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手話について

はじめに

9歳の壁(峠)」といわれる現象があります。これは、聴覚障害児の言語力・思考力が抽象的思考のレベルに達しない現象をさしていったも ので、1964年、当時東京教育大学附属聾学校の校長であった萩原浅五郎によって指摘された現象です。以来半世紀あまり、この現象は、なかなか乗り越えることができませんでした。9歳の壁1.jpg

このことは、右の澤隆史氏(2016)の調査からもその一端を知ることができます。この図はReadinng test(読書力検査、以下Rtと略す)という語彙力・文法力・読解力をみるテストでの「読書学年」を比べてみたものですが、1971年からほぼ10年ごとの2015年に至るまでの約半世紀、いずれの時代も小4以降は「読書学年」が小4どまりになっていることがわかります。聴こえない子の多くは小5小6になっても小4が超えられていない。小4というのは9歳ですから、そこから「9歳の壁が超えられない」と言われるようになったわけです。

 

1.「9歳の壁」は本当に超えられないのか?

9歳の壁2.jpgかし、この状況に変化があらわれてきました。ある公立聾学校(以下、B校とします。都道府県立の聾学校です)の乳幼児相談を修了した幼児の多くはそのまま幼稚部に進級し、さらに小学部へと進級します。その子どもたちの日本語習得状況をみてみましょう。上記の澤の調査のグラフに乳幼児相談を修了した子どもたち(乳幼児相談に1年以上通った28名)の小学部での読書学年の結果を書き加えてみます(2019年)。そうすると、どの学年においても該当の学年よりも高い「読み」の力という結果が出ました(28名の平均読書力偏差値55.3)。9歳の壁3.jpgつまり「読み」の力では「9歳の壁」は超えてるのです(この調査は2017年より行っていますがこの3年間結果は変わっていません)。この28人の児童について、読書学年が該当の学年と同じであれば「学年対応」(図表・黄緑色)、該当の学年より上回っていれば「上学年対応」(同・水色)、下回っていれば「下学年対応」(同・黄色)として分類してみると円グラフのような割合になります。また、それぞれの児童の読書力偏差値は円グラフ右下の表のとおりです。これをみると、ほぼ8割の子どもは年齢並みかそれ以上の読みの力をつけていることがわかります。

 

2.乳幼児相談で育つ力とは?

では、乳幼児相談修了児(乳相に1年以上通った子)とそうでない場合とでは、子どものReading testRt)結果に差があるのでしょうか? Rtは日本語の読み書きの力です群別偏差値.jpgから、乳幼児相談の経験の有無に関係なく、それぞれの子どもの幼稚部以降の日本語の習得過程の違いが大きな要因ではないかと思えるのですが、乳相修了児28名と幼稚部以降転入児24名(含乳相1年未満)や小学部以降転入児18名(含幼稚部1年未満)と比べてみると有意な差が出てきます(乳相修了群と幼稚部転入群間、乳相修了と小学部転入群間にはいずれも有意水準5%で差あり。二つの転入群の間には有意差なし)。つまり、幼稚部や小学部で同じ教育を受けていても、乳幼児相談を2、3年経験したかどうかによって子どもに身につく日本語力に差が出るということであり、それは、乳幼児期に受けた支援の違いが、幼児期から学童期にかけての日本語の習得に大きく影響していると考えられます。では、その要因は一体何なのでしょうか?


3.乳幼児相談ではどのような支援をしているのか?

 このB校乳幼児相談を経ることで来談した保護者は何を学び、子どもにどんな力を育て、その力がさらに日本語の習得に、そしてRtでの読みの力につながっていくのでしょうか? 

 もし他の多くの支援機関との違いがあるとしたら、それは、①聴覚障害という障害を否定的に考えないという点と、②発達早期から手話(口話併用手話を含む)を積極的に使うという点だろうと思います。言い換えると、手話を否定する聴覚口話法、Auditory vervalの立場とは正反対の立場という点でしょう。では、上記二つのことは、どのように子どもたちにたちに影響しているのでしょうか?

 

(1)二つの障害モデル

まず、前節3の①の聴覚障害についてのとらえ方・考え方について考えてみます。障害9歳の壁4.jpgのサムネール画像をどう考えるかということには、大きく分けて2つの異なった考え方があります。一つは「医学モデル」の考え方で、障害とは個人が所有している身体的な損傷・マイナスと考えます。そしてできる限りこのマイナスを少なくして少しでも健常(聴)者に近づけようとする考え方です。医療・療育機関の多くはこの立場ですし、初めて障害ある子を産み悲しみのどん底にある親御さんたちもこの考えに同意されるのではないでしょうか。そして、少しでも聴こえて話せるようになるためには極力手話を排除すべきという考え方が、医師等の専門スタッフによって奨励されるでしょう 


もう一つは、「社会モデル」の考え方で、障害は個人の側にあらかじめあるのではなく、個人が社会の中で生きていこうとするときに生じる困難さこそ障害(=障壁・Barrier)であると考えます。例えば、聴こえない人がバスに乗ったとき停留所のアナウンスだけではわからない。字幕表示があれば起きている障害(=障壁)は解消できます。つまり障害は社会の側の努力によってなくすことができます。ただ、字幕は日本語ですから日本語を聴こえない人が身につけるためには適切な教育が施されることが必要ですし、個人の努力に負う部分もあります。ですからどちらか一方の考え方だけで障害の問題すべてが解消できるわけではありません。


とはいえ、きこえない子の子育てがスタートするにあたって大事なのは、やはり子どもに周りが合わせるということでしょう。子どもにとっては聴覚障害があることも含めてまるごとそれが自分自身です。子ども本人にとってきこえないことはふつうのこと自然なことなのですから、それを否定されることは自分自身の存在を否定されることになってしまいます。また、子どもの人間形成にも影を落とすことがあると思います(例えば、河﨑佳子「きこえない子の心・ことば・家族」2004,明石書店、齋藤陽道「声めぐり」2018,晶文社を参照)。

 

(2)聴覚障害を否定しないことと手話を使うことの意味

生まれてきたわが子に障害があると分かった時、ほとんどの親は否定的な感情に襲われ、どうすればその状況から逃げられるかを考えます。しかし、きこえないわが子の現実は変わりません。たとえ人工内耳をしたとしても聴力ゼロデシベルのきこえる子にはなりません。障害からいかに遠ざかるか、きこえる世界にいかに近づけるかと息苦しくなるよりも、変わらぬきこえないという事実を事実として受けとめ、まず、子どもと通じ合える手段を身につけ、それによって子どもとと通じ合える喜びを分かち合うことを大切にしてほしいと思います。


①きこえないという「障害」を「身体的な差異」としてまず受けとめる。②そしてきこえる親ときこえない子がコミュニケーション(以下コミ)するためには、そこにある「障壁」をどのように取り除けるかを考える。③「耳がきこえない」子は「目で見る」子であり、「目で見る」言語とは手話なので、手話を使ってコミする。④子どもは手話でコミすることで、自分がきこえなくてもよいことを周りから認められていると実感していく。⑤やがて子どもは手話を「自分のことば」として、手話を使うきこえない自分を肯定する感情が育つ。これが自己肯定感であり、成長・発達の原動力になる。


