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難聴理解・障害認識

このパワーポイント資料は、2014年夏高松市で行われた聴覚障害児支援夏季研修会での

福島朗博氏(島根県立浜田ろう学校)の講演資料です。

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-就労の場を通して考える-

木島照夫

はじめに

難聴児とくに身体障害者手帳をもたない軽・中度の人たちが、就労の場でどのようなことを求められるのかについて話したいと思います。
とはいっても、軽・中度難聴者の就労に関しては、殆ど資料らしい資料がないのが実情です。
今、日本には身体障害者手帳をもつ聴覚障害者は34万人と言われています。
しかし、おそらく手帳をもたない軽中度難聴者も同じくらい存在する、つまり30万人以上はいるのではないかと推測されます。
しかし、どのくらいの聴力の人がどれくらいいて、その人達がどこで働き、どのように生活し、何に困っているのかなど、公的なデータとしては全く存在していません。
軽中度難聴者は、法的には「聴者」に位置づけられながら、現実には難聴という障害があるわけで、こうした法と現実とのはざまで沢山の人たちが困っているわけです。
発音がおかしいと言っては笑われ、きいていなかったと言われては「都合のよい耳」だと言われ、空気が読めないと言われては仲間はずれにされる。
こうした日常の人間関係に苦しみながら、一方で障害者手当も補聴器も交付されないわけです(これは運動の努力が実って各自治体レベルで徐々に実現している)。
ここではそうした現実の一端を、就労という場を通して考えてみます。

 1.聴覚障害者の暮らし向き sya001.png

まず、十分とは言えませんがデータの存在する、身障手帳をもつ聴覚障害者の生活の現状からみてみます。
このデータの中には、法的には「高度難聴」に分類されていても、70dB、80dBといった音声言語の話せる実質的な難聴者や人工内耳装用者も含まれています。
さて、平均的な月収いくらでしょうか?
ご覧になってわかるように、月収9万以下つまり年収100万円以下の人が4割。
月収18万以下、年収で200万以下の人が3割で、これらを合わせると7割になります。
sya002.png月収30万以下を含めても、実に9割の聴覚障害者は、健常者の暮らし向きと比べてずいぶん厳しいという現実がわかります。
もちろんこの収入には障害手当のようなものも含まれています。
そして、全体を平均してみると聴覚障害者の年収は、およそ聴者の半分の年間200万円程度と考えてよいと思います。
そして、この収入で、聴覚障害者は、結婚して家庭を持ち、子どもを産み、育てていかなければならないわけです。
この現実を私たちは、まずしっかりと踏まえた上でどうするかを考えなければならないと思います。

 2.なぜ、聴覚障害者は収入が少ないのか?

ではなぜ、聴覚障害者は月収が少ないのでしょうか?
理由はいくつかあります。まず、非正規雇用が多いこと。
今は、一般の人も非正規雇用が多いですが、働いている聴覚障害者の半分以上は非正規雇用です。次に、仕事をしていない人が多い。つまり失業している人が多い。
実際にハローワークに行っても、仕事が見つかる人は3人に1人、あとの2人は仕事がないのが実情です。
それから、転職の多さ、昇進や昇級が少ないという現実もあります。
なぜ、聴覚障害者は転職が多いのでしょうか?
確かに雇用統計の上でも、聴覚障害者の2人に1人が転職を経験し、転職回数も一人平均2回以上です。
つまり、聴覚障害者は、なぜ職場に定着できないのかという大きな問題を抱えているということです。
このことについて考えてみたいと思います。

 3.聴覚障害者はなぜ仕事に行き詰るのか?

