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他者の心を想像する力を伸ばすために(2019)

他者との良好な人間関係を築くためには、「Aさんは、私がこう言えばどう思うだろうか? それならどういう言い方が適切だろうか?」といった、他者の気持を読み取り、自分の言動を調整する力が求められます。すなわち、他者の心を想像する力が必要であると思います。きこえない子は、この「他者の思い」を想像する力に弱さがあり、またそれに加えて、語彙力や文法力にも弱さがあったりするために、中・高生あるいは成人間でのメールでのやりとりでしばしば誤解を生じ、そこから大きなトラブルに発展したりすることがあります。そこでここでは、「他者の心を想像する力」を伸ばすために、幼児期からどのようなことに取り組んでいけばよいのか考えてみたいと思います。

 

○聴覚障害児の「心の理論」課題

ミニカーはどこ?2.jpg聴覚障害児は、他者の心を想像する力の発達が遅れる傾向にあることがこれまでに指摘されてきました。例えば、藤野(*1)は、年中から小六までの聴覚障害児(638名)に「サリーとアン課題」において、その正答率は、年中児及び年長児で約2割、小1年3割、小2年4割、小3年6割、小4年8割という結果であったとしています。そして、これらと言語的・非言語能力とを比較した結果、「文の産出」に関わる力と「語彙の理解」に関わる力が関係していたと述べています。

確かに、聴覚障害児は、何か(人・もの・こと)と何か(人・もの・こと)との関係を考えるといった関係理解に弱さがあり、そのことは「位置関係表現」「比較表現」「受動・能動文」「使役文」「授受文」といった文の理解・表出の困難さにあらわれてきます。そしてその困難さは、動詞の活用と格助詞の変化といった文法知識の弱さだけでなく、今、どちらについて言及しているのかといった二者の関係性の理解の弱さにも起因していると思われます。基本的な関係概念(大小・長短・軽重・位置関係・因果関係など)は習得していても、まだ自分の経験や直観に頼っており、自分中心(自分勝手とかわがままという意味ではありません)の思考で、自分以外の他者の視点から考えることに弱さがあるのです。

そこで、こうした「他者の視点に立って考える」力は、聴覚障害児においてはどのように形成され、またその力を伸ばすためにはどのような取り組みをしていく必要があるのか考えるために、この2~3年、以下のような課題を年長児さんたちにやってもらい、実態を把握してきました。「ミニカーはどこ?」というテーマの調査ですが、これは「サリーとアン課題」を「アンパンマンとバイキンマン課題」に変えて行ったものです。

 

○「ミニカーはどこ?」

 この課題の内容は以下の通りです。

ミニカーはどこ?.jpg①アンパンマンは、ミニカーで遊んだ後、水玉箱にしまい、遊びに行く。

②アンパンマンが遊びに行っている間に、バイキンマンが来てミニカーを取り出して遊び、その後、無地箱に入れて去っていく。

③バイキンマンが去った後、アンパンマンが遊びから帰ってきて、しまっておいたミニカーを取り出そうとする。

④その時、アンパンマンは、水玉箱と無知箱のどちらを開けると思うか?

 

この課題の正解は水玉箱です。アンパンマンはバイキンマンが無地箱に移したことを知りませんから、アンパンマンは、ミニカーは水玉箱にあると思っているからです。

物理的な事実としてはミニカーは無地箱ですが、アンパンマンにとっての心理的な事実は「ミニカーは水玉箱にある」わけです。

この問題は、物理的事実と心理的事実が食い違うよう場面が設定され、物理的事実によってではなく、登場人物にとっての"心理的事実"によって物事を判断しないと正解できません。つまり、アンパンマンの視点に立って物事を考えることが求められるわけです。これを「心の理論」課題と言っていますが、武藤(1997)が聴児を対象にやった調査では5歳代で56%の正答率でした。

 

○聾学校年長児は?

そこで、木島は、発達早期から手話を使っている聾学校3校の年長児(2017~19年・59)を対象にこの課題を実施したところ、正答率37%(平均年齢5歳10か月)という結果が得られました(2017年には年中児にも行っており、添付した図にはその結果も併せて示した)。

この結果は聴児と比較すると正答率はやや低いですが、藤野が報告している聴覚障害児対象の調査結果(年長児正答率23%)よりは高いという結果となりました。 

この結果をどう解釈すればよいのか実はまだよくわかりません。ただ、この結果から私たちは、きこえない子の対人関係の課題を知り、その課題を克服するために、どのようにかかわっていけばよいかを考えることができます。

 

○どんなかかわりが大切か?

