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10-7比較問題(「9歳の壁」をみる)

〇はじめに

これまで、幼児期から児童期にかけての言語・認知発達の過程について、以下の4回にわけて書いてきました。

第1回 日本語力をみる・・・幼児期から児童期にかけて使用される。語彙・文法・読解力の側面から。関連する検査:「絵画語彙検査」「Jcoss(日本語理解テスト)」「Reading Test

 

第2回 4歳頃に行う認知・言語発達のアセスメント・・・「前概念的思考期」(2~4歳頃)から「直観的思考期」(4~7歳頃)への移行期で、ここがきこえない子にとっての最初のハードル。キーワード:比較概念、symbolとしてのイメージの形成、概念カテゴリーの構築。関連する検査:「太田ステージ・stage-2」、「質問応答関係検査・類概念」

生活言語から学習言語へ(認知発達関連).pptx.jpg

 

第3回 6~7歳頃に行う認知発達のアセスメント①・・・「直観的思考期」(4~7歳)から

「具体的操作期」(78歳~)への移行期で、きこえない子にとっての2つ目のハードル。キーワード:メタ認知の発達、対象化、symbolとしての記号・言語の発達、概念間比較など。関連する検査:WISCⅣ言語理解「類似」「単語」(または質問応答関係検査「類概念」「語義説明」)


第4回 6~7歳頃に行う認知発達のアセスメント②・・・自己中心性から脱中心化へ。キーワード:保存の概念、主観的認識の世界から客観的認識の世界へ、社会的認知の発達。関連する検査:「太田ステージstageⅣ・保存の概念」「心の理論課題・サリーとアン課題、スマーティー課題、ストレンジ・ストーリー課題」) 

 

 以上が、これまでにみてきたアセスメントの概要です。さて、今回は、アセスメントの最後として、9~10歳頃のいわゆる「9歳の壁」前後の認知発達のアセスメントについて考えたいと思います。ここは、きこえない子にとっては3つ目のハードルにあたり、いわゆる「9歳の壁」とも言われている発達の質的転換期で、これまで100年以上の歴史をもつ聴覚障害教育の中で、未だに半数以上の子どもが越えられないと言われている発達の壁です。そこでまず、この時期の特徴からみてみます。



〇具体的操作期(7,8歳~)から形式的操作期(1112歳頃~)へ

直観的思考期(4~7歳頃)の後半にあたる6歳頃になると、メタ認知機能(ものごとを自分のことから離れて客観的に見れる力)が発達し、数字や記号、言語といった抽象性をもったシンボル機能を頭の中に思い浮かべて(イメージして)操作したり、概念間の比較や語の概念カテゴリー(上位・下位概念)の構築、「ものの保存の概念」や「社会的認知(心の理論)」などの認知機能が発達してきます(第4回、5回参照)。

また、この頃には、物を一つの次元、例えば長さ、高さ、重さといった観点で3つくらいのものを順序づけることが可能になってきます。これを「推移律」と言いますが、具体物であれば、ものや図などを使って思考し順序付けることができるようになります。ただ、「太郎は花子より背が高いが、二郎より背が低い。背がいちばん高いのは誰?」といった質問に、頭の中に3人の人物をイメージして(symbol機能を使って)答えられるようになるのは、形式的操作期まで待たなければなりません。

このように、具体的操作の段階の子どもたちも、具体物等のたすけを借りながら、抽象的なことがだんだんと理解できるようになっていきますが、この具体的操作期から、実在しないものや複雑なものごとを頭の中に思い描き(イメージし)、仮説をたてたり、系統的に検証したりできるようになる形式的操作の段階に至るまでの、ちょうど過渡期にあたるのが、9歳の壁」と言われる時期です。

 

〇「比較3問題」でアセスメントする

 では、上に述べたような具体的操作期から形式的操作期の入口あたりの認知・言語発達をみることができる検査、つまり「9歳の壁」前後の発達をみる検査はどのようなものでしょうか? そこを大まかにわかる検査が「比較3問題」と呼んでいる検査です。

