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「きこえないことは悲しいことではない」と知ったろう学校乳幼児相談~ある保護者の手記から

今回はきこえない子をもつある保護者の手記を紹介したいと思います。この方は現在、1歳になる難聴児のママ。産後の新スクで「リファー」を告げられ、ショックと悲しみの中でどのように子どもと関わってよいかわからず、不安の中を過ごします。そして、3か月の時、保健師さんより聾学校乳幼児相談を紹介され、Pろう学校乳幼児相談を訪れました。

初めて聾学校を訪れた時、手話を使って楽しく遊んでいる幼児たちをみて、ここに通えばわが子の未来も明るいものになるだろうと直感します。乳幼児相談に通い学ぶ中で、次第にどもとの関わり方や障害に対する見方が変わっていきます。以下、これまで子どもとの関わりの中で大切にしてこられたことは、きっと、0歳から1歳頃の難聴のお子さんをお持ちの方にも参考になるのではないかと思いますので紹介致します。

                        

 「M2019月○日に誕生しました新生児聴覚スクリーニング検査にてリファーという結果を受け、Mは音のない暗闇にいるのだろうかと思い、とても悲しく不安になりました。私はショックもあり、「リファーという結果を母子手帳に記入しますか。」という助産師さんの申し出を断ってしまいました。その後難聴だとわかりましたが、結果を受け止めたつもりでいても、聴こえないということの知識も理解もなく過ごしていました。

 Mを4月から保育園に預けて復職するために地域の保健師さんに相談した時、Pろう学校を紹介されました。

 生後3か月になる直前、初めてろう学校を訪れました。その時印象に残ったことは2つあります。1つ目は、「聴こえない人は目の人」という言葉です。視覚で情報を確実に得られるようにしようということでした。

 2つ目は、幼稚部の子ども達が友達と園庭で遊ぶ様子を見たとき、みんなが手話を使って会話をしていて、必ず子ども同士が顔を見て話し合っている姿が印象的でした。何より、みんなが楽しく過ごす様子を見、Mの未来も明るいものになると感じました。その後育休を延長すると決め、Mと私はPろう学校ひよこ組に通い始めました。

 

子どもとのコミュニケーションで大事にしたこと

 ①目を見て、顔を見て話しをするようにと教えてもらった事を大切にしました

 Mがおもちゃや好きなものを見ていて視線が合わない事もたくさんありましたが、そんな時はMの顔を見て待っていると目線が合う瞬間がありました。視線が合った短い時間で手話や写真カードでコミュニケーションをとりました。今までの自分は子どもが振り向くまで待てなかったので、ずいぶん辛抱強く待てるようになったと感じます。

 Mは1歳を過ぎてから、何か伝えたい事や知りたい事がある時に私の顔を見るようになりました待っていると子どもの方からコミュニケーションを取ろうとアクションが起きることを実感しました。目を見る、顔を見る事、待つ事の重要性がわかりました。

 

写真カードを作り、一緒に話しをすることです

 ろう学校の先生やお友達、通学で使うバスや電車のカードから始まり、公園、スーパーなどの身近な場所やMが興味を示した葉っぱや働く車など、色々なカードを作りました

5,6ヶ月の頃は、カードをじっと見ているようでも「本当に伝わっているのだろうか。」と疑心暗鬼になっていました。それでもろう学校へ行く時には学校、バス、先生、お友達のカードを繰り返し見せました。M成長とともにろう学校の写真カードを見せると学校、先生、お友達の手話をして楽しみにするようになりました

 また、1歳を過ぎると「病院へ行くよ」等と話すと、Mは自分から病院の写真カードを持ってきて私に見せてマッチングをするようになり、こんな風に写真カードは使えるんだと初めて理解しました。写真カードを見ながら、今ここにいない先生やお友達のことを話したり、前に行った公園や葉っぱの話しをしたりすることができ、親子のコミュニケーションが豊かになりました。写真カードは情報を現在過去未来とつなぐことができる素晴らしい物だと感じ、大切にしています

 

子どもとの生活習慣で大事にしたこと 

 毎日することを丁寧に、見せながらやることです。まだ仰向けやうつ伏せの時期は、子どもの活動量も少ないので毎日のルーティンを決めて繰り返しました。先生や先輩お母さん方から教えてもらったことを生活に取り入れました

 毎朝目覚めたら「おはよう」の手話をする、窓の外を見て一緒に天気を確認する、おむつを見せてからおむつ交換をする、Mを抱っこして汚いおむつをゴミ箱に一緒に捨てに行く、おっぱいを飲む時は「おっぱい飲む?」と手話をつけてからあげました。

 また、服を自分で選んでいるお子さんの話を聞き、まだ仰向けで寝ている時期だったけれどもやってみました。ピンク色の服と紺色の服を顔の前で見せ「どっちにする?」と聞くと、Mは視線を左右に動かしてじっと服を見て、紺色の服に視線が止まったので紺色を選んだのだと思いました。何日繰り返しても毎回紺色の服を選ぶので、何でだろうと思い、服を見るとオレンジ色のクマのアップリケがあり、スナップボタンも赤黄青とカラフルだったことに気付きました。まだ指差しもできない頃だったけれど、Mが何を見ているのか、何に興味を持っているのかがわかりました。視線だけでMの意思がわかり、コミュニケーションが取れるということに驚きと喜びを感じました