昔から「三つ子の魂百まで」と言って3歳ころまでに子どもの人格形成の土台がかたちづくられると言われていますが、まさに乳幼児相談の時期がこの時期にあたります。子どものありのままを尊重していくことがその後のこどもの成長・発達を支えると考えると、障害を否定しないこと、手話を発達早期から使うことの大切さが理解できます。

 

(3)障害のとらえ方はどう変化していくか~当事者との出会いの大切さ

9歳の壁5.jpgのサムネール画像のサムネール画像では、実際に親はどのように子どもの障害を受けとめていくのでしょうか? それをB聾学校乳幼児相談の支援プログラムから考えてみたいと思います。

プログラムの中で特徴的なのは、まず「ロールプレイ」「難聴疑似体験」「マイノリティー体験」といった体験活動が組み込まれていることと、全体活動の中に成人聴覚障害者による「絵本の読み聞かせ」や「手話教室」などがあることでしょう。


①ロールプレイ

「ロールプレイ」とは、親役とかきこえない子ども役などの役割を決めて、模擬的にある場面での親子のかかわりを再現し、それを観客役にもみてもらい、その後、皆で感想を話し合います。こうした活動の中で気が付かなかったわが子とのかかわり方を実感をもって見直すことができます(セラピー的要素)。わが子とよいかかわりをもつこと、それは子どもが成長・発達していくためにとても大切なことです。


②難聴疑似体験・マイノリティー体験

「難聴疑似体験」は、ヘッドホンに雑音を再生して疑似難聴(軽度伝音難聴)状態をつくり、外出体験や集団コミ体験などを行います。わが子のきこえなさをある程度実感することができます。

「マイノリティー体験」は「お茶の間の孤独体験」とも言い、数人の手話話者の中に手話のできない聴者の親に入ってもらうという体験です。周りが手話で盛り上がるのに自分はそこに加われない疎外感を味わうことで、きこえる家族の会話に入れないきこえない子の寂しさを逆の立場で実感できます。このような体験を通して、家族皆で通じ合えるコミュニケーションの大切さやそこに必要な手話の役割について学ぶことができます。


③手話教室

「手話教室」は、成人聴覚障害者を講師として「入門」「初級」などに分かれて実施し、言語としての手話や子育てに必要な手話などを学びます。


④その他

年10数回設定されている「保護者講座」では聴覚障害という障害について学んだり、社会で活躍している成人聴覚障害者やきこえない子を育てた先輩保護者の体験談をきいたり、一緒に教材を作ったりします。

「グループ活動」では、成人聴覚障害者による絵本の読みきかせや各種行事、また同じ障害をもった子の親同士で触れあい、情報交換をしあったりします。こうした自由な雰囲気の中で、前を向くことができるようになっていきます。また「個別相談」の時間では、子どもとのかかわり方や悩みを担当の先生に相談したり実際に関わる場面をみてもらいアドバイスをもらったり、育児記録へのコメントをもらったりします。

このような活動を通して変わっていく保護者自身の変化を、アンケート調査(2017)の中からいくつか拾ってみたいと思います。

 

★A児(5か月)母(初回来談より2か月後)

「はじめは『きこえる人に近づけることが大事』と思い、それができないと苦しかったが、聾の人からきこえないということはどういうことなのかを教えてもらい、理解できた。それから子どもとのかかわり方が変わった。」


B児(5か月)母(初回来談より2か月後)

「以前は障害のことが気になって、子どもとの一日一日の成長を楽しめなかった。今は、少しの成長をも感じるととてもうれしいし、一日一日がとても楽しい。」


C児(10か月)母(初回来談より4か月後)

「これまで障害者手帳をもっていること、手話を外でやることが恥ずかしいと思っていた。でも、聾の人の話をきいて気持ちが変わった。きこえないから他の感覚を使っていると聞き、ジーンときた。この子のおかげできこえない世界との接点をもつことができた。きこえない人は皆明るくて誇りをもっていることがわかった。」

 

このようにどの保護者も最初は聴覚障害に対して否定的ですが、成人聴覚障害者と出会い、聴覚障害が決して恥ずべき障害ではないと知り、気持ちを切り替えることができています。そして、そこからきこえないわが子への見方が変わり、子育ての楽しさが増したと語っています。この障害観の変化とわが子との関わりの変化こそ子育てのスタートにあたってまず最初に大切なことだと思います。きこえない子との関わりが楽しく感じられること、子どもといる毎日に幸せを実感できること、それが子どもの心理的な成長を促し、ことばの土台を形成しているのだろうと思います。

以下、子どもとの日々を楽しく過ごしている親子のかかわりを育児記録から引用してみたいと思います。


D児(6か月)「手話」

Dに母乳をあげていたら、目が合ってきゃは!きゃはは!と笑ってくれた。ニコニコニコニコしている。うれしくなって「Dちゃん、ママは手話習っているのよ。学校行ってるよ。楽しいよ。がんばるよ。」と知っている単語は手話で話しかけた。そうしたら、いつもは割とそっぽ向いていてむなしく手話が空を舞っているのに、この時はじーーっと手の動きを見ていてくれてやりがいを感じた。


☆E児(7カ月)「でんきパッチンあそび」

夫がEちゃんを電気のスイッチの横で抱っこする。私が照明の下にいる。「Eちゃん、電気ピカー!やって」(すべてサイン付き)と言う。夫とEちゃんでスイッチを押す。明るくなって「わぁー!電気ピカーだね!!」「電気パチンは?」ともう一度言う。夫の手とEちゃんの手でスイッチを切る。「電気パチンだ。」この遊びを10回位すると、電気ピカー、パチンのかけ声にあわせて、スイッチを見るようになった。

 

F児(10か月)「綱引き・お馬・本をビリビリ」

私のスカートのベルト布をひっぱる。伸びる生地なので、面白いらしい。私もベルト布をスカートからはずし、Fにあげてから引っ張りっこする。わざと引っ張られてみたりする。背中に乗りたがる。背に手をついているので、私がそのまま進むと少し歩く。たまにこの体勢のままで振り向いて、「Fちゃん!」と言うと、「キャッ、キャッ」と喜ぶ。雑誌を本棚より引っ張り出してはビリビリ破り、なめて振り回す。「あーら、出しちゃったねえ。だめよ。」と言うが、おかまいなしなので、私もいっしょにビリビリ、ペロペロとなめてみる。

 

G児(10か月)「バナナ」

いつもは絵本のバナナの絵と実物を見せて「バナナ」の手話をしてからバナナを食べる。しかし、今日は何もないところから手話だけで「バナナ」をしてみたら、じーっとかたまって何やら考えている。そこで実物のバナナを冷蔵庫から出すと少しニヤリ。M「じゃじゃーん、これだよ!」と実物を見せると大喜び。触ったり、皮ごとかんでいる。食べる前に絵本と実物を何度も見比べる。そして「甘いね」「黄色いね」「バナナだよ」などと話しかけながら一緒に食べた。

 