聴覚障害者はなぜ職場で行き詰まるのでしょうか? sya003.png
厚労省の調査からわかることは3つです。
①仕事内容への不満
②労働条件への不満
③職場の人間関係やコミュニケーションへの不満
このうち3番目の不満が一番多いです。
こうした問題をきっかけにして、退職し、転職が繰りかえされるのです。
景気がよいころはまだよかったのですが、今はやめてもできる仕事が限られます。
製造業は海外に移転し、確実に雇用は減っています。
ただ、企業の中には、障害者雇用に積極的な企業があるのも事実です。
例えばヤマト運輸は知的障害者をたくさん雇用していますし、スタバやユニクロは販売関係でも聴覚障害者を積極的に使っています。
ユニクロは全国900近い店の9割の店に身体障害者が雇用されており、その3割は聴覚障害者ということです。
これまで営業の分野では聴覚障害者は無理、と言われてきましたが、工夫をすればやれる可能性はあるわけです。
こういった先進的な企業もある中で、しかし全体的には障害者の雇用にはあまり積極的ではありません。できれば雇いたくない。
こうした雰囲気のある会社に聴覚障害者は入っていかざるを得ないわけです。
ですから、本人たちもしっかりとした意識を持っていないと働き続けるということが難しくなる、結果的に退職・転職・失業に結びつくわけです。
しかし、これまで、聴覚障害者自身の問題点が企業側からいろいろと言われてきました。
読み書きができないので雑用しかまかせられない。無断欠勤や遅刻を平気でする。
周りは忙しいのにさっさと早退する。空気が読めない。上司や先輩にため口を使う。
ミスをしても謝らない。与えられた仕事はするけれど自分から率先してやろうとしない。
よくわかっていないのに勝手に仕事を進めてしまう。
・・・こうしたことがきっかけとなって職場の中の人間関係が壊れ、孤立し、やめていく原因となるというわけです。確かにこういったことはあるだろうと思います。
そしてそれは、その人がどう育てられてきたか、どういう教育を受けてきたかに深く関わっています。
ですからこうした結果を招かないようにしっかりと子どもを育てなければなりません。
こういう問題は、聴力がよい悪いという問題とは関係がありません。

(1) 仕事内容への不満

以前に岩山誠氏(2008)が調べられたことを例に、もう少し具体的にみてみましょう。 sya004.png
まず、仕事内容への不満です。
パワポの①の例ですが、これは就労して年数がたっているのに、いつまでたっても雑用しか与えられないという不満です。
きこえる人はどんどんキャリアアップしていくのにいつまでも雑用ばかり。
誰でもこれではいやになるでしょう。
企業にしてみれば、能力がないのだから仕方がない、と片づけられることも多いのです。
しかし、本当にそれだけかというと、そうとも言えない。
たとえば②のように、研修を受けてスキルアップしたいと思ってもそのための情報保障がなされていないことも少なくない。
これではいくら自分の力を発揮してばりばり仕事をやりたいと思っている人も、それを可能にする条件が満たされていないということになります。
これでは本人の意欲も低下します。
ですから、本人だけの問題にしてすますということはとうていできないわけです。

 (2) 労働条件への不満

2つ目は労働条件への不満です。 sya005.png
定型的な仕事しかできなければ給料は上がりません。
コミュニケーションが難しければリーダー的な仕事への昇格も難しい。
しかし、会社は「手話通訳を導入すると企業秘密が外に漏れる恐れがある」などの理由で、なかなか情報保障の手だてをしてくれない実態があります。
手話通訳は守秘義務がありますからそういうことはないのですが、なかなかそこに理解を示してはくれません。
これでは、誰にも平等に昇級・昇進の道が開かれているとはいえないのではないでしょうか。
聾学校や小学校の校長先生にきこえない人はいるでしょうか?
大企業の社長さんにきこえない人はいるでしょうか?
能力の問題ではなく、その人の持っている能力を発揮するための社会の側の条件が、あまりにも整っていないのが現実ではないでしょうか?
聴覚障害者の側が自分の力のなさを棚に上げて勝手に不満を言っているわけでは決してないのです。

 (3)職場の人間関係・コミュニケーションへの不満

3つ目はもっと根本的で重要な問題です。 sya006.png
すべての問題の根源はここにあるとも言えます。
「障害者は面倒くさい」と思っている人はどこにもいるものです。
こうした人も含めて学校や社会や職場は成り立っています。
ですから、こういう人たちにも変わってもらう、ということも本人たちは職場の中で同時にやらなければならないわけです。
しかも、人間関係を壊さないで。人間関係を壊してしまったら、結局は、自分が周りから孤立してやめていくことになる可能性が高い。
昔から聾者がよく使う手話の一つに「仕方がない」というのがあります。
どんなに差別的で理不尽な対応をされても、聾者は「仕方がない」と諦めざるを得なかった抑圧の歴史がそこにあります。
しかし、時代は少しずつ変わってきていりのも事実です。
障害に対する見方も、「障害をもっているのは本人。その本人の障害を治す」という医学的・病理学的な見方から、障害は互いの間に生ずるバリアで、それは互いの努力・歩み寄りによってなくすことができるという社会学的視点からの見方が重視されるようになってきています。
私たちは、そういう社会的・関係的な視点から障害をとらえ、それにアプローチしていける、そんな子どもたちを育て、社会を変えていく努力をしたいものです。

