言語力・思考力のアセスメント/その2・4歳頃に行う認知・言語発達のアセスメント
前回は、語彙・文法・読解という側面から日本語言語力についてアセスメントする方法を紹介しましたが、今回から、「生活言語」から「学習言語」へ至る過程での認知・言語発達をみる検査について紹介したいと思います。
〇幼児期から児童期にかけての認知・言語発達の特徴
まず、生活言語と学習言語という二つの言語の違いについてですが、この二つの言語について考える場合、日本語の語彙・文法・読解といった側面からではなく、認知発達の視点から考える必要があります。というのは、学習言語が、書記日本語の読み書き能力や教科学習に必要な抽象的・論理的・客観的思考のできる力に関連しているからです。
そこでで認知発達の代表的な理論であるピアジェの認知発達段階説に沿って幼児期から児童期に至る子どもの認知発達についてみてみます。
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図の左側に下から上方向に示されているのがピアジェの発達段階で、感覚運動期から形式的操作期まで順に5つの段階があります。
このうち、言語獲得以後の「前概念的思考期」と「直観的思考期」が幼児期に該当します(この2つをまとめて「前操作期」とも言います)。
ピアジェによれば幼児期の特徴は「自己中心性」(「中心化」)で、ものごとを自分中心という主観的な視点からみるのがその特徴です。
しかし、小学校以降の教科学習が可能となるためには、ものごとを客観的な視点からみることが必要ですから、"自分"という主観的な視点(「自己中心性」「中心化」)から、"自分以外"の別の見方(他者など自分以外の別の視点)が考慮できるようになることが必要で、これを「脱中心化」といっています。この「自己中心性から脱中心化へ」の発達が、「生活言語から学習言語へ」の発達の認知的側面であると言えます。

この点を含めて生活言語と学習言語を定義づけるとしたら、生活言語(=幼児期)とは「自分自身との関連でことばを理解している」段階であり、学習言語(=児童期・低学年)とは「自分の経験を離れて一般的・客観的にことばを理解できる」段階と定義づけることができます。(右図参照)
さらに児童期・高学年では、慣用句(「手に汗を握る」「頭をひねる」など)やことわざ(「論より証拠」「馬の耳に念仏」など)のような、比喩やたとえを使って的確に物事の本質を表現したり、「すみません、時計もっていますか?」と言われたとき、場と状況によってそれは時計の所持を尋ねられているのではなく、「今、時間は何時ですか?」と時刻を尋ねられているということの意味など、ことばは字義通りの意味だけでなく、さらに別の意味があることの理解ができるようになります。また、詩や短歌、俳句などのようにものごとの深い感動をあらわした文の意味をくみ取れるようになっていきます。このような段階を「ことばの本来の意味を越えてことばの意味が見出せるようになった段階」ということができます。学習言語の中でもレベルが高く、ピアジェの発達段階で言えば、「形式的操作期」(11,12歳~)に該当する段階です。
〇きこえない子はどこでつまずくか?~最初のハードルとアセスメント
「自己中心性から脱中心化へ」「生活言語から学習言語へ」というこの発達の節目は、「5歳の(だらだら)坂」(齋藤佐和,1986)と言われて、きこえない子どもたちは、ここを越えることに多くの時間がかかり、きこえない子にとっての大きなハードルとなっていました。この発達段階は、ピアジェの認知発達段階では、「直観的思考期」(4~7歳)から「具体的操作期」(7,8歳~)への移行の時期と重なっており、「脱中心化」がメインのテーマとなる発達の節目です。
しかし、発達の節目はここだけではなく、実はもう少し年齢の早い段階にもあります。それは、ピアジェの発達段階でいうと、「前概念的思考期」(2~4歳)と「直観的思考期」(4~7歳頃)の変わり目あたりです。以下、乳児期から幼児期前半頃のピアジェの認知発達段階に沿ってその頃の認知発達の様子からみてみます。
ア.感覚運動期(0~2歳頃)
7,8か月頃、赤ちゃんはものが隠れて見えなくなっても、それが存在していることを理解できるようになります(「対象の永続性」)。見たものや経験したことをイメージを

使って記憶ができるようになるので(イメージ=symbolの誕生)、まだことばがわからなくても、実物の代わり(=symbol)として、経験したことの「写真」を見て親子で気持ちを伝え合えるようになるわけです。そして、1歳頃の初語の表出を経て(難聴児では手話による初語表出は聴児の初語表出と時期的に変わりませんが、難聴児の音声言語初語の時期は半年から1年くらい遅くなります)、2歳頃に「ものの名前がわかる」ようになります。もの名前は、共通の性質をもった同じものの集まり(カテゴリー)につけられた名前ですから、この頃にものの概念やカテゴリーがわかるようになったとも言えます。ここまでは手話で言語獲得は大丈夫なのですが、難聴児の言語獲得の問題は、獲得したそのものの概念やイメージにどれだけの豊かさがあるかなのです。それは、2歳から4歳頃の「前概念的思考期」をどのように過ごすかに関わってきます。
イ.前概念的思考期(=象徴的思考期)(2~4歳)
言語を獲得し概念を形成し始めた2歳頃になると、子どもはもののイメージを頭のなかに

記憶・保存し、あとで取り出して使うことができるようになります。この年齢ではまだ頭の中で言葉や数字を使って高度な思考を行うことができないので、簡単なことば(symbol)やイメージ(symbol)を使い、イメージを頭の中で動かしてママやパパになってままごと遊びをしたり、ヒーローやヒロインになったつもりになってなりきり遊びなどに没頭します。いわゆる象徴あそびが盛んになる時期です。右のファイルの事例はそのような例です。2歳から3歳代にかけてのこの

