11-5YouTube日本語講座(解説)第31回~
受身文は、生活の中でもごく自然に用いられ、私たちにとってはなじみ深い表現の方法です。たとえば、兄に叩かれた弟が、泣きながら「にいちゃんに ぶたれた~!」と言ったりします。
この文は詳しく言うと、主語は「ぼく」で、会話の中では省略されています。もし、これを能動文にすれば「にいちゃんが ぼくを ぶった~!」で、「にいちゃん」を主語にすることで、にいちゃんの行為をやや客観的な位置から言っていることになります。しかし受身を使って、主語を自分にすることで、「泣いている自分に注目して!」と訴えているわけです。
〇受動文は教科書でどのように使われているか?

では、教科書の中ではどのように用いられているでしょうか。以下は光村図書の3年下の「すがたを変える大豆」の一部です。ここでは、大豆に焦点をあてるために、一貫して「大豆」を主語にして受身文で表現されています。「大豆のことを注目してね!」という意図が感じられる文章です。
また、その下の図は、教育出版(1年上)「だれが、たべたのでしょう」の一節です。

右頁では、「まつぼっくり」に着目してほしいという意図から、「(まつぼっくりの中には)まわりがかじられたものもあります」と、「まつぼっくり」を主語にした受身文(主語は省略されていますが)を使っています。しかし、左頁では、「まつぼっくり」から一転して視点を「りす」に向けてほしいために、「りすが まつぼっくりを たべたのです」と、「りす」を主語にした能動文が使われています。
〇言語は、動作をする人を主語にしたがる
一般的に言語は、動作をする人を主語にすることが多いですが、しかし、主人公が動作を受けている場合、どちらを優先するかで、動作を受けている主人公を優先して受動文を使うことがあります(上記『すがたを変える大豆』)。能動文にすると日本語としては不自然であったり、筆者のいちばん言いたいこととずれてしまうことが起こるわけです。このような場合、日本語では行為・動作の対象となる語を主語にもってきて、主語について言いたいという受動文をつくることが多いです。引用した教科書の例からもそれがわかります。
〇立場・視点の変換は難聴児は苦手
このように、受動文は教科書の中ではかなり早い段階で出現しますが、その意味や使い方は日本語の使い方に習熟していないと難しい構文です。そのため、受身文で書かれてい

る文がきこえない子に正確に理解されているかというと、それはかなり難しいです。
右の資料は、Jcoss(日本語理解テスト)という検査での各検査項目の通過率です。「通過」は、各検査項目にある4問とも全部正解した時その項目について「通過した」と評価します。また、児童10人のうち10人全員が、その項目について通過していればその項目の通過率は100%、一人しか通過していなければ通過率10%と評価します。
グラフから受動文(受身文)についてみてみると、聾学校低学年の受動文の通過率が17%、高学年が28%であることがわかります。つまり、半分以上の児童が受動文が「わからない」ということになります。では、なぜ、きこえない子にとって受身文は難しいのでしょうか?
〇受身文は、なぜ間違うのか?

J.cossの結果を分析すると、受身文の難しさに、以下の3つの点があることがわかります。
①視点の転換が難しい(関係性の理解)・・・能動文と受身文の関係は、同じ行為・動作について立場を変えて言っているだけなのですが、この立場の転換ということが難しいのです。これは認知的な発達とも関係していて、まだ「自分中心」の思考から抜け出せず、「他者の視点」になかなか立てないのです。一般に「自己中心性」から脱却する時期は、7~8歳と言われていますが(Piaget「具体的操作期」)、難聴児は、この段階に到達するのが聴児に比較して遅くなる傾向がみられます(*「心の理論」(アンとサリー)課題の到達が3年生以降になる子が多い)。
②助詞が習得できておらず、受身文での助詞の変換が困難。
③動詞の活用が習得できておらず、受身形を知らない。
①については、文法指導だけで解決できませんが、②③は文法指導の中で行うことです。以下、2つの受身文についてYouTube動画で学習したいと思います。
〇受身文の指導はまず直接受身文から

受身文には二つのタイプがありますが、低学年では、わかりやすい「直接受身文」を学習しますが、もちろん、その前に、「~が~を+動詞」(基本文型Ⅱ)や、「~が~に+動詞」(基本文型」Ⅲ)を学習し、理解しておく必要があります。また、動詞の活用表を用いた1~3グループ動詞の活用についても学習しておく必要があります。そのうえで受動文の指導となりますが、受身文の動詞は、動作を受ける側に立った表現の仕方ですから、それに慣れるためには『絵でわかる動詞の学習』の中にある「受動文(受身)」のワークを使って練習するとよいでしょう。

