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「見て理解する世界」から「ことばとイメージで理解する世界」へ~3歳のハードルを越える

前回、「太田ステージ・比較概念」と「質問応答関係検査・類概念」の聾学校幼稚部年少・年中児(30名)の回答結果から、言語(手話及び日本語)および概念形成の時期である、幼児期前半期(定型発達4歳頃までの時期)に多くの難聴児に課題がみられること。

検査結果年少・年中児30名.pptx.jpgのサムネール画像

とくに、概念が芽生えてきた段階である、太田ステージ・Stage-2において、「目の前にないもののイメージ化・概念化」と質問応答関係検査・類概念において、「上位―下位概念の習得」に課題がある幼児が多いことについて述べました。以下の2つです。

 

①「目の前にあるもの(二つの〇の大きさ)の比較」はできる(全体の90%)が、「目の前にないものの大小比較」が十分にできない子どもが60%近く存在する。(太田ステージ・Ⅲ―2)

②個別のものの名前は知っているが、それらを集めた類概念(上位・下位概念、語彙カテゴリー)が十分に獲得されていない(全体の75%が不十分)。

 これらの結果についてもう少し掘り下げて考察し、どのように対応・支援していくかについて考えてみたいと思います。


*①太田ステージ・比較概念の結果から

 まず、物の大小について判断できるということは、二つのモノを関係づけることができるということであり、90%の子どもは概念操作の基礎が出来ていることがわかります。「同じ・違う」「大きい・小さい」「長い・短い」といったことば(概念)を理解し、それらのことばを使ってもの同士の比較判断ができるということです。しかし、見えるものの比較はできても、6割の子どもは、まだ「目の前にないものの大小比較」は難しい。これは頭の中に、比較対象のもののイメージ(表象)は一応浮かぶけれど、その浮かんだもののイメージが不確かであったり概念的な豊かさに欠ける、ということではないかと考えられます。

幼児(とくに年少・年中児)は自分の経験に基づいてものごとを判断します。例えば「椅子と鉛筆、どっちが大きい?」と訊かれた時に浮かぶイメージは、家で食事をするときに座る自分の椅子であったり学校の教室で自分が座る椅子などでしょう。しかし、その時に椅子の大きさまで意識して椅子の概念を頭の中にイメージできているかというと、そこがまだ不足しているのでは、ということだろうと思います。もし、生活場面で、椅子について「パパの椅子は大きい。ぼくの椅子は小さい」など具体的なやりとりをした経験があれば大きさのイメージは獲得されているでしょうが、毎日の会話の中では「さあ、ごはんだよ。椅子に座って~」といった会話ではないでしょうか。大きさをとりわけ意識したり、椅子のさまざまなかたち例えば背もたれのある椅子とない椅子の違いといった違いを意識することはないでしょう。私たち大人だって毎日経験しているものごとやもののイメージや概念をそれほどしっかり作っているわけではなく、例えば、1万円札、5千円札、千円札に印刷されている人物は、それぞれだれか記憶している人は少ないでしょう。書かれている人物がだれであろうとお金の用途には関係ないことですから。

私たち大人がものの大きさまで含めてイメージできるのは、それらのものを何十年にわたって数限りなくいろいろな場面で使い、椅子や鉛筆について熟知し、大きさまで含めてちゃんとイメージできるからです。経験や知識や情報量は、子どもとくに聴こえない子の

連想ゲーム.jpg

それとは格段に違うのです。

もし、子どもが、あるものについてどれほどの概念をもっているかを知りたければ、「連想ゲーム・サテライト型」(右図・左)をしてみるのもよいでしょう。「椅子」をテーマにして思いついたことを出し合うゲームです。そのゲームの中で子どもが手話や日本語でいくつ思いつくか? また、病院に行った時の絵、柿を取ろうとしている絵、出かけるときの絵などをみて、それらの出来事につ

この場面説明してみよう1.pptx.jpg

いてどれだけのことが語れるでしょう? 子どもが自分で思いついて語れたことばが子どもが持っているそのもの・ことについての概念です。ですから、もし、子どもがターゲットになっているものについて十分語ることができないのであれば、それは概念がまだまだ不足しているということですから、再度、さまざまなもの・ことについてのイメージとことばを豊かにする活動(生活・遊び・会話)に取り組むことが必要です。