 

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この問題を最初に考えたのは、日本で最初に100マス計算を考案した岸本裕史(1984)ですが、それを聾学校高等部生徒に実施してみたのが脇中起余子(2001)です。脇中の結果は、右図です。この検査の問3が、日本語で書かれた問題文を文法的に正しく読み取って、論理的・抽象的な思考ができる力があるかどうかをみる問いで、岸本は、この問題ができれば小4年レベルの力があるとみてよいと言っていますから、この問3ができれば一応「9歳の壁」を超えたあたりにきていると言ってよいと思います。また、岸本は、問2ができるのは小3レベル、問1ができるのは小2レベルとも言っていますので、だいたいその基準で考えてよいのではと思います。

聴覚障害児に適用した脇中の結果をみると、高校生でも問3が正解できるのは4割程度、問2で半数、問1で8割程度ということです。この数値が妥当なものなら、9歳の壁」を超えているのは、聴覚障害のある高校生の4割くらいということになります。半数に届きません。

 

〇聴覚障害児の正答率を再度検証してみたら・・

そこで、筆者は問1と問2は岸本の問題を少し変えていますが、この問題を子どもたちに実施してみました。実施時期には少しずれがありますがその結果が右の図です。

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この結果をみると、5~10%程度の差はありますが、学部(年齢)のちがいに関わらず、いずれも脇中の結果とよく似た結果になっています。この結果から、小・中・高校生という年齢を超えて、ほぼこの正答率が聴覚障害児の一般的な結果だろうとみてよいと思います。小学生も中学生も高校生もほぼ同じ結果になる、ということは通常では考えられない、全く伸びが見られない結果ということになりますが、178人という決して少なくない数の集計結果ですから信頼性はある数値といってよいと思います。

小学生の時の結果が、その後も(少なくとも5,6年間は)ほとんど伸びることがない、ということは、何を意味しているのでしょうか? 適切な指導がなされなかったためでしょうか? それともなんらかの指導をしたけれど改善できなかったためでしょうか? もし、後者だとしたら、「9歳の壁」は、やはり聴覚障害児にとってまさに「壁」であり、半数以上の子どもたちにとっては永遠に「壁」ということになってしまいます。この問題を考えるために、まず、これらの問いが何をみているのかを考えてみたいと思います。


〇「比較3問題」は、なにをみているのか?

 1.問1(「太郎はみかんより飴が好き。飴よりチョコが好き。太郎の好きなものの順は?」)について 

 この問題の正答率は、小高学年・中学・高校という年齢のちがいを越えていずれも85%程度です。この問題は、3つのものの「好きー嫌い」という物差しの上に、好きな順に

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「みかん、あめ、チョコ」を順序づければよいわけですが、ここでの問題は、まず一つ目は、三つのものを比べて比較ができるという比較概念の習得です。右図に示すように、比較概念の相対比較は、通常は6歳頃になれば、実物や絵などを手掛かりして理解できるようになります。(右図の下の絵をみて「女の子は弟より背が高いが、お父さんより低い」がわかる)。しかし、不正解であった子どもたちは、この相対比較がわからなかったかもしれません。

 もう一つは、書かれている日本語の文が正しく理解できたかどうか、とくに「より」という助詞が理解できるかどうかということがあります。では、この問題に正解している

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85%の子どもは、助詞「より」を本当に理解しているのでしょうか? 

きこえない子のJcoss「比較表現」(右図参照」)の通過率(4問全問正解、中川2009)は高学年児童でおよそ35%。つまり3分の2の児童は、助詞「より」が正しく理解できていない。それにもかかわらずこの問185%の児童が正解ということは、85-35=50%くらいの子どもは、文法的に正しく文を読み取るという方略(文法方略)ではなく、別の方略を使って正解したということになると考えられます。では、子どもたちはどのように考えたのでしょうか? 


