ある保護者の方から、「なぜ、ことば絵じてんを作るのがよいのでしょうか?」と質問を受けましたので、再度、一緒に考えてみたいと思います。
きこえない子(聾児・難聴児)は、聴こえる子(聴児)のように、あらゆる情報を耳から得るということが困難です。例えば、幼稚園や保育園での友達同士の会話や家の中での

夫婦や兄弟の会話を、横からそれとなく「ききかじる」とか「小耳にはさむ」ということができません。この違いは、語彙や知識の獲得の面でとても大きな差となります。
きこえる子は誰がどんなことを話しているかそれとなく、遊び・テレビ・ゲーム・読書・勉強"~しながら"ちゃんと聞いていて、「耳学問」ができるので、語彙も増えるし、知識も増えるし、誰がどんなこと言ったり何を考えているのかまさに「自然獲得」していくわけですが、聴こえない子にはそれができない。ですから、聴こえない子にとっては、基本的に「自分に話しかけられたときだけ」が、ことばの獲得や知識の獲得、他者の考えを知るチャンスなのです。ですから、家族の会話が音声だけであったり、親子の会話が少なかったり、いつも子どもに通じることばばかり使っていたりすると、語彙や知識は増え

ませんし日本語の構文力はつきません。聴児はひとつのことばを数百回、いろいろな機会を通じて、いろいろな人やテレビなども含めてどこからともなくきいてその意味や使い方を自然に身につけていますから、ことばとことばの関係(例えば「リンゴ」は「果物」の一種であるとか、果物も野菜もお菓子も「食べ物」だとか)も誰が教えるということもなく自然に身につけます(心配な方は試しに「果物にはどんなものがある?例えばバナナがあるよね」「水の中にいる生き物は何?」の2つの質問をしてみて下さ。3歳なら2~3つ応えられるのが普通ですが、4歳であれば聴児は6~7つ答えられます。
実際、聴児の年長児であれば、リンゴやミ

カン、バナナは知っているけれど「果物」という上位概念の言葉を知らないという子はまずいないでしょう。しかし、きこえない子はどうでしょうか? 上位概念の言葉例えば「果物、野菜、飲み物、食器、昆虫、動物、乗物、掃除道具・・・」などを知らない子は意外と多いです。つまり、一つ一つのモノの名前は知っているけれど(いや、それもあやしい子がたくさんいますが)、括る(くくる)ことば(=上位概念のことば)がない状態です。身につけていることば(基礎概念)が一つ一つバラバラなままで、カテゴリーでくくられていないのです。そのため、小学校の国語教科書にはどの教科書にも必ず添付ファイルのような「カテゴリー」の単元がありますが、ここでつまずく子は少なくありません。
カテゴリーがあるから「推論」と「記憶」ができる!
私たち人間は、ことばを使って思考するわけですが、思考をするために必要なこととして「推論」と「記憶」という頭の働きがあります。その記憶と推論を支えているのが、カテゴリーという頭の中に整理された情報のファイルです。では、カテゴリーは私たちの生活の中でどんな時に使われているのでしょうか? 例えば、洗濯し終わった衣類を冷蔵庫に片付ける人はいないでしょうし、使った食器を洋服ダンスに入れる人もいないでしょう。私たちは生活の中で自然にそれぞれのモノの共通性からモノを「分類」して「カテゴリー」でまとめ、あるべきところに整理し保存し記憶するという方法をとっています。あるいはまた、ある病気に対して、Aという治療法がよいのかBという治療法がよいのかを比較選択できるのも、これまでに知り得た経験(症例)がカテゴリー化され整理されているからできることです。患者はみな一人ひとり症状が違うのだからカテゴリーでくくれない・・と言い始めたら、治療法は成り立ちません。
このように、あらゆる事柄やモノやことばがその共通点を取り出して整理されカテゴリー化されることによって、私たちの生活も思考も成り立っており、そうしたカテゴリーをもっているから新しく出会った経験にどう対応すればよいのか予測(推論)もできるわけです。逆に言うと語彙や知識がカテゴリーとして整理され保存されていないと、「推論」という思考ができないので新しいことを学べないということになります。
〇カテゴリーで整理されていれば記憶しやすい
カテゴリーがあることのもう一つのメリットは、共通点・類似点をまとめて整理しているので記憶しやすいということです。「記憶の経済性」があるのです。誰でも意味のないバラバラのことをそのまま記憶するのは大変ですし、記憶し続けることも大変です。ですから、図などを使ってまとめて整理したり、意味づけたりして記憶しやすくします。きこえない子が言葉が増えないということの原因の一つは、持っていることばや知識がまとめて整理されておらず、記憶する負担だけがやたらと大きくなって、新しい知識を新たに取り入れたり保存しておくことが上手にできないためです。バラバラのものはそんなに多くは覚えられない。つまり記憶の効率が悪い。だから語彙が増えないわけです。この段階をなるべく早く卒業しておかないと、小学生になってからでは、計算、カタカナ、漢字等々覚えることが山ほどあってますますこの段階を抜け出せなくなってしまいます。
〇「カテゴリー」の発達は、テーマ別から階層概念へ
2~3歳の幼児に犬と首輪と牛の絵を見せて、「仲間づくり」をするように言うと、「犬と首輪」を仲間にしたりします。首輪は犬がするものだからです。このように経験的な視点から分類したカテゴリーを「チャンク」(意味的分類)と言います。しかし、4歳頃になるとこのようなチャンクによる分類から「牛と犬」とを仲間としてくくるようになりま

