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乳幼児期・学童期

 赤ちゃんが補聴器をつけて間もない頃のお母さんたち方からこんな質問を受けました。

「補聴器をつけているのに、呼んでも反応しません。大丈夫でしょうか?」

「大きな音を出しても振り向かないのですが・・」

「きこえているのか、きこえていないのか、反応があったりなかったりで心配です。」・・・

 お子さんの難聴がわかって間もない時期の親御さんは、補聴器をつければすぐきこえるようになるのでは?と思っておられる方や、音が大きく増幅されていれば音に気づくはずだと思う方も多いようです。

しかし、実際には、聴力が重ければ重いほど、子どもは音に対しての反応をそう簡単に、はっきりと表してはくれません。では、音は入っていないのでしょうか? 

補聴器の調整によっては、音の増幅具合(=利得・ゲイン)が不足しているということもありますが、音が十分に入っていても、反応をはっきりと表してくれるわけではないところが、子どもたちの初期の聴性反応(きこえの反応)の特徴です。

難聴の赤ちゃんはこれまでに音を意味のあるものとして聞いた経験がありません。極端に言うとこの世の中に音が存在しているんだということ自体を知りません。ですから、赤ちゃんの聴力と補聴器の調整から十分に音が入っていると考えられる場合は、音が入っているのは確かなので、あとはどのような関わり方をして、音の存在に気づかせていくのか、家庭でどんなことをすればいいのかということになります。

 

家庭での聴性反応の見方

さて、では、どのようにして聴性反応をみていけばいいのでしょうか。それにはまず子どもの置かれた状況を理解することが大切です。子どもは、補聴器を装用したことで、今まで入らなかった刺激=音が入ってくるわけですが、その時に理解しておかなければいけないのは、その音は、私たち聴者がきいている音とは全く違う、不明瞭で、曖昧で、歪んだ音であるということです。「たろうちゃーん」と呼んだからと言って、「た・ろ・―・ちゃーん」と一音一音(音韻)がその音の通りに明瞭に耳に入ってくるわけではないということです。そして、まだ聞き慣れない自分の名前を呼ばれても、突然、得体のしれない音の刺激に驚くことはあっても、「名前がわかって振り向く」という反応が見られないのは当然のことです。ですから、名前を呼ぶ時には、目線が合った時に、指文字やサインを付けて、近づいて肩をトントンして笑顔とともに「たろうちゃん」と自然体で呼びかけるということを心がけて行きたいものです。

次に、私たち聴者も、きこえてくる音が何の音かということについては、経験を通して学んできたということを理解しておかなければなりません。救急車の音を聞いて、救急車のサイレンを鳴らして走る様子を見ながら、「ピーポーピーポー」音が救急車とイメージできるようになってきたはずです。その時に、身近にいる大人から、「どこかで事故があったのかな?」「誰か病気で救急車を呼んだのかな?」という話を聞いたり、大人同士が「近くの○〇病院じゃなくて、××病院のほうがいいよね。」などと話しているのを聞きかじったりしながら、救急車=病院、けが、病気...というイメージが形成され、音を聞くとどこか不安な思いになるように聴覚学習をしてきているわけです。

しかし、見たこともない鳥や動物の鳴き声を聞いても、その音からその鳥や動物をイメージすることはできません。テレビで見たことがある...といった間接体験も含めて、体験したことのないものについては、イメージが持てないのです。そのように考えると、補聴器をつけて間もない子ども達にとって入ってくる音は、体験したことのない、イメージが持てない音だらけ。つまり、入ってくる音は全て‟雑音"と言えるでしょう。何の音であるかがわからないので、音を積極的に探そうといった、振り向き反応が見られないのは当たり前です。私たち聴者も、自分に関係のないエアコンの音や雑踏での他人の声等は、雑音と見なしていちいち気に留めないはずですし、人声の中にたまたま自分のことが話されているのが聞こえたりすると、思わずそちらの方向に耳がダンボになったりしますが(カクテルパーティー効果)、それと同じです。大きな音がして、それが補聴器から音として入ってきたとしても、何の音かというイメージや興味関心がなければ、子ども達は反応を示しません。

ですから、わが子がきいて楽しんでいるのかなと思われるおもちゃや楽器、太鼓、鍋、フライパン等の音で、きくあそび(音遊び)をたくさん経験した上で、子どもが楽しめた音を使って反応をみるとよいと思います。音をきいて、見て、触って、奏でて...とたくさん聴覚以外の感覚も駆使してきいたことで、その音にまつわるイメージが豊かに形成されている音を使うのです。こうした音を近い所できかせてみると、「おや?僕の知っている〇〇の音だ!」と、子どもは振り向いてくれるでしょう。こうした振り向き反応を引き出すためには、親御さんが共感しながら遊びを通して聴いて楽しむという積み重ねが必要ということです。「きこえているのか、きこえていないのかわからない」のは、子どもにとって、耳から入ってくる音がイメージの持てない音であるため、反応の示しようがない状況にあるともいえると思います。

 

補聴器が音を増幅する器械と思うと、このように「聞こえ」の様子に目がいきますが、音の反応の見方で大切なのは、実は子ども本人の「発声」です。重度難聴のお子さんであると、周囲からの呼びかけや環境音についての反応をみるのは上記に述べたように、非常に時間がかかります。そこでまず、補聴器の効果を見るためには、お子さんの発声の様子をみていただきたいと思います。個人差があるので、どの位で~とはなかなか言いにくいのですが、子どもは、補聴器をつけて数か月すると、自分の声が補聴器に届き、きこえる...それを確かめるようにスイッチを入れたとたんに「あーあー」「あっ、あっ」というように発声する姿が見られるようになります。こうした様子は見られないけれども、「声が増えてきた」という様子が見られれば、それも大事な補聴器の効果の目安になります。補聴器のスイッチを入れてすぐの発声も、自分の声に気づき確かめる声だったように、補聴器装用に慣れていくと、自分の声がよく聞こえてくるので、自分の声をたくさん出して、声を確かめ、実感し、楽しみながら発声が増えていくわけです。そして、その発声の増加の後に、『声の変化』が起こります。「あーあー、あう あうあー、うわうわ」といった母音様の声が、「バッバッ、まんまん、ダッダッダ...」という両唇や舌を使った子音を含んだ声に変わっていきます。こうした声の変化は、聴こえる赤ちゃんが喃語から音声言語を獲得していく道筋と同じです。

 下記は比較的聴力のよい赤ちゃんの育児記録からの引用です。

A児(50dB、生後4か月補聴器装用開始)

「声は、ア、ウ、エ、ンだけだったが、『バババ』『パパパ』など濁音や半濁音がついた声を出すようになってびっくりした」(9か月)

B児(80dB 、生後7か月装用開始)

「『マンマンマ~』『バババ~』などの声を出すようになった」(1歳0か月)

 

聴こえる赤ちゃんは、お母さんの声を聴いて、お母さんの声特有の声のパターンやリズムやイントネーション(抑揚)を聴いて学習していると言われています。英語を話すママに育てられた赤ちゃんは英語の音韻を身につけていくけれども、日本語を話すママに育てられた赤ちゃんが英語の音韻を発声するのは難しいというように、最初に獲得する音声言語は、生後間もない頃からの「聴く」学習によると言われています。しかし、100B以上の重度難聴の子ども達に、補聴器から音韻を聞き分けて学習させていくことはとても難しいことです。それよりは、「行こうねー(イコーネー)」という抑揚や「ワンワン」「モー」といったリズムの違い(韻律情報)を聞き分けて、聴覚を音声言語理解の助けにしていくことを大切にしていくとよいでしょう。補聴器で低音域の音の増幅を大切にすると、こうした聴覚活用に役立てやすいものです。声を育て、耳から入ってくる音声言語のパターン、リズム、抑揚の違いを学習することを育てていくことが大事です。乳幼児期の子ども達は、補聴器の効果についてことばで教えてはくれません。是非、身近にいる親御さんが、わが子の補聴器を効果的に活用していかれるように、よく観察して、気づいたことをメモしておき、補聴器の担当者に伝えていかれるとよいと思います。

 

幼児期での動詞語彙の増やし方や活用の学び方について、前回は①会話の中で、②絵日記の中で、③ことば絵じてんの中で、という3つの方法について書きましたが、今回は、④ことばあそびと⑤ワークブックを通して動詞の語彙や活用を身につける方法について書きたいと思います。

〇動詞のゲームができるようになる時期は?

 聴児はだいたい3歳を過ぎると、「大きい・小さい、長い・短い、多い・少ない」といった形容詞や「あそぶ・作る・座る・歩く」といった動詞がわかるようになります。また、紅白のゲームでの勝ち負けや鬼ごっこのルールもわかるようになり、3歳代の半ばになるとじゃんけんのルールもわかるようになってきます。この頃になると、簡単なことばあそびのルールもわかるようになってくるので、絵カードなどを使った比較的単純なゲームが楽しめます 

〇動詞を使ったゲーム

①「動詞絵あわせ」(入門コース)

 

動詞ゲーム1(絵合わせ).pptx.jpgず、日本語の動詞語彙を増やしましょう。市販されている『動作のえあわせカード』(銀鳥産業,550円)44語を使って「ババ抜き」の要領で遊びます。1つの動作語(動詞)を左右2枚のカードで真ん中で合わせると、「かく」「かぞえる」などといった一つの動作語ができあがります。3歳から家族みんなで楽しめます。『反対ことばカード』(銀鳥産業)でも同様な遊び方ができます。

 

②「同じ動詞をさがそう」(入門コース)

動詞ゲーム2(同じ動詞をさがそう).pptx.jpg 手話と日本語のマッチングで動詞(日本語)を増やしましょう。「たのしい指文字」(動詞編大型ポスター,本会発行)を切って動詞のカードを作ります。また、写真にあるような文字・指文字のカードを作ります(本会ホームページからもダウンロードできます)。これを一緒にして山積み(裏側)にしておき、場には5枚表にして出しておきます。順番を決め、山から1枚ひいて、場に合う動詞のカードがあったらゲットできます。なければ場に表にして置きます。交替して繰り返します。

 

③「一日の生活すごろく」(入門コース) 

動詞ゲーム3生活すごろく.pptx.jpg朝「起きる」から夜「寝る」までの1日の生活の中での子どもや家族の生活動作を写真で撮ります(右のファイルは絵本の絵を使用)。それを順番にならべてすごろくを作ります。自分や家族が写っているのでとても楽しく遊べます。動作語も3040くらいはあるので、大きめのカレンダーの裏などを使います。

 


④「動詞王様ゲーム」(入門コース)

 

動詞ゲーム4王様ゲーム.pptx.jpg王様と家来を決め、王様と家来のやりとりを楽しみながら進めるゲーム。


⑤「動詞かるた」(入門コース)

 手話と日本語(文字)とのマッチングをねらいにしたかるた遊び。読み札の動詞を手話で提示し、その手話に合う動詞絵カードをさがします。

 

⑥「動詞ビンゴ」(初級コース)

動詞ゲーム5ビンゴ.pptx.jpg 運動会、遠足などの行事があったとき、その行事にちなんだ動詞をまず探します。その動詞が20くらい集まったらカードにします。そしてビンゴ盤(3×3、4×4など)にそれらの動詞から選んで書き、ビンゴをやります。

応用編として否定形の動詞だけ、自動詞だけなどでやることもできます。

 


⑦「食べますか?食べませんか?」(初級コース)

 