*きこえない子の使う方略は?

(ア)自分の経験から推測して判断(経験的知識方略)

 まず一つ考えられるのは、三つの食べ物について、自分の経験に照らし合わせて、好き

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な順を推測したのではないかということです(因みにこの問題に回答した子どもに「あなたの好きなものの順を教えて」と言うと、7~8割の子はチョコ→あめ→みかんの順にこたえます)。

ですから、文を読んでその文意に従って判断したのではなく、3つのものについて好きな順にならべるという問題の意味がとりあえず理解できたので、あとは自分の経験から判断して、「ふつうはこういう順だよね」と推測した可能性が考えられます。


(イ)助詞がわからない時に使う方略(主語・述語近接方略)

二つ目として、助詞の意味がわからないときにとる方略として、文の最後にある述語に近い語をその述語の主語とみなすということがきこえない子には非常によくみられます。

問1の場合、文の前半である「みかん あめ 好き。」では「みかんとあめでは、あめが好き」と考え、後半の部分の「あめ チョコ 好き」では、「あめとチョコなら、チョコが好き」と考え、これらの二つのことから想像して「チョコ→あめ→みかん」の順と考えたのではないかと考えられます。この方略については下記を参照

TOP>発達の診断と評価>きこえない子の言語発達の過程>比較3問題

http://nanchosien.com/10-1/10-6-0/10-79-1/


因みにJcoss「比較表現」の問題文は「~は~より~」の語順で、「より」は後ろにありますが、「比較3問題」の問1と問2は、いずれも「~より~が~」であり、「より」は前にあることに注意が必要です。「より」がわからない時に主語・述語近接方略を使うと、Jcossでは不正解になり、「比較3問題」では(たまたまですが)正解になります。

結局、上記(ア)(イ)のいずれの方略をとっても、偶然ですがこの問1では「正解」になります。つまり、必ずしも文を正しく読み取れなくても、問1に正解する確率は高い、ということが正答率80%以上の結果につながったと言えると思います。

 

*課題は問1ができない子どもたちの指導

問1で正解できなかった子どもは数値の上では15%程度ということになりますが、正解したけれど本当にはわかっていない子どもはかなりいると思われます。そしてわかっていない子どもたちの中には、3つのものの相対比較をすること自体が難しい子どもたちと、文法的にとくに助詞の指導をすれば文を読んで正解に辿り着ける子どもたちが混在していると思われますが、とりあえず問1が不正解であった子どもたちには、比較概念が理解できているかどうかを確かめ、必要なら比較概念の指導をする必要があります。その指導の順序は先ほどの「比較概念の育て方の順序」を参考にしつつ、具体物、半具体物、イラストなどを使いつつ指導するとよいでしょう。また、助詞「より」を指導することで文が読み取れるようになる子どもたちには、品詞カードを用いて文法指導をすると効果的です。その指導法については、先に書いたURLの記事をご覧ください。


2.問2「もし、ネズミが犬より大きく、犬が虎より大きいとしたら、大きい順は?」について

 この問題は、「もし~であるなら」という仮定表現になっていることと、実際の動物の大きさとは逆の大きさになっているというというところに特徴があります。つまり、①「もし~」という仮定の思考ができるかどうか、②実物のイメージに影響されずに(見か

問題2の方略.pptx.jpg

けの大きさに惑わされず=保存の概念を獲得)客観的に思考ができるかどうかという点をみているわけです。そしてもう一つは、問1と同じように、③「より」という助詞が理解できているかどうかという点もあります。文章だけをみると問1と同じパターンになっていますが、①と②の点で違いがあり、問題の難しさという点では問2が上です(岸本1984は、問1が正解できれば小2レベル、問2正解できれば小3レベルと言っています)。

 問2のきこえない子どもたちの正答率はほぼ50%で、問1の正答率から30ポイント以上下がっていますから、「もし、~なら」という仮定の思考が難しい子経験的知識方略に頼っている子どもは正解できないことになります。つまり、仮定の思考や保存の概念は具体的操作期の課題でもあるので、岸本が小学校3年生レベルの問題というのは妥当と思われます。ただ、助詞「より」がわからなくても主述近接方略を使って正解は可能という点に若干問題が残ります。

 

〇問2が不正解の子どもに必要な指導とは?

