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幼児期の認知・言語の力を伸ばすポイントは?~豊かなシンボルと概念形成

〇生活言語から学習言語へ~「9歳の壁」を越えるために

聴覚障害教育の中で「9歳の壁」ということがよく言われます。これは1960年代の半

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ば、東京教育大学附属聾学校(現筑波大学附属聾学校)校長であった萩原浅五郎の『聾児の学力は"9歳レベルの峠"を前に疲労困憊している』ということばの中から「9歳の壁」と変わって現在に至っています。それから半世紀の歳月が流れているわけですが、確かに今でも、この抽象的思考ができる小学校高学年段階になかなか到達できない聴こえない子たちが多いのは事実です。

ひと昔前に比べて補聴器の性能もよくなり、重度の難聴児には人工内耳を埋め込んで聴力の改善が図れるようになってきたこともあり、「よくおしゃべりできる」子どもが増えました。おしゃべりができると、日本語が頭の中にしっかり詰まっていて、考える力もついているのではないかと思われがちですが、ヒアリングやスピーチの力と、頭の中で日本語や手話という言語(language)を使って抽象的な思考ができる力とは質的には全く違うものです。

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右の図の中の「生活言語」とは、日常会話を想像していただければよいですが、こうした生活の場での会話は、言語以外の手掛かりになる情報(文脈、話題の共有、実物、身振り、表情、語調など)が沢山あり、それらが意味の伝え合いを支えているので多少文法的に誤っていたり省略されていたりしても十分に伝え合うことが可能ですし、なによりもわからかったらその場で相手が質問してくれるというのが特徴です。それに対して、「学習言語」というのは、書記言語が代表的なものですが、その場に居合わせたわけでもない第三者にも通じるように、すべての情報を言語の情報として入れ込まなければならないという特徴をもっています。それによって地球の裏側にいる人にも伝えることが可能となります。例えば、学校で使う教科書は、書記言語で書かれています。ここで扱われている学習のテーマは、「じどうしゃくらべ」とか「うみの生き物」(小1国語)といった一般的なテーマ・題材であり、幼稚部の時に描いた絵日記とは質的に違うものです。幼児期は、自分の経験にまつわることが中心であったし、自分自身との関連でことばを理解していればよかったのですが、小学校以降では、自分の経験を離れて一般的・客観的にことばの意味を理解できる必要があります。では、このレベルアップを図るためには、どんなことをすればよいのでしょうか?

 

〇幼児期のポイントは、シンボル機能のレベルアップと概念形成

結論から先に言うと、大事なことは「シンボル機能のレベルアップ」と「豊かな概念形

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成を図る」ということです。では、シンボル機能のレベルアップとはどういうことでしょうか? 

シンボルとは、私たちが実物の代わりに用いて、思考したり伝え合う記号のことです。例えば子どもが新幹線に乗ったとしたら、その時の記憶はイメージとして子どもの頭の中に残ります。イメージは視覚的映像だけなく音や匂いもあるかもしれません。記憶イメージは実物の代わりですからシンボルです。ほかにもいろいろあります。積木を新幹線に見立てて遊んでいるのであればその積木は新幹線という実物の代理ですからシンボルです。縄跳びの紐が新幹線ごっこに使われているのであれば、その紐は実物の代理ですからシンボルです。そうしたシンボルの中で最も大切なシンボルがことばです。ことばはだれにもわかる公共性を持ったシンボルです。ことばを覚えれば周りの人といろんなことを伝え合

えます。このようなシンボルは年齢が進んでいけば発達していきます。かずとかアルファベットとか化学式だとかこれらも皆シンボルです。私たちはこのようなシンボルを頭の中で動かして複雑な思考ができるようになっていきます。頭の中で、シンボルであることば(年長であれば手話だけでなく日本語も)やかずを操作し、ことばやかずを使っていろいろと考えることができること、これがひとつ大事な目標です。

もう一つは、豊かな概念形成ということです。例えば、「りんごってなに?」と訊かれて「色は赤くて形は丸い。皮をむいて食べる果物の一種」などと応えたとしたら、それがその人のもっているりんごの概念です。

