全国の難聴児のための早期支援、聴覚障害教育の情報提供、教材などの紹介を発信します。

乳幼児期・学童期

「きこえない子との会話、どうしてる?」 ママたちの悩みの一つです~最初から誰もが上手にことばかけができるわけではありません。周りのお母さんのことばかけの様子をみたり、スマホで子どもとのやりとりをしているところを家族に撮ってもらい乳相担当の先生にみてもらってアドバイスをもらったり、よりよいことばかけを工夫していきたいものですね。その時に、シャワーのようにただことばをたくさん浴びせればいいのではなく、子どもの興味関心に添って、ことばを豊かに使う、子どもの目線を必ずとらえてからことばかけをするという基本は守っていきたいものですね。「ことばかけした」という大人の自己満足に終わらないようにしたいものです。以下、あるママの育児記録を紹介しつつ考えてみたいと思います。

 

【事例A君(1歳10か月)】  Mはママ。口話に手話併用 

「朝食に玉子を焼こうと冷蔵庫を開けると、牛乳が目に入りA「牛乳」サイン。M「牛乳飲

牛乳 電子レンジ.jpg

みたいの?」A「うん、うん」(激しくうなづく)M「じゃあ牛乳飲もう!」A「バー(ジャーと言っているつもり)M「ジャーして飲もうね。コップ持ってて。」(持って待つM)「ジャー」A「バー」そのまま、飲むかと思ったら、耳に手を当てA「んー、んー」と声を出す。(レンジのピーピーをまねしているらしい。A流の電子レンジサイン)M「レンジ ピーピーしてあったかくして飲みたいの?」A「うんうん」(うなづく)抱っこすると自分でレンジの扉を開けてコップを入れ、ママが時間をセットすると自分でスタートボタンを押して、A「待ってるよ」サイン。少し待って、すぐ耳に手を当てA「んー、んー」M「ピーピーきこえたかな。まだあったかくならないねー。」といっぱい会話ができて楽しかった。」


毎日繰り返される生活場面で、A君とママが豊かに会話している様子が描かれていますね。何気ない【牛乳を飲む】といった場面でも、これだけ豊かにおしゃべりができることが伝わればいいなあと思います。子どもの、牛乳が飲みたい意図がお母さんに伝わり、「はい どうぞ」と牛乳を渡すだけのかかわりでは、ことばが豊かに育つことは難しいと思います。子どもに関わる大人が、A君のママがしているように、丁寧なことばかけができるよう慣れていきたいものですね。A君とママは、このように今はやりとりが成立していますが、ここまで来るまでには、ママの一人芝居の時間が長かったわけです。ママはA君が赤ちゃんの頃から応答のないA君に手話も使って「牛乳 飲みたいの」という代弁をしたり、「ジャー」とつぐ際に声をかけたり、温める時には電子レンジの音にも傾聴させたり、一緒に温まるまで待っている間も子どもに話しかけたり、という一人芝居を重ねてきました。その結果、A君の表出が育ってきたわけです。種をまき、水をやらない所に花は育たないように、お母さんはじめ、身近にいる大人の豊かな「ことばかけ」という種まき、水やりが行われないと、子どもの手話や音声言語といったことばは育ちにくいといえるでしょう。芽が出るのを楽しみにしながら、小さければ小さいほど、その時期を丁寧に過ごしていただきたいものだと思います。

 

【事例Bちゃん(2歳6か月)】   Mはママ。口話に手話併用

「・・・クマが水遊びする池を、ガラス張りの囲いから見ていた所、クマが猛突進で池に

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飛び込んできた!「ザッブーン!」といったん水に入った後、ガラス越しに見ているBに向かって襲いかかってきた!さすがのMも一瞬顔がこわばりB「ウェ~ン!」と泣いた。家に帰って、M「今日はたくさん動物見たね。○と△と・・・」M「クマはこわかったねー。ガオーッて襲いかかってきたよ。」と話したら、B「クマこわい、こわい」といつまでもやっていました。私が続けてM「でもクマさん、もう眠っているかな。」と話すとBも「クマ ねんね。」と安心した様子でした。」

 

動物園で、心動かされる体験をたくさんしたBちゃんです。Bちゃんのママは、その体験を振り返るお話をしています。「○や△見たね。」という見た動物について話しをし、特にクマが襲いかかってきたという一番印象深いお話をしてあげました。もちろん、こわかったクマ体験でしたから、Bちゃんも食い入るように話を聞いたようです。そして、そんなクマで頭がいっぱいのBちゃんに投げかけた「クマさん、もう眠っているかな」の一言。これがママの上手なことばかけでした。体験していない想像の世界についても、Bちゃんとの会話に盛り込んだところがとても良かったと思います。「クマさん、今頃何しているだろう。」「クマさんどうしているかな。」といったことばかけも同じ「考えさせる」「想像を働かせる」類のことばかけですが、こうしたことばかけが子どもの気持ちや状況に応じて的確に投げかけられることで、子どもの思考力や想像力が育っていきます。そのためには、子どもが、お母さんに何を語りかけられているかがきちんと理解できるようになっていることが必要ですが、その素地は、親御さんによる一人芝居の時期の丁寧なことばかけの積み重ねによって作られていくのです。Bちゃんのママは、高度難聴のBちゃんのためにしっかりと手話を学び、会話で使ってきたので、Bちゃんがお母さんの話すことはだいぶ理解できるようになってきています。A君も、Bちゃんも、親子の間でやりとりが成立する素地をこれまで作ってきて、今があるということですね。小さい時からの年齢に合わせたことばかけ、大切にしていきたいですね。

 今回は、1歳半になったある難聴児のパパの手記を紹介します。20年くらい前はまだまだ育児に積極的に参加するお父さんはそんなに多くなかったと思いますが、今の時代は、普通にお父さん方が育児に参加される時代です。以下に引用する手記もそうした難聴児の子育て奮闘記です。新スクでリファーになった親御さんにもとても参考になると思いますので、ぜひ、お読みいただけたらと思います。


○はじめに

 わが子は20××年×月×日の深夜1時過ぎに生まれました。予定日よりも1か月半ほども早く、前日の夜から、ただおろおろと付き添うだけの父でしたが、出産にも立ち会い、子どもが無事に生まれ、徹夜明けの朝、一人でにやにやしながら家に帰ったことをよく覚えています。

 2020年はコロナ禍もあり、平常ではない1年となりましたが、私個人としては、リモートワークなどの影響もあり、我が子や家族と、多くの時間を共に過ごすことができ、ひよこ組のグループ活動や個別相談にも1年を通して参加させていただくことができました。

 わが子が生まれて15か月、ひいき目に見てとてもかわいく育っています。このような時期に、こうして振り返る機会を持つことができて有難く思います。

 

○わが子とのコミュニケーションで大事にしてきたこと

・大きな声と大きなリアクション

・できるだけ、手話を使い、説明する

・いっぱい笑わせる

わが子とのコミュニケーションで大事なことは全て、先生方から教わりましたので、できないなりに気を付けたことだけ、書きたいと思います。

わが子は多少なりとも音が入る聴力なので、できるだけ大きな声で話しかけるようにしました。ろう学校乳相のA先生を参考に、少しでも、わが子に音が届くようにと意識をしました。

また、目の人であるわが子はオーバーなリアクションや表情の変化に気づいてくれます。寝たふり→目を見開く、とすると爆笑したりします。変顔も大好きです。表情筋や全身を使って見せています。

 さらに、手話についても、わが子に話しかけること、特に、日々の繰り返しにあたるものはできるだけ、使うようにしました。グループ活動の中で、指差しの大切さや、二語文をつくることなどを教わり、できるだけ意識して取り組んだと思います。生活リズムが固まるとともに使う手話も固まるので、わが子相手には手話と大きな声で話しかけています。そして、成人聾の先生から手話の時間に色々な場面で「子供には難しいからちゃんと説明すること」を教わりました。「びしょびしょになるから、お水遊びできないよ」「ご飯の時は、おもちゃを頂戴」などなど、「~~だから」「~~の時」「~~したら」というような手話は頻繁に使いました。

とにかく明るく楽しく過ごしてもらいたいので、わが子が笑ってくれることを探して、繰り返し、子どもが飽きるまでやりました。笑ってくれることをするのが、コミュニケーションの第一指針だったと思います。

 

○わが子との生活習慣で大事にしてきたこと

・子どもの生活をどうするかを家族で話し合う

・子どもの仕事を作る

・いっぱいかわいがる。

生活リズムはできるだけ整えた方がよいということで、食事や睡眠の頻度や感覚、遊びに行く時間帯、イレギュラーになりそうな日の対応、などなど、どうするかはできるだけ話し合って一緒に決めました。もう初めのころのことは思いだせないのですが、合わなくなってきたかな、とか、将来的にどうしたいか、などを踏まえて都度話し合うようにしました。わが子の生活に対し、家族で同じ認識を持っていることは大事だったと思います。具体的なやり方を定め、夫婦同じ方法を意識し、やり方の工夫などを共有して発展させていきました。

併せて、子どもが自分でやりたいことができてくると、それを尊重し、毎日やらせるようにしました(子どもの仕事)。具体的には、朝起きてカーテンを開けること、部屋の電気のスイッチを押すこと、おむつをごみ袋に入れてごみ箱までもっていって捨てること、最近ではトイレまでモノを捨てに行くこと、などなど、(飽きてやめるものもありましたが)わが子の中での習慣づけにはなったかと思います。

最後に、基本的には家にいることのできた今年は、毎日「かわいいね」と声をかけ、頭をなで、スキンシップをして抱っこして、、、、、ととにかくかわいがりました。わが子の生活習慣?かどうかはわかりませんが、きっと子どもは自分がかわいいことに疑問を持たないくらい、言われています。

