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「人工内耳をしたほうがよいでしょうか?」~ある保護者からの相談

 先日、ある方からメールでこういう質問を受けました。「自分の子どもは生後8カ月で、聴力は100デシベルの高度難聴と言われています。病院では人工内耳を勧められています。医師は人工内耳をすれば聴力の改善ができ、普通の子と同じように聞いて話せるようになる。そうなれは普通小学校にも行けると言っています。先日の朝日新聞(*)にも医師が言ったのとほぼ同じようなことが書いてありました。これについてどう思いますか?」というものです。私は以下のように返事を書きました。


〇人工内耳のリスク&ベネフィット 

 人工内耳にはメリットもあればリスクもあります。メリットは言うまでもなく装用したときの聴力閾値の改善です。わかりやすく言えば100dBの子が70dBの子と同じくらいのきこえのレベルになる。大方の子は日常会話が音声でできるところまで行きますが、すべての子がそうなれるかどうかは結局やってみないとわからないところがあります。100%の確率で予測ができないのです。音としては入っていても(ここまではどの子も行きます)、言語は脳で処理するわけですから知的障害が重い場合は難しいですし、聴覚過敏の広汎性発達障害の子で音が聞こえると不安になってパニックを起こし、結局使えなかったという子もいます。また、1歳0か月では裸耳聴力の確定は難しく、人工内耳をしなかったもう片方の耳が60Bとか70Bだったという子もいます。これは意外と多いです。片耳がこの聴力であれば、補聴器を使って音声言語で会話するところまでは重い知的障害がなければだいたいどの子も行きます。しかし、今は両耳同時にやることも多いのでもともとの聴力がどの程度だったかはわかりません。人工内耳は元に戻せませんから。医師からは人工内耳でよくきこえるようになるのだからそれでよいではないかと言われるかもしれませんが、裸耳聴力90B以下なら補聴器で音声言語の獲得は十分可能ですし、補聴器

平均年収.jpgの方が故障や買い替えなど生涯のランニングコストの面では有利ですから、わざわざ経済的なリスクを背負う必要はないと思います。ですから裸耳聴力がだいたい確定できる2歳代まで待てばよいわけです(経済的条件も考慮して)。朝日新聞には「オーストラリアでは生後6か月で人工内耳を埋め込めば5歳時の言語発達が聞こえる子と同じレベルだった」と書いてあったようですが、どのような検査で何を確かめたのかわかりませんが、たとえ人工内耳をしたとしても聴力0dBの子の聴覚からの情報入力とはやはり格段の差があるので(「ききかじる」とか「小耳にはさむ」といったことはきこえない子は難しい)、人工内耳を装用しただけでは言語発達は同じにはなりません。


〇人工内耳にも文字・指文字は不可欠

 時々、医師や言語聴覚士から「人工内耳をしてふつうに幼稚園や保育園に行けば大丈夫」と言われてその通りにしているお子さんがいますが、耳だけでは決して日本語の音韻は獲得できません。防音装置の施された聴力検査室で語音が90%以上聴取できる人工内耳の子は少なくありませんが、この世には防音装置が施された空間などどこにも存在しませんから、生活の場できこえる子のように100%音韻を弁別することは不可能です。ソシュールという言語学者は「言語が成立する究極条件は、言語記号の最小単位の独立性を保障する記号相互間の差異の知覚を必要とする」(「一般言語学講義」1910)と言っていますが、要するに「ムシ(虫)」なのか「ウシ(牛)」なのかどちらなのか明確に音声で区別できなければ言語は獲得できないということです。ですから音韻の弁別が100%できないきこえない子は、音声だけでは決して正しい日本語を獲得することはできません。以下のメールはある保護者からいただいたメールです。


