全国の難聴児のための早期支援、聴覚障害教育の情報提供、教材などの紹介を発信します。

子どもが変わる!日本語指導ってどんなの?~二つの事例を通して

多くの難聴児や日本に滞在している外国人の子どもたちが、読み書き(書記日本語)で苦しんでいます。その子どもたちに「日本語がわかる!できる!」という自信を持たせたい、そう思いつつどうやったら日本語の読み書きをわかりやすく教えられるか、視覚的な

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教材を活かした日本語の指導方法をこの10数年、研究し実践してきました。

そのベースになったのは外国人のための日本語教育の方法、とくに「江副文法」という新宿日本語学校の江副隆秀校長が開発された方法でした。これは、日本語の品詞を色と形で分類したカード(右図参照)を並べて、日本語の文の構造を可視化する方法で、難聴児たちにはわかりやすい方法ではないかと思われました。

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この江副文法に、さらに自分たちで開発した手話を使って助詞の意味を教える「助詞手話カード」や「助詞カード」を加え、さらに「動詞活用表」「形容詞活用表」なども使って難聴児の日本語の文法の指導を試みました。

このような方法を使うと、それまでわからなかった助詞の使い方や動詞や形容詞の活用の仕方が視覚的に理解できるようになり、子どもに「ああ、そういうことなんだ」という

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気づきが生まれ、結果として文を読む力が向上し、日記の文の誤りも減っていきました。文法的な誤りが自分で気づけるようになったのです。

こうした、「日本語がわかる!」という経験は、「どうせ自分はできないから・・」とあきらめていた子どもたちに自信を回復させ、「もっと学びたい!」という気持ちを引き起こしました。以下のメールは、10年ほど前に文法指導を始めた、ある聾学校の先生からいただいたものです。

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自立活動の指導の時、『日本語チャレンジ』(右図)で文法の勉強を進めています。文法力には個人差がありますが、ほとんどの子が時間ぎりぎりまで「もう1枚プリントやる!」と言ってくれています。子どもと取り組みながら、こんなふうに考えるのか、理解していくのか、と私自身にも毎回発見があります。

 

しかし、このような先生はむしろ少数派でした。多くの先生方の反応は、「なぜ、このような中学校でやるような文法の学習を小1からやるのか?」「このような面倒な方法をやらなくても、国語の勉強を積み重ねればそのうち次第にわかるようになるのではないか?」

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 もちろんこのような、ある意味手のかかる方法によらなくとも「ふつうに」教科書をやっていれば日本語の力をつけていく子どもはいます。しかし、そのほうがむしろ少数派。残念ながら、ふつうに教科書をやって難聴児の日本語習得が可能になるのなら、読み書きが苦手といった難聴児の悩みや苦しみは、もうとっくの昔に克服されていたことでしょう。以下の成人難聴者の日本語に関する事柄は、先日、ある会社の人事担当の方からいただいたものです。聾学校や難聴学級を経て企業に入社した人たちについてのこのような指摘は今でもあるのです。(*)内は筆者の追記です。

 

①「(PCが)フリーズする」「レスポンス」「日々」など、一般社会でふつうに使われていることばの意味を知らなかったり、文法的な誤りがみられる。(*一般社会で使うレベルの語彙力・文法力の不足でしょう)
 

②表現がストレートで相手への配慮がなく、言葉がきつく感じることがある。言葉の温度感がない分、愛想がなく冷たい感じがする人も多い。(*他者の心への目配り=「心の理論」の課題も関連しているのかもしれません)
 

③業務の説明をする際、文章での説明だと理解できない場合がある。1つ1つ分けて直に説明したり、噛み砕いて言い換えたり、丁寧に説明する必要がある。(*小学校高学年レベルの日本語力の不足→低学年レベルの文・語彙への変換の必要性や対面での連絡の必要性。例;「フリーズ」→「動かない」、「レスポンス」→「返事」など)

〇国語・自立活動の総時間数は高卒までに2000時間以上!

小学生から中学・高校と経て聾学校を卒業するまでに費やす国語と自立活動の総授業時間は2000時間を越えます。こんなに勉強しても社会に出るまでに、一般的に通用する文章レベルには到達しないのです。これをどう解決すればよいのでしょう? 教科書を繰り返し読めば、おのずと日本語の力がつくのでしょうか?