 4.軽・中度難聴と就労の問題

軽・中度難聴者82名を対象に、彼らがどんな悩みをもっているのか調べた調査があります。
黄色が軽中度難聴者で灰色が高度難聴者です。
それを見てみると、双方に多いのは「コミュニケーションの悩み」です。
その次に多いのが、軽・中度難聴では、「障害認識」です。
では、障害認識とはいったいなんでしょうか? この調査の続きを見てみます。 sya007.png

PP①は、社会に出てからも「悩み」が続くという人は、高度難聴者より軽中度難聴者のほうが多いという結果です。
「生きにくさ」は軽中度難聴者のほうが高度難聴者よりも大きいわけです。
ふつうの人は逆だと思うでしょう。思うから「人工内耳をして少しでも聞こえるように」と、なるわけです(人工内耳をすることが悪いと言っているのではありません。世の中の問題はそれで解決できないことが多いということです)。
ここが聴覚障害者問題の難しさです。
しかし、難聴問題を考えるうえで、十分に考えるに値する問題だと思います。 sya008.png
ヒントは③④にあります。
卒業後も悩みが続いている人の中で、手話を使っている人のほうが使っていない人より「悩み」が少ないというのです。なぜなのでしょうか?
私はこう考えます。
手話を使うということは、本人にとっては「自分は手話を使う(必要とする)きこえない人間だ」ということを認めることです。
つまり、きこえないことを一つの事実として認めるということです。
「自分には手話は必要ない」と思っている人は、自分がきこえない人間であるという事実を本当のところでは認めたくないという気持ちがどこかにあるわけです。
ですから、周りの会社の人たちにも「自分は耳がきこえません」と自己開示をしたくない。
「私は、手話は要りませんから」と言います。
そうすれば、ある程度会話ができていて、発音も明瞭であれば、周りの人たちは「この人は聞こえているし、話ができる人だ」と思います。
つまり、周りの人たちは難聴への配慮は必要ないのだと思います。
聴者にとってはそのほうがラクです。
しかし、現実には、聞こえていないことは沢山あるし、コミュニケーションの行き違いも生じます。
そうやって受ける自分の不利に対して、本人は「周りは理解がない」と思ってしまいます。
軽中度難聴者のうち手話不使用群はこの項目に「ハイ」が100%で、手話使用群は0%です。
「手話を使う」ということは、周りの人からすると「この人は手話を使う聞こえない人だ」と認識するということです。
ですから自然にそのための配慮が生まれやすくなります。
手話を使うか使わないということは、自分の生きづらさを軽減し、周りの人の障害認識を変え、職場の人間関係を望ましい関係へと変えていくきっかけになるのです。