時期に、目の前にないものを思い浮かべて(イメージを浮かべて)象徴あそびをたくさんした子、買物や料理、洗濯や洗濯物干し、掃除やごみ捨て、外出や外あそびなどを親と一緒にやった子、絵本をたくさん読み再現あそびをした子たちは、実物にもたくさん触れていますし(直接経験と生活概念の獲得)、その実物についての概念を大人との会話を通して獲得していますし(概念の拡充や記憶)、絵本や絵日記、描画といったシンボル媒体(間接経験)を通じて想像の世界とも結び付けることができていますが、生活の用を足すだけの通り一遍の会話(いわゆる日常会話)だけで終わると、きこえない子たちの概念形成とシンボル形成はうまくいきません。

きこえる子はどこかでだれかの話を「聞きかじる」「耳にする」経験をしていて情報を補うことができるのでそれほど概念形成に関して難聴児ほどの心配は要らないのですが(全く不要という意味ではありません)、きこえない子は「今、ここ」で向き合っているときのやりとりだけが概念やシンボルを拡げる場になるので、この時期に実物に触れる経験やその経験をことばやイメージで膨らませていく関わりが不足すると、頭の中にイメージが作れなかったり、そのモノの概念に広が

りがなかったり、りんご、みかん、バナナといった目で"見える"モノの名前は習得できても、「果物」といった目で"見えない"カテゴリー(上位概念)につけられた名前を習得することができません。ことばがカテゴリーごとにまとめて整理され頭の中に保存されていないので、新しいモノに出会ってもそれが何かを推論できず、結果的にことばが広がらないということになりますし、ことばがバラバラになっているので記憶もしにくいということになります。
そこで、こうした関わりがうまくいっているかどうかをチェックすることが必要ですが、その時期として、「前概念的思考期」と「直観的思考期」の発達の節目である4歳頃に、2~3歳代のシンボル機能の発達と概念カテゴリーについてチェックを一度行うわけです。
〇太田ステージ~stageⅢ-2後期・・目の前になくても頭の中にイメージが浮かぶ?

目の前にないものをイメージできるかどうかをみるのが、太田ステージⅢ-2の「物の大きさの比較」です。記憶表象(symbol)が未発達で実物しか思考の対象にできない段階(Ⅲ-2前期)か、頭の中にしっかりと記憶表象がもてている(Ⅲー2後期)かをみます。
*難聴児は、言語獲得をしたのち、ものの名前や概念をそれなりに身につけていきますが(いわゆる「基礎語」の獲得は可能)、獲得している概念の豊かさに欠ける傾向がありま

す。日々の生活の中で用を足せば終りの会話だけでは十分にものごとの概念が十分に身に付いておらず、また、イメージも豊かにもてていないことが多いので、4歳頃に一度チェックをして、ここで躓いているようであれば、もう一度、概念を豊かに獲得するための丁寧な会話を、家庭で心がけていただくようにします。右に添付した事例は参考になると思います。


〇質問応答関係検査「類概念」・・ことばがカテゴリー化(構造化)されてる?

難聴児は、ことばの獲得(モノの名前がわかる)は可能ですが、目の前に見えるモノの名前はわかっても、さらに抽象性の高い上位概念を知らないことが多いです。例えば、「犬、ねこ、牛、馬」(基礎語)は知っていても、それらの共通性からまとめたことば(上位概念)である「動物」ということばを知らないことがあります。「動物」は抽象概念であり、「動物」というものがいるわけではありませんから、「見えない」ことばで

す。見えなくても、どこかで「聞いて」知っていくのが聴児ですが、きこえない子はそれができないので、このような「見えない」ことばは教えるしかありません。そこができているかどうかを問うのがこの検査です。
事例は、ものごとの概念をどう深めるか、事例Bは絵本とも結び付けながら「すいか」という実物との出会いをどう体験し、イメージ豊かにすいかの概念を学ばせたか、事例CはC「服が汚れちゃった」「洗濯機に入れと

きなさい」で終わりがちな日常会話から、さらに一歩深めて実際に一緒に「洗濯」を体験した事例です。このもう一歩深める会話こそ、難聴児の概念を豊かに身につけさせられるために大事な会話。こうしたやりとりを2~4歳の「前概念的思考」の時期にしっかりやることが、次の「5歳の坂」というさらに大きなハードルを越えるための貴重な糧になるわけですね。

以上、「太田ステージ」と「質問応答関係検査」についての詳細は、以下の項目もぜひ参考にしてください。
HP・TOP>乳幼児期・学童期>豊かなイメージをもったことばの獲得を!~幼児期3歳のシンボルの発達
http://nanchosien.com/nyuyou/post_237.html
HP・TOP>発達の診断と評価>難聴幼児の認知発達をとらえるものさし~太田ステージ
http://nanchosien.com/10_1/post_226.html
以上が、幼児期の認知発達段階である「前概念的思考期」(=「象徴的思考期」2~4歳)から次の段階である「直観的思考期」(4~7歳)の移行期にある最初のハードルとそのチェック方法です。ここを上手に乗り切ると、次のハードルである「直観的思考期」から「具体的操作期」(7,8歳頃)の間にある「5歳の坂」が乗り越えられます。発達は順番にしか進みません。年齢に関係なく、躓きをみつけたらその地点に戻ってやり直すことが結局は早道なのです。「急がば回れ!」