 

○父として努力してきたこと

・お風呂と寝かしつけ

・生活の記録、日々のエピソードに目を向ける

・無理をしすぎないこと

お風呂はできるだけ毎日入れるようにしました。子どもがお風呂の中でつかまり立ちができるようになって以降は、お風呂の中で如何に子どもを楽しませるかについては日々研鑽を重ねました。おもちゃで遊んだり、表情だけのいないいないばあをしたり、楽しいお風呂を心掛けました。寝かしつけは生活リズムにも大きくかかわるので、色々な方法で抱っこしたり、そのまま寝転がしてみたり、寝てしまうまで遊びに付き合ったりと、やり方や時間帯などを家族で相談しながら続けました。

春頃、子どもが67か月の頃から、生活の記録を書くようになりました。妻とは毎日「今日はどうだった?」と会話をし、日々のわが子のできたこと、したこと、反応したこと、探しながら生活していました。子どもとのコミュニケーションにおいて、まだ「あうあう」言っているだけの子どもが何を考えているのか、何をしたいのか、子供の気持ちを代弁することの重要性を、先生方からも教わりましたが、私は正直、苦手です。(大人相手でもヒトの気持ちを考えるのは苦手ですが)妻にはたくさん教えて貰いました。「こういうことじゃないかな」と聞くたびに「なるほど!」と納得し、分かっていたようにわが子に話しかける日々でしたが、それでも、生活の記録を書く中で、子どものことをたくさん想像できるようになったかと思います。振り返ってとても大切なことで、自分の成長にもつながったと考えています。

これらのことについて、努力の逆のようですが、日々の生活の中で無理はしないようにしていました。無理すると続かない性格だからです。コミュニケーションなども、できるだけ頑張りますが、できなくても仕方がない。次、気付いたときはやろう。生活の記録も今日は何も発見がなかったな、明日は何かをしてみよう、と。できないことを責めず今日ダメなら明日頑張ろうと、良い意味で(?)自分に甘くあるようにしました。先は長く、できることにも限りがあるので、無理せずをモットーに。

 

○父としての変化

・自分のペースでない生活ができる

・待つ、ゆっくり歩く

・目標設定

大きな変化は人のペースに合わせて生活ができるようになったことだと思います。生活リズムについてもそうですし、子どもが、大人から見ればよく分からないことをして、よく分からないところで反応して、そういった時間にのんびり合わせることが少しずつ当たり前になってきました。また、赤ん坊であり、音のない生活、視界に入るものが大切な子どもの生活は、当然、私たちと異なるものですが、少しだけ、その世界に入らせてもらえるようになった気がします。ちょっとした音に気付き、わが子が何を見ているかに目を向け、何に興味があるのか、どうして興味があるのか、わかりませんが、とりあえず共感してみる、一緒にやってみる、「あだー」と一緒に声を出してみる。それが楽しくなった1年半でした。

その過程でせっかちな自分ですが、のんびりできるようになりました。子どもがするまで待つ、何かしている間は待つ、外に出たときは色々視て、聞けるように、ゆっくり歩く(それでもまだ速いと言われますが)そんな習慣も身につきました。

 目標について。子どもの耳のことが分かったとき、私は「自分が死んだあとどうしよう」と思いました。「どうにかして、一人で生きていけるようにしなくてはいけない」「仕事に繋がる技能を身に付けさせなくてはいけない」そのために必要なことをしよう、それができれば問題ない、と。そんな目標設定は、このひよこ組の活動を通して大きく変わりました。聾者のB先生やC先生のような偉大なロールモデルの方々と接したことも大きかったです。耳が聞こえないだけで、わが子は何でもできて、しっかり考えて、理解して、興味を持ち、近所のコンビニの店員さんや、児童館の職員さん、ひよこ組の皆さんのことも認識して、コミュニケーションを取ろうとし、かわいがられている姿を見てきたからです。今は「わが子が人とコミュニケーションをできる力が言葉の面でも、人間性の面でも育つような環境を作ろう」と目標設定しています。今では、当たり前のことですが、子どもは立派な一人の人間で、個性豊かで、意志が強く、親にとってはとてもとてもかわいらしい存在で、この先間違いなく父より立派な人間になるだろうと確信しています。そう思うようになったことが一番の変化です。

 

最後に、ひよこ組の先生方、一緒に活動した皆さんに感謝を、我が家に生まれてきて、健康に楽しく過ごしてくれたわが子に感謝を、何より一緒に生活し、多くの場面で、助け、教え、導いてくれた妻に感謝を申し上げます。ありがとうございました。

今回はきこえない子をもつある保護者の手記を紹介したいと思います。この方は現在、1歳になる難聴児のママ。産後の新スクで「リファー」を告げられ、ショックと悲しみの中でどのように子どもと関わってよいかわからず、不安の中を過ごします。そして、3か月の時、保健師さんより聾学校乳幼児相談を紹介され、Pろう学校乳幼児相談を訪れました。

初めて聾学校を訪れた時、手話を使って楽しく遊んでいる幼児たちをみて、ここに通えばわが子の未来も明るいものになるだろうと直感します。乳幼児相談に通い学ぶ中で、次第にどもとの関わり方や障害に対する見方が変わっていきます。以下、これまで子どもとの関わりの中で大切にしてこられたことは、きっと、0歳から1歳頃の難聴のお子さんをお持ちの方にも参考になるのではないかと思いますので紹介致します。

                        

 「M2019月○日に誕生しました新生児聴覚スクリーニング検査にてリファーという結果を受け、Mは音のない暗闇にいるのだろうかと思い、とても悲しく不安になりました。私はショックもあり、「リファーという結果を母子手帳に記入しますか。」という助産師さんの申し出を断ってしまいました。その後難聴だとわかりましたが、結果を受け止めたつもりでいても、聴こえないということの知識も理解もなく過ごしていました。

 Mを4月から保育園に預けて復職するために地域の保健師さんに相談した時、Pろう学校を紹介されました。

 生後3か月になる直前、初めてろう学校を訪れました。その時印象に残ったことは2つあります。1つ目は、「聴こえない人は目の人」という言葉です。視覚で情報を確実に得られるようにしようということでした。

 2つ目は、幼稚部の子ども達が友達と園庭で遊ぶ様子を見たとき、みんなが手話を使って会話をしていて、必ず子ども同士が顔を見て話し合っている姿が印象的でした。何より、みんなが楽しく過ごす様子を見、Mの未来も明るいものになると感じました。その後育休を延長すると決め、Mと私はPろう学校ひよこ組に通い始めました。

 

子どもとのコミュニケーションで大事にしたこと

 ①目を見て、顔を見て話しをするようにと教えてもらった事を大切にしました

 Mがおもちゃや好きなものを見ていて視線が合わない事もたくさんありましたが、そんな時はMの顔を見て待っていると目線が合う瞬間がありました。視線が合った短い時間で手話や写真カードでコミュニケーションをとりました。今までの自分は子どもが振り向くまで待てなかったので、ずいぶん辛抱強く待てるようになったと感じます。

 Mは1歳を過ぎてから、何か伝えたい事や知りたい事がある時に私の顔を見るようになりました待っていると子どもの方からコミュニケーションを取ろうとアクションが起きることを実感しました。目を見る、顔を見る事、待つ事の重要性がわかりました。

 

写真カードを作り、一緒に話しをすることです

 ろう学校の先生やお友達、通学で使うバスや電車のカードから始まり、公園、スーパーなどの身近な場所やMが興味を示した葉っぱや働く車など、色々なカードを作りました

5,6ヶ月の頃は、カードをじっと見ているようでも「本当に伝わっているのだろうか。」と疑心暗鬼になっていました。それでもろう学校へ行く時には学校、バス、先生、お友達のカードを繰り返し見せました。M成長とともにろう学校の写真カードを見せると学校、先生、お友達の手話をして楽しみにするようになりました

 また、1歳を過ぎると「病院へ行くよ」等と話すと、Mは自分から病院の写真カードを持ってきて私に見せてマッチングをするようになり、こんな風に写真カードは使えるんだと初めて理解しました。写真カードを見ながら、今ここにいない先生やお友達のことを話したり、前に行った公園や葉っぱの話しをしたりすることができ、親子のコミュニケーションが豊かになりました。写真カードは情報を現在過去未来とつなぐことができる素晴らしい物だと感じ、大切にしています

 

子どもとの生活習慣で大事にしたこと 

 毎日することを丁寧に、見せながらやることです。まだ仰向けやうつ伏せの時期は、子どもの活動量も少ないので毎日のルーティンを決めて繰り返しました。先生や先輩お母さん方から教えてもらったことを生活に取り入れました

 毎朝目覚めたら「おはよう」の手話をする、窓の外を見て一緒に天気を確認する、おむつを見せてからおむつ交換をする、Mを抱っこして汚いおむつをゴミ箱に一緒に捨てに行く、おっぱいを飲む時は「おっぱい飲む?」と手話をつけてからあげました。

 また、服を自分で選んでいるお子さんの話を聞き、まだ仰向けで寝ている時期だったけれどもやってみました。ピンク色の服と紺色の服を顔の前で見せ「どっちにする?」と聞くと、Mは視線を左右に動かしてじっと服を見て、紺色の服に視線が止まったので紺色を選んだのだと思いました。何日繰り返しても毎回紺色の服を選ぶので、何でだろうと思い、服を見るとオレンジ色のクマのアップリケがあり、スナップボタンも赤黄青とカラフルだったことに気付きました。まだ指差しもできない頃だったけれど、Mが何を見ているのか、何に興味を持っているのかがわかりました。視線だけでMの意思がわかり、コミュニケーションが取れるということに驚きと喜びを感じました

