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言語力・思考力のアセスメント・その5「9歳の壁」を超える~9・10歳頃に行う認知発達のアセスメント

〇はじめに

これまで、幼児期から児童期にかけての言語・認知発達の過程について、以下の4回にわけて書いてきました。

第1回 日本語力をみる・・・幼児期から児童期にかけて使用される。語彙・文法・読解力の側面から。関連する検査:「絵画語彙検査」「Jcoss(日本語理解テスト)」「Reading Test

 

第2回 4歳頃に行う認知・言語発達のアセスメント・・・「前概念的思考期」(2~4歳頃)から「直観的思考期」(4~7歳頃)への移行期で、ここがきこえない子にとっての最初のハードル。キーワード:比較概念、symbolとしてのイメージの形成、概念カテゴリーの構築。関連する検査:「太田ステージ・stage-2」、「質問応答関係検査・類概念」

生活言語から学習言語へ(認知発達関連).pptx.jpg

 

第3回 6~7歳頃に行う認知発達のアセスメント①・・・「直観的思考期」(4~7歳)から

「具体的操作期」(78歳~)への移行期で、きこえない子にとっての2つ目のハードル。キーワード:メタ認知の発達、対象化、symbolとしての記号・言語の発達、概念間比較など。関連する検査:WISCⅣ言語理解「類似」「単語」(または質問応答関係検査「類概念」「語義説明」)


第4回 6~7歳頃に行う認知発達のアセスメント②・・・自己中心性から脱中心化へ。キーワード:保存の概念、主観的認識の世界から客観的認識の世界へ、社会的認知の発達。関連する検査:「太田ステージstageⅣ・保存の概念」「心の理論課題・サリーとアン課題、スマーティー課題、ストレンジ・ストーリー課題」) 

 

 以上が、これまでにみてきたアセスメントの概要です。さて、今回は、アセスメントの最後として、9~10歳頃のいわゆる「9歳の壁」前後の認知発達のアセスメントについて考えたいと思います。ここは、きこえない子にとっては3つ目のハードルにあたり、いわゆる「9歳の壁」とも言われている発達の質的転換期で、これまで100年以上の歴史をもつ聴覚障害教育の中で、未だに半数以上の子どもが越えられないと言われている発達の壁です。そこでまず、この時期の特徴からみてみます。



〇具体的操作期(7,8歳~)から形式的操作期(1112歳頃~)へ

直観的思考期(4~7歳頃)の後半にあたる6歳頃になると、メタ認知機能(ものごとを自分のことから離れて客観的に見れる力)が発達し、数字や記号、言語といった抽象性をもったシンボル機能を頭の中に思い浮かべて(イメージして)操作したり、概念間の比較や語の概念カテゴリー(上位・下位概念)の構築、「ものの保存の概念」や「社会的認知(心の理論)」などの認知機能が発達してきます(第4回、5回参照)。

また、この頃には、物を一つの次元、例えば長さ、高さ、重さといった観点で3つくらいのものを順序づけることが可能になってきます。これを「推移律」と言いますが、具体物であれば、ものや図などを使って思考し順序付けることができるようになります。ただ、「太郎は花子より背が高いが、二郎より背が低い。背がいちばん高いのは誰?」といった質問に、頭の中に3人の人物をイメージして(symbol機能を使って)答えられるようになるのは、形式的操作期まで待たなければなりません。

このように、具体的操作の段階の子どもたちも、具体物等のたすけを借りながら、抽象的なことがだんだんと理解できるようになっていきますが、この具体的操作期から、実在しないものや複雑なものごとを頭の中に思い描き(イメージし)、仮説をたてたり、系統的に検証したりできるようになる形式的操作の段階に至るまでの、ちょうど過渡期にあたるのが、9歳の壁」と言われる時期です。

 

〇「比較3問題」でアセスメントする

 では、上に述べたような具体的操作期から形式的操作期の入口あたりの認知・言語発達をみることができる検査、つまり「9歳の壁」前後の発達をみる検査はどのようなものでしょうか? そこを大まかにわかる検査が「比較3問題」と呼んでいる検査です。

 

