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手話で言語(language)、概念、思考力等を育て、その後に人工内耳するメリット

 手話を用いると音声言語の習得が妨げられるとよく言われますが、発達早期から手話を用いることで母子コミュニケーションが早期から成立し、情緒的に安定した親子関係の形成、親の障害認識、手話による子どもの言語発達・概念形成が促される利点があることは、手話を早期から用いる聾学校などではよく知られています。また、聴覚活用も並行して行うことで人工内耳装用時期が多少遅くとも、音声言語の習得は十分に可能であることもよく知られています。

こうした事例は、先日出版された『手話で育つ豊かな世界』(全国早期支援研究協議会発行,2020,900円)に執筆している人工内耳装用児本人や保護者の手記からもわかりますが、今回は、音声併用の手話(口話併用手話)を用いて育ち、手話を習得した後に、4歳で人工内耳を装用した事例について掲載します。

 事例報告】

1.P児(5歳8ヶ月),普通幼稚園・年長組在籍

(1)難聴発見・診断   0:0  新生児聴覚スクリーニング  0:3  感音性難聴の診断

(2)聴力レベル    右100dB   左95dB 

(3)相談・補聴器装用開始  0:5 某公立ろう学校乳幼児教育相談    

(4)人工内耳手術   4:1(右のみ) 

(5)補聴レベル    右35dB (人工内耳)  45dB(補聴器) 

 

2.0~2歳児までの支援と成長の過程

P児の母親は、難聴発見と同時にNHK「みんなの手話」の番組を録画しながら手話を学び、早期から高度難聴児である本児に手話と音声で語りかけてきた。併せて、個別の相談や保護者対象のさまざまな学習会などに積極的に参加する中で、聴覚障害や聴覚障害をもつ子どものことを理解し、聴覚障害のある本児を肯定的に受けとめ、望ましい親子関係を確立してきた。また、1歳から2歳代にかけては、日々の生活の中での様々な体験を通して手話と同時に基礎的な日本語の力を育み、語彙の拡充、知識や思考の広がり、やりとりする力を豊かにしていった。こうした母親の関わりを通して、3歳までの時期に親子での手話や音声言語を使った伝え合う関係が確立した。

 

3.2歳児~現在までの支援と指導

3歳の就園時期を迎え、保護者は、P児を聴児の中で育てたいと地域の幼稚園に入園させた。同時に、P児は本校教育相談に月12回継続して通ってくることになり、担当も筆者となった。本校の3歳以降の教育相談は、幼稚園、保育園または発達障害児の通園施設に籍を置く幼児が、きこえやことば、コミュニケーションに関することについて、専門的な支援を受けるために通ってくる相談部門である。毎日の生活の中で、保育を通して聴覚障害児の教育を行うろう学校幼稚部と違い、月に12回程度の支援を通して、望ましい難聴児の成長発達を促していくためには、2歳児までの教育と同様に、家庭での教育力に依るところが大きくなる。言語やコミュニケーションの問題だけではなく、保護者の障害認識、本人の障害認識も育てていかなくてはならない。限られた時間の中で、下記のような保護者支援を行ってきた。

 

()P児の指導・保護者支援の目的

①親子間で成立しているコミュニケーション関係と手話言語力を土台として、豊かな日本語の力を育てる。

②保護者同士の話し合い(グループ)や保護者教室を通して適切な障害認識を育てる。


(2)P児の指導・保護者支援の内容

①日本語の獲得

a.年少の頃

・手話言語の指文字変換(親の積極的使用)  ・音声言語獲得(口声模倣の習慣化)

・生活の中での会話の題材について ・体験活動を通して扱いたい言語について

・絵日記を用いた体験の言語化 ・会話のふくらませ方 ・文字読みに向けて

・カレンダーワークの進め方 ・基本的な上位概念の獲得 ・数唱

・質問詞「どうして」「どんな」「いつ」 ・語彙の拡充 ・10以上の数の理解 

b.年中の頃

・動詞・形容詞・副詞等の語彙拡充 ・動詞の活用 ・助詞の使用

・「○」のつくことば・しりとり ・反対語の理解・表出 ・上位概念の拡充

510の合成・分解

 

②障害認識(全期を通して)

・難聴児同士のコミュニケーション

・インテグレーションの場での子どもの様子についての情報交換と問題の把握

・インテグレーションの場での専門家支援と在籍園児の保護者への理解啓発について

・軽・中度難聴者本人のきこえについての理解

・成人した難聴者本人の体験から学ぶ

 

 4P児の成長の過程(育児記録より抜粋) 

会話は、母は口話併用手話(日本語対応手話)による。P児は3歳代は主として手話中心で指文字や音声が補助だったが、4歳以降とくに人工内耳装用後は手話をつけたスピーチ(口話併用手話)が主になった。   

 

