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03-2教育実践~難聴学級・聾学校での取り組み

前々回(101日)、ある聾学校小学部2年生担任による、受動文の指導の実践について報告しました。その後、以下のように担任の先生からメールをいただきましたので続報として掲載します。

 

〇担任からの続報(10月18日)

「先日報告した受動文の授業と「動物園のじゅうい」の単元が2週間ほど前に終わったので、自作の受動文のプリントを作成してクラスの児童に解答させてみました。すると、クラスでもっとも日本語力の厳しい子なのですが、全ての受動文の問題を解くことができました!

最後は絵を見て受動文を作る問題を出したのですが、これも一人で文を作ることができました(右図)。正直、一つの単元だけでは受動文を理解するのは難しいだろうなと思っていたのですが、本人は自信を持って解答していて、「できた!」と、終わった後は嬉しそうに提出していました。改めて文法指導の効果を感じています。

受動文テスト.jpg

また、保護者からも「今年に入っていろんな言葉が出てきたような気がします。家でも『休み時間、鬼ごっこをして〇〇くんに押された〜』って受動文で話したんです!」と嬉しい報告を受けました。

今、この方法に出会えてたくさんの笑顔を見ることができています。すごく嬉しいですし感謝しかありません。

学生時代(教育系大学聾教育課程)、「受動文を聞こえない子どもたちに理解させるのは難しい」と教わった記憶があります。でも、今、目の前にいる子どもたちはその課題をひょいと超えて行きました。しかも自信満々に。もちろん、しばらく間を空けると忘れてしまうこともあると思いますが、それでも確実に思い出せる引き出しができたとは思っています。」

 

報告は、以上です。子どもの笑顔が見れたとき、本当に教師としてはうれしいものです。日本語力の厳しい子どもたちは、「できた!」という自信を持つときが少ないです。それは、やっていることが、子どもたちにとって、そのままでは難しすぎるからです。しかし、ここで報告した事例では、子どもの日本語力からみたら難しいレベルの内容を、工夫しながら指導し、子どもの「これならできる!」という自信を引き出すことに成功しています。出来る!という自信は、子どもの自己肯定感を高めます。自己肯定感が高まると、ほかの苦手なことでも「よし、やってみよう!」という積極的な意欲、挑戦する気持ちに繋がります。失敗しても、「よし、この次はがんばろう」「どうやったら出来るか工夫してみよう」という気持ちになります。これからの長い人生を生きてい行く上で、こうした積極性・意欲はとても大切なものですし、人との関わりを築くうえでも大事です。将来、仕事をするうえでも、雇う側からみると、「こういう子をうちでは使いたい」と思います。受動文が出来るという小さな一歩から、「出来る!」という自信を積み上げていくことが、その子の人間形成にもつながっていくのだと思います。

〇はじめに

きこえない子の苦手な構文(文法事項)に、①受動文(する、される)、②使役文(させる、させられる)、③授受文(あげる、もらう、くれる)などがあります。

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これらの構文の特徴は、いずれも、複数の人が存在し、それら複数の人との間で、物や気持や動作・行為などがやりとりされるとき、そのやりとりの関係を、それぞれの立場から表現するときの特徴的な言い方であるということです。しかし、こうした構文は、国語教科書ではいずれも小1で出現しますから、きこえない子にとってはちょっと大変です。では、どのように指導すればよいのでしょうか? 

 

動物園の獣医教科書2.jpg

〇認知発達と日本語文法の理解

上記のような、なにかとなにかの関係性を正しく理解し、表現するためには、人や物などそれぞれの対象(モノ・人など)と対象の関係を、客観的にとらえ、理解できる力がまず必要だということになります。認知発達的にいうと、自分自身との関連でことばを理解し使っている、生活言語(=幼児期)の段階から、自分の経験から離れてことばを客観的・一般的に理解し使える学習言語(=児童期)の段階へのレベルアップが出来ていることが必要であり、メタ認知的な視点つまり物事を客観的な視点から見る・考えるという思考が欠かせないというということになります。 

 しかし、逆に言うと、メタ認知的な視点や思考を意図的に育てていくことも大事です。そのためのひとつの方法として、受動文や授受文、使役文の学習が役立つとも言えると思います。例えば、「Aが Bを 呼んだ」という、A(=主語)の立場に視点をあてた文(能動文)は、Bの視点・立場に立って考えると「B(=主語)が Aに 呼ばれた」という言い方(受動文)に変わる、ということを学習することによって、ものごとを客観的な視点(Aの立場、Bの立場、あるいはABを見ているCの立場等)から見る、というメタ認知な思考を育てることに役立つのではないかと思います。

 

今回取り組まれた聾学校小学部2年生の実践は、まさにそのような実践ではないかと思います。この実践では、国語教科書に出てくる単元の中で、「能動文・受動文」をとりあげていますが、まず最初に、品詞カードやイラストを使い「○○が ××を ~する」という能動文と「××が 〇〇に ~される」という受動文を学習したあと、国語教科書に戻って「見回りが終わるころ、(主語省略) 飼育員さんに 呼ばれました」という「受動文」から、「呼ばれた人(主語)はだれか?」「呼んだ人はだれか?」などを考えさせることで、受動文・能動文はどの人物の立場・視点に立った言い方なのかを考えさせています。しかし、可視化された文とはいえ、文を読んだだけでは自分の頭の中に具体的な人物のイメージを描ききれない子どももいますから、さらに具体レベルにおろして動作化・劇化することで、文の意味を具体的に学習しています。

以下、実践例を紹介します。


教科書の単元をもとにした受動文の学習

          〇〇ろう学校小学部2年担任

 

1.対象児:小学部2年3名(ろう学校一般学級) 


2.単元名:2年国語科「どうぶつ園のじゅうい」


3.児童の実態と授業の概要 

 対象の3名は、1学期から動詞の活用や助詞の用法について自立活動や各教科の学習の中で取り組んできた。動詞の基本形を過去形に直したり、後ろに続く動詞を見て助詞を選択したりできるようになってきたが、受身文や使役文などの主語の位置が変化する文を正しく読み取ることは難しい。

