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人工内耳選択に揺れる保護者の事例から~「人工内耳事例報告集」より

これは、『人工内耳事例報告集』(全国早期支援研究協議会発行,絶版)に掲載された人工内耳装用をめぐる保護者支援の事例です。事例が掲載された冊子はすでに絶版となっていますが、復刻の希望多いため、いくつかの事例を選んで、本ホームページに掲載したいと思います。


はじめに~本校(聾学校乳幼児相談)で行っている人工内耳の情報提供とスタンス

 本校では、受付け後の相談初期の段階において、きこえない子どもを育てるにあたっての基本的な事柄についての情報提供をいくつかの内容について個別に行っている。

人工内耳事例2-1.jpg

右のファイルは、そのスタンスについて、初期の保護者への情報提供用に作成した資料の一部から抜粋したものである。

なお、この資料については、次期の段階で本格的な選択に揺れる時期にも再度提供して、保護者に思い起こしと視点の焦点化を図っている.



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人工内耳事例2-3.jpg








2.保護者支援に時間をかけた相談ケース

(1)児のプロフィール(4歳)

①難聴発見・診断  0:0 新生児聴覚スクリーニング両耳リファー 

:10 ABR両耳90dBスケールアウト 両耳重度難聴の診断

②聴力レベル   右90B  左90dB

③教育相談開始  :11 

④補聴器開始年齢 1:0

(2)通院歴と教育相談 

難聴の診断をしたP病院について、保護者は医師の対応への不満があり、その後の定期受診を拒んだ。そのため、担当より本校と連携のある院耳鼻科を紹介した。なお、P病院では診断に併せてCTスキャンより内耳奇形があるとされていた。

 次に病院では、2歳頃の受診で音声言語の理解語テストの結果から、音声言語でのコミュニケーションを求めるのであれば人工内耳が適応と勧められた。そこで保護者の要望を受けて、担当(筆者)からは人工内耳について再度の情報提供を行った。両親は悩んだが、そのときは補聴器と手話とで継続して育てたいと話された。その後、4歳前にQ病院を受診したときに再度人工内耳を勧められた。B児は補聴器による聴覚活用が伸び、手話等によるコミュニケーションのやりとりが活発になってきたが、音声言語だけでは厳しいと言われたことにショックを受け、両親は再び悩んだ。さらに医師から「内耳奇形があるようなので、手術の実績のある病院を紹介するから説明を聞くように」と言われた。担当からは「内耳奇形があってやれるかどうかがはっきりわからない状態で悩むのであれば、とりあえず紹介された病院へ行って、まず人工内耳の手術が行えるかきちんと可能性を確認してから悩んではどうか」と伝えた。

 そうして4歳0ヶ月に病院を受診し、医師の丁寧な説明のもとで内耳の画像診断が行われ、結果、手術が可能であることがわかった。

 

(3)聴覚やコミュニケーションについての支援

①0~1 歳児までの支援

<聴覚・補聴支援>

 聴力検査の結果に対して、保護者は「家庭では反応がある」と懐疑的で、補聴器の試聴について慎重に時間をかけて行った。補聴器を嫌がって外すことはなく、その後は補聴器をつけると発声が促される等、順調に聴覚活用が見られて保護者も納得した。

<親子遊びやコミュニケーションの支援>

(親子遊び、手遊び、リズム、絵本等、劇遊び、調理活動、懇談) 

 身振りや手話を積極的に取り入れて示していったところ、1歳4ヶ月頃から伝わり合いの実感が親子でお互いにもてるようになり、コミュニケーションの力が伸びてきた。当初は、保護者はサインの導入に懐疑的であったが、好きな動物等を自分でサインを作り出す子どもの話や、伝わり合っている先輩親子のかかわりの様子を見せて気持ちが変わり、通じ合える喜びを口にするようになった。

②2歳児までの支援

<聴覚・補聴支援>

 3歳3ヶ月に純音聴力検査が可能になり、それをもとに左右別々に補聴器の再調整を行った。結果、家庭ではテレビの音量を上下して聞こえを試す等して聴覚活用が進み、音声の自発語が増えてきた。

<親子遊びやコミュニケーションの支援>

(親子遊び、手遊び、リズム、絵本、劇遊び、調理活動、絵日記指導、懇談など) 

 意思の伝わり合いの実感が親子でお互いにもてており、相手の話を受けとめる構えができてきて、口声模倣により、手話だけでなく音声言語によるコミュニケーションが伸びてきた。また指文字や文字の読み取りも少しずつ出てきた。

③3歳児の支援

<親子遊びやコミュニケーションの支援>

(保育園での歌発表、絵日記発表、なぞなぞ、調理活動、懇談など)

 指文字による表現とひらがなの読みとりがほぼできるようになってきた。生活場面でよく使われる言葉は口声模倣や繰り返しで限定的ながら音声言語も抑揚をとらえて自発的に出ている。母親も「親子手話じてん」を使いながら手話や指文字で懸命に伝えようとし、児も受けとめの姿勢で理解に努め、互いにやりとりを楽しみつつ深めている。