動詞ゲーム6食べますか?食べませんか?.pptx.jpg動詞習得の難しさの一つは動詞が活用することです。動詞の獲得語彙数が少し増えてきたら簡単な活用の学習に挑戦しましょう。楽しくやるにはこのゲームはもってこいのゲームです。「食べますか(食べる)?」と「食べませんか(食べない)?」という二つの文字カードといろいろなモノの絵カードを準備し、裏返して山積みにします。親役が1枚めくって相手に見せないように「食べますか?食べませんか?」と尋ねます。相手はどちらかを答えなければなりません。もし「食べます」と答えてそのカードが「食べもの」であったら当たりでそのカードはもらえます。そうでなかったらはずれで相手のカードになります(「食べません」と答えて食べ物でなかったら当たりです)。「食べます!」と答えて絵カードが「靴」であったりするととても面白いです。

 

⑧「反対語ゲーム」(初級コース)

 

動詞ゲーム7(反対語).pptx.jpgのサムネール画像互いに向かい合って座ります。じゃんけんをして勝った人が出題者になり、山積みした反対語カードから1枚とり、問題を手話(例「高い」)で言います。相手の人はその手話を見て反対語を言います(例「低い・安い」)。正解なら相手がそのカードをもらい、続けて挑戦できます。不正解なら役割を交代します。カードをたくさん集めたほうが勝ちです。

 

⑨「日本語を手話に換えよう」(初級コース)

動詞ゲーム8(手話で言おう).pptx.jpg動詞絵カードを裏にして山積みし、出題者はその中から1枚とり、指文字で題を出します。(例「とる」。相手は、指文字で提示された「とる」を見て、手話に換えて応えます(盗る、取る、撮るなど)。正しく手話にできたらそのカードは相手のものになります。できなかったら床の上に置き、役割を交代して同様にやります。たくさんカードをとった方が勝ちです。

おまけのゲームとして、自分がとったカードでことば(単語)を作ります。いくつできるかやってみてください。

 

⑩「動詞を使って文をつくろう」(中級コース)

 

動詞ゲーム9(文をつくろう).pptx.jpg動詞絵カードを二種類に分類します。一つは「に」を使う動詞の箱、もう一つは「を」を使う動詞の箱。「に」を使う動詞とは例えば「行く、帰る、ある、ない、終わる」など、「を」を使う動詞とは「食べる、追いかける、壊す」など。両方どちらでも使える動詞(例えば「渡す」「運ぶ」など)はどちらかに入れます)。じゃんけんをして勝った人からどちらかのカードを1枚とります。「壊す」であれば絵にある積木以外のものを考えて「~を壊す」と言い、正しければそのカードはもらいます。これを互いに役をかえて交互に繰り返します。動詞を使った二語文づくりの練習です。ある程度、文が作れるようになったら箱をなくして全部のカードを裏返してそこから1枚とって自分で助詞を考えて文をつくれるようにします。

 

〇動詞のワークを使おう

 ある程度、動詞の語彙が身についてきたらワークブックを使って頭の中のことばを整理します。カテゴリーや文法ルールにそって整理することで、さらに新しいことがらを学んだり、抽象的なことがらの学習がしやすくなります。


①『ことばのネットワークづくり』(別冊解説付,年中~)

 

ことばのネットワークづくり①同音異義語.pptx.jpgことばをカテゴリーで整理することのメリットは二つあります。一つは、共通点を取り出して整理しカテゴリー化しておくことで、新しく出会ったものごと、ことばや概念に対してそれがどういうものかを、保存されている知識と瞬時に照合して予想することができることです。二つ目はカテゴリーで整理することで記憶したり保存したりしやすくでき、そのことによって新しい経験やことばもさらに効率よく記憶できることです(*本HPTOP>日記・絵本・手話>ことば絵じてん参照)。

ことばのネットワークづくり②擬音語・擬態語.jpg 『ことばのネットワークづくり』も多様な観点から動詞を整理できるワークです。例えば「あがる」という語には様々な意味があります。「舞台にあがる」「観客の前であがる」「体温があがる」...。様々な意味の「あがる」を「あがる」という概念でまとめることで「あがる」の多様な意味や使い方が整理できます。また、「オノマトペ」(擬音語・擬態語・擬声語)は動詞の前にくることで動詞の意味をさらにわかりやすく説明できます。例えば「ふるえる」に「ブルブル」をもことばのネットワークづくり(CD).pptx.jpgってきて「ブルブルふるえる」とすることで寒さでふるえている様子がより伝わりやすくなります。では「スタスタ」はどんな動詞の前にくるのでしょうか? このような副詞と動詞の関係でカテゴリーを整理することもできます。さらに、『ことばのネットワークづくり練習問題CD』には、ワークと同様の練習プリントがA460枚分や手話と日本語を結びつける練習プリントA4284枚分なども入っており、さまざまな観点からことばを整理することができます。

 

②『絵でわかる動詞の学習』(別冊解説付,年長~)

 

絵でわかる動詞の学習①語彙・肯定否定.jpgこのワークは語彙編と活用編からなり、動詞を様々な観点から学習できます。肯定・否定形、可能形、アスペクト、自動詞・他動詞、授受文、受動・能動文、使役文など聴こえない子が苦手といわれる活用を全て網羅しています。また、『はじめての動詞の活用CD』には活用練習プリントA4版92枚や指導用パワーポイント教材なども入っています。

 

絵でわかる動詞の学習②授受表現・受動文.pptx.jpg

〇動詞、どれだけ知っていますか?

 前回も書いたように、動詞は文のかなめです。動詞の語彙を手話でいくらたくさんもっていても日本語と結びついていなければ教科書は理解できません。小1の教科書が自分で読んでわかるためには、日本語で動詞の語彙(基本形)が最低200語程度は必要です。では、お子さんの動詞のかずは? もし、お子さんの動詞のおおよその習得語彙数をお知りになりたい方は、簡易版『動詞語彙チェック25A45頁,Word)をお送りしますので、本会事務局  nanchosien@yahoo.co.jp あてにメールをください。返信メールで上記チェックリストをお送りしますので、それをお子さんにやっていただき、答が記入された用紙を添付ファイルで送っていただければ採点してお返しします(無料)。 

「聴力100Bの我が子は軽中度難聴や人工内耳のお子さんに比べて動詞の語彙が少ないように思います。どうすれば動詞を増やすことができるでしょうか?」

 ある保護者の方からこのような質問をいただきました。確かに、高度・重度難聴の幼児の動詞の獲得語彙数は少ない傾向がみられます。Jcoss(日本語理解テスト)でも、一般的に軽中度難聴や人工内耳の子は「動詞」の項目は年少・年中あたりで「通過」(問題として提示される4つの動詞がいずれもわかる)しますが、高度・重度難聴の子は年長くらいになる子が多いです。後者の子たちは日常会話の中で手話を用いる割合が高い(聴覚からの入力に限界がある)子たちですから、意図的・意識的にかつ視覚的に日本語を使う機会を増やさないとなかなか動詞は増えません。そこで、今回は、日常会話の中での工夫、絵日記やことば絵じてんづくりの中での工夫について、次回は動詞を使ったことばあそびの方法について書きたいと思います。


〇日本語の中で最重要品詞は動詞と助詞

 

文の構造.pptx.jpg日本語の文は、右図で示したように、文末の語(述部)に全ての文節が係る構造になっていて(最も伝えたいことが最後の述部にくる)、文末に来る語で最も多いのが動詞です(形容詞:例「今年の春は暖かい」や名詞+「です」:例「私の好物はみかんです」もありますが多いのはやはり動詞)。ですから、動詞がわからないと文を読んだり書いたりすることができないので、まず動詞をたくさん身につけることが大事です。

 小学校1年の国語教科書(光村図書)には250語位の動詞が出てきますが、そのうちの最低8~9割(200220)語は知っていないと自分の力で読んで文を理解することは難しいと思います。 


〇動詞は大事だけれど学習しにくい

 きこえない幼児にことばを教えるとき、机やいす、テレビ、冷蔵庫などそのモノに「つ

動詞活用の種類.pptx.jpgくえ」とか「テレビ」といった、そのモノの名前を文字カードにしてそのモノに貼りつけてモノの名前を教えるといった活動をすることがありますが、このような事物名詞と違って動詞には文字カードを貼り付けることができません。事物名詞のようにそこに「歩く」というモノがあるわけではないのです。

さらに面倒なのは、動詞は活用して一つの動詞が多様に変化することです。同じことばが数十通りの変わり方をします(右表参照)。「食べた」も「食べました」も同じ意味を表すことばなのに、見た目の形が違うと

動詞の誤り.pptx.jpg別のことばだと、きこえない子は思ったりします。

そのような厄介さがあるので、動詞はなかなか幼児期に語彙数が増えませんし、使い方も定着しにくいです。右図の成人の聴覚障害の人が書いた文をみると、動詞と助詞に誤りが集中していることがわかります。そして動詞語彙そのものは間違っていないのに、前文との関係で適切な使い方になっていないことがわかります。適切に運用するためには一定の習熟が必要なのです(きこえる人は会話の中で何十、何百回と繰り返して習熟している)。しかし、動詞と助詞が適切に使えるようになれば、文は正しく書けるようになることもこれらの事例の誤りの特徴が助詞と動詞に集中していることからも理解できます。

 

〇幼児期の課題は、まず動詞の習得、次に基本的な活用を知る

 さて、動詞はそのどれもが活用しますからその変化の規則を知ることも大事ですが、ともかく動詞をたくさん習得することがまず必要です。「おやこ手話じてん」は、実は動詞を重視して作った辞典で、この本の中には動詞が264語掲載されています。これらはいずれも日本語でも手話でも表せる動詞で、これだけのかずの動詞が身についていれば日常生活の中では困ることはまずありません。ですから動詞の語彙数をみるときの一つの目安としてこの辞典に掲載されている動詞の語彙を使うことができます。(獲得語彙数の調べ方は、TOP>乳幼児・学童期>子どもが獲得している語彙数は? 参照)

 

①会話の中で動詞を指文字で綴る(チェイニング法)

 では、手話中心に会話している場合、どうやって手話の動詞を日本語の動詞と結び付ければよいのでしょうか? これには口話併用手話を用いながら、動詞の部分を再度、指文字で強調する"チェイニング法"を使います。例えば以下のようにします。

 

 「太郎は、明日、引っ越すらしいよ」→「たろう(指文字)(指文字「ハ」を使うか親指を立てて太郎を示し、その親指を指さす)、明日(手話)、引っ越す(手話をしてさらに指文字で「ヒッコス」をかぶせるように表現)、らしい(手話)、(口形または指文字「ヨ」)」

 *「引っ越す」という動詞を手話でやって、さらにおっかぶせるように指文字で「ヒッコス」と綴る。さらにもう一度「引っ越す」の手話をやれば"サンドイッチ法"。引っ越すの意味がわからない時は、紙に絵を描いて説明し、「引っ越す・引っ越し」の文字も加えるとよいでしょう。

 

事例①.pptx.jpgこうした方法を実際にやって効果をあげた事例を右に紹介します。

 この幼児は年中までは手話オンリーでしたが、年中の頃から日本語の習得を意識し始め、まずは少しずつ手話での会話の中に指文字を取り入れていきました。指文字が増えて日本語と手話が結びついてきたら、会話の中での難しい言葉は「指文字⇒手話⇒指文字」の順に提示していきました。また、このころから「二語文暗記」も始めました。毎日、一

事例②.pptx.jpg文を覚えます。根気のいる方法ですが、だんだんと日本語の文がわかるようになり、小1の頃には、かなり長い文でも覚えられるようになりました。日本語力アップのためのおススメの方法です。(この子どもは現在、大学2年生になっています。)

 



