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日本語はどのように習得されるか?~幼児期から就学前後にかけて

次のような質問をいただきましたので紹介します。

 「現在2歳の高度難聴児です。1歳初めころから手話を始め、1歳6か月で手話の初語が出ました。今は手話で会話していますが、まだ文字も指文字もわかりません。日本語はいつ頃から、どのようにして身につけていくのでしょうか?」今日はそのことについて書いてみたいと思います。

 

 最近は新生児聴覚スクリーニング(以下、新スク)が広く行われるようになり、0歳代後半には相談機関を訪れる保護者が増えてきました。また、新スクを受けなくとも、高度難聴であれば1歳半健診あたりで発見されるのが一般的です。

  手話初語の獲得時期.jpg支援機関にもよりますが、手話を使うことを積極的に勧めるところであれば、手話のスタートも0歳後半から1歳代で、そうした子どもたちは、1歳前後から1歳半頃には、聴力に関係なく手話の初語が見られるようになります(右図はあるろう学校2校の新スク受診の子ども21名のうち聴力別の4名の手話獲得の状況です)。

その後、1歳半前後の「語彙爆発」の時期を経て手話の語彙が増え、2歳の誕生日を迎える頃にはだいたい300語くらいの語彙を獲得します。ここまでは聴児の音声言語獲得のプロセスと同じです。ただ、聴こえない・聴こえ 獲得語彙数.jpgのサムネール画像にくい子は、音声言語での語彙爆発はあまり起きないようです(*研究論文を見たことがありません)。1歳代においては、早期に補聴器や人工内耳をしてもまだ音韻表象が曖昧にしか認識できないので語として記憶されていかないのが主原因ではないかと考えられます。因みに聴覚・音声の みでスタートした場合は、音声日本語が増えていくのは難聴レベルの聴力の子でもだいたい2歳以降になるので語彙獲得に関しての時間的ズレは手話と比べて1年以上の差ということになります。この差は単に語彙量の差ではなく、ママやパパとの「ことばでのやりとり」ができるかどうかということに 手話の獲得事例S児.jpgのサムネール画像関わることで、ものごとの概念の獲得や知識獲得の差、人との関わり方などの差にもなってきます。手話からスタートすれば、言語の違いはあってもその発達は聴児の発達の姿と変わらない、いやむしろ 豊かであることが右の事例からもわかります。その後、手話を日常 1歳児の手話の獲得事例C児.jpgのサムネール画像的に使っていれば、単語から二語文、三語文、多語文へと順調に手話での会話ができるようになっていきます。

 

(*発達早期に手話を使うメリットについては下記を参照。「手話を使う幼児の言語発達の豊かさ」 http://nanchosien.com/10/07-4/ )

 

 

〇日本語はいつ頃から獲得されるか?

 手話を使い続ければ手話での会話は当然豊かになっていきます。そして手話で考える力も発達していきます。では、日本語はいつ頃からスタートすればよいのか、これについては、考え方がいくつかあります。

 

〇聴覚(口話)

一つの考え方は、聴覚(口話)法の考え方で、手話は音声言語獲得を妨げるという理由で手話を使わず最初から音声言語の獲得を目指すという考え方。いろいろな要因(子どもの知的能力、聴力、家庭環境、保護者の子と関わる時間・ゆとり、関わり方等)が複雑にかかわってくるので一概に言えませんが、言語獲得時期も遅くなり、補聴器や人工内耳の装用域値がいくらよくても言語情報の入り方は決して聴児と同じようにはいかないので、かなり保護者が意識的に努力しないと、"double limited"(日本語も手話も不十分なままになってしまう)になるリスクが大きいので私はお勧めしません。因みにわが国では手話を使うと音声言語の獲得ができないという言説が流布し、それを信じている専門家も多いですが、根拠がありません。それを証明した研究論文も見たことがありません。ただ、保護者の方からみれば「ある程度聴こえて話せれば゛障害"がなくなるのでは」と思いますし(聴児になるわけではありませんが)、「社会はみんなきこえる人だから手話など覚えても使えない。それより話せた方が社会に適応できる」ということで、この方法に魅かれる気持は理解できます。話せた方が社会の中での利便性は確かにありますが、きこえの限界は変わりません。そのため本人は、「きこえないありのままの自分」に自信が持てず、どこまでいっても決して聴者に追いつくことはない音声言語コミュニケーションの不全感を感じ、聴者への劣等感などから、心に及ぼす心理的なマイナス面も決して小さくはないことを知っておく必要があるでしょう。

