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手話について

大阪府手話言語条例.jpgNPOこめっこ(大阪府)ではオンラインによるシンポジウムを計画しています。
参加費は無料。

事前配信による動画視聴の後、1月23日(同)1300~1530にパネルデスカッションが計画されています。


申し込み要領は下記のPDFファイルをご覧ください。


また、下記ホームページからも申し込みできます。

先日、右のような冊子が出版されましたが、この中に出てくるきこえない・きこえにくい本人(社会人・大学生7名、中・高校生9名)と保護者28名合計44名の手記からいろいろなことがわかります。今回は「人工内耳装用は2歳では遅い」とか「3歳以降ではことばは獲得できない」といった耳鼻科医の発言について考えてみます。

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〇「3歳以降の人工内耳装用ではことばは獲得できない」?

 これは保護者がある大学病院の耳鼻科医師から実際に言われたことです。医師にとって「ことば」とは音声言語(=音声日本語)のことであり、それはどれだけ「きこえているか」とどれだけ「話せているか」ということによって評価されます。その意味で殆どの耳鼻科医のいう「ことば」とはhearing speechで、日本語の書記言語(読み書き)とか手話言語といった言語学で考える言語=languageは含まれていません。音声を使ってどれだけ日常会話が可能かという点が医師にとっては評価に値する大事なことなのです。では、この点に限定して、3歳以降の人工内耳装用では、音声による会話は困難になるのでしょうか? 


『手話で育つ豊かな世界』の中には、2名の人工内耳装用本人(いずれも高校生)と5名の人工内耳装用児親(高校生親2名、中学生親2名、小学生親1名)が手記を書いていますが、この子どもたちは全員3歳を過ぎてからの人工内耳装用です。

では、この子たちは音声言語が使えていないのかというと決してそうではありません。この子たちは全員、まず手話からスタートして手話言語を獲得し、その後、日本語を指文字や文字を使って獲得しはじめ、さらに音声からの日本語入力や音声でのコミュニケーションができるようになるために、3歳を過ぎた時点で人工内耳を装用しています。因みに当時は2歳以降なら人工内耳手術をしてもよいという日本耳鼻咽喉科学会(日耳鼻)の適応基準がありました。

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詳細は本文を読んでいただければと思いますが、ここでは人工内耳を装用している高校生親子と中学生の保護者の手記から関連する部分を引用してみます(右添付ファイル)。

 ファイルに引用したこれら4名の手記からもわかるように、人工内耳装用が3歳を過ぎてもちゃんと皆、音声日本語は習得できていますから、補聴器を装用し聴覚を活用していれば3歳を過ぎてからの人工内耳装用では遅いということはないといってよいでしょう。

つまり、耳鼻科医の発言は、個人的に自分は

人工内耳装用児の手記②.pptx.jpg

う思うという「意見」であって、エビデンスがあるわけではないということになります(この点については小児難聴専門医の田中美郷先生の論稿をぜひ読んでいただきたいです同上書104頁)。


 現在、日耳鼻では人工内耳手術は1歳以降、体重8kg以上という基準を設けていますが、この時期を前倒ししてなるべく早くできるようにしたいという考えが一部の耳鼻科医にあります。「早くできればそれにこした

人工内耳装用児の手記③.jpg

ことはない」と皆さんは思われるかもしれませんが、発達上の問題があって1歳前にABR等の他覚的検査だけで乳児の聴力を確定することは一般的に困難です。ABRで反応なしとか100dB以上と言われていてもplay audiometry検査が徐々に可能になってくる頃には90dB以下ということは少なくないからです(同じことを田中美郷先生も書いておられます。同上書104頁)。

ですから子どもの聴力がほぼ確定できるようになる2歳以降での人工内耳装用でよいわけで、それで遅いという理由はないのです。 


〇この子たちは3歳まではどうしていたのか?

 ではそれまでの子どもたちの言語獲得はどう考えればよいでしょうか? 上記の5人の子どもたちは人工内耳装用前の3歳まではどのようにコミュニケーションし言語を獲得してきたのでしょうか? 

手話で伸びる2つの力.pptx.jpg

全員に共通しているのは、0歳や1歳の時に聴覚障害が発見され、補聴器を装用し、さらに聾学校の乳幼児相談に訪れた時から手話でスタートしたということです。

発達の早期から手話を用いることには、二つの大きなメリットがあります。一つは子どもの自己肯定感や非認知能力が育まれるということ、もう一つは年齢並みの言語・認知能力が発達するとということです。そのことについて、人工内耳装用児の保護者は以下のように書いています(『手話で育つ豊かな世界』より)。

 

①手話は自己肯定感を育む

「・・・大塚で手話に出会い、本気で抱きしめてくれる先生に出会い、補聴器をつけた仲間といっぱい遊び、娘が変わっていったということ。私も変わることができました。ずっと心に溢れていた戸惑いや娘への申し訳なさは少しずつ軽くなり、娘と過ごす時間が幸せでたまらないものになっていきました。娘自身も、日々の暮らしの中にたくさんの喜びを見つけられるようになっていきました。大塚に通う毎日の道は、本当に楽しかった! ある雨の日にカタツムリを見つけ、両手を使っておしゃべりがしたくて、二人とも傘を置いて濡れながら夢中で話した思い出は、一生の宝です。・・・人一倍人の痛みに敏感で、辛そうな姿を見ると誰のことも放っておけず、時にはそのことで自分が辛い思いをすることがあっても厭わないほど、しなやかな気持ちの子に育ってくれた。・・・」(MH,CI装用,中3年の保護者)

この手記から、手話との出会いを通して、保護者自身が自己肯定感を取り戻し、子どもと共に過ごす幸せを実感できるようになっていったことがわかります。このことは子どもに「自分は愛されている」「自分は自分でよい」という自己肯定感を育みます。自己肯定感を育んだ子どもは、自分が出会うことにも積極的に向かえるようになります。MHさんは小学校高学年の頃、「きこえないこと」に悩んだ時期がありましたが、見事自分で乗り越えていきます。それには保護者も驚いたといいます。

自己肯定感をもった子どもは、目標に向かって頑張る力、集中して物事に取り組める力、失敗しても立ち直れる力、自分の感情や行動をコントロールできる力、他人への思いやりや適切な配慮ができる力、他人と協調できる社会性、物事に創造的に取り組んでいく力~これを「非認知能力」と言っていますが、こうした能力を育んでいくことができますし、こうした力は自己肯定感あって伸びていくものです。なぜなら、自己肯定感をもっているということはあらゆることにポジティブに向かえるということだからです。その結果としてこのような力も育つのです。そして、このような「心の土台」が乳幼児期に手話を使う生活の中で育まれたということがわかります。

 *自己肯定感については、本HP>TOP頁>新スク検査>「自己肯定感をもった子に育てたい」を参照 http://nanchosien.com/cat50/post_180.html


②手話は認知能力を促進する

娘は生後7か月くらいからホームサイン(動かせる手・指で表現できるよう自作した手話のようなもの)を使い始めました。この頃から段々と意思の疎通が図れるようになり、心理的にも安定して、意味なく泣くことがあまり無かったように感じます。・・・聞こえる子供たちが耳で聞いて自然と言語獲得するように、『ろう児・難聴児は手話の世界に入り、目で見て言語獲得する。⇒手話の世界に入れてあげれば、自然と言語獲得に最適な時期に必要な言語を獲得できる。』と実感しました。」(KA,CI装用,中2の保護者)

ろうの先生方は耳がきこえないだけで、とても魅力的な先生たちでした。先生たちの言葉はいつも私の心に突き刺さるものがありました。そんな先生たちと話しているうちに、きこえや音声といった表面的なことにとらわれている私がとても恥ずかしくなりました。そんなことよりも、もっと深いところに目を向けるべきだと思うようになりました。」 (「手話で育つ豊かな世界」75頁)

 

これらの手記から、手話によって自然な言語(language)が獲得されること、そして言語が獲得されることによって物事の概念や認知の力が育まれること、さらには自己肯定感をもった成人聾者との出会いを通して、保護者の意識も、表面的な「きく、話す」ということから「もっと深いところ」すなわち子どもとの話の中身(思考の深さ)や豊かな感性を育てることに目が向けられていくということがわかります。