事例③.pptx.jpg









②絵日記の中で動詞を意識的に扱う

絵日記動詞①.pptx.jpgのサムネール画像日記の中では必ず動詞が出てきます。まずは、動詞の意識化。右の絵日記では「書く」「くっつける」「折る」などの動詞を手順に沿って取り上げています。また、下の絵日記では、助詞を〇で囲み、動詞を黄緑色ベース型で囲って品詞分類をしています。この年齢では品詞の意味はわからなくとも、最後に来るのは黄緑色ベース型が多いとか文の途中にもあるとかがなんとなくわかればそれでOKです。(因みに名詞は黄色四角、時間や数量を表す時数詞はピンク色四角で囲っています)

絵日記動詞⑤.pptx.jpgのサムネール画像

 また、右下の絵日記のように、動詞の横にその動詞の元の形(基本形)を書く方法も有効です。こうすることでその動詞は全く別のことばではなく、基本形が変化したものであることを教えることができます。また、一つの動詞を取り出して、すでに終わったかたち(過去・完了形)や否定のかたちであることを教えることも有効です。

 さらに、受身形や可能形を使ってその意味

絵日記動詞③動詞活用を抽出.pptx.jpgがどうちがうか確認します。また、文を問題形式にしたり、あえて「とぐ」とか「蒸らす」といった難しい語句を使うのも一方法です。

絵日記動詞②難解語句.pptx.jpg 








③ことば絵じてんを動詞でつくる

 ことば絵じてんを動詞で作ることもできます。例えば、同音異義語で作る。日本語には

ことば絵辞典動詞版.pptx.jpg同音異義語がたくさんあります。右の例では「はく」。「靴を履く」「庭を掃く」「げろを吐く」等々。「あがる」とか「とる」「ひらく」といったことばにもたくさんの意味の違ったことばがあります。また、調理の仕方では「煮る」「揚げる」「蒸す」「焼く」などいろいろな調理法があります。こうした整理をするのも語彙の拡充につながります。ぜひ、「からだの動き(這う・転がる・寝る・立つ・走る・・・)」「手指や腕の使い方(握る・つまむ・つかむ・叩く・指さす・・・」など、いろいろな動詞でことば絵じてんを作ってみてください。動詞の語彙が豊かになると思います。

お子さんがどのくらいの語彙(単語)を獲得しているかご存知ですか? きこえない子のことばの遅れは、まず、身につけている語彙の数が少ないということから始まります。というと、では、どのくらいの語彙を身につけていればよいのですか?と質問したくなります。 そこでこういうふうに考えてみます。


〇幼児の日常生活に必要な語彙数は?

まず、幼児が(大人も)日常生活をしていく上で必要な語彙数は? これは今も昔もだいたい1000~1500語あれば、生活の用を足せる会話は間に合うと言われています。そうした基準で作ったのが、右の『おやこ手話じてん』です。これにはだいたい1200~1300語くらいの語が掲載されています。ですから、このじてん1冊分の語が手話で使えれば手話での日常会話ができますし、日本語でできれば日本語での会話ができるといえると思います。


〇就学に必要な語彙数は?

くじらぐも.jpgでは、1200語の単語を知っていれば小1の国語の教科書は理解できるのでしょうか? そこでシミュレーションしてみます。『おやこ手話じてん』に掲載されている1200語と助詞「が、は、を、の」は理解できる、という前提で国語の教科書を読んでみます。使用するのは光村図書小1上にのっている『くじらぐも』。 (  )の空欄は知らないことばです。そうすると、以下のように なります。

 

「(  )まで(  )、一、二、三。」  (  )ときです。

(  )、風が、みんなを 空(  )(  )ました。

 (  )、(  )いう(  )、先生(  )子ども(  )は、手を つないだ(  )、雲(  )(  )(  )乗っていました。

「(  )、およぐぞ」 (  )は、青い、青い、空の(  )を 元気(  )(  )でいきました。 

海の(  )(  )、(  )の(  )(  )、(  )の(  )(  )」 

 【国語小1年上「くじらぐも」・光村図書より】

 

上記の文章には約60語の語が使われていますが、そのうち1200語獲得レベルでわかるのは全体の60%程度35語ほどです。あとの4割の単語はわかりません。このまま読んだだけでは、文の意味はほとんどわかりません。挿絵があればそれを手掛かりになんとか想像できる程度ですが、詳細な意味はわかりません。1200語知っていても小1の国語の教科書はほとんど読めないのです。

ということは、おそらく小1になった聴覚障害児の半分以上は、小1国語教科書を自分で読んでみてもほとんど理解できないということになります。

因みに、きこえる子どもの平均的な獲得語彙数は、2歳で300語、3歳で1,000語、4歳で1,500語、5歳で2,000語、6歳で3,000語と言われており(但し1950年代の研究結果。テレビ等からの情報量も多い今の子どもたちはもっと多いと思われます)、3000語以上の語彙をもっていることを前提にして小1国語教科書は作られていることになります。きこえる子は、日々のコミュニケーションの中で、何十回も何百回も同じことばを聞き、話すことで自然獲得していきます。自分の後ろや横からきこえてくる人が会話することばやテレビからきこえてくる音声なども含めて。

では、きこえない子はどうでしょう? きこえない子だって日々のコミュニケーションがきこえる子に劣るわけではありませんが、ただ、聴力のよい難聴児・人工内耳装用児でも、あえて聞こうと思って聞いてはいない家族の会話から自然にことばが聞こえてきて覚えたとか、何気なく漠然と見ていた(聞いていた)テレビ番組からことばや知識を得たといったきこえる子のようなことばや知識の身につけ方はできません。自分で「聴こう」と思って意識を向けて聴かない限りは。まして聴力が厳しく手話中心の子どもたちは、大人が意識的に日本語を使って子どもに働きかけない限り、日本語の語彙が自然に入るとか増えるとかはありません。では、どうすればよいのでしょう? 

日々の生活の中で、あらゆる機会を通して、対応の手話も含めて「日本語」を使う以外に方法はありません。親子の会話の中で、絵日記を書くときに、ことば絵じてんをつくるときに、絵本を読むときに、ことばあそびをするときに・・・。聞いて(見て)、話して(綴って)、読んで、書いて。方法はひとつではありません。まずは子どもと楽しくやれることをさがしてみましょう。とりあえずは「おやこ手話じてん」に掲載されている1200語は手話でも日本語でもわかることを目標にしましょう。辞書に掲載されていない日本語も習得されているでしょうから辞書の語がだいたいわかっていれば1500語は身につけていると考えてよいと思います。

〇子どもの獲得語彙数の調べ方

日本語語彙数の調べ方.jpg因みにまずどのくらい、お子さんが手話と日本語が結びついているか調べてみましょう。調べ方は簡単。じてんを開いて18頁から171頁までの各頁の最初のことばを手話で提示して(または指文字で提示して)、お子さんに指文字で(指文字で提示した場合は手話で)綴ってもらってください。154頁あるので全部で154語提示することになります。正解の数を調べて8倍してください。その数がお子さんの手話と結びついている日本語の語彙数です(例えば、154問中100問正解だったら100×8=800語がお子さんのおよその日本語習得語彙数です)。

子どもが使っている手話は、音声や指文字・文字などを使って日本語に置き換えていくことが、小学校の教科学習をする上に必要になります。日本語の音韻を獲得できるようになるのは指文字・文字なら3歳前後から。そのあたりからまずは名詞、そして形容詞や動詞へと進めていきます。

二言語の習得をめざすわけですからきこえない子も親も負担が大きいかもしれませんが、バイリンガルになれるチャンスと考えて、がんばってもらいたいものです。語彙チェックは、子どものバイリンガル度のチェックと言ってもよいかもしれません。

(注:この方法で調べられるのは手話を自然獲得している子どもです。手話を知らない子どもは子どもが表出した単語を全て記録し数えるしか方法はありません。もちろん、「絵画語彙検査」「J.coss」等J.coss」の検査を用いて語彙年齢を推定する方法もあります。)

はじめに

9歳の壁(峠)」といわれる現象があります。これは、聴覚障害児の言語力・思考力が抽象的思考のレベルに達しない現象をさしていったも ので、1964年、当時東京教育大学附属聾学校の校長であった萩原浅五郎によって指摘された現象です。以来半世紀あまり、この現象は、なかなか乗り越えることができませんでした。9歳の壁1.jpg

このことは、右の澤隆史氏(2016)の調査からもその一端を知ることができます。この図はReadinng test(読書力検査、以下Rtと略す)という語彙力・文法力・読解力をみるテストでの「読書学年」を比べてみたものですが、1971年からほぼ10年ごとの2015年に至るまでの約半世紀、いずれの時代も小4以降は「読書学年」が小4どまりになっていることがわかります。聴こえない子の多くは小5小6になっても小4が超えられていない。小4というのは9歳ですから、そこから「9歳の壁が超えられない」と言われるようになったわけです。

 

1.「9歳の壁」は本当に超えられないのか?

9歳の壁2.jpgかし、この状況に変化があらわれてきました。ある公立聾学校(以下、B校とします。都道府県立の聾学校です)の乳幼児相談を修了した幼児の多くはそのまま幼稚部に進級し、さらに小学部へと進級します。その子どもたちの日本語習得状況をみてみましょう。上記の澤の調査のグラフに乳幼児相談を修了した子どもたち(乳幼児相談に1年以上通った28名)の小学部での読書学年の結果を書き加えてみます(2019年)。そうすると、どの学年においても該当の学年よりも高い「読み」の力という結果が出ました(28名の平均読書力偏差値55.3)。9歳の壁3.jpgつまり「読み」の力では「9歳の壁」は超えてるのです(この調査は2017年より行っていますがこの3年間結果は変わっていません)。この28人の児童について、読書学年が該当の学年と同じであれば「学年対応」(図表・黄緑色)、該当の学年より上回っていれば「上学年対応」(同・水色)、下回っていれば「下学年対応」(同・黄色)として分類してみると円グラフのような割合になります。また、それぞれの児童の読書力偏差値は円グラフ右下の表のとおりです。これをみると、ほぼ8割の子どもは年齢並みかそれ以上の読みの力をつけていることがわかります。

 

2.乳幼児相談で育つ力とは?

では、乳幼児相談修了児(乳相に1年以上通った子)とそうでない場合とでは、子どものReading testRt)結果に差があるのでしょうか? Rtは日本語の読み書きの力です群別偏差値.jpgから、乳幼児相談の経験の有無に関係なく、それぞれの子どもの幼稚部以降の日本語の習得過程の違いが大きな要因ではないかと思えるのですが、乳相修了児28名と幼稚部以降転入児24名(含乳相1年未満)や小学部以降転入児18名(含幼稚部1年未満)と比べてみると有意な差が出てきます(乳相修了群と幼稚部転入群間、乳相修了と小学部転入群間にはいずれも有意水準5%で差あり。二つの転入群の間には有意差なし)。つまり、幼稚部や小学部で同じ教育を受けていても、乳幼児相談を2、3年経験したかどうかによって子どもに身につく日本語力に差が出るということであり、それは、乳幼児期に受けた支援の違いが、幼児期から学童期にかけての日本語の習得に大きく影響していると考えられます。では、その要因は一体何なのでしょうか?


3.乳幼児相談ではどのような支援をしているのか?

 このB校乳幼児相談を経ることで来談した保護者は何を学び、子どもにどんな力を育て、その力がさらに日本語の習得に、そしてRtでの読みの力につながっていくのでしょうか? 

 もし他の多くの支援機関との違いがあるとしたら、それは、①聴覚障害という障害を否定的に考えないという点と、②発達早期から手話(口話併用手話を含む)を積極的に使うという点だろうと思います。言い換えると、手話を否定する聴覚口話法、Auditory vervalの立場とは正反対の立場という点でしょう。では、上記二つのことは、どのように子どもたちにたちに影響しているのでしょうか?

