幼稚部卒業生が小学部高学年になっとき、この比較問題がどこまでできるのか、それを見てみます(右図)。年長卒業時にJcoss7項目以上通過の文法段階に達していた子たちの群(22)6項目以下の語連鎖・ プレゼンテーション36.jpg単語群(34名)とに分けてみると、確かに前者の群では9割の子が問題2で正解しており、文法的な思考ができていることがわかります。それに対して語連鎖・単語群では問題2以上のレベルには4割の子しか達していません。さらに問題3まで正解できる子は文法群では22名中13名(6割)いますが、その13名のうち11名はWISC言語性IQ90以上だった子たちです。それに対して語連鎖・単語群では問題3まで正解できた子は34名中3名(1割)に過ぎません。このことから幼稚部卒業までに、文法段階に達する日本語の語彙・文法力をつけることと言葉(手話も日本語も)を使って考える力をつけることが基本的に大切だということがわかります。

 

<読書力診断検査による検証>

最後に聾学校で一般的に行われている「読書力診断検査」による検証を紹介して終わりにしたいと思います。右図は、澤隆史氏(東京学芸大学)によるデータです。このデータには、70年代から2010年代までの聾学校の児童の平均の読書学年が記されています。それによると70年代から2010年代までの40年間6回の検査のいずれにおいても、読書学年が小4レベルを超えられないということを示しています。「9歳の壁」が越えられない、ということの数値的な根拠になっているわけです。 プレゼンテーション39.jpg

では、O校はどうでしょうか? 幼稚部を卒業してそのままあがった児童は重複学級在籍児を除いて平成28年度現在で52名います。小学部在籍児の約7割です。

その子どもたちのそれぞれの読書学年を「該当学年」、「下学年」(実際は3年生なのに読書学年がその下の1年生とか2年生の場合。但し1年生は読書学年で「1年1~2学期以下」の場合、「下学年」として評価)、「上学年」(実際は3年生だが4年生以上の読書学年の場合)の3つに分けてグラフにしてみました(下図)。

プレゼンテーション37.jpgそれによると、学年によって凹凸はありますが、52名の平均では「上学年」が4割、「該当学年」が3割、「下学年」が3割となりました。つまり、幼稚部卒業生の7割は該当学年以上で、3割が学年以下の読書力ということになります。ここでいう読書力とは、読字力(漢字の読み)、語彙力(単語の意味)、文法力、読解力を総合したものです。とくに注目したいのは、4年生以上の高学年でも該当学年以上の子どもが半分以上だという点です。

プレゼンテーション38.jpgこれを澤隆史先生が出されたデータにつけ加えてみると右図のようになります。星印を結んだ直線がO校の学年平均の読書学年です。4年生だけは実際の学年を下回っていますが、5年生と6年生はほぼ実際の学年の読書学年に到達しています。すなわち「9歳の壁」である小4レベルを超えているということがわかります。この結果からも「9歳の壁」を超えることが決して絵空事ではないということがわかっていただけるのではないかと思います。

 

 

<まとめにかえて>

 では、このような語彙力・文法力、思考力をつけることは、誰でもできるのかということになると、そこには子どもの本来持っている基本的な力(認知、思考、記憶、他障害の有無等)、家庭の問題(障害認識、親子関係、就労、手話コミ環境等)、学校の問題(指導方針、障害認識、指導力、手話や聴覚障害者の存在等)などが複雑に関係し一概には言えません。大事なことは、常にきこえない子本人を尊重し、その子が楽しくいきいきと生活し学べる環境や関わりをどうやって作るか、そのための努力を惜しまないということはないかと思います。それぞれ一人ひとりの子どもがそれぞれの生き方において意味深く生きられること、それが最も大切なことのように思います。引用した「子育て10か条」を再度見直していただければ幸いです。(2017.4.1)

 

きこえない子は、なぜ、ことばが遅れるか?

       ―語彙の獲得と概念カテゴリーの構築に関する仮説と実践―

                         

2014.1.20

                              木島 照夫

はじめに

 

 きこえない子の多くは日本語獲得の遅れが常態化している。その遅れの実態は、小学生以降の読書力検査や学力検査等によって把握されてきた。しかし、言葉の遅れは、乳幼児期からの言語発達の結果なのであり、幼児期における言葉の遅れを客観的に把握し、遅れを来す要因を解明し、その支援策を示さない限り、根本的な対応にはならない。

そこで、平成19年(2007)より、P聾学校では、幼稚部3歳児(年少組)以降の幼児・児童にJcoss(日本語文法検査)を実施し、それぞれの幼児・児童の語彙・文法力の経年変化を把握してきた。また、同20年(2008)よりは、幼稚部5歳児(年長組)にはWISCⅢ・Ⅳを手話併用で実施し、動作性IQ(Ⅳでは知覚推理合成得点)及び言語性IQ(同言語理解合成得点)を把握してきた。

その結果、Jcossからは、日本語語彙力・文法力は、すでに年少児(4歳頃)において、「語彙獲得の遅れ(少なさ)」として現れてくること、また、WISCからは、年長児(6歳頃)において、「類概念形成の遅れ(「類似」)」「単語・事象に対する言語的説明の困難性(「単語」「理解」)」、「作業記憶(working memory)の遅れ」として現れることを明らかにしてきた。

つまり、きこえない子の言語獲得の遅れは、すでに年少児(4歳)以前(つまり学齢で乳幼児相談1歳児・2歳児クラス)における語彙獲得の遅れとして始まっており、その語彙獲得の遅れを生ずる、根本的な要因は、モノの類似性やモノ・ものごとの関係の類似性に基づく「カテゴリー」構築の不十分さにあるのではないかと考えられる。

そこで、今回、①概念カテゴリーの構築は、きこえる子の場合はどのように進んでいくのか、最近の研究から考察すると共に、きこえない子の手話及び日本語の概念カテゴリー構築の様相をそこに関連づけて考察し、また、②きこえない子の語彙獲得・概念カテゴリーの形成を促していくためには、どのような具体的支援策・指導方法が考えられるか検討する。

 

1.言語の獲得過程はどのように進むのか

 

(1)名詞の獲得過程(0~2歳)

 

○音声日本語の獲得過程(聴児)

 出生前;母語をきき、母語のリズムやイントネーションのパターンが記憶されていく。    

  0ヶ月;母語と他言語を聞き分ける。

  4ヶ月;母音の音素カテゴリーが形成される。「a,i,u,e,o

6ヶ月;子音の音素カテゴリーが形成される。「k,s,t,n,h,m,y

 10ヶ月~1歳;母語の音素カテゴリー分けができあがってくる(rとlの区別はつかなくなる)。リズムとイントネーションから、規則性を見出し、単語と機能語の区別がつくようになる(単語+機能語)(例)「ミルク飲もうか」「ミルク作るね~」「ほら、ミルクよ~」区別された単語が記憶されていく→新しい語を聞いたとき、新出語(名前を知らないモノ)を発見しやすくなる。

1歳~;ことばを聞いても、それが「何を指す」のかは特定の例だけからでは確定できない(「一般化の問題」)。

 2歳~試行錯誤しつつ、単語を特定の状況から切り離して理解できるようになる=形の類似性によってカテゴライズしていく=同じ種類のモノの集まり

 ・物質の名前は?

水、砂、粘土など「形」のない物質でも、物質が同じものを選ぶことができる=基準を変えて「同じカテゴリー」が作れるのかがわかる。

・固有名詞は?