手話で伸びる読みの力.pptx.jpg

そしてこのような積み重ねによって、結果として子どもたちの日本語力や思考力、学力も伸びていきます。というと、「聾学校から大学に行った子どもなど殆どいない」などと根拠なく否定する方いますので、認知能力の一側面としての「読み」の力の伸びを示した結果を図示しておきます。また以下のところを参照してください。参考までに記しておきますが、下記論稿の某公立ろう学校卒業生の大学・短大進学率は最近5年間(2016~2020)の平均で約56%(39名中22名)です。

TOPページ>論文・資料・教材>「9歳の壁(峠)」を越え始めたきこえない子どもたち(2018) http://nanchosien.com/papers/post_70.html

 

〇人工内耳の限界を補うためにも手話は必要

 人工内耳は万能の機械ではありません。メリットもあれば限界やデメリットもあります。メリットは聴者とコミュニケーションする上で役立つことです。しかしいつでも100%聞き取れるわけではありません。メリットに関してTY君(高3)は以下のように書いています(本書23頁)

 「・・(人工内耳装用前は)完全に無音の世界でした。(人工内耳を装用して)世界に色がついたような不思議な感覚は今でも心に残っています。・・・今では様々な音声をききながら手話を日常生活で当たり前に使っています。」

 TY君は聴力がとても厳しかったので、3歳で人工内耳を装用して音が入ってくる不思議な感覚を上記のように表現したのでした。そして今は口話と手話を身につけ、相手に応じて使い分けたり併用したりしてコミュニケーションしています。

 

TRさん(高2)は、人工内耳の効用と限界について以下のように書いています。

「・・・(聴者と会話ができるので)人工内耳は便利なものだと思っています。その反面、健聴者と会話ができてしまうと、その会話の相手は私が耳が不自由だということをすぐに忘れ、どんどん話しかけてきます。話がすすむにつれ、自分は耳が聞こえないというアピールがしにくくなることもあります。よく母が言う「中途半端なきこえ」を、私が社会に出た時にうまく伝えられるか、忘れられたら何度でも伝えるメンタルの強さが自分にあるのか、とても不安を感じます。 」(同上書27頁)

 

一般の人は、人工内耳を装用してある程度きこえて話せれば「この人はきこえている」と誤解します。「わからなかったからもう一回言って」と言うのも2、3回はよいとして何度も言うのは気が引けるものです。ついついわかったふりをしたり、笑ってごまかすことも多くなります。TRさんが言う「中途半端なきこえ」をもつ人工内耳装用者や難聴者の悩みです。100%わかるためには、筆談、要約筆記、音声・文字変換アプリの利用のほかに手話ができれば手話通訳を利用することができます。手話はリアルタイムにスピーディーに確実に多くの情報を伝えるという点でとても大きな力を発揮します。それぞれの場や状況に応じて効果的にコミュニケーションするためにも手話も使える力を小さい時からつけておくことが望まれます。

さらに最近のコロナ禍におけるマスクの着用、常時換気の電車での会話、災害時の電池切れ、機器の故障など補聴器や人工内耳での音声言語の会話にとってマイナスのことも多くあります。このような状況においても手話でのコミュニケーションは身一つあれば可能です。どのような場面でも対応できるようコミュニケーション手段の選択肢は多い方がよいのではないでしょう。

さて、話が少しそれてしまいましたが、人工内耳の装用は早いほうがよいという考えを否定する必要はありませんが、まずは補聴器を装用して補聴効果を十分に確かめながら、聴力がほぼ確定できる2歳~3歳頃までに判断すればよいということでしょう。「早く早く」と煽るのは禁物です。1歳前に判断するのは聴覚の発達の問題があり困難です。まずは両親でじっくりと相談する時間的ゆとりが必要です。そうでないと親は不安になり、十分に考える余裕もなく手術することになってしまいます。その結果、人工内耳を必要とする聴力より軽いのにやるということが起こります。片耳装用が普通であった数年前には、人工内耳をしないほうの片耳は60dBとか70dBだったという例がしばしばみられました(今は両耳装用が普通になっているのでそれももうわからなくなっています)。人工内耳は一生ものですからランニングコストを考えると相当費用がかかります。シングル家庭や生活保護世帯で、人工内耳を結局維持できなくなった家庭も実際に何例か知っています。そこまで国や自治体が面倒を見てくれるわけではありません。こうした現実を高2のHRさんはしっかりと見つめ、以下のように書いています。

「・・人工内耳をして今何を思うかときかれれば、『人工内耳はお金がかかるから、会社に入ってちゃんとお給料もらわなくちゃいけないな...』ということくらい。機械の買い替えもなかなかの値段です。将来ちゃんとした給料をもらえるよう、勉強して手に職をつけようと思っています。」(同上書27頁)

これもまた、将来、本人が背負わなければならない一つの現実であるということを、人工内耳を考えるにあたってしっかりと考えておく必要があると思います。

◎『手話で育つ豊かな世界』の申し込みは、送り先と冊数を書いて、FAX03-6421-9735  またはmailto:soukisien@yahoo.co.jp へ。郵便振替用紙を同封してお送りします。


手話か口話か? 手話も口話も?

手話からスタートした子どもたちはどのように日本語を獲得していくのでしょうか? ある医療機関では、「手話を使ったら声を出さなくなる」という理由で手話を禁止するのだそうです。また、ある中等度難聴児のママは「手話は必要ないから」と言われたそうです。本当に手話をすると子どもは声を出さなくなるのでしょうか?本当に難聴児には手話は必要ないのでしょうか?   

今回は、1歳から3歳頃までの手話からスタートした子どもたちが、どのように日本語を獲得していくのか、まずその発達の筋道を紹介し、最後に手話からスタートした難聴児と聾児の3歳時のママとの会話を紹介します。

手話から日本語へ①.jpgなおここでいう手話とは、日本語対応手話(=口話併用手話、手話付きスピーチ、手指日本語)のことです。日本語対応手話とは音声に手話をつけるやり方ですから日本語の範疇に入ります。もちろん、0~1歳の単語段階では対応手話か日本手話かという区別は必要ありません。しかし、1歳半ばあたりで2語文が表出される頃になると、文を使ったやりとりに日本語の文法を用いるのか(つまり日本語対応手話を使うのか)、手話の文法を用いるのか(日本手話の獲得の方向に向かうのか)という問題が生じてきます。ここが教育方法の大きな分かれ目になるところですが、公立聾学校には保護者からの両方のニーズがあり、必然的に手話も口話もという立場にたつことになります。では、それは双方からの要望に応えようとするための中途半端で消極的な方法なのでしょうか? いえ決してそうではなく、両方のメリットが活かされたbestとまでは言いませんがbetterな方法だと私はこれまでの経験から考えています。

*そのエビデンスはこのホームページの下記の項を参照して下さい。

TOP>論文・資料・教材>「9歳の壁」を越え始めたきこえない子どもたち。

nanchosien.com/papers/post_70.html

 

ここでは、筆者が行った保護者聞き取り調査(2017年都立ろう学校2校21名対象)の結果及び都立ろう学校乳幼児相談保護者育児記録(2003~2019年)より事例を紹介つつ、手話から日本語獲得への道筋を見ていきたいと思います。


 

1.比較的聴力の軽い子どもたち(概ね90dB未満)の日本語の発達


①音に気づく~0歳後半~

 

手話から日本語へ②.jpgこの時期はまだ指文字や文字といった視覚日本語の獲得は困難で、子どもは、補聴器を通して入ってくる音や声を、音楽やリズム、くすぐりあそびや手あそび、絵本でのオノマトペや繰り返しのあることばとして楽しんだりできます。このような活動を通してまず音への関心を育てるのが0歳後半から1歳代です。

 


手話から日本語へ③.jpgのサムネール画像

②音声模倣・音声初語・音声単語獲得~1歳代

 

手話から日本語へ④.jpg1歳以前より乳相に来談し手話を用いてきた子どもたちは、補聴器を装用し音声をきいてはいても聴力の如何によらず手話の初語のほうが先に(1歳前後)出ますが、比較的聴力の軽い子どもたち(概ね90dB未満・以下)は、やや遅れて音声の初語も出てきます。この子どもたち(最初の図の【聴覚活用タイプ】)は、音声の模倣を楽しんだり、音声初語の発語があったりなど手話も使いつつ音声言語の発達も同時に並行して進んでいき、音声での語彙も徐々に増えてきます。そのほとんどは、最初に手話として獲得しコミュニケーションの中で使われている語を日本語に置き換えたもの手話から日本語へ⑤.pptx.jpgのサムネール画像のサムネール画像で、手話を伴わない音声のみの単独で表出される語もあります。