比較3問題.jpg

この問題を最初に考えたのは、日本で最初に100マス計算を考案した岸本裕史(1984)ですが、それを聾学校高等部生徒に実施してみたのが脇中起余子(2001)です。脇中の結果は、右図です。この検査の問3が、日本語で書かれた問題文を文法的に正しく読み取って、論理的・抽象的な思考ができる力があるかどうかをみる問いで、岸本は、この問題ができれば小4年レベルの力があるとみてよいと言っていますから、この問3ができれば一応「9歳の壁」を超えたあたりにきていると言ってよいと思います。また、岸本は、問2ができるのは小3レベル、問1ができるのは小2レベルとも言っていますので、だいたいその基準で考えてよいのではと思います。

聴覚障害児に適用した脇中の結果をみると、高校生でも問3が正解できるのは4割程度、問2で半数、問1で8割程度ということです。この数値が妥当なものなら、9歳の壁」を超えているのは、聴覚障害のある高校生の4割くらいということになります。半数に届きません。

 

〇聴覚障害児の正答率を再度検証してみたら・・

そこで、筆者は問1と問2は岸本の問題を少し変えていますが、この問題を子どもたちに実施してみました。実施時期には少しずれがありますがその結果が右の図です。

比較問題実態(木島2022).jpg

この結果をみると、5~10%程度の差はありますが、学部(年齢)のちがいに関わらず、いずれも脇中の結果とよく似た結果になっています。この結果から、小・中・高校生という年齢を超えて、ほぼこの正答率が聴覚障害児の一般的な結果だろうとみてよいと思います。小学生も中学生も高校生もほぼ同じ結果になる、ということは通常では考えられない、全く伸びが見られない結果ということになりますが、178人という決して少なくない数の集計結果ですから信頼性はある数値といってよいと思います。

小学生の時の結果が、その後も(少なくとも5,6年間は)ほとんど伸びることがない、ということは、何を意味しているのでしょうか? 適切な指導がなされなかったためでしょうか? それともなんらかの指導をしたけれど改善できなかったためでしょうか? もし、後者だとしたら、「9歳の壁」は、やはり聴覚障害児にとってまさに「壁」であり、半数以上の子どもたちにとっては永遠に「壁」ということになってしまいます。この問題を考えるために、まず、これらの問いが何をみているのかを考えてみたいと思います。


〇「比較3問題」は、なにをみているのか?

 1.問1(「太郎はみかんより飴が好き。飴よりチョコが好き。太郎の好きなものの順は?」)について 

 この問題の正答率は、小高学年・中学・高校という年齢のちがいを越えていずれも85%程度です。この問題は、3つのものの「好きー嫌い」という物差しの上に、好きな順に

比較概念の育て方.jpg

「みかん、あめ、チョコ」を順序づければよいわけですが、ここでの問題は、まず一つ目は、三つのものを比べて比較ができるという比較概念の習得です。右図に示すように、比較概念の相対比較は、通常は6歳頃になれば、実物や絵などを手掛かりして理解できるようになります。(右図の下の絵をみて「女の子は弟より背が高いが、お父さんより低い」がわかる)。しかし、不正解であった子どもたちは、この相対比較がわからなかったかもしれません。

 もう一つは、書かれている日本語の文が正しく理解できたかどうか、とくに「より」という助詞が理解できるかどうかということがあります。では、この問題に正解している

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85%の子どもは、助詞「より」を本当に理解しているのでしょうか? 

きこえない子のJcoss「比較表現」(右図参照」)の通過率(4問全問正解、中川2009)は高学年児童でおよそ35%。つまり3分の2の児童は、助詞「より」が正しく理解できていない。それにもかかわらずこの問185%の児童が正解ということは、85-35=50%くらいの子どもは、文法的に正しく文を読み取るという方略(文法方略)ではなく、別の方略を使って正解したということになると考えられます。では、子どもたちはどのように考えたのでしょうか? 


*きこえない子の使う方略は?

(ア)自分の経験から推測して判断(経験的知識方略)

 まず一つ考えられるのは、三つの食べ物について、自分の経験に照らし合わせて、好き

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な順を推測したのではないかということです(因みにこの問題に回答した子どもに「あなたの好きなものの順を教えて」と言うと、7~8割の子はチョコ→あめ→みかんの順にこたえます)。

ですから、文を読んでその文意に従って判断したのではなく、3つのものについて好きな順にならべるという問題の意味がとりあえず理解できたので、あとは自分の経験から判断して、「ふつうはこういう順だよね」と推測した可能性が考えられます。


(イ)助詞がわからない時に使う方略(主語・述語近接方略)

