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どうすればことばが育つか?~否定しないこと・手話を学ぶこと

はじめに

9歳の壁(峠)」といわれる現象があります。これは、聴覚障害児の言語力・思考力が抽象的思考のレベルに達しない現象をさしていったも ので、1964年、当時東京教育大学附属聾学校の校長であった萩原浅五郎によって指摘された現象です。以来半世紀あまり、この現象は、なかなか乗り越えることができませんでした。9歳の壁1.jpg

このことは、右の澤隆史氏(2016)の調査からもその一端を知ることができます。この図はReadinng test(読書力検査、以下Rtと略す)という語彙力・文法力・読解力をみるテストでの「読書学年」を比べてみたものですが、1971年からほぼ10年ごとの2015年に至るまでの約半世紀、いずれの時代も小4以降は「読書学年」が小4どまりになっていることがわかります。聴こえない子の多くは小5小6になっても小4が超えられていない。小4というのは9歳ですから、そこから「9歳の壁が超えられない」と言われるようになったわけです。

 

1.「9歳の壁」は本当に超えられないのか?

9歳の壁2.jpgかし、この状況に変化があらわれてきました。ある公立聾学校(以下、B校とします。都道府県立の聾学校です)の乳幼児相談を修了した幼児の多くはそのまま幼稚部に進級し、さらに小学部へと進級します。その子どもたちの日本語習得状況をみてみましょう。上記の澤の調査のグラフに乳幼児相談を修了した子どもたち(乳幼児相談に1年以上通った28名)の小学部での読書学年の結果を書き加えてみます(2019年)。そうすると、どの学年においても該当の学年よりも高い「読み」の力という結果が出ました(28名の平均読書力偏差値55.3)。9歳の壁3.jpgつまり「読み」の力では「9歳の壁」は超えてるのです(この調査は2017年より行っていますがこの3年間結果は変わっていません)。この28人の児童について、読書学年が該当の学年と同じであれば「学年対応」(図表・黄緑色)、該当の学年より上回っていれば「上学年対応」(同・水色)、下回っていれば「下学年対応」(同・黄色)として分類してみると円グラフのような割合になります。また、それぞれの児童の読書力偏差値は円グラフ右下の表のとおりです。これをみると、ほぼ8割の子どもは年齢並みかそれ以上の読みの力をつけていることがわかります。

 

2.乳幼児相談で育つ力とは?

では、乳幼児相談修了児(乳相に1年以上通った子)とそうでない場合とでは、子どものReading testRt)結果に差があるのでしょうか? Rtは日本語の読み書きの力です群別偏差値.jpgから、乳幼児相談の経験の有無に関係なく、それぞれの子どもの幼稚部以降の日本語の習得過程の違いが大きな要因ではないかと思えるのですが、乳相修了児28名と幼稚部以降転入児24名(含乳相1年未満)や小学部以降転入児18名(含幼稚部1年未満)と比べてみると有意な差が出てきます(乳相修了群と幼稚部転入群間、乳相修了と小学部転入群間にはいずれも有意水準5%で差あり。二つの転入群の間には有意差なし)。つまり、幼稚部や小学部で同じ教育を受けていても、乳幼児相談を2、3年経験したかどうかによって子どもに身につく日本語力に差が出るということであり、それは、乳幼児期に受けた支援の違いが、幼児期から学童期にかけての日本語の習得に大きく影響していると考えられます。では、その要因は一体何なのでしょうか?


3.乳幼児相談ではどのような支援をしているのか?

 このB校乳幼児相談を経ることで来談した保護者は何を学び、子どもにどんな力を育て、その力がさらに日本語の習得に、そしてRtでの読みの力につながっていくのでしょうか? 

 もし他の多くの支援機関との違いがあるとしたら、それは、①聴覚障害という障害を否定的に考えないという点と、②発達早期から手話(口話併用手話を含む)を積極的に使うという点だろうと思います。言い換えると、手話を否定する聴覚口話法、Auditory vervalの立場とは正反対の立場という点でしょう。では、上記二つのことは、どのように子どもたちにたちに影響しているのでしょうか?