 一方で90dB以上の聴力の重い子たちは音声初語が出る子は比較的少ないです。この子どもたちは2歳半頃に指文字で日本語語彙を獲得し始めるまでは手話中心の言語発達をしていきます。最初の図のいちばん下の【指文字タイプ】の子たちです。この子たちの日本語獲得はもう少し時間がかかります。ただ、手話での会話内容は、きこえる子が音声言語でやりとりするのと同じように内容豊かなものです。

 

手話から日本語へ⑥.jpg


③日本語対応手話へ~2歳代以降

手話から日本語へ⑦.jpg2歳になると、手話での会話は一語文(単語)から二語文に入っていきますが、ここで使われる手話は聴家庭では日本語対応手話がほとんどです。そして、日本語対応手話で表出される文には音声が伴っているので、子どもたちも文の中の一部の語を音声でイントネーションや口形を真似たり、自分で単語として表出したりするようになります(事例I~M)。

 


2.比較的聴力の重い子どもたち(概ね90dB以上)の日本語の発達


①手指喃語・手話初語・二語文・語彙爆発・・・0歳代後半~2歳

 

手話から日本語へ⑧.jpg2017調査対象児21名のうち90dB以上の幼児は8名いますが、そのうち6名は手話喃語を観察しています(2名は不明)。また、手話初語は8名全員が観察しています。その後、手話の語彙爆発も8名全員が観察しています。こうした事実から、聴力の重い子どもたちの言語獲得は、1歳代から2歳代にかけて手話中心に進んでいることがわかります。

 また話による語彙の爆発や二語文の獲得は1歳代の後半、ほぼ同じ頃にみられます。

 

②指文字の獲得・・・1歳半~3歳代

・手話の延長としての頭指文字や固有名詞の表現として使う

手話から日本語へ⑨.jpg「木〇先生」を表すときに「キ」+先生(手話)と表すことがあります。これを頭(かしら)指文字と言っています。また、例えばペットの名前などの固有名詞は手話ではなく、指文字でそのまま表すことも多いです。さらに、「ハム」「麩(ふ)」「プラレール」など手話で表現できない単語について大人が指文字を使ってみせるなどのこともあります。このように手話では表現できない時に指文字を使うことがあります。(日本手話の場合は、CLやNMSなどを駆使しますが、日本語対応手話を用いる家庭では指文字をそのまま使い、意味がわからない時には手話で説明したり絵や写真など非言語的手段を駆使して説明することになります)。

手話を日本語で知ってほしいとき使う

手話から日本語へ⑩.jpg話をしたあとに指文字で単語を押さえる方法(「猫だね(手話)」+「ネコ(指文字)」)で大人が指文字を表出し、それを子どもが見てまねるという方法で、指文字を通して日本語を教えます【事例P ~R)。

このように、比較的聴力が重く手話中心でこれまできた子どもたちは、2歳後半から3歳頃にかけて主に指文字を使って日本語を獲得し始めます。ただ聴力の軽い子どもたちが、日本語対応手話で音声も併用してリアルタイムに会話していくのに対して、聴力の重い子どもたちは、手話での会話にわざわざ自分から指文字を使って会話をすることは、手手話から日本語へ⑪.jpgのサムネール画像のサムネール画像のサムネール画像のサムネール画像のサムネール画像話で表せない語彙に使うくらいしかないでしょう。そのため日本語に触れる時間的な少なさという問題が生じます。それを補うためには、大人の側から日本語対応手話を使いながら、ターゲットとなる手話語彙を指文字で表現し、日本語を教えていくといった工夫が必要になります。また、以下の項のように文字を通して日本語を学ぶ機会を増やしていくことも必要です。


3.文字から日本語を~写真・絵カード、絵日記、オリジナルことば絵じてん、絵本など

 文字による日本語獲得についてはここでは省略します。それぞれの意義については該当の項を参照して下さい。

 

 

〇まとめ

手話から日本語へ⑫.pptx.jpg最後に二つの事例を紹介します。一つ目は65dBの難聴児の事例です。医師からは「手話は必要ないから」と言われる聴力の子どもです。右のファイルでは3歳5か月のとき、手話と日本語の二つの言語の違いに気づき、手話は一つでも日本語では「うれしい」「たのしい」という別々の意味があることを発見しています。二つの言語を頭の中で比べて比較しその違いを考えることができています。抽象的な思考とは目に見えない物事を頭の中で考えることのできる力です。この子は、3歳5カ月で、目には見ることのできない「うれしい」「たのしい」という感情を比べることができており、さらに手話というもう一つ別の言語ともその違いを比べることができています。また3歳6か月のとき、ママに言わせれば「屁理屈」かもしれませんが、理由付けをしておばあちゃんを説得する言い方を考えることができています。こうした思考ができるのは0歳の時から目に見える手話という言語を使い、「考える」力を育ててきたからだと思います。曖昧な音声のみで育った60dBの難聴児にこれだけの論理的な思考ができるかというとそうはいかないのではないでしょうか。

 

手話から日本語へ⑬.pptx.jpgまた、右の110dBの子どもは、冬から春になりつつあるときに、葉芽(ようが)と花芽(はなめ)の違いについてママと会話しています。身近な自然に触れ、変わりゆく季節の変化やその美しさに関心をもつだけの思考が育っている様子がうかがわれます。

 では、この二人に共通していることはなんでしょうか? それは単にSpeechができるかどうかという目先のことではなく、Languageという、思考をするための「言語」を育ててきたという点です。手話でスタートするという最大の利点は、100%見てわかる会話をすることで子どもの経験を深め、その経験をもとに言語(手話・日本語)を使って考え、豊かな想像力を膨らませ、そこで培われた力が書きことばの土台となって学力の形成や抽象的・論理的思考という学習言語の世界へと繋がっていくという点です。頭の中のLanguageを育てる、それが手話でスタートすることの大切な意味なのだと思います。

 

 さて、ここまでは主として乳幼児教育相談の年齢段階での手話と日本語の発達の過程でした。これより以降は、聾学校幼稚部に入学して言語の指導を継続するのがよいと思います。友達と互いにわかりあえる手話を通して関わることで自分の気持ちをコントロールする力、互いのぶつかり合いの中から自分たちで問題を解決する力、友達と役割を分担し互いに考えを出し合い、協力して遊びや生活をつくっていく力は、お互いに通じ合える共通の言語・コミュニケーション手段があってのことです。そうした集団の関わりの中でこそ社会性は育つものだと思います。そしてこのような生活の中で身につけた言語こそ、小学校以降の教科学習の土台になるものだと思います。

 

 以下の講演記録は2020年2月に実施された、ろう・難聴研究会での講演の記録です。

はじめに

9歳の壁(峠)」といわれる現象があります。これは、聴覚障害児の言語力・思考力が抽象的思考のレベルに達しない現象をさしていったも ので、1964年、当時東京教育大学附属聾学校の校長であった萩原浅五郎によって指摘された現象です。以来半世紀あまり、この現象は、なかなか乗り越えることができませんでした。9歳の壁1.jpg

このことは、右の澤隆史氏(2016)の調査からもその一端を知ることができます。この図はReadinng test(読書力検査、以下Rtと略す)という語彙力・文法力・読解力をみるテストでの「読書学年」を比べてみたものですが、1971年からほぼ10年ごとの2015年に至るまでの約半世紀、いずれの時代も小4以降は「読書学年」が小4どまりになっていることがわかります。聴こえない子の多くは小5小6になっても小4が超えられていない。小4というのは9歳ですから、そこから「9歳の壁が超えられない」と言われるようになったわけです。

 

1.「9歳の壁」は本当に超えられないのか?