(1) 年少頃の会話   *は母による注

20××年4月 3:8   親子の会話①

「これ、何だ?」と訊いてきた。手話で「/これ/ //?」と訊くのではなく、口話だけで「ママー、こ

れ何だ?」と。幼稚園で覚えたのか私からなのかわからないが、初めてP児が言うのを聞いた。どう

やらふみきりらしい。ふみきりについて、P児に尋ねてみる。

M「どうして踏切ってあるの?」 P「電車が通る時渡らないため。渡ると、電車とぶつかってけがをするから、けがをしないようにふみきりがある。」と説明できた。

*この頃、「どうして」の質問詞に答えられるようになってきた。

 

手話で概念・思考・認知を育ててきた子どもたちは、3歳~4歳頃には「どうして?」という疑問詞に対して理由を説明したり、自分でも問うことができるようになる。聴児と同じレベルでLanguageという思考のための言語を獲得していることがわかる。これが手話を早期に用いる利点の一つである。

 

8  4:0   親子の会話②  夫の帰宅後、芸能人の覚せい剤について話していると...

P「悪い薬を吸って、警察に捕まった。」 M「息子さんいるんだよね。」 P10歳。ママとパパがいなくて寂しいと思う。警察の人に『悪い薬はダメ、いけません!』って言われているね。」

*過去の絵日記の中から、知っている名前、せみ、さかな、まぐろ等を見つけて読む。

*本を読む時に、文字を一文字ずつ指文字で表しながら読めるようになってきた。

9  4:1   人工内耳手術

*質問詞「どうして」「どんな」を自分から使うようになった。

*指文字の使用が盛んになってきた。

11月  4:4

*手話を併用したり、しなかったりといろいろであるが、3語文以上の音声言語での発話習慣ができてきた。 

50音は指文字と合わせてスラスラと読めるようになった。

20××年2月 4:7  親子の会話③  P発話のほとんどに音声言語が併用され始める。

母「もうすぐ春だねえ。春になるとどうなるの?」 

P「暖かくなるし~ちょうちょがくるし~さくらが 咲くよ」

母「Pはどうなるの?」 P「年中だよ。さくら組かな~さくら組なら2階だけど、うめ組なら1階だね。2階だとお着替えして1階に下りてぱんだ組のお友達や先生を見に来て、おはようと言うよ。ぱんだ組さんのお世話をするよ。うめ組なら階段がないからぱんだ組まですぐだね。どっちがいいかな~」

*絵日記を見ながら体験を話す時に、多語文での発話に助詞の誤りが少なくなった。

*絵日記の文字をスラスラ読み、それを手話で表現することを促すと、的確に表現できるようになった。

*「猿」「去る」が同じで意味が違うということに気づき始めている。同音異義語への興味が育ってきている。

*アンパンマンPCで全問正解すると、「P君おめでとう。頑張ったね!」とアンパンマンが言うのを聞いて「ママー!なんでP君のこと知ってるの?」と聞いてきた。

 

日本語への関心が育ち、音韻の意識が育ってきている。手話でスタートした子たちはこのようなメタ言語の意識も比較的早く育ち、頭の中に音韻やさまざまな記号、イメージなどを浮かべて頭の中で操作する力の育ちも早い。

 

(2)年中組の時期の会話

20××年4月 4:9  (術後8カ月) 

*話したいことがたくさんあり、早口の発話傾向になりがちで、身近な人でなければ、理解することが難しい発音の状態である。

しりとりができるようになってきた。

*「だって~だもん」「なんて~だ!」「もしかしたら~かもしれない」「~なんだって」「う~んとね」「~とかさ」「~しちゃうよ」の使用がみられた。

*「おトイレと音入れと同じだね。うわーびっくり!また同じことばを見つけた~」

6月  4:11 (術後10か月)

*「たぶんね~」「~じゃないかと思う」「~なの?」の使用がみられた。

*絵日記を見ながらの会話では、時々誤りはあるものの、助詞をほぼ的確に使いながら文での発話がよくできるようになった。

 9月   5:1   親子の会話④(術後1年0か月)

M「絵日記を見ようよ~」 P「やだー!」

M「せっかくいつも書いているんだから見てほしいなあ...」

P「いつもじゃないでしょー。たまにでしょー。嘘言わないで」

*「今は餃子は熱いから、おにぎりを食べ始めるよ。ママは餃子ができたら『おまたせしました』と言ってね。そしたら、Pが『まってました!』と言うから」

*「~しちゃったね~」「~しなくっちゃ」「~だぞー」「おっとっと」「~していたかった」

「ほらほら~」の使用がみられた。

*「内緒話をするよ。」無声音で「あす 聾学校へ 行くよ」と言った。

 

術後1年のこの頃、聴児が用いる音声での日常会話に用いる言い回しがだんだんと身についてきていることがわかる。

10月   5:3   親子の会話⑤

M「遠足はどうだった?」

P「そーゆーのは、昨日聞いてよ~今日聞かれても忘れてるよ。待ってて、思い出すから...