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きこえない子は、概念が貧しいとよく言われますが、確かにそういう面があります。生活の中でりんごを食べる経験は聴こえる子もきこえない子も変わりはないはずです。しかし、説明することばがない。りんごのイメージ(symbol)は頭の中に浮かんでいるのに、そのイメージをことば(手話や日本語という別のsymbol)を使って説明できない。日本語のことばが思いつかないということもあります(語彙が少ない)が、手話でも説明できない子はけっこういます。また、「長野のおじいちゃんがいつも送ってくれるやつだよ」とか「りんご昨日買ったよ」と応える子もいます。この子たちは、まだことばが自分の経験と結びついていて、一般的に「りんご」そのものについて考えること(モノを対象

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化して客観的に考えること)が難しい子たちです。

いずれにしても、子どもに「りんごって何?」と尋ねてその子が応えた内容が、その子のもっているリンゴの概念です。同じ生活の中で同じように食べていてもきこえる子ときこえない子に差が出るのは、きこえる子は、「ききかじる」ということによって情報が入ってくるメリットがあるからです。このような「偶発的な学習」によってきこえる子は知識や情報量をいつのまにか増やしているので、同じように訊かれても、応えることばをたくさん持っている。では、きこえない子はどうすればよいのでしょうか?

 

〇実体験とあそびと大人とのやりとりの中でまず豊かな概念を!

 

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右に事例をいくつか紹介しました。「いちご」の事例は、学校でいちごを食べたことから発展していっています。学校の帰りに実際にいちごを探して買いに行った。「いちご、どこで売ってると思う?」そんな会話をしながら行くとよいと思います。子どもは意外と知りません。パン屋をのぞいたり銀行をのぞいたり探検しながら行くのも楽しいかも? やおややスーパーに辿り着いたとしても果物のコーナーに辿り着けるとは限りません。果物のコーナーにはほかにもいろいろと果物があるでしょう。それらを「これはりんご、これはみかん・・」と探すのもよいでしょう。そしてレジに行ってお金を払って買う。こういう機会に経験させましょう。そして買って帰ってどうする・・? これらが全てりんごの概念にまつわる出来事です。こうした実体験があって「りんご」の概念が膨らみます。そして、それが次に学校での個別指導のときのごっこ遊び・再現あそびにつながっていきます。こうしたあそびの中で、イメージを膨らませやりとりを膨らませる。それがシンボルを豊かにするということです。長くなるので、他の2事例は省略しますが、概念を豊かにすることの意味がわかっていただけると思います。

 このように、概念とはそのモノの意味であり、また、そのモノに付けられた名前と密接に関連しています。「りんご」には「サンフジ」とか「王林」とかさまざまな品種(下位概念)がありますが、品種の違いを越えてそれらの共通した概念に着目して「りんご」と

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言っています。これが「基礎語」で、幼児が最初に習得するのがこうした基礎語です。基礎語はどのような言語でも共通していることが多いです。この基礎語である、りんご、みかん、ぶどうといった似た性質をもつものが集まるとさらに大きなカテゴリーである「果物」という「上位概念」を作ります。ことば(モノ)はこうした構造的な特徴をもっています。ところがきこえない子は、この構造を自然に獲得することがほとんど不可能です。

つまり、みかん、りんご、バナナ、ぶどう・・こういった一つ一つは知っていても、まとめた「果物」ということを知らないことが多いです。ここがきこえる子ときこえない子の違いです。まとめて整理され、そこにつけられた名前がなければ、ことばは全てバラバラに存在するだけです。私たちが新しい言葉に出会ってすぐに覚えられるのは、頭の中でまとめて整理したファイル(辞書)をもっていてそのファイルの中にある情報と瞬間的に照合し、推論する力をもっているからです。また、整理されているからこそ情報をすぐに取り出すこともできるし保存し記憶しておくこともできます。このように語彙を構造化して記憶保存するしくみのことを「語彙辞書」とか「心的辞書」と言っていますが、このしくみを子どもの頭の中に作り、必要に応じて取り出し使えるようにすることです。豊かな概念とは、ひとつひとつのものの概念の豊富さという意味と同時に、このような概念・カテゴリーの仕組みの構築という意味もあります。

 

〇シンボルの発達や概念の発達をいつ、どこでチェックするか?