 5.ある中等度難聴者の事例から

ある難聴者の事例から考えてみたいと思います。 sya009.png
ここに出ているのは短大を出て正規採用で就職したものの、様々な理由をつけられて1年後に解雇された事例です。
この事例でまず考えてみたいのは、クビになったとき、本人も難聴のためだと思わなかったというところです。
つまり、自分が難聴であるということから、どういう問題が生ずるかということを自分で自覚できていなかったということになります。
もちろん、聴覚障害者を雇ったことのない会社もそのような視点はありません。
それで、この人は、聞こえないことを理由にしてではなく、まるで本人に能力がなく、人格が問題であるかのように言われてクビになってしまった。
本人は難聴のためだとは認識していませんから、深く傷つき、自信を失ってやめざるをえなかった。
そしてそれ以来、家に引きこもるようになったわけです。
実はこうしてひきこもり、精神疾患に陥り、社会から落ちこぼれていく人は、難聴者の中には非常に多いのが実情です。
さらに、今は雇用情勢が悪化しているので、解雇されることも多く、精神疾患に陥る人たちが増加傾向にあるのです。
さて、この事例のような問題がまさに「障害認識」の問題です。
一つはその人の障害認識の問題で、難聴という障害を、恥ずかしいことと思わないで、ひとつの事実として認めるということ、また、どういうときに自分がきこえていないか、コミュニケーションの行き違いが生ずるのかといった障害の事実を自覚して、それを相手にきちんと説明できるという経験もなく、認識ももたなかったということです。
これが自己開示(カミングアウト)の問題です。
二つ目は、企業の側の障害認識の問題ですが、その自己開示を受けて、企業の側がどうその障害(バリア)を理解・認識し、起こってくる困難さ(バリア)に対して適切に対応できるかという、両方の問題があるわけです。
いずれにしても、まず、本人がどう自分の難聴を認識するかということから始まります。
そのためには、適切な障害認識をもてる人に育てるという教育の問題が大事になるわけです。
その教育をするのが聾学校の大きな役割なのです。

 6.面接場面で

面接場面を例に、具体的に考えてみましょう。 sya010.png
会社には、障害者に理解のある会社とそうでない会社があります。
採用されたいがために障害をごまかして首尾よく入ったとしても、理解のない会社では、そのあとで困ったことが出てきます。
「電話ができると言ったでしょ」「特に配慮は要らなかったはず」などと。
ですから、障害があることはきちんと伝えるほうがよいのです。
「採用で不利になるのでは?」と思うでしょう。
確かに、一般採用ならそれを理由に採用しない会社のほうが多いでしょう。
でも、正直に自己開示できることは次のステップへの大事な一歩なのです。
「1対1の時は、少しゆっくりと大きめの声で話していただければだいたいわかります。でも、疲労がたまっている時や周りに騒音があるとき、別のことに集中しているときは、聞きとれないときもあります。ですから、話しかけるときは肩をたたいてください。自分も大事なことは必ずメモをとり、復唱するようにしています。できれば仕事の指示はメールやメモをいただけるととてもありがたいです・・・。」
というように相手にわかるように説明できることが大事なのです。
それでも聞こえないことを理由に落とされたときは、諦めるしかありません。
ごまかして入って病気になるくらいなら。

7.まとめ

大事なことは、まずなんといっても、自分のきこえなさを認め、人に伝えることができ、人とよい人間関係をつくれる力を育てることです。 sya011.png
そして、周りに積極的に働きかけていく力が大事です。
待っていても何も変わりません。
時々、通常学級に入って授業もわからず、友達とも遊べず、孤立してただ一人座っている子を見かけます。これでは学力も社会性も身につきません。
人と関わり、人間関係が育つ環境が準備される必要があると思います。
そして、日本語の力。これは職種によって求められる力は異なります。
いいかえれば読み書きの力によって職種が決まってきます。
その意味で、日本語の読み書きは必要です。
そしてこれからはますますITの時代になっていきます。
情報を活用してさまざまな資源を活用し、たくましく生きていく力をつけていってほしいと思います。

(2011.12)              

はじめに001.png

聴覚障害という障害について説明してくださいと言われると、何からどのように説明すればよいか困ってしまいます。
まず、見た目では、聞える人と区別がつかないし、行動・動作に問題があるわけでもない。
肢体障害や視覚障害は、その障害が目に見えるし、その不便さもある程度体感することができる。しかし、聴覚障害は目に見えない。
たとえ耳を塞いでみても自分の声はきこえる。
たいした障害ではないと思う人が多い。
そこで次のような質問をしてみます。
「もし・・・」(図参照)

これはある大学でずっと昔にある先生がやった質問調査です。そうすると図の①から⑥の順番になった。「聾」というのは軽い障害と思われがちだということがこれからもわかります。