行きのバスは○君と△君、ぱんだ組は後ろ、ふじ組は前に座って~帰りのバスは□と◇といっしょだった。ぱんだ組は前だった。お弁当は、○○ちゃんが、『いっしょにたべよ』と言ってきて、次に△△ちゃんと□□ちゃんが来たよ。おいもはね、Pは少しだったけど、××先生から分けてもらったんだ...」

*基本的な形容詞、名詞の反対ことばは理解、表出できるようになった。

*小児科の医師の甲高い声真似をする「はい~痛くないからね。すぐ終わるからね~」

*「男の子は『~だぜ』とか、『~だぞ』って言うとカッコいいし、女の子は『~よね』と言うとかわいいよね~」と言った。

 

6 考察

(1)P児の手話言語獲得と日本語獲得

0歳児の早期から保護者が本校の支援を受け、きこえないわが子にしっかりと歩み寄り、手話を使い、コミュニケーションを図ることで、P児の概念形成・手話言語力は年齢相応に獲得されてきた。手話での語彙数が十分に獲得され、親子の伝え合いが豊かにできることは、P児の知識の拡がりや思考力が促されただけではなく、その後の日本語への渡りもスムーズであった。家庭での指文字使用はそう早くはなかったが、年少組になった時期以降、日本語を育てる観点から母親が指文字を生活の中で多用し、絵日記やメモ帳(コミュニケーションカード)を通して文字をたくさん見せて来たことで、P児の指文字習得・文字習得が順調に進み、音声と指文字を併用しながら文を流暢に読む力や助詞の習得へとつながった。また、絵本や絵日記の文を読んで手話に変換・表現できることから、文の内容の読解ができていることがわかる。

 

(2)手話言語獲得と人工内耳の活用(術後1年半・現在)

P児が人工内耳手術をしたのは4歳1か月の時であったが、それまでに補聴器を活用し、音声言語獲得を始めていたことからも、術前に十分に聴覚が活用され、人工内耳装用後の音声言語獲得もさらに順調に進んだといえる。また、概念形成が十分にできている手話言語を豊富に持ち、年齢相応の親子の会話がベースにあったことで、手話から音声言語への渡りがスムーズで、年齢相応の音声言語の語彙も習得できたと言える。

P児は親子の間では手話を音声言語に併用して会話をしているが、母親は、理解語や生活の中で繰り返される文については、音声言語だけで聞かせる単感覚アプローチも、適宜織り交ぜながら生活しており、手話から音声言語への渡りを丁寧に行ってきている。こうした関わりを通して、装用後、半年経った時点で聴覚だけで聞き取れる文も出てきた。術後1年半の現在では、音声言語だけでのことばかけをしっかりと聞き取り、応答も的確にできる様子も見られるようになってきており、手話を併用しつつ、聴覚も十分に活用していることがわかる。

また、P児の発音は、術後半年時点ではまだ発音の不明瞭さが見られ、慣れた相手でないとP児の音声言語だけの発話を理解するのは難しい状況が見られたが、術後1年半近く経った今は、発音の明瞭度が向上し、身近な人に限らず音声言語だけでも伝わる相手は広がってきている。家族は、P児の発話が理解できない時には、手話や指文字を使うことを促し、伝え合いを成立させている。音声言語での発話の流暢さが増すにつれて、P児にとっては、聴者との会話では、音声言語だけでのスピーチが楽でありそれが自然になりつつあるが、発音の明瞭度が上がるまでは、家族にとっては手話や指文字を併用することがコミュニケーションの成立のためには必須である。音声言語を話し、相手に伝わったと思っているP児に、「手話でもう一回」「指文字も使って」「文字で書くと?」などの働きかけをしていくことで、相手に伝えるためには、どのような話し方や工夫をすればよいのかをP児が自覚していくこともできると思われる。

 

(3)人工内耳と障害認識

母親は、きこえない子どもにとって手話が大切な言語であり、わが子とコミュニケーションをとるためには、手話が必要であることを認識している。人工内耳手術を選択してからも、人工内耳を装用したことで聞きとりが改善し、音声言語獲得がしやすくなったことは理解していながらも、それでも聴者とは違うことも同時によく理解している。騒音下での聞き取りの難しさや、人工内耳を外した時のきこえない状態など、人工内耳装用児のQOL(生活の質)や本人自身の障害認識の確立のために手話が不可欠であると感じている。こうした認識は、0歳児期から聾学校の教育相談に通い、手話を学び、さまざまな成人聴覚障害者と接する中で培ったものである。

こうした母親に育てられ、P児はろう学校でのグループ指導に来ると、手話と音声言語を併用して話す姿が見られる。また、聴覚障害の弟とは、音声言語を使わずに手話だけで会話している姿が見られることもある。聴者に対して、聴覚障害者に対してと、コミュニケーション手段をその場に応じて使い分けられる姿は、P児が適切な障害認識を育みつつある一面でもあり、また、手話・日本語バイリンガルとして育っている姿を示していると言えるのではないだろうか。


以上の事例から、まず発達早期より手話を用いることで認知・概念・思考等の力を聴児なみに獲得できること、また、その後の日本語の獲得(人工内耳装用による音声言語獲得、書記言語の獲得)も、順調に進むことが保護者の手記からわかります。これから人工内耳を考えておられる保護者の方々の参考になれば幸いです。

 

 

┃難聴児支援教材研究会
 代表 木島照夫

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