①年長時でチェック

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さて、支援・指導において大事なことは、その子どもの頭の中にちゃんとシンボルが獲得され、モノの概念を説明したり。概念同士を比べたりまとめたりすることができるかを発達段階に応じてチェックすることです。これらをチェックする時期ですが、一つは生活言語から学習言語へ移行していくときで、5~6歳(年長)で行うことができます。WISCⅣという検査の「言語理解」という括りの中には「単語」と「類似」という下位検査があります。この二つの下位検査を使うのが、同年齢聴児との比較が数値的に出来るので便利です。但し、WISCⅣには実施に関する約束事が色々とあるので、もし使えない場合は「質問応答関係検査」の中の「類概念」と「語義説明」という検査項目を使います。

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あるいは、同じような質問を独自に作ってやれば、数値化はできなくても、子どもの実態は把握できます。そこでもし課題があるようなら、改善するためにどのような取り組みをするかを考えましょう。まず、生活の中での概念を豊かにするためのやりとりの仕方、これはすでに書きました。そして、「ことば絵じてん」作り。これはこのHPの「ことば絵じてん」のところを参照してください。

HP・TOP>日記・絵本・写真カード・手話>ことば絵じてん

http://nanchosien.com/10/1/post_140.html

また、絵を使ったワークで整理するのであれば、 『ことばのネットワークづくり』を使ってみて下さい。このワークブックは令和4年度の文科省特別支援教育一般図書に採用されています。

HP・TOP>出版案内⑥>「ことばのネットワークづくり」

http://nanchosien.com/publish/cat58/

質問応答~類概念.jpgのサムネール画像

HPTOP論文・資料・教材>ことばのネットワークづくり

http://nanchosien.com/papers/cat33/post_40.html




    年少・年中時でチェック

前に書いた「質問応答関係検査」の中の「類概念」「語義説明」を使います。この検査は年齢的に早く使うことができるので、課題を早めに発見できる利点があります。また、「太田ステージ」stage-2では、比較概念が育っているかどうかをみることができます。比較概念は、手話からスタートすれば

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2歳代から獲得しはじめますが、まだ習得できていないのなら、そこからやり直しましょう。とくに、後半の「イメージの中でモノの比較をする」問題は、それぞれのモノの概念が「大きさ」を含めてしっかりとイメージやことばで頭の中にないとできないので、そこで躓いた場合は、実物に触れ、さまざまなやりとりをする中でモノの概念をしっかりと身につけていくようにしましょう。

 


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太田ステージについては以下の項目をご覧ください。

http://nanchosien.com/10_1/10-0/3_1.html


〇「類似」「単語」に焦点をあてて取り組むことで何が育つか?

 

類似単語は、将来どんな力につながるか?.pptx.jpg

  右のグラフは、年長時に実施したWISCⅣ「類似」+「単語」の平均評価点(評価点の聴児平均値は10で、評価点9~11の範囲に聴児の50%が入っている)を縦軸において、リーディングテストにおける読書力偏差値の小4~6年3年間の平均偏差値を横軸に置いて、それぞれの子どもがどこに位置するかをみたものです。これらの二つの変数の相関係数を出すとγ=0.8で非常に強い相関があることがこのグラフからわかります。つまり、類似と単語の成績は、そのまま高学年(=「9歳の壁」以降)の読みの力につながっていることが読み取れます。 

また、類似と単語の平均評価点が9以上の幼児(=到達群18名)と9未満の幼児(

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課題群14名)に分け、それらの高学年時の平均読書力偏差値を比較すると、9以上(ほぼ平均以上)とそれ以下の子どもたちの間には、平均値間に差があり、到達群は偏差値59.8に対して、課題群は46.5で、その差は13.3ということがわかりました(有意水準1%)。

WISCⅣの「類似」と「単語」は、①それぞれの語を自分の体験から切り離して対象化・一般化できるか、②それぞれの語の概念が豊かに育っているか、③概念間の比較や共通概念の抽出ができるか、④上位・下位概念を習得しているか、⑤概念をことばで説明できるかなどをみることができる項目です。また、手話だけでなく⑥日本語で出来る力をみることもできます。逆に言うと、このような力が幼児期に育っていれば、「9歳の壁」以降の小学校高学年の学習言語段階で、しっかりと読みの力を発揮できるということになります。

以上のように、幼児期の取り組み、支援・指導のポイントが、今回、これまでの検査結果を検証して、より明確になったと言えると思います。豊かな概念形成、頭の中でことばやイメージ、かずなどを動かして思考するシンボルのレベルアップ、これらを幼児期にしっかりとやっていくこと、それが、抽象的思考を可能にする言語力・思考力につながるということになります。支援・指導に遅いということはありません。課題が見つかったら、そこから一歩一歩、歩み始めていきたいものです。

┃難聴児支援教材研究会
 代表 木島照夫

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