☆H児(11か月)「踏切」

踏切で踏切の写真カードを取り出す。M「同じだね。踏切だね」と言うと実物と写真カードを何度も見比べる。遮断機のランプが点滅してバーが降り、電車が通るといちいち電車を指さす。通り過ぎると「バイバイ」とやる。バーが上がりM「高いね」とやると一緒に真似る。帰るとき抱っこの身を乗り出して遠ざかる踏切を見ている。家に帰ると、自分で踏切の写真を取り出し「踏切」の手話をする。

 

I児(1歳2か月)「買い物と手話と写真カード」 

午後からスーパーへ買い物に行く。家を出る前に「○○ストアへ買い物だよ。」とスーパーの写真を見せながら手話をやり、着くと「○○に着いたよ。○○だよ。」とやると、Cは写真を指さし、「ア!」。次に店の看板を指差し「ア!」と言う。「そうね。同じ。同じね。○○だね。」と言い、ストアへ入る。

 

☆J児(13か月)「テディーベア」

いつも通る花屋さんの前で、窓辺に飾ってある熊の人形を満面の笑顔で見ている。熊の手話をするのが日課だが、おばあちゃんと一緒の今日は、散歩中ずっとおばあちゃんに話しかけている。水がない噴水から、池の鯉、電車・・とよくしゃべる。

テディーベアのコーナーの数十メートル前から、「熊」の手話をしてやたらに高いところから振り下ろす。「あそこにテディーベアの熊があるんだよね」と言うと、笑顔いっぱいでおばあちゃんの手を引っ張り、花屋まで連れて行き、「ばあちゃん、あそこ(指さし)、テディーベア(熊の手話)、ある(高いところから両手を振り下ろす手話)」と話す。

 

☆K児(14か月)「二語文」

「ほしい」をよく使う。13か月の時はじめは「風呂」限定だったが、次の日には別のものでも使うようになった。

・「ほしい、~したい」(手伝ってほしい、寝たい、待ってほしい、座りたい等) 

・「あれpt+ほしい」(あれをとってほしい)

・「あっちpt+ねこ+ほしい」(あの猫を連れてきて)

・「あれpt+ジュース+ほしい」(あのジュース飲みたい)   pt・・指さし

 

L児(16か月)「順番」

今日は公園で遊んだ。友達のバイクを見て「ちょうだい」(代わってという意味)と友達に手話した。私は「Lちゃんも乗りたいんだね。でも待ってる友達いるね。順番だよ」「〇ちゃんが先だよ。順番だよ」と言うと、手話で、L「順番、順番」と繰り返しながら待つことができた。

 家に帰り、公園で撮った写真を見ながら会話した。M「お砂場だね。砂だよ」L「砂」。M「そう砂だね。」 M「ブランコしたね。楽しかったね」L「楽しい」。M「Fちゃんが滑り台の階段のぼっているね」など。その都度、Lも写真を指さしたり手話をまねたりする。

 

☆M児(19か月)「商店街」

グループの帰り、商店街を寄り道しながらMと歩いた。薬局のカエルの置物をいい子いい子。お店の方に手を振る。ソフトクリームの置物をみて「アイス」(手話)。M「ここは車が来て危ないからこっちを歩こう」と言うと、後ろを振り返って「車」の手話。水たまりを見たり、開店準備のお店をじ~っと見たり、そして、閉まっているシャッターを見て、「赤」の手話。M「ほんと赤だね」と返すと、お店の看板や洋服など、「赤、赤」とサインしながら歩いた。」

 

N児(1歳9か月)「伝え合う」

このところ、Nの生き生きとした動きに感動いっぱいの我が家です。1歳になる頃、Nの口をトントンたたくと自分で「あー」と声を出し、「あーわーわー」と聞こえるのか、何度も同じ遊びをやらされていました。今日、久しぶりに私や長男、遊びに来ているおばあちゃんがそれぞれの口をトントンたたく姿を見て、Nも自分の手で口をたたきながら、「あーわーわー」と繰り返していました。人の様子をじっと見ている姿には感動しました。赤ちゃんのような時間が長く、周りの一歳児はどんどん歩き始め、サインを見せてくれています。ゆっくりでもいいので、いつの日か、サインを含めたコミュニケーションができたらいいなと思います。

 

☆O児(111か月)「カレーづくり」

しまじろうの本にカレーを作ろうという頁があって、おもちゃの包丁で材料を切って、なべに入れてお玉でぐるぐるかき混ぜて、カレーをお皿に盛り付けて(シールを貼る)遊ぶのがあるのですが、それをOが楽しそうに遊んでいたので、今日はカレーを一緒に作ってみることにしました。玉ねぎ、人参、ジャガイモ、お肉。絵本とカード、本物と見比べながら、切ったり鍋に入れたりしてみました。(ここまでは私がやりました。)お玉でぐるぐるかき混ぜるのをOにやってもらいました。Oが自分で食べるサラダ(和え物)はママが調味料を入れた後にかき混ぜて、お皿に盛り付けまでをやってもらいました。いつもは野菜の食が進まないのですが、自分で作ったものは特別だったようで、ペロリと完食!「おいしいねー」と何度も言っていました。

 

☆P児(21か月)「生ごみ」

 生ごみを白いビニール袋に入れて縛っているとPがやってきて、「サンタさん」と手話。M「ん? あ、これね」と言ってひょいとかついで歩くと、「サンタさん、サンタさん」と言って大喜び。そこでM「この中にプレゼントあるかなあ?見てみる?」「ウン」M「はい、どうぞ」と開けると、「ゴミ!」と手話して大笑い。M「プレゼントないね。ゴミだったね」。P「もう一回」。そこでまたかついでM「はい、開けるよ」「ゴミ!」M「やっぱりゴミだね」と二人で大笑いする。そのあと一緒にゴミを出しに行った。

 

  以上、どの事例からも手話を使って親子・家族で楽しく会話している様子が伝わってきます。そして、1歳頃から獲得され始めた手話は、さらに文へと発展していく中で、語の意味や使い方が広がり、ものごとの概念や思考の力の獲得へと発展し、さまざまな知識として身につけていく様子がわかります。1歳頃から始まるきこえない子の手話の獲得が、きこえる子の音声言語の獲得過程と変わらないことが、これらの事例からもよくわかります。この手話でのことばの力が日本語へと変わっていくのは、もう少し後の2歳半から3歳代まで待たねばなりません。そのことについてはまた別に書きたいと思います。

 

 

【参考】

*以下は、内田伸子氏らの研究からの引用です。聴児を対象とした調査(20113000名対象)の中で、子どもの語彙力や国語学力は、親子関係のあり方によって伸びが違ってくるということを立証し、以下のような関わり方を大切にした「共有型の育児」を提唱しています。このことは、障害の有無にかかわらず、「子どもの心を尊重する」「楽しいことがたくさんある家庭」で育つ子どもこそ、ことばの力も伸びるということの証明なのだと思います。そしてB聾学校の乳幼児相談もまさにそのことを追求してきたのだということです。その結果がこの記事の最初に提示したReading testの結果なのだと思います。