 

(1)二つの障害モデル

まず、前節3の①の聴覚障害についてのとらえ方・考え方について考えてみます。障害9歳の壁4.jpgのサムネール画像をどう考えるかということには、大きく分けて2つの異なった考え方があります。一つは「医学モデル」の考え方で、障害とは個人が所有している身体的な損傷・マイナスと考えます。そしてできる限りこのマイナスを少なくして少しでも健常(聴)者に近づけようとする考え方です。医療・療育機関の多くはこの立場ですし、初めて障害ある子を産み悲しみのどん底にある親御さんたちもこの考えに同意されるのではないでしょうか。そして、少しでも聴こえて話せるようになるためには極力手話を排除すべきという考え方が、医師等の専門スタッフによって奨励されるでしょう 


もう一つは、「社会モデル」の考え方で、障害は個人の側にあらかじめあるのではなく、個人が社会の中で生きていこうとするときに生じる困難さこそ障害(=障壁・Barrier)であると考えます。例えば、聴こえない人がバスに乗ったとき停留所のアナウンスだけではわからない。字幕表示があれば起きている障害(=障壁)は解消できます。つまり障害は社会の側の努力によってなくすことができます。ただ、字幕は日本語ですから日本語を聴こえない人が身につけるためには適切な教育が施されることが必要ですし、個人の努力に負う部分もあります。ですからどちらか一方の考え方だけで障害の問題すべてが解消できるわけではありません。


とはいえ、きこえない子の子育てがスタートするにあたって大事なのは、やはり子どもに周りが合わせるということでしょう。子どもにとっては聴覚障害があることも含めてまるごとそれが自分自身です。子ども本人にとってきこえないことはふつうのこと自然なことなのですから、それを否定されることは自分自身の存在を否定されることになってしまいます。また、子どもの人間形成にも影を落とすことがあると思います(例えば、河﨑佳子「きこえない子の心・ことば・家族」2004,明石書店、齋藤陽道「声めぐり」2018,晶文社を参照)。

 

(2)聴覚障害を否定しないことと手話を使うことの意味

生まれてきたわが子に障害があると分かった時、ほとんどの親は否定的な感情に襲われ、どうすればその状況から逃げられるかを考えます。しかし、きこえないわが子の現実は変わりません。たとえ人工内耳をしたとしても聴力ゼロデシベルのきこえる子にはなりません。障害からいかに遠ざかるか、きこえる世界にいかに近づけるかと息苦しくなるよりも、変わらぬきこえないという事実を事実として受けとめ、まず、子どもと通じ合える手段を身につけ、それによって子どもとと通じ合える喜びを分かち合うことを大切にしてほしいと思います。


①きこえないという「障害」を「身体的な差異」としてまず受けとめる。②そしてきこえる親ときこえない子がコミュニケーション(以下コミ)するためには、そこにある「障壁」をどのように取り除けるかを考える。③「耳がきこえない」子は「目で見る」子であり、「目で見る」言語とは手話なので、手話を使ってコミする。④子どもは手話でコミすることで、自分がきこえなくてもよいことを周りから認められていると実感していく。⑤やがて子どもは手話を「自分のことば」として、手話を使うきこえない自分を肯定する感情が育つ。これが自己肯定感であり、成長・発達の原動力になる。


昔から「三つ子の魂百まで」と言って3歳ころまでに子どもの人格形成の土台がかたちづくられると言われていますが、まさに乳幼児相談の時期がこの時期にあたります。子どものありのままを尊重していくことがその後のこどもの成長・発達を支えると考えると、障害を否定しないこと、手話を発達早期から使うことの大切さが理解できます。

 

(3)障害のとらえ方はどう変化していくか~当事者との出会いの大切さ

9歳の壁5.jpgのサムネール画像のサムネール画像では、実際に親はどのように子どもの障害を受けとめていくのでしょうか? それをB聾学校乳幼児相談の支援プログラムから考えてみたいと思います。

プログラムの中で特徴的なのは、まず「ロールプレイ」「難聴疑似体験」「マイノリティー体験」といった体験活動が組み込まれていることと、全体活動の中に成人聴覚障害者による「絵本の読み聞かせ」や「手話教室」などがあることでしょう。


①ロールプレイ

「ロールプレイ」とは、親役とかきこえない子ども役などの役割を決めて、模擬的にある場面での親子のかかわりを再現し、それを観客役にもみてもらい、その後、皆で感想を話し合います。こうした活動の中で気が付かなかったわが子とのかかわり方を実感をもって見直すことができます(セラピー的要素)。わが子とよいかかわりをもつこと、それは子どもが成長・発達していくためにとても大切なことです。


②難聴疑似体験・マイノリティー体験

「難聴疑似体験」は、ヘッドホンに雑音を再生して疑似難聴(軽度伝音難聴)状態をつくり、外出体験や集団コミ体験などを行います。わが子のきこえなさをある程度実感することができます。