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私はそこの認識が間違っていると思っています。教科書をただやみくもに進めれば解決するというのであれば、上記のような問題点を企業の方から指摘されることはないでしょう。問題は教科書が学習できるためには、当然、年齢相当の日本語の理解力が必要ですが、多くの場合、一般の教科書は難聴児が持っている日本語力とだいたい1~2年分の差があるため、難聴児はいつも背伸びをして教科書を学んでいることになります。「内容を解説すればわかるだろう」。いや、そうではなくて、教科書を自分で読む力が必要なのです。そのためには、まず、日本語の語彙力と文法力が必要です。その力を、教科書を学ぶ前に(または同時並行で)つける必要があるのです。それが日本語の文法指導であり日記・作文指導なのです。

 

〇「準ずる教育」の弊害

そのことを理解していただくために、私はこの10年ほどの間に、北は北海道から南は九州まで数えれば20数校の聾学校を回って話をさせていただいたり授業をさせていただいたりしてきました。NHKの『聾を生きる難聴を生きる』(YouTube日本語講座・第23回参照)にもとり上げていただきました(2016)。しかし、こうした指導法を理解して下さった先生方は圧倒的に少数派で、2022年現在、小学部として今でも取り組んでいる聾学校は香川聾学校と久留米聴覚特別支援学校の2校。あとは個人の立場で取り組んでおられる何人かの聾学校や難聴学級の先生方、それと外国人子弟の日本語教育に取り組んでおられる先生方です。

我が国の聴覚障害教育は、きこえる子の普通教育に「準じて行う」ことが基本とされています。そのために子どもに配布されるのは普通の学校で使う教科書です(特別支援教育用の国語教科書も配布されますが殆ど使われていないのが実情。内容が子どもの実態を反映しているとは言い難いからです)。親御さんたちにとっては普通の小学校で使っている教科書と同じなのは「望ましい」ことかもしれませんが、子ども本人からみれば「難しくてわからない」内容なのです。このギャップを埋めるためには、やはり「国語」ではなく、まずは「日本語」の指導が必要なのです。そうした観点から、思い切って「日本語」の語彙の指導、文法の指導に取り組んだ先生たちがいます。それらの実践の中から以前に、①ある県の難聴学級の先生の実践、②外国人子弟に日本語文法の指導をした実践を紹介しました。以下の実践がそうです。これらの実践は、文法の指導に取り組み始めて3か月ほど経過した時点での報告でしたが、その後、どうなったのでしょうか? 今回は、さらに3か月経って年度末を迎えてどういう結果になったか? いただいたメールから紹介します。

 

①難聴学級の実践

当ホームページTOP>乳幼児・児童期>難聴学級の取り組み


②外国人子弟・日本語教育の実践

当ホームページTOP>日本語文法指導>日本語教育>「わかる!」が生み出す学ぶ力、

外国人子弟の日本語教育に文法指導は効果ある?              


(追記)実は上記の実践は、私が直接先生方にお伝えしたことはなく、難聴児支援教材研究会のホームページとそこにリンクされているYouTube動画、出版しているテキスト等を使って、自分で考え工夫しながらなされた手作りの実践です。そして、わからないことが出てきたときに初めてメールをいただき、それに対してアドバイスしてきた実践です。ですから、私自身、お二人の先生に未だ一度もお会いしたことはありません。それでも「子どもが変わった!」ということは、やはり教材の力と先生方の教材を理解し使いこなす力なのだと思います。

 

〇難聴学級担任の実践・その後~2022.2のメールより

「・・最近のBさんですが、主要教科は難聴学級で学習しています。そして、なんと、テストはほとんど満点です! 理科や社会のテストも悪くて85点! これには交流学級(通常級)の先生もびっくりです!私が一番びっくりしています。 

 それから、私はこれまで国語の学習が、もう、教師としての自信を失うくらい、いつも虚無感に襲われていました。それが、今、もう楽しくて♪書きながらも思い出すと涙が出てきます。問いの文から答えを的確に探し出して答えることができ、分からない言葉も一回教えるとそれはもうスポンジが水を吸い取るように覚えていく! 今、『ありの行列』を学習中ですが、段落の要約も上手です! 自立活動では、最近は副詞がお気に入りで、副詞を使っての文作りが大好きです! とにかく品詞カードをつかっての学習は飽きることを知らず「名詞、動詞、・・・・言葉の勉強たのしいなぁ♪」は、これはこちらが飽きるほど聞かされています(^^)  

長くなっていますがもう一つ聞いて下さい。61歳のスクールサポートスタッフの方がいらっしゃるのですが、去年までBさんはこの方とお話ししたことがありませんでした。しかし、今日、自分から進んで「D先生、いつもトイレきれいにしてくれてありがとうございます」とお礼を言いました。 Dさんは、一つだけ覚えている「ありがとう」の手話をしながら涙を流して喜んでいました。 それをたまたま見ていた校長先生も、私も涙が出てしまいました。Bさんは、自分に自信を持ってから人に対しても臆することなく話しかけられるようになってきています。・・・」(2022.2

 