こうした、きこえない子の心の問題については、『聴覚障害者の心理臨床1,2』(日本評論社)、『きこえない子の心・ことば・家族』(明石書店)などを参照してください。

 

〇手話 

二つ目の考え方は、手話だけで幼児期を過ごし、手話でしっかり考える力や人と関わる力を育て、日本語は小学生から始めればよいという考え方です。これも私はあまりお勧めできません。確かに手話言語力は育つでしょうし、「聾者」としての"identity"(アイデンティティ)も育つと思います。ただ、難点は日本語習得の開始が遅くなる(3年くらいの差が出る)ことと、手話から日本語習得の方法論が未だ確立していないこともあり(そのような研究論文も実践論文も見たことがありません)、日本語習得が十分に進まず、教科書が自分で読めない状態になるリスクが否定できないからです。

 

日本語の獲得時期.jpg〇手話・口話併用

では、三つめの考え方はどうでしょう。これは手話からスタートして手話でやりとりする力をつけ、その後、聴覚活用のできる子たちは2歳くらいから音声言語を併用できるようになり、聴力の厳しい子たちは主に指文字で、3歳くらい(つまり聾学校幼稚部入学前後)から日本語を指文字や文字、音声を同時に併用しながらスタートし、手話と日本語の二言語獲得を目指すという方法です。この時の手話とは、日本手話も音声併用のいわゆる口話併用手話も含みます。因みに、音声言語を獲得するためには手話を排 二重符号化の効果.jpg除したほうがよいという考え方に対して、実際には視覚(手話)も聴覚(音声日本語)を併用したほうが日本語自体よく覚えられるというのが認知心理学の考え方です。これを「記憶における二重符号化の効果」と言いますが、ことばを覚えるには、一つだけの方法でしかもあいまいな情報入力によるよりも、いろんな手掛かりを使ったほうがことばは記憶しやすいという、当たり前のことを言っているにすぎません。

 

聴覚活用タイプ.jpg 私はこの方法で20年以上実践し、これがいちばん今のところリスクが少ない方法だと考えています。すなわち手話も日本語も両方とも獲得できる方法だと思います(それについてはこのHP「9歳の壁を越え始めたきこえない子どもたち」下記参照)。

http://nanchosien.com/papers/

 

ただ、手話は自然獲得できる言語ですからいいのですが、日本語(音声言語、指文字・文字)の習得に関しては、日々の生活の中でどのように、どの程度、使うのかという点で、家庭の状況が反映されるのも事実で、母親が就労していない家庭なら子どもと関わる時間があるのでよ 指文字タイプ.jpgいのですが、経済的に厳しく保育園に入れなければならない家庭では、園での音声言語環境からの日本語入力では、簡単な日常会話の域を出ません。そのような場合は、家庭でのコミュニケーションに相当の配慮と工夫が必要になります。また、難聴児や人工内耳の子は、ある程度耳が使えるということで、幼稚園や保育園に通うことも多いのですが、同じような問題に直面します。確かにこのような子たちは日常会話(生活言語)レベルの音声言語は獲得できます。問題はその質で、日常会話は、具体物や相手の仕草・表情、話し方といった多くの非言語情報によって支えられており、文脈が共有されていれば単語だけでも通じますし、わからなければ相手が直接聞いてくれるなどにも支えられて成り立っているので、主述が正しくなかったり助詞の欠落などがあっても伝え合えます。そのことから、「聞こえて話せているから大丈夫」と思われがちですが、ふつうの生活環境で暮らし会話しているだけでは、深く考えたり学ぶためのことばである、いわゆる「学習言語」を身につけるためには不十分です。

(*以下「生活言語と学習言語」を参照)http://nanchosien.com/nyuyou/13/

 

〇大切なのは生活言語(日常会話のことば)から学習言語(考える・学ぶためのことば)へのステップアップ!