本単元は、「動物たちに顔を覚えてもらう」「飼育員さんに呼ばれる」などの受動文や動作のやりもらい(授受)を表す表現が多用されている。また、主語の省略も多く、そのままでは誰の視点で書かれた文なのかが分かりにくい文章表現が多い。そこで本単元では、獣医と動物や飼育員との関係を文中の言葉から読み取れるように、抽出した文章を品詞カードで視覚化し、主語を補ったり、受動文と能動文を並べて提示したりすることで、誰の視点で書かれた文なのかを理解できることをねらい、実践を行った。


4.本時の目標(4/12時)

 獣医と動物や飼育員との関わりについて、文中の言葉と言葉の関係をもとに理解することができる。(知技)

 自分の知識や経験と獣医の仕事を結び付けながら読んだことを整理することができる。(主)

5.授業の様子

 本単元の学習を行う前に、絵を見て能動文と受動文を書き分ける学習を2時間行った。

受動文.JPG

そのなかで、能動文では「○○○○をどうする(動詞の基本形)」の形となり、受動文では「○○○○○○られる(動詞の受身形)」の形となることを確認し、それぞれの構文をもとに例文作りを行った。また、能動文を「ライオンの文」、受動文を「カニの文」とよび、それぞれの文の主語が変化することを確認した。(右添付写真)

 事前の学習をふまえ、本時の学習では「見回りがおわるころ、しいくいんさんに よばれ

板書写真.jpg

ました」という一文に注目して学習を進めた。品詞カードを使い「飼育員さんが獣医さんをよぶ」という能動文を児童とともに作成した後、「獣医さんが飼育員さんによばれる」という、教科書に掲載されている文に主語を補った形の受動文に書き換える学習を行なった。

しかし、文作りだけでは「獣医と飼育員のどちらが呼んだのか」をまだ理解できていない児童もいたため、獣医役と飼育員役に分かれて劇化を行なった。その後、再度能動文と受動文作りを行うと、適切な助詞の選択や動詞の活用(基本形から受身形への書き換え)に気をつけて文を書くことができた。

 その後のワークシートの設問にも全員が正しく答えることができていたことから、児童

ワークシート写真.jpg

が獣医と飼育員との関わりについて文中の言葉から正しく読み取ることができたと考えられる。(右添付写真)

また、劇化した際に「早く来てください」「今、行きます」など、立場に合ったセリフを自分たちで考えることもできていたことから、自分の経験と結びつけながら獣医の仕事について整理して読むこともできたと考える。


6.成果と課題

(1) 成果

・事前に能動文と受動文の書き分けや主語の違いを押えた上で単元の学習に入ったことで、文中の言葉をもとに読解を進めることができた。

(2) 課題

・単元の学習全体を通しての指導と、日記や作文の中で使用できるようにするための継続指導が必要。

 

  以上が実践の記録です。最初に紹介したように、この単元の中には、きこえない子の苦手な「授受文」「受動文」「使役文」が3つとも出現します。とはいっても一度にこれらの全ての構文を指導するのは子どもにとっても負担が大きいと思います。どれを指導するかはその時の教師の判断になりますが、難易度から言えば「授受文」か「受動文」を取り上げることになりますが、教科書への出現時期や出現頻度、その構文理解の難易度や重要度から考えて、まず「受動文」を取り上げたのは適切だと思います(聾学校低学年児童の半数以上は、受動文を能動文として理解しているという実態もあります。2012中川)。

 ついでですが、この単元には、「見る」という語に関連する単語が頻出します。「見回る」「見回り」「見ておく」「見せる」「見せてくれる」「見てほしい」「当ててみる」「見つかる」などです。語彙を増やすコツは、こうした語彙を取り上げてまとめて整理し覚えやすくすることです。それぞれの意味を確かめ、さらにそれらと似たことばを探すとか例文を作ってどのような場面で使う語なのか調べたりします。そしてそれらをノートにまとめ整理するとよいと思います。

少し話は変わりますが、この学級では、先日、別のろう学校(聴覚特別支援学校)の2年生の学級とオンラインでつなぎ、「文を長くするゲーム」で交流し、楽しんだそうです。これも興味深い貴重な実践。いつかこの場で紹介していただけると思います。それもまた楽しみです。

 


「重度難聴のS子さんが入学します。立ち上げの難聴学級担任をお願いします。」

3年前(2019)の3月、突如、難聴学級担任と告げられた私は、聴覚障害について何も知らないまま、その後わずか数日で難聴学級担任としての生活がスタートした。

 

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4月に入って入学式を待たずに対面したS子は、両耳に補聴器を装用し「名前は、たらた(発音の誤りがあり本名とは全く違う)でちゅ。よろちくおねがいちまちゅ。」と言ってお辞儀をした。きこえない子は発音に課題がある事は知っていたので、まずは発音指導について学ばなければいけないなと、その時は思った。その後、私の自己紹介をしてから、きこえる子に質問するのと同じく「誰と来たの?何できたの?」など質問をしたが、首を傾げるだけで何も答えない。幼稚園からの申し送りにも、言葉を発することはほとんどなかったとあったし、緊張しやすい性格なのかなと、その時はさほど気にもせず玄関で「これから宜しくね」と告げて見送った。

 

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入学式が終わって3週間ほどは午前中授業で、その間は交流学習期間として交流学級で登校から下校までを過ごした。S子は級友や交流学級担任から声をかけられると、常に私の顔を見上げ不思議そうにしていた。きれいにきこえてないから反応できないのかもしれないと思い、私がS子にかわってこたえることがほとんどだった。

 交流学習期間が終わって、いよいよ本格的な授業がスタートした。登校後、前日のこと

お休みの日の出来事を尋ねると、こちらの質問と全く合わないちぐはぐな答えが返ってくる。指文字をつかって同じ質問をしても首を傾げて困ったような表情をする。国語の授業では教科書の内容を一緒に読んだり書いたりして、その後、5WHについて質問すると困った顔をするだけで答えられない。きちんと音を押さえて読んでいるし、間違いなく書いているのに分からないという事は、もしかして、言葉そのものの意味が分からないのではないのかもしれないという事に気づき、国語の時間は言葉一つ一つの説明に時間がかかり、授業がどんどん遅れていく。このやり方が間違っているのか当たっているのかも分からない。校内でたった一人の難聴学級担任。悩みを相談できる相手もなく、教師としての自信喪失、焦燥感に襲われる毎日だった。