〇間接受身文は、中・高学年で
もう一つの受身文は、「間接受身文」です。ここではわかりやすくするために「めいわく受身文」という言い方をしています。この受身文は「めいわく」の意味がこもっていることが多いからです。
ア.「雨が 降った」(能動文)⇔「(私は) 雨に 降られた」(受動文)
イ.「(電車の中で)子どもが 泣いた」(能動文)→「(電車の中で)(私は) 子どもに 泣かれた」(受動文)
上の2つの能動文には、迷惑を受けている「私」は表現されていませんが、受動文にすると「(迷惑を受けている)私」という主語が出てきます。これを「隠れた主語」と言っています。
以下、学習で使う無料プリント(テキスト・問題)は、下記からダウンロードして下さい。
〇テキスト・問題ダウンロード
日本語が苦手な子どもは、単語の切れ目や文節の切れ目、また文の中に含まれている修飾語句が一体どこからどこまで続いているのか、その修飾語句がどの名詞を修飾しているのか、区別がつかないことが多いです。語彙力や文法力がつき、幅広くいろいろな知識が身に付いてくると、長い文をみてもその意味をくみ取ることができるようになりますが、日本語力の厳しい子どもは、意図的に指導しないとずっとわからないままに時間だけが経

ってしまいます。
例えば、右図は、Jcossという検査の中にある名詞修飾の問題で、ある聾学校の子どもたち(低学年4名、高学年3名)の結果ですが、高学年児童を含めて半数の子どもたちが、問題65で「四角は青い星形の中」名詞修飾節(名詞句)が読み取れず、「四角は青い」で文を切って読んでいることがわかります。こうした子どもたちには、やはり文を正しく理解するための文法ルールを教えていくことが必要です。上記の子どもたちは、日本語の「名詞修飾」の仕組みを学ぶ必要があり、そのためには、文の構造を可視化する「品詞カード」を使うのが効果的です。
これまで、このYouTube学習動画では、文中の品詞をカード化し、本来一列の文を、「情報」「助詞」「述部」からなる二次元の図(「構文図」)の中に配列してわかりやすくしてきました。この配列のルールについて、これまで学んだきたことをここで一度整理しておきたいというのが今回のねらいです。
学習で使う無料プリント(テキスト・問題)は、下記からダウンロードして下さい。
〇「テキスト・問題」ダウンロード
また、YouTube動画は、下記からご覧になれます。
〇学習内容
〇カード配列のルール
まず、カード配列のルールを確認しておきます。
(1)構文図の左側「情報」のスペース・・文を詳しくする。いくつでも可。活用しない品詞または「て形・く形」。情報間の上下の入れ替えも可。
①名詞、時数詞、なにで名詞など活用しない品詞→〇
②動詞、形容詞など活用する品詞→×(そのままでは置けない)
動詞・形容詞+名詞・時数詞・なにで名詞(句をつくる)→〇
③動詞「て形」、形容詞「く形」「くて形」→〇
④助詞「の」(「3時のおやつ」)、助詞「と」→〇(「母と私」)*情報内の助詞

(2)構文図真ん中の「助詞」のスペースへの置き方
①左側(関係助詞)「を」「に」「と」「で」「へ」
②右側(選択助詞)「は」「も」など
③真ん中の線上(情報助詞)「が」
(3)構文図右側「述部」のスペースに置ける品詞・・文の土台。いちばん言いたいこと伝えたいこと。文末に1つだけ。先端が尖った活用形のみ置ける。
①動詞・形容詞→〇(活用する)
②名詞・時数詞・なにで名詞→×(活用しない)
名詞・時数詞・なにで名詞+文末「です」活用→〇(文末「です」が活用する)

(3)カード配列の手順
①情報内の助詞で結ばれた品詞は、あらかじめ囲っておく(例「昨日の朝」)
②文末の動詞・形容詞などを「述部」スペースの右下に置く。(例「食べました」)
③述部の動詞や形容詞から基本の文型を考える(「食べました」→「~が~を食べる」(基本文型Ⅱ)、「きれいです。」→「~がきれいです」(基本文型Ⅰ)。
基本文型から「必須成分」をさがす(「私は」「ハンバーガーを」←「食べました」)
⑤随意成分の名詞などの情報を順番に上から並べる。
⑥それぞれの情報(名詞や名詞句)が、述部とつながって意味的につながるか確かめる。うまくつながらない場合、名詞句の作り方が違っていることが多い。
〇長い名詞句が含まれ、複雑な構造の文の解釈

「今日の午後、自転車で、人がいない公園の木の間をまわる練習を、一時間くらいしました。」
①まず、助詞「の」でつながった名詞はあらかじめくくっておきます。「今日の午後」と「公園の木の間」の二つですね。
②次に、文末の述部は、何でしょうか?「しました」です。動詞「しました」の基本文型は、「~が~をする」という基本文型Ⅱのパターン。そうすると必須成分として、「だれが」「なにを」が必要な文だということがわかります。
③では、「なにを」にあたる部分はどこにあるでしょうか?さがすと「練習を」が見つかります。そして、これは句になっていて「公園の木の間を回る練習」という名詞句ですね。また「人がいない」は、この句をさらに説明している部分であることもわかります。
つまり「人がいない公園の木の間をまわる練習」という長い句であることがわかります。
④次にもう一つの必須成分「~が・は」はどこにあるでしょうか? これは省略されているようです。日記で自分のことを書いているので、「わたしは」は省略されているわけですね。
⑤あとは残りの随意成分である情報を順番に並べます。
「今日の午後」(時数詞の句)、「自転車で」、「一時間くらい」の三つが残されていますので、これを順番に入れていけばいいわけですね。そして、それぞれの情報のカードが「述部」である「しました」にうまくつながっているかを確認します。
〇述部に句がくる場合もある