「マイノリティー体験」は「お茶の間の孤独体験」とも言い、数人の手話話者の中に手話のできない聴者の親に入ってもらうという体験です。周りが手話で盛り上がるのに自分はそこに加われない疎外感を味わうことで、きこえる家族の会話に入れないきこえない子の寂しさを逆の立場で実感できます。このような体験を通して、家族皆で通じ合えるコミュニケーションの大切さやそこに必要な手話の役割について学ぶことができます。


③手話教室

「手話教室」は、成人聴覚障害者を講師として「入門」「初級」などに分かれて実施し、言語としての手話や子育てに必要な手話などを学びます。


④その他

年10数回設定されている「保護者講座」では聴覚障害という障害について学んだり、社会で活躍している成人聴覚障害者やきこえない子を育てた先輩保護者の体験談をきいたり、一緒に教材を作ったりします。

「グループ活動」では、成人聴覚障害者による絵本の読みきかせや各種行事、また同じ障害をもった子の親同士で触れあい、情報交換をしあったりします。こうした自由な雰囲気の中で、前を向くことができるようになっていきます。また「個別相談」の時間では、子どもとのかかわり方や悩みを担当の先生に相談したり実際に関わる場面をみてもらいアドバイスをもらったり、育児記録へのコメントをもらったりします。

このような活動を通して変わっていく保護者自身の変化を、アンケート調査(2017)の中からいくつか拾ってみたいと思います。

 

★A児(5か月)母(初回来談より2か月後)

「はじめは『きこえる人に近づけることが大事』と思い、それができないと苦しかったが、聾の人からきこえないということはどういうことなのかを教えてもらい、理解できた。それから子どもとのかかわり方が変わった。」


B児(5か月)母(初回来談より2か月後)

「以前は障害のことが気になって、子どもとの一日一日の成長を楽しめなかった。今は、少しの成長をも感じるととてもうれしいし、一日一日がとても楽しい。」


C児(10か月)母(初回来談より4か月後)

「これまで障害者手帳をもっていること、手話を外でやることが恥ずかしいと思っていた。でも、聾の人の話をきいて気持ちが変わった。きこえないから他の感覚を使っていると聞き、ジーンときた。この子のおかげできこえない世界との接点をもつことができた。きこえない人は皆明るくて誇りをもっていることがわかった。」

 

このようにどの保護者も最初は聴覚障害に対して否定的ですが、成人聴覚障害者と出会い、聴覚障害が決して恥ずべき障害ではないと知り、気持ちを切り替えることができています。そして、そこからきこえないわが子への見方が変わり、子育ての楽しさが増したと語っています。この障害観の変化とわが子との関わりの変化こそ子育てのスタートにあたってまず最初に大切なことだと思います。きこえない子との関わりが楽しく感じられること、子どもといる毎日に幸せを実感できること、それが子どもの心理的な成長を促し、ことばの土台を形成しているのだろうと思います。

以下、子どもとの日々を楽しく過ごしている親子のかかわりを育児記録から引用してみたいと思います。


D児(6か月)「手話」

Dに母乳をあげていたら、目が合ってきゃは!きゃはは!と笑ってくれた。ニコニコニコニコしている。うれしくなって「Dちゃん、ママは手話習っているのよ。学校行ってるよ。楽しいよ。がんばるよ。」と知っている単語は手話で話しかけた。そうしたら、いつもは割とそっぽ向いていてむなしく手話が空を舞っているのに、この時はじーーっと手の動きを見ていてくれてやりがいを感じた。


☆E児(7カ月)「でんきパッチンあそび」

夫がEちゃんを電気のスイッチの横で抱っこする。私が照明の下にいる。「Eちゃん、電気ピカー!やって」(すべてサイン付き)と言う。夫とEちゃんでスイッチを押す。明るくなって「わぁー!電気ピカーだね!!」「電気パチンは?」ともう一度言う。夫の手とEちゃんの手でスイッチを切る。「電気パチンだ。」この遊びを10回位すると、電気ピカー、パチンのかけ声にあわせて、スイッチを見るようになった。

 

