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軽中度難聴とはどんな障害か?~若狭妙子さんの講演より

若狭妙子さんは幼少期平均約40デシベルの軽度難聴者で、徐々に聴力が低下し、現在は6070デシベルの中等度難聴者です。現在京都聴覚言語障害者センターで、成人聴覚障害者の心理カウンセラーをされています。若狭さんのご主人は聴者、二人の聞こえるお子さんのお母さんとしても忙しい毎日を送っていらっしゃいます。10年ほど前に若狭さんの講演を初めて聞いた時、聴者のように見える軽度難聴者のつらさ、苦しさが生の声として届けられたことは衝撃でした。当時学生だった彼女が心理士となり、母親になり、立場も変わり、経験も深まる中での話はその都度学びがあります。ここでは、ある講座での講演から紹介します。

 

●息子の声が聞こえない

夜は補聴器を外して寝ている。今5歳になった息子が夜中にトイレに行きたいので私を起こす。しかし、補聴器を外していると、息子の声は聞こえない。私が気づくまで、放ってしまっているようである。からだを揺さぶられ、ようやく気づき、慌てて補聴器をつけて話をし、トイレに連れていく。

 

●条件によって変わる聞こえ方

「たばこ」と「たまご」、「オシオとって。」「コショーとって。」言われて、間違えると「なにやってるの?」と言われる。11の静かな場所なら90%わかるけれども、3人以上になると2030%の理解になる。そして、騒音、反響に絶えず左右される。いつも英語のリスニングのようである。「この人の話を聞こう」と構えて初めて、聞こえている。他人の雑談を聞いたことがない。大学に入って、ろうの友人と話したいと思って手話を覚えた。そして、手話通訳やノートテイクで講義を受けて、輪郭が曖昧だった世界が鮮明になった。私も全てわかることができるのだと知った時、この20年はなんだったのだろうという思いで怒り、驚き、混乱した。私の20年間はなんだったのだろうと、取り戻すことのできない時間を悔やんだ。

 

今は60dBの中等度難聴者の若狭さん。補聴器をつけていなければ子供の声は聞こえません。大きな泣き声であれば気づくかもしれませんが、夜中にぐっすり寝ているような状況で、何気なく「トイレ~おしっこ」と語りかけられる声は届かない。「この人の話を聞こう」と構えて初めて聞こえるという言葉の通りです。この「聴く」に注意を集中させるということは「いつも英語のリスニングのよう」という表現にあるように、日々必死に聴いているのが難聴者なのだといえるでしょう。息子さんも、お母さんが音声だけでコミュニケーションが難しいと日々実感していると、ろう文化を自然と身に着け、声で呼ばずに肩をトントン叩いて起こすのでしょうが、条件によっては音声でも通じるお母さんに対して、声で呼ぶ気持ちもよくわかります。軽・中度難聴者がろう文化も身に着けながら育っていくことの大切さを教えられた気がします。

 

ある中等度難聴者の友人は、大学院で学ぶのに1時間目から7時間目まで、つまり朝から夜7時過ぎまで、FM補聴器を使いながら一日中必死で聴いていて、疲労困憊すると言います。私たち聴者はどうかというと、ノートテイクしながら、よそ見しながら、少し雑談しながらでも、講演者の話は耳から入ってきますね。つまり、「~ながら」ができるのは、「聴く」に必死にならないでいられるということであり、難聴者の「聴く」と大きく違うことを、私たちは理解していかなければいけないでしょう。中等度難聴者の友人は、大学院で講義を受ける際にFM補聴器を使っているわけですが、先生方は嫌がらずにマイクをつけてくれるけれども、ピンマイクの向きを間違えていたり、スイッチを入れ忘れていたりすることがあり、その時には急いで直しに行ったり、お願いしたりしなければならないそうです。また、話し合いの際に、同じ学生たちにマイクを回して発言の際に使ってもらおうとするのだけれども、先生以上に学生の方がマイクを使い忘れたり、使っても話し声がボソボソしていて、聞き返さないと全く分からない状況もあったりするとのこと。「FMマイクがあれば大丈夫」と一言で言えない、機器を使う側の人の問題が常に伴うので、大変なのだということを訴えていました。通常学校に在籍し、難聴学級に通級しながら学校生活を送っている軽・中度難聴児、人工内耳装用児は多いですが、その教え子たちの声を聞いても支援の在り方は実に様々です。充実した支援を得られている子供はいいのですが、そうでない子供たちはわからないことは仕方ないとあきらめたり、わからないことに慣れすぎて、こんなものなのだろうと自分の聞こえや情報の取り方について思い込んでいたりする例も少なくありません。問題や不具合を指摘できる大人との違いがそこにあるため、楽観視はできません。