① 親子の間に対等な人間関係をつくること

② 親は子どもの安全基地になること

③ 子どもに「勝ち負けのことば」を使わない

④ 子どものことばや行動を共感的に受け止め、受け入れる

⑤ 他児と比べず、その子自身が以前より進歩したときに承認し、ほめる

⑥ 裁判官のように禁止や命令ではなく、「~したら」と提案の形で対案を述べる

⑦ 教師のように完璧な・詳細な・隙のない、説明や定義を述べ立てない

⑧ 子ども自身に考える余地を残す働きかけをすること

⑨  親は「待つ」「みきわめる」「急がない」「急がせない」で子どもがつまずいたときに支え、足場をかけ、子どもが一歩踏み出せるよう脇から援ける

⑩ 子どもと共に暮らす幸せを味わおう


 『声めぐり』の紹介をしたら、早速、こんなブログやサイトにも『声めぐり』のことが紹介されていますよ、こういう情報もありますよ、といったメールをいただきました。以下に紹介しますので、ご覧ください。

 

①下記のブログは、北九州の臨床心理士兼手話通訳をしておられる方のものです。

https://menomado.hatenadiary.com/entry/2018/11/19/100533

 

②下記のニュースサイトのインタビュー記事は、難聴のインタビュアーの方が書かれたものです。

 https://withnews.jp/article/f0190130001qq000000000000000W09810801qq000018686A?ref=rensaiunder

 

③来年の322日になりますが(念のため来年・2020年です)、久留米市にあるNPO法人「かいじゅうの森」では、齋藤陽道さんを招いて講演会を開催、その後数日間写真展を開くそうです。HPは下記ですが、まだ紹介は出ていません。

 http://www.geocities.jp/kotobanomori_kurume/

 

 

 『声めぐり』の著者齋藤陽道(はるみち)さんは、2歳で聴覚障害が発見され、以来、地域の難聴児通園施設に通い、厳しい発音指導を受けて育った。しかし、ことば(=「声」)というものが、本来、人とつながり、互いに理解し伝え合うためにあるという本質的な意味を見いだすことができないままに育っていった。彼は本の中でこう述べている。

 

「『口の形が違う。舌の位置が違う。息の吹き方が違う。息を吐く力が違う。喉の震えが違う。何? その声。全然、違うよ。舌をもっと曲げて。口の中を見て。もっと息を短く吐いて。ああ、違う。もうちょっと長く吐くの。・・・』」(15頁)

 聞き取れない自分の音声を「他者の耳にゆだねるということ、そして、他者の耳によって自分の声の良し悪しを決定され続けるということ。それは結果として、自分で考えて、判断する力を殺してしまうことにつながっていた」(16頁)。 

こうして彼は、自分が他者に向かって声を出せば出すほど、「自分が分裂し他者との断絶が深まり、・・・『声』は人との関わりを断つもの」(20頁)と思うようになっていく。

「この社会は、音声を聞くこと、話すことからすべてが始まる。上手く音声を扱えるかどうかで将来が決まるものだと思っていた。・・・ぼくの人生は失敗していた。それはもう変えようがないことなんだと絶望していた。」(20頁)。

 自分の人生に絶望すれば人生は苦痛でしかない。小学校高学年から彼は毎日ゲームにふけるようになった。こうして退屈な数年が過ぎていく。中学生となり高校を選ぶ頃になって、彼は自分の中にある孤独を見つめなおす。その時、「初めて『生きたい』」(21頁)と思ったという。高校として選んだ先はろう学校高等部。しかし、積極的に生き直すために選んだわけではない。ろう学校は「声をまともに出すことができない人が使う」(21頁)手話の学校である。そこに行くのは「屈辱的」でしかなかった。しかし彼は敢えてろう学校を選んだ。その選択の経緯は詳しく述べられていないが、伏線はあった。 声めぐり.jpg

 

 中学の頃、年1回だけろう学校の生徒たちが陽道さんの通う中学校に交流に訪れた。その生徒たちを引率していた一人の女性教師がいた。その教師の名前は天沼陽子先生。天沼先生は、訪れる年1回の交流の日の朝、中学校の校門に立ち「おはよう!」と優しく、しかし力づよい眼差しで陽道に『声』をかけていたのだった。たった年1回の出会い。進路を考えるにあたって彼の意識の中にはなかったかもしれないが、彼女のまなざしは心の奥深くで彼自身を支え、無意識のうちにろう学校へと導かれていったのかもしれない。

 

 石神井ろう学校に入学した彼は、手話と出会い、手話ということば(=『声』)を通して語る仲間と出会い、天沼先生と出会い、天沼先生が受け持つ国語の授業を通して文学と出会い、そして、たまたま手にした当時流行っていた「写ルンです」というインスタントカメラを通して写真と出会う。こうした数多くの出会いを通して、彼は自分の中に秘められていた感受性、文学性、芸術性を開花させていく。・・・紹介はここまでにしておきたい。あとはぜひこの本を直接、手にとって読んでみてほしい。

 

 私にとってもこの本は衝撃的な本だった。彼は決して口話教育を否定しているわけではないが、感受性が強く、自分をごまかすことのできない性格の彼にとっては、とても耐えられない教育方法だったのであろう。彼の場合はたまたま、人と出会い手話と出会った。そして救われた。

 今、齋藤陽道さんは聾者の写真家として活躍している。写真展も時々開かれているようである。2019330日までは東京都人権プラザ(都営三田線芝公園下車)で写真展が開催されている。ぜひ、本を買ってあげてほしいし、写真展にも足を運んでほしい。文字通り「感動!」をくれる本であり写真展である。 障害を理解することから.jpg

 

 また、天沼陽子先生の齋藤陽道さんの指導実践は『障がいをもつ子どもを理解することから』(森博俊など編著、群青社、2592円)の中の「聴覚障害の子どもと向き合う教師の記録」に書かれている。この本と合わせて読むと、より理解が深まる。冒頭部分だけ紹介しておこう。

 

「ろう学校に入ってから手話に出会い、言葉と自分の感情が一致する感覚をつかんで自分を見つめ直し、それを文章にして語りながら考えを深め、5年間のろう学校生活の中で成長していった一人のきこえない青年、ハルミチ(35歳)がいる。彼はきこえる人として生きるために補聴器をつけ、発音の訓練を受けた後、小、中学校の9年間を通常学級にインテグレートして過ごした。しかし、音声日本語だけでは遂に人とつながることができなかった。・・・」(136頁)

あるFace Bookのブログに、こんな記事が載っていました。「手話と音声」というタイトルの記事です。手話を使うと声が出なくなる、とは、時々耳にする言説で、口話法の昔からよく言わてきました。確かに、「日本手話」と音声言語は同時に使うことはできません。昔の聾者は日本手話を使っていたわけですし、口話(補聴器もない時代ですから耳を使わない純粋な読話と発音)だけで会話するのは通じたり通じなかったりが多いので、あいさつ程度の会話は別として、日常的には使いません。だからだんだんとそのように言われるようになってきたのでしょう。