9歳の壁2.jpgかし、この状況に変化があらわれてきました。ある公立聾学校(以下、B校とします。都道府県立の聾学校です)の乳幼児相談を修了した幼児の多くはそのまま幼稚部に進級し、さらに小学部へと進級します。その子どもたちの日本語習得状況をみてみましょう。上記の澤の調査のグラフに乳幼児相談を修了した子どもたち(乳幼児相談に1年以上通った28名)の小学部での読書学年の結果を書き加えてみます(2019年)。そうすると、どの学年においても該当の学年よりも高い「読み」の力という結果が出ました(28名の平均読書力偏差値55.3)。9歳の壁3.jpgつまり「読み」の力では「9歳の壁」は超えてるのです(この調査は2017年より行っていますがこの3年間結果は変わっていません)。この28人の児童について、読書学年が該当の学年と同じであれば「学年対応」(図表・黄緑色)、該当の学年より上回っていれば「上学年対応」(同・水色)、下回っていれば「下学年対応」(同・黄色)として分類してみると円グラフのような割合になります。また、それぞれの児童の読書力偏差値は円グラフ右下の表のとおりです。これをみると、ほぼ8割の子どもは年齢並みかそれ以上の読みの力をつけていることがわかります。

 

2.乳幼児相談で育つ力とは?

では、乳幼児相談修了児(乳相に1年以上通った子)とそうでない場合とでは、子どものReading testRt)結果に差があるのでしょうか? Rtは日本語の読み書きの力です群別偏差値.jpgから、乳幼児相談の経験の有無に関係なく、それぞれの子どもの幼稚部以降の日本語の習得過程の違いが大きな要因ではないかと思えるのですが、乳相修了児28名と幼稚部以降転入児24名(含乳相1年未満)や小学部以降転入児18名(含幼稚部1年未満)と比べてみると有意な差が出てきます(乳相修了群と幼稚部転入群間、乳相修了と小学部転入群間にはいずれも有意水準5%で差あり。二つの転入群の間には有意差なし)。つまり、幼稚部や小学部で同じ教育を受けていても、乳幼児相談を2、3年経験したかどうかによって子どもに身につく日本語力に差が出るということであり、それは、乳幼児期に受けた支援の違いが、幼児期から学童期にかけての日本語の習得に大きく影響していると考えられます。では、その要因は一体何なのでしょうか?


3.乳幼児相談ではどのような支援をしているのか?

 このB校乳幼児相談を経ることで来談した保護者は何を学び、子どもにどんな力を育て、その力がさらに日本語の習得に、そしてRtでの読みの力につながっていくのでしょうか? 

 もし他の多くの支援機関との違いがあるとしたら、それは、①聴覚障害という障害を否定的に考えないという点と、②発達早期から手話(口話併用手話を含む)を積極的に使うという点だろうと思います。言い換えると、手話を否定する聴覚口話法、Auditory vervalの立場とは正反対の立場という点でしょう。では、上記二つのことは、どのように子どもたちにたちに影響しているのでしょうか?

 

(1)二つの障害モデル

まず、前節3の①の聴覚障害についてのとらえ方・考え方について考えてみます。障害9歳の壁4.jpgのサムネール画像をどう考えるかということには、大きく分けて2つの異なった考え方があります。一つは「医学モデル」の考え方で、障害とは個人が所有している身体的な損傷・マイナスと考えます。そしてできる限りこのマイナスを少なくして少しでも健常(聴)者に近づけようとする考え方です。医療・療育機関の多くはこの立場ですし、初めて障害ある子を産み悲しみのどん底にある親御さんたちもこの考えに同意されるのではないでしょうか。そして、少しでも聴こえて話せるようになるためには極力手話を排除すべきという考え方が、医師等の専門スタッフによって奨励されるでしょう 


もう一つは、「社会モデル」の考え方で、障害は個人の側にあらかじめあるのではなく、個人が社会の中で生きていこうとするときに生じる困難さこそ障害(=障壁・Barrier)であると考えます。例えば、聴こえない人がバスに乗ったとき停留所のアナウンスだけではわからない。字幕表示があれば起きている障害(=障壁)は解消できます。つまり障害は社会の側の努力によってなくすことができます。ただ、字幕は日本語ですから日本語を聴こえない人が身につけるためには適切な教育が施されることが必要ですし、個人の努力に負う部分もあります。ですからどちらか一方の考え方だけで障害の問題すべてが解消できるわけではありません。


とはいえ、きこえない子の子育てがスタートするにあたって大事なのは、やはり子どもに周りが合わせるということでしょう。子どもにとっては聴覚障害があることも含めてまるごとそれが自分自身です。子ども本人にとってきこえないことはふつうのこと自然なことなのですから、それを否定されることは自分自身の存在を否定されることになってしまいます。また、子どもの人間形成にも影を落とすことがあると思います(例えば、河﨑佳子「きこえない子の心・ことば・家族」2004,明石書店、齋藤陽道「声めぐり」2018,晶文社を参照)。

 

(2)聴覚障害を否定しないことと手話を使うことの意味

生まれてきたわが子に障害があると分かった時、ほとんどの親は否定的な感情に襲われ、どうすればその状況から逃げられるかを考えます。しかし、きこえないわが子の現実は変わりません。たとえ人工内耳をしたとしても聴力ゼロデシベルのきこえる子にはなりません。障害からいかに遠ざかるか、きこえる世界にいかに近づけるかと息苦しくなるよりも、変わらぬきこえないという事実を事実として受けとめ、まず、子どもと通じ合える手段を身につけ、それによって子どもとと通じ合える喜びを分かち合うことを大切にしてほしいと思います。


①きこえないという「障害」を「身体的な差異」としてまず受けとめる。②そしてきこえる親ときこえない子がコミュニケーション(以下コミ)するためには、そこにある「障壁」をどのように取り除けるかを考える。③「耳がきこえない」子は「目で見る」子であり、「目で見る」言語とは手話なので、手話を使ってコミする。④子どもは手話でコミすることで、自分がきこえなくてもよいことを周りから認められていると実感していく。⑤やがて子どもは手話を「自分のことば」として、手話を使うきこえない自分を肯定する感情が育つ。これが自己肯定感であり、成長・発達の原動力になる。


昔から「三つ子の魂百まで」と言って3歳ころまでに子どもの人格形成の土台がかたちづくられると言われていますが、まさに乳幼児相談の時期がこの時期にあたります。子どものありのままを尊重していくことがその後のこどもの成長・発達を支えると考えると、障害を否定しないこと、手話を発達早期から使うことの大切さが理解できます。

 

(3)障害のとらえ方はどう変化していくか~当事者との出会いの大切さ

9歳の壁5.jpgのサムネール画像のサムネール画像では、実際に親はどのように子どもの障害を受けとめていくのでしょうか? それをB聾学校乳幼児相談の支援プログラムから考えてみたいと思います。

プログラムの中で特徴的なのは、まず「ロールプレイ」「難聴疑似体験」「マイノリティー体験」といった体験活動が組み込まれていることと、全体活動の中に成人聴覚障害者による「絵本の読み聞かせ」や「手話教室」などがあることでしょう。


①ロールプレイ

「ロールプレイ」とは、親役とかきこえない子ども役などの役割を決めて、模擬的にある場面での親子のかかわりを再現し、それを観客役にもみてもらい、その後、皆で感想を話し合います。こうした活動の中で気が付かなかったわが子とのかかわり方を実感をもって見直すことができます(セラピー的要素)。わが子とよいかかわりをもつこと、それは子どもが成長・発達していくためにとても大切なことです。


②難聴疑似体験・マイノリティー体験

「難聴疑似体験」は、ヘッドホンに雑音を再生して疑似難聴(軽度伝音難聴)状態をつくり、外出体験や集団コミ体験などを行います。わが子のきこえなさをある程度実感することができます。

「マイノリティー体験」は「お茶の間の孤独体験」とも言い、数人の手話話者の中に手話のできない聴者の親に入ってもらうという体験です。周りが手話で盛り上がるのに自分はそこに加われない疎外感を味わうことで、きこえる家族の会話に入れないきこえない子の寂しさを逆の立場で実感できます。このような体験を通して、家族皆で通じ合えるコミュニケーションの大切さやそこに必要な手話の役割について学ぶことができます。


③手話教室

「手話教室」は、成人聴覚障害者を講師として「入門」「初級」などに分かれて実施し、言語としての手話や子育てに必要な手話などを学びます。


④その他

年10数回設定されている「保護者講座」では聴覚障害という障害について学んだり、社会で活躍している成人聴覚障害者やきこえない子を育てた先輩保護者の体験談をきいたり、一緒に教材を作ったりします。

