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「聴きたい」気持ちを育てる大切さ~入門期の聴覚活用

子ども達との遊びの中で、すべり台を滑る時に「ヨーイ ドン!」とか、お菓子が入った箱をあける時に「1,2の3!」等、合図のことばを使う場面がたくさんあるかと思います。手や指の動きと合わせてきこえてくる声、それに注目する子ども達の気持ちは、「何かが始まる・・・」そんなワクワクした期待感にあふれています。「合図の後に何かが出てくるぞ、合図の後に楽しい遊びが始まるよ、合図の後に出発だ。」というように、合図のことばは、子ども達にとって意味のあることばになっているといえます。子ども達とこうした合図を入れてのかかわりをしている時、感じませんか?「子どもがよく見ている!」って。

音が入るように補聴器が調整されていて、音が入る距離内(基本的に1m程度)にいれば、子どもたちによって音のきこえ方に様々な違いはありますが、おそらく耳からなんらかの音声が入ってきていると思います。聴力が重い子どもたちにとっては、「ヨーイ、ドン!」は「おー、お!」のように、「1,2の3!」は「● ● ●(不明瞭な音が三つ)」というように・・・実際には、このように曖昧な音であっても、子ども達は期待して聴くことを積み重ねることを通して、「おー、お!」や「● ● ●!」の音がとても意味のある大事な音としてとらえられるようになっていきます。


〇「聴能訓練」から「聴覚学習」へ 

 かつて、ろう教育では、「聴能訓練」ということばの下に、「聴く」訓練をする授業や指導場面が展開されていた時期がありました。例えば「あたま」と「くち」の絵カードを前にして、口を隠してどちらのことばを先生が言ったかを当てるという学習がその一つです。それは、聴力の厳しい子どもたちにとっては、とても聞き分けるのが難しい課題なわけですが、子ども達は3音節か、2音節かの違いにより、音がどの位の長さで聞こえてくるか、そんなことを手がかりにして聞き分けるということをしていました。そして、同じ2音節同士の単語での聞き分けになると、あてずっぽうで選ぶ子どもも出てきました。それは、本人にしてみれば、「わかんないよ!」という心の叫びであり、子どもによっては、「聴く」訓練の限界が当然ありました。しかし、このように繰り返し「聴く」訓練をしていけば「きき分けられるようになる」という考え方があり、訓練することで聴覚を活用する考え方が主流の時代がありました。そんな時代を経てまもなくアメリカから[聴能訓練はNO!]、これからは「聴覚学習」をという考え方が入ってきました。訓練で聴覚を活用させていく考え方には無理がある、子どもは「聴きたいから聴く」という子どもが自ら、能動的に「聴く」ことで学習を重ね、聴覚を活用できるようにしていこうという考え方に変わっていきました。そして、ある限られた時間で聴覚を活用する訓練をするよりは、生活全般の中で聴覚を活用することが大切であるということも見直されました。当時、この考え方に非常に納得がいき、共感したことをよく覚えています。高度難聴児にとって、か細い、不明瞭な音声を「聴きたい気持ち」がなければ、聴く気にはなれないだろう、そんな子ども達の気持ちがとてもわかるような気がしました。「聴きなさい!」と押しつけられて聴くというよりは、聴きたいと思って聴く学習をどのように家庭や学校で工夫していかれるだろうか、こうしたことを考えるのは楽しいことでもありました。0,1,2歳の小さい子ども達にとって、「聴く」ことを積み重ねるためには、とにかく楽しい遊びを通して、また、子どもに意味のある活動を通して「聴く」ことを育てるのがベストな方法です。さらに、子どもがその人の話を聴きたいと思うかも子どもの聴覚活用を育む上では欠かせない視点でしょう。初めに述べた合図ことばのように、期待して、しっかりと子どもが「見ている」時は「聴いている」時です。好きなプラレールでお母さんがい