固有名詞もわかる。普通名詞を先に覚えるのは、いろいろな対象に使えるカテゴリーの名前のほうが役に立つことに気づいているから。

2歳~2歳半

  発見した規則性を使って新しいことばの意味を推測し、急速にことばを増やす(「語彙爆発」)→主として名詞。

 

○手話の獲得過程(聾児)

Aに母乳をあげていたら、目が合ってきゃは!きゃはは!と笑ってくれた。ニコニコしている。うれしくなって「ママは手話習っているのよ。学校行ってるよ。楽しいよ。がんばるよ。」と知っている単語は手話で話しかけた。そうしたら、いつもは割とそっぽ向いていてむなしく手話が空を舞っているのに、この時はじーっと手の動きを見ていた。(6ヵ月)

●写真カードが大好きで、先生が出てくるとここ2,3日は「先生」とやる。午後からスーパーへ買い物に行く。家を出る前に「○○へ買い物だよ。」とやり、着くと「○○に 着いたよ。」とやると写真を指さし、「ア!」。次に,○○の看板を指差し「ア!」と言う。「そうね。同じ。同じね。○○だね」と言う。(1歳2ヶ月)

●いつも通るお花屋さんの前でのできごと。窓辺に飾ってあるくまの人形が大好きで、目の前を通るたびに満面の笑顔。くまの手話をする事が日課だったのだが、おばあちゃんと一緒の今日は散歩中ず~っとおばあちゃん専属のガイドさん。例の水がなかった噴水から、池の鯉、電車と、まぁよくしゃべる。(手話)そうこうしていると、Bがテディーベアのコーナーの近く(数十メートル離れていて、そんな所からじゃ見えない場所)からくまの手話。やたら高い所から両手を振りおろすB。何をそんなに興奮しているのかすぐにわかり、「あそこにテディーベアがあるんだよねぇ、B」と手話で話しかけると、笑顔いっぱいでおばちゃんの手を引っ張り花屋まで連れて行き、「ばあちゃん、あそこ(指差し)テディーベア(両手を胸の位置でクロス)ある(高い所から両手を振り落とす)」とお話。(1歳3ヶ月)

●いつもの噴水に「みずが ない!」のサインを送るC。おぉ!ほっぺに人差し指をつけるのはwaterの手話か!と納得しながら感動!「な~い!」と大げさにサインするCにまた感動!そして、同じことを繰り返す大切さを学ぶ。この日は何度も何度も噴水の話題を持ち出していた。(1歳3ヶ月)

●TV「いないないばあ」を見ていたら、バスが出て、「あ!」と本棚を指して、「本!本!」と言っていたので、もしかして、乗り物の本かな?と渡したら、開いて「あ!」と声を出しました。「あ、これ同じだね。バスだよ~」と会話しました。(16か月)

●寿司屋の大きな水槽に魚が泳いでいたので、そこで魚の手話を覚えさせたところ、ヨーカ堂の鮮魚コーナーで切り身のサバを買ったら、「魚、魚」と手話していた。(1歳9ヵ月)

Dが「しまった」の表現をよく使う。哺乳ビンが落ちて「しまった」、本が落ちて「しまった」。落ちる=しまった、と思っているらしい。(1歳10ヵ月)

Eが最近質問することが増えてきた。「木、葉っぱ、ロッカー、門・・」片っ端から目にしたものを指さしできいてくる。(2歳3ヵ月)

 

☆手話の発達に関して

①手話が意味を持っているらしいと子どもが気づくのは生後5~6ヶ月頃。

②座位がとれて手が自由に動く0歳後半で、自分からも手を動かすようになる。

③手話での「同じ」の概念の獲得は1歳前半。きこえる子も「同じ」の認識はあろうが、構音器官の発達が追いつかず、発語は困難。手の動きの発達のほうが早い分、手話での表出も早い。

④「形の類似性」から類推し、1歳9ヶ月児は「切り身」を「魚」と手話(推論による語彙獲得)。また、1歳10ヶ月児では「落ちる」(動き)=「しまった」などの言い間違いも音声言語同様に生じている(単語を何に適用するのかという「一般化」の問題)

                                    

(2)動詞の獲得過程

○音声日本語の獲得過程(聴児)

2歳~;・動詞の獲得は?

単語の形態の気づき ・名詞は変化しないが動詞は変わる。

「~た(ちゃった)」「~ている」「~ない」「~ます」などの文末がモノの名前でなく、動きの名前であることに気づくようになる。

・「~ている」で終わることばは、動きの名前であると理解している。

・モノが変わると、動作が同じでもわからなくなる。→特定のモノでする動作と理解。

動詞が動作に対応していることがわかる。

・「あげる」「もらう」「くれる」の理解

「AがBにプレゼントをあげる」「BがAにプレゼントをもらう」「Aが私にプレゼントをくれる」

→動詞の意味の理解には、文の構造の理解が必要。

・どの動作・行為を「同じ」とみなすか?~いくつか知っただけでは難しい。「持つ」「担ぐ」「抱く」「背負う」など、その動作の一連の「似た」動詞を知ってそれらの関係を整理して、はじめて正しく使えるようになる。

・オノマトペ~「ポーンする」「チョキチョキする」「「モシモシする」・・意味が感覚的にわかる。動詞の代わりに使って文を作る。

 

○手話の獲得過程(聾児)

●オムツ一丁で遊んでいたFが、「ズボン、はきたーい。」(手話+音声)。「Fのズボンはここにあるよ、これをはいたら?」と言うと、自分で履いていた。履けると、今度はズボンの前後を確認して私の顔を見る。「マーマー、ちがう?大丈夫?」。私が「大丈夫だよ、ちゃんと履けているよ。上手に履けたねぇ」と手話で答えると「大丈夫ねー?」と言いながら満足そうでした。は最後まで自分でできてうれしそうでした。(2歳2か月) 

●キッチンにいると、Gが「いっしょ、ご飯作る」と。自分のおもちゃのキッチンと忙しそうに行き来する。本物の人参を見せると、本物とおもちゃの人参を両手に持って、うれしそう。「ママの人参、どっち?」と聞くと、「はい!」とおもちゃをくれる。包丁で切った真似をして、「切れないな~」と言うと、本物をくれた。・・・少しのシーンで、イメージの手話が一気に思い出されるようで、夜、食事の準備を始めると、私に「ご飯作る。グツグツ。パパ家に帰る。車でブーッ。お仕事終わり。テレビ触るとパパ怒る。こわ~い。メッ。」とどんどん話が広がって来るが、一気に手話で話し始める。私もそうそう・・・ってうなずきながら聴いている。そして、何か手話で付け足そうとすると、手を押さえられ、「自分で!」と一人で話し始める。そんな時は、ただただ聞いてほしいらしい。しまいには、「ママ、新聞読んでて!」と指示。(2歳5か月) 

●「お風呂に入ろう」「お風呂洗ってくるね」などは話していても、お風呂がお水からお湯になることも説明しなきゃいけないと気づき、「お風呂をわかそう。今は水で冷たいから暖かくしなきゃ。スイッチ入れてこよう!」と言うと、大きくうなづき、台所に行ってガス台のスイッチを触っている。お風呂のスイッチは教えたことがないが、「お風呂」「煮る」という手話で「お風呂をわかす」を表現したので、「煮る」の手話を見てガス台へ行ったのだろう。いろいろ話したり、教えたりすることは多いなあと気づいたと同時に、断片的な情報から想像をふくらませて行動するRにも感心した。(2歳8か月 )

 

☆手話・動詞の発達に関して

①2歳を過ぎると手話の動詞も盛んに使うようになる。

②動詞は2~3語文で使われている。ただ、保護者の記述からは、動詞の過去や現在の時制、主語の表示などは不明。

 

(3)形容詞、「色」「位置関係」の獲得過程

 

○音声日本語の獲得過程(聴児)

「仲間づくり」をすると子どもはモノの特徴によく気づく(例「赤いモノ」「縞模様のモノ」など)。しかしモノの特徴の名前は覚えるのは遅い→1歳代で名詞9割、形容詞は1割未満。

・4歳くらいまではそのモノの名詞を知らないとそのモノの特徴に名前を付けられない。

・モノの性質は、モノと切り離さないと学べない。

・感情や味覚は直接経験できるが、モノの性質は、それがどの特徴をいっているのか判断が難しい(色、形、模様、感触、重さ・・)

・くっつく名詞によって変化する。

(例)「背が高い」「値段が高い」

・比較の基準が相対的

・いろいろな性質の強弱や大小を表すことばがある→対概念を表す言葉の共通性に気づく

 

☆色の名前の獲得

・色を見分けることはできる{これと同じ色さがして}。

しかし、「これは何色?」は難しい。色の境界をみつけるのは難しい(赤―オレンジーピンク)→自分の言語による色空間の地図を学習するのと同じ。大人が日常的に使う色の名前を身につけるには何年もかかる。

