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「よっちぼっちー家族四人の四つの人生」~齋藤陽道氏のエッセーより

 

 以前にも紹介した聾写真家の齋藤陽道(はるみち)さん(石神井聾学校卒・35歳)が、『暮らしの手帖』(20198月号)に写真&エッセーの連載を始めた。味わい深い文章なので紹介したい。

 それにしても「よっちぼっち」とはどういう意味なのだろう? 陽道さんは次のように書いている。

暮らしの手帖表紙.jpg

「ひとりぼっちとひとりぼっちが一緒になって、ふたりぼっちで生活を営んできた。そこにまた、ふたつのひとりぼっちがやってきた。よっつのぼっちが集まってなんていうのか知らないけれど、響き的に「よっちぼっち」という感じかなあ。」(67頁)

 

 陽道さんは今、四人家族で暮らしている。陽道さん、妻のまなみさん(33歳)、いつきちゃん(3歳?)、ほとりちゃん(0歳)。夫婦は聾者で二人の子どもは聴児だ(いわゆるCODA=聾両親のもとに生まれた聴者)。陽道さん自身は聴両親に育てられた聾児だから、ちょうど逆のパターン。


以前にこのブログで陽道さんの著書『声めぐり』(2018,晶文社)を紹介したが、彼は口話法教育の中で「ことば」の獲得に絶望し、深い孤独を抱えて生きていく。しかし聾学校高等部に入学し、そこで手話に出会い、教師に出会い、友と出会って、人と人とが真につながりあえる「ことば」を回復していく。その「ことば」は手話であった。そして、同じ聾学校の後輩のまなみさんと5年間の同棲生活を経て2011年の年末に結婚する。なぜ同棲生活に終止符を打ったのか?その直接的な理由は、3.11東日本大震災で聾者が置かれた状況を知り、「自分たちの身体にまつわる孤独の深さを痛感したこと」(67)である。

そして「覚悟を持って共に暮らすことを決めた」のだという。「ひとりぼっちとひとりぼっちが一緒になって、ふたりぼっちで生活を営」むことにしたわけである。


その後、32歳の時に最初の子を授かり、さらに3年後に二人目を授かった。二人ともきこえる子であった。つまり、二人の子どもにとっての本来の「自分のことば」は音声言語。彼が小・中学生の頃に絶望したことば(音声言語)を、いまわが子が「自分のことば」として育とうとしていることになる。同じ家族でありながら、親にとっての「自分のことば」は手話、子にとっての「自分のことば」は音声日本語。このままでは親子は通じ合えないから、どちらかの言語を使うしかない。


きこえる親の元に生まれたきこえない陽道さんは、書記日本語(書き言葉)はこの高い文章力からもわかるように確かに「自分のことば」の一つであろうが、音声日本語(話し言葉)は他者と通じ合えることばとはならず、その意味では「自分のことば」ではない。ここに聾両親のもとに生まれたCODAの複雑な事情がある。

暮らしの手帳.jpgのサムネール画像CODAの人たちのなかには、手話を第一言語としてまず育ち、その後音声日本語を並行して獲得する人(両親共聾者の場合が多い)と、最初から音声日本語を第一言語として育ち、手話を全くあるいはほとんど知らないという人たちがいる(口話がある程度できる難聴両親の場合など)。陽道んは聾だから、手話を使って育てているのではないかと想像するが、そうすると子どもたちの日本語獲得は別の聴者にゆだねることになる。

また、陽道さんは、聾でありながら音声言語を強いられて育った苦い経験から、逆の立場に立った今、聴児であるわが子に最初から手話を強いてよいのかという心の痛みをどこかで感じているのだろうか?だから「家族という言葉で安易に同一化することはお互いの違いについて考える機会を減らしてしまう」(67頁)と言っているように思う。「血縁」とか「家族」ということばだけでくくり切れない「身体にまつわる孤独の深さ」がそこに厳然としてある、ということなのだろう。


周りが聴者という親子・家族の中で、聾である自分が愛されて育ってきたのだということを理解しつつも、なおかつ簡単には超えられない「身体にまつわる孤独の深さ」をどこかで感じ続けながら生きてきて、そしていま、今度は自分が親という立場になり、わが子が聴者という関係性の中で、「家族」というひと言ではくくり切れないものを感じているのではなかろうか。だから、「お互いに、孤独を抱えて歩む『ひとりぼっち』であることをわきまえながら、そこを越えてかかわりあおうとする意志を持たなくてはならないと思っている。そうした『かかわりあい』にこそ、人間のすばらしき力が宿るのだろう。」(67頁)と言うのだろう。


―「よっちぼっち」。ひとつの家族の中で身を寄せ合って生きていながら、それぞれが血縁とか障害とか性別といった「身体にまつわる孤独の深さ」をもって同じ空間で生きているということ。その意味の深さと生き合うことの難しさを表現することばだと思った。