短い日記しか書けなかった子どもをどう長く書けるように指導したか?~ある難聴学級での実践より
〇はじめに
高学年になっても「昨日、~をしました。~をしました。楽しかったです。」といったお決まりのパターンで日記を書いてくる難聴児は少なくありません。もちろん、それは子ども自身の問題と言うより、日記を書く意味や楽しさが伝えきれていない、指導する側の問題も大きいわけですが、では、日記指導の方法(これは幼児期の絵日記指導も含めて)について、教師は研修したり、先輩教師から教わった経験があるのかといったら、それもほぼゼロというのが実情でしょう。では、どのようにすればよいのでしょうか?
以下、紹介する実践は、突然、難聴学級児童を担当することになり、しかも同じ学校内には難聴児の教育・指導について教えてくれる先輩教師は誰もいないという状況で、たまたま日本語文法指導を実践している同じ地域の難聴学級担任と出会い、そこで実践されていた「文を詳しくする方法=大きな名詞の作り方」(*URL参照)を活用して、子どもに文を長くする面白さ・楽しさを実感させ、結果としてその児童も日記を長く書いてくるようになったという貴重な実践を紹介したいと思います。
*参考「文を詳しくする方法」本HP・TOP>日本語文法指導>複文・接続詞の指導>文を詳しくする方法(大きな名詞の作り方)
http://nanchosien.com/09/09-4/post_78.html
〇Bさんの1年前の日記は・・
高学年児童ですが、日記は「昨日、野球をしました。楽しかったです。」(20字)というワンパターンンの文の連続。語彙力も十分でないため、決まりきったことしか書けません。そこでまず取り組んだのは「ことばのネットワークづくり」。ことばはことば同士で仲間を作って構造化されるという仕組みを教えることから始めました。難聴児は、知っていることばが頭の中で関連性なくバラバラになっていることが多く、そのため「ノート、鉛筆、消しゴム、筆箱」といった一つ一つのものの名前(基礎語)は知っていても、それ

らをまとめたことばである「文房具」という上位概念を知らないことが少なくありません(きこえる子が耳から入ってくることばを「偶発的」に自然獲得するという学習は、いかに補聴器や人工内耳をしていても困難です)。そこで大事なのは、視覚も活用して、それらのことば同士の関係に気づき、仲間としてまとめていく活動をすることです。こうした学習と並行して、担任のA先生は、まず、文を書く時の基本である、5W1Hを用いた「いつ、だれが、どこで、なにを、どうする」という疑問詞を使って文を詳しくすることから始めました。
少しテーマから外れますが、これらの疑問詞の中で、「だれ」「なに」「どうする・どうだ」という3つの要素は文を作るうえで欠かせない要素で、この3つを使った基本的な

形態を「基本文型」、そこに必要な3つの要素を「必須成分」と呼んでいます。文は、ほぼどのような文も、この基本文型が土台になっており、そこに「いつ」「どこ」「どうして」などの「随意成分」と呼ばれる部分が加わって、文が長くなっていくという仕組みになっています。
話を元に戻し、その先生(A先生)が指導されたのが右上のファイルの例です。「いつ、どこで、だれが、なにをして、どうだった、思ったこと」などの、他者に伝える上で必要な要素に着目して文を詳しく書くように指導したわけです。その結果として、児童(B児)は、文の骨組みは書けるようになりました。といってもこれはあくまで土台。自分が言いたいこと、ほんとに表現したいことはそこにはまだ表現されていないといってよいと思います。

次にA先生が取り組んだのは、「いつ、どこ、だれ、なに」といった文の要素をさらに詳しく「どんな~」という説明(名詞修飾)を加えることによって、文を詳しくする指導です。
例えば、右の例のように「お父さんが、ルンバを 買いました」(「だれが なにを どうする」)という文は基本文型のⅡで、必須成分のみの最も基本になる文です。これに「いつ、どこ」という随意成分を加えたものが、A先生が最初にされた疑問詞を使って文を作る指導です。例文では、「日曜日の夜、お父さんが こじまで ルンバを 買いました」という文になります。「いつ、だれが、どこで、なにを しました」というかたちですね。*注「ルンバ」・・電気掃除機