 問2が不正解であった約半数の子どもたちにどんな指導が必要かと考えると、「もし、~なら~だ」という仮定の思考方法を練習することも必要でしょう。例えば、ことばあそびで、「もし、カレーに肉が入ってなかったらどうする?」「もし、空から雨ではなくて飴が振ってきたら?」

「もし、空を飛べるようになったら?」などの遊びをたくさんするのもよいでしょう。

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また、保存の概念が身に付くためには、例えば、逆にしても同じという可逆操作の思考ができる必要があります(右図)。例えば、「石に躓いてころんだ」(原因)→「だから 泣いた」(結果)は時系列的な理解ですが、「泣いた」(結果)→「どうしてかというと、石に躓いてころんだから」(原因)は、結論からさかのぼって原因を考えています。年長になればこのような逆思考が可能になるので、接続詞を用いて可逆的な思考の練習をするのもよいと思います。

さらに、助詞「より」の指導は最も重要な指導です。これを「助詞方略」と言ってよいと思いますが、助詞が正しく読み取れれば、問1も問2も正解に辿り着けるからです。その指導方法については、先に書いたURLの記事をぜひご覧ください。

 

3.問3「A,B,C,D4つの町がある。AはCより大きく、CはBより小さい。BはAより大きく、DはAの次に大きい。大きい順は?」について

 この問いは、「A,B,C,D」とか「町」といった抽象的な概念が理解できる必要があります。また、この問題文を読んで内容を理解するためには、助詞「より」とか「次に」といった語が理解できる必要があります。また、必ずしも頭の中に4つの「町」のイメージを浮かべて、頭の中だけでその順序を操作できなくとも、論理的に思考するために、自分で記号(AB・・>、<など)や図を描いて考えることができればよいわけですが、それが自分の力でできるのは、抽象語彙を理解でき、助詞「より」などの文法力も身につけ、形式的操作期に近づいた小学校4年生レベルつまり「9歳の壁」を越えたあたりと考えてよいだろうと思います。

 

〇問3を理解できる力をつけるために~ポイントは助詞!

 さて、この問3が正答できるきこえない子どもたちは現状で3~4割ですが、指導することでその割合は増えるのでしょうか? すぐに改善するとは断言できませんが、ある聾学

助詞指導と比較問題との関連(木島2022).jpg

校では、小学部の低学年段階で、助詞(「が、を、に、で、と、より」など)を系統的に指導することで、文の意味を正しくつかみ論理的に思考する力が向上し、結果的に「比較3問題」のそれぞれの問いの正答率も向上しています(右図)。この聾学校では、201112年頃から低学年児童を対象に日本語文法指導を始めています。その頃まだ文法指導の授業を受けていなかった子どもたちの比較問題の結果は、他の聾学校高学年児童の平均と変わりません。しかし5年後の2017年とさらに5年後の2022年の結果はどちらも問1は95%以上の正答率、問275%以上の正答率、問3は50%以上の正答率で、2012年の結果より、それぞれ1525ポイント正答率が向上していることがわかります。これが文法指導とりわけ助詞を学ぶことの最大の意義であり、そのことを如実に示しているのがこのグラフということになります。

ここで注目しておきたいのは、いわゆる「9歳の壁」に関係する問3の正答率がほぼ50%まで達していることです。高等部5校平均の正答率(学部別正答率グラフ参照)を小学部高学年ですでに上回ていることになりますが、適切な時期に適切な指導を行えば、きこえない子どもも、もっと伸ばせるということを示している結果ということができます。