 

(1)二つの障害モデル

まず、前節3の①の聴覚障害についてのとらえ方・考え方について考えてみます。障害9歳の壁4.jpgのサムネール画像をどう考えるかということには、大きく分けて2つの異なった考え方があります。一つは「医学モデル」の考え方で、障害とは個人が所有している身体的な損傷・マイナスと考えます。そしてできる限りこのマイナスを少なくして少しでも健常(聴)者に近づけようとする考え方です。医療・療育機関の多くはこの立場ですし、初めて障害ある子を産み悲しみのどん底にある親御さんたちもこの考えに同意されるのではないでしょうか。そして、少しでも聴こえて話せるようになるためには極力手話を排除すべきという考え方が、医師等の専門スタッフによって奨励されるでしょう 


もう一つは、「社会モデル」の考え方で、障害は個人の側にあらかじめあるのではなく、個人が社会の中で生きていこうとするときに生じる困難さこそ障害(=障壁・Barrier)であると考えます。例えば、聴こえない人がバスに乗ったとき停留所のアナウンスだけではわからない。字幕表示があれば起きている障害(=障壁)は解消できます。つまり障害は社会の側の努力によってなくすことができます。ただ、字幕は日本語ですから日本語を聴こえない人が身につけるためには適切な教育が施されることが必要ですし、個人の努力に負う部分もあります。ですからどちらか一方の考え方だけで障害の問題すべてが解消できるわけではありません。


とはいえ、きこえない子の子育てがスタートするにあたって大事なのは、やはり子どもに周りが合わせるということでしょう。子どもにとっては聴覚障害があることも含めてまるごとそれが自分自身です。子ども本人にとってきこえないことはふつうのこと自然なことなのですから、それを否定されることは自分自身の存在を否定されることになってしまいます。また、子どもの人間形成にも影を落とすことがあると思います(例えば、河﨑佳子「きこえない子の心・ことば・家族」2004,明石書店、齋藤陽道「声めぐり」2018,晶文社を参照)。

 

(2)聴覚障害を否定しないことと手話を使うことの意味

生まれてきたわが子に障害があると分かった時、ほとんどの親は否定的な感情に襲われ、どうすればその状況から逃げられるかを考えます。しかし、きこえないわが子の現実は変わりません。たとえ人工内耳をしたとしても聴力ゼロデシベルのきこえる子にはなりません。障害からいかに遠ざかるか、きこえる世界にいかに近づけるかと息苦しくなるよりも、変わらぬきこえないという事実を事実として受けとめ、まず、子どもと通じ合える手段を身につけ、それによって子どもとと通じ合える喜びを分かち合うことを大切にしてほしいと思います。


①きこえないという「障害」を「身体的な差異」としてまず受けとめる。②そしてきこえる親ときこえない子がコミュニケーション(以下コミ)するためには、そこにある「障壁」をどのように取り除けるかを考える。③「耳がきこえない」子は「目で見る」子であり、「目で見る」言語とは手話なので、手話を使ってコミする。④子どもは手話でコミすることで、自分がきこえなくてもよいことを周りから認められていると実感していく。⑤やがて子どもは手話を「自分のことば」として、手話を使うきこえない自分を肯定する感情が育つ。これが自己肯定感であり、成長・発達の原動力になる。


昔から「三つ子の魂百まで」と言って3歳ころまでに子どもの人格形成の土台がかたちづくられると言われていますが、まさに乳幼児相談の時期がこの時期にあたります。子どものありのままを尊重していくことがその後のこどもの成長・発達を支えると考えると、障害を否定しないこと、手話を発達早期から使うことの大切さが理解できます。

 

(3)障害のとらえ方はどう変化していくか~当事者との出会いの大切さ

9歳の壁5.jpgのサムネール画像のサムネール画像では、実際に親はどのように子どもの障害を受けとめていくのでしょうか? それをB聾学校乳幼児相談の支援プログラムから考えてみたいと思います。

プログラムの中で特徴的なのは、まず「ロールプレイ」「難聴疑似体験」「マイノリティー体験」といった体験活動が組み込まれていることと、全体活動の中に成人聴覚障害者による「絵本の読み聞かせ」や「手話教室」などがあることでしょう。


①ロールプレイ

「ロールプレイ」とは、親役とかきこえない子ども役などの役割を決めて、模擬的にある場面での親子のかかわりを再現し、それを観客役にもみてもらい、その後、皆で感想を話し合います。こうした活動の中で気が付かなかったわが子とのかかわり方を実感をもって見直すことができます(セラピー的要素)。わが子とよいかかわりをもつこと、それは子どもが成長・発達していくためにとても大切なことです。


②難聴疑似体験・マイノリティー体験

「難聴疑似体験」は、ヘッドホンに雑音を再生して疑似難聴(軽度伝音難聴)状態をつくり、外出体験や集団コミ体験などを行います。わが子のきこえなさをある程度実感することができます。

「マイノリティー体験」は「お茶の間の孤独体験」とも言い、数人の手話話者の中に手話のできない聴者の親に入ってもらうという体験です。周りが手話で盛り上がるのに自分はそこに加われない疎外感を味わうことで、きこえる家族の会話に入れないきこえない子の寂しさを逆の立場で実感できます。このような体験を通して、家族皆で通じ合えるコミュニケーションの大切さやそこに必要な手話の役割について学ぶことができます。


③手話教室

「手話教室」は、成人聴覚障害者を講師として「入門」「初級」などに分かれて実施し、言語としての手話や子育てに必要な手話などを学びます。


④その他

年10数回設定されている「保護者講座」では聴覚障害という障害について学んだり、社会で活躍している成人聴覚障害者やきこえない子を育てた先輩保護者の体験談をきいたり、一緒に教材を作ったりします。

「グループ活動」では、成人聴覚障害者による絵本の読みきかせや各種行事、また同じ障害をもった子の親同士で触れあい、情報交換をしあったりします。こうした自由な雰囲気の中で、前を向くことができるようになっていきます。また「個別相談」の時間では、子どもとのかかわり方や悩みを担当の先生に相談したり実際に関わる場面をみてもらいアドバイスをもらったり、育児記録へのコメントをもらったりします。

このような活動を通して変わっていく保護者自身の変化を、アンケート調査(2017)の中からいくつか拾ってみたいと思います。

 

★A児(5か月)母(初回来談より2か月後)

「はじめは『きこえる人に近づけることが大事』と思い、それができないと苦しかったが、聾の人からきこえないということはどういうことなのかを教えてもらい、理解できた。それから子どもとのかかわり方が変わった。」


B児(5か月)母(初回来談より2か月後)

「以前は障害のことが気になって、子どもとの一日一日の成長を楽しめなかった。今は、少しの成長をも感じるととてもうれしいし、一日一日がとても楽しい。」


C児(10か月)母(初回来談より4か月後)

「これまで障害者手帳をもっていること、手話を外でやることが恥ずかしいと思っていた。でも、聾の人の話をきいて気持ちが変わった。きこえないから他の感覚を使っていると聞き、ジーンときた。この子のおかげできこえない世界との接点をもつことができた。きこえない人は皆明るくて誇りをもっていることがわかった。」

 

このようにどの保護者も最初は聴覚障害に対して否定的ですが、成人聴覚障害者と出会い、聴覚障害が決して恥ずべき障害ではないと知り、気持ちを切り替えることができています。そして、そこからきこえないわが子への見方が変わり、子育ての楽しさが増したと語っています。この障害観の変化とわが子との関わりの変化こそ子育てのスタートにあたってまず最初に大切なことだと思います。きこえない子との関わりが楽しく感じられること、子どもといる毎日に幸せを実感できること、それが子どもの心理的な成長を促し、ことばの土台を形成しているのだろうと思います。

以下、子どもとの日々を楽しく過ごしている親子のかかわりを育児記録から引用してみたいと思います。


D児(6か月)「手話」

Dに母乳をあげていたら、目が合ってきゃは!きゃはは!と笑ってくれた。ニコニコニコニコしている。うれしくなって「Dちゃん、ママは手話習っているのよ。学校行ってるよ。楽しいよ。がんばるよ。」と知っている単語は手話で話しかけた。そうしたら、いつもは割とそっぽ向いていてむなしく手話が空を舞っているのに、この時はじーーっと手の動きを見ていてくれてやりがいを感じた。


☆E児(7カ月)「でんきパッチンあそび」

夫がEちゃんを電気のスイッチの横で抱っこする。私が照明の下にいる。「Eちゃん、電気ピカー!やって」(すべてサイン付き)と言う。夫とEちゃんでスイッチを押す。明るくなって「わぁー!電気ピカーだね!!」「電気パチンは?」ともう一度言う。夫の手とEちゃんの手でスイッチを切る。「電気パチンだ。」この遊びを10回位すると、電気ピカー、パチンのかけ声にあわせて、スイッチを見るようになった。

 

F児(10か月)「綱引き・お馬・本をビリビリ」

私のスカートのベルト布をひっぱる。伸びる生地なので、面白いらしい。私もベルト布をスカートからはずし、Fにあげてから引っ張りっこする。わざと引っ張られてみたりする。背中に乗りたがる。背に手をついているので、私がそのまま進むと少し歩く。たまにこの体勢のままで振り向いて、「Fちゃん!」と言うと、「キャッ、キャッ」と喜ぶ。雑誌を本棚より引っ張り出してはビリビリ破り、なめて振り回す。「あーら、出しちゃったねえ。だめよ。」と言うが、おかまいなしなので、私もいっしょにビリビリ、ペロペロとなめてみる。

 

G児(10か月)「バナナ」

いつもは絵本のバナナの絵と実物を見せて「バナナ」の手話をしてからバナナを食べる。しかし、今日は何もないところから手話だけで「バナナ」をしてみたら、じーっとかたまって何やら考えている。そこで実物のバナナを冷蔵庫から出すと少しニヤリ。M「じゃじゃーん、これだよ!」と実物を見せると大喜び。触ったり、皮ごとかんでいる。食べる前に絵本と実物を何度も見比べる。そして「甘いね」「黄色いね」「バナナだよ」などと話しかけながら一緒に食べた。

 

☆H児(11か月)「踏切」

踏切で踏切の写真カードを取り出す。M「同じだね。踏切だね」と言うと実物と写真カードを何度も見比べる。遮断機のランプが点滅してバーが降り、電車が通るといちいち電車を指さす。通り過ぎると「バイバイ」とやる。バーが上がりM「高いね」とやると一緒に真似る。帰るとき抱っこの身を乗り出して遠ざかる踏切を見ている。家に帰ると、自分で踏切の写真を取り出し「踏切」の手話をする。

 

I児(1歳2か月)「買い物と手話と写真カード」 

午後からスーパーへ買い物に行く。家を出る前に「○○ストアへ買い物だよ。」とスーパーの写真を見せながら手話をやり、着くと「○○に着いたよ。○○だよ。」とやると、Cは写真を指さし、「ア!」。次に店の看板を指差し「ア!」と言う。「そうね。同じ。同じね。○○だね。」と言い、ストアへ入る。

 

☆J児(13か月)「テディーベア」

いつも通る花屋さんの前で、窓辺に飾ってある熊の人形を満面の笑顔で見ている。熊の手話をするのが日課だが、おばあちゃんと一緒の今日は、散歩中ずっとおばあちゃんに話しかけている。水がない噴水から、池の鯉、電車・・とよくしゃべる。

テディーベアのコーナーの数十メートル前から、「熊」の手話をしてやたらに高いところから振り下ろす。「あそこにテディーベアの熊があるんだよね」と言うと、笑顔いっぱいでおばあちゃんの手を引っ張り、花屋まで連れて行き、「ばあちゃん、あそこ(指さし)、テディーベア(熊の手話)、ある(高いところから両手を振り下ろす手話)」と話す。

