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最近の人工内耳装用について思う

 最近の人工内耳装用に関して、疑問に思うことがいくつかあったので今日はそのことについて書いてみます。ただ、私は人工内耳が良いとか悪いとかいうことについて言いたいのではありません。人工内耳はあくまで本来的には本人が、幼児についてはその幼児の保護者が熟考して決めるべきことだと思うからです。人工内耳をして耳から音声日本語が聴取できるようになれば、確かに音声面からの日本語獲得の助けとなり、音声言語による日常的な会話(ヒアリング&スピーチ)ができるようになるのは確かです。といって耳から音声が聞き取れなければランゲージとしての日本語獲得ができないということはありません。専門家を含む多くの人たちが「しゃべれるようにならなければ日本語が獲得できない」と素朴に信じ、そのためには「手話は使ってはならない」と思い込んでいますがそれは事実とは異なります。実際に130dB スケールアウトで高い読み書き能力を身につける子どもはこれまでにも何人か私はみてきました。例えば『人工内耳事例報告集2』(全国早期支援研究協議会発行,2012)に掲載されている「なぜ、人工内耳を選択しなかったのか?~母として医師として思うこと」のお子さん(このお子さん文字中心で日本語を身につけた)とか、2代目筆談ホステスだった女性(この人は指文字中心で日本語を獲得した)などは、日本語の音韻を文字や指文字で獲得した人たちです(因みに、初代筆談ホステスは斉藤里恵さんですが、斉藤さんは口話法で音声言語中心に日本語獲得した人です)。ともかく音声でなければ日本語音韻を獲得できないということはありません。

 

○リスク・アンド・ベネフィットの説明は十分か?

さて、私が最近危惧していることの一つは、人工内耳手術をするにあたって、医師から勧 CIのリスクとベネフィット.jpgめられるままに軽い気持で承諾する親御さんが増えてきていることです。保護者の話を聞くと、「人工内耳を選択するベネフィット(利益)は説明されたが、リスクについてはあまり説明されなかった。だから良いものなら子どもにぜひさせてやりたいと思った」という人が多いです。

しかし、インフォームドコンセントの原則(説明と同意)のもとでは、「リスク・アンド・ベネフィット(利益)」について十分に説明することが求められます。保護者も説明が十分でなければセカンドオピニオンを求めることもできますが、その後の教育のことまで含めた小児難聴のことがわかる医師は数が少ないこともあって、そこまで保護者も求めることをしないのが現状です。もし仮に今、人工内耳について悩んでいてセカンドオピニオンを求めるのであれば、私なら迷うことなく、東京・神尾記念病院耳鼻科の田中美郷先生を薦めます。ご高齢ですが日本の小児難聴の草分け的存在でもあり、深い見識をお持ちの先生です。

また、手術そのもののリスクというより、その後の費用負担に関わる生活上のリスクには、勧める側も勧められる側も一般的に無頓着なことが多いです。最近も、生活保護家庭に両耳装用を勧めるといった大学病院がありましたが、実際、私が過去に経験した生活保護世帯の2例は、結局、電池が買えないなどの様々な経済的理由でいずれも装用を中止してしまいました。生活保護家庭の子どもも人工内耳を2台装用する権利はあると言えばもちろんそうですが、高額医療費支給制度のおかげで手術にお金はかからなくても一生維持する機器ということを考えるとランニングコストはそれなりにかかります。2台装用しても効果は2倍になりませんがリスクは2倍になると考えるべきで、慎重に判断すべきです。

また、経済的リスクという点では、将来、本人がどれほどの収入が得られるかも考えておいたほうがよいでしょう。実際、コクレア社のSprintの部品製造が中止になった時、買い替えるだけの余裕がなく、故障して使用中止に追い込まれる人もいました。新製品が登場すれば旧型の製造が中止されることはあり得ることですが、Sprintが登場した時の触れ込みは 平均月収.jpg「一生使える」でしたから、果たしてどうなのかという疑問は残ります。その後、その人はお金を貯めて100万円で買い替えたと聞きました。

さて、この記事を読まれている方は、一般的に成人聴覚障害者がどのくらい収入を得ているのかご存知でしょうか? 右の資料は、聴覚障害者の平均月収を調査した結果です。10年前ですからやや古いですが、現在の平均月収もそんなに違いはないと思います(日本人の平均給与所得はほとんど変わっていないので)。このデータをみると年収で200万円を切る人が7割を占めています。「相対的貧困」のレベルに入る人は意外と多いのが実情なのです。この月収には障害年金も含まれており、最近は非正規雇用の人も多いので、この収入で家族3~4人で生活となると電池を買うだけでもやはり負担になるだろうと思います(人工内耳は福祉機器ではないので原則電池代や修理代は自己負担)し、新機種に買い替えとなると車1台分近い費用がかかることは知っておいた方がよいでしょう。

 

○言語のない状態の幼児が少なくない

さらに問題なのは、特に発達障害はなく装用後2年以上経ってすでに年中・年長児になっているのにも関わらず、音声言語が出てこなくて、コミュニケーションが成立しない子どもが少なくないことです。このようなケースの殆どは、医療機関から「手話を使わないで」と言われていることが多いです。そのためほとんどなんの言語がない状態で毎日を過ごすことになり、その間に、認知的な発達の遅れが生じていることです。象徴機能(何かを別のもので表わす機能。言語はその最たるもの)の働きがなければ考える力、知的な発達は当然遅れます。そして、遅れたまま2年、3年と時間が過ぎればどうなるでしょう? 時間がたてばたつほど遅れを取り返すための時間もさらに多くかかります。