 

〇体験し語彙を整理することから始める

そんなとき、地区の研修会で『難聴児はどんなことで困るのか?』という本にであい、「語彙が不足していると、読み書き・学力は伸ばせない」という一文が目にとまった。そこには「語彙を習得するにはまず直接体験が必要だ」と記されていて、きちんと整理する

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ことで語彙が増え、更に高次の概念を習得することができると書かれていた。「これだ!これしかない!」と、翌日からすぐに知的学級で使用されていた写真と文の教材を借りて難聴児用にアレンジし、体験と言葉をつなぐ活動をはじめた。栽培学習、制作活動、調理実習、その他全ての活動においていつもホワイトボードやノートを手に持ちその場で言葉を指導した。全ての物には名前がついていること、そして、それを分類し仲間分けしてカテゴリー化すると、そこにまた名前がつくことを指導した。このような活動を繰り返したことで、言葉を獲得していくプロセスを身につけていったように思う。また、日記を書く際は活動前と活動後で上下に書かせるようにし、例えば、活動前は「にんじんを切る」となるが、活動後は「にんじんを切った」と動詞の語形が変化することを指導した。それにより、動詞は時間の経過などによって形を変えることを理解することができたように思う。

このような活動を1年生から2年生にかけての2年間行ってきたことで、少しずつ友達との会話も成り立つようになってきたが、まだまだ助詞の用法、動詞の活用には大きな課題があった。

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〇どうすれば助詞が身に付くのか?

助詞の指導については、会話の中で助詞を指文字で表したり、日記の中で指導したり、プリント学習を毎日の宿題や朝のドリルの時間に取り組ませるなどいろいろ手を尽くしたがなかなか定着しなかった。間違いを指摘すると「が?で?は?・・・」と適当に助詞を入れて私の表情から正解か間違いかを読み取ろうとする。「この指導法では無理だ・・・」と限界を感じていたとき、難聴児支援教材研究会のHPを見つけた。そこには言

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語を系統的に指導する方法がのっていて、そのゴールに「日本語で書かれた教科書を読んで理解する」と明記されている。「これだ!」と身震いする思いだった。そこからは毎朝5時に起きて、というより、勉強がしたくて指導法が知りたくて早くに目が覚め、出勤前に1時間ほど学習する毎日。HPから文法指導の理論を学び、木島氏のYouTubeから実際の指導法を学び、学校でS子に実践する日々!助詞手話記号については、S子の方が私よりも習得が早く、逆に私の方が「指導される」こともあった。教材もテキストも全てHPからダウンロードし、それを授業の中で活用したり、時には一緒にYouTube動画を見て勉強したりする毎日。S子の日本語の読み書き能力はぐんぐん伸びていき、あれほど苦しかった国語の授業が少しずつスムーズに流れていくようになった。


〇「きこえるようになりたい!」

んなある日、言語発達と同時にメタ認知力(物事や自分を対象化し、客観的に考える力)のついてきたS子が「T先生、S子はお腹の中にいるときお耳ケガしたわけ。ケガだから治るよね。きこえるようになりたい」と私の腕を掴んで言った。この時、きこえないことによる困難がS子に覆い被さっていたのだと思う。「きこえるようになりたい・・・」そう思わせている責任が(聴者の側にいる)私にもあることは分かっていたので、それに対してうまく言葉を返すことができなかった。そこで、きこえない自分を肯定的に受け入れるきっかけになればと、ある成人のろうの人との出会いの場を設定した。

時を同じくして、いつも点数が悪くて叱られていたリハビリの助詞のテストで満点をとることができた。そのリハビリでの様子を、翌日登校するなり嬉しそうに話し始めたS子!「リハビリの先生がねぇ『どうやって助詞の勉強をしたの?助詞手話記号って何?分から

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ないなぁ。』って言ったんだよ!リハビリの先生も分からないのにS子全部分かるよ!」と。その後、「ねぇ、千恵子先生、S子は助詞手話記号分かるでしょ!S子はきこえないから見る力が強いからね。だから、この助詞手話記号の使い方をきこえない子に教えてあげたいから、きこえなくていい!きこえない方がいい!」と明るい声で私に話してくれた。その日のS子の満面の笑みを思い出すだけで胸がいっぱいになり涙がこぼれる。そして、S子は今、「将来はろう学校の先生になりたい」という夢をもち、それを叶える為に一生懸命学びながら、友達とも楽しくおしゃべりをするようになっている。

 本当に、指導法が分からず、担任として苦しい時間も長くて、苦しいこともたくさんあったけれど、今、夢をかたるS子を見ていると、改めて「自信をつけてあげること!自己肯定感を高めてあげること!これが教育にとって一番大切なことだ」と感じる。もちろん、これから先、ずっと上り調子ではなく、また気持ちが落ちることもあると思う。でも、一度乗り越えた経験があれば次もきっと乗り越えていけると思う。

 それからしばらくたったある日、こんなことがあった。学校のトイレの清掃にスクールサポートスタッフとして来ておられるMさんに、トイレに入ろうとしたS子がこう言った。

M先生、いつもトイレをきれいにしてくれてありがとうございます(お辞儀)」

そうしたら、Mさんは、感極まって涙を流しながら、『うん。ありがとうね。嬉しい!』と、ひとつだけ分かる『ありがとう』の手話をつかってS子に言った。

そのやりとりを見て感動した私は、すぐそこにいた校長先生に今のやりとりを伝え、2人の姿を見て私たちまで感動して涙ぐんだ。

「きこえない自分は自分のままでいい!」そういう、肯定的な自己認識、障害認識、の育ちは、当然、自己肯定感につながる。自己肯定感が育った子どもは、自分の気持ちを他

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人に押し隠す必要がないから他人に対して素直な気持ちで接することができる。そんなS子の成長の姿が現れている一場面だった。