「グループ活動」では、成人聴覚障害者による絵本の読みきかせや各種行事、また同じ障害をもった子の親同士で触れあい、情報交換をしあったりします。こうした自由な雰囲気の中で、前を向くことができるようになっていきます。また「個別相談」の時間では、子どもとのかかわり方や悩みを担当の先生に相談したり実際に関わる場面をみてもらいアドバイスをもらったり、育児記録へのコメントをもらったりします。

このような活動を通して変わっていく保護者自身の変化を、アンケート調査(2017)の中からいくつか拾ってみたいと思います。

 

★A児(5か月)母(初回来談より2か月後)

「はじめは『きこえる人に近づけることが大事』と思い、それができないと苦しかったが、聾の人からきこえないということはどういうことなのかを教えてもらい、理解できた。それから子どもとのかかわり方が変わった。」


B児(5か月)母(初回来談より2か月後)

「以前は障害のことが気になって、子どもとの一日一日の成長を楽しめなかった。今は、少しの成長をも感じるととてもうれしいし、一日一日がとても楽しい。」


C児(10か月)母(初回来談より4か月後)

「これまで障害者手帳をもっていること、手話を外でやることが恥ずかしいと思っていた。でも、聾の人の話をきいて気持ちが変わった。きこえないから他の感覚を使っていると聞き、ジーンときた。この子のおかげできこえない世界との接点をもつことができた。きこえない人は皆明るくて誇りをもっていることがわかった。」

 

このようにどの保護者も最初は聴覚障害に対して否定的ですが、成人聴覚障害者と出会い、聴覚障害が決して恥ずべき障害ではないと知り、気持ちを切り替えることができています。そして、そこからきこえないわが子への見方が変わり、子育ての楽しさが増したと語っています。この障害観の変化とわが子との関わりの変化こそ子育てのスタートにあたってまず最初に大切なことだと思います。きこえない子との関わりが楽しく感じられること、子どもといる毎日に幸せを実感できること、それが子どもの心理的な成長を促し、ことばの土台を形成しているのだろうと思います。

以下、子どもとの日々を楽しく過ごしている親子のかかわりを育児記録から引用してみたいと思います。


D児(6か月)「手話」

Dに母乳をあげていたら、目が合ってきゃは!きゃはは!と笑ってくれた。ニコニコニコニコしている。うれしくなって「Dちゃん、ママは手話習っているのよ。学校行ってるよ。楽しいよ。がんばるよ。」と知っている単語は手話で話しかけた。そうしたら、いつもは割とそっぽ向いていてむなしく手話が空を舞っているのに、この時はじーーっと手の動きを見ていてくれてやりがいを感じた。


☆E児(7カ月)「でんきパッチンあそび」

夫がEちゃんを電気のスイッチの横で抱っこする。私が照明の下にいる。「Eちゃん、電気ピカー!やって」(すべてサイン付き)と言う。夫とEちゃんでスイッチを押す。明るくなって「わぁー!電気ピカーだね!!」「電気パチンは?」ともう一度言う。夫の手とEちゃんの手でスイッチを切る。「電気パチンだ。」この遊びを10回位すると、電気ピカー、パチンのかけ声にあわせて、スイッチを見るようになった。

 

F児(10か月)「綱引き・お馬・本をビリビリ」

私のスカートのベルト布をひっぱる。伸びる生地なので、面白いらしい。私もベルト布をスカートからはずし、Fにあげてから引っ張りっこする。わざと引っ張られてみたりする。背中に乗りたがる。背に手をついているので、私がそのまま進むと少し歩く。たまにこの体勢のままで振り向いて、「Fちゃん!」と言うと、「キャッ、キャッ」と喜ぶ。雑誌を本棚より引っ張り出してはビリビリ破り、なめて振り回す。「あーら、出しちゃったねえ。だめよ。」と言うが、おかまいなしなので、私もいっしょにビリビリ、ペロペロとなめてみる。

 

G児(10か月)「バナナ」

いつもは絵本のバナナの絵と実物を見せて「バナナ」の手話をしてからバナナを食べる。しかし、今日は何もないところから手話だけで「バナナ」をしてみたら、じーっとかたまって何やら考えている。そこで実物のバナナを冷蔵庫から出すと少しニヤリ。M「じゃじゃーん、これだよ!」と実物を見せると大喜び。触ったり、皮ごとかんでいる。食べる前に絵本と実物を何度も見比べる。そして「甘いね」「黄色いね」「バナナだよ」などと話しかけながら一緒に食べた。

 

☆H児(11か月)「踏切」

踏切で踏切の写真カードを取り出す。M「同じだね。踏切だね」と言うと実物と写真カードを何度も見比べる。遮断機のランプが点滅してバーが降り、電車が通るといちいち電車を指さす。通り過ぎると「バイバイ」とやる。バーが上がりM「高いね」とやると一緒に真似る。帰るとき抱っこの身を乗り出して遠ざかる踏切を見ている。家に帰ると、自分で踏切の写真を取り出し「踏切」の手話をする。

 

I児(1歳2か月)「買い物と手話と写真カード」 

午後からスーパーへ買い物に行く。家を出る前に「○○ストアへ買い物だよ。」とスーパーの写真を見せながら手話をやり、着くと「○○に着いたよ。○○だよ。」とやると、Cは写真を指さし、「ア!」。次に店の看板を指差し「ア!」と言う。「そうね。同じ。同じね。○○だね。」と言い、ストアへ入る。

 

☆J児(13か月)「テディーベア」

いつも通る花屋さんの前で、窓辺に飾ってある熊の人形を満面の笑顔で見ている。熊の手話をするのが日課だが、おばあちゃんと一緒の今日は、散歩中ずっとおばあちゃんに話しかけている。水がない噴水から、池の鯉、電車・・とよくしゃべる。

テディーベアのコーナーの数十メートル前から、「熊」の手話をしてやたらに高いところから振り下ろす。「あそこにテディーベアの熊があるんだよね」と言うと、笑顔いっぱいでおばあちゃんの手を引っ張り、花屋まで連れて行き、「ばあちゃん、あそこ(指さし)、テディーベア(熊の手話)、ある(高いところから両手を振り下ろす手話)」と話す。

 

☆K児(14か月)「二語文」

「ほしい」をよく使う。13か月の時はじめは「風呂」限定だったが、次の日には別のものでも使うようになった。

・「ほしい、~したい」(手伝ってほしい、寝たい、待ってほしい、座りたい等) 

・「あれpt+ほしい」(あれをとってほしい)

・「あっちpt+ねこ+ほしい」(あの猫を連れてきて)

・「あれpt+ジュース+ほしい」(あのジュース飲みたい)   pt・・指さし

 

L児(16か月)「順番」

今日は公園で遊んだ。友達のバイクを見て「ちょうだい」(代わってという意味)と友達に手話した。私は「Lちゃんも乗りたいんだね。でも待ってる友達いるね。順番だよ」「〇ちゃんが先だよ。順番だよ」と言うと、手話で、L「順番、順番」と繰り返しながら待つことができた。

 家に帰り、公園で撮った写真を見ながら会話した。M「お砂場だね。砂だよ」L「砂」。M「そう砂だね。」 M「ブランコしたね。楽しかったね」L「楽しい」。M「Fちゃんが滑り台の階段のぼっているね」など。その都度、Lも写真を指さしたり手話をまねたりする。

 

☆M児(19か月)「商店街」

グループの帰り、商店街を寄り道しながらMと歩いた。薬局のカエルの置物をいい子いい子。お店の方に手を振る。ソフトクリームの置物をみて「アイス」(手話)。M「ここは車が来て危ないからこっちを歩こう」と言うと、後ろを振り返って「車」の手話。水たまりを見たり、開店準備のお店をじ~っと見たり、そして、閉まっているシャッターを見て、「赤」の手話。M「ほんと赤だね」と返すと、お店の看板や洋服など、「赤、赤」とサインしながら歩いた。」

 

N児(1歳9か月)「伝え合う」

このところ、Nの生き生きとした動きに感動いっぱいの我が家です。1歳になる頃、Nの口をトントンたたくと自分で「あー」と声を出し、「あーわーわー」と聞こえるのか、何度も同じ遊びをやらされていました。今日、久しぶりに私や長男、遊びに来ているおばあちゃんがそれぞれの口をトントンたたく姿を見て、Nも自分の手で口をたたきながら、「あーわーわー」と繰り返していました。人の様子をじっと見ている姿には感動しました。赤ちゃんのような時間が長く、周りの一歳児はどんどん歩き始め、サインを見せてくれています。ゆっくりでもいいので、いつの日か、サインを含めたコミュニケーションができたらいいなと思います。

