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言語力・思考力のアセスメント~その4・6~7歳頃に行うアセスメント(続)

 前回(言語・思考力のアセスメント~その3)では、幼児期のことばである「生活言語」(自分の経験と結びついたことばの段階)から「学習言語」(一般的・客観的な使い方ができることばの段階)へのレベルアップには、幼児期を通して培ってきた概念形成シンボル機能の発達が欠かせないこと、そしてその発達を支えているのは、5歳~6歳頃に活発になってくる、「メタ認知機能」であることなどについて述べてきました。

 そして、豊かな概念形成とシンボル機能の発達の様子をみるのに適した検査は、WISCⅣの類似単語であることについて述べました。これら二つの検査は、

ア)ことば(語・ものごと)を自分の体験から切り離して対象化・一般化できる力 (イ)それぞれのことば(語・ものごと)の概念の豊かさ            (ウ)ことば(語・ものごと)の概念間の比較や共通概念が抽出できる力     (エ)上位・下位概念など構造化された語彙の体系(「心的辞書」)       (オ)ことば(語・ものごと)の概念を別のことばを使って説明できる力が測定できるこ

類似単語ができる子とできない子の差.jpg

と、そしてこの「類似」と「単語」で測定される二つの力は、本格的な学習言語の段階である小学校高学年時での日本語の「読み」(語彙力・文法力・読解力など)の力と強い相関(γ=0.8を示していることから、将来の「読み」の力と関連し、その力を予測する上でも有効な項目であることについて述べました。そして、この二つの検査項目で見出された課題に適切にアプローチすることが、「生活言語」から「学習言語」へとつなげ、書記日本語力を高めるための有効な取り組みになることを述べました。

 

さて、今回は、この時期の発達段階(直観的思考期から具体的操作期へのレベルアップ)に関連する、もうひとつ別の側面からみた認知発達課題について考えてみたいと思います。「メタ認知機能」の発達によってできるようになった「脱中心化」を、①「保存の概念」の成立と、②「心の理論」の獲得という二つの側面からアセスメントするわけです。つまり「脱中心化」という発達を、「保存の概念」は「もの」に対する認知発達、「心の理論」は「人の心」に対する認知発達という面からアセスメントしているのが特徴です。

①保存の概念について

保存の概念実験.jpgのサムネール画像

客観的・科学的な思考(=学習言語の世界)が可能になるためには、「保存の概念」が成立していることが必要です。幼児期は、自分の世界、自分中心の視点から物事を考える

ので、別の立場から物事を見つめるということが難しいという面がみられました。そのため、ものごとの見える部分にだけ目が行き、見えない部分(想像・イメージする部分)に目が行きにくいということがあります。そのため、右のような課題で、見かけにごまかされてしまうということが生じます。

保存の概念(太田ステージ・StageⅣ前半).jpg

しかし、メタ認知機能が発達し、「自己中心性」の思考から抜け出すようになると、見かけにまどわされないで、客観的な視点から物事をみつめ考えることができるようになります。ここの発達をみるのが大田ステージ・StageⅣ前期の「保存の概念」(右図)です。

 


②「心の理論」課題(社会的認知)

そしてもう一つは、対人関係を維持していく上で必要な、他者の心をどう想像できるか

心の理論課題紹介.pptx.jpg

という「心の理論」課題です。①の保存の概念がモノに対する認知の発達とすれば、こちらは人の心に対する認知の発達と言えます。繰り返しになりますが、自己中心性の幼児期では、自分以外の「人の心」に想像を巡らせるということが難しい。しかし、メタ認知機能の発達によって「脱中心化」が進むと、自分以外の他者の思考にも目を向けることが可能になります。この点の発達をみるのが「心の理論」の課題です。

ただ、心の理論といっても、他者の心の想像や、想像に基づく他者への配慮ができるか

アンパンマンとバイキンマン.jpg

という点では、その発達のレベルもさまざまです。そのため、「心の理論」課題には、いくつかの検査課題が設定されています。日本で購入が可能な検査用具(動画)は、1.ボールの問題、2.トランプの問題、3.ハムスターの問題、4.おもちゃばこの問題、5.やきいもの問題の5つの問題がダウンロードできるもので、DIK教育出版より販売されています。これはパソコン上にダウンロードして使用する動画での検査課題です。

幼児や低学年児童では、誤信念課題(他者の心が想像できる)である、「1.ボールの問題」(=サリーとアン課題)や「2.トランプの問題」(=スマーティー課題)を実施し、どの程度、自分の思っていることと他人が思っていることとの違いに気づいているかをみますが、筆者(木島)の場合は、幼児に検査する場合は、自分で人形・玩具を用いて作った『アンパンマンとバイキンマン』(自分が知っている物理的な事実ではなく、アンパンマンが持っているはずの心理的事実・信念が想像できる=サリーとアン課題)、『ポッキーの問題』(今、自分が知っている事実ではなく、事実を知る前にもっていた信念を思い出し、他者の信念を想像できる=スマーティー課題)を実施することが多く、小学生の場合はこのダウンロード版を用いて行います(低学年で実施するときはハムスターの問題(ある状況の中でどのような発言をするとそれが相手の心にどう影響するかが理解できる力=ストレンジ・ストーリー課題)も加えてよいと思います)。

 

〇難聴児はなぜ「心の理論」課題が苦手か?

