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地域で育つ聾学校の子どもたち

今回は、聾学校に在籍しながら、地域でのスポーツクラブに入り、元気に育っている子ども二人の事例を紹介します。

 

〇地域の野球チームに入ったA

A君はろう学校小学部5年生の男の子。聴力は片耳60dB、片耳100dBの左右差のある中等度難聴です。A君は現在地域の野球チームに所属し、休日は8:0017:00までハードな生活を過ごしているそうです。この野球チームは都道府県大会で準優勝したこともある強いチーム。その中のレギュラーには2名のろう学校在籍の子ども達が入っているとのことです。

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A君はまだレギュラーをとることはできないようですが、誰よりも大きな声で応援しているという話でした。きこえる子ども達が大半の野球チームの中で、友達は指文字を覚えて歩み寄ってくれているようです。そんなA君は中等度の難聴で、発音の明瞭度も高く、家庭では音声言語中心のコミュニケーション、学校では手話と音声言語を併用し、重度難聴の友達とは手話でコミュニケーションをしています。A君の主たるコミュニケーション手段は音声言語ですが、手話も自分にとって大事な言語であること、同じ聴覚障害者同士で100%伝え合えるためには手話が必要であることを実感できる子どもに育っているようでした。

 

A君が幼稚部に入学した時、同学年の子どもがいなかったため、自由遊び以外は担任とA君とお母さんで過ごすという生活でした。幼稚部の先生方はこのままではいけないと考え、4歳児の時にA君を5歳児の集団に入れるようにしました。手話を特に使わなくても伝え合えていたお母さんとA君でしたから、手話を必死に覚えなくてはという切迫感がなかったわけですが、重度難聴の友達と過ごす時間がグーンと増えたことを機に、お母さんも子ども達と会話をするために手話を積極的に学び、Aちゃんも手話を使うことが増えていきました。

そして、ろう学校の小学部に進むことに迷いのなかったAちゃんは、集団を求めて小学部は他校を選び、入学しました。そして、土曜日には聾学校のクラブ(NPO法人主催)に来て、幼稚部時代に共に遊んだ重度難聴の友達との交流を続けていました。小低の頃、親友は幼稚部時代に共に遊んだ1学年上の重度難聴のB君だったそうで、家をよく行き来し、彼とは声を使わず手話だけでコミュニケーションをしていたそうです。音声言語を流暢に使うA君ですが、大好きなC君を始め、ろう学校の仲間と深く、豊かに語り合いたい気持ちが、彼の豊かな手話言語力も身に着けていったと考えられます。A君が、与えられた環境の中で音声言語も手話も身につけ、相手に応じて言語を使い分けることが自然とできるようになっている姿に、実にバランスのいい育ちをしているなあと感じました。手話も音声言語も。手話をすると音声言語が育たない、などと言われますが、決してそういうことはなく、ちゃんと両方育つんだと実感ししました。

(その後、A君はある大学の農学部に進学。なんと、応援団に入って大きな声をはりあげて応援練習に励んでいるそうです)

 

〇地域のバレーボールチームに入ったCさん

 重度難聴のCさん、現在ろう学校中学部の1年生。小学部時代に地域のバレーボール部に所属していました。Cさんのチームは非常に、地域でも強いチームでした。お母さんは、

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手話が主なコミュニケーション手段であるCさんが、きこえる子どもばかりの中で果たしてやっていかれるのだろうかと心配でしたが、Cさんの「バレーボールがやりたい!」という強い希望を叶えてあげたいと思ったそうです。入部当初は、コミュニケーション上のトラブルや部員のいじめ等にもあったそうですが、お母さんには伏せていたCさん。バレーボールが大好きだったCさんは「やめたい」とは言わなかったそうです。しかし、ある時様子がおかしいと心配したお母さんが問いただした所、Cさんが仲間にいじめられていたことがわかったそうです。お母さんが監督に相談したところ、子ども達に色々話をしてくれたのでしょう、子ども達のいじめはなくなり、徐々に子ども達が手話や指文字を覚えて歩み寄り、仲間意識が深まり、Cさんにとって楽しい場になっていったようです。彼女のバレーボールが大好きであるという気持ちが、いじめやコミュニケーションの困難さを乗り越え、彼女の高い技術や熱心に練習に打ち込む姿が、周囲の子ども達の関わりを変える原動力になっていったのでしょう。

(その後、Cさんは聾学校高等部から体育大学に進学。大好きなバレーを続けています)

 