 

☆K児(14か月)「二語文」

「ほしい」をよく使う。13か月の時はじめは「風呂」限定だったが、次の日には別のものでも使うようになった。

・「ほしい、~したい」(手伝ってほしい、寝たい、待ってほしい、座りたい等) 

・「あれpt+ほしい」(あれをとってほしい)

・「あっちpt+ねこ+ほしい」(あの猫を連れてきて)

・「あれpt+ジュース+ほしい」(あのジュース飲みたい)   pt・・指さし

 

L児(16か月)「順番」

今日は公園で遊んだ。友達のバイクを見て「ちょうだい」(代わってという意味)と友達に手話した。私は「Lちゃんも乗りたいんだね。でも待ってる友達いるね。順番だよ」「〇ちゃんが先だよ。順番だよ」と言うと、手話で、L「順番、順番」と繰り返しながら待つことができた。

 家に帰り、公園で撮った写真を見ながら会話した。M「お砂場だね。砂だよ」L「砂」。M「そう砂だね。」 M「ブランコしたね。楽しかったね」L「楽しい」。M「Fちゃんが滑り台の階段のぼっているね」など。その都度、Lも写真を指さしたり手話をまねたりする。

 

☆M児(19か月)「商店街」

グループの帰り、商店街を寄り道しながらMと歩いた。薬局のカエルの置物をいい子いい子。お店の方に手を振る。ソフトクリームの置物をみて「アイス」(手話)。M「ここは車が来て危ないからこっちを歩こう」と言うと、後ろを振り返って「車」の手話。水たまりを見たり、開店準備のお店をじ~っと見たり、そして、閉まっているシャッターを見て、「赤」の手話。M「ほんと赤だね」と返すと、お店の看板や洋服など、「赤、赤」とサインしながら歩いた。」

 

N児(1歳9か月)「伝え合う」

このところ、Nの生き生きとした動きに感動いっぱいの我が家です。1歳になる頃、Nの口をトントンたたくと自分で「あー」と声を出し、「あーわーわー」と聞こえるのか、何度も同じ遊びをやらされていました。今日、久しぶりに私や長男、遊びに来ているおばあちゃんがそれぞれの口をトントンたたく姿を見て、Nも自分の手で口をたたきながら、「あーわーわー」と繰り返していました。人の様子をじっと見ている姿には感動しました。赤ちゃんのような時間が長く、周りの一歳児はどんどん歩き始め、サインを見せてくれています。ゆっくりでもいいので、いつの日か、サインを含めたコミュニケーションができたらいいなと思います。

 

☆O児(111か月)「カレーづくり」

しまじろうの本にカレーを作ろうという頁があって、おもちゃの包丁で材料を切って、なべに入れてお玉でぐるぐるかき混ぜて、カレーをお皿に盛り付けて(シールを貼る)遊ぶのがあるのですが、それをOが楽しそうに遊んでいたので、今日はカレーを一緒に作ってみることにしました。玉ねぎ、人参、ジャガイモ、お肉。絵本とカード、本物と見比べながら、切ったり鍋に入れたりしてみました。(ここまでは私がやりました。)お玉でぐるぐるかき混ぜるのをOにやってもらいました。Oが自分で食べるサラダ(和え物)はママが調味料を入れた後にかき混ぜて、お皿に盛り付けまでをやってもらいました。いつもは野菜の食が進まないのですが、自分で作ったものは特別だったようで、ペロリと完食!「おいしいねー」と何度も言っていました。

 

☆P児(21か月)「生ごみ」

 生ごみを白いビニール袋に入れて縛っているとPがやってきて、「サンタさん」と手話。M「ん? あ、これね」と言ってひょいとかついで歩くと、「サンタさん、サンタさん」と言って大喜び。そこでM「この中にプレゼントあるかなあ?見てみる?」「ウン」M「はい、どうぞ」と開けると、「ゴミ!」と手話して大笑い。M「プレゼントないね。ゴミだったね」。P「もう一回」。そこでまたかついでM「はい、開けるよ」「ゴミ!」M「やっぱりゴミだね」と二人で大笑いする。そのあと一緒にゴミを出しに行った。

 

  以上、どの事例からも手話を使って親子・家族で楽しく会話している様子が伝わってきます。そして、1歳頃から獲得され始めた手話は、さらに文へと発展していく中で、語の意味や使い方が広がり、ものごとの概念や思考の力の獲得へと発展し、さまざまな知識として身につけていく様子がわかります。1歳頃から始まるきこえない子の手話の獲得が、きこえる子の音声言語の獲得過程と変わらないことが、これらの事例からもよくわかります。この手話でのことばの力が日本語へと変わっていくのは、もう少し後の2歳半から3歳代まで待たねばなりません。そのことについてはまた別に書きたいと思います。

 

 

【参考】

*以下は、内田伸子氏らの研究からの引用です。聴児を対象とした調査(20113000名対象)の中で、子どもの語彙力や国語学力は、親子関係のあり方によって伸びが違ってくるということを立証し、以下のような関わり方を大切にした「共有型の育児」を提唱しています。このことは、障害の有無にかかわらず、「子どもの心を尊重する」「楽しいことがたくさんある家庭」で育つ子どもこそ、ことばの力も伸びるということの証明なのだと思います。そしてB聾学校の乳幼児相談もまさにそのことを追求してきたのだということです。その結果がこの記事の最初に提示したReading testの結果なのだと思います。


① 親子の間に対等な人間関係をつくること

② 親は子どもの安全基地になること

③ 子どもに「勝ち負けのことば」を使わない

④ 子どものことばや行動を共感的に受け止め、受け入れる

⑤ 他児と比べず、その子自身が以前より進歩したときに承認し、ほめる

⑥ 裁判官のように禁止や命令ではなく、「~したら」と提案の形で対案を述べる

⑦ 教師のように完璧な・詳細な・隙のない、説明や定義を述べ立てない

⑧ 子ども自身に考える余地を残す働きかけをすること

⑨  親は「待つ」「みきわめる」「急がない」「急がせない」で子どもがつまずいたときに支え、足場をかけ、子どもが一歩踏み出せるよう脇から援ける

⑩ 子どもと共に暮らす幸せを味わおう


他者との良好な人間関係を築くためには、「Aさんは、私がこう言えばどう思うだろうか? それならどういう言い方が適切だろうか?」といった、他者の気持を読み取り、自分の言動を調整する力が求められます。すなわち、他者の心を想像する力が必要であると思います。きこえない子は、この「他者の思い」を想像する力に弱さがあり、またそれに加えて、語彙力や文法力にも弱さがあったりするために、中・高生あるいは成人間でのメールでのやりとりでしばしば誤解を生じ、そこから大きなトラブルに発展したりすることがあります。そこでここでは、「他者の心を想像する力」を伸ばすために、幼児期からどのようなことに取り組んでいけばよいのか考えてみたいと思います。

 

○聴覚障害児の「心の理論」課題

ミニカーはどこ?2.jpg聴覚障害児は、他者の心を想像する力の発達が遅れる傾向にあることがこれまでに指摘されてきました。例えば、藤野(*1)は、年中から小六までの聴覚障害児(638名)に「サリーとアン課題」において、その正答率は、年中児及び年長児で約2割、小1年3割、小2年4割、小3年6割、小4年8割という結果であったとしています。そして、これらと言語的・非言語能力とを比較した結果、「文の産出」に関わる力と「語彙の理解」に関わる力が関係していたと述べています。

確かに、聴覚障害児は、何か(人・もの・こと)と何か(人・もの・こと)との関係を考えるといった関係理解に弱さがあり、そのことは「位置関係表現」「比較表現」「受動・能動文」「使役文」「授受文」といった文の理解・表出の困難さにあらわれてきます。そしてその困難さは、動詞の活用と格助詞の変化といった文法知識の弱さだけでなく、今、どちらについて言及しているのかといった二者の関係性の理解の弱さにも起因していると思われます。基本的な関係概念(大小・長短・軽重・位置関係・因果関係など)は習得していても、まだ自分の経験や直観に頼っており、自分中心(自分勝手とかわがままという意味ではありません)の思考で、自分以外の他者の視点から考えることに弱さがあるのです。

そこで、こうした「他者の視点に立って考える」力は、聴覚障害児においてはどのように形成され、またその力を伸ばすためにはどのような取り組みをしていく必要があるのか考えるために、この2~3年、以下のような課題を年長児さんたちにやってもらい、実態を把握してきました。「ミニカーはどこ?」というテーマの調査ですが、これは「サリーとアン課題」を「アンパンマンとバイキンマン課題」に変えて行ったものです。

 

○「ミニカーはどこ?」

 この課題の内容は以下の通りです。

ミニカーはどこ?.jpg①アンパンマンは、ミニカーで遊んだ後、水玉箱にしまい、遊びに行く。

②アンパンマンが遊びに行っている間に、バイキンマンが来てミニカーを取り出して遊び、その後、無地箱に入れて去っていく。

③バイキンマンが去った後、アンパンマンが遊びから帰ってきて、しまっておいたミニカーを取り出そうとする。

④その時、アンパンマンは、水玉箱と無知箱のどちらを開けると思うか?

 

この課題の正解は水玉箱です。アンパンマンはバイキンマンが無地箱に移したことを知りませんから、アンパンマンは、ミニカーは水玉箱にあると思っているからです。

物理的な事実としてはミニカーは無地箱ですが、アンパンマンにとっての心理的な事実は「ミニカーは水玉箱にある」わけです。

この問題は、物理的事実と心理的事実が食い違うよう場面が設定され、物理的事実によってではなく、登場人物にとっての"心理的事実"によって物事を判断しないと正解できません。つまり、アンパンマンの視点に立って物事を考えることが求められるわけです。これを「心の理論」課題と言っていますが、武藤(1997)が聴児を対象にやった調査では5歳代で56%の正答率でした。

 

○聾学校年長児は?

そこで、木島は、発達早期から手話を使っている聾学校3校の年長児(2017~19年・59)を対象にこの課題を実施したところ、正答率37%(平均年齢5歳10か月)という結果が得られました(2017年には年中児にも行っており、添付した図にはその結果も併せて示した)。

この結果は聴児と比較すると正答率はやや低いですが、藤野が報告している聴覚障害児対象の調査結果(年長児正答率23%)よりは高いという結果となりました。 

この結果をどう解釈すればよいのか実はまだよくわかりません。ただ、この結果から私たちは、きこえない子の対人関係の課題を知り、その課題を克服するために、どのようにかかわっていけばよいかを考えることができます。

 

○どんなかかわりが大切か?

 他者の心を想像するためにまずどんなことが大切でしょうか?