 しかし、このブログに書かれているように、今は、音声と併用するいわゆる「対応手話」「口話併用手話」が、聴者との会話では使われています(手話のできない聴者とは簡単な聴覚+口話と筆談)。ですから、その意味では、根拠のない言説です(手話に対する「偏見」と「差別」意識と言ってもよいくらいです)。以下、引用します。この方は、ろう学校で相談も担当していらっしゃる言語聴覚士の方のようです。

 

<手話と音声>

「手話を使うと音声が出なくなるので、手話を使うのはやめたほうがいい」「手話を使うと目に頼ってしまって、耳を使わなくなるから、手話は使わないほうがいい」と、言語聴覚士(ST)や医師に言われたという親御さんが時々いらっしゃいます。初めて(ろう学校に)見学にいらっしゃる親御さんたちは、学校で手話を使っている、ということを聞き、心配になる方もいらっしゃるようです。また、言語聴覚士に「手話を使うことをやめなさい」と強く言われ、不安になり、学校に来る足が遠のく方もいらっしゃいます。でも、学校での子どもたちの様子を見て、そうではない、ということが分かり安心される方もたくさんいます。

私がみている子どもたちは赤ちゃんの時から、手話(日本手話ではない日本語対応手話)+音声日本語で育てられています。聞こえない両親に育てられている聞こえにくいお子さん。ご家庭ではもちろん音声無しの日本手話。学校へ来ると日本語対応手話。でも、ちゃんと音声が出ています。しかも結構明瞭!そして、聞こえないお友達とおしゃべりをする時は日本手話を使って、日本手話ができない聞こえる人と話す時は、日本語対応手話+音声日本語で、などと小さいのに相手のコミュニケーションモードを察知し、そのモードに合わせてくれるのです。すごすぎ!

 

軽い難聴でとってもきれいにおしゃべりができるお子さん。ご両親(聴者)がろう学校を選択して小さい頃からずっと通っています。その子もコミュニケーションモードをその時その時で変えて生活をしているからすごい。私にしゃべりかけて来てくれた時は、音声日本語でした。(この子との初めてのおしゃべりはとっても衝撃的で、多分一生忘れない!一緒にたまたま給食を食べている時に「先生のお腹には、赤ちゃんがいるの?」でした。(苦笑) だから「ただ、太っているだけ」と返事。アハハ)この子も様子を見ていると、ちゃんとコミュニケーションモードを切り替えています。聞こえないお友達とは音声無しの手話。聞こえにくいお友達とは日本語対応手話+音声日本語。

 

反対に、誰も教えていないのに、日本手話的な表現が乳幼児クラスにいる時からできるようになるお子さんもいます。この子は聞こえる両親に育てられている聞こえにくいお子さん。家では日本語対応手話+音声日本語で育てられ、どちらもできるようになってきています。誰も教えていないのに、「僕、できたよ」と手話で表現した時だったかな。頬を最後にプッと膨らませる表現をしたのです。これは日本手話的な表現。どこで覚えたのかな、と考えてみると、多分、クラスの中でだと思います。クラスにいるデフファミリーのお子さんたちとその両親とのコミュニケーションの中で自然と学んだようです。

聴力が厳しいお子さんで、ご両親は聴者。小さい頃から手話+音声で育ち、どちらも上手になっているというお子さんもいます。

 

ダウン症の聞こえにくいお子さん。以前もこのブログで書きましたが、手話を始めて1年くらいたった時、おっぱいという手話と「オパー」という音声言語が一緒に出ました。お母さんは大喜び。

聞こえにくいお子さんたちを見てみると、ほとんどのお子さんで最初に手話での表出が出てきます。手話はイメージがしやすい言語です。自分の頭の中のイメージとイメージしやすいことばが最初に結びつけられ、そのあとに音声言語が出てくるという様子が見られます。人間の発達は動作模倣から音声模倣という発達をとげるので、手話が音声を促すことにも役立っているのかも知れません。

 

また、手話を小さい頃から与えることで、言語の獲得、情報の獲得、知識の獲得、知的な面での発達は、聞こえるお子さんと遜色なく育ちます。生後3ヶ月頃から乳幼児クラスに通い、10ヶ月くらいになると手話での理解が見られ、1歳の頃には手話での表出が見られるようになります。

聞こえない・聞こえにくいお子さんだけでなく、発達に遅れがあり、なかなか音声言語が出ないお子さんに手話を入れたところ、やはり最初に手話が出て、そのあと音声言語が出るようになりました。その子の最初に出た手話と音声言語は「うどん」。

 

それから、手話を使うけれども、手話を使うのは最初だけで、音声が出るようになったら手話を外して行く、という教育を勧めている機関もあるようですが、手話は言語ですから外しません。私たちは日本人で日本語で育って、途中で日本語ができるようになったからって外さないでしょう?

だから、最初のようなことば「手話を使うと音声言語が出にくくなるから、手話は使わないほうがいい」なんて安易に専門家と言われる人たちに言って欲しくない!手話は聞こえない・聞こえにくい子どもにとって、外せない言語なのですから。そして、たくさんの子ども達の様子を見ていると、聴力レベルや育っている環境、発達など、さまざまなことが関係しているけれど、一概に手話が音声言語の妨げになっているとは言えない。むしろ、音声言語だけしか与えられない、聞こえない・聞こえにくい子の方が心配です。

 手話を使う子どもたちの会話はどのようなものでしょうか? 手話は使わないほうがいい、と思っている専門家や親御さんたちは少なくありませんが、使ってみないと手話のよさも限界もわかりません。使わない方がいいと言う人たちは本当は使ったことがないのだろうと思います。

 

 さて、手話を発達早期から使うと、平均的には1歳前後で手話が獲得できます。そして、その手話を使って周りの人とコミュニケーションし、そこから子どもはいろいろなことを知っていきます。手話は視覚言語です。視覚言語ということは(視覚障害がなければ)100%確実に「見える」ということなので、グーの形でほほを叩く「アンパンマン」とグーの形でおでこを叩く「病気」の違いは、形と意味が確実に区別されます。それゆえに手話は語として記憶されていきます。そして1歳半前後になると、手話の単語が急激に増えていく「語彙爆発」という現象が起こります(もちろん手話をしっかり使っていけば、ですが)。 言語発達の過程.jpg

この「語彙爆発」という現象は、きこえる子が音声言語を獲得していく1歳半から2歳代にも見られます。しかし、きこえない子が音声言語を獲得していく過程では、この時期にはまだ「語彙爆発」は観察されません(少なくとも私の知る範囲ではそうです)。それは、きこえない子にとっての音声言語は、まだ「きこえ」の状態が曖昧なので、意味と結びついた語の音韻系列の違いが確実に弁別できず、記憶できないからだろうと思います(「かしちょうだい」「なしちょうだい」「はしちょうだい」の違いをきいても100%区別できなければ(いずれのきこえも「アイオーダイ」くらいであれば)モノの名前を区別して記憶することは難しいでしょう)。語彙として蓄積されなければ(弁別できる語が50語程度を越えなければ)

「語彙爆発」も起きません。音声言語のみで行く場合、この言語的空白の期間は2歳頃まで続きます。

 

 一方で手話では確実に語が蓄積されていきます。それにつれて、交わされる会話も知っていく知識も豊富になっていきます。以下は、1歳9か月の子どもの記録から。

 

