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聴覚障害児と「心の理論」~手話で伝え合うことの効果

はじめに

他者との良好な関係を築くためには、「Aさんは、私がこう言えばどう思うだろうか? それなら、こういう言い方はしないほうがいいのではないだろうか?」といった、他者の気持を読み取り、自分の言動を自己調整する力が求められます。すなわち、他者の心を想像する力(「心の理論」)が不可欠です。

 

しかし、聴覚障害児においては、他者の心を想像する力の発達が遅れる傾向にあることが指摘されてきました。例えば、藤野博氏(東京学芸大)は、年中から小六までの聴覚障害児(638名)に「サリーとアン課題」に基づく「ボールの問題」(自分の視点から離れ相手の視点に立つ力を評価する問題で、本調査もこれと同種)等を実施(「聴覚障害児における心の理論と言語発達の関係」『聴覚障害児の日本語言語発達のために』,2012)しています。この課題の正答率は、聴児年中・年長児でほぼ8割と言われていますが、藤野によれば、聴覚障害児における正答率は、年中児及び年長児で約2割、小一3割、小二4割、小三6割、小四8割という結果であったということです。そして、これらと言語的・非言語能力とを比較した結果、「文の産出」に関わる力と「語彙の理解」に関わる力が関係していたとも述べています。とりわけ「文の産出」においては、受動文(する・される)や使役文(させる・させられる)の表出が課題になっており、例えば「Aさんは『XはYである』と思っている」といった人の考えを想像するときに、そのツールとしてこうした構文を形成する力が活用されるのかもしれない、と述べています。

 

確かに、聴覚障害児は、「受動文」「使役文」「授受文」といった自己・他者関係をあらわす文の理解・表出に弱さがあり、その困難さは、動詞の活用と助詞の変更といった日本語の文法力だけでなく、誰について言及するときにその言い方をするのかという「視点の変換」すなわち誰の立場に立った時の言い方なのかというメタ認知的な視点の獲得の弱さにあるのではないかと筆者も考えています。

 

そこで、こうした「他者の視点に立つ」力は、聴覚障害児においてはどのように形成され、またその力を伸ばすためにはどのようなことを考えていけばよいのかという実践上の手掛かりを得るために、まず、聴覚障害幼児を対象として「サリーとアン課題」に基づく「ミニカーの問題」(オリジナルの課題)を実施し、実態を把握することを試みてみました。

 

1.課題内容(手順)

①アンパンマンはミニカーで遊んだ後、水玉箱にしまい、遊びに行く。 心の理論「サリーとアン課題」(2018).jpgのサムネール画像

②アンパンマンが遊びに行っている間、バイキンマンが来てミニカーを取り出して遊び、その後、無地箱に入れて去っていく。

③バイキンマンが去った後、アンパンマンが遊びから帰ってきて、しまっておいたミニカーを取り出そうとする。

④その時、アンパンマンは、水玉箱と無知箱のどちらを開けると思うか?

 

 

2.課題について

この課題の正解は水玉箱です。「物理的」な事実としては、現在ミニカーは無地箱にあるわけですが、アンパンマンにとっての「心理的」な事実としては、ミニカーは水玉箱にあるわけです。この問題は、物理的事実と心理的事実が食い違うよう場面が設定され、物理的事実によってではなく、登場人物にとっての"心理的事実"によって物事を判断しないと正解できません。つまり、アンパンマンの視点に立って物事を考えることが求められるわけです。ここでの心理的事実とは「ミニカーは水玉箱にある」というアンパンマンの信念で、物理的事実とは異なっています。アンパンマンはミニカーが無地箱に入れられるところを見ておらず、したがってアンパンマンにとっての心理的事実は、あくまで水玉箱にあるという信念です。しかし、これは心理的には正しい信念ですが、物理的な事実とは異なっているという点から考えると誤った信念であり、「語信念課題」と言われています。
 この課題を使って健聴児の"心の理論"の発達について研究た結果では、3歳~4歳児ではまだ正しく答えることができませんが、4歳(年中)~5歳児(年長)になると8割近くが正解できるようになり、6歳以上の子どもたち(小学生)ではほとんどが正解できるようになるということを明らかにされています。