 

☆O児(111か月)「カレーづくり」

しまじろうの本にカレーを作ろうという頁があって、おもちゃの包丁で材料を切って、なべに入れてお玉でぐるぐるかき混ぜて、カレーをお皿に盛り付けて(シールを貼る)遊ぶのがあるのですが、それをOが楽しそうに遊んでいたので、今日はカレーを一緒に作ってみることにしました。玉ねぎ、人参、ジャガイモ、お肉。絵本とカード、本物と見比べながら、切ったり鍋に入れたりしてみました。(ここまでは私がやりました。)お玉でぐるぐるかき混ぜるのをOにやってもらいました。Oが自分で食べるサラダ(和え物)はママが調味料を入れた後にかき混ぜて、お皿に盛り付けまでをやってもらいました。いつもは野菜の食が進まないのですが、自分で作ったものは特別だったようで、ペロリと完食!「おいしいねー」と何度も言っていました。

 

☆P児(21か月)「生ごみ」

 生ごみを白いビニール袋に入れて縛っているとPがやってきて、「サンタさん」と手話。M「ん? あ、これね」と言ってひょいとかついで歩くと、「サンタさん、サンタさん」と言って大喜び。そこでM「この中にプレゼントあるかなあ?見てみる?」「ウン」M「はい、どうぞ」と開けると、「ゴミ!」と手話して大笑い。M「プレゼントないね。ゴミだったね」。P「もう一回」。そこでまたかついでM「はい、開けるよ」「ゴミ!」M「やっぱりゴミだね」と二人で大笑いする。そのあと一緒にゴミを出しに行った。

 

  以上、どの事例からも手話を使って親子・家族で楽しく会話している様子が伝わってきます。そして、1歳頃から獲得され始めた手話は、さらに文へと発展していく中で、語の意味や使い方が広がり、ものごとの概念や思考の力の獲得へと発展し、さまざまな知識として身につけていく様子がわかります。1歳頃から始まるきこえない子の手話の獲得が、きこえる子の音声言語の獲得過程と変わらないことが、これらの事例からもよくわかります。この手話でのことばの力が日本語へと変わっていくのは、もう少し後の2歳半から3歳代まで待たねばなりません。そのことについてはまた別に書きたいと思います。

 

 

【参考】

*以下は、内田伸子氏らの研究からの引用です。聴児を対象とした調査(20113000名対象)の中で、子どもの語彙力や国語学力は、親子関係のあり方によって伸びが違ってくるということを立証し、以下のような関わり方を大切にした「共有型の育児」を提唱しています。このことは、障害の有無にかかわらず、「子どもの心を尊重する」「楽しいことがたくさんある家庭」で育つ子どもこそ、ことばの力も伸びるということの証明なのだと思います。そしてB聾学校の乳幼児相談もまさにそのことを追求してきたのだということです。その結果がこの記事の最初に提示したReading testの結果なのだと思います。


① 親子の間に対等な人間関係をつくること

② 親は子どもの安全基地になること

③ 子どもに「勝ち負けのことば」を使わない

④ 子どものことばや行動を共感的に受け止め、受け入れる

⑤ 他児と比べず、その子自身が以前より進歩したときに承認し、ほめる

⑥ 裁判官のように禁止や命令ではなく、「~したら」と提案の形で対案を述べる

⑦ 教師のように完璧な・詳細な・隙のない、説明や定義を述べ立てない

⑧ 子ども自身に考える余地を残す働きかけをすること

⑨  親は「待つ」「みきわめる」「急がない」「急がせない」で子どもがつまずいたときに支え、足場をかけ、子どもが一歩踏み出せるよう脇から援ける

⑩ 子どもと共に暮らす幸せを味わおう


 『声めぐり』の紹介をしたら、早速、こんなブログやサイトにも『声めぐり』のことが紹介されていますよ、こういう情報もありますよ、といったメールをいただきました。以下に紹介しますので、ご覧ください。

 

①下記のブログは、北九州の臨床心理士兼手話通訳をしておられる方のものです。

https://menomado.hatenadiary.com/entry/2018/11/19/100533

 

②下記のニュースサイトのインタビュー記事は、難聴のインタビュアーの方が書かれたものです。

 https://withnews.jp/article/f0190130001qq000000000000000W09810801qq000018686A?ref=rensaiunder

 

③来年の322日になりますが(念のため来年・2020年です)、久留米市にあるNPO法人「かいじゅうの森」では、齋藤陽道さんを招いて講演会を開催、その後数日間写真展を開くそうです。HPは下記ですが、まだ紹介は出ていません。

 http://www.geocities.jp/kotobanomori_kurume/

 

 

 『声めぐり』の著者齋藤陽道(はるみち)さんは、2歳で聴覚障害が発見され、以来、地域の難聴児通園施設に通い、厳しい発音指導を受けて育った。しかし、ことば(=「声」)というものが、本来、人とつながり、互いに理解し伝え合うためにあるという本質的な意味を見いだすことができないままに育っていった。彼は本の中でこう述べている。

 

「『口の形が違う。舌の位置が違う。息の吹き方が違う。息を吐く力が違う。喉の震えが違う。何? その声。全然、違うよ。舌をもっと曲げて。口の中を見て。もっと息を短く吐いて。ああ、違う。もうちょっと長く吐くの。・・・』」(15頁)

 聞き取れない自分の音声を「他者の耳にゆだねるということ、そして、他者の耳によって自分の声の良し悪しを決定され続けるということ。それは結果として、自分で考えて、判断する力を殺してしまうことにつながっていた」(16頁)。 

こうして彼は、自分が他者に向かって声を出せば出すほど、「自分が分裂し他者との断絶が深まり、・・・『声』は人との関わりを断つもの」(20頁)と思うようになっていく。

「この社会は、音声を聞くこと、話すことからすべてが始まる。上手く音声を扱えるかどうかで将来が決まるものだと思っていた。・・・ぼくの人生は失敗していた。それはもう変えようがないことなんだと絶望していた。」(20頁)。

 自分の人生に絶望すれば人生は苦痛でしかない。小学校高学年から彼は毎日ゲームにふけるようになった。こうして退屈な数年が過ぎていく。中学生となり高校を選ぶ頃になって、彼は自分の中にある孤独を見つめなおす。その時、「初めて『生きたい』」(21頁)と思ったという。高校として選んだ先はろう学校高等部。しかし、積極的に生き直すために選んだわけではない。ろう学校は「声をまともに出すことができない人が使う」(21頁)手話の学校である。そこに行くのは「屈辱的」でしかなかった。しかし彼は敢えてろう学校を選んだ。その選択の経緯は詳しく述べられていないが、伏線はあった。 声めぐり.jpg

 

 中学の頃、年1回だけろう学校の生徒たちが陽道さんの通う中学校に交流に訪れた。その生徒たちを引率していた一人の女性教師がいた。その教師の名前は天沼陽子先生。天沼先生は、訪れる年1回の交流の日の朝、中学校の校門に立ち「おはよう!」と優しく、しかし力づよい眼差しで陽道に『声』をかけていたのだった。たった年1回の出会い。進路を考えるにあたって彼の意識の中にはなかったかもしれないが、彼女のまなざしは心の奥深くで彼自身を支え、無意識のうちにろう学校へと導かれていったのかもしれない。

 

 石神井ろう学校に入学した彼は、手話と出会い、手話ということば(=『声』)を通して語る仲間と出会い、天沼先生と出会い、天沼先生が受け持つ国語の授業を通して文学と出会い、そして、たまたま手にした当時流行っていた「写ルンです」というインスタントカメラを通して写真と出会う。こうした数多くの出会いを通して、彼は自分の中に秘められていた感受性、文学性、芸術性を開花させていく。・・・紹介はここまでにしておきたい。あとはぜひこの本を直接、手にとって読んでみてほしい。

 

 私にとってもこの本は衝撃的な本だった。彼は決して口話教育を否定しているわけではないが、感受性が強く、自分をごまかすことのできない性格の彼にとっては、とても耐えられない教育方法だったのであろう。彼の場合はたまたま、人と出会い手話と出会った。そして救われた。