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なお、助詞の指導に関しては、下記の記事を参考にして下さい。また、本会発行のテキスト『きこえない子どものための新・日本語チャレンジ』(木島照夫,1,600円)は、助詞学習用のテキストです。この内容に合わせたYouTube動画も配信していますので参考にして下さい。

*テキスト「新・日本語チャレンジ」

 http://nanchosien.com/publish/cat58/post_20.html


YouTube動画(全体プログラム)

http://nanchosien.com/11you-tube/


〇まとめ

 小学校低学年頃の「具体的操作期(7,8歳~)」から、小学校高学年頃の「形式的操作期(1112歳~)」に移行する頃の認知・言語発達を、「比較3問題」を使ってみることができます。但し、問1の問題文は経験的知識に頼った方略や主語・述語近接方略によっても正解できるため、助詞「より」を理解し的確に日本語を読み取れる力があるかどうかをみるのにはやや不十分です。それでもここでひっかかる子どもは基本的な比較概念の習得に課題がある可能性があるので、再度、見直しが必要です。

問2は、「もし~なら」という仮定の思考ができるか、経験的知識や見かけに頼らず客観的な判断できるかといった観点からみることができるので、「自己中心性」の時期を抜けきっていない場合には、この問題でひっかかることがあります。

問3は、抽象的な記号を操作し、助詞「より」の理解を含む日本語問題文を正しく読み取れる力、順番に論理的に思考することができる力をみることができます。現状では助詞等の指導によってP聾学校高学年児童の正答率50%までは実現できていますが、ここにシリーズで書いてきたように、幼児期からのアセスメントをしっかり行い、その年齢・時期での発達課題にしっかりとかつ子どもと楽しく取り組んでいければ、抽象的思考のレベルに到達できる子どもたちの割合ももっと増えてくるだろうと思います。

 

以前に右のような「比較3問題」についてのきこえない子の実態を取り上げたことがあります。そしてその結果を右のようなグラフにしました。それによると、3つの問題のうち、

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最初の問1がクリアできるのは、小高学年・中学・高校の3つの年齢段階とも8~9割、2問目までクリアできるのは5~6割、3問目までの全問がクリアできるのは3~4割という結果でした。1問目ができたら小2年クリア、2問目ができたら小3年クリア、3問目ができたら小4年クリアと言われていますから、小4年つまり「9歳の壁」を越えるレベルまで到達した子どもは、高校生まで含めて半分に満たないという結果でした。

 

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なぜ、このような厳しい結果なのか、これがきこえない子の実力なのかというと、「いやいや、幼い頃から、意図的・意識的に比較の概念や論理的思考の力を育て、また、文法的に正しく文を理解する力を育てていけばそうとは言えないのでは?」というのが私の考えです。問題文を読んでみていただければわかりますが、問1と問2の文のレベルは、高学年児童にとって難しいレベルではありません。しかし、とくに問2は、小学生だけでなく、中学生や高校生でも5~6割の正答率です。なぜでしょうか? また、一見、複雑そうな問3の文は、高学年児童や中・高生はほんとに読みとれないのでしょうか? 今回は、「より」という助詞と推移律の指導によって、比較3問題の読み取りについて考えてみたいと思います。

 

〇比較概念は幼児期から育てたい

  幼児期における比較概念については、大田ステージⅢ―2の「大きさの比較」の問題を幼児に実施した結果から、「目の前にないもののイメージ化・概念化」の難しさがあることがわかりました。そして、モノを比べたり、くくってまとめたりする経験を積み言語化する、実物に触れてそのモノについての概念を膨らませる、経験したことを再現あそびなどでさらにイメージ豊かにするなどの活動がたくさん必要だということについて述べました。この幼児期の活動についてはまた別の機会に述べたいと思います。

 