Fおばあちゃんが一ヶ月ぶりに上京。空港で「ふ」の指文字(=Fおばあちゃん)をしながら大喜び。飛行機を見て、手話で「あれが、ひこうき」とやったら一回で覚えた。本物の力はすごい!!本物といえば、お寿司屋の大きな水槽に魚が泳いでいたので、そこで魚の手話をした。別の時、ヨーカ堂の鮮魚コーナーでサバを買ったら、「魚、魚」と手話をした。切り身なのに、よくわかったなあと、びっくりした。」(1歳9か月)

 

 新しい語に出会って1回ですぐに覚えることを「即時マッピング」と言いますが、この即時マッピングができるから、次々とことばを覚える「語彙爆発」も生じます。どんどん知らない言葉を覚えていくわけです。手話にはそのメカニズムがあることがわかります。「見てわかる」言語だから起こり得ることです。以下は、2歳1カ月児の例です。

 

「学校に通い始めて約2ヶ月が過ぎて、先生方やお友だち、ママの顔も覚え始めたようです。学校に通う電車の中では、学校、先生、お友だちの写真カードを何度も何度もめくって見ては、指さししながらアッアッと声を出したりしています。降りる駅に近づくと、「おんりする」と言いながら手話をしていました。最初はわからない様子でしたが、最近では、自分から「おんり?」と手話できいてきたりするようになりました。「うん、次、おんりするよ。」と言い、手話で表現すると、帽子をかぶり、絵本をしまい、降りる準備をして、近くにいる人たちに「バイバイ」をするようになりました。」(2歳1カ月)

 

一語文ですが、手話という「ことば」を使って、電車の乗り降りのことがママと会話できています。以下も同じく2歳1カ月児です。

 

「補聴器屋さんの帰りにランチをして、おもちゃをもらいました。すぐに壊れてしまいました。家に帰ってきて、ランチでもらったおもちゃを見て、手話で「壊れてる」「無理」と表現したのでビックリしました。」(2歳1カ月)

 

このお子さんは、手話が二語の連鎖で出始めています。このように、「ことば」があれば、玩具が壊れて残念に思う自分の気持ちも表現できます。ことばがあるとないとでは、物事への認識や感情、思考の深まりが違うのです。以前に「ことばが認識を育てる」ことについて書きましたが、1歳から2歳のあいだを、ことばをもって過ごすかそうでないかということは、その後の子どもの成長発達に大きな影響を及ぼします。以下は、2歳9か月児の記録です。

 

 「ままごとをした。『ママはデザートに果物がいいな。果物はどこにあるのかな?』というと、A『本ある』とことば絵じてんを持ってきた。M『あったあった、これだね?』とスパゲッティーの絵を指すと、A『違うよ!』M『あ、間違った。これだ』とステーキを指さすと、『違うよ!』M『え~っ、わからない』と言うと、A『いちご、りんご、ばなな、ぶどう』と自分で選んで指さした。」(2歳9か月)

 

 「果物」という上位概念が2歳代で理解されており、ママとの楽しいやりとりができています。ことばを取り出して、そのことばでクイズを楽しむという、生活言語からレベルアップした高次の言語活動が、手話でのやりとりの中で確実に育ってきていることがわかります。ここまでくると、学習言語の土台づくりの時期に入ってきていると言えます。手話を使わないで音声言語だけでは、とても3歳前にここまで到達するのは難しいと思います。

 

1歳頃に言語をもつともたないのとでは、ものごとを認識する力が違ってくるという点からその理由を書きたいと思います。 あひるは何匹?.jpg

 まず、次のような実験があります。周りの大人のことばを少しずつ理解しはじめた頃の10か月の赤ちゃんを対象とした実験です(右図参照)。

舞台の上を玩具のあひる(赤ちゃんはまだ「あひる」ということばを知りません)が左から右に動いていきます。途中に衝立があって、左から入ったあひるは、衝立の後ろを通って右端から出ていくように見えます(これは実験者が手で動かしているのですが)。次に、同じあひるが右から入って衝立の向こう側を歩いて左端から出ていくように見えます。

この時、赤ちゃんはあひるが何匹いると思っているでしょうか? 同じように見えるあひるでも似ているだけかもしれないので、2匹という答えもあり得ますが、赤ちゃんは、連続して動いていくものは一つと認識することがわかっているのでこの場合、赤ちゃんは、あひるは1匹と思うはずです。 こんどは何匹?.jpg

 

 次に、隙間のある二つの衝立のある舞台の上を、さきほどと同じように左端からあひるが通っていきます(右図参照)。そして、左の衝立から入ったあひるは右の衝立の右端から出てきます。ところが、衝立の隙間からあひるが歩いていく姿は見えなかったのです。

今度は、右の衝立の右端から同じアヒルが入り、先ほどと同じように隙間からあひるは見えず、左の衝立の左端から出てきます。この場合、赤ちゃんはあひるが何匹いると思っているのでしょうか? 衝立の隙間を通っていく姿は見えなかったので、同じあひるのように見えても実は違うあひるだとわかるのです。あひるは2匹いると推論できるのです。つまり、赤ちゃんは動きの時間的な連続性と空間的な連続性を手掛かりに、いくつのものがあるのかが理解できるのです。ここまでは、言語は関係ありません。言語があるかないかに関わらずこのような認識は可能です。

 

 さて、次の実験は言語が関係してきます(右図参照)。 これはわかるかな?.jpg

 今度は2つのもの(あひると犬)が登場します(赤ちゃんは「いぬ」ということばもまだ知りません)。

最初の実験と同じように、左からあひるが入りますが、右から出てくるのは犬です。そして今度は犬が右から入って、左から出てくるのはあひるです。私たち大人は当然、玩具のあひると玩具の犬は別々に動いているはずだと思います。赤ちゃんはどう思うでしょうか? この一連の動きを見せた後、衝立を取り払います。そこにはあひると犬のおもちゃがなければならないはずです。もし、そこにあひるか犬のどちらかしかなければ、赤ちゃんは驚くはずです。ところが、1個のおもちゃしかなくても赤ちゃんは驚かないのです。

これは何を意味しているのでしょうか? ことばを知らない段階の赤ちゃんは、モノがどんなに見かけ上違っていても、それは関係なく、時間・空間上の動きが連続しているか否かによってだけ、モノが同一のモノかどうかを決めているのです。10か月であればあひると犬の見かけ上の違いは赤ちゃんにもわかっています。しかし、見かけ上の違いではなく、動きの連続性で赤ちゃんはそれが同じモノかどうかを判断しているのです。

そこで、今の実験に「ことば」を加えます。あひるが登場した時は「見て、あひるだね」と、犬が出てきたときは「ほら、犬だよ」などとそのものの名前を言います。そうすると、そのものの名前が初めてきく名前であっても、赤ちゃんはあひると犬がちゃんと別々のモノであると理解し、二つの違ったモノが衝立の後ろで動いているとわかるのです。つまり、見た目ではなく、ことばが同じか違うかを頼りに赤ちゃんは、同一のモノか違うモノかを決めているわけです。

