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大学生たちは聾学校をどう見たか?

 ある聾学校に大学生を引率して見学に行きました。見学した学生の中に特別支援教育について学ぶのも聾学校を見学するのも初めて、という学生が二人いました。彼らは聾学校・聴覚障害教育をどう見たのか、聾学校見学の感想を紹介してみます。

 

〇聾学校を見学して 

「まず驚いたのは、私が思っていたよりも口話でのやり取りが多かったことである。これは集団補聴システムが各教室に設置されていることも大きいといえるが、多くの子どもが手話を用いながら自分の話し言葉で表現していた。

どの授業でも自分の考えを表現することが重視されていたと思う。国語の授業では教師の問いかけに対して、一人ひとりが声に出して答えていた。普通学校であれば「どれだと思うか?」と挙手で意思表示させるような場面でも、ろう学校ではたとえ前の人と同じ考えであっても、再度自分自身で説明をしていた。「私は~だと思います。なぜなら・・・だからです。」と発言の仕方も教師が指示していたため、互いの考えが伝わりやすいと思った。そして、聞く側への指導も徹底されていた。話す側は全員に対して話し、聞く側は話してる人の方を向く、という姿勢が大事にされており、ろう学校ではこうして授業での共通理解を図っているのだと学んだ。聴覚に障害を持つといっても、やはり子どもは多様である。滑らかに話せる子どももいれば手話で考えを伝えようとしている子どももおり、少人数学級とはいっても個別の対応が大切であると感じた。

音楽の授業では、教師が指文字を用いたり次に音を出す人の方に大きい動作で示したりして各個人に指示を出している様子が見られた。教育では個別指導も集団指導もやはり重要である。 教室のカレンダー.jpg

教室内には授業で用いた語彙カードや写真がたくさん掲示されており、視覚的に言葉が入ってくるような環境が整えられていた。観察カードには「目で見て分かったこと」には目のマーク、「触って分かったこと」には手のマークが描かれていて書くべきことがわかるようになっていた。教室内で特に印象的だったのはカレンダーである。月表示のものは「今週」「来週」「今日は一か月の中でもどのあたりか」ということがわかるようになっており、日めくりのものでは「昨日が何日」「今日は何日」「明日は何日」ということを示しているというように、何種類ものカレンダーがそれぞれ意味を持っており、目には見えない時間の流れが視覚的に感じ取れるようになっていた。視覚教材はただ提示すればよいのではなく、工夫を加えて効果的に用いることが大切だと感じた。・・・」(教育学部小学校社会専攻)

 

「学校見学では、本当に多くの子供が障害の有無に関わらず活き活きと生活する様子が見られた。先生方に加え、保護者や地域の方々が子供に寄り添うことでのびのびと学べる環境が作られていると感じた。加えて乳幼児相談や、実際に聴覚障害のある方が行う保護者への講習会など児童だけでなくその家族全体を支援する取り組みも大きな特色だと感じた。このようにろう学校では子供を支える多くの工夫があった。また、特に学習面においてはより専門的な知識に基づいた指導が行われていると感じた。いくつかの教室や授業を見学しているうちに、このろう学校では、「日本語の獲得」「聴覚障害に対する自己理解」の二点に力を入れていると感じた。

  教室環境.jpgまず「日本語の獲得」のために、できるだけ多くの言葉に触れる機会が設けてあると感じた。どの教室にも作文や習った言葉のカードなどが、特に「助詞」に意識が向けられるように展示してあった。読書コーナーも設置され子供の興味を引きそうな本が多く置いてあった。手話で獲得した概念を文字に起こしさらにそれを何回も見ることでより確立した日本語を学習していくと感じた。加えて、中~高学年に上がるにつれて文法の概念もより詳しく取り入れていると感じた。より確実に読み書きの力を高めるために、文法を意図的に学習していると感じた。例えば6年生の国語の時間では固有名詞とは何か?活用とは?といった概念を健聴の子供たちに比べてより丁寧かつ実践的に学習していると感じた。また実際に発音指導の様子を見ることができ、とても良い機会になった。発音指導は大きな鏡の前で先生と一対一で行われていた。指文字や手話を使いながら子どものペースに合わせ、できたところにはシールを貼り目に見える評価を行うなどモチベーションが続くような取り組みが多く見られた。以上のように確実な日本語を獲得するための様々な工夫が施されていると感じた。