F児(10か月)「綱引き・お馬・本をビリビリ」

私のスカートのベルト布をひっぱる。伸びる生地なので、面白いらしい。私もベルト布をスカートからはずし、Fにあげてから引っ張りっこする。わざと引っ張られてみたりする。背中に乗りたがる。背に手をついているので、私がそのまま進むと少し歩く。たまにこの体勢のままで振り向いて、「Fちゃん!」と言うと、「キャッ、キャッ」と喜ぶ。雑誌を本棚より引っ張り出してはビリビリ破り、なめて振り回す。「あーら、出しちゃったねえ。だめよ。」と言うが、おかまいなしなので、私もいっしょにビリビリ、ペロペロとなめてみる。

 

G児(10か月)「バナナ」

いつもは絵本のバナナの絵と実物を見せて「バナナ」の手話をしてからバナナを食べる。しかし、今日は何もないところから手話だけで「バナナ」をしてみたら、じーっとかたまって何やら考えている。そこで実物のバナナを冷蔵庫から出すと少しニヤリ。M「じゃじゃーん、これだよ!」と実物を見せると大喜び。触ったり、皮ごとかんでいる。食べる前に絵本と実物を何度も見比べる。そして「甘いね」「黄色いね」「バナナだよ」などと話しかけながら一緒に食べた。

 

☆H児(11か月)「踏切」

踏切で踏切の写真カードを取り出す。M「同じだね。踏切だね」と言うと実物と写真カードを何度も見比べる。遮断機のランプが点滅してバーが降り、電車が通るといちいち電車を指さす。通り過ぎると「バイバイ」とやる。バーが上がりM「高いね」とやると一緒に真似る。帰るとき抱っこの身を乗り出して遠ざかる踏切を見ている。家に帰ると、自分で踏切の写真を取り出し「踏切」の手話をする。

 

I児(1歳2か月)「買い物と手話と写真カード」 

午後からスーパーへ買い物に行く。家を出る前に「○○ストアへ買い物だよ。」とスーパーの写真を見せながら手話をやり、着くと「○○に着いたよ。○○だよ。」とやると、Cは写真を指さし、「ア!」。次に店の看板を指差し「ア!」と言う。「そうね。同じ。同じね。○○だね。」と言い、ストアへ入る。

 

☆J児(13か月)「テディーベア」

いつも通る花屋さんの前で、窓辺に飾ってある熊の人形を満面の笑顔で見ている。熊の手話をするのが日課だが、おばあちゃんと一緒の今日は、散歩中ずっとおばあちゃんに話しかけている。水がない噴水から、池の鯉、電車・・とよくしゃべる。

テディーベアのコーナーの数十メートル前から、「熊」の手話をしてやたらに高いところから振り下ろす。「あそこにテディーベアの熊があるんだよね」と言うと、笑顔いっぱいでおばあちゃんの手を引っ張り、花屋まで連れて行き、「ばあちゃん、あそこ(指さし)、テディーベア(熊の手話)、ある(高いところから両手を振り下ろす手話)」と話す。

 

☆K児(14か月)「二語文」

「ほしい」をよく使う。13か月の時はじめは「風呂」限定だったが、次の日には別のものでも使うようになった。

・「ほしい、~したい」(手伝ってほしい、寝たい、待ってほしい、座りたい等) 

・「あれpt+ほしい」(あれをとってほしい)

・「あっちpt+ねこ+ほしい」(あの猫を連れてきて)

・「あれpt+ジュース+ほしい」(あのジュース飲みたい)   pt・・指さし

 

L児(16か月)「順番」

今日は公園で遊んだ。友達のバイクを見て「ちょうだい」(代わってという意味)と友達に手話した。私は「Lちゃんも乗りたいんだね。でも待ってる友達いるね。順番だよ」「〇ちゃんが先だよ。順番だよ」と言うと、手話で、L「順番、順番」と繰り返しながら待つことができた。

 家に帰り、公園で撮った写真を見ながら会話した。M「お砂場だね。砂だよ」L「砂」。M「そう砂だね。」 M「ブランコしたね。楽しかったね」L「楽しい」。M「Fちゃんが滑り台の階段のぼっているね」など。その都度、Lも写真を指さしたり手話をまねたりする。

 

☆M児(19か月)「商店街」

グループの帰り、商店街を寄り道しながらMと歩いた。薬局のカエルの置物をいい子いい子。お店の方に手を振る。ソフトクリームの置物をみて「アイス」(手話)。M「ここは車が来て危ないからこっちを歩こう」と言うと、後ろを振り返って「車」の手話。水たまりを見たり、開店準備のお店をじ~っと見たり、そして、閉まっているシャッターを見て、「赤」の手話。M「ほんと赤だね」と返すと、お店の看板や洋服など、「赤、赤」とサインしながら歩いた。」