子どもは、日々の生活の中でいろいろな体験をしています。起床、着替え、洗面、トイレ、入浴、食事、おやつ、洗濯、掃除、ごみ捨て、買物、自転車、車、スーパー、レジ、お金、銀行、床屋、病院、駅、空港、レストラン、コンビニ、学校、園、遠足、散歩、公園、郵便局、動物園・・・。数限りない場面で、それは、だれが、何をするところなのか、そこに何があるのか、そこはどうやっていくのか、そこにいる人は何を話しているのか、そこにいる人はどう思っているのか・・それぞれの場面で、お子さんはどれだけのことがイメージできるでしょうか? 

例えば病院。そこはどういう時に行くのか、どうやって行くのか、なにを持っていくのか、そこでは何をするのか、どんな人がいて、自分はどうすればいいのか、大人はどんなことを話しているのかなど、子どもがわかるように話すことが必要です。そうした経験とやりとりの積み重ねの中で、「病院」についての概念やイメージが育っていくからです。

また、病院を思い出しながら家で病院ごっこをするのもよいでしょう。聴診器はトイレットペーパーの芯を使ったり、注射器はノック式のボールペンなどで代用すればよいでしょう。薬は、もらってきた薬の袋や器をとっておいてそれを使ってもよいでしょう。

動物園再現あそび.pptx.jpg

右のファイルは、111か月の難聴児とも君(『子どもとママと担当者と35か月の軌跡』より)が、学校から行った動物園遠足のあと、家で動物園ごっこ(再現あそび)をしている様子です。実際に見たことを母子で再現することで、動物園、猿、白熊などのイメージを膨らませ、それらの動物の概念をことば(手話)と共に身につけ、それをさらに夜に、自分の頭の中で楽しかった記憶としてよみがえらせ、情景を思い出しながら、そのイメージをひとり言として言語で語ることを通して再現している様子がわかります。

この頃、とも君はどんな象徴遊びをしていたのでしょうか? 2歳前後の3か月の保護者記録から、以下のようなごっこ遊びを日々楽しんでいたことがわかります。実際に経験したことの再現ですね。

111か月・・「郵便配達ごっこ」「動物園遠足ごっこ」「芋ほりごっこ」「自動販売機ごっこ」2歳0か月・・「柿の木とりごっこ」「お巡りさんごっこ」

21か月・・「洗濯」「ごみ捨て」「サンタクロースごっこ」「ウルトラマンごっこ」「ライオンごっこ」「大掃除」

22か月・・「動物ごっこ」「大きなかぶごっこ」「バスごっこ」「スーパーごっこ」

 

お風呂あそび.pptx.jpg

 右のファイルは、2歳後半頃の子どもの遊びの事例ですが、子どもはこのようなあそびの中で、ごっこ遊びの主人公になったり別の役を演じたりしながらもの・人・動物などのイメージを膨らませ、概念を豊かに身につけていくことがわかります。発達で大事なことは何歳で何ができるという年齢ではなく発達の順序で、発達は基本的に順番に進んでいきますから、あることができないのはその前の段階のことがまだクリアできていないことが多いです。まだ「目の前にないものの大きさの比較」に課題があるのなら、いろいろなもの・ことについての概念が形成されるような活動ややりとり(会話)、また、比較の概念を育てるやりとりやあそびに取り組んでいきましょう。


〇数量概念を育てる

あそびの中で数量概念をみる方法.pptx.jpgここでもうひとつ、数量概念を育てることについて述べておきます。難聴児のことばについては誰でも関心が向きますが、意外と視野から落ちるのが数量概念です。一般的に言えば2歳で「2」がわかり、3歳で「3」がわかり、4歳以上で「4や5」がわかるようになりますが、大事なのは、数字が順番に言える「順序数」より、「いくつ」という集合数の概念が育つことです。「3つのうちから1つとったら残るのはいくつ?」などといった、かずの合成や分解ができることです。では、数量の概念も育てたい.pptx.jpg