 Bさんは今、小学校3年生。難聴学級に入学してきた当初は、口話での会話力も語彙力・文法力などの読み書きの力も厳しく、生活科等を通した体験学習の中で実物に触れ、モノ

ことば)の概念を拡げ、概念のカテゴリーを整理していくという実践を2年間にわかって実践しています。このことは、語が獲得されていくしくみを体験を通して、また、視覚的に見えるかたちで整理していったことになります。この過程を体験することは実は、ことばの拡充にとって必要なだけでなく、私たちが思考するときに必要な思考方法を手に入れたということを意味します。私たちは同じ概念や性質を持つものを分類し整理して保存します。例えば、衣類は冬物や夏物に分け、上着や下着、装飾品など、さらにそれぞれ分類し保管します。まとめて整理するから必要な時にすぐに取り出せるし忘れることもない。ことばもこれと同じです。同じものをまとめて名前(上位概念)をつける。それらを

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まとめてさらに大きな括りにして名前をつける。大きな括りになればなるほど抽象語彙・概念になっていきます。こうした語のしくみを身につけた子どもは、語彙の数がどんどん増えていきます。

 話がとびますが、右のファイルは概念カテゴリーを整理する「ことば絵じてんづくり」によって絵画語彙検査が半年間に2年分伸びた幼児の例ですが、8歳5か月時の絵画語彙年齢は4歳7か月。半年後の8歳11か月には8歳11か月まで伸びています。このような、まるで奇跡のようなことが現実に起こるのです。語彙をまとめて整理することは、まとめて整理して記憶すること、蓄えられ整理された語彙の情報を使って、新しい情報について判断するということができるということです。それを「帰納推論」と言いますが、人の思考の中で、この帰納推論はもっとも重要で、もっとも頻繁に行われている思考と言われています(『ことばと思考』今井むつみ,岩波新書)。

*より大きな概念(上位概念)を思考に取り入れると語彙の発達が促される(Watson)

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 また難聴学級の話(Bさん)に戻りますが、難聴学級の先生は、Bさんが小3年の後半には文法指導にも取り組みました。幼児期にろう学校幼稚部に通った経験もあり、また今も手話を使っているBさんには、視覚と手話をも活用した日本語文法の学習はピッタリとはまり、その結果として教科書を自分で読む力につながりました。

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   指導前と指導後の検査の結果も大きく伸びました。助詞テストⅢ型は46点から78点(Ⅲ型は文だけの問題なのでⅡ型よりも難しく78点は合格ライン)。Jcossは6項目通過から19項目通過(小学校高学年レベル)になりました。ここまでくれば教科書は自分で読んで理解できます。

 Bさんは、今は、毎日学校に行くのが楽しく、学習面での伸びだけでなく、メールの文面のように心の面での成長が伺えるのは、日本語の学習をきっかけとして、「わかる!できる!楽しい!」と自信をつけ、その結果として「きこえない自分はそのままの自分でいい」と自己肯定感を身につけて、周りの人たちにも積極的に関わっていく力が育っていることがわかります。ここまでBさんが成長するのは正直私も予想外であり、ほんとうに感動しました。

 

〇日本語教育担当者の実践(週1回指導)・その後~2022.3のメールより

 「・・おかげさまで、今年度の日本語の授業が終わりました。先生に教えていただいたおかげで指導方法が分かるだけでなく、周囲に日本語指導について相談できる方がほとんどいなかったので、とても心強かったです。

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 助詞テストの結果を送らせていただきます。とくにAさんの変化は目を見張るものがありました。会話も1学期に比べて、やりとりが続くようになってきています。当初は校内で一番心配していたほどでしたが、成長がみられて、とても感謝しています。
 
また、担当した子へのアンケートでは、全員が「楽しかった」「来年度も受けたい」と答えてくれました。使った教材は、どれが楽しくて、どれが日本語ができるようになったのかを聞いたのですが、どれも楽しくどの活動も日本語ができるようになったと答えてくれました。・・」

 Aさんは、小学校2年生で来日。日本語は苦手感強く、難しい問題は取り組もうとしないなどのことが多かったようです。助詞テストの得点は1回目(9月)は26点でしたが、週1回、半年間の指導の後(3月)は70点に伸びました。半年間で44点の伸びは驚異的な伸びです。1回目の助詞テスト26点というのは、ほとんど偶然にあたる確率の得点ですから、学級担任のいうように「助詞が全く分かっていない」状態だったわけですが、週1回の指導でもここまで伸びたわけです。助詞テストⅡ型は80点以上合格点のテストですから、もう一息のところまで来たわけです。そして、Aさんは来年も日本語文法の勉強をしたがっている。それほど日本語を学ぶことが「楽しく」なり、「好き」になったということです。

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 以上、二つの事例を引用しましたが、日本語文法指導という視覚教材を活かした教材によって、日本語が苦手という子どもたちが、短期間の間に自信を取り戻していくことがよくわかっていただけるのではないでしょうか。まず、助詞と動詞の活用が理解でき、使えるようになれば、基本的な日本語の文の理解が出来るようになり、教科書を自分で読む力につながります。教科書を自分で読んで理解できれば、その力は学力向上につながります。学習への意欲、新しいことへ挑戦する気持ちも生まれます。子どもたちの内面に、この好循環を作り出していきたいものです。

┃難聴児支援教材研究会
 代表 木島照夫

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