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っしょに遊んでくれている時、大好きなお母さんがお話してくれる手話に合わせた声は、子どもにとってなんて言ってくれているのかなあと、手の動きと合わせて、聴きたいと思って聴くことばになることでしょう。「そろそろパパが帰ってくるよ。」そんなママのお話を聞きながら、大好きなパパの帰りを待っている時に鳴ったチャイムの音は、大好きなパパが帰ってきたという合図の音。子どもにとって意味のある音だからこそ、聴きたい気持ちで待ち、聴くことができるでしょう。このように、子どもの能動的な気持ちを生かして、聴覚を活用していく働きかけをたくさん、見つけてほしいと思います。

 

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さて、補聴器をつけて間もない時期の子どもたちにとって、耳から入ってくる音はどの様にきこえていると思いますか?救急車の音は、救急車の音として果たして聴いているのでしょうか。実は、私たちは耳で「聴いている」ようで、実は「脳で聴いて」います。ですから、頭の中にイメージがないと「何の音(声)が聞こえた」という理解にはつながっていかないのです。つまり、救急車を見たことのない子どもにとって、サイレン音から救急車をイメージできないのは、きこえる子どもも同じこと。私たちが、見たこともない動物の鳴き声を聞いた時、きいたことのない声であれば、イメージが持てず、「今の声は何だったんだろう?!と怪訝な気持ちで、わからないまま終わることでしょう。このように、補聴器をつけて間もない時期の子ども達は、どんなに意味のある音が聞こえてきても、聞こえてきた音すべてが雑音(意味のない音)としてしかとらえようがない状況にあることを、理解してほしいと思います。つまり、聴覚を活用するということは、一つ一つ音や声に意味があることを知り、そのイメージがその子に応じて豊かに描かれたり、音声言語や環境音を理解する際の手掛かりになったりするような使い方ができるようになることといえるでしょう。そして、学習を積み重ねなければ、聴覚を活用することは難しい。救急車であれば、パトライトを赤く照らして、サイレン音を発する救急車を実際に近くで見て、聴いて、お母さんに「ピーポーピーポー、救急車だね。ピカピカ赤く光ってるね。」などと話してもらって初めて、「ピーポーピーポー=救急車の音」として子どもに取り込まれていくわけです。このように、チャイムの音も、犬の鳴き声も、好きな音の出るおもちゃも・・・すべて、1回どころか、何度も何度も音源を見て確認して、お母さん始め身近な大人が共感しながら、いっしょにかかわってもらうことを通して、ようやく「きこえた」という反応が始まります。そして、それからまた時間を経て、サイレン音を聞いて救急車サインをするというように、「何の音であるか」「なんと言ったか」がわかるようになるわけです。か細く、不明瞭な音声情報であるだけに、学習はかなり頻度高く積み重ねられないと聴覚を活用することは難しいものです。

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「手話が入ると視覚優位になるため、聴覚を活用できなくなるのではないか?」という医療関係の方がいますが、しかし、考えてみて下さい。子ども達が自分から傾聴している時には、必ず「見ている」はずです。視覚と聴覚は決して排除し合う関係ではなく、「見て聴く」ことで学習の効率がよくなる「二重符号化」という効果があり、そのような心配はいらないと思っています。しかし、子どもにきこえるような音声言語が手話と併せて提示されているかどうかは、話し手として確認が必要でしょう。また、補聴器の調整は合っているかどうかも確認する必要はあると思います。そして、聴力が非常に厳しい子どもにとっては、「聴くこと」の限界もよく理解しながら、無理に音を聞かせようとしない見極めも大事です。太鼓のように、確実にきこえるであろう音を振動と共に楽しむといった、それぞれの「聴く」楽しさを育んであげるといいでしょう。一人一人の子どもにとって意味のある、聴きたいと思う音声情報の与え方をしているかどうか、ぜひ振り返ってみてほしいと思います。子どもの生活や遊びの中に、聴覚を活用するヒントがたくさんあることを意識しながら、丁寧に、継続的に関わっていくことが、聴覚が使える子を育てることをぜひ知っておいてください。(S+K記)

 

┃難聴児支援教材研究会
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