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「100%わかりたかった」~ある中途失聴女性Aさんの話から

 Aさんは中学生になってから失聴した女性です。それまでは聴者であり、小学校時代の校歌も覚えている。しかし、中学校に入学してから徐々にきこえなくなり、中学の校歌は全くわからないと。彼女にとっては、大きな変化の時期が校歌の記憶の有無に象徴されているようでした。

しかしAさんは、中学生から20代後半までの10数年、自分自身を認めることができず、人と関わることをいつも避けていたそうです。それは、自分からは明瞭な音声言語で伝えたいことはわかってもらえるけれども、相手の話はわからない・・・という一方通行のコミュニケーションで、互いに双方向のコミュニケーションにならない苦しみだったようです。

こうしたコミュニケーションの問題は、中学・高校という通常学級の中で、また、当時情報保障の体制が十分に整っていない大学生活の中で、そして、聴覚障害があることを周囲に伝えずに、保育士として働いた就労の場で体験し、苦しんだそうです。

彼女が苦しんだ理由の一つは、自分が「きこえない、きこえにくい」という事実を伝えずに隠してきたことで、周囲の理解を得られず、結果的に自分を苦しい状況に追い込んでいたということがあります。

しかし、周囲に聴覚障害者であることを伝えた場合であっても、話せるからきこえるだろうという大きな誤解が、本人たちの前に立ちはだかり、本人達を苦しめる例は、Aさん以外のたくさんの難聴者や人工内耳装用者にもあります。コミュニケーションが双方向によるものと考えた時に、そして、1対1とは限らない、複数でのコミュニケーションの場が日々繰り返されることや、決して静かな所とは限らず騒音下で会話が行われることを考えた時に、音声言語だけでは100パーセント通じ合えないということが周囲に理解されなければ、本人が苦労するのは十分に想像のつくところです。

「難聴があるんだから、きこえない時があっても仕方ないよ。」こうしたことばを平気で語る人がいたら、それがどれほどの暴言であるかを知る必要があるでしょう。もしこれまできこえていた自分が、ある時失聴し、曖昧なきこえ方や理解が繰り返される状況下におかれたらどのように感じるでしょうか。「きこえなくなったのだから仕方がない」とあきらめるのでしょうか? おそらく大きなストレスを感じAさんのように心理的に深く落ち込むのではないでしょうか?

では、最初からきこえなければ大丈夫なのでしょうか? 確実に100%わかるという体験をしたことがなければ、わからないという状態に気づくことができないので本人もこんなものと思って過ごしますが、その中でたくさんのことをあきらめ、曖昧でもわかったふりをしてうなずくなどその場を乗り切る処世術等が育まれていきます。でもそれは本人たちが望んでそうしているわけではありません。そうせざるを得ない状況の中に置かれてきたわけですから。ですからきこえない人たちが、周囲にきこえないことをきちんとアピールし、理解を求めていける力を育てていくことも聴覚障害教育には求められていると言えますし、私たちは常にきこえない人たちの存在を当たり前のこととして受け止め、コミュニケーションや情報が100%共有されているかに注意をはらう必要があるでしょう。

 軽・中度難聴児や人工内耳を装用して口話を流暢に身につけた子どもたちは「話せるから大丈夫」という周囲の期待もあってインテグレーションする傾向がありますが、そのような彼らも音声言語の環境に常に自分を合わせていくことに疲れ、その大変さを語ることがしばしばあります。そして、100パーセントわかる手話に出会った時に、手話にもっと早く出会っていれば、もっとお互いに分かり合えたし、いろんなことが理解できたはず・・・と悔やみます。また、話せるけれども、常に曖昧さの伴う環境下で人格形成がなされることで、きこえる自分、聴者に少しでも近づくことを自分の理想像とし、きこえないままの素の自分を認めることができず、自己肯定感が持てないことも少なくありません。 

こうした成人した人たちの現実から、私達は改めて不足していた支援や教育に気付かされると共に、これからの親子に何をどう支援したらいいのかを考えさせられます。Aさんは、26歳になって生まれて初めてろうの人たちと出会い、手話に出会い、きこえていた時期のあの"わかる感覚"が取り戻したと言います。はじめは手話を見ていても、よくはわからなかったけれど、きこえない人たちが、わかり合い、楽しそうにコミュニケーションしている様子を見て、手話を学べば自分もそのうちかつてのように、わかる喜びを取り戻せるのではないかだろうかと希望が持てたといいます。そしてその後Aさんは手話も身につけ、聾学校の教師となり、20年後の今は聾学校の乳幼児教育相談で活躍する素敵な先生になっています。「自分を取り戻せた」ということばはわからないことで不安なままおかれる自信のない自分からの解放だったわけです。

 

きこえる人間はきこえて当たり前、きこえてわかることが当たり前の日々を送っています。同様にきこえない・きこえにくい子ども達にはきこえない・きこえにくい人に合わせたコミュニケーションを保障していけばよいわけです。私たちが耳から聴いてわかるのと同じように、彼らが100%わかる手段は見てわかるということですから、口話だけでなく手話や指文字・文字を使うということでしょう。

Aさんは家族の中で、きこえる家族同士がペラペラと話している姿を見るのはつらく、孤独を感じたと語っていましたが、きこえない・きこえにくい人が、「わかる」という当たり前のことが、あらゆる場所や状況下で保障されるよう私たちきこえる側も努力しなければなりません。今回、新型コロナのことをきっかけに、緊急放送には手話通訳がつくようになりましたし、電話リレーサービスが全会一致で法制化され整えられるようになりました。大学でも授業にパソコンテイクや手話通訳などの情報保障も行われるようになってきています。世の中はきこえる人にとって当たり前のことが、きこえない・きこえにくい人にとっても当たり前になるように徐々に変化しつつあります。その場に合わせて・あるいは相手によって情報保障手段が選択できるように聴覚、読話、発音、手話・指文字、文字など幅広いコミュニケーション手段を身につけることも求められます。軽度難聴だから、人工内耳装用だから手話・指文字は要らない、のではなく、だれとも分かり合える幅広いコミュニケーション手段を身に付けることが本人の世界を広げることになるのではないでしょうか。それが難聴者としてのより質の高い生き方(quality of life)につながるのではないかと思います。

┃難聴児支援教材研究会
 代表 木島照夫

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