☆位置を表す言葉の獲得

・自分の体の前、後ろがわかる。

・車など固有の前のあるモノの前後がわかる

・「人形の前にボールを置いて」が確実にできるようになる

・「人形の左にボールを置いて」がわかる

「Aちゃんのは、ママと同じ所にあるよ」

→同じ色のモノを捜す。モノとモノの「関係が同じ」ことにまだ気づかない。

→関係を表すことばを使って位置関係に着目させることが大事。関係の類似性・同一性

 

○手話の獲得過程(聾児)

●朝食べたヨーグルトがこぼれたままになっているのを見て、眉間にしわを寄せて「汚い」サイン。その後、ガーゼを自分で見つけ、持って、ふいて「きれい」サイン。とても、満足そうな顔。(1歳8ヵ月)

●お風呂に入っていた時、私と姉とHで湯船につかっていたのですが、Hが「早く頭洗って!」とサイン。姉はイジワルく「ゆっくり入ろう」とサイン。するとHは、「早く、早く!」。「早く」サインは今日初めて使っているのを見ました。(1歳11ヶ月)

●トッポというお菓子を使って、ママ「Iちゃん、これ長~いね。」折れているトッポを見つけて「Iちゃん、これ短~いね。」と教えながら、長いトッポを渡したら、Iは「ママ、これ、長ーい」と言って食べました。次に、短いトッポを渡したら、「ママ、これ、短~い」と楽しそうに食べました。数を教えたり、大きい、小さいもわかってきました。(23か月)

●扇風機が突然壊れた。ママ「扇風機こわれた。止まっちゃった。」J「???」慌てている。手の動きが速い(笑)ママ「何??」Jは走って違う部屋へ。ついていくと、古い前に使っていた扇風機の所で私に「交換、交換」と手話。ママ「扇風機こわれたから、これと交換するのね!すごーい。よくわかったね」Jは壊れた扇風機を指して、「古い、古い」  (3歳4か月)

●裏庭に行って雪を触って「冷たい!」をして戻ってきたKが、今度はKの座椅子に座る猫を相手に雪についてお話を始め、冷たいだの、雪が降っているだのと伝えていた。伝え終わると椅子をひっくり返して猫をどかし、椅子を戻すと「おも~い」と何度もサイン。(2歳2ヶ月)

●補聴器屋さんに行ってきました。そこには色々なマグネットがあり、Lは祖母に手話で色を教えていました。「赤、青、ピンク、黄色、オレンジ、緑、茶色・・」。(111か月)

●時間にゆとりがある時は、「テクテクあんよしていこう!しゅっぱーつ」のかけ声で出かけます。歩かないとできない会話がたくさん生まれます。今日は"黄色の色探し"Rから始め、ポスター、電車、ポール、お花、缶ジュース、スーパーのかご・・教えきれないほどの"黄色"に出会い、二人でびっくり!お散歩は楽しいね。寒いけど(笑)(23カ月)

☆カタログ

●生協のカタログを見ているとLが興味を示しました。それから野菜飲み物などの雑貨を見せると意外にも手話もまねしてくることを発見。古いカタログを持ってきて、ペンで囲いながら「きゃべつ」「にんじん」など教えてみました。最後にビリビリ遊びをして大爆笑。今度は、カードを持ってお買い物に行こうと思います。(2歳3か月)

Mは、手話で2歳後半頃「これは何?」とよくきいていた。その後、3歳過ぎに何があったのか状況を聞くために「何?」を使っていた。3歳半になって、Mのママが満面の笑みで「自分が作ったことば絵辞典の意味が分かった!」と興奮したように言っていた。今は、名前が知りたくて、ご飯も進まないぐらい野菜いろいろなもの文字・指文字(日本語)できいている。(3歳6ヵ月)

 

☆手話・形容詞・色・位置関係の発達に関して

①形容詞や色の言葉は、2歳頃より使うようになるが、これも語尾変化などは不明。

②モノとモノとの関係を表す位置表現は、保護者の記録には記述が見あたらなかった。

 

 

(4)基礎語・基礎カテゴリーから関係性のカテゴリーへ

 

☆手話での概念の発達に関して

①モノの名前に関する上位概念の分類カテゴリー

これは保護者の記述にもある程度は存在する(「野菜・果物・飲み物・魚など」。手話でのラベルは限られていることや1~3歳代という発達的な問題からか、あまり記述はみられない。

②関係性が含まれる語彙 

これについても3歳代までの保護者の記録には、記述はみられなかった。

 

 

2.考察

 

(1)語彙の習得と類推能力について

単語の意味は、一つの単語だけでは決まらない。語彙という全体的なシステムの中で、他の単語との関係で決まってくる。しかし、だれでも始めからそのような全体構造をもっているわけではない。きこえる子どもは、1歳代の単語獲得数がわずかの時期に、それらの語彙の要素間に共通するパターン(規則性)を見出すことで語彙を拡げていく。例えば、名詞であれば、「形」の類似性に着目することで「わんわん」「にゃんにゃん」といった語を獲得する。あるいは、形のない物質であれば、その「材質」の類似性に着目し、「水・牛乳・砂糖・砂」といった語彙を獲得する。さらに、動詞では行為や動作自体の類似性(「歩く・走る・座る」)、形容詞であれば、そのモノの状態や性質の類似性(「大きい・新しい・赤い」)に着目することで語を獲得していく。こうした事実から、語彙獲得に最も重要なことは、語彙獲得を可能にする「類似」「類推」(analogy)能力の有無であることがわかる。

では、この点においてきこえない子はどうであろうか? WISCⅣには、言語理解(言語性)の下位検査として「類似」が配置され、知覚推理(動作性)の下位検査としては「絵の概念」(ITPAでは「絵の類似」)が配置されている。しかし、語彙獲得が困難な幼児においては、一般的に前者は低い(例「バナナとリンゴはどこが似てる?同じ?」)。しかし、後者の「絵の概念」では殆どの子に遅れはみられない(知的障害を併せ持つ子を除いて)。このことから、例え言語性「類似」ができなくとも、類推能力それ自体は持っていると考えてよいと思われる。したがって、問題は以下の点であろう。

 

①基礎語・基礎カテゴリーは、手話でどのように獲得されるか。また、日本語ではどのように獲得されるか。

 

②手話で獲得された基礎語・基礎カテゴリーは、どのような「同じ」(機能・用途・材質・言語・抽象的な関係性など)という観点から分類され、概念カテゴリーとして習得されるのか。また、日本語ではどうか。

 上例のような階層性のあるカテゴリーが着実に構築されていけば、そのカテゴリーを使ってさらに抽象的な概念を習得することができる(「りんご→・・・→農産物・農業・特産品・食料自給・貿易・輸入→・・・TPP」、「名詞・動詞・助詞→・・複文・受動文」)。

  PP.pptx

 

 

 

しかし、WISC「類似」に課題をもつ子どもたちは、「バナナ」「リンゴ」(基礎語)は手話や日本語で名前がわかっていても、その類似点を問われて、「食べ物」「食べる」「果物」という共通の(名前のつく)概念カテゴリーがわからなかったり知らなかったりする。仮に「果物」はわかっても、さらに「ちょうちょーはち→昆虫・虫」「タイヤーボール→丸い・回る」「電車―バス→乗る・運ぶ・乗物」「クレヨンー鉛筆→書く・文房具」など、目に見えるモノであっても、様々な概念カテゴリーがことばとして習得されていないことが多い。

したがって、こうした子どもたちに必要なことは、生活の中で経験したことを言語化していくと同時に、ターゲットとなるモノ・ものごとについての概念カテゴリーを視覚的に理解できるように工夫することが必要である。そうした視覚的な構造化によって、ことばによって世界を切り分け、整理していくことができることに気づかせることではなかろうか。ただ、上図でもわかるように、手話だけでは切り出せないカテゴリーがある。これについては、指文字や文字などの日本語を習得し、カテゴリーを示す必要があろう。

 