文には、いつも動詞や形容詞あるいは、名詞+です、といった短い活用の形がくるとは限りません。
問題2のような「畑で育てられた野菜+です」といった名詞句がくる場合もあるので要注意です。
これもとりあえず最初に述部を決めるので、例えば「野菜です」を入れた場合、この述部の句と各情報がうまくつながるかで確かめます。
例えは、「野菜は」→「野菜です」、これはつながりますが「人が食べるために」→「野菜です」はつながりません。また、「畑で育てられた」は、名詞+動詞なので情報に入れることはできません。そう考えていくと「畑で育てられた野菜です」が句になっていて、述部にくることがわかります。このようにすれば「野菜は」→「畑で育てられた野菜です」、「人が食べるために」→「畑で育てられた野菜です」となって、意味も正しくつながることがわかります。
今回は、「なにで名詞」について学習します。「なにで名詞」とは聞きなれない品詞ですが国文法でいう「形容動詞」のことです。形容動詞は国文法(学校文法)で使われている文法概念です。「美しい花」も「きれいな花」も名詞「花」を修飾していますが、「美しい」は形容詞、「きれいな」は「形容動詞」です。たしかに、両方とも似たような使われ方をしています。似ているので「形容+動詞」と命名された理由のひとつです。もう一つ、後者の「動詞」のほうは、活用が文語文法の動詞「なり」「たり」の活用と同じ活用をしていることから、「形容+動詞」と命名されたのです。

しかし、現在の口語文法では「なり・たり」活用はほとんど使われおらず、活用すると考えるよりは、右の図のように、名詞グループの品詞に助動詞や「な・に・で」などがくっついたものと考える方がわかりやすく、理にかなっているということで、国文法(橋本文法)を支持しない研究者は、形容動詞という品詞は使っていません(例えば新村出「広辞苑」、時枝誠記「名詞+助動詞」、江副隆秀「なにで名詞」など)。ここでは難聴児にとって最もわかりやすい「なにで名詞」という名詞グループの品詞名を用いたいと思います(なお、日本の学校教育では国文法が採用されていますが、この理論が「正しい」から採用されているわけではなく戦前からの歴史的経緯の中で採用されているだけで、現在は、この「形容動詞」だけでなく、「格助詞」や「主語」という概念などについても論争があり、未だその論争に決着はついていません)。以下、「なにで名詞について説明します。
学習で使う無料プリント(テキスト・問題)は、下記からダウンロードして下さい。
〇「テキスト・問題」ダウンロード
また、YouTube動画は、下記からご覧になれます。
〇学習内容
1.「なにで名詞」とは?

「なにで名詞」は、形容詞のように、もの、こと、心などの様子を表しますが、名詞グル
プなので活用はしません。例文「しずかな人」「しずかな朝」のように、語幹(しずか)に「な」をつけて、うしろの名詞や時数詞を修飾することができます。 また、語幹(しずか)に「に」をつけて、「しずかにする」「しずかに歩く」など、動詞を修飾することができます。さらに、語幹(しずか)に「で」をつけて、「しずかで美しい人」「し

ずかで地味な 性格」などのように、形容詞やなにで名詞の前にもってくることもできます。ほかにも「しずかなら」(仮定)、「しずかだろう・でしょう」(推量)、「静かだ+から」(接続)などの使い方があります。
〇形容詞と混同しやすい「なにで名詞」
右図に示すように、「大きな」「小さな」などは一見すると「なにで名詞」のようにみえ

ますが、これらは形容詞の特殊な形と考えた方がわかりやすいでしょう(国文法では「連体詞」)。
また、「きれい」「とくい」などは形容詞とよく混同し、子どもの日記にも「きれいかった」などの誤りがよくみられますが、これらは「なにで名詞」ですから、「きれいだった」が正しい使い方です。
2.なにで名詞構成語

名詞、動詞、形容詞、なにで名詞に「~みたい」「~そう」「~よう」「~げ」「~的」をつけると「なにで名詞」と同じ働きをする「なにで名詞構成語」になります。
なお、右ファイルの一番下に似ている「きれいなの」という例文がありますが、これは動詞や形容詞、なにで名詞などに「の」をつけて名詞化させたもの(例:「食べるのはやめて下さい」「大きいのがほしいです」)です。これを「名詞構成語」と言います。働きは名詞と同じです。
ダウンロードできるテキスト・問題の中には「なにで名詞」の反対語の問題がありますので、ぜひ、これはやってみて下さい。また、「なにで名詞」にはどんなことばがあるのか探して、絵入りの一覧表にするのもよいと思います。