「比較表現」の指導~Jcossより

  J,cossには「比較表現」という文法項目があります。その問題は図のような4つの問題

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からなっており、文のパターンは「〇〇は××より+大きい・小さい」といったかたちの形容詞文になっています。これらの4問全問が正解の時、この「比較表現」の項目は「通過」とみなしますが、聾学校児童でどのくらいの児童が通過するのでしょう?。添付ファイルから、ある聾学校の小学部児童全体では通過率は19%、つまりこの問題を通過できた子どもは100人中19人でおよそ5人に一人でした。また、高学年児童だけをとっても通過率は35%ということもわかります。3人に一人しか通過できていません。どこが難しいのかというと、助詞「より」がわからないので

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す。

 4つの問題文を児童はどう理解したのかを示したのが、児童の回答した番号の一覧表です。この問題の4つを全て正答した児童なら、回答番号(正答)は順に「4-1-3-1」となるはずですが、間違った児童の回答番号をみると、「1-2-1-2」というパターンが多いのがわかります。この回答パターンでの回答例がその下の図です。例示した問題文は「ナイフは 鉛筆より 長い」ですから「ナイフ」が長いわけですが、児童の回答は反対です。間違った児童は、助詞「より」がわからないのです。こうした児童の頭の中には、「ナイフ、鉛筆、長い」の単語だけが浮かんでおり(助詞がわからない)、これらの単語を手掛かりに理解し、述部に近い「鉛筆」のほうを述部の主語とみなしたわけです。この方略を使うと、回答番号のパターンは「1-2-1-2」となり、確かに、この方略を使って問題を理解している児童が相当数いることがわかります。

 

①「~より大きい・小さい」の指導

 では、この比較表現は、どう指導すればよいでしょうか?これについては、以前にも述べましたが、

 まず、①比較に使う様々な形容詞「大きい・小さい」「長い・短い」「高い・低い」等々を習得しておく必要があります。


次に、②形容詞が用いられる文型についての指導が必要です。形容詞が使われる文のかたちは「ナイフが(は)+長い」のような「~が+形容詞」という第1文型が圧倒的に多い(「花子パソコン疎い」など第3文型も少しありますが)ので、この形で形容詞を使う練習をしておきます。そうすると述部の形容詞の主語は「~が(は)」にあたる語であることがわかるようになります。


③そのうえで、助詞「より」を指導します。こうした手順を踏むことで、この文の言いた

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いことは、「ナイフが(は)+長い」であって、「より」がくっついた名詞「鉛筆」は、言いたいことの比較対象としてもってきただけ(文の中身を詳しくするため)ということがわかるようになります。これが相対比較の指導です。

子どもの比較概念の発達は、象とありの比較のような絶対的な比較から3本の鉛筆のそれぞれの長さの比較といった相対的な比較の概念に進みますが、まずここでは二つのものの相対比較ができるように指導します。

 

②時数詞構成語の導入~助詞「より」について

 話が飛びますが、私が使っている江副文法には、「時数詞」という品詞があります。

(参考)TOP>日本語文法指導>時数詞参照

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この時数詞という品詞は、時間や数量をあらわす品詞で、助詞を伴わない使い方ができます。例えば「春」という時期をあらわす時数詞は、「桜は、春に 咲きます」と、その時点をピンポイントで表わすときにも使えますが、「桜は 、咲きます」というふうに、助詞を伴わずに使うこともできます。この場合はその期間に起こるという意味です。また、「全部、食べました。」の「全部」という時数詞は、一つ一つすべてという意味が含まれます。このような時数詞と同じような使い方をするのが時数詞構成語です。これは、時数詞や名詞のうしろに「から・きり・くら

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い・ころ・だけ・・」などの、期間・期限・限定・範囲などを表す副助詞が主に続き、時数詞と同じような働きをする品詞です(「より」は国文法では格助詞ですが、時数詞構成語として使えます)。このような時数詞構成語は便利な使い方ができるので、一覧表にして整理しておくとよいでしょう。

 

 

「比較3問題」の指導

 このような順序を経て、比較3問題の指導に入ります。

①子どもは「問1」にどのような方略を使っているか?