さて、一般的に難聴児は、あらゆる研究結果から、この「心の理論」課題が苦手だと言われています。難聴幼児は、聴児にくらべて自己中心性から抜け出る「脱中心化」の時期が遅く、サリーとアンの「心の理論」の課題でも、聴児に比べて遅れる傾向がみられます。「自分の世界・自分中心の見方」から「客観的な世界・自他を区別した見方」ができる時期の到来が遅れがちです。幼児期は「自己中心性」の強い時期で、まだまだ相手の立場に立って想像することができません。たとえば自分の知っていることは当然相手も知っているだろう、他の人が自分と同じ出来事を経験し、同じ感情を持っているだろうと考え

感覚器戦略研究結果図.pptx.jpg

ます。

我が国でも、10年ほど前に全国的に行われた研究(いわゆる『感覚器戦略研究』2012)でも、そうした結果が紹介されています。右のグラフの黄色の棒グラフがそのときの「サリーとアン課題」の学年別の正答率です。聴児の正答率は、例えば、武藤(1997)による調査では、年長児の正答率は50%を越えていますし、その他の研究でも年長児では80%は越えていると言われています。しかし、難聴児がこの検査で正答率50%を越えるのは小学校3年生ですから、聴児とは3年の差があると言えるでしょう。グラフの赤の棒グラフは筆者が行った聾学校幼稚部幼児の結果ですが、これからも、確かに、難聴児は他者の心を想像することが苦手だと言えそうです。また、こうした結果と最も関係が深かったのは、日本語の語彙力と文法力だということが「感覚器戦略研究」で言われています。

 

〇他者の立場を想像することの苦手さは、受動文や使役文の苦手さに・・

他者の立場に立つことと関係構文.jpg

このことは、「心の理論」の苦手さが、難聴児の受動文や授受文、使役文などの苦手さと関係していることを示唆していると思います。こうした構文の特徴は、複数の人が存在し、それらの人のあいだで交わされるモノや気持ちなどのやりとりを、それぞれの立場から表わすときの表現の仕方・言い方ということです。このとき、「自分の立場」から離れられない(「脱中心化」が困難、客観的な立場で思考できない)と他者の立場に立って思考することができませんし、そこにさらに語彙力と文法的な難しさ(動詞の活用、助詞の使い方がわからない)が加わり、理解ができ

受動文の指導~牛乳の立場から.jpg

ない、ということになるのだろうと思います。しかし、このような構文は小1国語教科書の中でも頻繁に出てきますから、他者の立場に立って思考したり、他者の立場に立って表現する方法は、自立活動や国語の授業の中で取り上げて学ぶ必要があると思います。

例えば右のプリントは、「牛乳の立場に立って言ってみよう」という受動文の表現の練習プリントですが、このような「(自分じゃ

ない)他者の立場に立って表現する」練習

IMG_20200314_0010 (3).jpg

を積み重ねながら、「他者の立場」で思考することができるようにしていく必要があります。筆者の作った『絵でわかる動詞の学習』でも、受動文、授受文や使役文を取り上げて学習できるようにしています。

 このHPで前回紹介した「はじめての受動文の指導~ある聾学校小2担任の実践から」は、参考になる実践です。

  http://nanchosien.com/nyuyou/03-2/post_253.html


〇幼児期からの支援は・・・

では、幼児期における支援をどう考えればよいでしょうか? 一つは、日本語語彙力と

他者の立場に立つ力をどう幼児期に育てるか.jpg

文法力が関係しているということから、まずは語彙の力(量の問題だけでなく、語の概念の豊かさ)と文法力とくに助詞の運用力をつけることです。もう一つは、やはり他者の視点から物事を考える練習ということですから、再現あそび・劇遊び、なりきり遊びなどで様々な立場・役割を演じたり、絵本の読み聞かせで登場人物の気持ちを味わったり、誰かに手紙を書くことで読んでくれる相手がどう思うか想像したり、他の家族はどう思っているのかを想像したり考えを尋ねたりなど、さまざまな工夫をしていくことです。

 

〇言語力・思考力のアセスメント~6~7歳頃に行うアセスメントのまとめ

 前回と今回で、認知発達・言語発達の質的転換期であるこの時期の発達について述べました。

ひとつは、自分自身との関連でことばを理解使用している段階(=幼児期・自己中心性)から、自分の経験から離れてことばを客観的・一般的に理解使用する段階(=児童期前半・脱中心化)へのレベルアップが出来ているかをみるために、頭の中で自由にイメージ、文字、数字、記号などのシンボルを動かして問題に答えたり、共通の概念をさがしたり、ものごとの概念(ことば)を別のことばで説明したりできるようになっているかをみます。これをみることができる検査として、以下の2つの検査を使います。

ア.WISCⅣ「類似」(または質問応答関係検査「類概念」)

イ.WISCⅣ「単語」(または質問応答関係検査「語義説明」)

 

次に、メタ認知機能の発達によって「脱中心化」が進み、客観的な思考ができる段階にきているかどうかをみるために、以下の2つの検査を使います。

ウ.太田ステージⅣ「保存の概念」

エ.「心の理論課題」(サリーとアン課題、スマーティー課題、ストレンジ・ストーリー課題など)

 

上記の検査を幼児期年長あたりから小1,2年頃に実施することで、対象児の認知・言語発達の現状を把握し、課題があればその課題に基づいた対応の仕方を、一人一人の環境条件等を考慮しつつ設定し取り組みます。


以上、難聴児にとっての2つ目の‟ハードル"である6~7歳頃のアセスメントについて、2回にわたって書きましたが、この時期に行う検査としての「比較3問題」については省略しました。これについては、3つ目の‟ハードル"である、いわゆる「9歳の壁」のアセスメントのところで合わせて述べたいと思います。

 

┃難聴児支援教材研究会
 代表 木島照夫

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