す。これが上位―下位概念をもつ語彙の「階層カテゴリー」で、くくったカテゴリーに名前がつく分類です(牛と犬のカテゴリーには「動物」「哺乳動物」さらに大きなくくりでは「生き物」など)。
ことば絵じてんをつくるとき、当然この二つの観点が入り混じって作られていきます。
例えば、インデックスに「学校に行くときの持ち物」とか「〇〇公園」といったテーマで名前をつけた時、その頁に貼ってある写真と

か絵は、その子にとって意味のあるものを集めたものですから、チャンクでのカテゴリーということになります。一方、「キャベツ、じゃがいも、にんじん」といった写真を貼っていくとインデックスには「野菜」というテーマがつけられます。これは公共性・一般性のある分類で上位概念のカテゴリー名をつけられる集まりなので階層性のあるカテゴリーということになります(添付した写真のぶどうの例は、ぶどうという基礎概念をさらに下位概念(品種)で分類したものです。チャンクと階層カテゴリーのどちらが良い悪いではなくカテゴリーはいろいろな視点で分類できることを経験を通して理解しておくことが大切です。そして分類の中にはカテゴリーに名前がつく階層構造をもったカテゴリーがあるということがわかるようになればよいわけです。
さらに、この階層構造をもったカテゴリーがそれぞれの子どもの頭の中に構築されていく(「語彙辞書・心的辞書」をつくると言います)と、新しい語に出会ったとき、頭の中のそれらの既存のファイルと瞬間的に照合して(これを「即時マッピング」と言います)、新しい語の意味を推論し、即座に記憶していくことができるようになります(この現象が盛んに起きるのが2歳頃の「語彙爆発」です)。たくさんのモノを比べてみることでモノとモノの相互の関係性がより広く深く理解できるようになり(これを「ことばのネットワーク」化と言います)、この繰り返しの中で語彙が蓄積し推論する力が伸び、高度な論理的・抽象的思考が可能になっていくわけです。その結果として、例えば、黒い碁石を8個横一列に並べ、その下に白い碁石を5個並べ、「黒い碁石と碁石全部とではどっちが多い」と聞いたとき(「包含の概念」)、これがわかればだいたい8歳レベル。また、「A>B,B>Cの時、A>C」(「推移律」)がわかればほぼ9歳レベルに到達したと言えるでしょう。そしてこうした抽象的思考ができるためには、幼児期からの「仲間分け」「比較」「カテゴリー」といった概念形成ができていることが必要になるわけです。
〇「ことば絵じてん」を子どもが見てくれない~興味・関心を引き出す工夫
このシステムづくりの最初のスタートが「ことば絵じてん作り」です。だいたい2歳から3歳くらいになると、子どもの関心ごとすなわち「チャンク」でのことば絵じてん作りがで

きるようになります(子どもの生活や興味と関連していないと、ただ、絵が並んでいるのを見ても子どもは興味を持ちません。意味が感じられないからです)。それから「野菜」とか「果物」とか「乗り物」といった階層カテゴリーでの頁でも作れるようになります。これも興味を持たせるためには、実際にお店に行ったり、実物を見たり買ったり考えさせたりの工夫が必要です(添付ファイル参照)。また、ポスターにして壁に貼るのも効果的だそうです(ブログ「ここから応援して

いるよ」下記参照
https://fujiyamakae.com/)。
そして、年中・年長くらいになるとモノからことば・様子・関係例えば「ウのつくことば集め」「オノマトペ集め」「気持ちを表すことば」「親戚」などだんだんと高度な内容で作れるようになります。そして、最後に、「ことばのネットワークづくり」(添付ファイル、本会発行)などのワークを使って頭の中のことばを問題を解くことを通してさらに

整理します。この「ことばのネットワークづくり」の最後のほうには、縦と横の系列から真ん中の空欄に入る絵を選べる頁がありますが、この頁の問題ができるようになったら小学校以降の勉強は大丈夫です。この問題はよく私立小学校などのいわゆる「お受験」で出されるもので、二つのカテゴリーから同時に考えて推論しなければ解けない問題です。しかし、ことば絵じてん作りを丹念に積み上げていけば必ず解ける問題です。ぜひ、チャレジしてみてほしいと思います。
『ことばのネットワークづくり』は、TOPページ>左記のカテゴリー出版案内⑥より購入できます。