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自己肯定感をもった子に育てたい

きこえるきこえないにかかわらず人生を生きていく上でとても大切なものが「自己肯定感」です。自己肯定感とは、文字どおり「自己を肯定する感覚・感情」。「自分は価値ある存在だ」「自分は愛されている」「自分はOKだ」と、自分を大切に思え、自分に自信をもてる感情のことです。

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こういう自己肯定感をしっかりもてる子どもは、たとえ何かに失敗しても「大丈夫、がんばろう!」と前を向けます。心の根っこのところで人生いいもんだと自分で思えているからです。こういう子どは自分の力を発揮しやすいし発揮できます。

反対に自己肯定感の低い子どもは「どうせ自分はダメだ。どうがんばっても無理だ」とあきらめてしまいます。同じことに直面しても自己肯定感が持てるか持てないかで、自分の人生への向き合い方が大きく変わってしまうのです。

 

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このような自己肯定感は、「非認知的能力」の最も根底にあるものだと言われています。非認知能力とは耳慣れないことばですが、最近、日本でも注目されるようになり、文科省のホームページなどでも時々目にします。なかなか一言では言い表せないのですが、私たちがもっているさまざまな能力のなかで、これまでIQとか学力などといった数値化できる能力(これを「認知能力」と言います)が重視されてきましたが、それに対して数値化はできないけれど人生に大きくかかわる能力としてその大切さが言われるようになりました。

例えば、目標に向かって頑張る力、集中して物事に取り組める力、失敗しても立ち直れる力、自分の感情や行動を上手にコントロールできる力、他人への適切な配慮ができる力、他人と協調できる社会性などです。

こうした能力は、自分を肯定し、自分に自信をもち、失敗しても前向きになれる自己肯定感あってよく伸びていくものです。なぜなら、自己肯定感をもっているということはあらゆることにポジティブに向かえるということですから、結果としてこのような力も育つのです。

 

〇きこえない子の自己肯定感は?

では、きこえない子どもたちもこのような自己肯定感をしっかりもって育つことができるのでしょうか? 私はきこえない人たちを30年間みてきて、きこえない子の自己肯定感を育てることはとても難しいことだと思ってきました。というのは、次のような人に出会うことがとても多かったからです。以下に当時出会った聴覚障害大学生たちの中から実際にあった例を紹介します。

 Aさんは日本に人工内耳が導入され、小児では最初の頃に人工内耳を装用しました。聴力100dBを超える高度難聴の彼は小学生になった頃、ある大学病院で人工内耳を埋め込みましたが、しかし実はほとんど使えるようになりませんでした。音としてはきこえるけれど言葉として聞き取れるようにならなかったのです。それでもAさんは、「自分がきこえるようになった」と周りに言っていました。Aさんとしては、当時まだ保険が使えず、400万円もの大金を使って手術をうけさせてくれた親に対して、とても「使えていない」とは言えなかったということもあったようです。ですから学校での作文にも「自分は人工内耳をしてきこえるようになった」と書いたりしていました。しかし、実際は友達の言うことは口パクの状態でわからなくても適当に相槌をうって笑ってごまかすことが多かったのです。それでも低学年の頃はからだを動かして遊ぶことが多かったのでまだよかったのですが、高学年になってだんだんと友達同士でのおしゃべりが多くなるにつれ、友達と話すことが苦痛になってきました。しかし、自分が障害者と思われたくないために勉強だけはがんばりました。勉強でクラスの上位にいることだけが、きこえる友達と対等になれる唯一の方法だと思っていたからです。こうして中学・高校を過ごし、Aさんは聴覚障害者のための大学に入学しました。そこは聴覚障害をもった人たちが集まってくる大学で、口話が中心の難聴の学生もいればほとんど口話ができない聾の学生もいました。しかし、自分は普通高校から来たのだという優越感と人工内耳をしてきこえて話せるようになったのだというプライドがあったので、口話中心に生活し、聾の学生と話すときにだけ「手話を使って会話する」程度でした。しかし、あることで数人で議論になったときに、聾の学生から彼の言うことが全くテーマと噛み合っていないことを指摘され、「人工内耳をしていてほんとにきちんと話が理解できているの?」と言われたことで大きなショックを受け、学校に行けなくなってしまいました。今まで一生懸命がんばってきたことが一気に崩れ、これまで隠し通してきたことが友人たちにわかってしまい、その恥ずかしさと自己嫌悪でとても外に出る気がしなくなってしまったのです。そして、何日も一人で悩み、とうとう彼はもうこれ以上ごまかしきれないと人工内耳を外し、手話で生きていくと自分で決めたのでした。Aさんはその後、改めて手話を身につけ、教職の勉強をして教職免許をとり、聾学校の教員になりました。今は、手話メインで生活しています。

 

〇自己肯定感は取り戻せるか?