 次に、ろう学校では自分自身の聴覚障害について考える機会が多く設けられていると感じた。例えば展示物の中には聴覚に関するものが多く見られた。スピーチバナナや聴覚の仕組みなど自分の障害に関する正しい知識を身につけるきっかけを与えていると感じた。また6年生の教室で行われていた自立活動が非常に印象的だった。その授業は「将来」をテーマとし映像を通して自分の未来について考えるというものだった。将来をイメージすることで、社会の中の自分を考え、自分の苦手なこと・できることをとらえなおすきっかけになると感じた。以上のように、ろう学校では学習面に加え児童の卒業後の人生を見通した教育がより重要になってくると感じた。」(教育学部小学校英語専攻)

 

 

〇聾学校・インテ両方経験した学生の学校観

 上記2名の学生は初めての聾学校見学でありながら、聾学校の特徴をよくとらえていると思います。ただし、あくまでも外からみた感想です。そこで、実際に聾学校での教育と普通学校での教育の両方を体験した聴覚障害学生のレポートから、「聾学校と普通校のメリット・デメリット」を紹介してみます。

 

ろう学校とインテグレーション経験の二つを通して感じたことをまとめてみました。まず、長所として、ろう学校では同じ障害を抱える子ども同士が学び合い、生活することができる場所としての一面があります。そして、共通したコミュニケーション手段を持ち、情報保障を初めとする手厚い環境整備、専門性のある教師や学校による指導の下で一人一人のニーズに応じた教育が可能であり、就職や進学に向けた支援があり、卒業後の学生生活や社会生活の見通しがあるということです。

 それに対してインテグレーションの場合、聴者と交流することで異文化の交流、優しいようで厳しい環境の中で人間的に成長することが期待されます。また、ろう学校では一県につき、片手で数える程、少ないのですが、一般学校は本人が望み、それに応じた学力があればどこでも行くことができることです。これは学校の雰囲気によりますが、競争原理があり、自主努力に基づいた学力の向上、社会参加する上で必要となるスキルを獲得することが出来ます。

ろう学校と普通学校.jpg 一方、短所というか、課題として挙げられる部分もあります。ろう学校の場合、少人数クラスで同じ障害を持った者同士が集まるため、やはり経験や機会が聴児と比べて限られています。そして、学力の問題があり、温室育ちとしての一面があることも否めません。何故なら、恵まれた情報保障、共通したコミュニケーション手段、悪く言うならば、本人が頑張らなくとも情報が自然と入ってきます。しかし、苦難を伴わないところに人の飛躍はなく、社会参加する上で必要となる自立の力が育っているかどうかと言えば、怪しいところもあります。

 また、インテグレーションの場合、聴覚障害の理解が得らればそれでよいのですが、得られなかったら実に居心地の悪い空間となります。こうしたコミュニケーション問題や情報保障の問題では課題があります。そして、全員とは限らないのですが、障害認識が弱く、自分の障害に否定的な考えを持ちやすく、ろう学校出身の聴覚障害者を見下す傾向もあります。自分は上手くやってきたんだ、あいつらとは違うというプライド、虚栄心を持ちやすいこともあります。さらに、一般学校は就職や進学の支援はろう学校と比べれば少ない上に聴覚障害者としての生き方という見通しがありませんので、卒業後は自力で乗り越えるか、あるいは聴覚障害者のコミュニティに入り、そこから生き方を学んだり、情報を集めたりしながら交流していく者もいます。

長所と短所をそれぞれ挙げましたが、ろう学校とインテグレーション経験のどちらに絶対的な良し悪しはありません。大事なことは、そこで自分が何をするか、何を学びたいかだと思います。」

 

 両方経験した上記の学生は、両方のメリット・デメリットをよくとらえていると思います。ただし、最も大事なことは、どちらの環境にせよ、自分が何をそこで学ぶかだと言っています。このような、自ら意欲的に学ぶ子どもに育てること、それが家庭での最も大事なことなのだと改めて教えられます。確かに、私がこれまでにもった3年間の授業の中で出会った5人の聴覚障害学生たちは、インテ出身、聾学校出身を問わず、自ら積極的に学び考え行動していく学生たちが多かったように思います。それら5人のうち3人はすでに大学を卒業し、教員採用試験に合格し、聾学校教員として活躍しています。