 問1については以前にも説明しましたが、この問題は、3つのものの比較ですから、Jcossの「比較表現」のような2つのものの比較よりは難しいはずです。「好きなものの順」とか「大きさの順」など3つのものを順に系列化することを推移律といいますが、これは、「A>B,B>Cであれば⇒A>Cである」ということです。一般的にこの推移律は小学校1,2年にならないと理解できないと言われています(それゆえにこの問題ができたら小2レベル)。論理的思考を必要とする分、難しいはずなのですが、Jcossの比較表現が高学年で通過率が35%程度なのに、この問1は通過率が80%を超える水準です。なぜでしょうか? そこで、この問1について子どもたちが使っている方略がどのようなものか考えてみたいと思います。

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まず、きこえない高学年児童3分の2くらいは助詞「より」が習得されていないので、その子たちは「みかん、飴、好き」「飴、チョコ、好き」という単語だけを並べた文をみて思考していることになります。この単語の羅列から、子どもがイメージするのは、「みかん、飴、チョコ」の三つで好きな順番を考えるとしたらどういう順番になるかということです。助詞がわからないこの段階の子どもは、まだ自分の経験にもどついて判断する段階です(十分に自己中心性を脱却できていない)。そうすると子どもはどの順に選ぶと思いますか? 普通は「チョコ⇒飴⇒みかん」です(子どもに好きな順をたずねるとほぼ8割くらいはこの順にこたえます)。つまり、文が理解できるかどうかに関わらず、子どもなりの一般的・常識的知識に立って判断すれば、この問題は、たまたまですが正解ということになります。

 もう一つの方略は、「比較表現」で使われたような、述部に近い語を述部の主語と考える方略です。これを使っても正答になります。

こうしたことから、助詞が読み取れていなくてもこの問題に正答する確率がたかく、その結果80%の子どもが正答したということではないかと考えられます。つまり、3つのもの(みかん、飴、チョコ)を頭の中にイメージし、直感的に判断した、または述部に近い語を主語とみなす方略を使うことでたまたま正解したというふうに考えてよいと思います。

 

②問2に使っている方略は?

 この問題は、問1と同様に、3つのものの系列的な比較なので推移律の問題です。と同時に、「もし~なら、~だ」という仮定表現にもなっており、答えの動物の大きさは、実物の

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物の大きさとは逆の大きさになっています。動物を頭の中にイメージして答えてしまうと。不正解になります。つまり、「見かけにごまかされない」という思考ができるレベル(保存の法則の理解)に達していることが必要なのです。自分のイメージで直感的に判断したり(実物の動物の大きさを想像する)、述部に近い語を主語とみなす方略ではなく、文法的に正しく文を読む力が必要です。

 そこで、どのようにすればよいのかということになりますが、図のようにまずは、問題文を情報・助詞・述部の位置にカードを配置す

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る構文図にします。そしてその横に、系列化のための物差しを書きます。上が「大きい」、下が「小さい」という縦の物差しです。

そして、文を読みながら、その文の通りに、「ねずみ」「犬」のカードを物差しの上に置いていきます。「ねずみが 犬より大きく」という文では、「ねずみ」のカードが上、「犬」のカードが下になります。次に「犬が 虎より 大きい」という文では、「虎」のカードが「犬」の下になります。このように物差しの上に並べることで、3つのものの比較という推移律が見える形で指導できます。

 

③問3に使っている方略は? 