このことから、1歳前の赤ちゃんでも、言葉があるかないかで、ものごとの認識の仕方・深まり方が変わるのだということがわかります。ことばが認識を育てるのです。これまでの聴覚障害教育の中で、きこえない子は「9歳の壁が越えられない」と言われてきましたが、それは結局、発達の初期から言語をもたなかったことが影響しているのではないかと私は考えています。聞こえない子にはまだこの実験をしたことはありませんが、手話という言語を使って、一度、「手話(言語)が赤ちゃん(子ども)の認識(思考)を育てる」ということを確かめてみたいと思っています。

 

 

 早期から手話を使うろう学校2校の乳幼児相談保護者にききとり調査をしているなかで手話の喃語、初語、語彙爆発などについても調べていますが、いろいろなことが明らかになってきました。ききとりに協力してくださった20人近い子どものうちすでに手話が出ている21人の結果から、前言語期の子どもの様子と初語の表出についてまとめてみたいと思います。21人の内訳は聴力90dB未満の軽・中度難聴児が13名、90dB以上の高度・重度難聴児が8名です。

 

〇前言語期(0歳代後半)の様子

 まず、初語が獲得される前にみられる大切な指標として、三項関係や共同注意がみられるかということと象徴機能がみられるかということがあります。

 前者は、大人と子どもとモノを共有して指さしや身振り・動作でやりとりが成立しているかということです。言葉はまず人と人とがコミュニケーションするために行われるものですから、お母さんが「ほらほら見て見て、きれいな花だね」と言ったときに子どもはその指さした先にある花を一緒に見て体験を共有できるかどうかとか、子どもがお母さんに向かって「ほら、〇〇だよ」と自分から指さして教えるといった行動がみられるかどうかということです。 前言語期.jpg

 

 後者は、例えば家族で一緒に乗った新幹線の楽しい記憶がその時にとった写真を見て思い出せるとか、積木を新幹線に見立てて動かすとか、そういう新幹線とは直接関係のないモノを新幹線に見立てる行動がみられるといったことです。このような象徴的な行為の延長線上にことばが発生すると言われています。ことばとは、新幹線という実際のものとは関係のない「し・ん・か・ん・せ・ん」という音のならびで実物を表現している記号または手話であれば添付ファイルのような手指・腕の動きであらわしている記号です。

 18人の手話を表出している子どもにはいずれもこの2つの様子が見られたことから、この2つの指標は言語獲得の前段階にあることを示す指標としても使えると思われます。 手話初語.jpg

 

 さて、きこえない子が最初に獲得する手話はどのようなものでしょうか?21人の結果は、右表のようになりました。特徴的なのは、「おいしい」という初語が3分の1を占めていることでしょうか。赤ちゃんにとってやっぱり食事場面はいちばんうれしい場面なのでしょう。

そしてもう一つの大きな特徴は、これらの手話の手の形をみてみると、「グー」と「パー」の手の形が圧倒的に多いということでしょう。赤ちゃんにとってこのグーパーがいちばん身体発達的にも容易で、この形が使われる手話表現がことばにつながりやすいということなのでしょう。なかなか面白い結果が得られました。赤ちゃんにはグーとパーを使った手話表現を沢山使うとよいのかもしれません。

 

 手話からスタートして、日本語の獲得はどのような過程をとるのか? 

大きく分けて2つのタイプに分かれます。一つは前にも書きましたが、聴覚活用と発語を通して音声言語で日本語を獲得するタイプです。これは中等度難聴の子どもや90デシベル台の高度難聴の子たちに多いです。もちろん、100dB台でも口話併用の手話を使い、家庭が音声に意識的であれば、それは可能です。例えば以下のような例です(育児記録より)。

 

事例1(17か月)100dB 日本語獲得の時期は?.jpg

「のどが渇くと、手をグーにして口に当てて飲むサインをするが、その度に『お茶ほしいの?お茶飲むの?ちょうだいなのー?』と問い掛けていたら、『おちゃー』とたまに言うようになった。二階に行きたい時は『うえー』と言うようになった。毎日のように踏切に電車を見に行くが、最近両手の人差し指を使って踏み切りのまねをするようになった。『シュー』と閉まる音つきなのがおもしろい。」

 

また、音声で発語することばは、ほとんどが手話ですでに獲得された語ですから、一度、手話で意味・概念を獲得した語を音声日本語でもう一度獲得しなおしているということもできるでしょう(言語の二重符号化)。ただ、音声言語が出てくる時期は、1歳代の半ば以降が多いので、まだまだこの時期に「あ」「か」「い」といった日本語の音韻(音節)一つ一つが区別されているわけではありません。音韻意識が出てくるのは、きこえる子でも通常は4歳以降と言われていて、その頃になると『しりとり遊び』(語尾を取り出せる)ができたり『あのつく言葉さがし』(語頭が取り出せる)ができるようになります。こうした音韻意識が持てることは読み書きにはとても大切なことです。

 

では、聴力が厳しく、音声言語からではなく、指文字や文字から日本語獲得するタイプの子たちは、いつごろから獲得が始まるのでしょうか? この子たちの聴力は100dBとか110dB以上といった子どもが多いです。こうしたタイプの子たちは、手話を身につけ、人の名前など限定されたものに指文字を「手話的に」使うようになるのが2歳代の前半あたり、さらに、例えば「電車」が自分の知っている手話という言語とは別の言語(指文字や文字で『でんしゃ』と表せる視覚日本語)であらわせることに気づき(メタ言語認知)、そのことに興味・関心をもち、指文字や文字でさかんに尋ねたり、自分で表現しようとする時期が3歳頃にあります。例えば以下のような例です。

 

事例2(2歳10か月)100dB

「学校の帰りにYが上を見上げて、『さくら』の指文字をしていた。ちょっと曖昧でしたが・・下の方にあったツツジを見て、『さくら』とやるので『ちがうよ。これはつつじ』と返すと、何度も繰り返して指さして『さくら』『つつじ』の指文字を私にやらせていた。」

 

では、指文字や文字で音韻が分解できるのはいつ頃でしょうか? 音声での音韻(音節)分解は平均的には4歳なのですが、指文字や文字で視覚的に日本語を習得している子は、意外に早いのではないかと感じています。例えば、以下のような例です。

 

事例3(30か月)100dB

「A子が指文字表の「ろ」を指して「ケロのろ」、「め」を指して「ヤメピ(ケロとバムシリーズのキャラクター)のめ」、「こ」を指して「B子、C子のこ」と言っていた。"指文字ブーム到来!」

 

日々、指文字や文字で視覚的に日本語の単語を見ているA子は、一つ一つの音韻(音節)の"ならび"によって単語が構成されていることに気づいたのでしょう。音韻分解を自分でやったわけです。濁音や半濁音などどこまでちゃんと音韻分解ができていたのかわかりませんが、もしかしたらこの年齢の頃に文字を紙に書いて『しりとり遊び』をしたり、指文字で『あのつくことばさがし』をしてみたら、意外とできたかもしれません。いつか機会があったら指文字や文字の獲得時期と関連して調べてみたいものです。