他者の心が想像できるということは、その前にまず、自分のこと・自分の気持がわかるということが大切ではないでしょうか? そのためには、手話であれ日本語であれ、自分の思い 自分を好きになれない学生達.jpgを「ことばにできる(言語化)」ということが必要です。そして、さらにそのためには、大人が子どもの心・言いたいことに共感し、子ども自身が自分の気持を言語化できるよう、その手伝いをすることがまず必要ではないかと思います(「とっても嫌だったんだね」「もっと~したかったね」など)。きこえない子は、自分が自分であることより先に、まず聴者に合せることが幼い頃より求められることが多いように思います(少しでも聞こえて話せるようになってほしいなど)。そのことが続くと、自分の本当の気持を言語化する力が育たず、思春期・青年期の「自分さがし」の時期に、様々な心理的不適応になってあらわれてくることがあります。いずれも根底には、自分の気持・心・要求等がうまく言語化できない苦しさがあるように思います(右ファイル参照)。

 

 次に、自分の思いが言語化できる力が育っていけば、自分の気持と周りの人の気持と比べた ミニカーはどこ?3.jpgり、自分とは違う人の考えを想像してみたりすることができるようになってきます。

「あなたは、そう思ったんだね。なるほどわかるよ。でも、ママはこう思ったよ」「次の3つのうち、あなたの気持はどれ?」「Aちゃんはどう思ったのかなあ?」「もし、〇〇だったら、みんなはどう言うかな?」など、思考を深めたりことばを取り出してことばについて考える「メタ言語意識」や、自分のことや人の心について想像してみる「メタ認知」的な視点を育てることが大切ではないかと思われます。

 

 このことは、年長児59名(平均年齢5歳10か月)に対して同時に行ったWISC Ⅳ検査で、 正答群誤答群比較.jpg正答した幼児群(22)と誤答した幼児群(37名)とのあいだに、「類似」「単語」「理解」(以上『言語理解』)、「絵の概念」(『知覚推理』)の4つの下位検査に1%有意水準で差があり、「算数」(『ワーキングメモリー』)で5%有意水準で差があったことから、手話・日本語を問わず「ことば」で思考し推論できる力が関わっていることが予想されます。例えばAとBとを比べてその共通の概念が言えるとか、Aとはどういうもの・ことか言葉で説明できるとか、Cという出来事にどう対処すればよいか説明できるとか、X個あったものからY個とったら数はどう変わるかといったことを頭の中でイメージできるなど、ことばや記号を使った思考が、自分の頭の中で柔軟にできるかどうかの差ではないかということです。他者の心・思いについて想像することが、他者の思いの言語化(アンパンマンはミニカーが○○にあると思っている)であると考えると、このような、頭の中にものやできごとを自由に思い浮かべ、そのことについて考えられる力と関係していると考えることもできます。

  ミニカーはどこ?4pptx.jpg

 いずれにせよ、他者の心を想像する力を育てるためには、子ども本人の心の言語化や互いに思いを自由に伝えられることば(コミュニケーション手段)があり、そのことばを使ってやりとりできること、ものごとの関係を考える力を伸ばすこと、自分以外の視点から考えたり、他者の気持を想像する力を様々な機会を通じて伸ばすことが大切ではないかと思います。そのための会話の工夫はとりわけ大切です。例えば家族の会話は、聞こえない子にもいつも見えているでしょうか?自分が見てもわからない会話に子どもは関心の寄せようがありません。つまり他者の思いにだんだんと無頓着になっていくのは当然で、聴覚障害児が他者の心の理解に遅れをきたす要因のひとつではないかとも思います。そのほか、絵本の読み聞かせや再現あそび、ごっこ遊びでの役割演技、郵便ごっこやお誕生カードなどで相手を想像して書く練習など、さまざまな機会をとらえて、他者の心を想像したり、他者になりきってみたり、自分とは別の視点から考えてみたりなど、自分中心の思考を拡げていく機会をもっていくとよいのではないかと思います。

 

*1「聴覚障害児における心の理論と言語発達の関係」『聴覚障害児の日本語言語発達のために』,2012

〇音声だけで音韻の区別はできない

日本語は「あいうえお・・・」という50音、濁音・半濁音・拗音を含むと約100の音韻(音節)によって成り立っています。そしてこれらの音韻を順に並べて単語を作ります。例えば「ばす」という語は、「ば」と「す」という二つの音韻で作られていることになります。また、さらに、これらの単語を文法規則に従って順に並べていくことで文を作り、言いたいことを伝えます。例えば「ば・す・に・の・る・よ」と6つの音韻を並べて自分が「バスに乗る」ことを表現しているわけです。きこえる子は、音韻の区別は耳で聞いて100%できますから、毎日の生活の中でその音韻の並びを繰り返し聞くことで意味を理解し、日本語の文法を獲得していきます。ところが、きこえない子はそうはいきません。防音室での聞き取りが100%近くできたとしても日常生活の場ではそうはいきません。きこえる子は暗闇や後ろから声をかけられても、また周りに多少の騒音があっても特定の人の声を聞き取れたりしますが、「感音難聴」のきこえない子は、常に曖昧さを伴ってことばを聞いているので、語を記憶すること自体が困難で(例えばアラビア語を知らない人が何度きいても単語や文を覚えられないのと同じです)なかなか語自体も蓄積されていきません。

音韻意識の芽生える時期.jpgでは、語を確実に記憶していくためには何が必要なのでしょうか? それは100%音韻を視覚的に区別する記号すなわち文字・指文字です。きこえない子にとって日本語の音韻をいつでもどこでも100%区別できる記号はそれ以外にはあり得ないのです。問題は、その文字や指文字での音韻を子どもがいつ頃から意識できるようになるのかということです。聴児を対象としたこれまでの研究では4歳を過ぎてからというのが定説です(天野2005)が、手話や指文字を使っているきこえない子の場合は、さらに1年は早く、だいたい3歳を過ぎたあたりです。(右上事例参照)

 

〇おぼえるのが苦手な子たち

  このあたり(3歳頃)から文字や指文字を意識できるようになり、徐々に日本語の語彙を獲得していきます。もちろんそれには個人差があり、教育開始時期や聴力等によって差があります。きこえない子の8割位はとくに大きな問題はないのですが、2割くらいに、なかなか日本語を覚えられない子たちがいます。

 この子たちは、ほおうっておくと、覚えられないことがそのまま続いていってしまうので、小学生になる頃には他の子と語彙力で差がつき、日本語に対する苦手意識が強くなってだんだんと自信を失いがちになります。こうなってしまうとそこから這い上がることが難しくなってしまうので、日本語を覚え始めるスタートの時期から、丁寧に時間をかけて関わっていくことが必要です。

  数唱検査.jpgでは、どうやって、音韻を覚える力があるかないかをみるのかということですが、例えばWISC5歳以上適用可)という検査の中に「数唱」という検査があります。例えば「同じに言ってね。2・1・3。はいどうぞ」(検査者)⇒「2,1、・・」(子ども)(順唱)とか、「今度は反対に言ってね。2・1・3。はい、どうぞ」「えーと、3、1・・」(逆唱)といった検査です。順唱の場合は、単純に今言われたことを繰り返す検査です。今覚えたことをちょっとの間記憶しておき、それをどの程度再生できるかをみています。これを「言語的短期記憶」といいます。通常、年長児(聴児)ですとだいた3~4個の数字を覚えていて再生することができます。一方、「逆唱」は、あとで言われた数字のほうから逆に再生しなければならないので、頭の中で数字(記号)を操作しなければなりません。ですからこちらのほうが難しい課題で、年長児ですとだいたい2個か3個くらい言えれば普通です。こちらは頭の中で記号を操作する「中央実行系」という機能が働いていると言われています。そしてこの「中央実行系」という機能は、記号の操作だけでなく注意のコントロールも担当していると言われています。ですからこの中央実行系の機能が弱いと、ことばを覚えたり、ことばを頭の中に思い浮かべて操作したり、注意集中ができにくいなどのことが生じたりします。きこえない子の検査をしていると、ここに弱さをもっているのではと思える子どもが2割くらいはいるように思います。せいぜい2音節から3音節のことばなら覚えられるけれど、それ以上の長い音節のことばはなかなか覚えられないというタイプの子たちです。また、問題を出すと最後まで見ていられなくて、途中で答えを探し始めるといったタイプの子もいます。このような記憶の苦手なタイプの子にはどうすればよいのでしょうか?

 

〇日々の生活の中での工夫

 

特効薬はないのですが、やはり子どもが楽しめるようなあそびの中で、その子に「できる」ことから増やしていくことだと思います。例えば生活の中でなら「今日は何を食べたい? カレーがいいの? じゃあ、スーパーに玉ねぎとじゃがいもと豚肉を買いに行こう。ママは忘れてしまうかもしれないから覚えていてね。」などと言いつつ一緒に買い物に出掛けるとか、「冷蔵庫見てきて。卵いくつある? じゃあ、そこから2個持って来て」と頼み、持ってきたら「冷蔵庫に卵いくつ残ってる?」と尋ねるとか、「パパにお風呂沸かしてと言ってきて。それからお兄ちゃんには宿題終わったかきいてきて。」な複数の用事を頼むとか、"覚えておく練習"を積むなどができるでしょう。

また、さまざまなことばあそびや絵・文字カードを使ったあそびを親子・家族で楽しむこともできるでしょう。例えば、「一文字かるた」。一文字であればいくら覚えるのが苦手な子でも大丈夫。そこから「二文字かるた」「三文字かるた」などに発展させていくこともできます。

それから「すごろく」をするときに、数字の目のかわりに、1なら「め」、2なら「あし」、3なら「あたま」、4なら「つまさき」、5なら「ふくらはぎ」などと絵と文字を入れるなども面白いでしょう。

 

〇音韻意識を身につけるために

日本語の音韻意識を身につけるためには、いくつかのことができなければなりません。

手話と日本語の違いがわかる.jpg1つ目は、手話と日本語のメタ言語意識がもてること。手話と日本語の違いがわかり、互いに翻訳可能であること。子どもは「バス」という手話を1歳代から自然獲得しますが、その手話が「日本語」という別の言語で表わせることがわかり始めるのは、先にも書いたようにだいたい3歳頃からです。この気づきを促すためには日本語でのしりとりだけでなく、手話でのしりとりをしたり、お風呂に指文字パウチ版を貼って風呂から上がる前に、「アは遊ぶ(手話)、イは行く(手話)」などと五十音を唱えながら、手話と日本語をするなどもよいでしょう。 ②音韻抽出.jpg

 

2つ目は、音韻抽出ができること。「あのつくことばあつめ」とか「最後にあがつくことばあつめ」とか、また、日本語の「しりとり」などもこの音韻抽出のあそびです。

 

3つ目は、音韻分解ができること。子どもの頃にやったじゃんけんをしてグーなら「ぐりこ」、パーなら「パイナップル」と歩を進 音韻分解.jpgめたあそびも語を音韻数に分解するあそびです。

 

4つ目に、音韻操作ができること。「数唱」検査の「逆唱」はこれです。この種のあそびには「さかさことば」などがあります。また、音韻を使った「なぞなぞ」は少しレベルが高いですができるようになるとよいと思います。

 

音韻操作.jpg 音韻タイプのなぞなぞ.jpgこのように、子どものレベルに合わせて楽しいあそびを考えることがいちばん子どもの覚える力を伸ばします。面白いことであれば子どもは興味を持ちますし、興味のあることは覚えるからです。ぜひたくさんみんなで楽しめる遊びを考えてみてほしいと思います。

 

 私は都会に住んでいて都会の聾学校に行く機会も多いですが、地方の聾学校に行く機会も年間、何回かあります。どちらに行っても最近増えてきたなあと感じるのが共働き家庭。聾学校幼稚部に通いつつ保育園も併用している子どももいますし、下校時に合せてデイケアから迎えが来て、夕方、親はそちらに迎えに行くという子たちも多いです。なかには聾学校の校舎を借りてデイが開設されている久留米聴覚特別支援学校のようなところもあります。ここでは、子供たちは同障・異年齢集団の中で放課後を楽しく過ごしています。放課後保障も進化しているのですね。かつて聴覚口話法の時代は、母親に仕事をやめて聾学校に付き添うよう求め、下校後も一緒に過ごして「ことばを入れる」ことを求めてきましたが、今は、そのような学校は少ないかもしれません。シングル家庭なども含め生活の厳しい家庭もあるでしょうし、企業で活躍されている方もおられます。

 

 ただ、かつての聾学校が母親に付き添いを求めてきたのはそれなりに理由があるのも確かです。両親が就労することによって時間的に親子で生活を共にする時間や会話の時間が減少し(兄弟が多いとなおさら)、そのことによって言語とくに日本語習得が疎かになることへの危惧です。結局は、聴覚障害が言語・コミュニケーションの障害であり、口話・手話に限らず、家庭でのルーチンな会話だけでは、「日本語」習得の問題がどうしても残ってしまうという問題です。そこが聴児とは違うところです。

 

〇二人の大学生の体験談より

 では、どうやってその問題は解決できるでしょうか? 私が担当している、ある国立大学の授業には二人の聴覚障害学生がいます。二人とも100dB以上で補聴器装用ですが、そのうちの一人A君は私立の名門の大学からの聴講生で、特別支援教育免許の取得のために来ています。もう一人のB君は今年、聾学校から大学に入った1年生です。

 先日、この二人にこれまで自分がどのように育ってきたのかという体験談を語ってもらい、そこから「聴覚障害とはどういう障害なのか?」について皆で考えるという授業を2時間行いました。その中でのテーマの一つが、「幼少期にどのように日本語を獲得したのか?」ということでした。

 

A君は地方の療育施設に時々通いながら保育園通園。そして小学校から普通校に通い、中学でいじめにあい、高校は聾学校です。そこから大学に進学しました。

一方、B君は、聾学校乳幼児相談から幼稚部へと進みそのままずっと聾学校です。ただ、幼稚部は厳しい口話法だったそうです。

この二人に共通点が二つあって、一つは当時は聴覚口話法の時代でしたが、家庭では手話を使っていたということです。もう一つの共通点は共働き家庭だということです。それでどうやって日本語を身につけたのでしょうか?