(2)関係概念の習得と類推能力について

 基礎語・基礎カテゴリーがある程度構築されると、モノとモノとが「同じ」という、モノ同士の直接的な共通点だけではなく、モノ同士の「関係が同じ」という関係の類似性・同一性にも目を向けられるようになる。但し、そのためにはことばが必要である。例えば、今井が伸びている「カラーボックス」の「同じところにシールが入っているから探して」という問題において、3,4歳の幼児では、色を手掛かりに探していたが、「上」とか「真ん中」といったことばを用いることで、そのモノではなく、モノ同士の位置関係に着目できるようになる。つまりモノ自体への認識から、さらに抽象的な関係の認識へと目が向けられるようになる。

 しかし、0~3歳代までの保護者の記録(500)の中には、そのような関係性の認識に関わるような記述は見出すことができなかった。関係をあらわすことばは、3歳代までのきこえない子どもの生活の中では、ほとんど使われていないのかもしれない。

 「見た目も性質も全く違った」モノ同士を、「同じ」とみなすことは、幼児にとっては簡単なことではないが、そこにことばが存在することによって思考が可能になる。例えば、「錠:鍵」と同じ意味を持つのは「ペンキ缶:刷毛か缶切りか?」の問題では、鍵が「開ける」ということばが手掛かりになる。このようなモノとモノの関係を考えるときにはことばが必要になる。Jcossにおける「位置詞」「比較文」「受動文」などの通過率の低さつまり文理解の躓きの源をだどると、こうしたモノとモノの関係の言語化に行き着く。従って、

幼児期においても、生活の中での会話で、用を足して終わりではなく、思考を深める会話をする必要がある。例えば以下のような配慮である。

 

a.ことばを使って順序立てて考えさせる

(例「はじめに~、次に~、そして~、おわりに~」)

b.因果関係や理由を考えさせる

(例「~だから~になった。」「~になったわけは~」)

c.予想したり、仮定して考えさせる

 (例「~だから、~だろう」「もし~だったら?」「例えば~」

d.問題解決の方法を考えさせる

(例「うまくいかなかったのはなぜかな?」「どうやったらできるかな?」)

e.共通点や相違点を考えさせる

(例「牛と馬とはどこが同じ?」「じゃ、牛と人間は?」)

f.空間、位置、比較、数量、時間などをあらわすことばを使う。

  (例「上から二番目」「車の左側」「半分まで入れる」「3つに分ける」「2つずつ配る」

 

このように考えてみると、きこえない子も基本的にもっている「類推」能力を駆使し、「基礎語・基礎カテゴリー」という語彙習得から、複雑に構造化していく概念カテゴリーを構築していくこと、また、習得したことばを使って関係カテゴリーを構築していくことが必要であり、それは発達早期においては手話を用い、やがて日本語をも駆使しながら思考を重ねることで、豊かな「心的辞書」(mental lexicon)を作り上げることは、十分、可能性のあることではないかと思われる。

 

【用語説明】

『カテゴリー』・・・「イヌ・ペット・動物」(名詞カテゴリー)、「食べる・飲む」(動詞カテゴリー)、「大きい・白い」(形容詞カテゴリー)、「前・後ろ・上・左」(位置関係カテゴリー)など同じ種類のモノ・動作・状態・材質等の集まり。固有名詞はカテゴリーではない。「同じ」という共通の特徴を抽出して、「世界を切り分ける」重要な概念。

『基礎語・基礎カテゴリー』・・・「形態素」と同義。これ以上、分割・分類できない基本的な語。「イヌ・りんご」など。このようなモノのカテゴリーは、モノをまとめる抽象度の度合いによって階層的に構成されている。(「プードル<イヌ<ペット<ほ乳類<動物<生き物」など)「ワラシ・イナダ・ワラサ・ブリ」

『心的辞書』(mental lexicon・・・人は、頭の中(記憶)に何万語も載っている「辞書」をもち、その辞書に収められた情報(単語の音・意味・文中での使用法、視覚・聴覚イメージ、感情など)を駆使して、人の話を理解し、人に伝え、文を読み、書いたりしている。それら掲載された語彙は、互いに関連づけられた構造をもった集合体(システム)であると考えられる。きこえない子どもの多くは、そこに収録された語彙の量も少なく、構造も単純で、読み書きや抽象的な思考をするには、十分とは言えないと考えられる。

 

【参考・引用文献】

今井むつみ『ことばと思考』岩波新書(2010

同  『ことばの発達の謎を解く』ちくまプリマー新書(2013)

 

*なお、上記の仮説に基づいた実践例は、今回は割愛する。

 

はじめに

 

 日本語力の厳しい子どもにも、聴児用につくられた教科書(検定本)をそのまま使いたいという願いは、理解できないことではありません。しかし、その子どものもっている日本語力を無視しては、本当に教科書の内容を理解し、自分で読む力を育てることにはつながりませんし、内容がわからなければ子どももやる気を失います。

そこで、よく行われる方法は、その子どもが理解できる程度の易しい文に書き換える方法(リライト法)です。この方法は、挿絵など教科書の基本的な体裁をそのまま残したり、単元のねらいを残しつつ子どもの日本語力に合わせるという点で確かにメリットがあります。しかし、物語文など文学的な作品においては、勝手に文章を書き換えることは簡単にはできません。といって、そのままの文章では、語彙力・文法力などに限界がある子にとっては、「読み聞かせ」の域を出ない学習教材になりかねません。

 では、リライトしないで自分の力で読める程度の文に変える方法はあるのでしょうか? 実は、あるのです。それは、ひとつひとつの文を基本文型に戻し、修飾語句を省いて、文を2~3語文のシンプルな単文にするという方法です。

この方法は、会話文などを除いてほとんど書き換えはしません。

基本文型とは、いくつかの決まった文型のことで(『きこえない子のために日本語チャレンジ!第2章文のかたち(P49~)』参照)、格助詞は、「が(は)、を、に、と」という4つしか使いません。そして、実は、文のほとんどは、この基本文型でできています。ですから、基本文型さえしっかり指導しておけば(動詞・助詞を含みます)、子どもたちは、その範囲で、自分で文を読み、その内容を理解することができます。以下、国語教科書(学校図書)小2年(上)『ヤマタノオロチ』を例にして、基本文型を用いた指導方法を紹介します。

 

1.教科書の原文

(但し、ここでは漢字使用。省略されている語は〈 〉で表示した)

 

ヤマタノオロチ 木坂涼  

(第1段落)

 ①天の、高天の原を追われたスサノオノミコトは、下界の、出雲の国のとりかみという土地に、やってきました。②そこには、斐の川が流れていました。③「さて、どっちへ行ったものか。川上か、川下か。」④〈ミコトが〉迷っていると、川上から箸が流れてきました。⑤「箸が流れてきたということは、川上に誰か住んでいる証拠だ。」⑥そこでミコトは、川上に歩いて行きました。

 

(第2段落)

⑦〈ミコトが〉しばらく行くと、立派な屋敷がありました。⑧〈ミコトが屋敷の中を〉見ると、おじいさんとおばあさんと娘が、泣いています。⑨「どうして〈あなたたちは〉泣いているのですか。」⑩ミコトが尋ねると、おじいさんが応えました。⑪「私は、この国を治めるオオヤマツミノカミの子で、アシナヅチと申します。⑫妻はテナヅチ〈と申します〉、娘は、クシナダヒメと申します。・・・」

 

「証拠」「屋敷」「追われる」「治める」など少し難しい語句もありますが、それほど沢山あるわけではありません。しかし、日本語の語彙数が1,000語に満たない子たちにとっては、わからない言葉はこれだけでは済みませんし、助詞もよくわからない、文には語の省略がある、重文・複文になっている・・・などわからないことばかりで、挿絵と教師の説明なしにこの文を自分で読みとることはできません。

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2.文を基本文型に変える

 そこで、文を子どもにも理解できそうなシンプルなかたちにします。基本的な構造と限られた助詞の2~3語文です。文末が動詞で終わる基本文型は、以下の5つになります。

 第Ⅰ文型「~が(は)+動詞」

 第Ⅱ文型「~が(は)~を+動詞」  

 第Ⅲ文型「~が(は)~に+動詞」

 第Ⅳ文型「~が(は)~と+動詞」

 第Ⅴ文型「~が(は)~に~を+動詞」

 *もう一つ「~は~が+動詞」も、よく使われますし、実際、この単元にも使われています(ここではとりあえず第Ⅵ文型としておきます)。

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では、本文を基本文型にしてみます。

 