 1歳7か月になった現在は、Mは朝起きると「着替え」の手話をしてクローゼットへ行き、服が掛かっているハンガーを色々見てから自分の好きなトレーナーやTシャツを引っ張って選んでいます。時には選べない日もあるけれど、こうした生活習慣が身についたことは、まだ仰向けで寝ていた頃から服を選ぶことを続けてきたからだと今思います。

服を選ぶ以外にも、天気の確認、おむつ捨て、おっぱいを飲むなどの習慣も今振り返ると赤ちゃんの時にしてきたことが現在にも続いているのだと気付き、継続は大切だと改めて実感しました

 

私が努力してきたこと

 ①学校の活動と家庭を繋げる

 ろう学校で教えて頂いたことの中で、ろう学校と普段の生活がひと続きになるようにいう言葉が印象的でした。できるだけ学校で体験した事、遊んだ事を家でも再現して学校と家庭が繋がるように心がけました

 学校でやっている体操、メリーゴーランドやぞうきんが好きなので家でもやる、風船に空気を入れて飛ばしてはしゃいだら、家でも再現する、学校の階段の高いところからジャンプして遊んで興奮した後は公園の段差からジャンプ遊びをする、どんぐりを見せてもらって興味を持ったようなら公園にどんぐり拾いに行くなど、Mが興味を持って楽しんだことは忘れないうちに繰り返し再現して、確かな体験にしました。

そして気に入った遊びは、何度も繰り返して遊び、楽しみました。

私としても学校でやったよね、というきっかけがあると遊びや体験に入りやすかったです。

 

子どもの自主性を大事にする

 Mが興味を持って始めたことについて、時間があるときは本人の気が済むまでやらせる、私はそれをひたすら見守りました。

Mが家と自転車の鍵に興味を持った時は、鍵を開閉する真似を何度も繰り返していました。今までの私なら大人の都合で切り上げて止めさせていたと思います。しかし、子どもが興味を持っていることには付き合おうと心に決めてひたすら見守ると、20分くらいして自分から終わりにしていました。

 他にも、パン屋さんで買い物をしたら、Mは自分で買い物袋を持って歩きたいという

意思を強く示したので、安全な場所で買い物袋を持たせて歩かせると大人と同じことができたという満足感があり納得していました。どものやりたい気持ちを大切にすると子ども自身にも「できた」という達成感や喜びがあるのだと気付きました。

また、親としてもMが今、何に興味を持っているのかを知るきっかけになりました。

 

私の変化

 ある日、Mが「Mのお耳が聴こえないのはかわいそう、お耳が治ってほしい。」と悲しそうに私に言いました。それを聞いて私も胸が痛くなりました。このことを担当の先生に相談すると、「お母さん自身がお姉ちゃんと同じような気持ちでいるのでは?」と指摘を受けました。確かに聴こえないことで将来苦労するのではないか、社会で生きていけるのかが不安で仕方なかったと思います。

 その後、コロナによる一斉休校があり、子ども達と家で一緒に過ごす時間が増えました。お昼にも一緒にNHKんなの手話を見るようになり、手を動かしたり、ろう文化やろう者、聴者という言葉も覚えました。の後学校が再開され、お姉ちゃん、お兄ちゃんと一緒にろう学校の個別相談に行きました。

 手話という違う言葉を使う世界なので、最初は緊張して不安もあったようです。しかし、実際に幼稚部のお友達とお話しをしたり、学校を見学したり、Mと一緒にひよこのお部屋で遊んだりすることを通して、お姉ちゃんお兄ちゃん二人ともが「Mの学校は楽しい場所だね。いい学校に通っているね。好きになった。と話してくれました。

 また、お兄ちゃんはこの4月から1年生になるので、「僕は聴者の学校へ行くよMはろう者の学校だね。」と話していました。今も家族みんなでテレビ『みんなの手話』を見たり、子ども達も少しずつですが手話でMに話したりしてくれます。子どもたちの姿を見て、夫も少しずつ手話や写真カードを使ってMと話をしたり、自分もろう学校へ行ってみようという気持ちになったようです。

 私を含めて家族みんなが、聴こえないことは悲しいことではない、Mはそのままで良いと思えるようになりました。そして、聴こえない人達も私たちと同じように学校へ通い、仕事をして生活していることを身近なこととして家族みんなが知りました。

 私がPろう学校に通うことを通して、聴こえないことについての知識や情報を知り、先生方や他のお母さんとお子さん達から丁寧なコミュニケーションや丁寧に生活することを学び、Mの育児に対する不安が安心に変わりました

その事が、今明るい気持ちでMとともに生活できることに繋がっていると思います。

あれから一度もはMのお耳が聴こえないのはかわいそうと言わなくなりました。私の気持ちが変わったことでお姉ちゃんの気持ちも変化したのでしょう。

 Mの1歳のお誕生日頃、母子手帳に成長の記録を付けるとともに新生児スクリーニング検査の結果欄に自分でリファーの記録をつけました。Mは大丈夫、その気持ちになれたことが私と家族の変化です。これからもっとMとたくさんお話できるように手話を勉強し、わかりやすく様々なことを伝える努力をしていきたいです。」


 以上です。医療機関もいろいろなら支援機関もいろいろです。きこえないことを「障害」=マイナスとしてできるだけなくす方向で考えるのも一つの考え方ですが、きこえないことを「多様性」のひとつとして受けとめるのもひとつの考え方です。どちらを選ぶのも自由です。それはそれぞれの保護者の選択にまかせられていますが、もし子ども本人がどちらを選んでもいいよ、と言われたらどちらを選ぶのだろう?などとときどき考えることがあります。

今日は、聾学校幼稚部の先生からいただいた、クラスの男の子のエピソードを紹介します。この男の子は、両耳聴力110dB、補聴器装用です。いろいろと考えた結果、人工内耳は装用しないことに決めました。発達早期から聾学校乳幼児相談に通い、手話からスタートして、その後、指文字と文字を使ってしっかりと日本語を習得しました。ただ、聴力が厳しい分、発音は不明瞭です。手話は聾者的な手話も口話併用の手話もできます。子ども同士では聾者の手話、先生や親とはいわゆる対応手話を使うことができます。以下、メールからの引用です。

 

3月〇日、今日、らっこ組(重複学級)の担任の先生がお休みでした。それで、らっこ組にはA先生が入っていました。活動は、誕生日会や修了式の練習で、年長のクラスと一緒に活動しました。

修了式の練習が終わって、給食の食堂に向かう時に、らっこ組のBちゃんがトイレに行きたいと言い出しました。練習はホールで行われていたのですが、ホールに近いトイレはいつも使っていないため、そのトイレに行くのは嫌だったようで、幼稚部のいつも使っているトイレに行きたがっていました。Bちゃんは、いつもと違うことが起こるのが苦手なんです。

他の子達はホールに近いトイレに行っていたので、少し離れた幼稚部のトイレにその子だけ連れていくのはどうしようかなと考えていると、それを察した年長のCちゃんが、「先生、僕が一緒にBちゃんとトイレに行くから」と言ってくれました。それでお願いをして、その二人がトイレから戻ってきたのを待って、いっしょに食堂に行こうとしました。そうしたら、またBちゃんが立ち止まりました。「A先生は?」 Bちゃんがそう言ったので、私は振り返って説明をしました。「A先生はまだ幼稚部の年中さんのクラスにいるよ。Bちゃんは私と一緒に食堂でご飯を食べようね。」すると、Bちゃんは戸惑った顔をしました。「A先生、一緒、したい。したい。」と言います。そこで私は、「A先生は、年中さんと一緒。Bちゃんは、私と一緒だよ」と言いました。Bちゃんの目がうるうるしてきました。予定と違うことが起きると、不安で涙が出てしまうのです。そこで、Bちゃんにもう一回説明しようと思って、お話しようと思ったら、それを横で見ていたCちゃんが「先生、待って待って」と、Bちゃんの前に立ちました。

Cちゃん「Bちゃん、A先生がよかったんだね。」

Bちゃん「うん。A先生、いっしょ」

Cちゃん「そうだね。分かるよ。A先生と一緒に食べたかったんだね。A先生とは給食を食べ終わったら会えるよ。給食の後、A先生と一緒に遊べるからね。大丈夫だよ」 

その手話を見ていたBちゃんは安心した顔をして、皆といっしょに食堂に向かいました。そしてBちゃんの手を引いてあげながらCちゃんは、私にこう言ったんです。

「先生、先生は年長組の先生だから、一緒って言われても、Bちゃんは困ると思うよ。」

Cちゃんの話を聞いて私は、「うん。そうだよね。Cちゃんの言うとおりだよ。ごめん、ごめん。でも、Cちゃんありがとう」と言いました。

食堂に向かいながら、こんなふうに友達に寄り添うことができるなんて・・。子どもに教えられることが本当に多いなぁと、思うと同時に、もうすぐ修了していくCちゃんの成長した姿を目の当たりにして、私は嬉しくて、嬉しくて、涙が出そうになりました。・・」