 

A君はお母さんが公務員。彼が語った幼児期の記憶は以下のようなことでした。

・指文字は年長になる前に全部覚えた。

・手話は、毎週15個の単語を日本語と結びつけて覚えた。

・母が毎日、絵日記を書いてそれを見て言語化して話しながら手話で表現していた。

話し終わった後に文章の主語、接続詞、助詞など教えてもらい、内容について質問されてそれに答えるという学習を毎日やった。

・文章の書き方を学ぶため、毎週1週間の出来事を自分で日記に書いた。

こうしたことを毎日積み重ねることで文章力や論理的思考力の土台を作るのに重要な役割を果たしたと思うとも語ってくれました。

  

では、毎日、どのくらいの時間やっていたのかと質問したら、夕食後にだいたい1時間半くらいはやったということでした。特徴的なのは、①手話・指文字も文字も音声も全部使ったということがあげられます。これは、ことばを覚えるための方略としては大事なことです(多重符号化)。ことばを覚える手掛かりが曖昧な音声だけでは覚えられないからです。また、語彙を増やすという活動を手話と日本語でやっています。毎週15語ということは1年間では800語。馬鹿にならない数です。また二つの言語を使うということは、学習言語につなげるためのメタ言語意識を高めることにも役立ちます。また、②絵日記という文字による言語化を中心に学習していることです。しかも、内容は主述関係や助詞、接続詞といった文法指導と書かれた文章読解の指導。ちゃんと文を読むための基本の力を幼児期から育てていたことになります。③さらに自分で作文する練習です。「まるで学校」と思われた方もいらっしゃるでしょう。では、「保育園ではどうしていたのか?」「まだ聞こえていないことを意識することもなくとにかく遊ぶのがただただ楽しかった」と。昼は保育園で元気に遊び、夜はお母さんと「言語指導」の日々。それにとくに反発を感じることもなく、本人にとってはそれがふつうの生活だったようです。

 

B君はどうでしょう? 

・聾学校幼稚部と保育園に並行して通園。また療育機関にも時々通い、発音指導や言語指導を受けていた。

・家族や自分の行動を写真にとり、カードを使って文を覚えた。

・日本語の文法を覚えるために助詞に丸を付けてひとつずつ役割を確認して覚えた。

 ・毎日、絵日記をお母さんと一緒に書いて、内容のやりとりや助詞などの使い方を学んだ。

 「では、B君は、毎日、どのくらいお母さんと一緒にそうした時間を過ごしたのか?」という質問には、やはり夕食後の2時間くらいとの返答でした。そして、その時間がとても楽しかったと応えてくれました。本人にとってはその日の出来事をきいてくれる時間、一緒に考えてくれる時間、絵本を読んでくれる楽しい時間だったようです。また、家族で手話を覚え、お父さんは、B君が地域の野球チームに入ったとき、一緒に手話通訳兼コーチとしてチームに入ったそうです。家族皆で協力し合ってB君を育てたことが伝わってくるエピソードでした。

 

二人の体験談から、大事だと思ったことです。

①共働きであっても家族で協力し合って(協力がないと難しい)、日々親子で関わる時間を確保し(1時間は必要かと思いますが、できなければ15分でも。それを習慣化することが大事かと)、そこでやりとりし、日本語を身につける時間がもてていることでしょうか。

 

②次に子どもが苦痛を感じていないことも大事でしょう。親子関係が安定していないと子どももなかなかいうことをきいてくれませんし、いやいややっていることは身につきません。そのためには大人の側の創意工夫や子どもを楽しませる演技力も必要かもしれません。そして、

③それが継続されること(両君とも小学校低学年くらいまで継続)。ここが一番難しいかもしれません。「石の上にも三年」と言いますが、そのくらいの時間が必要なのかもしれませんが、前回のSちゃんの事例は1年間でかなりの成果が上がっています。他児の例などからも1年あればかなり違うのは確かでしょう。

 

これからの時代、AIがますます進化してくることや外国からの労働力が導入されることなども考えると、いまある聴覚障害者の仕事(例えば自動車生産工場のラインの仕事など)もいつまでもあると考えない方がよいかもしれません。では、その時に必要なことはなんでしょうか? 人間関係に上手に対応できる対人関係能力(そのための障害認識)、そして読み書きのできる日本語の力、論理的にしっかりと考えられる思考力でしょうか。その土台をつくる時期はやはり幼児期なのだと思います。

〇「ばけつ」を知らない子どもたち...?!

きこえない年長児に4つの絵を見せ、日本語での名前をきいてみます。(右図①~④)

①から③までは、ほとんどの子が名前を知っています。それぞれどれも子どもには身近なもので、しばしば会話や話題になることも多いからでしょう。

これ何か知ってる?.jpgところが④は半分以上の子が知らないのです(知らない子の答えで多いのは「はこ」「かご」など)。きこえる子なら年長になって「ばけつ」を知らない子はおそらくほとんどいないでしょう。きこえる子は、ばけつをしばしば見たり使っているけれど、きこえない子はあまりばけつを見る機会や使う機会がないからでしょうか? そうではないと思います。子どもが使うかどうかは別にして、どの家にもばけつはあるでしょうし、第一、幼稚園や保育園や聾学校に行っている子であれば、園庭の砂場でいつも使っているはずです。日常的に使っているのに知らないのは、きこえる子は、たとえ園庭の砂場でばけつを自分が使っていなくとも、隣の子が別の子に「ばけつ持ってきてよ!」と言っているのが聞こえる。きこえない子は自分に言われたことばでなければわからない。この差なのです。こういうことはばけつに限らず日々生じていることでしょうから、ほかにも、聴児は当たり前に知っているのにきこえない子は知らない、ということばが沢山あるだろうということです。この入力の差が語彙力の差となり、それが読み書きの差となって現れ、やがて学力の差につながっていくのだということです。

 

 そこで、年長児の時に「ばけつ」を知っていた子と知らなかった子たちがその後、聾学校小学部に入学し、それぞれの学年時の読書力検査(=読字力・語彙力・文法力・読解力の4分野からなり、総合的な「読み」の力をみる)でどのくらいの読書偏差値を示すのかを調べてみると、明らかに差(1%有意水準)が出るのです(右上図のグラフ)。「ばけつ」を知っていた子たち(12/30名)の平均は偏差値約60(該当学年よりも上の学年水準)、知らなかった子たち(18/30名)の平均偏差値は約50。そういうと、「な~んだ。ばけつ知らなくても平均50ならきこえる子と変わらない。大丈夫なんだ~」と思われるかもしれませんが、そうではなくて、こうした結果をこの学校では保護者にフィードバックし、その後、家庭でも語彙の習得・拡充に配慮して取り組んでいただいていることが、その後の語彙力向上に繋がっているのです。とくに聴力的に厳しいお子さんたちは、かなり指文字や文字からの入力を増やさないと語彙が増えないというのはこの結果からも予想できます。さらに、この学校では小学部低学年段階で文法指導に力を入れていることも、検査の中の文法力の項目の向上に繋がっていて、そうした取り組みの結果として「読書力検査」の偏差値があるわけです。

 

〇幼児期に語彙力をどうつけるか?

 では、生活の中で当たり前に知ってるはずのこうした語を、幼い頃からどうやって身につけていけばよいのでしょうか? きこえる子ならほっておいてもどこかで覚えてしまっているこのような語でも、やはり意図的に使い(見せ)、意図的に言わせ(指文字等で表出させ)、文字としても見せていくしかありません。

例えば右の例は3歳児の例ですが、「年末大掃除」の時に、「ことば絵じてん」で作っている「掃 これ何か知ってる?②.jpg除道具」の頁を見せ、どれをやるか選ばせ、みんなで掃除に取り組む中で、楽しみながら、掃除という概念や「ガラスを拭く⇒雑巾が汚れる⇒バケツの水で洗う⇒きれいになる」などの因果関係をいちいちことば(手話)にして学んでいることがわかります。ばけつに限らず、日々の生活の中で使うことばはほかにも沢山ありますし、きこえない子が意外と知らないことばもけっこうあります。例えば「風呂桶、しゃもじ、自転車」等々。聴覚が使える子たちもさらっと耳からきいて終わるだけでは、そのことばが身についていないということは、ばけつを知っていた子が半数しかいなかったことからも想像できます。言葉で言わせるだけでは確実に音韻を正確に表出しているかわかりません。声と同時に指文字を使うことや、文字でも書いて見せるなどして、100%弁別できる記号を使うことの大切さが理解できます。

 

 また、語彙を増やすには、ことば絵じてんで掃除道具とか風呂の道具、洗濯に使うものなどの頁を作るのもよいでしょうし、「入れ物」などの頁を作ることで、固体はかごとか箱、液体はボトルとか鍋、バケツ、桶、缶など、気体はボンベなど、入れるものがそれぞれ違うことも学べるでしょう。語彙数だけなく概念の豊かさを育てることやカテゴリーで整理することもとても大事です。こうしたことがまた、知識や概念、思考力を伸ばすことにつながるからです。そして、それらの総合的な結果として得た語彙力が読みの力を支えているということなのだと思います。

次のような質問をいただきましたので紹介します。

 「現在2歳の高度難聴児です。1歳初めころから手話を始め、1歳6か月で手話の初語が出ました。今は手話で会話していますが、まだ文字も指文字もわかりません。日本語はいつ頃から、どのようにして身につけていくのでしょうか?」今日はそのことについて書いてみたいと思います。

 

 最近は新生児聴覚スクリーニング(以下、新スク)が広く行われるようになり、0歳代後半には相談機関を訪れる保護者が増えてきました。また、新スクを受けなくとも、高度難聴であれば1歳半健診あたりで発見されるのが一般的です。

  手話初語の獲得時期.jpg支援機関にもよりますが、手話を使うことを積極的に勧めるところであれば、手話のスタートも0歳後半から1歳代で、そうした子どもたちは、1歳前後から1歳半頃には、聴力に関係なく手話の初語が見られるようになります(右図はあるろう学校2校の新スク受診の子ども21名のうち聴力別の4名の手話獲得の状況です)。

その後、1歳半前後の「語彙爆発」の時期を経て手話の語彙が増え、2歳の誕生日を迎える頃にはだいたい300語くらいの語彙を獲得します。ここまでは聴児の音声言語獲得のプロセスと同じです。ただ、聴こえない・聴こえ 獲得語彙数.jpgのサムネール画像にくい子は、音声言語での語彙爆発はあまり起きないようです(*研究論文を見たことがありません)。1歳代においては、早期に補聴器や人工内耳をしてもまだ音韻表象が曖昧にしか認識できないので語として記憶されていかないのが主原因ではないかと考えられます。因みに聴覚・音声の みでスタートした場合は、音声日本語が増えていくのは難聴レベルの聴力の子でもだいたい2歳以降になるので語彙獲得に関しての時間的ズレは手話と比べて1年以上の差ということになります。この差は単に語彙量の差ではなく、ママやパパとの「ことばでのやりとり」ができるかどうかということに 手話の獲得事例S児.jpgのサムネール画像関わることで、ものごとの概念の獲得や知識獲得の差、人との関わり方などの差にもなってきます。手話からスタートすれば、言語の違いはあってもその発達は聴児の発達の姿と変わらない、いやむしろ 豊かであることが右の事例からもわかります。その後、手話を日常 1歳児の手話の獲得事例C児.jpgのサムネール画像的に使っていれば、単語から二語文、三語文、多語文へと順調に手話での会話ができるようになっていきます。

 

(*発達早期に手話を使うメリットについては下記を参照。「手話を使う幼児の言語発達の豊かさ」 http://nanchosien.com/10/07-4/ )

 

 

〇日本語はいつ頃から獲得されるか?