(1)模造紙に書いて黒板に貼り付けた第一段落の文を一緒に読んだあと、「文の区切り(句点)の前にある動詞はどれ?」と、子どもにそれぞれの文の「述部」にある動詞を探させます(動詞の語尾変化(活用)は、それとして学習する必要があります)。動詞を見つけたら、緑色ベース型に塗ります。(ここでは二重下線で表示)例を示します。

①「天の、高天の原を、追われた スサノオノミコトは、下界の、出雲の国のとりかみという土地に、やってきました。」

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2)次に、述部の動詞に着目させます。①の文では「やってきました」に着目させ、「やってきただけではこの文は何が言いたいのかわからない。いったいだれがやってきたの?」と問います(これが動詞「やってきました」に必須の「情報」です。)子どもは「スサノオノミコト」と応えるでしょう。これで基本文型はできあがりです。述部の動詞に必須の情報をみつけるだけです。 

→「スサノオノミコトやってきました

 

これが、①の文のバックボーンになっている基本文型です。しかし、これだけではまだどこか説明不足の感じがします。「どこにやってきたの?」と尋ねたくなります。それは「が」ではなく「は」が使われているからです。もし「スサノオノミコトやってきました」であれば、それはそれで完結した文です。ところが、「は」は、「~について言えば」という意味があるので、この文は「スサノオノミコトについていえば、やってきました。」となって説明不足の文になるからです。そこで、この文に、「どこ」という部分を入れてみます。

 

→「スサノオノミコト、下界の、出雲の国のとりかみという土地やってきました。」 

 

「下界」「出雲の国」の「の」は、「とりかみという土地」を説明するための「の」ですから基本文型には関わりありません。また、これではまたまた文が長くなってしまいます。そこでこの部分を省いてみます。そうすると、以下のようになります。

  

→「スサノオノミコトとりかみという土地やってきました。」

  

 これが①の文の基本文型です。そして、この文の助詞「に」は、行き先を表す「に」です(助詞の指導は、それはそれとして必要です)。

 

(3)以下、同様に、それぞれの文を基本文型にしていきます。文中にある「は」「が」「に」「と」といった基本文型に必要な助詞とその前にある名詞をさがして、名詞は黄色長方形、動詞は緑色ベース型、助詞はそれぞれの助詞記号の形に色を塗ります。

 

②③の文では、以下のようになります。(ここでは下線だけで表示)

 

②「そこには、斐の川 流れていました。」(第Ⅰ文型)

    →「斐の川 流れていました。」

 

③「『さて、どっちへ(=に) 行ったもの(=行こう)か。川上か、川下か。』」(第Ⅲ文型) →「どっち 行こうか?」

 

現代においては、「へ」は方向性を示す用法として「に」と区別して用いられますが、基本文型として考える時は「に」を用いることにします。また、「行ったものか」も、基本文型では「行こうか」としておきます。

 

3.抽出した基本文型を別の模造紙に書いて整理する

それぞれの文から取り出した基本文型を別の模造紙に書き出します。本文の段落は、原文の半分くらいの長さになり、これなら子どもも負担なく読むことができますし、本文の要旨を読みとることができます。そして、この基本文型を使って、動詞の活用や助詞の用法などがまだ理解できていない子どもに教えることもできます。

詳しい内容を知りたいときや作品の鑑賞をするときは、本文にかえって読むことになります。

oroti5.jpg.jpg 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4.子どもに「基本文型ワークシート」を書かせる

また、子ども用の「基本文型ワークシート」を用意して、子どもにも書かせます。名詞は黄色、動詞は緑、助詞は赤などで色分けすると、品詞の分類と文の基本構造が視覚的・構造的によくわかるようになります。

このような方法で、長くて複雑になっている教科書の文を2~3語文のシンプルな形にまとめることができます。

  oroti6.jpg.jpg

 

 

 

 

―ある聾学校におけるJcoss等の5年間の検査結果より―

2011.3 木島照夫

はじめに

聴覚障害幼児・児童の言語発達について、客観的に測定できる標準化された検査は少ない。
ここでは、JcossおよびWISC知能検査を用いて数年間測定してきた結果から、ことばの力を伸ばすための対応について考えてみたい。
(*図表等は一部省略した)

 Ⅰ.Jcoss(日本語理解テスト)における実態と課題

*Jcossの概要については、末尾資料参照

 

第1章 就学前幼児(3~5歳児)
1.語彙チェック及び本検査のまとめ
jcoss001.gifのサムネール画像

(1)幼児全体
①平成22年度における幼児26名についてJcoss語彙チェックの動詞・形容詞正答率と本検査通過項目数をlクロスしてみたところ、動詞・形容詞の語彙数と通過項目数とがよく相関していることがわかった。(γ=0.88)
②語彙チェックの動詞正答率100%の幼児は、いずれも通過5項目以上で、「語連鎖(2~3語文)」または7項目以上通過の「文法段階」に達していること。
また、動詞正答率100%に満たない正答率の幼児はいずれも「単語」レベルにとどまっていることから、語彙とりわけ動詞の語彙数の多少が文の文法的読みの力につながっていると思われた。


第2章 就学後児童
1.Jcossでみた、日本語文法指導の成果と課題
(1)小3~6年(中・高学年)
・19年度から23年度の4年間のデータを総合したところ、Jcoss平均通過率は19年度48%から23年度76%に上昇、聴児との通過率の差は、41ポイントから13ポイントにまで縮まっていることがわかった。

jcoss001-1.gif jcoss002.gif・項目ごとにはなお聴児との差がみられる項目がいくつかみられ、その特徴は以下の3点であった。
jcoss003.gif上記項目は、いずれも複数のもの(ことば)があって、それらの関係を表しているのが特徴である。

jcoss004.gif~対応~
★「位置詞」「比較表現」「受動文」の指導はデジタル教材の利用が効果的!
★構文の指導には品詞カードを用いるのが効果的!

jcoss005.gif
                                                                                                                                 (2)小1~2年(低学年)
低学年は、21年度までは、目立った成果はみられなかったが、この2年間で一気に聴児との差が縮まった。
ただ、25ポイント以上差がある項目は 12項目と半数以上に及ぶ。
jcoss005-2.gif jcoss006.gif

・項目ごとにみると、高学年で差のある項目に加え、さらにいくつかの項目で聴児との差がみられる。
jcoss0007.png

~対策~
★「格助詞」の指導は、「助詞記号」による指導が、児童にわかりやすく効果的!
★構文の指導は「品詞カード」の利用が効果的!

jcoss0008.png
第3章 これまでの検査をまとめてわかったこと
1.幼児(H19年度~H22年度)の就学以降のJcossの伸び
 平成19~22年度に実施した児童62名の結果から、下記の3つの群に分類した。

(1)年長時「単語レベル(通過0~3項目)」の子たち(L群)
知的にやや厳しい子も若干含まれるが殆どはWISC動作性IQでは大きな遅れのない子である。                                                                                                                  幼稚部3年間で日本語はJcoss「単語」レベルの習得にとどまった子たちで、小学部以降にも伸びてはいくが、高学年段階でも聴児小低レベル(発達水準4)にとどまる子が多い。
語彙の獲得数が非常に少ないことが大きな要因と考えられる。
jcoss0009.gif (2)年長時「単語連鎖(4~6項目)」の子たち(M群)
この子たちは、幼稚部前半で日常生活レベルの基本的な名詞・形容詞・動詞を習得し、後半で非可逆の2~3語文が理解できるレベルに達した子たちで、多くは中学年で聴児小低レベル(発達水準4)に到達している。
jcoss0010.gif (3)年長時「文法レベル(7項目~)」の子たち(N群)
この子たちは、年少段階で単語連鎖レベルに達し、年中・長段階で基本的な助詞を身につけ、年長時には、文法(基礎)段階に到達している。
その後の伸びも比較的順調で、小3年でほぼ聴児の中・高学年と同等の発達水準6に到達している。全体の4割ほどがこのレベルの子たちである。
jcoss0011.gif(4)3つのグループ(L・M・N群)のJcossの伸びの比較
上記3つのグループの通過項目数の平均を比べてみると、下図・表のようになる。

jcoss0012.gifこれをみると、幼児期からの通過項目数の差は小学部に入っても縮まっていない。
例えばN群では小1終了時に12.7項目通過だが、これと同程度に達するのは、M群では小3終了時、L群では5年終了時であり、それぞれの群間にはほぼ2年ずつの開きが生じている。
つまりL群の子がN群の子の幼稚部修了時のレベルに達するには小学部入学後4年間かかっていることになる。