 

N児(1歳9か月)「伝え合う」

このところ、Nの生き生きとした動きに感動いっぱいの我が家です。1歳になる頃、Nの口をトントンたたくと自分で「あー」と声を出し、「あーわーわー」と聞こえるのか、何度も同じ遊びをやらされていました。今日、久しぶりに私や長男、遊びに来ているおばあちゃんがそれぞれの口をトントンたたく姿を見て、Nも自分の手で口をたたきながら、「あーわーわー」と繰り返していました。人の様子をじっと見ている姿には感動しました。赤ちゃんのような時間が長く、周りの一歳児はどんどん歩き始め、サインを見せてくれています。ゆっくりでもいいので、いつの日か、サインを含めたコミュニケーションができたらいいなと思います。

 

☆O児(111か月)「カレーづくり」

しまじろうの本にカレーを作ろうという頁があって、おもちゃの包丁で材料を切って、なべに入れてお玉でぐるぐるかき混ぜて、カレーをお皿に盛り付けて(シールを貼る)遊ぶのがあるのですが、それをOが楽しそうに遊んでいたので、今日はカレーを一緒に作ってみることにしました。玉ねぎ、人参、ジャガイモ、お肉。絵本とカード、本物と見比べながら、切ったり鍋に入れたりしてみました。(ここまでは私がやりました。)お玉でぐるぐるかき混ぜるのをOにやってもらいました。Oが自分で食べるサラダ(和え物)はママが調味料を入れた後にかき混ぜて、お皿に盛り付けまでをやってもらいました。いつもは野菜の食が進まないのですが、自分で作ったものは特別だったようで、ペロリと完食!「おいしいねー」と何度も言っていました。

 

☆P児(21か月)「生ごみ」

 生ごみを白いビニール袋に入れて縛っているとPがやってきて、「サンタさん」と手話。M「ん? あ、これね」と言ってひょいとかついで歩くと、「サンタさん、サンタさん」と言って大喜び。そこでM「この中にプレゼントあるかなあ?見てみる?」「ウン」M「はい、どうぞ」と開けると、「ゴミ!」と手話して大笑い。M「プレゼントないね。ゴミだったね」。P「もう一回」。そこでまたかついでM「はい、開けるよ」「ゴミ!」M「やっぱりゴミだね」と二人で大笑いする。そのあと一緒にゴミを出しに行った。

 

  以上、どの事例からも手話を使って親子・家族で楽しく会話している様子が伝わってきます。そして、1歳頃から獲得され始めた手話は、さらに文へと発展していく中で、語の意味や使い方が広がり、ものごとの概念や思考の力の獲得へと発展し、さまざまな知識として身につけていく様子がわかります。1歳頃から始まるきこえない子の手話の獲得が、きこえる子の音声言語の獲得過程と変わらないことが、これらの事例からもよくわかります。この手話でのことばの力が日本語へと変わっていくのは、もう少し後の2歳半から3歳代まで待たねばなりません。そのことについてはまた別に書きたいと思います。

 

 

【参考】

*以下は、内田伸子氏らの研究からの引用です。聴児を対象とした調査(20113000名対象)の中で、子どもの語彙力や国語学力は、親子関係のあり方によって伸びが違ってくるということを立証し、以下のような関わり方を大切にした「共有型の育児」を提唱しています。このことは、障害の有無にかかわらず、「子どもの心を尊重する」「楽しいことがたくさんある家庭」で育つ子どもこそ、ことばの力も伸びるということの証明なのだと思います。そしてB聾学校の乳幼児相談もまさにそのことを追求してきたのだということです。その結果がこの記事の最初に提示したReading testの結果なのだと思います。


① 親子の間に対等な人間関係をつくること

② 親は子どもの安全基地になること

③ 子どもに「勝ち負けのことば」を使わない

④ 子どものことばや行動を共感的に受け止め、受け入れる

⑤ 他児と比べず、その子自身が以前より進歩したときに承認し、ほめる

⑥ 裁判官のように禁止や命令ではなく、「~したら」と提案の形で対案を述べる

⑦ 教師のように完璧な・詳細な・隙のない、説明や定義を述べ立てない

⑧ 子ども自身に考える余地を残す働きかけをすること

⑨  親は「待つ」「みきわめる」「急がない」「急がせない」で子どもがつまずいたときに支え、足場をかけ、子どもが一歩踏み出せるよう脇から援ける

⑩ 子どもと共に暮らす幸せを味わおう