 1.実際にあったこんな誤解002.png

ですからこんなことが起こります。
ある難聴の子が幼稚園の砂場で友達と二人で何やら話しながら遊んでいました。
そこにだれか別の男の子が加わってきました。
さらにもう一人加わりました。みんなおしゃべりしながら楽しそうに遊んでいる。と思いきや、難聴の子はスーッと砂場を離れ、滑り台に行ってしまいました。
先生も特に気にした様子はありません。
遊びが変わることはどの子でもよくあることです。私はあとでその子にきいてみました。
「砂場楽しかったんでしょう?でも○○ちゃんは滑り台に行って一人で遊んでいたね。どうして?」
「僕は○○ちゃんと二人で遊んでいるとお話がわかるのだけれど、3人とか4人になると、誰が何を言っているのかわからなくなるんだよ。だから、他のお友達が入ると、僕がぬけちゃうんだ。」 
外から見ているだけではなかなかわからない姿ですね。

 2.きこえにくい人(「難聴者」)の悩みとは?003.png

社会に出てからの軽中度難聴者は日本語や学力から起こってくる問題よりも、人間関係やコミュニケーションから起こってくる問題が大きいようです。
ですから、精神的に悩み苦しみをもつ人の割合が高い。
そして、そこには自分のきこえなさ・難聴というものを自分でどのようにみているかという障害に対する価値観、障害認識が絡んでいることが多いです。
そして、その障害認識を生んだ家庭の価値観や教育や医療の問題がその背景にあるわけです。
一方、高度・重度難聴いわゆる聾児・聾者の問題は、日本語・学力という問題が一つあります。
日本語の読み書きの問題は、どのような仕事につくのかという職業選択の問題や経済的な問題に関わります。
学力というのはよく「9歳の壁」といわれますが、これは考える力に関わっています。
要するに論理的に考える力がなかなか身に付かない。
だから問題に直面してもその問題を考えて解決していく力がない人も少なくない。それだけじゃない。
かつての聾教育つまり口話法というのは、「きこえる人を目標に努力を強いる教育」でしたから、きこえる人への劣等感をはぐくみ、自分から積極的に何かをやっていく意欲や能動性を育てなかった。
受け身を強い、きこえる人の指示に従って動く人間であるよう教育していたわけです。
以前にOさんという聾の人がおもしろい経験談を語っていました。Oさんは聾学校出身。
ある時、きこえる兄弟が通っている中学校の運動会に行った。
そこで父兄・地域が参加する綱引きにかり出された。さて、Oさんはそこで面食らってしまった。
きこえる人たちは「よーいどん!」の合図で、一斉に「よいしょ、よいしょ、よいしょ」と互いに引きあう。
当たり前なのだが、聾学校の綱引きとは全く違った。
聾学校では、旗をもった一人の先生の旗振りに合わせて、「そーれ」と赤組が引いたら、白組は引きずられないように踏ん張って待つ。
次は白組が「そーれ」と引く。赤組みは待って踏みこたえる。
そして次は赤・・というように、一人の先生の旗振りに合わせて交互に引くのだ。
ここに聾教育のあり方がよく現れている。
綱引きですら、「きこえる人の指示に従って」引くわけである。

 3.「難聴」を体験してみる

話が横に行ってしまったので元に戻して、ここから少し体験を通して、難聴によって生じるもっとも本質的な問題について考えてみましょう。
まず、最初に音をきいてもらいます。音にひずみがある感音性難聴のきこえの状態です。
なんと言っているかちょっと聴き取ってメモしてみてください。
最初は軽度難聴の人のきこえのシュミレーション。
二つ目は、重度難聴の人のきこえのシュミレーションです。
音の大きさとひずみの状態、さらに周囲の騒音の状態を変えて同じことを3回しゃべります。
―(体験)―
さあどうでしたか? ききとれたでしょうか? むずかしいですよね。
これはあくまでシュミレーションですから、実際には、一人一人ちがうでしょう。
でも、感音性難聴ではこのような音のひずみがあるといわれていますから、いくら補聴器をして音の大きさを大きくしても、正確に聞き分けることは難しいわけですね。
「補聴器はめがねみたいなもの」と思っている人もいますが、全く違います。
かけても音がはっきりするわけではありません。
004.png
つぎに難聴者のコミュニケーションを体験してみましょう。
グループに分かれて、話し合いをしてみます。
やり方は(4)の図のような方法です。
 ―(体験)―
さあどうでしたでしょうか? 
今、体験したことを少し話し合ってみましょう。
―(グループで話し合い)-
今、体験していただいた通り、きこえないことから周りの人とのコミュニケーションが難しくなり、結局、人と関わろうとする意欲・気力が失せ、疎外感を味わい、無気力・無関心となっていくことがおわかりいただけたと思います。