 Ⅱ.WISCⅢ知能検査による検討

1.4年間の年長児(30名)のWISC結果から
(1)全体的な状況
① 30名のうち25名(84%)はPIQ90以上である。
PIQ85以上で見ると95%は動作性ノーマルである。
つまり、WISCが実施できる聴覚障害幼児のほとんどは、「目の前にある具体的なもの(課題)を視覚的・動作的に解決できる力」を聴児と同じようにもっていると言える。
別の言い方をすれば、目前におかれた操作課題の「具体的論理構造」を自分で発見し、解決する能力があるということである。
しかし、これは「モノ」に対しては言えても、「言語(日本語)」についてはそうではないところが課題である。
② PIQ85以上29名のうちVIQ90以上は14名(48%)で、残りの15名(52%)はVIQ90未満である。
動作性ノーマルな幼児のうち半分は、言語性に課題をもっている子たちで、この子たちは自分がもっている言語やかずの概念的知識で、与えられた言語的課題を解決することが困難であり、その要因の解明と手立てを見出すことが、我々の最重要の課題ということになる。
③Jcoss単語レベル(L群)は8名、単語連鎖レベル(M群)は4名であるが、これらL・M群14名中12名(85%)はVIQ90以下。
つまり、L群とM群のほとんどの子は、語彙力や文法力が不足しているだけでなく、WISC言語性IQすなわち「頭の中にあるかずやことば(とくに日本語)の操作能力」に課題をもち、また、作動記憶容量など語彙習得の前提として必要な基礎的な力にも課題をかかえている子たちと考えられる。

(2)3つの群の動作性・言語性IQの比較
L・M・N3群のIQ平均値の差をみると図のようになる。

jcoss0013.gif動作性IQにおいては、聴児とも、また、聾児の3つの群間にも統計上の有意な差はない。
しかし言語性IQにおいては、N群とL群・M群すなわち文法レベルの子と単語・単語連鎖レベルの子の間に有意差がみられる(P<0.01)。
そこで、言語性IQにおいて差の生じるN群とL・M群とでは、どのような検査項目で差が出るのか、WISC下位検査の評価点で比べてみた。

(3)L・M群とN群との評価点の比較
① 動作下位検査評価点の比較
jcoss0014.gif動作性においては、どの下位検査項目においてもL・M群(単語・単語連鎖レベル)とN群(文法レベル)の評価点に差はみられなかった(P>0.05)。
両群を合わせた動作性の全体的な特徴として、日常の事物の観察力を求められる「絵画完成」が評価点11.1でやや高く、次に抽象的図形の再構成を求められる「積木模様」が10.6と高かった。
一方で、物事の時間的な順序、因果関係や本質の理解が求められる「絵画配列」で評価点9.0とやや低かった。
②言語性下位検査評価点の比較
jcoss0015.gifa.文法群(N群)について
N群の言語性評価点は左表のように9.8でほぼ聴児平均値である。
下位検査を個別にみると、最も高いのは数唱で12.4。
短期記憶(作動記憶容量)が高いのが特徴。
音韻や文字の記憶がよくできることを示唆している。
次に高いのは知識で11.9。
まわりのものやできごとに関心を持ち、よく知識を吸収していることが伺われる。
反面、やや低いのが理解で8.3。
この項目は、日常的な出来事への対応の仕方や道理、ルールなど様々な経験の中での問題解決能力が問われる。
b.単語・単語連鎖群(L・M群)について
L・M群の平均評価点は、動作性でN群との差がないのに比べ、言語性では平均評価点5.9で、N群とは評価点で約4点もの差がある(手話での回答を認めている「理解」を除く他の5項目でP<0.01の有意差あり)。
項目別にみると以下のような特徴がみられる。

類似
下位検査の中で最も低く評価点4.3。
N群との差も4.5項目と最も差が大きい。
この項目は、二つのものの共通した性質、特徴、概念を取り出し、かつそれを日本語で表現できる力(例Q「ねことねずみはどこが似ているか?」A「ひげがある」「(両方とも)動物」など)が問われる。
二つのものを比較判断し、共通性を抽出できる概念的な思考が含まれ、一つ一つのものの名前がわかる段階(「ねこ」「ねずみ」)から、それらのものの性質や特徴を抽出して言葉(日本語)で応えたり(「ひげ(がある)」)、より抽象性の高いことば(「動物」「生き物」といった上位概念)を日本語で身につけていることが必要。
このような概念化・構造化ができることは、言語(日本語)の構造を理解する上で極めて重要であり、ばらばらに存在している言葉(単語)をある構造の中でとらえ、記憶にとどめやすくできると考えられる。
また、ものとものとの関係性、ことばとことばの関係性を把握できる力につながる。
この項目の低さは、L・M群が単語を記憶し増やしていけない特徴ともつながっていると考えられ、「言語によって」モノや人や出来事などの「関係性」を理解する上での障害にもつながっているように思われる。
単語
次に低い項目で評価点5.4。
この問題はことばでことばを説明したり定義づけたりする問題である(Q「ぼうしってどんなもの?」。
A「外に行くときかぶるもの」)。
そのもの(単語)を日本語で知っているだけでなく、ことばを操作して、ことばでことばを説明できる操作力・表現力はまだ十分でないと思われる。
理解
評価点6.0
生活・遊びの中での多様な経験の有無、そこから培われる問題解決能力の不足である。
経験したことの言語化(コミュニケーション)そのものが不足していることがうかがわれる。
算数
評価点6.1
「数のイメージ」「数の操作」の不足(例:4つのおはじきを見せ、そのうちの3つを掌中に隠し、1つを見せて隠れたほうのおはじきの数を尋ねても答えることができない)や「数の活動の言語化」(例「1つと2つで合わせていくつ?」など)の不足などがある。
数唱
評価点6.6
この項目もN群との大きな差(マイナス5.8)がみられる。
短期記憶だけでなく長期記憶も含めた作動記憶容量(ワーキングメモリー)の少なさを示しており、日本語語彙がなかなか身につかない大きな要因となっていると考えられる。
知識
評価点7.6
知識の少なさはコミュニケーションや言語活動の不足が考えられる。
近所の出来事、テレビのニュースなど様々な話題や経験を通して、関心を拡げ、さまざまな知識を増やしていく必要がある。

(4)WISCにみられる言語的思考力の弱さをどのように克服するか?
WISCの結果からわかることをまとめると、L・M群においては、以下のような言語面での特徴的な弱点がみられるれ、それへの対応が必要と考えられる。
①「おぼえる」力を育てる
「記号」8.6、「数唱」6.6の評価点の低さは、短期記憶の弱さ(作動記憶容量〈*ワーキングメモリー〉の少なさ)であると思われる。
短期記憶の弱さは、音韻の記憶を必要とする日本語の単語が覚えられないということにつながっている。
これがJcossで「単語レベル」「単語連レベル」にとどまっている大きな要因の一つであると考えられる。
したがって、記憶容量を増強する活動が重視される必要がある。

~対応例~
a.会話の中で日本語の音韻を綴る指文字を多用し、繰り返す(視覚的に短期記憶の強化を図る)。
b.様々な方法・手段、知識と関連づける(構造化)→指文字・文字・音声・手話との多角的結合を
  図る。(例「手話だったらこうだね。じゃ、指文字では?」「声を出して言ってみよう」。
  メモを書いて、見せる。だんだん自分でも書けるようにしていく。
c.トランプやことばのカードで「神経衰弱」をしたり、「フラッシュカード」をしたり、
  「スリーヒントゲーム」や「なぞなぞ」をしたりする(視覚的・言語的短期記憶の強化)
d.覚えることが楽しい、という実感がもてるようにする。→褒める。
  クイズやゲームのように楽しんでやることが大事。
  覚えられるようになれば苦手意識がなくなる。

