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教科書を読むための文法の大切さ~「大きなかぶ」から

 小1のどの国語の教科書にも出てくる単元に「大きなかぶ」というのがあります。有名なロシア民話で、園や学校でよく劇化したりしますからほとんどの方はご存じと思います。右頁は、おじいさんとおばあさんと孫の3人で、かぶを引っぱっている場面です。では、この単元の読みにどう文法は関わっているのでしょうか?

 

変化を表す「~た」(完了・過去形)

 この単元は、登場人物が増えていくごとに8つの段落に別れるのですが、その第3段落が右頁、第4段落が右頁終わりから左頁にかけてです。スペースの関係で単元の全文を書けないのですが、読んでいて気づくことは、各段落の最初の文が必ず「~をよんできました」という、いわゆる「過去形」になっていて、そのあとの文は「ひっぱって」という動詞「~て形」がいくつか繋がった、いわゆる「現在形」の文になっていることです。これは文法的にはどういう意味を持つのでしょうか? 大きなかぶ.jpg

 各段落最初の文()の「~た」という動詞は、過去を表しているのではありません。動作や状態の変化や完了を表わすときに使う「~た」です。ですから、第4段落で言えば、「おばあさんは、まごを よんできました」という文によって、おじいさんとおばあさんだけではかぶを抜くことができなかった前の場面から変わって、新たな場面になったのだということ強く印象づける文になっています。私たちは理屈ではなく文法を自然習得しているので、無意識のうちにこうしたことを理解し頭の中で映像化していますが、文法的に説明するなら「過去形」はこのような場面転換に使われることがあります。(このような使われ方は、2年上国語「ふきのとう」にもみられます)。

 

 躍動感が出る「~て」(継続・進行形)

 その次の文はどうでしょう?第4段落②では「かぶをおじいさんがひっぱって、おじいさんをおばあさんがひっぱって、おばあさんをまごがひっぱって、「うんとこしょ、どっこいしょ。」となっています。

 「~て、~て」という「動詞+接続助詞て」を使って文をどんどんつなぐことによって、一連の動きが、一つのつながりになっていることを示す文になっています。

もし、この文が「かぶを おじいさんが ひっぱりました。おじいさんを おばあさんが ひっぱりました。おばあさんを まごがひっぱりました。」となっていたら、動作が一つ一つそこで終わって切れてしまい、一つ一つの行動をやり終えていく感じになり、全体としてつながってまとまって動いているという全体での躍動感が失われてしまいます。ですから、ここは「~て~て」とつなげて一気に読むところなのです。このように、動詞の「~て」形は、動作・行動の連続や継続の意味を表します。ですから、私たちの頭の中には、三人がひとつながりになって一緒にかぶを引っ張っている、それをまさに今そこに見ているといういきいきとした映像が浮かぶわけです。

 

余韻を残す「~ません」(現在形)

そして、文の最後の「うんとこしょ、どっこいしょ。」 これも意図的に省略がされています。例えば、「『うんとこしょ、どっこいしょ』と言いました。」とでも言いたいところですが、それでは客観的描写すぎて間が抜けた文になってしまいます。「うんとこしょ、どっこいしょ」で切って、間をおいて「やっぱり、かぶは 抜けません」と、「~ません」という現在形につなげることで、抜けないという状態が変化なく持続しているということを表現しているわけです。ですから、最後のところは少しゆっくり読んで、こんなにがんばったのに「やっぱり抜けなかった」という登場人物の心情に寄り添い、余韻を楽しむ部分です。また「やはり」ではなく「やっぱり」という語を使っているのも、その状態を強調しており、一つ一つの文が工夫の施された訳文になっています。

このように、文法は、作品を深く味わうために欠かせないものなのですが、日本語のさらに基本的な文法や語彙が未習得なきこえない子どもたちに、ここまで作品を深く読み取らせることは極めて困難なことです。「準ずる教育」だからといって徒に作品の鑑賞を言う前に、知っておかなければならない基本的な文法事項があるのです。それは、この単元でいえば、助詞「が」と「を」の用法といった、きこえる子であれば当たり前に知っている文法が理解できていないということです。それについて考えてみます。

 

基礎的・基本的な文法の指導が必要

この単元では、「かぶを おじいさんが ひっぱって、おじいさんを おばあさんが ひっぱって、・・・」の助詞「が」と「を」の使い方を学ぶことです。もし、この文で、「が」と「を」が逆になったら、全く意味がおかしな文になってしまいます。 大きなかぶ2.jpg「かぶが おじいさんを ひっぱって、おじいさんが おばあさんを ひっぱって、・・」。ところが多くの子が、おそらく半分くらいあるいはそれ以上の子たちは、「が」と「を」が逆になっていたとしても気づきません。助詞の意味・用法がわからないからです。わからなくてもそのまま「わかったかのように」進んでしまうのは、教師自身が、「子どもが助詞『が』『を』を理解していない」ことを知らないからです。子どもは挿絵を手掛かりに場面を理解できますし、作品を劇化したりして楽しむこともできるので、ここで助詞の指導をすることはまずありません。

しかし、たとえここで助詞の指導をしなかったとしても、子どもたちが助詞の使い方を理解していないことに対しては、どこかで助詞を指導することが必要です。意図的にとりあげて指導をしないかぎり、決して、子どもは助詞を「自然に」わかるようにはなりません。そして、助詞がわからないかぎり、どのような文も正しく読んだり書いたりはできません。「おじいさんを おばあさんが ひっぱって」なのか、「おじいさんが おばあさんを ひっぱって」なのか、その違いは、天地の差ほどあるのです。それをどのように指導するのか、それが日本語文法指導です。 (⇒本HP「日本語チャレンジ」「助詞の指導」「助詞テスト」等参照)