 

こうしたエピソードを知らなければ、難聴者に対して、「大丈夫よ。ちゃんときれいに話せているじゃない。ちゃんと会話もできているし、聞こえているじゃない。」そんな風に語る一般の人々はたくさんいます。注意を向けて聞こうとしていれば聞こえるけれども、条件によっては全く聞こえない、そんな聞こえを理解してもらえないのが軽・中度難聴者です。こうした誤解ほど本人にとってつらいことはないわけです。彼女は「軽中度難聴児のきこえの世界を知り、彼らが世界をどう体験しているのかを知ってもらいたい。」と話していました。若狭さんが、「聴力レベル○デシベルと困難の大きさは相関しない。」、軽ければよく聞こえるという単純なものでないこと、耳に入ってくる音質の違いが大きいのだということを強調されていましたが、重い言葉だと思います。

 

●結果だけでなく、プロセスを知りたかった

学習につまずきもなく、友人関係も人並みにあった自分のことを、先生たちは成功例と捉え、親も問題なく育ってくれたと思っていたようだ。しかし、高校卒業後社会に出た時に今まで見えなかった問題が顕在化した。特定の二人とであれば困らなかったコミュが3人以上のコミュが増えることで困り感がどんどん増え、自己肯定感が低くなった。黒板に書かれている結果だけで理解してきて、そのプロセスを理解することが抜けていたことで、自分の考え方が幼いことに気づき始めた。

 

●全てわかりたかった

大学に入って、ろうの友人と話したいと思って手話を覚えた。そして、手話通訳や要約筆記(ノートテイク)で講義を受けて、輪郭が曖昧だった世界が鮮明になった。私も全てわかることができるのだと知った時、この20年はなんだったのだろうという思いで驚き、怒り、混乱した。取り戻すことのできない時間を悔やんだ。

 

●ありのままの自分を出せる体験がしたかった

小学校で友達に「耳は治るの?」と聞かれたことがある。その答えが知りたくて、難聴学級の先生に聞いてみたところ、「大きくなったら治ると思うよ。」と言われた。だから治すために難聴学級に通っているんだと思っていた。難聴学級は「聞こえることを頑張る」ところだった。「聞こえないまま、安心して、堂々としていればいい。」と言ってもらっていたらどんなに良かったか。補聴器のない自分でも大丈夫という安心感を与えてほしかった。肩に力を入れずにできる手話でのコミュニケーションを早くから知っておきたかった。

 

聴者のように育つことは、聴者に慣れない本人にとっていかに酷なことかを若狭さんは伝えてくれたように思います。聴者とは違う曖昧な聞こえ方、聴者のように「聴く」だけで全ての情報が入らない難聴者の立場を伝えつつ、だからこそ、「聴者とは違う自分」を自覚することが大事だということが彼女からのメッセージだと受け止めました。それは、「聴こえないのは難聴があるからであって、自分が悪いのではない。」という受け止めに始まり、ではどのようにしたら情報が入るのかという難聴者の立場からの発信、模索、支援の依頼といった行動につなげていかれるよう、親御さんが子育ての中で伝えていくことが必要ではないでしょうか。そして、「聴く」だけでは完璧に情報を入手できない難聴者として、手話や文字コミュニケーションの必要性を本人が自覚できるよう、親御さんがそのツールをわが子の子育ての中で大切にするよう努力していくことが大事ではないでしょうか。そして何より、「きこえなくていいんだよ。あなたは、あなたなんだから。」という家族や友人を初めとする身近な人々の理解と本人への歩み寄りがあれば、肩に力の入ったコミュニケーションをせずに、難聴者らしく生きていかれるということだと思います。つまり、軽・中等度難聴を誰よりもきちんと理解しなければいけないのは親御さんであり、親御さんが聴者と違うその聞こえの世界を理解し、難聴者として育てる構えができることが本人たちを幸せにするということを、彼女の思いを代弁して、ここで伝えたいと思います。(SS記)