メールは、以上です。きこえない子どもたちは、他人の気持ちや考えを想像することが苦手と『心の理論』の調査結果などからしばしば言われてきました。私自身も、以前はそ

他者視点を育てるために.jpgのサムネール画像

う感じることが多かったので、前回の記事(TOP>生活言語と学習言語>『象徴機能のレベルアップ』)の中でも、「他者視点の力を育てる」として、子ども自身の気持ちへの共感と言語化の大切さ、家族皆で通じ合える会話の大切さ、絵本の読み聞かせや再現あそび、手紙を書く活動などの大切さを提唱してきました。

http://nanchosien.com/nyuyou/13/post_199.html

このCちゃんの家庭では、幼いころから子どもの気持ちを大事にし、よく手話を使って丁寧に会話をしていました。私も時々、朝、駅から学校までの登校の途上で、立ち止まって親子で会話しているCちゃん親子の姿を見かけることがありました。また、家庭では聴者のお父さんも、また聴者で小学生のお兄ちゃも手話を身につけ、家庭の会話は、Cちゃんがいるときはいつも手話がついています。ですから、Cちゃんは自分以外の人たちの気持ちや考えを、いつでも「見ること」ができます。また、Cちゃんはよくヒーローごっこでいろんな役割を演じたり、ゆうびんやさんごっこで郵便屋さんになったり、手紙を書いたりもよくしていました。そうしたいろいろな活動の中で、他者の心の想像の最も根底にある他者への共感や他者の立場に立って考える想像力、そしてそれを言語化して伝えられる、手話や日本語でのコミュニケーション能力など、しっかりと育てていった結果なのだろうと思います。Cちゃんのママは、乳幼児相談2歳児クラスが修了した時、こんなことを修了文集に書いています。以下、引用します。

 

・・先日、7歳の兄に『きこえない子ときこえる子が仲良くなるにはどうしたらいい?』ときいてみた。そうしたら「きこえる子が手話を覚えたらいいんじゃない?」。

母「なるほどね。でも、手話ってすぐには覚えられないよね。もっと早く仲良しになるにはどうしたらいいのかなあ?」 兄「ん~、じゃあ、その子が好きなこと何かなって見る。わかったら、それを自分も好きになって、一緒にやる。僕は友達になりたい時は、そ

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やってるよ。」なるほど!わが子ながらいいこと言うなあ。・・Cも相手にそのように行動できるような、そんな子になってほしいと思います。」(引用はここまで)

それから3年経ち、お母さんが書いておられたように、Cちゃんも、友達に共感できるような子どもに育ったんだなあと当時の修了文集を懐かしく読み返しました。


なお、Cちゃんの1歳8カ月から34か月までの子育ての記録は、『子どもとママと担当者と35か月の軌跡』の後半77頁~125頁に掲載されています。こちらもとても参考になります。ぜひ、ご一読下さい(1,000円、送料別180円)

http://nanchosien.com/publish/post_122.html

 

手話か口話か? 手話も口話も?

手話からスタートした子どもたちはどのように日本語を獲得していくのでしょうか? ある医療機関では、「手話を使ったら声を出さなくなる」という理由で手話を禁止するのだそうです。また、ある中等度難聴児のママは「手話は必要ないから」と言われたそうです。本当に手話をすると子どもは声を出さなくなるのでしょうか?本当に難聴児には手話は必要ないのでしょうか?   

今回は、1歳から3歳頃までの手話からスタートした子どもたちが、どのように日本語を獲得していくのか、まずその発達の筋道を紹介し、最後に手話からスタートした難聴児と聾児の3歳時のママとの会話を紹介します。

手話から日本語へ①.jpgなおここでいう手話とは、日本語対応手話(=口話併用手話、手話付きスピーチ、手指日本語)のことです。日本語対応手話とは音声に手話をつけるやり方ですから日本語の範疇に入ります。もちろん、0~1歳の単語段階では対応手話か日本手話かという区別は必要ありません。しかし、1歳半ばあたりで2語文が表出される頃になると、文を使ったやりとりに日本語の文法を用いるのか(つまり日本語対応手話を使うのか)、手話の文法を用いるのか(日本手話の獲得の方向に向かうのか)という問題が生じてきます。ここが教育方法の大きな分かれ目になるところですが、公立聾学校には保護者からの両方のニーズがあり、必然的に手話も口話もという立場にたつことになります。では、それは双方からの要望に応えようとするための中途半端で消極的な方法なのでしょうか? いえ決してそうではなく、両方のメリットが活かされたbestとまでは言いませんがbetterな方法だと私はこれまでの経験から考えています。

*そのエビデンスはこのホームページの下記の項を参照して下さい。

TOP>論文・資料・教材>「9歳の壁」を越え始めたきこえない子どもたち。

nanchosien.com/papers/post_70.html

 

ここでは、筆者が行った保護者聞き取り調査(2017年都立ろう学校2校21名対象)の結果及び都立ろう学校乳幼児相談保護者育児記録(2003~2019年)より事例を紹介つつ、手話から日本語獲得への道筋を見ていきたいと思います。


 

1.比較的聴力の軽い子どもたち(概ね90dB未満)の日本語の発達


①音に気づく~0歳後半~

 

手話から日本語へ②.jpgこの時期はまだ指文字や文字といった視覚日本語の獲得は困難で、子どもは、補聴器を通して入ってくる音や声を、音楽やリズム、くすぐりあそびや手あそび、絵本でのオノマトペや繰り返しのあることばとして楽しんだりできます。このような活動を通してまず音への関心を育てるのが0歳後半から1歳代です。

 


手話から日本語へ③.jpgのサムネール画像

②音声模倣・音声初語・音声単語獲得~1歳代

 

手話から日本語へ④.jpg1歳以前より乳相に来談し手話を用いてきた子どもたちは、補聴器を装用し音声をきいてはいても聴力の如何によらず手話の初語のほうが先に(1歳前後)出ますが、比較的聴力の軽い子どもたち(概ね90dB未満・以下)は、やや遅れて音声の初語も出てきます。この子どもたち(最初の図の【聴覚活用タイプ】)は、音声の模倣を楽しんだり、音声初語の発語があったりなど手話も使いつつ音声言語の発達も同時に並行して進んでいき、音声での語彙も徐々に増えてきます。そのほとんどは、最初に手話として獲得しコミュニケーションの中で使われている語を日本語に置き換えたもの手話から日本語へ⑤.pptx.jpgのサムネール画像のサムネール画像で、手話を伴わない音声のみの単独で表出される語もあります。

 一方で90dB以上の聴力の重い子たちは音声初語が出る子は比較的少ないです。この子どもたちは2歳半頃に指文字で日本語語彙を獲得し始めるまでは手話中心の言語発達をしていきます。最初の図のいちばん下の【指文字タイプ】の子たちです。この子たちの日本語獲得はもう少し時間がかかります。ただ、手話での会話内容は、きこえる子が音声言語でやりとりするのと同じように内容豊かなものです。

 

手話から日本語へ⑥.jpg


③日本語対応手話へ~2歳代以降

手話から日本語へ⑦.jpg2歳になると、手話での会話は一語文(単語)から二語文に入っていきますが、ここで使われる手話は聴家庭では日本語対応手話がほとんどです。そして、日本語対応手話で表出される文には音声が伴っているので、子どもたちも文の中の一部の語を音声でイントネーションや口形を真似たり、自分で単語として表出したりするようになります(事例I~M)。

 


2.比較的聴力の重い子どもたち(概ね90dB以上)の日本語の発達


①手指喃語・手話初語・二語文・語彙爆発・・・0歳代後半~2歳

 

手話から日本語へ⑧.jpg2017調査対象児21名のうち90dB以上の幼児は8名いますが、そのうち6名は手話喃語を観察しています(2名は不明)。また、手話初語は8名全員が観察しています。その後、手話の語彙爆発も8名全員が観察しています。こうした事実から、聴力の重い子どもたちの言語獲得は、1歳代から2歳代にかけて手話中心に進んでいることがわかります。

 また話による語彙の爆発や二語文の獲得は1歳代の後半、ほぼ同じ頃にみられます。

 

②指文字の獲得・・・1歳半~3歳代

・手話の延長としての頭指文字や固有名詞の表現として使う

手話から日本語へ⑨.jpg「木〇先生」を表すときに「キ」+先生(手話)と表すことがあります。これを頭(かしら)指文字と言っています。また、例えばペットの名前などの固有名詞は手話ではなく、指文字でそのまま表すことも多いです。さらに、「ハム」「麩(ふ)」「プラレール」など手話で表現できない単語について大人が指文字を使ってみせるなどのこともあります。このように手話では表現できない時に指文字を使うことがあります。(日本手話の場合は、CLやNMSなどを駆使しますが、日本語対応手話を用いる家庭では指文字をそのまま使い、意味がわからない時には手話で説明したり絵や写真など非言語的手段を駆使して説明することになります)。

手話を日本語で知ってほしいとき使う

手話から日本語へ⑩.jpg話をしたあとに指文字で単語を押さえる方法(「猫だね(手話)」+「ネコ(指文字)」)で大人が指文字を表出し、それを子どもが見てまねるという方法で、指文字を通して日本語を教えます【事例P ~R)。

このように、比較的聴力が重く手話中心でこれまできた子どもたちは、2歳後半から3歳頃にかけて主に指文字を使って日本語を獲得し始めます。ただ聴力の軽い子どもたちが、日本語対応手話で音声も併用してリアルタイムに会話していくのに対して、聴力の重い子どもたちは、手話での会話にわざわざ自分から指文字を使って会話をすることは、手手話から日本語へ⑪.jpgのサムネール画像のサムネール画像のサムネール画像のサムネール画像のサムネール画像話で表せない語彙に使うくらいしかないでしょう。そのため日本語に触れる時間的な少なさという問題が生じます。それを補うためには、大人の側から日本語対応手話を使いながら、ターゲットとなる手話語彙を指文字で表現し、日本語を教えていくといった工夫が必要になります。また、以下の項のように文字を通して日本語を学ぶ機会を増やしていくことも必要です。