 

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Aさんのような人は決して少なくありません。ファイルの事例1の難聴男子も本当の自分を否定して周りの聴者に合わせようと努力してきた人です。この人もAさんと同じように自己肯定感の低い生き方をしてきました。また、事例2の聾学校高等部出身の女子も、手話を使う人でありながらそのことに引け目を感じて生きてきました。

では、自己肯定感は大人になると、もうもつことができないのでしょうか? いいえ、そんなことはありません。彼らに共通するのは自分の障害つまりきこえないという事実をマイナスのこと、恥ずかしいことと必死に否定し、隠し、聴者のようにふるまっていました。しかし、どこまでいってもきこえない人はきこえる人と同じになることはできません。その事実を受け入れたとき、変わることができます。そのためにはやはり、自分は自分のままでいいんだ、と思って前向きに生きている人との出会いが大事です。自分と同じ「仲間」と出会うことです。そのことによってきこえない自分としてのアイデンテイィティ(自己同一性)を取り戻し、自分はきこえない、きこえなくてもそれは決して恥ずかしいことではない、という気持ちを取り戻すことです。聾であることに自信と誇りをもって生きている人と出会うことです。例えば『手話で育つ豊かな世界』にも書いている社会人の早瀬憲太郎さん(映画監督)、森せい子さん(精神保健福祉士)、小林萌子さん(乳幼児相談相談員)、その他この本に書いているような社会人・大学生と出会い、彼らとの交流を通して「きこえない自分としての生き方」を見つけることでしょう。そしてそこでは、手話というきこえない人たちの言語とも出会うと思います。手話こそ緊張せず、きこえない自分にも100%わかり、安心できる言語であることがわかるでしょう。そのとき、自分はきこえない自分のままでいいんだ、という自己肯定感を回復させることができると思います。

 

〇赤ちゃんのときから自己肯定感を育てたい

 では、赤ちゃんのときからきこえない子の自己肯定感を育てるにはどうすればよいでしょう?自己肯定感は、勝手に赤ちゃんが自分で努力してつくりあげていくわけではありません。当然、まわりの人間関係とくにご両親、お母さんとの関わりの中で、お母さんが赤ちゃんを「そのままでいいだよ」という笑顔とまなざしを向けるとき、その優しいまなざしを受けとめて「自分は周りの人たちに愛されている」「自分はこのままでOKなんだ」と思うようになっていきます。ですから保護者が「きこえないことはだめなこと」「聴覚

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障害はマイナス」という価値観から抜け出すことは、とても大事です。とはいっても、新スクや確定診断の時に感じられた聴覚障害に対する不安、恐怖、嫌悪、忌避といったマイナスの感情はなかなか払拭できるものではありません。では、どうすればよいのでしょうか? ここでもやはり自己肯定感をもったきこえない人と出会うことだと思います。

 きこえない人と出会うことで、きこえないという障害は不便なことはあるけれど不幸なことではないこと、社会の中で自立して生きていることを知ることで我が子の将来に安心感をもたらすこと、明るく冗談が好きでデフジョークを連発する手話の先生(聾者)は私たち聴者とちっともかわらないこと、そんな出会いの中で、暗いイメージをもっていた「聴覚障害」という障害のマイナスイメージが払しょくされていきます。ある人はそれを次のようなことばで語ってくれました。

 

「はじめは『きこえる人に近づけることが大事』と思い、それができないと苦しかったけれど、聾の人との関わりの中で、きこえないということはどういうことなのかが理解できるようになりました。それから子どもの見方、子どもとの関り方が変わりました。」 

 

〇笑顔こそ子どもの自己肯定感を育む栄養素

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こうして子育てのスタートラインに立てた親御さんは、子どもと笑顔で関われるようになっていきます。笑顔、これが子どもと関わるうえでいちばん大事なことです。振り返ったとき、いつでもママが笑顔でいてくれる安心感。その安心感の中で子どもは自分はこれでいいんだ、という自己肯定感を育んでいきます。

そしてもう一つ大事なものは手話です。手話は100%わかる言語です。音声言語のように常に「これで合っているかな?」という曖昧さや推測の要らない安心できる言語です。確実にわかることは記憶も可能です。つまり経験したことが確実に知識として概念として身につけることができます。ですから言語発達はきこえる子の音声言語と同じように発達していきます。1歳で初語が出て、「語彙の爆発」期を経て、2歳で数百の語彙を獲得し、3歳では1千語の語彙を獲得します。3歳になると「もし~」という仮定表現、「なぜ?」という理由を問う表現や、「~だから」という原因の説明などもできるようになっていきます。そして指文字や文字を通して日本語も獲得していきます。

 

〇自己肯定感をもった子どもたちはその後どう伸びていくか?

