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教師になる皆さんへー聾学校スクールカウンセラーからのメッセージ

 先日、私が行っている大学での講義に、聾学校でスクールカウンセラーをしている方に来ていただき話をしていただきました。その方は井料美輝子さんといい、聾学校でカウンセリングを担当している臨床心理士さんです。九州大学で精神分析を学ばれた後、手話通訳士や日本語教育の資格もお取りになり、きこえない子どもたちの相談にはこれ以上の方はいないと思うくらいうってつけの方です。

講義は、きこえない子どもたちが成長していく過程でどのような心の悩みをもち、まわりの人たちとの出会いと関わりの中で心理的に成長を遂げていくのかということを中心的なテーマにして、将来、教師としてきこえない子に出会うかもしれない皆さんに、ぜひ伝えておきたいことという内容です。

講義はその場でのちょっとした実験(「60%のきこえの実験」)なども織り込んで行われ、実感を伴って学生たちも理解でき、思わず話に引き込まれてしまう講義でした。学生たちには終了後に感想を書いて提出してもらいましたが、5分ほどの感想を書く時間に、皆、びっしりと感想を書き、話の内容がよく理解でき、感じることの多かった講義だったのだということがよくわかりました。ここでは、その講義内容のレジュメを紹介します。以下のPDFからご覧ください。

 

教師になる皆さんへ.pdf

 

〇障害モデルの変遷

なお、感想の中で何人かの学生が書いていた内容から、障害のモデルのことについて取り上げてみたいと思います。

感想1 「井料先生は、障害のとらえ方として『医学モデル』から『文化・社会モデル』への変遷ということを話されたが、どちらも必要ではないか?」

――それについて少し解説を加えます。かつて聴覚障害のとらえ方には「医学モデル(個人モデルともいいます)」での障害のとらえ方しかありませんでした。「医学モデル」での聴覚障害のとらえ方は次のようなとらえ方です。 プレゼンテーション2.jpg

「きこえないという障害とは、君が負っているもの。私たちきこえる人は正常=健聴者。だから治療や教育の対象は君だ。きこえないという障害はないほうがいいよね。手話は、あれは言葉じゃない。だから、君ががんばって音声言語を身につけるしかない。がんばって話し言葉や読み書きを身につけることだ。私たちはそのお手伝いをするのが役割。」

これが「医学モデル」でとらえた聴覚障害教育の考え方=聴覚口話法でした。20世紀はこのような考え方が主流でした。1990年に開校した聴覚障害者のための大学である筑波技術大学(当時は短大)ですら授業に情報保障がなく授業は口話でした。そんな時代だったのです。また、最近訴訟問題が起きている旧優生保護法に基づく障害者への強制的不妊手術なども障害は悪⇒出産自体できないようにする、という考え方から必然的に起こってきたことです。今の時代から考えると信じられないような人権侵害が、法律に守られてふつうに行なわれていたわけです。

では、こうした考え方・価値観の中で、子どもたち本人はどう育ったでしょう? もちろん親の愛情を一身に受け、一生懸命、母に指導されて育った子どもたちはいました。その子たちは確かに高い日本語力を身につけました。しかし、思春期から青年期にかけてのある時期に彼らは「いったい自分は何者なのか?聴者に近づく努力をどんなにしても聴者にはなれない。といって手話を母語として獲得している聾者でもない。自分は誰なのだ?」こんな問いに苦しみました。その時、彼らの多くは聾者と出会い、手話と出会って、「自分はきこえなくてもいいのだ」という自分のIdentityを確立していきました。しかし心理的挫折の中で立ち直る機会に恵まれず、家の中に閉じこもったり病院に収容されたり、時には自死した若者がいることも耳にしたことがあります(精神的に不安定になり病院で処方された睡眠薬を飲んで、という人は少なくとも私が耳にした限りでは一人や二人ではありませんでした)。

 