*ワーキングメモリー;決まった定義はない。
一般的には「短期記憶」のことを指す事が多い。
聴覚障害児のこの問題を考えるとき、記憶の問題もあるが、一時に何かをするときに同時的に並行して行える作業容量という見方をしたほうがよいかもしれない。
例えば、聴者は講師の話を聞きながら、聞いた話をまとめて(つまり短期記憶して)筆記すると同時に講師の話もきくことができる。
これは聴覚のワーキングメモリーが活用できるからで、聴覚の使えない聾者は視覚のワーキングメモリーを使うしかない。
視覚は、確実性は高いが見ようと意識しないものは見えない。
子どもの中には適切な注意の配分ができず、「ちゃんと見なさい」といつも注意される子がいるが、こういう子の中にワーキングメモリーの容量が小さい子がいる。
「見る容量」自体が小さいため、他への注意が振り向けられない。
また、短期記憶も「もの」や「図」の同時的短期記憶と音韻系列をもつ日本語の短期記憶とは異なる。
日本語の短期記憶を伸ばすには、文字ではなく指文字の使用が最も効果的である。


②「かぞえる」(「くらべる」「はかる」)力を育てる
 「算数」6.1の評価点の低さは、短期・長期記憶の弱さや数量認識の面での弱さと考えられる。
かずは、人間の生活にはなくてはならないが、抽象概念であり、記号として取り出して言語化しなければなかなか身につかない。
Jcossでの「位置詞」「比較文」の弱さとも関連していると思われる。

~対応例~
a.生活や遊びの中で、数や量を意識させる→(例「3つずつ分けてね」
  「1つ食べたらいくつ残るかな?」「あと2つちょうだい」
  「6時になったらご飯にしよう」「10数えたらあがるよ」
  「どれが一番大きい?」など)
b.数や量、空間・位置などに関するあそびやゲームをする
  (「トランプ」「ペントミノ」「パズル」「地図」)
c.50音表を縦・横に読む。月カレンダーを貼る(マトリックス)。
d.年カレンダーを貼る。時計の文字盤を色分けしたり分を書き込む(時間)。
e.せいくらべ、大きさくらべ(系列化、順序づけ)

③「(ことばで)かんがえる」力を育てる
L・M群幼児においては、「絵画配列」8.6、「類似」4.3、「理解」6.0、「算数」6.1の評価点の低さから、ことばで考え、推論したり問題解決したりする力に弱さがあると考えられる。

~対応例~
a.ことばを使って順序立てて考えさせる→(例「最初に~、次に~、そして最後に~」)
b.因果関係や理由を考えさせる→(例「~だから~になった。」「~になったわけは~」)
c.予想したり、仮定して考えさせる→(例「~だから、~になるだろう」「もし~だったら?」
  「例えば~」
d.問題解決の方法を考えさせる→(例「うまくいかなかったのはなぜだと思う?」「どうやったら
  できるかな?」)。
e.共通点や相違点を考えさせる→(例「牛と馬とはどこが同じ?」「じゃ、牛と人間は?」)
f.その他、絵本を読み聞かせたり、昔話をしたり、4コママンガを作ったり、なぞなぞをしたり、
  友達と意見を言い合ったり、子どもに「考えさせる」手立てが必要。

 Ⅲ.「9歳の壁(峠)」問題

1.「9歳の壁」を越えるために、必要な力とは?
古くはピアジェによって、小学生の頃は「具体的操作期」(7~12歳)から「形式的操作期」(12歳以降)へ移行する時期とされている。
ピアジェによる「具体的操作期」とは、具体的な外界の物質を利用することで、操作的な精神活動をする時期で、外部の事物の助けを借りずに「頭の中で行なう論理的(数理的)かつ抽象的な思考」はまだ十分に行うことができないとされている。
また、「形式的操作期」とは、自由に概念・知識・イメージを頭の中で操作して創造的活動を行うことが可能になることであり、現実的な事柄の正しさを仮説演繹的に検証することが可能になることであると考えられる。
「9歳の壁」は、必ずしもピアジェの説と一致するわけではないが、聾教育の中では「具体から抽象へ移行していく時期」とされ、「認識的には、計画性と見通しをもった行動が可能になり、AとBとの類似点や共通点が考えられるようになる。教科面では話し言葉から書きことばに移行する、かけ算やわり算を使う思考が可能になる。・・」(脇中2009)と考えられている。
また、聾教育においては「9歳の壁」に先だって、「生活言語」から「学習言語」への移行の準備期として「5歳の坂」があることを斎藤佐和(1986)が指摘しており、その時期の言語活動の大切さを指摘している(後述)。
以下、小学部児童に行った「9歳の壁」問題の3つの問題の成否とJcoss、WISC等の検査結果から、「9歳の壁」を越えるために必要と思われることを述べる。

(1)語彙力・文法力を育てる~日本語で
とくに、動詞の活用、助詞・助動詞、接続詞を理解し、重文・複文も文法通りに読みとれる力。
具体的なもののイメージに左右されず、文をことばの説明だけで正しく読みとる力が必要である。
Jcossにおいて、単文であっても「比較文」「位置詞」「受動文」は聴覚障害児にとっては、読みとりの難しい文だということである(ⅡJcoss第2章小学部参照)。
「~より(は)~は(より)大きい」「~は~の中にある」という空間関係や比較判断が必要な文では、助詞が理解できていても抽象図形であるとそれだけで困難さが増す(例「ぞうはアリより大きい」は具体物をイメージして理解できるが、「AはBより大きい」は、助詞だけを手がかりに理解しなければならない。「鉛筆は筆箱の中にある」と「AはBの中にある」も同様である。具体物や文脈の助けがなくても、文を理解できる語彙力・文法力が抽象的な語や文を理解できるために必要である。

(2)論理的に思考できる力を育てる~手話も日本語も
助詞等の文法知識があっても、論理的な思考ができなければ解けない問題もある。問3はその例である。抽象的でイメージしにくい「町」という概念を、文法的に正しく読みとって比較判断し、さらに4つの概念間の系列化・順序づけができる論理的な思考力が必要になる。ことばをことばで説明できる言語力と同時に、こうした分析・総合、因果関係といった論理的・抽象的な思考ができる力が必要である。その力の基礎は幼児期の遊びの中で育つ。また、そこには必ずことばでのやりとりがある。異なる意見への対応は思考力を育てる。親も丁寧なコミュニケーションや日本語の言い回し(精密コード)が必要である。

(3)いわゆる「5歳の坂」について~「9歳の壁」を越える前提となる力とは?
斎藤佐和(1986)は以下のように述べている。
「・・・下記に列挙したような言語活動(注;下表左欄)を豊富にかつ円滑に展開させることが、教科指導の前提条件になるのではなかろうか。・・・『9歳の峠』に比喩を借りて言えば、9歳の峠は知識体型の受容、蓄積、活用、発展という本格的登山の過程における第一の峠であるが、この言語活動は、まだそこまでいかないウォーミングアップ中の5歳のだらだら坂のようなものである。」
ここでは、幼児期前半における生活言語の獲得期の言語活動と後半期の生活言語レベルアップの時期の言語活動について斎藤を参考に左欄に記述し、必要と思われる大人の配慮事項について右欄にまとめた。
「5歳の坂」に関連するのは、表の「生活言語のレベルアップの時期」の活動である。聾学校幼稚部では、このような活動を日常的に行っているが、家庭においても右欄のような配慮を心掛ける必要がある。ただ、誤解のないように付け加えるなら、「だらだら坂」は5歳になってからいきなり始まるわけではない。2歳を過ぎると「だらだら坂」にさしかかり始める。きこえない子は、2,3,4,5歳と長く続く「坂」を登っていかなければならない。

jcoss0016.png(4)一つの課題~「9歳の壁」と内面の育ち
 「9歳の壁」については、もう一つ、自己中心性から抜け出て、自分自身を内省したり、他人の思いを想像したり出来る内面的な成長としての「9歳の壁」の問題もある。
聴覚障害児と関わってきて思うことのひとつに、ものとものとの関係性をとらえることの弱さと同時に、人と人の関係を考える上での弱さである。
例えば、チームで仕事をしていても5時になったからとさっさと帰っていく聴覚障害者のことが問題にされたりするが、社会生活を営んでいく上で、人間関係とコミュニケーションの問題は避けて通れない。
コミュニケーション手段の問題、人と関わる意欲や気持の問題、自己中心性を抜けきれないパーソナリティ、礼儀や常識を含めた人との接し方・・・自分自身の感情や行動を客観的にみつめられ力、これも「9歳の壁」と関わる問題ではないかと思われる。