二つ目として、助詞の意味がわからないときにとる方略として、文の最後にある述語に近い語をその述語の主語とみなすということがきこえない子には非常によくみられます。

問1の場合、文の前半である「みかん あめ 好き。」では「みかんとあめでは、あめが好き」と考え、後半の部分の「あめ チョコ 好き」では、「あめとチョコなら、チョコが好き」と考え、これらの二つのことから想像して「チョコ→あめ→みかん」の順と考えたのではないかと考えられます。この方略については下記を参照

TOP>発達の診断と評価>きこえない子の言語発達の過程>比較3問題

http://nanchosien.com/10-1/10-6-0/10-79-1/


因みにJcoss「比較表現」の問題文は「~は~より~」の語順で、「より」は後ろにありますが、「比較3問題」の問1と問2は、いずれも「~より~が~」であり、「より」は前にあることに注意が必要です。「より」がわからない時に主語・述語近接方略を使うと、Jcossでは不正解になり、「比較3問題」では(たまたまですが)正解になります。

結局、上記(ア)(イ)のいずれの方略をとっても、偶然ですがこの問1では「正解」になります。つまり、必ずしも文を正しく読み取れなくても、問1に正解する確率は高い、ということが正答率80%以上の結果につながったと言えると思います。

 

*課題は問1ができない子どもたちの指導

問1で正解できなかった子どもは数値の上では15%程度ということになりますが、正解したけれど本当にはわかっていない子どもはかなりいると思われます。そしてわかっていない子どもたちの中には、3つのものの相対比較をすること自体が難しい子どもたちと、文法的にとくに助詞の指導をすれば文を読んで正解に辿り着ける子どもたちが混在していると思われますが、とりあえず問1が不正解であった子どもたちには、比較概念が理解できているかどうかを確かめ、必要なら比較概念の指導をする必要があります。その指導の順序は先ほどの「比較概念の育て方の順序」を参考にしつつ、具体物、半具体物、イラストなどを使いつつ指導するとよいでしょう。また、助詞「より」を指導することで文が読み取れるようになる子どもたちには、品詞カードを用いて文法指導をすると効果的です。その指導法については、先に書いたURLの記事をご覧ください。


2.問2「もし、ネズミが犬より大きく、犬が虎より大きいとしたら、大きい順は?」について

 この問題は、「もし~であるなら」という仮定表現になっていることと、実際の動物の大きさとは逆の大きさになっているというというところに特徴があります。つまり、①「もし~」という仮定の思考ができるかどうか、②実物のイメージに影響されずに(見か

問題2の方略.pptx.jpg

けの大きさに惑わされず=保存の概念を獲得)客観的に思考ができるかどうかという点をみているわけです。そしてもう一つは、問1と同じように、③「より」という助詞が理解できているかどうかという点もあります。文章だけをみると問1と同じパターンになっていますが、①と②の点で違いがあり、問題の難しさという点では問2が上です(岸本1984は、問1が正解できれば小2レベル、問2正解できれば小3レベルと言っています)。

 問2のきこえない子どもたちの正答率はほぼ50%で、問1の正答率から30ポイント以上下がっていますから、「もし、~なら」という仮定の思考が難しい子経験的知識方略に頼っている子どもは正解できないことになります。つまり、仮定の思考や保存の概念は具体的操作期の課題でもあるので、岸本が小学校3年生レベルの問題というのは妥当と思われます。ただ、助詞「より」がわからなくても主述近接方略を使って正解は可能という点に若干問題が残ります。

 

〇問2が不正解の子どもに必要な指導とは?

 問2が不正解であった約半数の子どもたちにどんな指導が必要かと考えると、「もし、~なら~だ」という仮定の思考方法を練習することも必要でしょう。例えば、ことばあそびで、「もし、カレーに肉が入ってなかったらどうする?」「もし、空から雨ではなくて飴が振ってきたら?」

「もし、空を飛べるようになったら?」などの遊びをたくさんするのもよいでしょう。

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また、保存の概念が身に付くためには、例えば、逆にしても同じという可逆操作の思考ができる必要があります(右図)。例えば、「石に躓いてころんだ」(原因)→「だから 泣いた」(結果)は時系列的な理解ですが、「泣いた」(結果)→「どうしてかというと、石に躓いてころんだから」(原因)は、結論からさかのぼって原因を考えています。年長になればこのような逆思考が可能になるので、接続詞を用いて可逆的な思考の練習をするのもよいと思います。