やがて21世紀になり、手話が社会的に認知されることと並行して「社会モデル」という考え方が出てきました。障害は個人が所有しているものではなく、社会によって作り出されたものであるという考え方です。このとらえ方はとても新鮮でした。聴覚障害はコミュニケーションの障害(以下コミ)と考えると、手話を使う聾者の間ではコミの障害は起きないわけで、障害が起きるのは聴者とのコミの時です。ということは多数を占める聴者の側が手話を使えればコミ障害は起きない。あるいは、手話通訳という情報保障があれば障害は起きない。ということは、障害は社会によってつくられたという面も確かにあります。

この「社会モデル」の考え方は、手話の導入と相まって聾教育にも大きな影響を与えました。学校の中で手話を使うことは当然のこととなり(学校によっては依然、聴覚口話法を採用している学校もありますが)、情報保障も進みました。

では、「社会モデル」の考え方で全てが解決できるかというとそういうわけでもありません。例えば読み書きの力はやはりその子どもが努力して身につけるという側面が強いですし、きこえないという身体的な意味での機能障害(impairment)があると、和太鼓など打楽器は別としてやはり音楽を楽しめないというのは変わらないでしょう(振動や色で楽しむという試みがありますが、メロディーを楽しむのは感音性難聴がある以上かなり難しいでしょう)。ですからその人にある障害という面がなくなるわけではありません。そのようなわけで最近は「統合モデル」という考え方がとられるようになり、ICF(国際生活機能分類2001)では、障害を「生活機能」上の問題として障害の有無に関係なく「生きることの全体像」として総合的にとらえるようになっています。 ICF_gainenzu.png

これまでのICIDH(国際障害分類、1980)が、障害を「身体機能の障害(impairment)」があるから「能力の障害(disability)」が起こり、それが「社会的不利(handicap)」を引き超す(例:感音性聴覚障害があるから⇒言語獲得・コミが困難⇒その結果就労差別が起こる)と一方向的な流れでとらえていました。

 

これに対して、ICFの中心概念である「生活機能」は、「(生物レベルでの)心身機能」(例えば感音性か伝音性か、聴力差など)、(ICF概念図はインターネットより借用)

「(個人レベルの)活動」(会話、買物、移動、スポーツなど全ての生活行為で、できるできない、しているしていないは個人によって異なる)、そして「(社会レベルでの)参加」(就労、家事や育児、演劇・映画・音楽等文化活動への参加)など全体的・構造的にとらえています。また、そのとらえ方は、ICIDHがマイナスだけを問題にし、身体機能の障害というマイナスがあるから能力障害というマイナスが起こる、能力障害というマイナスがあるから社会的不利が起こるというようにマイナスの連鎖として障害をとらえたいたのに対し、ICFは根本的に異なり、プラスを前提にして、そこに問題が生じた状態をみます。例えば、「きこえない」という心身機能は、マイナス面もあるが、きこえない人は「目の人」といわれるように、見る力は聴者よりも優れている、という面もあります。また、「活動」においては、確かに音声言語習得が困難という点もあるが、手話という遠くからでも通じる言語をもっているというプラスもあるでしょう(水中や、線路を隔てたプラットホームの人とも話せる)。「参加」では、電話はとれないが、多少の騒音の中でも気にしないで仕事に集中できる面もあるかもしれません。

このように同じレベルの中でのプラスマイナスをみていくわけです。こういう見方をすることで、例えばきこえていた人が中途で失聴した(心身機能の低下)場合でも、人工内耳を装用して「活動」レベルで音声言語で会話できるようになった。また、前向きに考えて、音声言語だけでなく手話サークルに入って手話も同時に習得した。そして人工内耳という補装具や、会議での手話通訳による情報保障もついたことによって、仕事に復帰できるようになった(参加向上)という流れをつくることができます。

心身機能の低下が起こってそれが治らなくとも、人工内耳装用という補装具、手話通訳という「環境因子」を活用することによって、その人の「生活機能」は向上させることができたわけです。また、前向きに考えて、というのは「きこえなくなった」ことに打ちひしがれていないで手話サークルに出かけたという「個人因子」(=障害の受容)も関わっているわけです。このように、ICFでは、障害というものを総合的にみて、どこを改善するとどうその人の生活がよくなるのかを分析的に考える視点を与えてくれます。そういう意味で、「医学モデル」も「社会モデル」も含めた「統合モデル」となのだと思います。