その次に、文を長くする指導というのは、これらの「いつ、だれ、どこ、なに」という疑問詞に対応する部分(名詞)をさらに詳しくします。文法的には「名詞修飾」という方法です。この方法によって、文はさらに長くなり、「日曜日の夜(いつ)」は「星のきれいな日曜日の夜」となり、「お父さん(だれ)」は「やさしいおばあちゃんとちょっとおとなしいお父さん」に変わり、「コジマで(どこ)」は「なは市の大きいコジマで」となって、読んでいる人の脳裏には、ルンバを
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買いに行ったときの情景がさらに活き活きと浮かぶようになるわけです。右下の図は、ノートに貼った練習問題です。この指導法はホームページにリンクした以下のYouTube動画でも学習できます。
だれでもわかる日本語の読み書き・第29回
「大きな名詞にして文を長くしよう」
https://www.youtube.com/watch?v=sD_oJ0d04qg
こうした指導の結果、少しずつ長い文が書けるようになり、先日、修学旅行に行った時のことをB児は以下のように書いてきました。
〇初めてB児が書いた長い日記
「11月22日から11月23日、1泊2日の修学旅行に行きました。
初めての〇〇島は、フェリーで行きました。
2班みんなでフェリーの甲板に出ました。
甲板から青い空、緑の山、きれいな海が見えました。
次は、家族で行って、ちがう場所にも行きたいです。」(130字)
これまでの30字程度の短い文しか書かなかったB児が130字の文を書いてきたのですから本当に驚きです。A先生は「とても感動した。これまでの指導が間違っていなかったことを実感した」とのことでした。
〇さらに高みをめざした日記指導へ
B児の書いた修学旅行の日記は、以下のようにちゃんと4つの段落で構成されています。
(1段落・起)11月22日から11月23日、1泊2日の修学旅行に行きました。
(2段落・承)〇〇島と〇〇村に、〇小の6年生と行きました。
初めての〇〇島は、フェリーで行きました。
(3段落・転)2班みんなでフェリーの甲板に出ました。
甲板から青い空、緑の山、きれいな海が見えました。
(4段落・結)次は、家族で行って、ちがう場所にも行きたいです
基本的な文の構成もA先生が指導されたのでしょうか。全体の文は短くともまとまりのある構成になっています。あとは、それぞれの段落をもうちょっと肉付けして詳しくするとよいと思います。ここからは文法指導というより、本来の日記・作文の指導の領域に入ってきます。
例えば甲板から見た空と山と海の情景をもうちょっと詳しく描写するとどういう表現になるでしょうか? 青い空は「どこまでも続く青い空」とか「雲ひとつない青い空」、「ところどころすじ雲が浮かぶ青い空」など描写できるかもしれません。「きれいな海」は「透き通ったきれいな海」とか「時々魚たちがはねるきれいな海」とかよく観察すれば何か見えるかもしれません。「緑の山」は、「なだらかにつながった遠くの緑の山」などと表現できるかもしれません。また、目で観察したことだけでなく、その時の肌をなでる風の様子(触覚・聴覚)、海の潮風の匂い(嗅覚)など、五感でとらえたその時の様子なども観察できるかもしれません。さらに、甲板での2班の友達の様子はどうだったでしょう? 会話はききとれなかったかもしれませんが、友達の表情からその時の友達の楽しそうな様子、はしゃいだ様子は想像できたでしょうか? また、友達や先生とは何か会話をしたのでしょうか? 甲板での自分の気持ちや思ったこと、周りの様子など、詳しく観察する目を育てそのときの様子を詳しく書けるようになると、さらに文も長くなると思います。
また、この日記を書いたあと、タイトルをつけるとどんなタイトルになるでしょうか? そんなことを考えるのも文の主題(テーマ)をはっきりさせる練習になるのではと思います。
以上、文法指導の手法を応用して日記・作文の指導を実践された、ある難聴学級担任の先生の実践を紹介しました。「わかること!楽しいこと!」これが子どもが伸びていくための最大のポイントです。Bさんのこれからの指導、とても楽しみです。