3.文字から日本語を~写真・絵カード、絵日記、オリジナルことば絵じてん、絵本など

 文字による日本語獲得についてはここでは省略します。それぞれの意義については該当の項を参照して下さい。

 

 

〇まとめ

手話から日本語へ⑫.pptx.jpg最後に二つの事例を紹介します。一つ目は65dBの難聴児の事例です。医師からは「手話は必要ないから」と言われる聴力の子どもです。右のファイルでは3歳5か月のとき、手話と日本語の二つの言語の違いに気づき、手話は一つでも日本語では「うれしい」「たのしい」という別々の意味があることを発見しています。二つの言語を頭の中で比べて比較しその違いを考えることができています。抽象的な思考とは目に見えない物事を頭の中で考えることのできる力です。この子は、3歳5カ月で、目には見ることのできない「うれしい」「たのしい」という感情を比べることができており、さらに手話というもう一つ別の言語ともその違いを比べることができています。また3歳6か月のとき、ママに言わせれば「屁理屈」かもしれませんが、理由付けをしておばあちゃんを説得する言い方を考えることができています。こうした思考ができるのは0歳の時から目に見える手話という言語を使い、「考える」力を育ててきたからだと思います。曖昧な音声のみで育った60dBの難聴児にこれだけの論理的な思考ができるかというとそうはいかないのではないでしょうか。

 

手話から日本語へ⑬.pptx.jpgまた、右の110dBの子どもは、冬から春になりつつあるときに、葉芽(ようが)と花芽(はなめ)の違いについてママと会話しています。身近な自然に触れ、変わりゆく季節の変化やその美しさに関心をもつだけの思考が育っている様子がうかがわれます。

 では、この二人に共通していることはなんでしょうか? それは単にSpeechができるかどうかという目先のことではなく、Languageという、思考をするための「言語」を育ててきたという点です。手話でスタートするという最大の利点は、100%見てわかる会話をすることで子どもの経験を深め、その経験をもとに言語(手話・日本語)を使って考え、豊かな想像力を膨らませ、そこで培われた力が書きことばの土台となって学力の形成や抽象的・論理的思考という学習言語の世界へと繋がっていくという点です。頭の中のLanguageを育てる、それが手話でスタートすることの大切な意味なのだと思います。

 

 さて、ここまでは主として乳幼児教育相談の年齢段階での手話と日本語の発達の過程でした。これより以降は、聾学校幼稚部に入学して言語の指導を継続するのがよいと思います。友達と互いにわかりあえる手話を通して関わることで自分の気持ちをコントロールする力、互いのぶつかり合いの中から自分たちで問題を解決する力、友達と役割を分担し互いに考えを出し合い、協力して遊びや生活をつくっていく力は、お互いに通じ合える共通の言語・コミュニケーション手段があってのことです。そうした集団の関わりの中でこそ社会性は育つものだと思います。そしてこのような生活の中で身につけた言語こそ、小学校以降の教科学習の土台になるものだと思います。

 

  新型コロナの影響で聾学校や医療機関、発達デイなどに通う時間が削減され、補聴器や人工内耳の指導が受けられない、言語指導や発音指導が受けられない・・と、保護者の方々の嘆きの声がきこえてきます。確かに、専門的な指導を受けられない親御さんの不安はとても大きいと想像します。そのことを理解しつつ、では、家庭でやれることはないのだろうか?と考えてみると、毎日の生活の中で、親子で日々の暮らしの中での会話を丁寧にやっていくことが実はもっとも効果的な「指導」であり「訓練」なのではないかということに気づかされます。

聴覚障害児教育では、その長い歴史の中で、口話訓練、聴能訓練、発音発語訓練、読話訓練・・と様々な訓練という名の下に、専門的な指導が行われてきました。しかし、その長い歴史の中で考え方が見直されてきたのも事実です。

 例えば、聴能訓練。もう20年以上前になるでしょうか。「聴能訓練」ということばが見直されて、「聴覚学習」ということばが使われるようになりました。どのように変わったのかというと、限られた訓練の時間で「聴く」学習が進められるものではなく、子どもが日々の生活全体の中で、主体的に「聴こうとする」姿勢を育てることで、聴覚を活用できるようにするという考え方に変わりました。そして、子どもたちの「聴きたい」という気持ちに添って聴覚を活用していかれるようにすることが大事であり、子どもの「聴きたい」気持ちを無視したところに聴覚活用はありえないという、当たり前の考え方に立ち返ったともいえます。

音をきくことへの共感.jpg例えば右の事例のように、大好きなパパの帰宅を待ち望む気持ちがあるからこそ、パパの押す「ピンポーン」という玄関のチャイム音が聴きたいとか、「電子レンジから早く暖かい牛乳を取り出したい」と思うから「チーン!」というレンジの音を聴きたいとか、体を動かして踊ることが好きだから「テレビやCDの音楽ききたい」など、子どもにとって意味のある音を取り上げながら、周囲も一緒に関わり、聴覚活用の力を育むことこそが聴覚学習なのです。

また、音声言語の使い方も、聞こえにくい子どもたちにとってよくわかるように、目と目を合わせ、声の大きさやリズム、スピード、話しかける文の長さなどに気をつけるからこそ、子どもの「聴こう」という気持ちを引き出すことができます。子どもが幼ければ幼いほど、生活全般の中で、このように「聴きたい」気持ちを育てることが大事であるわけです。

 ですから、「指導」とか「訓練」という特別な時間があるかどうかではなく、家庭生活の中で、お母さんやお父さんをはじめとする家族の人たちが、どれだけこうした配慮を丁寧にしながら子どもに関わることができるかが大事なわけですね。このことは、聴覚の訓練だけでなく発音や言語の訓練ということについても同様に考えることができます。昔はよく「ことばの風呂につけろ」という考え方があり、とにかくたくさん話しかければことばが育つ、とよく言われていました。そして、大人が選んだことばについて、発音したり、読話したりできるよう、特別な時間を設けて練習することが、訓練や指導の時間で扱われたこともありました。しかし、今は「たくさんことばをかけたかどうか」とか「言わせたいことばをいかに上手に話させるか」ということよりも、「いかに子どもの気持ちに合った(添った)ことばをかけることができたか」ということが問われるようになりました。なぜなら、その時が最も子ども自身のあらゆる可能性がひらかれるときだからです。子どもの気持ちが向いていない事柄に対して、いくら話しかけても子どもは見ない、聴かない、つまり情報が入らなかったり、すぐに忘れてしまうのは、日々お母さん方も実感されていることではないでしょうか。その意味で、子どもの気持ちを無視してはことばもよ

楽しい家庭でことばは育つ①.jpgりよく育つものではないということがわかります。家庭生活の中で、子どもの興味、関心のあること、子どもが好きなことにたっぷり付き合うこと、聴きたい、話したい、伝えたい気持ちをかきたてながら、実物も写真も絵も、身振りも表情も、手話も音声言語もいろいろなわかる手段を使い、ことばを育てることを心がけてほしいと思います。このような姿勢で子どもを育てるとき、大人も子どもも楽しく、自然な形で、効率的に聴覚活用の力や言語の力や思考の力が育まれます。「学校や施設で訓練・指導してもらう」ことも子どもの発達の現状を把握し課題を明確にした楽しい家庭でことばは育つ②.jpgり、ある時期専門性の必要な指導というのは確かにありますが、今は「家庭生活全体の中で楽しく関わり配慮する」コツをしっかりとつかんでいかれるのが、この憂鬱な時期・時間を積極的な時間に変える方法ではないかと思います。

右の調査は、前お茶の水女子大学の内田伸子先生らがおやりになった海外も含む調査研究の結果です。この中で見出されたことは、一言でいえば「楽しい家庭でことばは育つ」と楽しい家庭でことばは育つ③.jpgいうことでした。「共有型のしつけ」(=子どもと一緒に経験を共有することを楽しむ家庭)をしている家庭で育った子ともは、「強制型しつけ」(=指示・命令・禁止・叱責の多い家庭)の子どもより、幼児期の語彙能力と小1の時の読み書き能力において、有意に高いという結果でした。そしてそうした結果からまとめた提言「子育て十か条」が最後のファイルです。味わい深い内容です。

 前回(3/29)、一語文から二語文への手話での言語発達について書きました。子どもは2歳頃になると、記憶する力も伸び、楽しかった過去の経験が語れるようになってきます。そして頭の中にある楽しかった思い出をありったけの単語を羅列して語るようになります。しかし、経験したことを伝えきるにはまだ語彙数が十分とは言えません。「今、ここ」でのことなら実物や身振り、表情、指さしなどの手掛かかり(非言語情報)も使えますが、「あの時、あのこと」を語るためには、名詞の羅列だけでは伝えきれません。叙述表現には文の述部を構成する動詞形容詞が必要になるからです。  

 しかし、「ものには名前がある」ことがわかるようになった子どもたちは、外界への関心をさらに高め、「語彙の爆発期」を通して次第に語彙力と文で伝える力を獲得していきます。それが2歳から3歳の頃です。ちょうどこの頃、子どもは「自我の芽生え」の時期を迎えます。そこで今回は、2歳から3歳代にかけての心の面での発達について書いてみたいと思います。

 

 〇自我の芽生える頃

魔の2歳児1.jpgきこえる子もきこえない子も2歳頃になると自我が芽生えてきて、なんでも自分でやりたがるようになります。「自分」という意識が高まり、大人の言うことをすんなりとはきいてくれません。そのためにママやパパ、兄弟などとの衝突も増え、癇癪を起してひっくり返り泣きわめくことも少なくありません。そのためにこの時期は「イヤイヤ期」とか「魔の二歳児」などと呼ばれることがあります。この時期をどう乗り越えればよいのでしょうか? 