それから半年たった今(4年生)、S子はさらに成長し、あれほど嫌がっていた本を自分から読むようになった。今、夢中になって読んでいる本は、『ひみつシリーズ』(学研)であるが、今後の歩みは、また別の機会に報告するとして、今回は、1年から3年生秋までのS子と歩んできた3年間の実践の記録を掲載しておきたい。皆さまのご意見・ご感想をおききできれば幸いである。



〇日本語の語彙力・文法力を高める指導の工夫~体験と言葉をつなげる活動の充実を通して(PDF資料) 

実践研究報告 (2021.11).pdf

 *上記に掲載する「実践研究報告書」(PDF)は、高良千恵子氏が2021年11月に発表されたものです。難聴児との出会いも初めてなら聴覚障害教育も初めてという難聴学級の先生方は決して少なくないと思います。そうした、初めて尽くしの先生方にも大いに役立つ実践の記録だと思います。ぜひご一読いただければ幸いです。

また、この実践記録が公表されたのは202111月ですから9か月前ということになります。今、4年生になったS子さんは学習面でも障害認識の面でもその後さらに成長を重ねていますが、その報告は後日改めて機会を持ちたいと思います。(2022.8 木島照夫記)

多くの難聴児や日本に滞在している外国人の子どもたちが、読み書き(書記日本語)で苦しんでいます。その子どもたちに「日本語がわかる!できる!」という自信を持たせたい、そう思いつつどうやったら日本語の読み書きをわかりやすく教えられるか、視覚的な

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教材を活かした日本語の指導方法をこの10数年、研究し実践してきました。

そのベースになったのは外国人のための日本語教育の方法、とくに「江副文法」という新宿日本語学校の江副隆秀校長が開発された方法でした。これは、日本語の品詞を色と形で分類したカード(右図参照)を並べて、日本語の文の構造を可視化する方法で、難聴児たちにはわかりやすい方法ではないかと思われました。

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この江副文法に、さらに自分たちで開発した手話を使って助詞の意味を教える「助詞手話カード」や「助詞カード」を加え、さらに「動詞活用表」「形容詞活用表」なども使って難聴児の日本語の文法の指導を試みました。

このような方法を使うと、それまでわからなかった助詞の使い方や動詞や形容詞の活用の仕方が視覚的に理解できるようになり、子どもに「ああ、そういうことなんだ」という

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気づきが生まれ、結果として文を読む力が向上し、日記の文の誤りも減っていきました。文法的な誤りが自分で気づけるようになったのです。

こうした、「日本語がわかる!」という経験は、「どうせ自分はできないから・・」とあきらめていた子どもたちに自信を回復させ、「もっと学びたい!」という気持ちを引き起こしました。以下のメールは、10年ほど前に文法指導を始めた、ある聾学校の先生からいただいたものです。

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自立活動の指導の時、『日本語チャレンジ』(右図)で文法の勉強を進めています。文法力には個人差がありますが、ほとんどの子が時間ぎりぎりまで「もう1枚プリントやる!」と言ってくれています。子どもと取り組みながら、こんなふうに考えるのか、理解していくのか、と私自身にも毎回発見があります。

 

しかし、このような先生はむしろ少数派でした。多くの先生方の反応は、「なぜ、このような中学校でやるような文法の学習を小1からやるのか?」「このような面倒な方法をやらなくても、国語の勉強を積み重ねればそのうち次第にわかるようになるのではないか?」

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 もちろんこのような、ある意味手のかかる方法によらなくとも「ふつうに」教科書をやっていれば日本語の力をつけていく子どもはいます。しかし、そのほうがむしろ少数派。残念ながら、ふつうに教科書をやって難聴児の日本語習得が可能になるのなら、読み書きが苦手といった難聴児の悩みや苦しみは、もうとっくの昔に克服されていたことでしょう。以下の成人難聴者の日本語に関する事柄は、先日、ある会社の人事担当の方からいただいたものです。聾学校や難聴学級を経て企業に入社した人たちについてのこのような指摘は今でもあるのです。(*)内は筆者の追記です。

 

①「(PCが)フリーズする」「レスポンス」「日々」など、一般社会でふつうに使われていることばの意味を知らなかったり、文法的な誤りがみられる。(*一般社会で使うレベルの語彙力・文法力の不足でしょう)
 

②表現がストレートで相手への配慮がなく、言葉がきつく感じることがある。言葉の温度感がない分、愛想がなく冷たい感じがする人も多い。(*他者の心への目配り=「心の理論」の課題も関連しているのかもしれません)
 

③業務の説明をする際、文章での説明だと理解できない場合がある。1つ1つ分けて直に説明したり、噛み砕いて言い換えたり、丁寧に説明する必要がある。(*小学校高学年レベルの日本語力の不足→低学年レベルの文・語彙への変換の必要性や対面での連絡の必要性。例;「フリーズ」→「動かない」、「レスポンス」→「返事」など)

〇国語・自立活動の総時間数は高卒までに2000時間以上!

小学生から中学・高校と経て聾学校を卒業するまでに費やす国語と自立活動の総授業時間は2000時間を越えます。こんなに勉強しても社会に出るまでに、一般的に通用する文章レベルには到達しないのです。これをどう解決すればよいのでしょう? 教科書を繰り返し読めば、おのずと日本語の力がつくのでしょうか?