では、どこでそれを判断すべきか? 何歳で装用したかということもありますが、4歳~4歳半くらいまでだろうと私は思います。概念形成が本格化するこの年齢を言語なしに過ごすと、象徴機能の遅れが顕著となり、5歳半~6歳くらいまでそのままいくと、例えばWISCの「言語理解」や「ワーキングメモリ」の課題ができないだけでなく、WISCⅣの知覚推理の「絵の概念」とか処理速度の「記号探し」などの課題やWISCⅢでの「絵画配列」といった課題も困難になることが多いです。カテゴリーとか分類とか系列化といった知的機能が発達しないのです。

 

○手術時期の早期化(低年齢化)と低聴力化

適応基準.jpgもうひとつ危惧するのは、手術年齢の早期化と低聴力化です。まず年齢の早期化ですが、添付ファイルの資料のように、小児への人工内耳適応は時代と共に低年齢化し、現在は「1歳以上」が基準となっています。また、手術をする際の前提条件として、6カ月以上補聴器をつけて装用域値が45dBより改善しない場合という但し書きもありますが、仮に生後5~6か月で補聴器を装用して半年後の1歳になった時、はたして確実な装用効果がその時点で検証できるのかという疑問です。1歳のお誕生日を迎えた頃はまだCORは正確さに欠け、結局、ABR(聴性脳幹反応)ASSR(聴性定常誘発反応)による数値や画像、BOA(聴性行動反応)などの他覚的な検査方法によって判断するしかないと思い CI実際の適応は?.jpgます。ABRの脳波は実際の聴力よりも10dB程度重く出ることが多く、また低音域の信頼性が低いので、その後の聴覚機能の発達等を考慮すると確実とは言えないでしょう。右の資料はある聾学校での聴力検査の結果です。確定診断時、ABR100dB以上と判断された子どものうち、その後COR等がかなり正確にできるようになった1歳半以降で90dB以上だった子どもが何人いるかと数えると、3分の2は違うのです。このことからも1歳時点での確実な聴力判断は非常に難しいことがわかります。実際、人工内耳を早くに片耳装用したが、もう片耳が60dB台 だったというケースもあります(外国では一側性難聴でも人工内耳をする例もありますが基本的に必要ないでしょう)。

次に、低聴力化ですが、現在「適応基準」では「90dB以上」となっていますが、平均聴力70dB台で人工内耳を勧められるケースが多くなっています。その理由の一つに「欧米では70dBが適応基準になっている」ということがあります。ではなぜ欧米では70dB  なのかと 70dBの子.jpgいうと、英語にしてもフランス語にしても無声子音が沢山使われる言語だからということがあります。無声子音は添付した図からもわかるように高音域の成分で音圧も小さいので聞き取れない。しかし、日本語の音韻は欧米系の言語とは違い、サ行もカ行もハ行も必ず子音+母音の構造になっていて、例えば「あさ(朝)・かさ(傘)・ささ(笹)」が「アア」としか聞き取れなくても、雨が降っている時に「きょうは天気悪いから(アア)があったほうがいいかも」と言われればそれは「傘」のことだと判断できるでしょう。子音部が聞き取れなくても文脈の中で判断できることが多い。そのような理由もあって、人工内耳が登場する前から、90dB以下の子どもは音声言語が獲得できるといわれてきましたし、実際そうでした。まして70dB 台の子どもは、問題なく補聴器を使って音声言語を獲得しました。今は補聴器の性能も向上しており、70dB 台で音声言語が獲得できないということは発達障害等の別の障害がない限りありません。つまり基本的に、平均聴力90dB 以下なら人工内耳をする必要はないということです。その意味において、日本耳鼻咽喉科学会の「小児人工内耳適応基準」は適切だと思います。

 

再度言いますが、私は人工内耳に反対しているのではありません。ただ、手術をすればもとには戻りません。うまくいって、きこえる子とほとんど違わないくらい発音が明瞭になった子もいますし、手話の覚えられない祖父母と会話できるようになったという子もいます。その一方で、手術自体がうまくいかなかった子もいます。シリコン・アレルギー反応が起きてインプラントが外部に突出し結局取り出した子もいれば、電流が流れると顔面マヒが生じ、使用を中止した子どももいます。しかし、補聴器に戻ることはできません。そういうときにどういう教育方法をとるのかも含めて人工内耳装用は、十分に考えて決断する必要があるのではないかと思います。医師からは「早くやったほうが効果があがる」と言われるかもしれません。そういう研究論文が多いのは確かです。音声だけでずっと行くのならそれも言えるでしょう。でも、早期から手話を使って言語と認知の発達を伸ばし(これについてはぜひ『子どもとママと担当者と35か月の軌跡』(出版案内TOPページ参照)をご覧ください)、3歳代で人工内耳という選択も十分に可能ですし、手話による言語発達・認知発達がしっかりとできていれば、それから人工内耳をしても決して遅くはないと思いますし、人工内耳を選択しなくとも言語としての日本語獲得は十分に可能なのです。

 

「小児人工内耳適応基準」(日本耳鼻咽喉科学会HP

http://www.jibika.or.jp/members/iinkaikara/artificial_inner_ear.html