子どもは1歳を過ぎると写真や鏡に映っている自分やパパ、ママなどがわかるようになってきて、他人と違う「自分」という存在に気づき始めます。また、自分のしたいことや嫌なことがはっきりしてきて、ほしいものを要求し嫌なことは拒否しますが、まだ自分の欲求や衝動を抑える脳の機能も育っていないので我慢することができません。

2歳になるとその傾向はますます強くなってきます。そのために大人の側もついイライラすることが生じがちですが、でもこれは裏を返せば「自分でやり通したい、がんばりたい」という子どもの積極性・意欲のあらわれでもあるので、この気持ちを大事にしてあげることが大事です。しかし、やりたい気持ちとは裏腹に、まだまだ運動機能も不十分であったり、やりたいけど自信がないという心の揺れを感じたりするために、自分でやり通せず、癇癪を起したり泣いたりなど感情が揺れ動きます。その子どもの心理を読み取り、子どもの自我をはぐくむ大切なチャンスととらえ、子どもの気持ちにまず寄り添い、「~をしたかったんだよね」「大丈夫。だんだんとできるようになるよ」と上手に受けとめて自信をもたせていくことが必要な年齢です。

 

〇どのような対応が必要か?~肯定先行

とは言っても朝の時間がない時に「イヤイヤ」が始まるとついついイラっとして「時間がないから早くして!」「今日はママがやるから、もうっ!」と叱りたくなったりしますが、それはかえってドツボにはまりかねません。そこで一工夫。これから行くところの写真カードを見せて「この前のこの遊び、楽しかったねえ。またやりに行く?」とかスマホを取り出して「あっ、〇〇先生が早くおいで~ってメールくれたよ」などと演技をするのもありかもしれません。ともかくいちばん大事なことは、まず子どもの気持ちを受けとめること。頭から指示・命令・禁止・叱責ではなく、「〇〇ちゃんは自分でやりたいんだね」、嫌がるときは「いやなんだね。じゃあ、やりたくなったら言ってね」などと本人の意思を尊重することで、子どもは自分が認められているとが実感できます。まず何より肯定先行が大事です。


〇比べる力の育ちを手掛かりに~対概念

また、2歳は、「同じ・違う」「良い・悪い」「上・下」「出来る・できない」「大きい・小さい」「長い・短い」「たくさん・少し」といった対比的な概念が育ってくる時期です。このような概念が育ってくると、「大きくなった自分」「良い子の自分」というイメージを子どもの内面に育てることができるようになってきます。うまくできた時に「大きくなったね」「お兄ちゃん(お姉ちゃん)になったね」「良い子の〇〇ちゃんになったね」と「成長した自分」というイメージを子どもの中に育てていくようにします。そうすると癇癪を起して泣きわめいているときなどに「良い子の〇〇ちゃんはどこに行っちゃったのかな?」「おーい、お兄ちゃんの〇〇ちゃーん」などと子どもに「成長した自分」に気づかせていくこともできるようになってきます。

このような繰り返しの中で、3歳を過ぎると「少し待ってみようかな。がまんしようかな」と徐々に自分の気持ちをコントロールできるようにもなってきます。

 

〇きこえない子たちの心の育ち~心の発達を支えるには言語が大事!

魔の2歳児2.jpgこの成長の過程はきこえない子もきこえる子と基本的には変わりません。心の発達の系とことばの発達の系は別ですから難聴のためにことばの発達が遅れても心の発達は遅れません。ことばを獲得してきた聴児でもまだまだ自分の要求や主張をきちんとことばで伝えることができませんし、できなくてかんしゃくを起こしてもことばで行動をコントロールすることが難しいわけですから、言語を持たないきこえない子への対応はなおさら難しい。だったらどうしましょう?この時期に使える言語、それが手話なのです。以下、聾学校乳幼児相談に来談している保護者の育児記録の中からいくつかの事例を紹介します。

事例A~Dは、2歳前後の「自分」を主張し始めた頃の子どもの事例です。やりたがる子どもの気持ちを尊重し、最後まで見守り、できたことをほめることで上手に子どもに満足感を与え自信をつけさせています。「肯定先行」の大切さがわかります。そして伝えあえる言語の大切さも。

魔の2歳児3.jpg事例Eは、2歳代で育ってくる対比する力(対概念)を使い、二つの具体物から子どもに選ばせ、自分が選んだという満足感をてこにして自分から着替えをやろうとする気持ち育てています。

事例Fは、子どものやりたい気持ちを優先するなかで、母親が率先して地域の人たちにあいさつしているのをみて、子どもも自分から挨拶するようになっています。2歳後半~3歳頃になると、大人の使っていることばを

魔の2歳児4.pptx.jpg真似て使いたがる子も出てきますが、挨拶のことばは理屈ではなく躾としての面が大きいので、このような時期にうまく習慣化するのがよいと思います。

事例Gは、家庭の中でのそれぞれの役割を「仕事」という概念で理解し、率先して自分の仕事=身の回りのことを自分ですることと考え、家族の中での自分を位置付けており、心の成長を感じさせる事例です。


ことばの力を伸ばしたい。そのためには子どもとやりとり(コミュニケーション)する時間が必要。でも仕事をしているし、なかなかじっくり関わる時間がとれない。それなら関わる時間の量的少なさを関わりの質をあげることで補えないでしょうか? お子さんとの関わりは‟量"より‟質"。具体的にどうすればよいでしょう? 今回は当たり前と言えば当たり前の方法なのですが、ちょっと理屈っぽくなってしまいますが整理してみました。

 

〇インリアル・アプローチ

 子どもとのよりよいコミュニケーションをとることで、ことばを育てようとする方法に「インリアル・アプローチ」というのがあります。1974年に米国コロラド大学でことばに遅れのある子への言語指導法のひとつとして開発されました。その特徴は、子どもとのコミュニケーションの中で、関わり方を改善することで子どもの表現したい気持ちを育て、その結果としてことばの力を育てようとする方法です。そしてそのアプローチとして「7つの技法」が紹介されています。

 この方法は、聴覚障害教育に限らず、発達障害を含め、ことばやコミュニケーションの指導に広く使われているもので、技法の中には、保護者の方々が日々自然にやっておられることも多く含まれていますし、これまでにも聴覚障害教育の中で取り入れられてきたことも含まれており、それほど目新しいことではありません。しかし、一度、頭の中で整理して確認することで、具体的に日々の生活に‟意図的・意識的"に役立てていただけるのではと思い、紹介することとしました。

 

〇4つの基本姿勢(SOUL) 

インリアルアプローチ(基本姿勢).pptx.jpgまず、大人の基本姿勢として4つの大事なこと(SOUL)が挙げられています。子どもと関わるときの心構えのようなもので、これは聴こえない子と日々関わるときの基本ともいえることだと思います。

 

①「待つ」(Silence・・・まず初めに子どもが何かをやろうとしているとき、それをやり始めるための余裕を作ってあげることが大切です。そのためには、大人は自分の考えや意図を押し付けるのではなく、肯定的な雰囲気をつくり子どもの様子を静かに見守ります。 

②「観察する」(Observation・・・子どもを静かに見守りながら子どもが何をどのようにするかをよく観察します。単にコミュニケーション能力だけではなく、子どもの気持ち、モノや人への興味関心の持ち方、その能力などについて観察します。

 

③「深く理解する」(Understanding・・・観察し感じたことから、子どものコミュニケーションの問題について理解し子どもにどんな援助が必要かを考えます。

 

④「耳を傾ける」Listening・・・子どもに対して良き聴き手であること、それは単に耳からききとり口から出てくることばだけではなく、表情、身振りなども含め子どもの表す様々なサインを感じ取るよう努めます。

 

以上、①②はちょっと努力すればできそうですが、③④は子どもの障害や発達についての知識や経験の積み重ねが必要かもしれません。

インリアルアプローチ(7つの技法).jpg 

〇7つの技法

 以下は子どもとの具体的な関わり方の技術です。できそうなことから少しずつやればよいと思います。

 

①『ミラリング』・・・子どものやっていること(動作)をそのまま真似る

 大人が自分と同じことをしてくれることで、子どもは大人を身近に感じ、自分に歩み寄

ミラーリングの事例.pptx.jpgてくれていると実感できます。そして大人が共感してくれているとわかると、自分の動作・行為が他者に与える効果や意味について気づき、今度は自分から大人の模倣もするようになります。(右事例参照)

 

 

②『モニタリング』・・・子どもの出している音声やことばをそのまま真似る

ミラリングが動作の真似ならこちらは音声の真似。0歳後半の喃語が出てくる頃、比較的聴力のよいきこえない赤ちゃんも「ババババ」「マンマンマン」など心地良さそうに発声する姿が見られます。補聴器をつけ始めた子ども達が、自分の出した声が聞こえてくる、そしてまたその声を聞いてまた声を出そうとする。「とって」「あけて」といった要求の意味を含んだ声というよりは、単に心地よく声を出す、聞く、口唇の感覚を楽しむという、自声を楽しんでいる姿です。こんな時にそばから大人が「ババババ」「マンマンマン」と子どもの発声の後に同じような声を出してあげます。

また、子どもが犬を見て、「ワンワン」と言います(または犬の手話をした)。そうしたらこちらも「ワンワン」(「犬」の手話)をします。子どもに共感していることを伝えることで、子どもの発語や手話の表出を促します。

 

③『パラレルトーク』・・・子どもの行動や気持ちを言語化(音声・手話)する

 子どもが黙って電車を走らせているとき、大人が「ポーッ、しゅっぱーつ!」と子どものまだ言えない表現を補います。子どもの行動や気持ちをことばに表すことで子どもは「ああ、そういえばいいのか」と学ぶことができます。

