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難聴児はこれまで、なぜ『9歳の壁』が越えられなかったか?―見落とされてきた視点は?ー

〇「9歳の壁」とは? 

9歳の壁」というのは、「読み書きの力(書記日本語力)や考える力(思考力)が伸びな

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いために、論理的・抽象的思考を必要とする学習が困難になる現象のことで、ちょうどこ時期が小学校4年生つまり9歳以降にあたることから、「9歳の壁(峠)」(以下「壁」と略)と言われるようになりました。

確かに、右のグラフで示した「読みの力(Reading test)」の結果でも、1970年代から2015年までのおよそ半世紀の間、4~6年生(高学年)で、読書学年(読みの力)が4年生のレベル以下にとどまっていることがわかります。では、きこえない子にとって、この「壁」を越えることは不可能でしょうか?

 私は、そうは考えていません。なぜなら、あるろう学校では、この10年近く、子どもた

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ちのほぼ7割が該当の学年に応じた読書年齢(読みの力)に達しています。といってもなかなか信じてもらえないので、もう一つ資料を提示します。これは、このろう学校の小学部を卒業した子どもたち(このろう学校は小学部まで)の最近6年間の進路状況ですが、ほぼ6割の子どもたちが大学に進学していることがわかります。この表からも「壁」を越えている子どもたちが7割というのは理解していただけるのではないでしょうか。

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 しかし、まだそれでも疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれません。「この子たちは最初から"できる子"だったのでは?うちの子はとてもそこまでは・・」と。この疑問に応えるためにもう一つ資料を提示しましょう。それは、Jcossという日本語文法力を測定する検査のデータです。Jcossについての詳細はこのHPの以下をご参照下さい。

TOP>発達の診断と評価>J.coss

この検査は20の文法項目があり、それぞれの項目ごとに4つの問題が配置されています。その4つとも全部正解の時、その項目は「通過」とみなされます。そして、通過の項目数をかぞえます。だいたい項目は発達順に

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ならんでおり、通過項目数を数えることでだいたいの文法面での発達年齢がわかります。例えば、1~3項目通過なら年少レベル、4~6項目通過なら年中レベル、7~9項目通過なら年長レベル、10~12項目通過なら小1レベル・・というふうに。そして最近は、小1入学時点で7項目通過を目標、小高学年で18項目通過を目標として考えています。上の表にあげた大学進学者26名が小学部在学の頃はまだまだこの目標には到達していませんでした。そこでやったのが日本語文法指導で

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す。日本語文法指導を小学部段階で取り組むことで、教科書の文が理解できる基本的な文法力がついていきました。そのグラフが右の図です。赤い線が大学進学者26名の学年別平均通過項目数、青い線がこの聾学校小学部全員の平均通過項目数、緑の線が聴児の平均通過項目数です。これをみると、例えば、年長の時は、大学進学者平均は4.8項目通過ですから、年中レベルだったことがわかります。小1になって7.7項目でようやく年長レベル、小2で11.3項目・・・高学年になってようやく聴児のレベルに追いついていることがわかります。しかし、文法指導が効果がある方法であることもわかります。というのは、下のグラフをみていただければわかるように、一般の聾学校の平均通過項目数(黄色線)はずっと下の方にあることから理解していただけると思います。つまり、多少、日本語力が弱くても小学生になってからしっかりと文法指導(語彙指導も必要ですがそれについては今回は省略)をすればちゃんと難聴児も伸びることがわかります。因みに聾学校平均はB校平均よりも低いですが、これは幼児期までの指導に課題があるということが伺われます。しかし言えることは、ここまで厳しい日本語力なのだから、小学部でしっかりと文法指導に取り組むべきなのです。絶対に伸びるという確信が私にはあります。さて、文法指導の詳細はまたの機会にして、ここでは元の「壁」をどう越えるかという問題に帰ります。


〇どのようにして、「壁」を越えられるようになってきたか?

 では、どうやってそれを実現できるようになったのかということを、①0~2歳の乳幼児相談、②3~5歳の幼稚部、③6~11歳の小学部に分けて簡単に説明します。


①乳幼児相談の頃

発達早期から一貫してこの学校で使っているのが手話(日本手話も対応手話も含みます)です。もちろん、手話ができれば自然に日本語が身につき、学力が身につくということはありません。ただ、手話は言語だということ、言語であるがゆえに、a.発達早期から認知・思考などの発達を促せるということ、つまり1歳から言語が身につくので聴児の言語や認知の発達とそのスピードも同じだということ、また、b.手話を使うことで母子関係がストレスなく子どもも安心感があり、自己肯定感が育ちやすいことはいえると思います。

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3歳までは手話(+音声)中心ですが、幼稚部入学前後(早い子は2歳)からは、日本語を導入していきます。指文字・文字・音声などを手話と同時的に使い、手話と日本語の互換性を高めていきます。また、0歳から使っているのは手話だけでなく「写真カード」。赤ちゃんは生後半年を過ぎると記憶ができるようになってくるので、この頃から「写真カード」が使えます。言語発達と認知発達にとって重要なカギとなるのは象徴機能の発達です。象徴とは簡単に言えば実物の代

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理物のことです。ことばは実物の代理物、写真・絵・動画も実物の代理物です。この象徴機能の発達を幼ないときから伸ばしていくことが認知発達の重要なポイントです。写真カードは、次にそれらを分類したりまとめたりして、モノやことばの概念カテゴリーにしていくために「ことば絵じてん」づくりにつなげていきます。これができるようになる年齢はほぼ3歳以降。幼稚部に入る前後の頃です。