 4.聴覚障害のバリアとは?005.png

さて、障害には次の4つがあると言われます。
聴覚障害に関してもさまざまな現実的な障壁があります。

①物理的バリア~電光掲示板
②制度的障壁~車の免許、医師免許、薬剤師免許など
③文化・情報面でのバリア~通訳、ノートテーク、テレビ・映画の字幕
④心理的バリア~人間の心の問題とつながっている。

これらの障壁のうち、聴覚障害が引き起こす最も本質的で深刻な障害は④ではないかと思います。
昨今、いじめから自殺する子どもたちが社会的な問題になっていますが、自殺するほどの絶望感は、多くの場合、人間関係がその根っこにあることが多いです。 006.png
それほどに私たちは人間関係の中で生きていて、そこから疎外されることに耐えられないと感じる。
とくに、その集団が自分にとって身近で関わりの深い人間関係があればあるほど、その集団から受ける疎外感は当然つよいものになる。
では、人にとって最も自分にとって大切な集団とは? もちろん、家族ですね。
家庭の中での孤独。これが一番つらい。周りの家族は楽しそうに会話しながら食事をしている。
自分だけわからない。黙々とご飯を食べて二階の自分の部屋に行く。
自分だっておしゃべりに加わりたい。「何?」ときいても「あなたには関係ない話だから大丈夫」。
家族がみて笑っているテレビ番組。「何?何がおかしいの?」ときく。「今いいところだから後でね」。
土曜日の夜、家族でファミレスに行く予定だった。ところが近所でお通夜があり中止になった。
予定変更が本人に伝えられていない。本人は楽しみに待っていた。
「あ、ごめんね。言ってなかった?お父さんがお通夜に行くことになって中止よ。」
いつも聞こえる家族だけで予定が決まり、その結果が伝えられるだけ。
家族の中で自分は存在しているのだろうか?

前にいたろう学校で手話を使い始めた90年代。子どもたちは学校で手話を習得していきました。
手話を使うと子ども同士通じ合えるようになり、友だち意識も強まります。
ある時、デフファミリーの子が転校してきました。007.png
その子と友達になった子がデフファミリーの家に泊まりがけで遊びに行った。
帰ってきて、その子は母親に言いました。「ぼくはA君のうちの子になりたい。
A君のうちはみんな話が通じる。ぼくの家は通じない。」それをきいた母親は愕然としました。
その子は80dB台の聴力で音声言語でよく会話できる子です。
お母さんもよく通じていると思っていました。ですから非常にショックだっただったわけです。
それから10数年たって、多くのろう学校で手話を使うようになりました。
かつては口話法の学校だったOろう学校も手話を使うようになり、今では医療機関から「手話ばかり使っている。ことば(音声言語)をしゃべれなくなる」などと悪口を言われます。
「手話ばかり使っている」というのは事実とは違いますが、手話をまず大事にするということはとても大事なことだと思います。

 5.インテグレーションについて

次は、普通の学校での障害理解の問題についてです。 008.png
今、人工内耳をする子が非常に増えて、同時に人工内耳をしてインテグレーションしていく子どもも増えています。
それは病院で「聾学校にいると話せなくなる」とか「9歳の壁が越えられなくなる」とか言われて、信用してインテする子が増えていることが大きな要因の一つです。
医師の中には「人工内耳を勧めない聾学校は犯罪的だ」とまで言った人もいます。
人工内耳もインテも一つの選択ですから、それを聾学校がどうこういうべき立場ではないと思いますが、ときとしてインテのツケは後々に非常に大きな借金となって本人が支払わされることがあります。
そのリスクを考慮しつつ、親はインテを考える必要があるわけです。
私はあとになるとなかなか取り返しがつかない例をこれまでに沢山みてきましたが、そのような話をしても、親はやはり「わが子は別」と思うのですね。
では、インテした子にはどんな支援が必要でしょうか?
最後に、その支援の方法について話して終わりにしたいと思います。
(以下の内容は、『難聴児はどんなことで困るのか?』および『難聴理解かるた』をみてください。)

009.PNG

(2013.2 木島照夫)