 今、齋藤陽道さんは聾者の写真家として活躍している。写真展も時々開かれているようである。2019330日までは東京都人権プラザ(都営三田線芝公園下車)で写真展が開催されている。ぜひ、本を買ってあげてほしいし、写真展にも足を運んでほしい。文字通り「感動!」をくれる本であり写真展である。 障害を理解することから.jpg

 

 また、天沼陽子先生の齋藤陽道さんの指導実践は『障がいをもつ子どもを理解することから』(森博俊など編著、群青社、2592円)の中の「聴覚障害の子どもと向き合う教師の記録」に書かれている。この本と合わせて読むと、より理解が深まる。冒頭部分だけ紹介しておこう。

 

「ろう学校に入ってから手話に出会い、言葉と自分の感情が一致する感覚をつかんで自分を見つめ直し、それを文章にして語りながら考えを深め、5年間のろう学校生活の中で成長していった一人のきこえない青年、ハルミチ(35歳)がいる。彼はきこえる人として生きるために補聴器をつけ、発音の訓練を受けた後、小、中学校の9年間を通常学級にインテグレートして過ごした。しかし、音声日本語だけでは遂に人とつながることができなかった。・・・」(136頁)

あるFace Bookのブログに、こんな記事が載っていました。「手話と音声」というタイトルの記事です。手話を使うと声が出なくなる、とは、時々耳にする言説で、口話法の昔からよく言わてきました。確かに、「日本手話」と音声言語は同時に使うことはできません。昔の聾者は日本手話を使っていたわけですし、口話(補聴器もない時代ですから耳を使わない純粋な読話と発音)だけで会話するのは通じたり通じなかったりが多いので、あいさつ程度の会話は別として、日常的には使いません。だからだんだんとそのように言われるようになってきたのでしょう。

 しかし、このブログに書かれているように、今は、音声と併用するいわゆる「対応手話」「口話併用手話」が、聴者との会話では使われています(手話のできない聴者とは簡単な聴覚+口話と筆談)。ですから、その意味では、根拠のない言説です(手話に対する「偏見」と「差別」意識と言ってもよいくらいです)。以下、引用します。この方は、ろう学校で相談も担当していらっしゃる言語聴覚士の方のようです。

 

<手話と音声>

「手話を使うと音声が出なくなるので、手話を使うのはやめたほうがいい」「手話を使うと目に頼ってしまって、耳を使わなくなるから、手話は使わないほうがいい」と、言語聴覚士(ST)や医師に言われたという親御さんが時々いらっしゃいます。初めて(ろう学校に)見学にいらっしゃる親御さんたちは、学校で手話を使っている、ということを聞き、心配になる方もいらっしゃるようです。また、言語聴覚士に「手話を使うことをやめなさい」と強く言われ、不安になり、学校に来る足が遠のく方もいらっしゃいます。でも、学校での子どもたちの様子を見て、そうではない、ということが分かり安心される方もたくさんいます。

私がみている子どもたちは赤ちゃんの時から、手話(日本手話ではない日本語対応手話)+音声日本語で育てられています。聞こえない両親に育てられている聞こえにくいお子さん。ご家庭ではもちろん音声無しの日本手話。学校へ来ると日本語対応手話。でも、ちゃんと音声が出ています。しかも結構明瞭!そして、聞こえないお友達とおしゃべりをする時は日本手話を使って、日本手話ができない聞こえる人と話す時は、日本語対応手話+音声日本語で、などと小さいのに相手のコミュニケーションモードを察知し、そのモードに合わせてくれるのです。すごすぎ!

 

軽い難聴でとってもきれいにおしゃべりができるお子さん。ご両親(聴者)がろう学校を選択して小さい頃からずっと通っています。その子もコミュニケーションモードをその時その時で変えて生活をしているからすごい。私にしゃべりかけて来てくれた時は、音声日本語でした。(この子との初めてのおしゃべりはとっても衝撃的で、多分一生忘れない!一緒にたまたま給食を食べている時に「先生のお腹には、赤ちゃんがいるの?」でした。(苦笑) だから「ただ、太っているだけ」と返事。アハハ)この子も様子を見ていると、ちゃんとコミュニケーションモードを切り替えています。聞こえないお友達とは音声無しの手話。聞こえにくいお友達とは日本語対応手話+音声日本語。

 

反対に、誰も教えていないのに、日本手話的な表現が乳幼児クラスにいる時からできるようになるお子さんもいます。この子は聞こえる両親に育てられている聞こえにくいお子さん。家では日本語対応手話+音声日本語で育てられ、どちらもできるようになってきています。誰も教えていないのに、「僕、できたよ」と手話で表現した時だったかな。頬を最後にプッと膨らませる表現をしたのです。これは日本手話的な表現。どこで覚えたのかな、と考えてみると、多分、クラスの中でだと思います。クラスにいるデフファミリーのお子さんたちとその両親とのコミュニケーションの中で自然と学んだようです。

聴力が厳しいお子さんで、ご両親は聴者。小さい頃から手話+音声で育ち、どちらも上手になっているというお子さんもいます。

 

ダウン症の聞こえにくいお子さん。以前もこのブログで書きましたが、手話を始めて1年くらいたった時、おっぱいという手話と「オパー」という音声言語が一緒に出ました。お母さんは大喜び。

聞こえにくいお子さんたちを見てみると、ほとんどのお子さんで最初に手話での表出が出てきます。手話はイメージがしやすい言語です。自分の頭の中のイメージとイメージしやすいことばが最初に結びつけられ、そのあとに音声言語が出てくるという様子が見られます。人間の発達は動作模倣から音声模倣という発達をとげるので、手話が音声を促すことにも役立っているのかも知れません。

 

また、手話を小さい頃から与えることで、言語の獲得、情報の獲得、知識の獲得、知的な面での発達は、聞こえるお子さんと遜色なく育ちます。生後3ヶ月頃から乳幼児クラスに通い、10ヶ月くらいになると手話での理解が見られ、1歳の頃には手話での表出が見られるようになります。

聞こえない・聞こえにくいお子さんだけでなく、発達に遅れがあり、なかなか音声言語が出ないお子さんに手話を入れたところ、やはり最初に手話が出て、そのあと音声言語が出るようになりました。その子の最初に出た手話と音声言語は「うどん」。

 

それから、手話を使うけれども、手話を使うのは最初だけで、音声が出るようになったら手話を外して行く、という教育を勧めている機関もあるようですが、手話は言語ですから外しません。私たちは日本人で日本語で育って、途中で日本語ができるようになったからって外さないでしょう?

だから、最初のようなことば「手話を使うと音声言語が出にくくなるから、手話は使わないほうがいい」なんて安易に専門家と言われる人たちに言って欲しくない!手話は聞こえない・聞こえにくい子どもにとって、外せない言語なのですから。そして、たくさんの子ども達の様子を見ていると、聴力レベルや育っている環境、発達など、さまざまなことが関係しているけれど、一概に手話が音声言語の妨げになっているとは言えない。むしろ、音声言語だけしか与えられない、聞こえない・聞こえにくい子の方が心配です。

 手話を使う子どもたちの会話はどのようなものでしょうか? 手話は使わないほうがいい、と思っている専門家や親御さんたちは少なくありませんが、使ってみないと手話のよさも限界もわかりません。使わない方がいいと言う人たちは本当は使ったことがないのだろうと思います。

 

 さて、手話を発達早期から使うと、平均的には1歳前後で手話が獲得できます。そして、その手話を使って周りの人とコミュニケーションし、そこから子どもはいろいろなことを知っていきます。手話は視覚言語です。視覚言語ということは(視覚障害がなければ)100%確実に「見える」ということなので、グーの形でほほを叩く「アンパンマン」とグーの形でおでこを叩く「病気」の違いは、形と意味が確実に区別されます。それゆえに手話は語として記憶されていきます。そして1歳半前後になると、手話の単語が急激に増えていく「語彙爆発」という現象が起こります(もちろん手話をしっかり使っていけば、ですが)。 言語発達の過程.jpg

この「語彙爆発」という現象は、きこえる子が音声言語を獲得していく1歳半から2歳代にも見られます。しかし、きこえない子が音声言語を獲得していく過程では、この時期にはまだ「語彙爆発」は観察されません(少なくとも私の知る範囲ではそうです)。それは、きこえない子にとっての音声言語は、まだ「きこえ」の状態が曖昧なので、意味と結びついた語の音韻系列の違いが確実に弁別できず、記憶できないからだろうと思います(「かしちょうだい」「なしちょうだい」「はしちょうだい」の違いをきいても100%区別できなければ(いずれのきこえも「アイオーダイ」くらいであれば)モノの名前を区別して記憶することは難しいでしょう)。語彙として蓄積されなければ(弁別できる語が50語程度を越えなければ)