 

(4)障害の受けとめにおける保護者支援

相談が始まった当初は、病院の対応への不満や、担当の行う聴力検査の結果への疑問等をぶつけることが続き、きこえないことの事実がなかなか受け入れられない時期が半年近く続いた。そのうち、補聴器による聴覚活用や親子での通じ合いがB児の成長に伴って実感されていくことで、徐々に障害の受けとめが進んできた。そして、保護者の方が「もっと伝え合いたい」「どのようにしたら伝わるか」と意欲をもつようになり、手話を自分で勉強しながら自信をつけてきた。2歳の終わり頃、B児に口声模倣が出始めたときには、これまでの親子の関係づくりがしっかりなされてきた成果と褒め励まし、保護者は喜び自信を得たようであった。

B児の保護者の居住地は聾学校から遠くまた共稼ぎであったが、両親とも熱心で0歳児のときから個別指導には両親そろって来校することが多かった。しかし、その一方でグループ指導や保護者学習会に参加することはほとんどなかった。そこで、障害の理解を推し進めるために、保護者学習会で年1回行っている「難聴擬似体験」について2回目を設定して強く働きかけたところ、両親と保育園の担当保育士が来校した。母親は擬似体験に取り組むにあたって「(担当に)これまで何度か勧められて、その度に、B児はきこえない中でこんな気持ちだろうと想像はしていたけど、実際に体験してB児の気持ちを知ることが自分には怖かった」と率直な感想を漏らしていた。実際に擬似体験を行ったことで、音声だけのときの無力感や孤立感、身振りや手話等も使って伝わり合える喜びや有能感等、きこえないことの心理面について理解を深めた様子であった。

 3歳児のときは、「障害の理解」をテーマにした保護者学習会に参加を促し、両親で参加した。担当より、障害児をもつ親の受容過程や本人の障がい認識の形成等についてレクチャーを行い、その後で参加した保護者に座談会形式で感想や思いを語ってもらった。B児の父親は30分ほどかけて思いを一気に語った。「長い間、『きこえているだろう』という思いの中で生活していた。CTの結果から否認のしようがない事実を見せられた。それでもなお音に反応するのが10回に1回あれば、『きこえている』と自分たちで納得していた。きこえない部分があることを認めたくない、納得したくない自分がいた。障害の受容は、受容と否認の揺れの中で、少しずつ認められるようになるものだと思う。最初は受けとめられたと思っても、次の瞬間には否認へ大きく戻る。初めは戻る幅が大きいが、月日が経つにしたがって、少しずつ戻る幅が減ってくる。その繰り返しであると思う。補聴器を隠そうとしている自分と、わかってほしい自分がいる。この思いをまずは自分自身で昇華しないと、周りに伝えることはできないだろう・・・」。初めて「障害」に向き合えた瞬間と思われるくらいの自己開示の様子がうかがえた。これが契機になったのか、その日以来、来校する父親の表情やまなざしに柔らかさが感じられるようになってきた。

 

(5)人工内耳の選択をめぐる相談

ここではS病院の受診から両親が人工内耳を決心された経過をエピソードで綴る。

○母親との懇談 ~「手話か口話か」と「手話も口話も」~

 母親からS病院での初診の報告を受けた。「父親は補聴器で聞こえている、間に合っているのではという思いがあったが、病院での初診で医師に、ここまで育ててきたことのねぎらいの言葉をかけてもらって、父親は気持ちが傾いた様子。医師からは、次回の画像診断で手術が可能とわかった時点で、実際にどうするのかはっきりさせておいて来るようにと言われたこと、「手話か口話か」どちらで生きるかを選択するように。手話を選ぶなら、親も手話をしっかり勉強しないといけない。人工内耳を早くからつけていくと、きこえる子どものように馴染みない言葉も何気なく聴覚記憶として残り、いずれ学習言語として入ってきたときに理解に繋がりやすいが、手話ではそれが起こらないこと、手話は名詞を並べるだけの中途半端な形になると言われた。自分としては、最近B児が音楽に関心が出てきて、歌が流れると聞いて歌っている。その姿を見ると切なくなり、人工内耳にしてしっかり聞かせてやりたい」と言われた。

 担当からは、人工内耳を装用しても「きこえる人」と同じようになるわけではないこと、「手話か口話か」とどちらかを排除する論理ではなく、「手話も口話も」のどちらも大事という観点でとらえていくことが大事と伝えた。

○父親との懇談 ~軽度・中等度難聴のもつ苦しみを知る~

4年目にして初めて父子だけで個別指導に来校したことに担当は驚き、障がいやきこえないことを父親なりに受けとめられるようになったことからくる、好ましい変化ととらえた。父親を褒めてねぎらうと、はにかむような笑顔を見せた。手術が可能である画像診断を受けて、人工内耳の希望の有無を1ヶ月後に返事することになったと聞く。