 このホームページでも、14か月で手話の初語が出て、2歳で人工内耳を装用、その後、音声での会話ができるようになって安心し、年中の秋に、子どもに上位概念のことばを聞いてみたところ、「果物や野菜の中の一つ一つのものの名前はたくさん知っているのに分類もできないし言葉でも説明できない」ということを知ったという事例が紹介されています

(*「ことば絵じてん作り楽しんでいます!」参照 http://nanchosien.com/10/1/)。

  生活言語から学習言語へ.jpg

よくおしゃべりできるのに、ことばを思考や操作の対象として取り出し、カテゴリーで括ったりそのカテゴリーの名称(野菜とか果物とか)を知らない。「りんごってどんなもの?」と尋ねても答えられないという問題、これが幼児期の生活言語から学習言語へのレベルアップの課題で、ここが、日々、音声言語で会話を積み重ねていればOKという、単純な問題ではありません。ですから、家庭においても、単に生活に必要なやりとりをして終わるのではなく、やりと レベルアップの手立て.jpgりの質を高め、子どもにことばで考えさせる力をつけなければならないのですが(これは子どもの聴力の軽重とは関係ありません)、そのための会話の仕方の工夫や余裕をもってかかわる時間の確保が必要になるのです(これを保育園や幼稚園に望んでも難しく、1対1の関係がつくれる家庭でやるしかありません。そのための工夫として例えば15分を1区切りとして、15分単位のかかわりを1日のうちで何回か持てるようにします。この時間内で「ことばあそび」をしたり、「絵日記」を描いたり、「絵本の読み聞かせ」をしたりする)。絵日記や絵本の読み聞かせ、ことば絵じてんの作り方、会話の工夫の仕方などについては『どうすればことばが育つか?~9歳の壁を越えるために』,900円,全国早期支援研究協議会発行を参考にしてください。http://nanchosien.com/publish/

 

 

〇学習言語へのレベルアップのための5つのポイント 

幼児期から学童期にかけての日本語獲得課題.jpgのサムネール画像また、生活言語から学習言語へのレベルアップをしていく時に、いくつかのクリアしなければならない課題があります。(右図参照)

 

まず一つ目は音韻意識の問題。これにはワーキングメモリーの課題が関わってきます。

 

二つ目は語彙の概念・カテゴリー構築の課題です。

これについては本HPの「ことば絵じてん作り」「ことばのネットワークづくり」を参照してください。

http://nanchosien.com/papers/cat33/

 

三つめは語彙の量とくに動詞語彙数の課題です。

これについては本HPの「絵でわかる動詞の学習」を参照してください。

http://nanchosien.com/09/09-1-1/09-2/ 

 

四つ目はメタ言語意識の課題。これは、自分の経験と絡めて日本語(生活言語)を獲得してきた段階から、ことばを対象化して取り出し、そのことばを操作したり(例:言葉遊び)一般化・抽象化した辞書的な意味で使用できる日本語(学習言語)へとレベルアップの課題(例:小1国語『じどう車くらべ』に出てくる「しごと、やくわり、つくり、はたらき」といった抽象的なことばの意味が理解でき、こうしたことばを使って、自動車の特徴を説明できるとか、クレーン車の「じょうぶなうで」「しっかりした足」という比喩を理解できる力など)。(*「生活言語と学習言語」を参照)http://nanchosien.com/nyuyou/13/

 

 そして五つ目は文法的課題です。日本語の基本文型の習得と助詞と動詞活用の課題。これはそのまま学童期の課題として引き継がれます。これについては「日本語チャレンジ」や「文法指導順序」を参考にして下さい。http://nanchosien.com/09/09-1-1/

 また、年中児に、視覚教材を工夫して、家庭で日本語学習の取り組みを行なった下記の事例は参考になるでしょう。この事例の家庭では、ことば絵じてん作りの活動から始めて、助詞の学習、動詞受動文、比較表現、自動詞・他動詞の学習、そして名詞修飾構文などに取り組み、非常に大きな成果(「絵画語彙検査」や「Jcoss日本語理解テスト」「WISC」等で数値的な成績向上)をあげた事例です。(*「視覚教材で楽しく日本語を身につけよう」参照  http://nanchosien.com/papers/04-4/ )

支援教材.jpgのサムネール画像

 だいたいこのようなプロセスを経て、日本語の学習言語の基礎が獲得されていきます。

この5つの課題については長くなるのでここでは説明できませんが、このHPのそれぞれのところで説明していますので参照して下さい。また、これらの課題をクリアするために作成したテキストや冊子をぜひ参考にしてください。

*以下、出版物紹介コーナー

http://nanchosien.com/cat21/