さらに、助詞「より」の指導は最も重要な指導です。これを「助詞方略」と言ってよいと思いますが、助詞が正しく読み取れれば、問1も問2も正解に辿り着けるからです。その指導方法については、先に書いたURLの記事をぜひご覧ください。

 

3.問3「A,B,C,D4つの町がある。AはCより大きく、CはBより小さい。BはAより大きく、DはAの次に大きい。大きい順は?」について

 この問いは、「A,B,C,D」とか「町」といった抽象的な概念が理解できる必要があります。また、この問題文を読んで内容を理解するためには、助詞「より」とか「次に」といった語が理解できる必要があります。また、必ずしも頭の中に4つの「町」のイメージを浮かべて、頭の中だけでその順序を操作できなくとも、論理的に思考するために、自分で記号(AB・・>、<など)や図を描いて考えることができればよいわけですが、それが自分の力でできるのは、抽象語彙を理解でき、助詞「より」などの文法力も身につけ、形式的操作期に近づいた小学校4年生レベルつまり「9歳の壁」を越えたあたりと考えてよいだろうと思います。

 

〇問3を理解できる力をつけるために~ポイントは助詞!

 さて、この問3が正答できるきこえない子どもたちは現状で3~4割ですが、指導することでその割合は増えるのでしょうか? すぐに改善するとは断言できませんが、ある聾学

助詞指導と比較問題との関連(木島2022).jpg

校では、小学部の低学年段階で、助詞(「が、を、に、で、と、より」など)を系統的に指導することで、文の意味を正しくつかみ論理的に思考する力が向上し、結果的に「比較3問題」のそれぞれの問いの正答率も向上しています(右図)。この聾学校では、201112年頃から低学年児童を対象に日本語文法指導を始めています。その頃まだ文法指導の授業を受けていなかった子どもたちの比較問題の結果は、他の聾学校高学年児童の平均と変わりません。しかし5年後の2017年とさらに5年後の2022年の結果はどちらも問1は95%以上の正答率、問275%以上の正答率、問3は50%以上の正答率で、2012年の結果より、それぞれ1525ポイント正答率が向上していることがわかります。これが文法指導とりわけ助詞を学ぶことの最大の意義であり、そのことを如実に示しているのがこのグラフということになります。

ここで注目しておきたいのは、いわゆる「9歳の壁」に関係する問3の正答率がほぼ50%まで達していることです。高等部5校平均の正答率(学部別正答率グラフ参照)を小学部高学年ですでに上回ていることになりますが、適切な時期に適切な指導を行えば、きこえない子どもも、もっと伸ばせるということを示している結果ということができます。

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なお、助詞の指導に関しては、下記の記事を参考にして下さい。また、本会発行のテキスト『きこえない子どものための新・日本語チャレンジ』(木島照夫,1,600円)は、助詞学習用のテキストです。この内容に合わせたYouTube動画も配信していますので参考にして下さい。

*テキスト「新・日本語チャレンジ」

 http://nanchosien.com/publish/cat58/post_20.html


YouTube動画(全体プログラム)

http://nanchosien.com/11you-tube/


〇まとめ

 小学校低学年頃の「具体的操作期(7,8歳~)」から、小学校高学年頃の「形式的操作期(1112歳~)」に移行する頃の認知・言語発達を、「比較3問題」を使ってみることができます。但し、問1の問題文は経験的知識に頼った方略や主語・述語近接方略によっても正解できるため、助詞「より」を理解し的確に日本語を読み取れる力があるかどうかをみるのにはやや不十分です。それでもここでひっかかる子どもは基本的な比較概念の習得に課題がある可能性があるので、再度、見直しが必要です。

問2は、「もし~なら」という仮定の思考ができるか、経験的知識や見かけに頼らず客観的な判断できるかといった観点からみることができるので、「自己中心性」の時期を抜けきっていない場合には、この問題でひっかかることがあります。

問3は、抽象的な記号を操作し、助詞「より」の理解を含む日本語問題文を正しく読み取れる力、順番に論理的に思考することができる力をみることができます。現状では助詞等の指導によってP聾学校高学年児童の正答率50%までは実現できていますが、ここにシリーズで書いてきたように、幼児期からのアセスメントをしっかり行い、その年齢・時期での発達課題にしっかりとかつ子どもと楽しく取り組んでいければ、抽象的思考のレベルに到達できる子どもたちの割合ももっと増えてくるだろうと思います。

 

┃難聴児支援教材研究会
 代表 木島照夫

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