 

3.聾学校幼稚部幼児の結果 アンとサリー課題正答率.jpg

そこで、筆者は、発達早期から手話を使う聾学校2校の幼稚部に通う聴覚障害幼児40名を対象にこの課題を実施したところ、右図水色の棒グラフのような結果を得ることができました。この結果から、確かに聴児と比較すると遅れはありますが、藤野の聴覚障害児対象の同種の調査結果よりも年長児においては正答率は3倍近いということがわかりました。

 

4.考察

 「アンパンマンは、『ミニカーは水玉の箱にある』と、思っている」ということを、子どもはどのように想像しているのでしょうか。日常のコミュニケーション場面において、自分の思いや考えを相手に伝えたり、人の思いや考えを自分がきいたりする機会は、聴覚障害児の場合、少ないのだろうか、と考えると、言語・コミュニケーション手段の問題がまずあることに気づきます。

 藤野の調査では、幼児の言語・コミ手段が手話か日本語かといった問題については触れられていませんが、仮に、家庭の中や園の中に共通の言語・コミ手段として手話があり、お互いに話している内容が理解しあえ、手話で自由に自分の意見を述べあえる環境があれば、自分と他者の考えの違いにも気づくことができるのではないか、と考えることができます。

 このような視点から結果をみてみると、まだ、友達と互いに自分の考えを伝え合えない年少・年中児では正答率は低いです(25%)が、互いに手話で通じ合える年長児ではほぼ6割に達していることがわかります。また、正答した幼児7名と正答しなかった幼児5名の手話でのコミュニケーション能力の程度をみると、正答した幼児7名のうち6名は日常的に手話を用いて幼児同士手話で通じ合える子であり、不正解の幼児5名は聴力が軽くて音声日本語が中心のコミをしている幼児(2名いずれも幼稚部途中入学児)、または手話を日常的に使っていますが、まだ自由に友達と会話ができるほどの手話力に欠ける幼児(3名)でした。

このことから、幼少期より手話を用いてコミし、年長段階で、幼児同士ほぼ自由に会話ができる程度にコミ能力を獲得している子どもは、「他者の心」への想像力も発達しているのではないかと思われます。

アンとサリー年長児の結果.jpg

 

また、手話という言語をもっていても、自分の経験したことや「今、ここ」でのことについては理解し、少しやりとりできるが、友達の経験談をきいて話の内容をイメージできなかったり、話題から逸れずに話が続けられなかったり、相手の話をきいてもまだ自分から尋ねたり相手からの質問にも十分に答えられなかったりなど、手話を使ったやりとりがまだ幼児前半期の段階である幼児は、まだ「他者の心」を想像する力を獲得するまでに至っていないと考えられます。

このような子には、「私はこう思うけど、Aちゃんはどう思う?」とか、「Bちゃんは、××したいから、〇〇と言ったんだね。じゃあ、あなたはどう言えばいいかな?」、「あなたは、どうしてそう思ったの?」、「〇〇ってどういうことかな?」「もし、〇〇だったら、どう思う?」「手話だったらこうだけど、日本語ではどういうかな?」など、思考を深めたり、ことばを取り出してことばについて考える「メタ言語意識」や、自分のことや人の心を想像してみる「メタ認知」的な視点を育てることが大切ではないかと思われます。

 

5.まとめ

 今回の調査から、発達早期から手話を用いて育ち、年長段階に至って、大人に頼らずに子ども同士互いに自由にやりとりできる段階に達している幼児は、「他者の心を想像する力」も比較的順調に育っているのではないかと思いました。ただ、まだまだ被験児数が少なく、結論的に言えるほどではないため、今後、これを仮説としてさらに検証する必要があると思います。(2018.7 木島照夫)