 

②幼稚部の頃

 日本語の学習が始まるのは本格的には幼稚部以降。ここでは、言語・認知発達のチェックの仕方だけ紹介しておきます。ここで紹介するのは、WISCⅣを除き、だれでも比較的簡単にできるものです。


a.質問応答関係検査

 

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この検査の中の1番目の項目は、日常的質問。「今日は誰とここに来たのか?」とか「お父さんはどこに行ったのか?」など、「ことばでのやりとり=生活言語」が習得されているかどうかをみます。この問題のあとが「なぞなぞ」「仮定」「類概念」と続きます。これらは子どもの日々の生活の中で使っているコミのことばから離れて、頭の中でことばが操作できるかどうかをみます。つまり象徴機能として使えることば(学習言語の前段階)になっているかどうかをみます。具体的な自分の生活から切り離してことばを扱えることが大事なのです。この検査は、比較的簡単にだれでもやれるのがよい点です。

b.太田ステージ

 

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この検査の中に、比較概念の獲得をとおして象徴機能の発達をみる検査が配置されています。ひとつは、目の前にある〇の大きさの比較。どっちが大きいか・小さいかを答える検査ですが、「大きい・小さい」という比較の概念が育っていないと質問の意味がわかりません。ですから生活場面の中で大きい小さい、長い短いなどの比較の概念を育てておく必要があります。

次に目の前にないものの大きさをききます。「バスと自転車、どっちが大きい・小さい?」。頭の中にモノのイメージ(象徴)が浮かび、それらのもっている概念(ここでは大きさ)が言えればOKです。ここができないと次の象徴機能である文字や数字を頭の中に浮かべるということができません。幼児期前半期の言語・認知発達を見るポイントです。

幼児期後半から「壁」の少し手前の「具体的操作」の段階に到達しているかをみるのが「保存の法則」問題です。まだ「自己中心性」の世界にとどまっている子どもは、ものごとを客観的・対象化してみることができないのでこの問題ができません。因みに心の理論『アンとサリー』課題が、難聴児小3年で半分の子しか通過できない(他人の心の中を想像できない)というのが、かつて耳鼻科医の先生方が中心になって全国規模で実施された感覚器戦略研究の結果でしたが、「自己中心性」の時期を抜け出せない子が難聴児の中には意外と多くいると思われます。

 

C.WISC

 年長児でみておく必要があるのは、ことばがことばとして、子どもの生活から切り離し

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て取り出せ、ことば自体を頭の中で操作できるかどうかということです。これができないと小学部以降の学習は困難になります。教科学習というのはことばでことばを説明することで、必ずしも実物があるとは限りませんし、自分が見たことや経験したことのないことがテーマになったりします。象徴機能が発達していないとその次の学習言語の段階には進めません。例えば物理や化学の現象はは実物ではなくその代理物である抽象的なや記号を使って説明するわけですが、頭の中の象徴機能が発達していないと使えません。その力を「類似」とか「絵の概念」とか「行列推理」とか「数唱」といった項目でみているわけです。

 

③小学部の頃

 

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ここでは、これまでにのべてきた検査だけでなく、「比較3問題」というのを使います。わずか3問だけなのですが、3問目の問題で抽象的思考の段階すなわち「壁」が越えられる段階に到達しているかをみることができます。この3問目の問題は、聾学校高等部生徒でも4割程度というのがこれまでの結果です(脇中起余子)。

 


〇聴覚障害児の療育・教育に必要な観点は?

 日本語がどう獲得され発達しているかということは、「絵画語彙検査」「Jcoss(日本語理解検査)」「Reading test」などによって把握されてきましたが、そこに欠けていたのは、認知・思考・記憶などと言語との関わりでみていく視点ではなかったかと思います。つまり、「象徴機能」が子どもの頭の中にどう作られ発達しているのかという観点です。例えば、難聴年少児に「太田ステージ」の中の「目の前にないものの大きさの比較ができるか」という問題(例えば、「トラックと自転車とどっちが大きい?」)がありますが、これができない幼児が少なくありません。これは一般的に3歳児の発達課題ですが、大事なことは年齢ではなく、発達は順序通りにしか発達しないということです。つまり、この頭の中にモノを思い浮かべてその大きさの比較ができないと、次の象徴機能の発達の段階である、頭の中に文字を浮かべて操作すること、例えば「しりとり」「さかさことば」などできませんし、「ことばでことばを説明する」ことも難しいでしょう。

 これまでの聴覚障害教育では、このような象徴機能の発達をきちんとみてこなかったのではないでしょうか? 認知をおろそかにした言語の表層的な評価(例えばどれだけきこえるようになったか、どれだけきれいに発音できるようになったかなど)ばかりやってきたのではないでしょうか? 


乳幼児相談のあり方.jpg 冒頭に述べたろう学校では、この点を乳幼児期にしっかりアセスメントし保護者にもフィードバックしてきました。また、書記日本語面でのつまずき、とくに動詞の活用と助詞については、日本語文法指導という観点から小学部では取り組んできました。こうした観点を重視して取り組んだ結果として、「壁」を越えられる子供が増えたということを直視する必要があると思います。

┃難聴児支援教材研究会
 代表 木島照夫

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