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私はそこの認識が間違っていると思っています。教科書をただやみくもに進めれば解決するというのであれば、上記のような問題点を企業の方から指摘されることはないでしょう。問題は教科書が学習できるためには、当然、年齢相当の日本語の理解力が必要ですが、多くの場合、一般の教科書は難聴児が持っている日本語力とだいたい1~2年分の差があるため、難聴児はいつも背伸びをして教科書を学んでいることになります。「内容を解説すればわかるだろう」。いや、そうではなくて、教科書を自分で読む力が必要なのです。そのためには、まず、日本語の語彙力と文法力が必要です。その力を、教科書を学ぶ前に(または同時並行で)つける必要があるのです。それが日本語の文法指導であり日記・作文指導なのです。

 

〇「準ずる教育」の弊害

そのことを理解していただくために、私はこの10年ほどの間に、北は北海道から南は九州まで数えれば20数校の聾学校を回って話をさせていただいたり授業をさせていただいたりしてきました。NHKの『聾を生きる難聴を生きる』(YouTube日本語講座・第23回参照)にもとり上げていただきました(2016)。しかし、こうした指導法を理解して下さった先生方は圧倒的に少数派で、2022年現在、小学部として今でも取り組んでいる聾学校は香川聾学校と久留米聴覚特別支援学校の2校。あとは個人の立場で取り組んでおられる何人かの聾学校や難聴学級の先生方、それと外国人子弟の日本語教育に取り組んでおられる先生方です。

我が国の聴覚障害教育は、きこえる子の普通教育に「準じて行う」ことが基本とされています。そのために子どもに配布されるのは普通の学校で使う教科書です(特別支援教育用の国語教科書も配布されますが殆ど使われていないのが実情。内容が子どもの実態を反映しているとは言い難いからです)。親御さんたちにとっては普通の小学校で使っている教科書と同じなのは「望ましい」ことかもしれませんが、子ども本人からみれば「難しくてわからない」内容なのです。このギャップを埋めるためには、やはり「国語」ではなく、まずは「日本語」の指導が必要なのです。そうした観点から、思い切って「日本語」の語彙の指導、文法の指導に取り組んだ先生たちがいます。それらの実践の中から以前に、①ある県の難聴学級の先生の実践、②外国人子弟に日本語文法の指導をした実践を紹介しました。以下の実践がそうです。これらの実践は、文法の指導に取り組み始めて3か月ほど経過した時点での報告でしたが、その後、どうなったのでしょうか? 今回は、さらに3か月経って年度末を迎えてどういう結果になったか? いただいたメールから紹介します。

 

①難聴学級の実践

当ホームページTOP>乳幼児・児童期>難聴学級の取り組み


②外国人子弟・日本語教育の実践

当ホームページTOP>日本語文法指導>日本語教育>「わかる!」が生み出す学ぶ力、

外国人子弟の日本語教育に文法指導は効果ある?              


(追記)実は上記の実践は、私が直接先生方にお伝えしたことはなく、難聴児支援教材研究会のホームページとそこにリンクされているYouTube動画、出版しているテキスト等を使って、自分で考え工夫しながらなされた手作りの実践です。そして、わからないことが出てきたときに初めてメールをいただき、それに対してアドバイスしてきた実践です。ですから、私自身、お二人の先生に未だ一度もお会いしたことはありません。それでも「子どもが変わった!」ということは、やはり教材の力と先生方の教材を理解し使いこなす力なのだと思います。

 

〇難聴学級担任の実践・その後~2022.2のメールより

「・・最近のBさんですが、主要教科は難聴学級で学習しています。そして、なんと、テストはほとんど満点です! 理科や社会のテストも悪くて85点! これには交流学級(通常級)の先生もびっくりです!私が一番びっくりしています。 

 それから、私はこれまで国語の学習が、もう、教師としての自信を失うくらい、いつも虚無感に襲われていました。それが、今、もう楽しくて♪書きながらも思い出すと涙が出てきます。問いの文から答えを的確に探し出して答えることができ、分からない言葉も一回教えるとそれはもうスポンジが水を吸い取るように覚えていく! 今、『ありの行列』を学習中ですが、段落の要約も上手です! 自立活動では、最近は副詞がお気に入りで、副詞を使っての文作りが大好きです! とにかく品詞カードをつかっての学習は飽きることを知らず「名詞、動詞、・・・・言葉の勉強たのしいなぁ♪」は、これはこちらが飽きるほど聞かされています(^^)  

長くなっていますがもう一つ聞いて下さい。61歳のスクールサポートスタッフの方がいらっしゃるのですが、去年までBさんはこの方とお話ししたことがありませんでした。しかし、今日、自分から進んで「D先生、いつもトイレきれいにしてくれてありがとうございます」とお礼を言いました。 Dさんは、一つだけ覚えている「ありがとう」の手話をしながら涙を流して喜んでいました。 それをたまたま見ていた校長先生も、私も涙が出てしまいました。Bさんは、自分に自信を持ってから人に対しても臆することなく話しかけられるようになってきています。・・・」(2022.2

 

 Bさんは今、小学校3年生。難聴学級に入学してきた当初は、口話での会話力も語彙力・文法力などの読み書きの力も厳しく、生活科等を通した体験学習の中で実物に触れ、モノ

ことば)の概念を拡げ、概念のカテゴリーを整理していくという実践を2年間にわかって実践しています。このことは、語が獲得されていくしくみを体験を通して、また、視覚的に見えるかたちで整理していったことになります。この過程を体験することは実は、ことばの拡充にとって必要なだけでなく、私たちが思考するときに必要な思考方法を手に入れたということを意味します。私たちは同じ概念や性質を持つものを分類し整理して保存します。例えば、衣類は冬物や夏物に分け、上着や下着、装飾品など、さらにそれぞれ分類し保管します。まとめて整理するから必要な時にすぐに取り出せるし忘れることもない。ことばもこれと同じです。同じものをまとめて名前(上位概念)をつける。それらを

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まとめてさらに大きな括りにして名前をつける。大きな括りになればなるほど抽象語彙・概念になっていきます。こうした語のしくみを身につけた子どもは、語彙の数がどんどん増えていきます。

 話がとびますが、右のファイルは概念カテゴリーを整理する「ことば絵じてんづくり」によって絵画語彙検査が半年間に2年分伸びた幼児の例ですが、8歳5か月時の絵画語彙年齢は4歳7か月。半年後の8歳11か月には8歳11か月まで伸びています。このような、まるで奇跡のようなことが現実に起こるのです。語彙をまとめて整理することは、まとめて整理して記憶すること、蓄えられ整理された語彙の情報を使って、新しい情報について判断するということができるということです。それを「帰納推論」と言いますが、人の思考の中で、この帰納推論はもっとも重要で、もっとも頻繁に行われている思考と言われています(『ことばと思考』今井むつみ,岩波新書)。

*より大きな概念(上位概念)を思考に取り入れると語彙の発達が促される(Watson)