「・・A子(片耳CI装用)は、月1回、病院の言語訓練に通っています。そこで、保育園に通っている両耳人工内耳の男の子と一緒に指導を受ける時間があります。その子は、手話も指文字も知らず育っており、聞き間違いが多く、言葉を曖昧に覚えているという印象があります。助詞の間違いも多いです。自信のない曖昧な感じで、分からない時には笑ってごまかしてしまいます。新しいことばもA子は指文字で『ジョッキ』とか『ひっかく』と覚えますが、その子は音声を必死に聞き取り、『ジョキ』『ひかく』と覚えたりしてしまいます・・


きこえない子は、音声での促音(つまる音)、長音、拗音(小さいヤユヨが入る音)の区別が難しいので、新しく出会ったことばを正確に覚えることができません。では、どうするのかといったら、文字や指文字など視覚記号を使うわけです。視覚記号は100%音韻の区別ができますから。時々、病院の医師や言語聴覚士に「視覚手段は必要ないから」と言われてそれをそのまま信じ、文字まで一緒に捨ててしまう(生活の中でほとんど使わない)方に出会いますが、その結果、日常会話程度のおしゃべりはできるけれど、会話の内容が浅く(例えば年長になっても自己経験の会話の範囲から抜け出せずこの場にないことや想像での話ができないとか)、日本語の読み書きの力の土台が育っていないお子さんに出会うことがあります。日常会話レベルのやりとりを生活言語と言い、書きことばや思考のための日本語を学習言語と言って区別していますが、人工内耳をしただけではこの後者の言語は獲得はできません。きこえる子は、音声言語でのやりとりや情報入力も十分なので生活言語もしっかりと獲得しており、その土台の上に学習言語が獲得できますが、きこえない子は生活言語自体が豊かに獲得できていないために、たとえ音声言語でおしゃべりできたとしても学習言語の土台にはならないのです。こうした現象をダブルリミテッドとかセミリンガルと言いますが(手話と日本語両方に限界がある場合も用いる)、このようにならないためには、ただ早く人工内耳をして保育園・幼稚園に行けばOKではなく、乳幼児期の経験や親子家族でのコミュニケーションを豊かに積んでいく必要があります。そのためには、音声言語だけにこだわることなく、手話も指文字も文字も使えるものはなんでも使っていくことです。「5歳で聴児と同じ言語力」はそうした子育てや教育の結果として獲得できることで、単に発見が早ければよい、人工内耳が早ければよい、保育園・幼稚園に行けばよい、ということではありません(どんなことに注意していくかについては改めて書きたいと思いますが、基本的に聴力は関係ありません。ただ、聴覚が使えればその分会話はラクです)。

また、ここでは、きこえない子の自己認識・障害認識のことには触れていませんが、そうした問題も含めて多様な問題をかかえているのが聴覚障害といわれる障害です。


どうぞ急ぐ必要はありませんので、家族でじっくりとご相談なさってください。医師にも人工内耳のメリットだけでなく問題点についても話してもらってください。医師はなるべく早くというかもしれませんが、早ければ効果があるとは限りません。私は3歳過ぎまでは待ってよいと思います。そこまでは手話で十分コミュニケーションも認知も概念も年齢並みに育ちますから(そこから先は日本語も必要になります)。

 また、補聴器の装用効果もはっきりしてきます。発達障害がある場合も3歳代まで待って判断するほうがよいと思います。3歳過ぎると発達障害の程度や症状もだんだんわかってきます。人工内耳をして果たして将来自分で人工内耳が管理できるのか、そこも大事です。装用した子の親御さんから、装用しなかった子の親御さんから、装用した本人から、装用しなかった本人から、たくさん体験談をきいていろいろな視点から考え判断されるとよいのではないかと思います。

 

(*)朝日新聞20198月17日の記事で以下の部分。「・・・オーストラリアの研究では、音を電気信号に変えて脳に伝える「人工内耳」を埋め込む手術を生後6カ月の時にした場合は、5歳時の言語発達が聞こえる子と同じレベルだった。国内でも、0歳時からの適切な対応で小学校の通常学級に通えるという報告がある。・・・」

┃難聴児支援教材研究会
 代表 木島照夫

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