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あいさつすることの大切さ~難聴中学生の弁論大会作文から

 昨秋、福岡県の久留米聴覚特別支援学校で九州地区の聾教育研究会が開かれました。当日の朝、西鉄久留米駅から学校の方に向かうバスの中は、通勤・通学の人たちに交じって研究会に向かう先生方もたくさん乗っていて、私もその一人でした。そのバスには通学時間帯と重なっていたこともあって、何人かのきこえない中学生が乗っていました。きこえない中学生だということは補聴器を見ればすぐにわかります。中学生の多くはスマホを見たり友達と手話で会話していましたが、なかに一人だけ文庫本に目を落としている男子生徒がいました。最近は大人も子どもも一億総スマホの時代ですから、日本中どこに行っても電車やバスの中では皆スマホです。正直、少し驚きました。バスが学校前の停留所に止まると、その生徒はバスの運転手さんに「ありがとうございました」ときちんと挨拶をして降りていき、今どき珍しく礼儀正しい生徒だなと思いました。

 そのあとでわかったのですが、その生徒は久留米市の弁論大会に出場し、優秀賞を受賞したということでした。その内容は、あいさつが人との関係を築くうえにどんなに大切なことか通学途上での自分の体験から気づいたという内容です。

 

 話が少し飛びますが、聴覚障害者を雇用する企業側から指摘されることの中に、「あい

企業側からみた問題点.jpgさつができない」とか「敬語が使えない」などの社会人としてもっていなければならない基本的な姿勢・態度が身についていないということがあります。きこえる・きこえないにかかわらずきちんとあいさつができるということは一社会人として大切なことですから、きこえないから仕方がない、では済まされないことですが、家庭でも学校でもこのような基本的な生活習慣・態度形成がしっかりとなされていなかったということになるでしょう。

 また、きこえない人がきこえる人と一緒に仕事をするときに必ず直面するのがコミュニケーションの問題です。多少「聞き取れたり」「話せたり」できても、雑談なら「聞き間違いだった」で済みますが、仕事上の聞き間違いは許されませんから、そのために心得ておくことがいくつかあります。

仕事に大切なこと.jpgそのひとつは自分の「きこえなさ・きこえにくさ」を隠さないで周りの人に伝えることです(障害の自己開示)。そのためには自分自身の障害をきちんと肯定できていることが必要です。これは意外と難しいです。周りが「きこえたほうがいい」という価値観の元で育つと特にです。

もう一つは情報保障を依頼することです。これも「自分はきこえているから必要ない」と思っていると相手にきちんと伝えることができませんし、ふだんからよい人間関係がつくられていないと頼みづらいものです。では、よい人間関係をつくるためには何が大切でしょうか? その第一歩はまずあいさつをすることではないでしょうか? あいさつは相手の人への敬意です。その大切さに彼は気づいたわけです。以下に、本人・ご家族の了解を得て作文の全文を紹介します。


     「あいさつ」は魔法の言葉    

      久留米聴覚特別支援学校中学部三年 石河 大地

 

みなさんは、あいさつは何のためにするのだと思いますか。僕は、お互いに気持ちが良いからするのだと思っていました。しかし、本当にそれだけでしょうか。僕は、駅員さんとの交流を通して、そのもう一つの理由を見つけることができました。

僕は、3歳の頃に耳に障がいがあることが判明し、久留米聴覚特別支援学校に入学しました。登校にあたっては、小学三年生までは親に車で送ってもらい、四年生から一人で電車通学するようになりました。初めは、電車内でのマナーなど、知らないことだらけで大変でしたが、毎日通ううちに、少しずつ慣れていきました。

そんなある日、母からこんなことを言われました。「きちんと駅員さんにあいさつしないといけないよ。」

しかし、その言葉は僕にはピンとこないものでした。なぜなら、当時の僕は、聞こえる人、つまり「聴者」の話は親に通訳してもらわなければ分からず、また、自分の発音も分かってもらえなかったため、コミュニケーションが成り立たないことが多かったので、面倒くさいな、恥ずかしいな、という思いから、親戚などの聴者に自分から話しかけることがなく、ましてや他人である駅員さんにあいさつなんて、全然する気がなかったからです。

ところがそれを母に伝えると、「声に出してあいさつするのが恥ずかしいのなら、せめて目を合わせて会釈するぐらいはしなさい。」と叱られました。それで、仕方なくやるようになったのです。しかし、なぜあいさつをしなければならないのかという理由についてまでは考えていませんでした。後々、母に尋ねてみると、「駅員さんは、みんなが安全に通勤・通学できるように見守ってくださっているのだから、あいさつはきちんとしてほしかった。」とのことでした。そして今僕は、母からの教えを守ってあいさつを続けてきて、本当に良かったと実感しています。

あいさつを始めたばかりの頃は、駅員さんとしぶしぶ目を合わせて会釈をし、さっと通り過ぎるような日々を送っていました。しかし、毎日顔を合わせて会釈をすることで、駅員さんの顔を覚えていくようになり、駅員さんに親近感をもつようになっていきました。五年生になる頃には恥ずかしさもなくなり、ただ会釈をするだけではなく、声に出してあいさつするようになっていきました。そんな積み重ねの中で、僕のことを知ってくださる駅員さんが増え、電車が遅れる時などには、口をゆっくり動かしたり紙に書いたりして理由を伝えてくださるようになっていきました。中学生になる頃には、部活や休日の過ごし方などについて話をするまでになっていきました。もちろん、口話での会話なので、おっしゃっていることが分からないこともよくありますが、あいさつだけの関係が、会話をするまでの関係に変化しました。

そしてそんなある日、一人の駅員さんが手話で「おはよう」と「こんばんは」のあいさつをしてくださったのです。僕は、本当に涙が出るほど嬉しかったです。また、あいさつをすることで、自分が聞こえないということをアピールできるんだなと感じました。

僕が社会で生きていくためには、手話や筆談、字幕などの目に見える情報保障が不可欠です。そしてそれには人の助けが必要です。だからこそ、僕が聞こえないということを、より多くの人々に知ってもらう必要があります。あいさつをする、しないかで僕の人生は大きく変わりました。だからあいさつは僕にとって、人とコミュニケーションをとるきっかけとなり、そこから会話が始められる魔法の言葉です。だからこそ、これから社会人になっても、あいさつをする習慣を続けていきたいと思っています。

みなさんも、周りの人に「あいさつ」という魔法の言葉を使って、人間関係を広げてみませんか。  


以上、読んでいてとてもうれしく、またすがすがしい気持ちになる文章です。彼は社会人になってもきっと周りから可愛がられ、きちんと仕事ができる人になっていくだろうと思います。その日がくることを楽しみにしています。(木島記)

┃難聴児支援教材研究会
 代表 木島照夫

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