 手話を使い続ければ手話での会話は当然豊かになっていきます。そして手話で考える力も発達していきます。では、日本語はいつ頃からスタートすればよいのか、これについては、考え方がいくつかあります。

 

〇聴覚(口話)

一つの考え方は、聴覚(口話)法の考え方で、手話は音声言語獲得を妨げるという理由で手話を使わず最初から音声言語の獲得を目指すという考え方。いろいろな要因(子どもの知的能力、聴力、家庭環境、保護者の子と関わる時間・ゆとり、関わり方等)が複雑にかかわってくるので一概に言えませんが、言語獲得時期も遅くなり、補聴器や人工内耳の装用域値がいくらよくても言語情報の入り方は決して聴児と同じようにはいかないので、かなり保護者が意識的に努力しないと、"double limited"(日本語も手話も不十分なままになってしまう)になるリスクが大きいので私はお勧めしません。因みにわが国では手話を使うと音声言語の獲得ができないという言説が流布し、それを信じている専門家も多いですが、根拠がありません。それを証明した研究論文も見たことがありません。ただ、保護者の方からみれば「ある程度聴こえて話せれば゛障害"がなくなるのでは」と思いますし(聴児になるわけではありませんが)、「社会はみんなきこえる人だから手話など覚えても使えない。それより話せた方が社会に適応できる」ということで、この方法に魅かれる気持は理解できます。話せた方が社会の中での利便性は確かにありますが、きこえの限界は変わりません。そのため本人は、「きこえないありのままの自分」に自信が持てず、どこまでいっても決して聴者に追いつくことはない音声言語コミュニケーションの不全感を感じ、聴者への劣等感などから、心に及ぼす心理的なマイナス面も決して小さくはないことを知っておく必要があるでしょう。

こうした、きこえない子の心の問題については、『聴覚障害者の心理臨床1,2』(日本評論社)、『きこえない子の心・ことば・家族』(明石書店)などを参照してください。

 

〇手話 

二つ目の考え方は、手話だけで幼児期を過ごし、手話でしっかり考える力や人と関わる力を育て、日本語は小学生から始めればよいという考え方です。これも私はあまりお勧めできません。確かに手話言語力は育つでしょうし、「聾者」としての"identity"(アイデンティティ)も育つと思います。ただ、難点は日本語習得の開始が遅くなる(3年くらいの差が出る)ことと、手話から日本語習得の方法論が未だ確立していないこともあり(そのような研究論文も実践論文も見たことがありません)、日本語習得が十分に進まず、教科書が自分で読めない状態になるリスクが否定できないからです。

 

日本語の獲得時期.jpg〇手話・口話併用

では、三つめの考え方はどうでしょう。これは手話からスタートして手話でやりとりする力をつけ、その後、聴覚活用のできる子たちは2歳くらいから音声言語を併用できるようになり、聴力の厳しい子たちは主に指文字で、3歳くらい(つまり聾学校幼稚部入学前後)から日本語を指文字や文字、音声を同時に併用しながらスタートし、手話と日本語の二言語獲得を目指すという方法です。この時の手話とは、日本手話も音声併用のいわゆる口話併用手話も含みます。因みに、音声言語を獲得するためには手話を排 二重符号化の効果.jpg除したほうがよいという考え方に対して、実際には視覚(手話)も聴覚(音声日本語)を併用したほうが日本語自体よく覚えられるというのが認知心理学の考え方です。これを「記憶における二重符号化の効果」と言いますが、ことばを覚えるには、一つだけの方法でしかもあいまいな情報入力によるよりも、いろんな手掛かりを使ったほうがことばは記憶しやすいという、当たり前のことを言っているにすぎません。

 

聴覚活用タイプ.jpg 私はこの方法で20年以上実践し、これがいちばん今のところリスクが少ない方法だと考えています。すなわち手話も日本語も両方とも獲得できる方法だと思います(それについてはこのHP「9歳の壁を越え始めたきこえない子どもたち」下記参照)。

http://nanchosien.com/papers/

 

ただ、手話は自然獲得できる言語ですからいいのですが、日本語(音声言語、指文字・文字)の習得に関しては、日々の生活の中でどのように、どの程度、使うのかという点で、家庭の状況が反映されるのも事実で、母親が就労していない家庭なら子どもと関わる時間があるのでよ 指文字タイプ.jpgいのですが、経済的に厳しく保育園に入れなければならない家庭では、園での音声言語環境からの日本語入力では、簡単な日常会話の域を出ません。そのような場合は、家庭でのコミュニケーションに相当の配慮と工夫が必要になります。また、難聴児や人工内耳の子は、ある程度耳が使えるということで、幼稚園や保育園に通うことも多いのですが、同じような問題に直面します。確かにこのような子たちは日常会話(生活言語)レベルの音声言語は獲得できます。問題はその質で、日常会話は、具体物や相手の仕草・表情、話し方といった多くの非言語情報によって支えられており、文脈が共有されていれば単語だけでも通じますし、わからなければ相手が直接聞いてくれるなどにも支えられて成り立っているので、主述が正しくなかったり助詞の欠落などがあっても伝え合えます。そのことから、「聞こえて話せているから大丈夫」と思われがちですが、ふつうの生活環境で暮らし会話しているだけでは、深く考えたり学ぶためのことばである、いわゆる「学習言語」を身につけるためには不十分です。

(*以下「生活言語と学習言語」を参照)http://nanchosien.com/nyuyou/13/

 

〇大切なのは生活言語(日常会話のことば)から学習言語(考える・学ぶためのことば)へのステップアップ!

 このホームページでも、14か月で手話の初語が出て、2歳で人工内耳を装用、その後、音声での会話ができるようになって安心し、年中の秋に、子どもに上位概念のことばを聞いてみたところ、「果物や野菜の中の一つ一つのものの名前はたくさん知っているのに分類もできないし言葉でも説明できない」ということを知ったという事例が紹介されています

(*「ことば絵じてん作り楽しんでいます!」参照 http://nanchosien.com/10/1/)。

  生活言語から学習言語へ.jpg

よくおしゃべりできるのに、ことばを思考や操作の対象として取り出し、カテゴリーで括ったりそのカテゴリーの名称(野菜とか果物とか)を知らない。「りんごってどんなもの?」と尋ねても答えられないという問題、これが幼児期の生活言語から学習言語へのレベルアップの課題で、ここが、日々、音声言語で会話を積み重ねていればOKという、単純な問題ではありません。ですから、家庭においても、単に生活に必要なやりとりをして終わるのではなく、やりと レベルアップの手立て.jpgりの質を高め、子どもにことばで考えさせる力をつけなければならないのですが(これは子どもの聴力の軽重とは関係ありません)、そのための会話の仕方の工夫や余裕をもってかかわる時間の確保が必要になるのです(これを保育園や幼稚園に望んでも難しく、1対1の関係がつくれる家庭でやるしかありません。そのための工夫として例えば15分を1区切りとして、15分単位のかかわりを1日のうちで何回か持てるようにします。この時間内で「ことばあそび」をしたり、「絵日記」を描いたり、「絵本の読み聞かせ」をしたりする)。絵日記や絵本の読み聞かせ、ことば絵じてんの作り方、会話の工夫の仕方などについては『どうすればことばが育つか?~9歳の壁を越えるために』,900円,全国早期支援研究協議会発行を参考にしてください。http://nanchosien.com/publish/

 

 

〇学習言語へのレベルアップのための5つのポイント 

幼児期から学童期にかけての日本語獲得課題.jpgのサムネール画像また、生活言語から学習言語へのレベルアップをしていく時に、いくつかのクリアしなければならない課題があります。(右図参照)

 

まず一つ目は音韻意識の問題。これにはワーキングメモリーの課題が関わってきます。

http://nanchosien.com/nyuyou/post_106.html

 

二つ目は語彙の概念・カテゴリー構築の課題です。

これについては本HPの「ことば絵じてん作り」「ことばのネットワークづくり」を参照してください。

http://nanchosien.com/papers/cat33/

 

三つめは語彙の量とくに動詞語彙数の課題です。

これについては本HPの「絵でわかる動詞の学習」を参照してください。

http://nanchosien.com/09/09-1-1/09-2/ 

 

四つ目はメタ言語意識の課題。これは、自分の経験と絡めて日本語(生活言語)を獲得してきた段階から、ことばを対象化して取り出し、そのことばを操作したり(例:言葉遊び)一般化・抽象化した辞書的な意味で使用できる日本語(学習言語)へとレベルアップの課題(例:小1国語『じどう車くらべ』に出てくる「しごと、やくわり、つくり、はたらき」といった抽象的なことばの意味が理解でき、こうしたことばを使って、自動車の特徴を説明できるとか、クレーン車の「じょうぶなうで」「しっかりした足」という比喩を理解できる力など)。(*「生活言語と学習言語」を参照)http://nanchosien.com/nyuyou/13/

 

 そして五つ目は文法的課題です。日本語の基本文型の習得と助詞と動詞活用の課題。これはそのまま学童期の課題として引き継がれます。これについては「日本語チャレンジ」や「文法指導順序」を参考にして下さい。http://nanchosien.com/09/09-1-1/

 また、年中児に、視覚教材を工夫して、家庭で日本語学習の取り組みを行なった下記の事例は参考になるでしょう。この事例の家庭では、ことば絵じてん作りの活動から始めて、助詞の学習、動詞受動文、比較表現、自動詞・他動詞の学習、そして名詞修飾構文などに取り組み、非常に大きな成果(「絵画語彙検査」や「Jcoss日本語理解テスト」「WISC」等で数値的な成績向上)をあげた事例です。(*「視覚教材で楽しく日本語を身につけよう」参照  http://nanchosien.com/papers/04-4/ )

支援教材.jpgのサムネール画像

 だいたいこのようなプロセスを経て、日本語の学習言語の基礎が獲得されていきます。

この5つの課題については長くなるのでここでは説明できませんが、このHPのそれぞれのところで説明していますので参照して下さい。また、これらの課題をクリアするために作成したテキストや冊子をぜひ参考にしてください。

*以下、出版物紹介コーナー

http://nanchosien.com/cat21/

┃難聴児支援教材研究会
 代表 木島照夫

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