 他者の心を想像するためにまずどんなことが大切でしょうか?

他者の心が想像できるということは、その前にまず、自分のこと・自分の気持がわかるということが大切ではないでしょうか? そのためには、手話であれ日本語であれ、自分の思い 自分を好きになれない学生達.jpgを「ことばにできる(言語化)」ということが必要です。そして、さらにそのためには、大人が子どもの心・言いたいことに共感し、子ども自身が自分の気持を言語化できるよう、その手伝いをすることがまず必要ではないかと思います(「とっても嫌だったんだね」「もっと~したかったね」など)。きこえない子は、自分が自分であることより先に、まず聴者に合せることが幼い頃より求められることが多いように思います(少しでも聞こえて話せるようになってほしいなど)。そのことが続くと、自分の本当の気持を言語化する力が育たず、思春期・青年期の「自分さがし」の時期に、様々な心理的不適応になってあらわれてくることがあります。いずれも根底には、自分の気持・心・要求等がうまく言語化できない苦しさがあるように思います(右ファイル参照)。

 

 次に、自分の思いが言語化できる力が育っていけば、自分の気持と周りの人の気持と比べた ミニカーはどこ?3.jpgり、自分とは違う人の考えを想像してみたりすることができるようになってきます。

「あなたは、そう思ったんだね。なるほどわかるよ。でも、ママはこう思ったよ」「次の3つのうち、あなたの気持はどれ?」「Aちゃんはどう思ったのかなあ?」「もし、〇〇だったら、みんなはどう言うかな?」など、思考を深めたりことばを取り出してことばについて考える「メタ言語意識」や、自分のことや人の心について想像してみる「メタ認知」的な視点を育てることが大切ではないかと思われます。

 

 このことは、年長児59名(平均年齢5歳10か月)に対して同時に行ったWISC Ⅳ検査で、 正答群誤答群比較.jpg正答した幼児群(22)と誤答した幼児群(37名)とのあいだに、「類似」「単語」「理解」(以上『言語理解』)、「絵の概念」(『知覚推理』)の4つの下位検査に1%有意水準で差があり、「算数」(『ワーキングメモリー』)で5%有意水準で差があったことから、手話・日本語を問わず「ことば」で思考し推論できる力が関わっていることが予想されます。例えばAとBとを比べてその共通の概念が言えるとか、Aとはどういうもの・ことか言葉で説明できるとか、Cという出来事にどう対処すればよいか説明できるとか、X個あったものからY個とったら数はどう変わるかといったことを頭の中でイメージできるなど、ことばや記号を使った思考が、自分の頭の中で柔軟にできるかどうかの差ではないかということです。他者の心・思いについて想像することが、他者の思いの言語化(アンパンマンはミニカーが○○にあると思っている)であると考えると、このような、頭の中にものやできごとを自由に思い浮かべ、そのことについて考えられる力と関係していると考えることもできます。

  ミニカーはどこ?4pptx.jpg

 いずれにせよ、他者の心を想像する力を育てるためには、子ども本人の心の言語化や互いに思いを自由に伝えられることば(コミュニケーション手段)があり、そのことばを使ってやりとりできること、ものごとの関係を考える力を伸ばすこと、自分以外の視点から考えたり、他者の気持を想像する力を様々な機会を通じて伸ばすことが大切ではないかと思います。そのための会話の工夫はとりわけ大切です。例えば家族の会話は、聞こえない子にもいつも見えているでしょうか?自分が見てもわからない会話に子どもは関心の寄せようがありません。つまり他者の思いにだんだんと無頓着になっていくのは当然で、聴覚障害児が他者の心の理解に遅れをきたす要因のひとつではないかとも思います。そのほか、絵本の読み聞かせや再現あそび、ごっこ遊びでの役割演技、郵便ごっこやお誕生カードなどで相手を想像して書く練習など、さまざまな機会をとらえて、他者の心を想像したり、他者になりきってみたり、自分とは別の視点から考えてみたりなど、自分中心の思考を拡げていく機会をもっていくとよいのではないかと思います。

 

*1「聴覚障害児における心の理論と言語発達の関係」『聴覚障害児の日本語言語発達のために』,2012