ことば獲得に必要な発達的基盤~「前言語期」の発達は?
〇誕生から生後半年頃まで(0歳前半の頃)
新生児聴覚スクリーニング(以下、新スク)が普及し、生後半年頃には相談機関を訪れる保護者が増えてきました。「せっかく早く発見できたのだから、早く教育を開始してほしい」というのが親の願いでもあるのですが、この時期は聴覚器官の発達もまだまだ未熟で、誕生時から生後半年くらいまでは、視覚・触覚などあらゆる感覚を含めて赤ちゃんは、自分の感覚器官をフル回転させて人を含めた環境と関わっていく時期(感覚運動期)ですので、早く補聴器を装用すれば早く聴覚が発達してきこえる子に追いつくということではありません。
〇聴覚・発声機能の発達
きこえる赤ちゃんは、すでに出生前よりお母さんのおなかの中で母語のリズムやイントネーションのパターンをききわけ、記憶していくと言われます。そして、誕生直後の0か月ですでに母語と他言語を聞き分けると言われています。通常、誕生後の聴覚・音声の発達過程は、以下のような過程を経ていきます。
・1か月頃・・・クーイング「アー」「クー」という声を出す。
・2か月頃・・・過渡期の喃語「アーアー」が出る。(子音の要素はまだない)
・4か月頃・・・母音【あ、い、う、え、お】の音素カテゴリーが形成される。
・6か月頃・・・子音【k、s、t、n、h、m、y】の音素カテゴリーが形成される。
このころ、日本語を母語とする赤ちゃんは「l」と「r」の区別ができなくなる(日本語の「ラリルレロ」ではこの「l」と「r」の子音の区別はしないので、日本語を母語とする赤ちゃんはこの区別ができなくなっていきます)。
・8カ月頃・・・規準喃語(バババ、パパパなど子音が含まれた喃語)が出る。この喃語がやがて音声日本語のことばの発語(初語)につながる。
〇きこえない子の聴覚・音声機能の発達
きこえない子の場合は、きこえる子と同様に過渡期の喃語までは出ますが、子音の音素カテゴリーは形成されないと言われています。きこえない赤ちゃんの場合は、「アーアー、
ウーウー」と言っていた「過渡期の喃語」はきこえる赤ちゃんと同じに出るのですが、生後7~8カ月頃の子音を伴った「規準喃語」には発展せず、その代わり手をひらひらさせたりする「手指喃語」に発展すると言われています。(武居渡1997)
ただ、この言い方は正確ではありません。生後、5、6カ月より補聴器を装用したきこえない赤ちゃんのうち、比較的聴力の軽い赤ちゃん(ほぼ聴力90dB以下)は音声の喃語も観察されること
があるからです(木島2017)。木島が保護者21名から聞き取った調査では、聴力90dB以下の赤ちゃんには音声の喃語が出ていたと報告するお母さんがみられました。ただ、手話も併用しているので、この音声喃語は音声初語につながるよりも前に、どの赤ちゃんも聴力にかかわらず、手話の初語のほうが先に出現していました。音声言語より手話のほうが早く獲得されることは、きこえない子には一般的に観察される事実ですし、きこえる赤ちゃんでも音声言語の初語が出る前にベビーサインを使って会話するとよいと言われることからも理解できます。また、手話の初語が出る時期は、ほぼ1歳前後で、きこえる子の音声言語初語の出現時期とだいたい同じでした。
〇初語獲得前(前言語期・0歳後半期)にみられる発達は?
では、初語つまり言語が獲得されるためには、どのような発達の高まりや伸びが必要なのでしょうか? ここでは、その発達的前提について考えてみたいと思います。
〇言語獲得のための二つの大切な発達
★認知発達的基盤(象徴機能)
生後、5か月くらいになると、記憶する力が発達してきて、自分が経験したことを覚えているようになります。さらに8~9か月頃になると、時間・場所・人などを含めて過去の出来事をちゃんと記憶していて(エピソード記憶)、知らない人や初めての場所では不安になったりします。いわゆる「人見知り・モノ見知り」です。ことばの発達にとって大事な記憶とかイメージがもてるなどの認知的な基盤が整ってきます。これを別のことばでいえば「象徴機能の発達」といいます。この頃「写真カード」などがコミュニケーションの道具として使えるようになってきます。
ことばはものごとの意味を、なんらかの記号であらわしたものです。例えば日本語での「し・ん・か・ん・せ・ん」という6つの音のつながりは、新幹線の実物とは本来なんの関係もありませんが、実物の電車を表すという約束ごとです。しかし、手話の「新幹線」は新幹線の先頭部分を象徴的に表したシンボル性(=写像性)をある程度もっています。そういう点でも手話はきこえない子にとっては獲得しやすい言語だといえるかもしれません。「食べる」「飲む」「歩く」などはそうです。ただ、「ありがとう」「ごめんなさい」など写像性のあまりない手話ももちろんあります。
また、誕生以来続いてきてお母さんとの心地よい関係もますます強固になっていくと、大好きなお母さんがすることに関心を赤ちゃんも関心を示すようになり、お母さんが指さしたものの見るとか、子どもが何かを指さしてお母さんに知らせるといったいわゆる「共同注意」とか「三項関係」といわれる関係が築かれていきます。言語は人と人が何かを共有し伝え合うためのものなので、この共有関係が成立しているかどうかは、ことばの出現にとっては非常に大切なことです。
木島が2017年にやった保護者アンケート調査でも、手話の初語がみられた21名全員に、初語出現(平均11.4カ月)の前に「共同注意」が観察されています。
また、音声言語の初語は、90dB以下の子の62%にみられ、その平均月齢は13.4カ月で、手話初語の出現からやや遅れる傾向がみられました。なお90dB以上の子では、音声初語の出現は38%の子に観察されました。

①感覚運動機能の発達・・・周囲のものへの興味や関心、またモノを扱う操作性が育っているかをみます。
②社会的相互関係の発達・・・日常生活場面での人との関わりややりとりを楽しめる力が育っているかをみ
ます。
③記憶・認知・象徴機能の発達・・・自分の経験を頭の中にイメージ(表象)して再現できる力が育っているかをみます。
④伝達・表出機能の発達・・・身振りや動作、あるいは写真カードなどを使って相手に自分の思いを使えようとしたり、手話・音声言語などを使って伝えようとする力の育ちをみます。
このような観点からみることで、今まだ、ことばが出ていない子どもであっても、どのような段階まで成長しているのかがわかります。