  今、私は、これまで数年間にわたって積み重ねてきた子どもの諸検査結果や保護者の記録をもとに、幼児期の言語発達過程を整理していますが、そこからわかる大事な問題について書きたいと思います。具体的に言うと、普通にきこえる子であれば、語彙の獲得が始まる1歳代から2歳代の「語彙爆発」の時期を経て、1,000語獲得するといわれる3歳になる頃までの約2年位を、言語をもって生活することの大切さです。とくに2歳代は、きこえる子は非常に沢山の語彙(音声日本語)を獲得しますが、きこえない子とくに高度難聴児(人工内耳装用児を含めて)には、音声日本語でこれだけの語彙を3歳時に獲得することはまず困難でしょう。では、手話でなら可能なのでしょうか? 1000語という語彙数は確かに相当の数ですが、聴者家庭であっても手話をしっかり使っていけばそれに近い語彙数なら獲得できます。ただ、手話は日本語ではありませんから、その手話語彙数がそのまま自動的に日本語に移行するわけではありません。手話と日本語との変換とか、日本語語彙を獲得していく手立て(音声、指文字、文字等による語彙獲得)は別に必要になります。

 このようなプロセスを前提としてですが、2歳代でしっかりと手話によるコミュニケーションができている子どもは、そこから様々な知識も獲得し、考える力や物事への意欲も旺盛な子どもが多いのも確かです。ここでは、現在すでに小学生になっていて、読み書きの力も順調に伸びている子どもたちの1~2歳の頃の記録を拾い出してみます。

 

A児:TV「いないないばあ」を見ていたら、バスが出て、「あ!」と本棚を指して、手話で「本!本!」と言っていたので、もしかして、乗り物の本かな?と渡したら、開いて「あ!」と声を出しました。「あ、これ同じだね。バスだよ~」と会話しました。(16か月)  (*すでに1歳半で「本」という手話を獲得)

 

B児:オムツ一丁で遊んでいたBが、「ズボン、はきたーい。」(手話+音声)。「Bのズボンはここにあるよ、これをはいたら?」と言うと、自分で履いていた。履けると今度はズボンの前後を確認して私の顔を見る。「マーマー、ちがう?大丈夫?」。私が「大丈夫だよ、ちゃんと履けているよ。上手に履けたねぇ」と手話で答えると「大丈夫ねー?」と言いながら満足そうでした。最後まで自分でできてうれしそうでした。(2歳2か月) (*80dB台なので音声と手話を同時習得しています)

 

C児:Cが最近質問することが増えてきた。「木、葉っぱ、ロッカー、門・・」片っ端から目にしたものを指さしできいてくる。これが2歳の「質問期」なんだろうけど、時間に押されるとピューッと早歩きで「そう!葉っぱね」とかササッと答えている自分に反省している。(2歳3ヵ月) (*2歳代で「質問期」があるのは言語獲得が順調に進んでいる証拠です)

 

D児:キッチンにいると、Dが「いっしょ、ご飯作る」と。自分のおもちゃのキッチンと忙しそうに行き来する。本物の人参を見せると、本物とおもちゃの人参を両手に持って、うれしそう。「ママの人参、どっち?」と聞くと、「はい!」とおもちゃをくれる。包丁で切った真似をして、「切れないな~」と困っていると、本物をくれた。・・・少しのシーンで、イメージの手話が一気に思い出されるようで、夜、食事の準備を始めると、私に「ご飯作る。グツグツ。パパ家に帰る。車でブーッ。お仕事終わり。テレビ触るとパパ怒る。こわ~い。メッ。・・・」とどんどん話が広がって来て、一気に手話で話し始める。私もそうそう・・・ってうなずきながら聴いている。そして、何か手話で付け足そうとすると、手を押さえられ、「自分で!」と一人で話し始める。そんな時は、ただただ聞いてほしいらしい。しまいには、「ママ、新聞読んでて!」と指示が出る。(2歳5か月) (*再現遊びをイメージ豊かに展開しています)

 

E児:「お風呂に入ろう」「お風呂洗ってくるね」などは話していても、お風呂がお水からお湯になることなんかも説明しなきゃいけないと気づき、「お風呂をわかそう。今は水で冷たいからあったかくしなきゃ。スイッチ入れてこよう!」と言うと、大きくうなづき、台所に行ってガス台のスイッチを触っている。お風呂のスイッチは教えたことがないが、「お風呂」「煮る」という手話で「お風呂をわかす」を表現したので、「煮る」の手話を見てガス台へ行ったのだろう。家の中ではネタ切れだと思っていたけど、いろいろ話したり、教えたりすることは多いなあと気づいたと同時に、断片的な情報から想像をふくらませて行動するEにも感心した。(2歳8か月)  (*日頃の生活場面を意識的に子どもに見せ、用を足す会話に終わらせることなく、しっかりと言語化しています)

 

 これらの会話は、親御さんは口話併用手話、子どもは手話または口話併用手話です。会話からは楽しそうな雰囲気が伝わってきますし、会話はスムーズで、同じ年齢のきこえている子の会話となんら変わりません。この子たちはその後、手話だけでなく日本語も順調に獲得していきました(年長時WISC言語性ノーマル、Jcoss10項目以上通過)。

もちろん全ての子がこのように順調に伸びていくわけではありません。子どもが本来持っている力の問題もあります。しかし、家族が発達早期から手話を使うということは、その子のきこえなさ(障害)を家族が受けとめ、手話を必要としている本人の存在を肯定しているというメッセージを子どもに伝えます。そして、子どもは自分の存在がこの家族の中でしっかり受けとめられていること、きこえる人ばかりの家族の中にも自分の「居場所」があることを実感するでしょう。そしてそのことが、子どもに成長発達の原動力を与えることになるのだと思います。

 

 

◎手話による子ども同士のコミュニケーション(乳相2歳児グループ)

 

「今日は2歳児グループでした。玄関でアゲハのさなぎを見つけた女の子が「ことば絵じてん」を出してきて「これ(指さし)と同じ(手話)」と言うと、男の子が自分のことば絵じてんをめくって探して「(ぼくの辞典には)ない(手話)」とお互い、さなぎと辞典を見合っていました。自分の作った辞典を使って子ども同士でちゃんと会話している。見ていてとても面白かったです。」

 

 2歳児グループですから、子どもは3歳前後のきこえない子たちです。音声(口話)で育っているきこえない子ども同士では、とてもこのような会話は成立しません。これができるのは、手話だからです。手話はきこえない子たちのれっきとした共通の言語です。手話という共通言語があってはじめて、こうした「発見」を、相手に「言葉(手話)で伝え」ることができます。そして、それぞれが作った絵辞典の「虫の概念カテゴリー」のファイルにある虫たちと「照合」し、目の前のアゲハが、その「虫」のカテゴリーに含まれるものであるかどうかを調べていることになります。このように、同じ経験を互いに言葉で共有しあう中で、子どもは、世界を知り、知識としても蓄えていきます。これが発達早期に手話を獲得する非常に大きなメリットで、こうした理解力や蓄えられた知識が、文章の読みに必要な豊かな知識となっているわけです。