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 また難聴学級の話(Bさん)に戻りますが、難聴学級の先生は、Bさんが小3年の後半には文法指導にも取り組みました。幼児期にろう学校幼稚部に通った経験もあり、また今も手話を使っているBさんには、視覚と手話をも活用した日本語文法の学習はピッタリとはまり、その結果として教科書を自分で読む力につながりました。

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   指導前と指導後の検査の結果も大きく伸びました。助詞テストⅢ型は46点から78点(Ⅲ型は文だけの問題なのでⅡ型よりも難しく78点は合格ライン)。Jcossは6項目通過から19項目通過(小学校高学年レベル)になりました。ここまでくれば教科書は自分で読んで理解できます。

 Bさんは、今は、毎日学校に行くのが楽しく、学習面での伸びだけでなく、メールの文面のように心の面での成長が伺えるのは、日本語の学習をきっかけとして、「わかる!できる!楽しい!」と自信をつけ、その結果として「きこえない自分はそのままの自分でいい」と自己肯定感を身につけて、周りの人たちにも積極的に関わっていく力が育っていることがわかります。ここまでBさんが成長するのは正直私も予想外であり、ほんとうに感動しました。

 

〇日本語教育担当者の実践(週1回指導)・その後~2022.3のメールより

 「・・おかげさまで、今年度の日本語の授業が終わりました。先生に教えていただいたおかげで指導方法が分かるだけでなく、周囲に日本語指導について相談できる方がほとんどいなかったので、とても心強かったです。

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 助詞テストの結果を送らせていただきます。とくにAさんの変化は目を見張るものがありました。会話も1学期に比べて、やりとりが続くようになってきています。当初は校内で一番心配していたほどでしたが、成長がみられて、とても感謝しています。
 
また、担当した子へのアンケートでは、全員が「楽しかった」「来年度も受けたい」と答えてくれました。使った教材は、どれが楽しくて、どれが日本語ができるようになったのかを聞いたのですが、どれも楽しくどの活動も日本語ができるようになったと答えてくれました。・・」

 Aさんは、小学校2年生で来日。日本語は苦手感強く、難しい問題は取り組もうとしないなどのことが多かったようです。助詞テストの得点は1回目(9月)は26点でしたが、週1回、半年間の指導の後(3月)は70点に伸びました。半年間で44点の伸びは驚異的な伸びです。1回目の助詞テスト26点というのは、ほとんど偶然にあたる確率の得点ですから、学級担任のいうように「助詞が全く分かっていない」状態だったわけですが、週1回の指導でもここまで伸びたわけです。助詞テストⅡ型は80点以上合格点のテストですから、もう一息のところまで来たわけです。そして、Aさんは来年も日本語文法の勉強をしたがっている。それほど日本語を学ぶことが「楽しく」なり、「好き」になったということです。

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 以上、二つの事例を引用しましたが、日本語文法指導という視覚教材を活かした教材によって、日本語が苦手という子どもたちが、短期間の間に自信を取り戻していくことがよくわかっていただけるのではないでしょうか。まず、助詞と動詞の活用が理解でき、使えるようになれば、基本的な日本語の文の理解が出来るようになり、教科書を自分で読む力につながります。教科書を自分で読んで理解できれば、その力は学力向上につながります。学習への意欲、新しいことへ挑戦する気持ちも生まれます。子どもたちの内面に、この好循環を作り出していきたいものです。

〇はじめに~実物に触れることの意味

前回、「写真カード」や「ことば絵じてん」の作り方について、パワーポイント資料をアップしました。⇒ いまさらきけない・・写真カード、ことば絵じてんの作り方.pdf

「写真カード」や「ことば絵じてん」は子どもの記憶を引き出す手掛かりとして使ったり、覚えたことばを整理するために使うものです。こうしたカード類をたくさん作ってそれを使ってことばを覚えさせることはできません。例えばいちごの写真や絵カードを見せて「いちご、いちご」と言わせてそれが言えるようになったとしても、それはいちごの写真と「いちご」という音声または文字記号が結びついただけで、「いちご」の概念がわかったことにはなりません。

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「いちご」がどのようなものか、いちごの概念を身につけるためには、本物のいちごに触れ、さまざまな体験をすることしかありません。実際にいちごを見る、触る、切る、つぶす、食べる、こうした実体験によってこそ、いちごというモノのイメージ(概念)が身につき広がります。ジュースにしたらいちごの形がなくなってしまう、ジャムにしたらドロドロになるなど、いちごが調理の仕方で変化することも体験しなければ分からないことです。さらに、「いちご」の写真カードを持ってスーパーに行き、いちごを一緒に探して、お金を出して買い、持って帰って、洗って、へたをとって・・・こういうプロセスを体験することでいちご・果物・お店・買物といった概念も合わせて形成されます。また、いちご狩りに連れて行き、実際に土に植わっているいちごをもいで食べてみると、いちごがどんな季節にどんなところで育つのかもわかるでしょう。それを「絵日記」にすれば、子どもは思い出と共に体験を文字や文とも結び付けることができるでしょう。さらに、ままごとやお店屋さんごっこでジュースをつくったりジュース屋さんになったりすることも日々の暮らしと関連付けてイメージする力も豊かになりますし、子どもの認知発達に重要な象徴機能を育てることにも繋がります。象徴機能とは、わかりやすくいえば実物を代理する機能です。見えないもの、そこにないものを代理物を使ってイメージする象徴機能の発達は、抽象的な思考の土台をつくります。抽象的思考とは、実体のないものや目に見えないことを頭の中で、映像、言語、記号、数字などを使ってイメージする力のことですから、象徴機能が高次に発達した結果できることなのです。