 

④『セルフトーク』・・・大人自身の行動や気持ちを言語化する

 だだをこねている子どもに「あーあ、お母さん、困ったなあ。」腕組をして、困った顔で訴えざるを得ないことってありますよね。また、「お母さん、トイレに行ってくるからね。」と話してからトイレに行く・・これらは、大人が自分の気持ちや行動をことばにして伝える対応です。お母さんの考えや言い分を子どもに伝えることも大切です。また、説明してから次の行動を起こすことで、子どもを不安にさせない対応も大事です。

 

【事例】どこかに行く時は、どこに行くのか、何をしに行くのかを伝えてから行くようにしていますが、私の姿が見えないとキョロキョロして抱っこされていても探します。遠い場所からでも目が合った時、手を振って「ここにいるよ」とか手話も使って「もう少し待ってて」と言うと、少しの間泣き止んで待ってくれています。(0歳6か月)

 

⑤『リフレクティング』・・・子どもの言い誤りを正しく言い直す

 猫を見て「ワンワン」と子どもが言えば、「ニャーオ。ねこだ。かわいいね」と返します。「ワンワンじゃないよ、猫だよ」と言うと子どもは否定された気持ちになってしまいます。さりげなく正しい表現で返す、言い直しの対応です。学習途中の子どもの間違いをとがめない、表出の意欲を損なわない対応が大切です。

 

⑥『エクスパンション』・・・子どもの言ったことばを意味的あるいは文法的に広げて返す

子どもが「ミズ―!」と単語だけで言ったとき、「水を ちょうだい」と二語文で返します。発せられたことばの意味に合わせて正しい文で、不足した表現を補って返す対応です。子どもは自分の知らない表現を学ぶことができます。

インリアルアプローチ(技法の色々).pptx.jpg 

⑦『モデリング』・・・子どもの話題に沿いながら、新しいことばのモデルを示します

 子どもがおやつを食べているときに、「もぐもぐもぐ、おいしいね!」とか、特急電車を見て「デンシャ」という子どもに、「特急電車だ!ピューッ!速いね!」など、新しいことばや表現方法を伝えることを言います。


 〇自己評価の観点 

インリアルアプローチ(評価の観点①).pptx.jpg

以上7つのポイントを大人が子どもとのコミュニケーションに生かすことで、子どもは変わってきます。それから、インリアル・アプローチの基本姿勢や技法には書かれていませんが(元々、言語・発達障害の聴児への対応をベースにしているので)、きこえない子とは、必ず「目を合わせて」から話しかける、ということがなによりも大事です。見ていない時に声をかけたり手話をしたりしても、子どもに

向き合う気持ち」が伝わりません。

インリアルアプローチ(評価の観点②).pptx.jpg忙しい毎日でしょうが、子どもと関わる時間の少なさを質でカバーする!と考えてやってみていただければ幸いです。最後に自分の関わりの自己点検表を提示しておきますので使ってみてください。

【参考図書】

『インリアル・アプローチ』竹田契一,日本文化科学社

『実践インリアル・アプローチ事例集』,里見恵子,日本文化科学社



〇語彙獲得の便利な仕組み~即時マッピングと語彙の爆発

手話の語彙爆発グラフ.jpgのサムネール画像前回(3.21記事)、「ものに名前があることがわかる」ことが言語獲得の本当の意味でのスタートだと書きました。そしてそれは、「同じ」という観点で世界を切り分け(分類・カテゴリー化)、その括られたまとまり(=カテゴリー)に対して名前をつけるということを意味していました(例:「いぬ」はどんな犬種であろうと全て「いぬ」ですし、「コップ」はかたちや色や材質が違ってもみな「コップ」です)。このしくみに気づいた子どもは、周りのいろいろなモノに関心を持ち名前を知りたがるようになります。これが「語彙の爆発」と言われる現象で、1歳半~2歳頃、子手話の語彙爆発はなぜ起こる?.jpgのサムネール画像どもが50100語程度の語を獲得したころに始まると言われています。

は、なぜこのような急激な語彙の獲得が可能になるのでしょうか? それは、未知のもの(図の例では「オカピ―」)に遭遇したとき、私たちの頭の中では、すでに知っているもの(例:動物、犬、猫、キリン、シマウマなど)を手掛かりにしてそれらと、未知のもの(オカピ―)とのあいだに類似性を見出し(その類似点・相違点は見た瞬間に判断しています)、そこから新しいものがどのようなものであるかを推論し(「あれ、キリンみ

手話の語彙爆発2翔子.jpgのサムネール画像たい。しまうまにも似ている。でも知らない。なんていう動物かな?」)、新しいモノがどんなものであるかを知ろうとします。そして「あれはオカピ―と言うよ。しまうまに似ているけどほんとはキリンの一種だよ」と教えられ、新しい知識として獲得します。このような語を獲得するしくみのことを「即時マッピング」と言いますが、新しく出会うものに対してこの語彙獲得システムが作動していくと、蓄積される情報量も増えていくのでさらに新しく出会ったものに対しての判断も早くなっていきます。こうして語彙の獲得スピードが速まり、結果として「語彙の爆発」が起きると考えられています。

 

〇手話は発達早期から認知発達を促進できる言語

では、きこえない子の場合、このような言語獲得システムは有効に機能するのでしょうか?これまでの経験からは、一般的にきこえない子の音声言語では獲得語彙数が50100語程度まで増えてくる2歳代以降になることが多いですが(補聴器や人工内耳をしても音韻の弁別ができるまでに時間がかかる)、手話では1歳代でこの現象がみられます(*21名の保護者聞き取り調査では12名の子どもにこの「語彙の爆発」期がみられ、その平均開始時期19.4か月でした)。

このことは、獲得した語(手話)を使って発達早期から親とやりとりし、自分の思いを伝えたり、さまざまな体験とそのことに関わるやりとりを通してさまざまな物事の概念を身につけ、認知的な発達を促すことができるということです。これが手話からスタートすることの大きなメリットの一つです。 


〇一語文から二語文への発達過程~述部になる動詞・形容詞の獲得

1歳半から2歳半頃、獲得している手話を使って子どもはず両親や家族などと「今、ここ」でのことについて簡単なやりとりができるようになります。そして親子・家族の中での楽しい経験とわかるコミュニケーションによって、子どもは自ら心を動かしたことについて、身につけた手話を使って積極的に伝えるようになってきます。

二語文事例~手話の早さ.jpg 例えば、右図の事例Aは、発見が1歳4か月で手話を覚え始めてまだ2か月ですが、ママが熱心に手話を覚え、子どもとの会話に手話を使ってきました。子どもも大好きなママの手話を真似し(模倣は言語獲得に必須の要素です)、覚えたての手話で「家、車、/指さし/」と表しています。指さしを使ったのは、「帰る」とか「行く」といった移動に関する動詞が獲得されていないためでしょうが、将来動詞を獲得すれば、「家、車、帰る」と2語文となる述部を構成している指さしと考えられます。この指さしの出現について武居・鳥越(2001)は「聾児は通常の二語文を出現させる前に、指さしと手話単語の2連鎖を出現させる」と述べています。確かに指さしは、他のきこえない子でも二語文になる前に、指示語(これ・あれ・それ)として、あるいは名詞や動詞の代用としてもよく使われます。

また、事例Bでは、姉や自分の洋服について気づいたことを、お互いに手話で自由に語り合っています。この家庭では姉も含めて家族皆で手話を学んでおり、きこえない妹は手話のわかる健聴の姉に自分の思ったことを伝え会話を楽しんでいます。そしてこの子が表出している「ある」「同じ」「見る」などの状態や動作をあらわす語は文の述部になっていて、語順のある二語文になっています。

 

〇二語文が出るための発達的な要件とは?

1歳半頃にはきこえない子が表出する手話の語彙は50100語に達しますが、同じころ、二つのことが同時に処理できる力も育ってきます。例えば、ままごと遊びは以下のように発達します。

1歳頃「りんごのおもちゃを口に入れる真似をする」(ふり遊び)

1歳半~2歳頃「切るもの(おもちゃの包丁)と切られるもの(りんご)との関係を

 理解して、おもちゃの包丁で切る真似をする」→

③2歳頃「切ったりんごを皿に入れて出す」(見立て遊び) 

救急搬送(スクリプト).pptx.jpgこのように、②③の頃、二つのものとものとの関係の理解や事柄と事柄の順序や手順(スクリプト)などがわかるようになると、その認知発達の上に二語文が出てきます。

例えば、右の【事例C】と【事例D】はちょうど2歳頃の「見立て遊び」の例ですが、このような、二つのことを関連付けて遊べる力や事柄を順番通りに実行できる力が、二つの単語を並べて一つの文にまとめた二語文の生成を可能にしているわけです。

 

〇きこえない子の特徴的な手話の使い方~要求表現「ほしい・~たい」

子どもは1歳代に手話の単語を獲得していきますが、モノの名称をあらわす名詞だけを二つ並べても文にはなりません。状態や動作を表す動詞や形容詞の獲得が二語文を生成するために必要ですが、きこえない子の場合、動詞・形容詞を獲得する前に「ほしい・~たい」の手話の使用がしばしば用いられます。その使い方の特徴は、初めは動詞の代用としての使い方が多いようです。

(例)「/指さし(あっち)/+ほしい」→「(あっちへ)行きたい」(P児・13か月)

  「ねこ+ほしい」→「ねこと遊びたい」(Q児・1歳4か月)

  「番組名+ほしい」→「テレビ番組名が見たい」(R児・18か月)

その後、動詞が獲得されると、本来の動詞意向形(~たい)や形容詞(ほしい)として使われ、動詞の代用としての使い方は少なくなっていきます。

(例)「開ける+ほしい」→「開けたいor開けてほしい」(P児・17か月)

     「飲む+ほしい」→「飲みたい」(R児・17か月)


「自分・自分・自分」(助詞の使用)

二語文事例2(の、が、も).pptx.jpg2歳になると心の面での発達の早い子は、自我意識が芽生え自己主張の表現として、「ぼく~」といった名詞を二つ並べて所有を表す二語連鎖の表現や、動詞が省略された「自分!」「〇〇!」など、名詞に助詞1音だけを音声(または指文字)でつけ加える表現を使い始めます。これらの表現は名詞に助詞一音節をつければよいだけなので、きこえない子どもにとっても習得のしやすい助詞です。
 また「~も」といった「とりたて助詞」(選択助詞)なども2歳代後半になると使われはじめます。


〇二語文がなかなか出ないとき、どうすればよいか?