 1歳7か月になった現在は、Mは朝起きると「着替え」の手話をしてクローゼットへ行き、服が掛かっているハンガーを色々見てから自分の好きなトレーナーやTシャツを引っ張って選んでいます。時には選べない日もあるけれど、こうした生活習慣が身についたことは、まだ仰向けで寝ていた頃から服を選ぶことを続けてきたからだと今思います。

服を選ぶ以外にも、天気の確認、おむつ捨て、おっぱいを飲むなどの習慣も今振り返ると赤ちゃんの時にしてきたことが現在にも続いているのだと気付き、継続は大切だと改めて実感しました

 

私が努力してきたこと

 ①学校の活動と家庭を繋げる

 ろう学校で教えて頂いたことの中で、ろう学校と普段の生活がひと続きになるようにいう言葉が印象的でした。できるだけ学校で体験した事、遊んだ事を家でも再現して学校と家庭が繋がるように心がけました

 学校でやっている体操、メリーゴーランドやぞうきんが好きなので家でもやる、風船に空気を入れて飛ばしてはしゃいだら、家でも再現する、学校の階段の高いところからジャンプして遊んで興奮した後は公園の段差からジャンプ遊びをする、どんぐりを見せてもらって興味を持ったようなら公園にどんぐり拾いに行くなど、Mが興味を持って楽しんだことは忘れないうちに繰り返し再現して、確かな体験にしました。

そして気に入った遊びは、何度も繰り返して遊び、楽しみました。

私としても学校でやったよね、というきっかけがあると遊びや体験に入りやすかったです。

 

子どもの自主性を大事にする

 Mが興味を持って始めたことについて、時間があるときは本人の気が済むまでやらせる、私はそれをひたすら見守りました。

Mが家と自転車の鍵に興味を持った時は、鍵を開閉する真似を何度も繰り返していました。今までの私なら大人の都合で切り上げて止めさせていたと思います。しかし、子どもが興味を持っていることには付き合おうと心に決めてひたすら見守ると、20分くらいして自分から終わりにしていました。

 他にも、パン屋さんで買い物をしたら、Mは自分で買い物袋を持って歩きたいという

意思を強く示したので、安全な場所で買い物袋を持たせて歩かせると大人と同じことができたという満足感があり納得していました。どものやりたい気持ちを大切にすると子ども自身にも「できた」という達成感や喜びがあるのだと気付きました。

また、親としてもMが今、何に興味を持っているのかを知るきっかけになりました。

 

私の変化

 ある日、Mが「Mのお耳が聴こえないのはかわいそう、お耳が治ってほしい。」と悲しそうに私に言いました。それを聞いて私も胸が痛くなりました。このことを担当の先生に相談すると、「お母さん自身がお姉ちゃんと同じような気持ちでいるのでは?」と指摘を受けました。確かに聴こえないことで将来苦労するのではないか、社会で生きていけるのかが不安で仕方なかったと思います。

 その後、コロナによる一斉休校があり、子ども達と家で一緒に過ごす時間が増えました。お昼にも一緒にNHKんなの手話を見るようになり、手を動かしたり、ろう文化やろう者、聴者という言葉も覚えました。の後学校が再開され、お姉ちゃん、お兄ちゃんと一緒にろう学校の個別相談に行きました。

 手話という違う言葉を使う世界なので、最初は緊張して不安もあったようです。しかし、実際に幼稚部のお友達とお話しをしたり、学校を見学したり、Mと一緒にひよこのお部屋で遊んだりすることを通して、お姉ちゃんお兄ちゃん二人ともが「Mの学校は楽しい場所だね。いい学校に通っているね。好きになった。と話してくれました。

 また、お兄ちゃんはこの4月から1年生になるので、「僕は聴者の学校へ行くよMはろう者の学校だね。」と話していました。今も家族みんなでテレビ『みんなの手話』を見たり、子ども達も少しずつですが手話でMに話したりしてくれます。子どもたちの姿を見て、夫も少しずつ手話や写真カードを使ってMと話をしたり、自分もろう学校へ行ってみようという気持ちになったようです。

 私を含めて家族みんなが、聴こえないことは悲しいことではない、Mはそのままで良いと思えるようになりました。そして、聴こえない人達も私たちと同じように学校へ通い、仕事をして生活していることを身近なこととして家族みんなが知りました。

 私がPろう学校に通うことを通して、聴こえないことについての知識や情報を知り、先生方や他のお母さんとお子さん達から丁寧なコミュニケーションや丁寧に生活することを学び、Mの育児に対する不安が安心に変わりました

その事が、今明るい気持ちでMとともに生活できることに繋がっていると思います。

あれから一度もはMのお耳が聴こえないのはかわいそうと言わなくなりました。私の気持ちが変わったことでお姉ちゃんの気持ちも変化したのでしょう。

 Mの1歳のお誕生日頃、母子手帳に成長の記録を付けるとともに新生児スクリーニング検査の結果欄に自分でリファーの記録をつけました。Mは大丈夫、その気持ちになれたことが私と家族の変化です。これからもっとMとたくさんお話できるように手話を勉強し、わかりやすく様々なことを伝える努力をしていきたいです。」


 以上です。医療機関もいろいろなら支援機関もいろいろです。きこえないことを「障害」=マイナスとしてできるだけなくす方向で考えるのも一つの考え方ですが、きこえないことを「多様性」のひとつとして受けとめるのもひとつの考え方です。どちらを選ぶのも自由です。それはそれぞれの保護者の選択にまかせられていますが、もし子ども本人がどちらを選んでもいいよ、と言われたらどちらを選ぶのだろう?などとときどき考えることがあります。

┃難聴児支援教材研究会
 代表 木島照夫

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