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さて、このような体験は、実は、幼児期の"日々のふつうの暮らし"の中で少し配慮したり工夫したりすればできることなのですが、あえて意識していないと、ついつい日常のルーティンな生活と会話に流されてしまい、子どもが意味や概念と共にきちんと語彙を身につけるチャンスを失ってしまいます(日常の会話は実物、指さし、目線、表情、語調など非言語情報やパラ言語情報がふんだんに使われているので、正しい言語情報が欠けていても子どもには伝わるので、会話としてはそれで終わることが多いのです)。また、その時の子どもの関心や気持ちに合わせて、目と目を合わせ、その子の言いたいことを的確に言い表せる声掛けの技も必要です。多忙さに追われてしまうと、気づかないうちに「ことばが十分に身に付かない」ままに成長してしまい、聾学校や地域の小学校や難聴学級に入ってくることになります。聾学校も小学校もきこえる子と同じ教科書を使って授業をすることが前提ですから、当然、こうした子は教科書を自分で読んで理解することができません(語彙も文法も不十分ですから言語情報だけで理解しなければならない教科書を読む力ななく、自分で言語を使って表現す

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る力も不十分)。そこで、聾学校や難聴学級では、国語や自立活動などの時間を使って子どもの日本語力(語彙力、文法力など)や思考力(概念形成、象徴機能など)のレベルアップを図るわけですが簡単にはいきません。例えば、「文房具」というカテゴリーの名前はおろか「はさみ」とか「のり」といった個別のモノの名称も知らない子どもを前にして、何をどこから始めるのか教師は呆然としてしまいます。学校生活の中で使うモノの名前を絵入りのプリントを準備して子どもに与えても一事が万事、きりがありません。次から次と知らないものが出てくるわけですから。スポンジが水を吸うように覚えてくれればまだしも、ワーキングメモリーなどの記憶にも課題があると期待するほどの効果があがりません。ではどうすればよいのか? 「急がば回れ」という言葉がありますが、思い切って「体験学習」中心の学習活動から始めるのがよいと思います。つまり、実物に触れ、実物を操作することを通してモノの概念を身につけ、それが日本語という文字や音声の記号で表されるという言葉や概念の成り立ちの原初的な体験をすることです。幼児期にやりそこなった言語学習の再体験といってもよいと思います。モノの概念やことばがどのように成り立っているのかそのしくみをもう一度、根本から学び直すわけです。


〇とある難聴学級での取り組み(1)

それを実際にやった小学校難聴学級の先生がいます。はじめてもった難聴学級に聴力の厳しい女の子が入学してきます。音声言語でのコミュニケーションは、目の前にないことを話題にすることは難しく、例えば以下のような会話になってしまいます。

T「お休みはどこに おでかけしたの? 」 C「おかあさんで いった・・」 

T 「どこに行ったの?」 C「 いちごが・・・ まる・・・ (身振りで)」

T 「いちごを たべたの?」 C「 ん・・・? 食べる」

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すぐに教科学習に取り組むことは難しいと考えたその先生は、特別支援学級の先生と協力して、小麦粉粘土あそびから始めてお月見団子づくりへと発展させていく過程で、感触あそびのときにオノマトペを使ってその表現を教え動詞に結びつける、買物をしてその材料がお店の中のどのような場所(カテゴリー)にあるのかを体験させる、使う道具をカテゴリーで整理して教える、工程を時系列で整理し順序の表し方を教えるなどさまざまな工夫をしています。また、実際に野菜を育て、収穫して調理したり、野菜の切り方の違いなども体験させています。このような実物に触れる体験を通してモノ・ことばの概念を身につけ

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ることで、子どもは次第に変わっていき、3年目に入った今、その子は「言葉をどんどん吸収していくのを感じています。言葉に関して、『これの名前は何?』『つまづくって意味は何?』などと質問するようになってきました。算数の『単位』の学習の後、壁に貼ってあったメモリ付きのマスキングテープで長さを測ったり、2年生までは図書館に行くのも嫌がるほど本嫌いでしたが、国語の授業が終わったあとの休み時間に辞典を開いていたりなど言葉への興味も広がってきました。」(難聴学級担任)と。ことばを知っていく喜び、新しい世界を発見したり、知識が

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広がっていくことの楽しさを子どもは身をもって体験したわけです。


〇概念・イメージを整理することの大切さ

 ことばを身につけるために大切なことは、実物に触れることだと言いましたが、もう一つ大切なことは、いろいろなものを実際に動かして分類し、仲間づくりをすることです。分類は知的な活動をするうえで最も基礎になるものと言われています(銀林浩,2007)。ことばも分類したもの(カテゴリー)につけられ

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た名前です。難聴児においても手話を使えば初語は1歳前後に出てきますが、1歳頃のことばはまだモノに貼り付けられたラベルのようなもので「ラベリング」の時期ともいわれています。そのため、ある赤ちゃんにとっての「わんわん」とは自分の家で飼っているプードルにつけたラベルであって、よその大型犬は「わんわん」でないこともありますし、逆に猫を見ても「わんわん」と言ったりもします(過剰般化)。しかし、2歳近くになると「わんわん(犬)」とは、どの犬種も含めた「イヌ」の仲間・カテゴリーにつけられた名前であることがわかってきます。これが、「ものになまえがあることがわかる」ということです。

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仲間づくり・カテゴリー」は、ことばと大きくかかわっていますが、実は私たちの生活そのものに大きく関わっていて思考にも影響を与えています。例えば、どこの家でも、食器や調理道具はキッチンにあり、衣類はタンスに、靴は靴箱に、本は本棚に、仲間ごとに分類され整理されて収納されています。このように整理しておかないと生活自体いや社会全体が混乱し成り立たなくなってしまいます。例えば、酒が欲しいのに魚屋さんに行って「ビールありますか?」と言っても魚屋さんは困ってしまうでしょう。私たちは、世界を「類」に切り分け整理し、あらゆる物事に対処しているのです。このような分類・整理をすることで、私たちは効率的に言葉や物事を記憶したり(モノが整理されずバラバラになっていては覚えることも負担になる。記憶の経済性)、新しいことばや物事、情報に出会った時に、それがいったいなんであるのか、収納され整理された既存の知識を使って推論し(帰納的推論)判断・認識していくという営みを行っています。そして、高度に分類され整理された言葉・概念をもっているからこそ抽象的な思考や知的活動を営むこともできるわけです。