 Ⅳ.まとめ

Jcoss、WISC,「9歳の壁」問題の3つのテストの分析から、とりあえずわかってきたことをまとめておきたい。

①Jcossにおける児童全体の平均通過項目数は、小高・小低とも19年度より継続的に向上している。
とくに、小低における「単語レベル」「単語連鎖レベル」「文法レベル・可逆文」などの最初の7問題は90%の通過率になるまで向上した。
これはこうした課題を考慮した幼稚部段階からの意識的な取り組みに拠るところが大きい。

②Jcossにおいて、幼稚部修了時に「文法段階」(7項目以上通過)に達していれば、その後の読みの力は比較的順調に進む。
その意味で、このレベルが幼稚部修了時の日本語習得の一つの到達目標ラインと考える。

③しかし、「単語レベル」「単語連鎖レベル」にとどまる幼児も多い。
これらの幼児の多くは語彙不足ではあるが、WISC動作性検査はノーマルで、言語性にのみ課題をもっている幼児である。
したがって、「ものの認知・操作」ではなく、「言語の認知・操作」に課題がある点を重視し、そこに問題解決の糸口をさぐる必要がある。

④WISC言語性とは、ひと言で言えば「身につけたことば(とくに日本語)を操れる力」である。
具体的にはa.「ことばとことばの関係をとらえ、操作できる(同義語・反意語・上-下位概念・言葉遊び)」b.「ことばをことばで説明できる」c.「日常生活の中での問題解決能力」d.「数の操作・イメージ゙・言語化」e.「短期・長期記憶」(ワーキングメモリー)f.「一般的知識・情報」などである。
これらの課題から具体目標を設定し、幼児期にふさわしい言語活動やあそび、日常会話の中で伸ばしていくことが必要である。

⑤このような活動や関わり方は、学校だけでなく家庭でも意識的に取り組むことが必要である。
その意味で家庭の教育力(家庭内の人間関係・コミュニケーション、生活リズム・躾、丁寧な会話、あそび・絵本等)が関わるので、保護者への支援も同時に必要になる。

⑥「単語レベル」「単語連鎖レベル」の子は、日本語の単語そのものが覚えられないという作動記憶容量の少なさという問題があり、まずその課題を解決することが重要になる。
この課題が解決できないが故に「ことばが覚えられず」、語彙不足によって文法段階になかなか到達できない大きな要因と考えられるからである。

⑦「9歳の壁」問題が全問正解した児童や学年対応問題で正解している児童のほとんどは、幼稚部修了時にJcoss「文法レベル」、WISC動作性・言語性共ノーマルであり、その後の助詞テストやNRT国語・算数学力検査で比較的よい成績をとっている。
この点からも、「9歳の壁」を乗り越え、「学習言語」を習得していくための前提条件として、①や③に述べたことを、幼児期に取り組んでいくことが重要と考える。

⑧幼児期に順調に伸びていても小学校高学年あたりの本格的な学習言語習得・学力形成の時期になってくると、その伸びがだんだんと鈍ってくる児童がみられる。
しかし学校や家庭で全てのことを意図的に指導することは事実上不可能である。
あらゆることに関心を持ち、自分で追求し情報を求めていく力を幼児期から育てておくことも成人後の問題と照らし合わせてみても非常に重要である(自分で「見て」「読んで」「調べて」学び取っていく自己学習能力・情報収集力)。

おわりに~今後に向けて

長い歴史を持つ聴覚障害教育が未だに解決できていない課題は、知的に障害がないにも関わらず言語的な思考力と書記日本語の力が十分につかない子どもたちに、いかに社会に出るまでにそうした力をつけて卒業させるかということである。
その最初の山は、乳児期・幼児期にあり、そこで培われた力の上に、小学校での学力が培われる。
今回明らかになってきたことは、最初の山(幼児期)での躓きは、その後においてはなかなか取り戻すことができないという現実である。
その躓きの実態をさらに明らかにし、全ての子が深く考える力と読み書きの力をつけられるように、最大の努力を私たちは求められているのである。

参考文献
岸本裕史,「見える学力、見えない学力」,大月書店,1981
滝沢武久,「子どもの思考力」,岩波書店,1984
岡本夏木,「ことばと発達」,岩波書店,1985
斎藤佐和,「聴覚障害児童の言語活動」,聾教育研究会,1986
脇中起余子,「聴覚障害教育これまでとこれから」,北大路書房,2009

 

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(参考) 保護者説明資料 「就学までにこんなことを」

jcoss0017.png*上表・疑問詞(「いつ」「どこ」「だれ」「なに」「なぜ」など)は、苦手な聴覚障害児が多い。
「だれ」はわかるが、「いつ?」に対して「○月○日」とワンパターンに答える子がいるが、「さっき」「こんど」なども「いつ」である。
同様に「どこ?」もわかりにくい。
時間的概念・空間概念とことばを結びつけて整理する必要がある。
幼稚部段階から品詞カードを用いたりことばを色枠で囲むなどの分類表示などの工夫も必要であろう。

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(参考) 保護者説明資料

 J.coss日本語理解テストについて


1.Jcossでわかること
このテストは、絵をみて、その絵に合う日本語の単語や文を選ぶ検査で、日本語の語彙や文が正しく理解できているかどうかを調べることができます。
また、日本語ではわからない場合でも、手話でなら、どのくらい理解できるかもみることができます。

2.検査の構成について
(1)語彙チェック
jcoss0018.gifこれは検査の中の一例ですが、左の「食べ物」「男の人」・・・という単語を、自分で読める子には読ませて、読めない子には指文字と音声で提示して、それに合う絵を指さしさせます。
日本語の名詞27語、動詞8語、形容詞7語合計40語の理解度を調べます。
一般的に、名詞は目に見えるものが多いので子どもは早くに覚えます。
また、色の名前なども小さいころから親しんでいるので身につきやすいですが、動詞は動作や行動を表すことばなので、手話では毎日使っていても、日本語としては身に付きにくいものです。
しかし、動詞は、文を読んだり書いたりするときには最も重要な品詞で、語尾が複雑に変化(活用)するので、意識的に日本語として習得することが大切です。
(2)本検査
これは、20の文法項目について調べる検査ですが、幼稚部では検査前半の10項目(下図)についてだけ行います。
jcoss0019.png1項目中に問題は4問ありますが、4問すべてできたとき、その項目は「通過」とみなします。
例えば、下のような文を読んで(一緒に読んで)、合う絵を指させます。
jcoss0020.gif jcoss0021.gifこの問題文中の「牛」「女の人」だけわかっても、「牛」と「女の人」の絵は3つありますから正解はわかりません。
さらに動詞の「押している」がわかっても、「牛」「女の人」「押している」に関連する絵は2つありますからどちらが正解はわかりません。
この問題では、「~は~を」という2つの助詞がわかって、はじめて、右下の絵が正解であることがわかります。
この検査では、日本語の文法をどの程度理解できているかを調べることができます。
通常、日本語の発達は、単語の習得(一語文・単語レベル・右図ピンクの3項目)→単語の並びでイメージを描き、文を理解する段階(二~三語文・語連鎖レベル・右図黄色3項目)→助詞や動詞の活用など文法を理解してそれを手掛かりに文を理解する段階(文法レベル・右図緑色4項目)に進んでいきます。
獲得した手話を日本語にも結び付けること、文を読んで手話で表現できること、日本語の語彙を増やすことなどに積極的に取り組んでいきましょう。

┃難聴児支援教材研究会
 代表 木島照夫

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