 きこえない子の中には、単語は出ているけれどなかなか二語文が出ないという子どもたちがいます。この子たちはどこに課題があるのでしょうか? 

 ①まず一つ目は、子どもがいちばん自分の話をきいてほしいのはやはりママやパパなので、子どもの気持ちを受けとめて、子どもに合わせて共感しながら応答しているか見直してみましょう。会話のコツは、子どもがいちばん言いたいこと・気持ちを言語化してあげることです(「~なんだね。~と思ったんだね」等)。このような応答的な関係を大事にすると子どもは自分の思いをたくさん語ってくれるようになります。

二語文~振り返りタイム.pptx.jpgそして、2歳近くになった子どもは記憶力も伸び、楽しかった「あの時」のことも語れるようになります。「今、ここ」でのことは具体的なモノや文脈の手掛かりがあるので単語だけでも伝えることができますが、「過去」のことを語るには、単語だけではとても間に合いません。しかし、子どもはまだ文のかたちがわかりません。そこで子どもの語りはありったけの単語を羅列して「思い出」を語ります。子どもの頭の中にはその時の情景や会話がイメージ映像として記憶されており、それを単語化しているように見えます。こうした単語の羅列の中からだんだんと「主語・目的語+述部」という語順のある二語文が出てくるようになります。右のファイルはその例で、一語文から二語文への過渡期にこのような語りがよくみられます。

 ②二つ目は、単語だけで済む会話をしていないか見直してみることです。日本語の会話

拡充模倣をしよう.pptx.jpg(話し言葉)は、文脈が共有されていれば単語だけでも会話が成り立ちます。そのためになかなか一語文から抜け出せないことが起こりがちです。右図のような意図的な会話(拡充模倣)で二語文を引き出していくことが必要かもしれません。

 ③三つ目は、二つのことを同時に処理する力とか物事を手順通りに進める力を伸ばすことです。

例えば「パパに新聞を持って行って、コップをもらってきて」「靴を履いて帽子をかぶってね」(二つのことを記憶して実行する)とか、衣服の着脱や食事の準備の手伝いなど生活習慣の繰り返しの中で操作手順をマスターする力をつけます。

 

二語文で説明しよう.pptx.jpg④四つめは、動作や動き、要求をあらわす動詞や状態をあらわす形容詞を使って二語文で表現してみましょう。文を構成するために必要不可欠な語はまずなんといっても動詞、次に形容詞です。動詞の増やし方については下記を参照してください。

TOPページ>乳幼児期・学童期>幼児期の動詞語彙の増やし方~その1・その2 

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前回(3.6記事)、ヘレン・ケラーを例に、「モノには名前があることがわかること」が言語の獲得だと書きました。ヘレン・ケラーは、庭のポンプからくみ上げた冷たい水を掌に受けたときの体験から、庭のポンプからほとばしる水も、コップで飲む水も、「水(w-a-t-e-r)」という名前なのだということを発見しました。そしてれが言語獲得だということも書きました。

言語を獲得するということは、言い方を変えると、「同じ」という観点で世界を「類」に切り分け(分類・カテゴリー化)、それらを集めて括ったまとまり(=カテゴリー)に対して名前をつけるということです。

さて、実は、私たち人間は、この方法を使って外界の事物を分類・整理し、世界を捉えています。ですから、「モノには名前があること」がわかったということは、世界を認識するための大事な方法を手に入れたということを意味します。

例えば、私たちの日常生活では、調理道具、食器、洋服類、洗面用具、大工道具、勉強道具など、それぞれのモノはそれぞれ収納する場所が決まっています。もしこれらの道具類が全てごちゃまぜに一つの大きな箱に詰め込まれていたら、どこに何があったのかもわからず(記憶すること自体が困難)、必要な時に必要な物を取り出すことができなくて、生活は大混乱に陥るでしょう(と書きつつ、今の自分の生活はそんな状態で、探し物にいつも貴重な時間を使っているなあ・・と反省)。

 

〇カテゴリーと概念を豊かにすることが抽象的な思考には不可欠

このような、ものごとの共通性・類似性を抽出して分類する枠組みを「カテゴリー」と言いそのカテゴリーに存在するものの共通性・類似性をまとめたものを「概念」と言いますが、私たちは常にこのようなカテゴリー化と概念化によって思考を整理しています(殆ど無意識的にかつ自然に)。そして、カテゴリーとして整理することで二つのメリットが得られます。一つは遭遇するすべてのものをひとつひとつ別々に記憶する必要がなくなります(記憶の経済性)。もう一つは新しく出会うさまざまなものに対して、カテゴリー化された既有知識を使って新しいものがどのようなものであるのか予測・推論(帰納的推論)することができます。

カテゴリーが括られていると①.jpg例えば、小学校5年生では、社会科で「農業」について学習しますが、「農業」は抽象概念ですから目に見ることはできません。このような抽象概念を学ぶために必要なことはその抽象概念である「農業」を構成している具体的な概念=下位概念を身につけていることです。5年生であれば、「果物」「穀物」「野菜」といったもののカテゴリーとその概念を子どもたちはすでに身につけています。そして、果物にはりんご、ミカン、ブドウ、モモなど種々あり、それぞれの果物にはさらにさまざまな品種があるなどのことも知識としてもっているでしょう。このような、それぞれのもの(りんご、ミカン、ブドウ・・)についての豊かな概念を持ち、それらが括られて大きなカテゴリー(「果物」)を作っており、それらがさらに括られてもっと大きなカテゴリー(「農産物」)を形成しているという知識(頭の中のイメージ)があって初めて、目には見えない「農業」という概念の学習が理解できることになります。ですから「ブドウってどんなもの?」「キャベツ、ニンジン、きゅうりをまとめた言葉は?」ときかれてことばで説明ができないのであれば、さらに抽象的な概念である「農業」という学習をすることは難しいということになります。これがきこえない子の前に立ちはだかる『9歳の壁』です。

 

〇『9歳の壁』を越えるためには基礎概念からの積み上げが必要

抽象的思考とは、平たく言えば実体のないものや目には見えないことを理解したり、頭の中でイメージできる力です。同じ5年生の学習で算数では「百分率」を学習しますが、「百分率」というものを実際に目で見ることは不可能です。しかし例えば100円の商品を購入するとき消費税率が10%であればその商品は100円+0.1×100円であることは、頭の中でイメージできるでしょう。あるいは、A>B,BCの時、ACであるということが頭の中で記号を操作して理解できるでしょう。

モノに名前があることとは?1.jpg このような抽象的な思考の源をさかのぼっていくと、この「すべてのモノに名前がある」ことがわかる(=「同じ」を集めて分類しカテゴリーを作れる)というところに行き着きます。ここからスタートして、さらに年齢の進展とともに、比較の概念、空間の概念、時間の概念、因果関係の思考、仮定・推論の思考、比喩などの概念が育っていきます。いや、育てていくことが必要です。そしてこれらの力が、小学校以降の教科学習すなわち学習言語を支える力になるわけです。

モノに名前があることとは?2.jpg右のファイルは、「ものには名前がある」ことがわかった頃、あるいは「ものには名前がある」ことを知ったあと、さらに自分が知らないものを知りたいという欲求が生じ、新しく出会うのものについて興味を示している、2歳前後のきこえない子たちの事例です。手話で言語を獲得していくことで、きこえる子たちがこの年齢で示す言語発達・認知発達がちゃんと同じように可能になるということがこうした事例からもわかります。 

 

〇しかし、「ものに名前があることがわかる」ことはスタートでしかない

カテゴリーが括られていると②.jpgしかし、これはあくまでもスタートです。きこえる子たちは極端に言えばほっておいても自分でことばのカテゴリーを構築し概念を身につけていきます。しかし、きこえない子はそう簡単にはいきません。試しに、ファイルにあるような2つの質問をお子さんにしてみてください。聴児なみに応えられるのであれば問題ありませんが、もしこの質問にうまく答えられないのであれば、「ことば絵じてんづくり」をお勧めします。そのやり方はこのホームページの下記を参照してください。

TOPページ>日記・絵本・手話>ことば絵じてん nanchosien.com/10/1/ 

ことばのネットワークづくり.pptx.jpgまた、お子さんが年中・年長さん以上であれば「ことばのネットワークづくり」のワークで、お子さんの頭の中にあることばのカテゴリーと概念をぜひ整理してみてください。必ず語彙力アップにつながります。

TOPページ>論文・資料・教材>ことばのネットワークづくり

nanchosien.com/papers/cat33/

最後に、実際に「ことば絵じてん」づくりに取り組んで、大きく「絵画語彙検査」の結

ことば絵じてんに取り組んで.pptx.jpg果が伸びた子どもの例を紹介しておきます。


 

┃難聴児支援教材研究会
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