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ところが、きこえない子はしばしばここで躓きます。例えば、国語の教科書の中には、必ず上図のようなことばの上位・下位概念に関する単元がありますが、「基礎語」といわれるモノの名前はわかっても「野菜」とか「お菓子」といった上位概念のカテゴリーの名称を知らないきこえない子どもが実際に少なからずいます。きこえる子ならいちいち教えてもらわなくてもどこかで聞きかじって知っていることばですが、きこえない子は「どこかで聞きかじって」という学習(「偶発的学習」)ができないので、大人が意図的に知る機会を作らなければ知らないままいってしまうというとうことが起こるわけです。「果物」とか「野菜」といった上位概念を知らなければさらにその上位にある「農産物」ということばは知る由もなく、上位概念は上に行けば行くほど概念の抽象度も高くなるわけですから、下からの語彙・概念が順番に積みあがっていないと、抽象概念の意味は理解できません。「農産物」がわからなければ5年生で学ぶ「農業」の理解も難しいでしょう。またさらに、私たちは世界を知るために、あらゆる対象を「類」に切り分けて整理し、理解・記憶・対応しているという思考方法も困難ということになります。そしてその結果として起こるのが「9歳の壁」といわれる現象です。ですから、きこえない子は幼い時から、「仲間づくり」という活動を意図的に積み重ねる必要があります。そのひとつの取り組みが「ことば絵じてん」づくりですし、日々の生活の中での活動では、例えば、ごみの分別収集、洗濯物の取り入れや収納、使った玩具や絵本の片付け、靴箱の整理等々。さらに『ことばのネットワークづくり』などで、多種多様な「仲間づくり」の経験を積むのも一つの方法でしょう。

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そしてこの仲間づくり・分類といった思考が育っているかどうかは5歳以降で実施可能なWISCⅣの「言語理解」の下位検査「類似」という検査でみることができます。この検査は、例えば「りんごとバナナはどこが似ている・同じ?」という質問を子どもにすることで、子どもはこれらの二つのモノを頭の中に浮かべて比較し、それらの共通概念をことばで取り出せるかどうか(頭の中に自分の経験を離れてモノ・ことばを思い浮かべ、それらを比べて共通の概念(両方とも果物だとか食べ物だといった)を取り出して言えるかどうかをみる問題です。このような検査によって、自分との関連でことばを理解している「生活言語」の段階から、自分の経験から離れて客観的・一般的にことばを理解したり操作できる「学習言語」の段階へと足を踏み入れているかがわかります。もし、この問題がクリアできないのであれば、「仲間づくり」や「ことば絵じてん」づくりなどの活動を再度やり直す必要があります(*1


〇とある難聴学級での取り組み(2)

この難聴学級では先にも述べたように「体験学習」を通して実物に触れ、実感を伴い豊かな概念をもったことばの習得ができるよう子どもを支援・指導してきましたが、同時に、「分類・仲間づくり」という視点を重視してことばの指導に取り組んできました。その結果、子どもは、ことばはカテゴリーをもっていること、それらのことばがいくつも集まってさらに大きなカテゴリーを形成しそこに名前がつけられていることを理解できるようになっていきました。取り組んで3年目になる担任は、次のように語っています(2021.夏)。

1、2年生の時は、机上での勉強よりも体験活動に重きをおき体験前後に日記を書かせたり、語彙をカテゴリー化する活動を行いました。その時はピーマンやきゅうりが『野菜』ということも分からず、犬や猫が似た形態のものとの認識はあったようですが『動物』という言葉は出てきませんでした。しかし語彙をカテゴリー化することで言葉が少しずつ豊かになってきていると感じます。」(担任)

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そして、担任は小3年の夏(2021)にWISCⅣを実施しています。その時の「類似」の評価点は14/19IQ125相当・評価点10が同年齢児平均値)で、検査全体の中でも本児の最も得意な項目でした。これまでの取り組みによって分類や仲間づくりといった思考方法を身につけ、モノの共通概念を考えたり、上位・下位概念などカテゴリーの名称を身につけるなど、語彙と概念習得の力が著しく伸びたと確認できる数値と言えるでしょう。また、太田ステージの「保存の概念」と「包含の概念」も通過しており、こうした結果から、実際にものを動かさなくとも頭の中でモノのイメージを思い浮かべたり、記号や数字、ことばといった象徴を操作し、抽象的な思考が可能になる段階(「具体的操作期」,ピアジェ)まで伸びたということだと思われます。

 しかし、まだまだ聴児と比べると語彙数は少なく語彙習得に偏りもあると思われます。動詞テスト、形容詞テスト、助詞テストの得点はまだ十分とは言えず、添付した日記(上図)のように助詞の使い方の間違いや動詞や形容詞の活用の間違いもあります。教科書を自分の力で読めるためには語彙力や文法力は必須です。今後は文法指導も並行することで、正しく読み、書く力を伸ばしていくとよいと思われますし、まだまだ伸びると思います。


*1)(右上図)ある聾学校幼稚部では年長児に実施したWISC「類似」の評価点が全体的に厳しく

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「仲間づくり」や言葉のカテゴリーに課題があることがわかりました(Ⅰ期;H202433名)。そこで保護者にこうした課題を伝え、生活の中での「仲間づくり」や「ことば絵じてん」づくりに取り組んでもらいました。こうした活動を始めてから以降の年長児たち(Ⅱ期;H2529,45名)のWISC「類似」の平均評価点は、意識的に取り組んでこなかった以前の幼児たちの平均評価点と比べると差がみられ、「仲間づくり」や「ことば絵じてん」づくりの効果が、「類似」に反映

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していると思われました。また、こうした取り組みの結果はJcoss平均通過項目数の伸びにも表れ、語彙力の改善に役立っていることが確認されました。

(右下図)

また、ある聾学校幼稚部年長児6名の「類似」の平均評価点は8.6で聴児の平均をかなり下回っており、課題があることがわかりました。そこで、これらの幼児に、夏休みを利用して家庭で「ことばのネットワークづくり」(右下図・難聴支援教材研究会発行,1200円)に取り組んでもらいました。そ

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して、その2年後、子どもたちが小学部2年時に行ったWISCでは同じ子どもたちの「類似」の評価点は12.2で、聴児の平均を上回り、大きく伸びていることが確認できました。

┃難聴児支援教材研究会
 代表 木島照夫

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