どうやって子どもの数量概念を調べるか? 楽しくあそびながらやる方法を右のファイルに描いてみました。3歳ならどの子も楽しめます。工夫しながらぜひやってみて下さい。

また、数量の概念を育てるいちばんいい場面は、やはりおやつの時。その子のもっている数量概念から次の課題(「3」までわかっているなら「4」まで)を見通しながらいろいろな声掛けを工夫します。

 

②質問応答関係検査「類概念」の結果から

 これは、ものとものとの関係の概念の理解に弱さがあるということ。まず一つ目に必要

類概念を育てよう.jpg

なことは、比較概念のことばを使って生活の中で使えるようにしていくことです。「大きい・小さい」「たくさん・少し」「きれい・汚い」「はやい・おそい」「長い・短い」・・たくさんありますね。「どっちが大きいかな?」「どれがいちばん長いかな?」など言葉かけをしていきましょう。また、『反対ことばカード』などを使ってかるた遊びをするのもよいでしょう。手話と日本語が結びついているかをみるのも大事です。「大きい!」と手話したら相手は「小さい!」と

絵画配列練習.pptx.jpg

反対の手話をするなどのルールを決めて「反対語あそび」をするのも楽しいです。

 また、比較の概念がわかるようになることと関連して、出来事の場面の流れが理解できそれについて説明できることも大事です。右のような絵カードを使って、その出来事の流れについて説明する練習をしてみるのもよいでしょう。

二つ目は、仲間集めで語の概念カテゴリーを頭の中につくっていくことです。同じもの

ワークで整理1.pptx.jpg

の仲間がわかるということは、概念形成の基礎としてとても大事なことです。ものの名前がわかるようになったということは、犬、ねこ、りんご、バナナ、バス、電車といった基礎的な概念はわかるようになっているということですが、これらの中にもいろんな種類があります。例えば「犬」にもトイプードル、チワワ、秋田犬、ゴールデンレトリバーなどの下位分類があり、さらに大きな仲間としてまとめたときの名前(「犬」と「猫」なら「ペット」「動物」「けもの」

ワークで整理2.jpg

など)がありますが、難聴児はこれを知らないということが多いです(耳で「ききかじる」知識はない)。ですので、絵カードを使ったり「オリジナルことば絵じてん」を作って、「台所で使うもの」「お風呂で使うもの」など集めたりします。また、「赤いもの」「丸いもの」などのテーマを決めて順番に言い合うなどのゲームをしたりするのもよいでしょう。また、年中・年長さんなら右のようなワークを使って整理するのも効果的です(このワークの効果は実証済みで令和4年度の文科省特別支援教育一般図書(=教科書として使用可)にも採用されています)。

 

3歳のハードルをクリアして、6歳のハードルに向かって歩みましょう

 このような取り組みを通して、目の前にそのものがなくても、頭の中にそのもののいろ

りんごの概念を育てる.jpg

いろなイメージや概念が浮かべられるようあそびや生活の充実を図っていくことがまず大事です。「りんご」ひとつとっても、「りんご」の概念は、図のような「りんご」にまつわる様々な活動の中で培われます。そして、もの・ことについての概念・イメージの豊かさが、次の質的転換点である、「頭の中に、ことば(日本語)やかず、もののイメージを浮かべ、それらを比較したり、関係づけたり、操作したりなど、シンボルを使ってさらに思考を深めることを可能にします。そ

生活言語から学習言語へ.pptx.jpg

れが「6歳のハードル」(=「5歳の坂」)を越える力です。

また、次のハードルは、今よりもっと「日本語」の語彙の豊かさ(量もですが、それ以上に語の質=概念・イメージの豊かさ)が求められます。なぜなら、就学後に使う教科書は、書記日本語(読み書きのことば)で書かれているからです。また、「自分中心の見方・世界」から「客観的な見方・世界」へのレベルアップも求められます。ここもまた難聴児の苦手なところですが、これらについては別の機会に書きたいと思います。

 

┃難聴児支援教材研究会
 代表 木島照夫

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