担当からは、術後のリハビリが重要で、通う頻度が術後の直後ほど多く、遠方であっても続けてやっていける気持ちがあるかということ、同じ3歳児グループにいる中等度難聴の幼児が幼稚園で苦戦している事例を具体的に挙げて、そうした軽度・中等度難聴の大変さ、自己形成の困難さは人工内耳にも通じること、それをわきまえた覚悟と理解が必要であると伝えた。

後日、父親からは、術後の苦労や中等度難聴の苦労が待っていることを帰ってから母親に伝えたところ、人工内耳を入れる方向で固まっていたこともあり、ショックを受けて生半可に結論を出せないと気づいたようだと語っていた。

○保護者同士の懇談の設定 ~手術後の生活のイメージや見通しをもつ~

 術後のリハビリについての見通しをもたせるため、同じく病院で手術を受けて定期的にリハビリに通っている幼稚部幼児の母親にお願いし、次回の個別指導のときに話を聞く機会を設定した。実際に、保護者同士の懇談を行ったことで、B児の両親はとくに仕事を続けながらリハビリに通うことについて具体的なイメージや見通しがもてた様子であった。 

○難聴学級見学後の懇談 ~きこえない子どもとして育てる~

 幼稚部の就学指導の一環として設定した、人工内耳の児童が通う小学校の見学に両親も希望して参加した。難聴学級での個別学習や交流学級での集団学習の授業の様子を参観し、後日に懇談を行った。

母親はその席で「祖父母や周りの人が、人工内耳によって耳が治るようになると思っていて、その誤解を解くのが大変だ」と漏らした。

 担当からは、人工内耳の児童が交流学級の集団の場で行っていた、FMシステムと難聴学級担任によるノートテイクの情報保障を例にとって、交流学級の担任の配慮や、交流学級の集団環境のよさが整っていたからこそ活かされたことを説明した。そして、前述の母親の言葉を借りて「人工内耳によってきこえる人になるのではなく、人工内耳であってもきこえない人として認めて育てる」ことを両親がわきまえて、周りに理解・啓発をめざして発信していかれればよいと励ました。

 

3.考察

この事例については、親子関係が築かれ、やりとりも手話や指文字、音声言語を使って双方向に成立していること、わが子は自分たちで育てる想いのもとで、両親が人工内耳の選択をめぐって互いに意見を交わしていること、「きこえない子どもを育てるための、親の『覚悟と開き直り』と『これまでの価値観を変えること』」(南村洋子「きこえない子どもをもつ親へ伝えたいこと」)がキーワードになっていると思う。

人工内耳についての情報提供は、デメリットや術後のリハビリの見通しはもちろんであるが、人工内耳にしてもきこえる子どもになるわけではないこと、「きこえない子ども」として育てることを粘り強く伝えていくことで、人工内耳への期待とともに、それなりの『覚悟と開き直り』をもってもらえたのではないかと思う。そのことで、人工内耳をつけたわが子が、仮にきこえる子ども集団の中で困難や危機状態に陥ったときに、すみやかに柔軟に対応できる親になってほしいと思う。軽度・中等度難聴の場合の保護者のきこえの受けとめは、障がい受容と合わせて中途半端になりやすい難しさがあるが、重度難聴の場合には、きこえの厳しさを実感するうちから保護者が『覚悟と開き直り』をもち、人工内耳の選択においてもその意識を継続して持ち続けることが必要である。

また、B児の保護者は障がいの受けとめに苦しみ、時間をかけてきたが、やがてB児自身の成長と、親子のコミュニケーションの通じ合いの実感から喜びに変わり、徐々に前向きになってきた。その機が熟したタイミングをとらえ、『これまでの価値観を変える』ごとく、保護者学習会等の機会を設定し、働きかけ、保護者の自己変革が結果として促されたことは有意義であった。保護者の心情に寄り添い、時間をかけて保護者の変革を信じていく支援が求められる。障がいの受容の問題は螺旋階段を上るがごとく繰り返されることから、人工内耳の術後も引き続けて支援を行っていくことが大切になろう。

 

4まとめ

人工内耳の選択に揺れる保護者から、行き詰まった先に、あるいは決定した後で、担当自身はどう思っているか意見を求められることがある。担当からは、人工内耳の選択について口をはさむことはない。ただ、親子がこれまで築いてきた関係が、人工内耳をした後にも安定してよい形で繋げられるよう保護者とともに考えていくことである。そのためにも、保護者には、子どもと自身の成長や親子関係の変容を見つめ直し、これまでの価値観についてもとらえ直すことのできるような時間を十分にもてていることが望ましい。そうした時間の中で、親子での豊かな共有体験や共感関係が築かれていけることを願っている。

 

┃難聴児支援教材研究会
 代表 木島照夫

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