小学部になると、A君やCさんと同様に、ろう学校に在籍しながら地域の野球チームに参加したり、水泳や絵画、ダンス等の習い事に通ったりする子ども達がたくさんいます。学齢期に入ると、手話をメインにコミュニケーションを図る子どもにとって幼児期までは難しかった聴児とのコミュニケーションが、筆談や口話を身に着けることで、自分から伝えたいことを伝えることができるようになり、聴児に対して筆談を求めながらコミュニケーションがとれるようになっていきます。そして、聴児がもっとスムーズに、彼らと語り合いたい~そう思った時に、聴児が手話や指文字を覚えて歩み寄ってくる、そんな姿が見られるようになってきます。必ずしも学校(幼児)教育の場の中だけで聴児と関わる場を与えていこうという発想ではなく、このように地域、生活の中で聴児との交流の機会を作ることは、聴者文化を知る上で、また、聴児とのかかわり方を体験しながら覚えていく上で大切になってくることでしょう。

 

一方で、地域の小学校で聴児に囲まれて日々過ごす難聴児には、敢えて難聴・ろうといった子ども達と関わる場を保障していくことが望ましい育ちにつながると思います。例えば、東京なら大塚土曜クラブ、しゅわえもんといったろう、難聴の子ども達が集い、ロールモデルとなる学生や成人のろう者、難聴者に出会える場所に週末通うことができます。また、乳相、幼稚部時代に出会ったろう・難聴の手話を使う子ども達と家族ぐるみで関われるような環境を用意してあげることも大事ですし、ずっと年1回、キャンプに行くという人たちもいます。難聴だから難聴者とだけではなく、ろうの子ども達との交流も大切にしていってほしいと思います。

 さて、ここでもう一人の方の事例を紹介します。その方は中途失聴の方です。上の二人とは逆に、つらい思いをしてきた方です。

 

〇悲しいプライドに支えられていた私

今はろう学校で教員をしている、中学生で失聴したDさん。その方のメッセージの中に次のようなことがありました。

「手話は後で...」「口話、読み書きができればいい」と考える人は多い。しかし、自分はまさにそんな存在だったが、苦しかった。私を支えてきたのは学歴や成績だった。その見方しかできなかった。悲しいプライドだった。手話の環境がない子ども達は「手話がなくてもわかる!」というプライドを持っていると思う。手話が必要になった時、これまで見下してきた人たちと同じことをしなければならないという問題が起こる。私は中途失聴なので、手話と出会っていなかったから、そのプライドはなかった。手話でわかると嬉しいので、スムーズに入ることができた。しかし、口話ができた人は手話が入っていきにくい。私はきこえる人でもなく、ろう者でもない存在であった。手話を覚えてろう者の仲間に入れた。しかし、その仲間に入る時には葛藤もあった。私が聞こえる人と話す時、声を使うかどうかなどに悩んだ。自分が聞こえる人にだけ求めるのは違うかなと思い、今はきこえる人には手話と声を使っている。歩み寄りが大事だと思う。

自己認識は手話だけで育つものではない。ろうという自尊の心だけでなく、きこえる人たちのことを知ることも大切だと思う。その両方がないと、障害認識にはならない。そのためには交流が必要。その時に筆談が必要になってくる。これは、自立した生活にもつな

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がってくる。しかし、筆談は簡単にはいかない。条件、つまり自分には筆談が必要なんだという自覚が必要。私はきこえるふりをしていた時には筆談してほしいと言えなかった。切符を買う時には、質問されないように全部用件を最初に言っていたが、想定外に「喫煙車か禁煙車か」と問われ、分からずしどろもどろしていた所、後ろには長い列ができてしまった。後ろの人が身振りで教えてくれたが、たまらなく嫌で、逃げるように切符を受け取り帰って大泣きしたことがある。人と違う方法をとることが恥ずかしいと思っていた。教員になった時にも同じで筆談をすることができなかった。先生方に「あなたが聞こえない子ども達の見本になっていかなくてはいけない」と言われた。今は子ども達に筆談の様子を見せるようにしている。

 Dさんは中途失聴者で、とてもきれいに発音されます。しかし、よくきこえない。彼女は、自分自身の経験から、①手話も小さい頃から使えるようにしておくといい。②難聴者であっても、手話ができることでろう者とのかかわりも広がる。③ろうの文化だけではなく、きこえる人の文化を知ることが大事である。④確実なコミュニケーションに筆談は必要、音声言語だけで伝え合えるという誤解を持たせないようにすることが大事である。...このようなメッセージを送ってくれました。私たち大人は、ろう学校で学ぶ子ども達には、聴児との交流の機会も作ること、通常学級で学ぶ子ども達には、幼い頃から家庭で手話が使われることはもちろんのこと、手話で同障の仲間と語り合えるような環境作りを通して、聴文化だけではなくろう文化にも触れること、きれいに話せても、筆談で確実にやりとりすることの大切さを伝えていきたいものです。

 子ども達が聴覚障害者としての自覚、アイデンティティーを確立できるようになるためには、聴者の中でその違いを認識すること、ろう・難聴者といった同障の仲間の中で確実に伝え合える経験を積むこと、どちらも大事です。そのためには、個々の子どもに応じて、バランスのいい環境を整えることを心がけていきたいものです。(文責S

┃難聴児支援教材研究会
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