「語彙爆発」も起きません。音声言語のみで行く場合、この言語的空白の期間は2歳頃まで続きます。

 

 一方で手話では確実に語が蓄積されていきます。それにつれて、交わされる会話も知っていく知識も豊富になっていきます。以下は、1歳9か月の子どもの記録から。

 

Fおばあちゃんが一ヶ月ぶりに上京。空港で「ふ」の指文字(=Fおばあちゃん)をしながら大喜び。飛行機を見て、手話で「あれが、ひこうき」とやったら一回で覚えた。本物の力はすごい!!本物といえば、お寿司屋の大きな水槽に魚が泳いでいたので、そこで魚の手話をした。別の時、ヨーカ堂の鮮魚コーナーでサバを買ったら、「魚、魚」と手話をした。切り身なのに、よくわかったなあと、びっくりした。」(1歳9か月)

 

 新しい語に出会って1回ですぐに覚えることを「即時マッピング」と言いますが、この即時マッピングができるから、次々とことばを覚える「語彙爆発」も生じます。どんどん知らない言葉を覚えていくわけです。手話にはそのメカニズムがあることがわかります。「見てわかる」言語だから起こり得ることです。以下は、2歳1カ月児の例です。

 

「学校に通い始めて約2ヶ月が過ぎて、先生方やお友だち、ママの顔も覚え始めたようです。学校に通う電車の中では、学校、先生、お友だちの写真カードを何度も何度もめくって見ては、指さししながらアッアッと声を出したりしています。降りる駅に近づくと、「おんりする」と言いながら手話をしていました。最初はわからない様子でしたが、最近では、自分から「おんり?」と手話できいてきたりするようになりました。「うん、次、おんりするよ。」と言い、手話で表現すると、帽子をかぶり、絵本をしまい、降りる準備をして、近くにいる人たちに「バイバイ」をするようになりました。」(2歳1カ月)

 

一語文ですが、手話という「ことば」を使って、電車の乗り降りのことがママと会話できています。以下も同じく2歳1カ月児です。

 

「補聴器屋さんの帰りにランチをして、おもちゃをもらいました。すぐに壊れてしまいました。家に帰ってきて、ランチでもらったおもちゃを見て、手話で「壊れてる」「無理」と表現したのでビックリしました。」(2歳1カ月)

 

このお子さんは、手話が二語の連鎖で出始めています。このように、「ことば」があれば、玩具が壊れて残念に思う自分の気持ちも表現できます。ことばがあるとないとでは、物事への認識や感情、思考の深まりが違うのです。以前に「ことばが認識を育てる」ことについて書きましたが、1歳から2歳のあいだを、ことばをもって過ごすかそうでないかということは、その後の子どもの成長発達に大きな影響を及ぼします。以下は、2歳9か月児の記録です。

 

 「ままごとをした。『ママはデザートに果物がいいな。果物はどこにあるのかな?』というと、A『本ある』とことば絵じてんを持ってきた。M『あったあった、これだね?』とスパゲッティーの絵を指すと、A『違うよ!』M『あ、間違った。これだ』とステーキを指さすと、『違うよ!』M『え~っ、わからない』と言うと、A『いちご、りんご、ばなな、ぶどう』と自分で選んで指さした。」(2歳9か月)

 

 「果物」という上位概念が2歳代で理解されており、ママとの楽しいやりとりができています。ことばを取り出して、そのことばでクイズを楽しむという、生活言語からレベルアップした高次の言語活動が、手話でのやりとりの中で確実に育ってきていることがわかります。ここまでくると、学習言語の土台づくりの時期に入ってきていると言えます。手話を使わないで音声言語だけでは、とても3歳前にここまで到達するのは難しいと思います。

 

1歳頃に言語をもつともたないのとでは、ものごとを認識する力が違ってくるという点からその理由を書きたいと思います。 あひるは何匹?.jpg

 まず、次のような実験があります。周りの大人のことばを少しずつ理解しはじめた頃の10か月の赤ちゃんを対象とした実験です(右図参照)。

舞台の上を玩具のあひる(赤ちゃんはまだ「あひる」ということばを知りません)が左から右に動いていきます。途中に衝立があって、左から入ったあひるは、衝立の後ろを通って右端から出ていくように見えます(これは実験者が手で動かしているのですが)。次に、同じあひるが右から入って衝立の向こう側を歩いて左端から出ていくように見えます。

この時、赤ちゃんはあひるが何匹いると思っているでしょうか? 同じように見えるあひるでも似ているだけかもしれないので、2匹という答えもあり得ますが、赤ちゃんは、連続して動いていくものは一つと認識することがわかっているのでこの場合、赤ちゃんは、あひるは1匹と思うはずです。 こんどは何匹?.jpg

 

 次に、隙間のある二つの衝立のある舞台の上を、さきほどと同じように左端からあひるが通っていきます(右図参照)。そして、左の衝立から入ったあひるは右の衝立の右端から出てきます。ところが、衝立の隙間からあひるが歩いていく姿は見えなかったのです。

今度は、右の衝立の右端から同じアヒルが入り、先ほどと同じように隙間からあひるは見えず、左の衝立の左端から出てきます。この場合、赤ちゃんはあひるが何匹いると思っているのでしょうか? 衝立の隙間を通っていく姿は見えなかったので、同じあひるのように見えても実は違うあひるだとわかるのです。あひるは2匹いると推論できるのです。つまり、赤ちゃんは動きの時間的な連続性と空間的な連続性を手掛かりに、いくつのものがあるのかが理解できるのです。ここまでは、言語は関係ありません。言語があるかないかに関わらずこのような認識は可能です。

 

 さて、次の実験は言語が関係してきます(右図参照)。 これはわかるかな?.jpg

 今度は2つのもの(あひると犬)が登場します(赤ちゃんは「いぬ」ということばもまだ知りません)。

最初の実験と同じように、左からあひるが入りますが、右から出てくるのは犬です。そして今度は犬が右から入って、左から出てくるのはあひるです。私たち大人は当然、玩具のあひると玩具の犬は別々に動いているはずだと思います。赤ちゃんはどう思うでしょうか? この一連の動きを見せた後、衝立を取り払います。そこにはあひると犬のおもちゃがなければならないはずです。もし、そこにあひるか犬のどちらかしかなければ、赤ちゃんは驚くはずです。ところが、1個のおもちゃしかなくても赤ちゃんは驚かないのです。

これは何を意味しているのでしょうか? ことばを知らない段階の赤ちゃんは、モノがどんなに見かけ上違っていても、それは関係なく、時間・空間上の動きが連続しているか否かによってだけ、モノが同一のモノかどうかを決めているのです。10か月であればあひると犬の見かけ上の違いは赤ちゃんにもわかっています。しかし、見かけ上の違いではなく、動きの連続性で赤ちゃんはそれが同じモノかどうかを判断しているのです。

そこで、今の実験に「ことば」を加えます。あひるが登場した時は「見て、あひるだね」と、犬が出てきたときは「ほら、犬だよ」などとそのものの名前を言います。そうすると、そのものの名前が初めてきく名前であっても、赤ちゃんはあひると犬がちゃんと別々のモノであると理解し、二つの違ったモノが衝立の後ろで動いているとわかるのです。つまり、見た目ではなく、ことばが同じか違うかを頼りに赤ちゃんは、同一のモノか違うモノかを決めているわけです。

このことから、1歳前の赤ちゃんでも、言葉があるかないかで、ものごとの認識の仕方・深まり方が変わるのだということがわかります。ことばが認識を育てるのです。これまでの聴覚障害教育の中で、きこえない子は「9歳の壁が越えられない」と言われてきましたが、それは結局、発達の初期から言語をもたなかったことが影響しているのではないかと私は考えています。聞こえない子にはまだこの実験をしたことはありませんが、手話という言語を使って、一度、「手話(言語)が赤ちゃん(子ども)の認識(思考)を育てる」ということを確かめてみたいと思っています。

 

┃難聴児支援教材研究会
 代表 木島照夫

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