 はじめにも述べましたが、目標に向かって頑張る力、集中して物事に取り組める力、失敗しても立ち直れる力などの「非認知能力」は数値では計れません。ですのでその成長ぶりは数値で紹介することはできません(これについてはぜひ『手話で育つ豊かな世界』の大学生・高校生・中学生の手記をご覧いただき、その中から読み取っていただけると思います)。

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では、「認知能力」はどうでしょうか? これについては、その中の日本語力としてふたつの尺度を用いてみてみたいと思います。 このグラフは、ある聾学校で、乳幼児教育相談→幼稚部→小学部と聾学校で育っていった29人の子どもたち(2019年)の小学部での年1回行われるリーディングテス(読書力テスト)トの結果です。この聾学校には幼稚部の頃に、あるいは小学部になってから聾学校外から転入してくる子どもたちが沢山いますが、ここでは乳幼児相談を1年以上経験し、そのまま幼稚部で3年間過ごし、さらに小学部に進んだ子だけを対象としてます。

リーディングテストというのは、語彙力・文法力・読解力など読みの力を調べるテストで、半世紀にわたって使用されてきたテストです。その結果を読書学年であらわし、およそ10年ごとに見ていきますと、1970年代から2010年代までは、高学年になっても児童の平均読書学年は4年生以上にならないことがわかります。この現象が「9歳の壁」と呼ばれる現象で、読み書きの力が4年生のレベルを越えられないのです。およそ10年ごとにみていますが、どの年代をみても壁が越えられていません。しかし、この29名の児童は高学年になってもそのまま学年以上の読書学年を保っています。つまり「9歳の壁」を越えている子が多いことがわかります。「認知能力」という面でもちゃんと伸びているのです。もちろん、認知能力は自己肯定感があればだれでもつくわけではありません。日本語力がつくかどうかは、幼児期に学校や家庭でどんなことに取り組んだのかも大きな要因です。また、それをどのように取り組んだのかはさらに重要です。同じことをやっても親子で楽しみながらやったのか、親にいやいややらされたのかは子どもに身に付く力は違ってきます。前者の子どもは「もっともっと」とやりたがるでしょう。脳で分泌されるドーパミンも多いでしょう。結果的にいろいろな力がしっかりと身に付く。ついた日本語力はその積み重ねの結果です。

〇楽しい家庭でこそどもは伸びる

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右の研究は以前お茶の水女子大におられた内田伸子先生らのものですが、親子関係の持ち方を調査して、大きく分けて二つに分けられた。それらの子どもを追跡調査して小学校1年生の時に読み書きの力との関連を見たら、「共有型」の子どものほうがよい成績をとっていた。つまり、楽しい家庭・楽しい親子関係のほうが語彙力なども高いという結果。これは当然の結果と思います。前者の家庭の親子関係の中では自己肯定感が育ちます。後者はその逆。自己肯定感が土台になっ

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て、その上に楽しい活動があって、その結果として読み書きの力つまり認知能力もついたということでしょう。 こうした研究結果からも自己肯定感の大切さが理解できると思います。                   



〇どんな人に育ってほしいか?~親の願いは・・

きこえない子の保護者の方に「どのような人に育ってほしいですか?」というアンケート調査をしたことがあります。最も多いのは以下のような回答でした。

① 他人に思いやるのある優しい子

② つらいことがあっても負けないでがんばれる子

誰かがつらい思い、悲しい思いをしているとき、優しい思いやりのある気持ちで接することができる人。つらい時でも未来に向かってがんばれる人。実はこれこそまさに自己肯定感をもった子どもの姿です。自分を肯定できるから他人をも認め、他人に優しくすることができますし、自分を肯定しているからこそ苦しい時にも後ろ向きにならないで未来に向かって努力できるからです。つまり、表現は違っても親の思いは、自己肯定感をもった子どもに育てることなのだと思いました。

このような子どもに育ち、そして一緒に生活やあそびを楽しみ、本を読み、子どもに合わせて丁寧にかかわっていくとき、子どもの非認知能力も認知能力もその結果としてついてくる、ということなのだと思います。

【参考】「・・幼児期におけるいわゆる非認知的能力を育むことの重要性の指摘等を踏まえ、身近な大人との深い信頼関係に基づく関わりや安定した情緒の下で、例えば、親しみや思いやりを持って様々な人と接したり、自分の気持ちを調整したり、くじけずに自分でやり抜くようにしたり、前向きな見通しを持ったり、幼児が自分のよさや特徴に気付き、自信を持って行動したりするようにする。・・・学習プロセス等の重要性を踏まえ、具体的な活動の中で、比べる、関連付ける、総合するといった、思考の過程を示すなど、思考力の芽生えを育むようにする。・・・」(文科省HP>中央教育審議会>幼児教育部会資料)

                                                                                                                                                                                                                                     

┃難聴児支援教材研究会
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