 この問題では、出てくることばも抽象的です。頭の中に「A町」のイメージが描けるため

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には、アルファベットの記号が町の名前を意味していることや、「町」がどのようなものかという社会科的な知識も必要です。また、4つのものの比較なのでさらに比べるハードルが高く、文の意味を正しく読み取れなければなりません。これだけの情報量を同時に処理できる力は、『9歳の壁』を越える力がないと難しいでしょう。そのため、この問3はきこえない高校生でも4割程度しかできない問題ですが、文の意味が理解できても、頭の中でごちゃごちゃとイメージを動かしても混乱するだけなので、順に物差しの中にカードを位置づけていくことが大事です。そのように「書いて」整理できれば、すっきりと正解できます。

このような順序で、文の意味を可視化して

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いくことで、頭の中のあいまいなイメージ、ものとものとの関係性がはっきりと見えてきます。こうした方法によって論理的な思考ができる力をきこえない子たちのなかに育てていきたいものです。

 




(注)ここでは「比較3問題」の実際の問題を例にして、指導方法について説明しましたが、くれぐれも、ほんものの問題を使って指導しないようご注意下さい。一度使うと次の検査の時にはもうこの問題は使えなくなります。ですので、例えば、次のような問題を作ってみてください。このような問題を作ってどのような文にも対応できるように練習します。

【例】 問2レベル

.「もし、妹が 父より 背が高く、母より 背が低かったら、高い順は?」 

 イ.「赤、青、黄、三つの玉がある。赤い玉は青い玉より重いが、黄色い玉より軽い。重い順は?」

【例】 〇問3レベル

 ウ.Aさん、Bさん、Cさん、Dさんの4人の陸上選手がいる。AさんはCさんより遅く、BさんはCさんより速い。DさんはAさんより速いが、Cさんよりは遅い。速い順は?」

  エ.「チョコ、飴、クッキー、ガム、4つのお菓子がある。クッキーは ガムよりも高く、チョコよりは安い。飴は4つの中でいちばん安い。ねだんの安い順に言いましょう。」

〇「9歳の壁」とは? 

9歳の壁」というのは、「読み書きの力(書記日本語力)や考える力(思考力)が伸びな

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いために、論理的・抽象的思考を必要とする学習が困難になる現象のことで、ちょうどこ時期が小学校4年生つまり9歳以降にあたることから、「9歳の壁(峠)」(以下「壁」と略)と言われるようになりました。

確かに、右のグラフで示した「読みの力(Reading test)」の結果でも、1970年代から2015年までのおよそ半世紀の間、4~6年生(高学年)で、読書学年(読みの力)が4年生のレベル以下にとどまっていることがわかります。では、きこえない子にとって、この「壁」を越えることは不可能でしょうか?

 私は、そうは考えていません。なぜなら、あるろう学校では、この10年近く、子どもた

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ちのほぼ7割が該当の学年に応じた読書年齢(読みの力)に達しています。といってもなかなか信じてもらえないので、もう一つ資料を提示します。これは、このろう学校の小学部を卒業した子どもたち(このろう学校は小学部まで)の最近6年間の進路状況ですが、ほぼ6割の子どもたちが大学に進学していることがわかります。この表からも「壁」を越えている子どもたちが7割というのは理解していただけるのではないでしょうか。

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 しかし、まだそれでも疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれません。「この子たちは最初から"できる子"だったのでは?うちの子はとてもそこまでは・・」と。この疑問に応えるためにもう一つ資料を提示しましょう。それは、Jcossという日本語文法力を測定する検査のデータです。Jcossについての詳細はこのHPの以下をご参照下さい。

TOP>発達の診断と評価>J.coss

この検査は20の文法項目があり、それぞれの項目ごとに4つの問題が配置されています。その4つとも全部正解の時、その項目は「通過」とみなされます。そして、通過の項目数をかぞえます。だいたい項目は発達順に

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ならんでおり、通過項目数を数えることでだいたいの文法面での発達年齢がわかります。例えば、1~3項目通過なら年少レベル、4~6項目通過なら年中レベル、7~9項目通過なら年長レベル、10~12項目通過なら小1レベル・・というふうに。そして最近は、小1入学時点で7項目通過を目標、小高学年で18項目通過を目標として考えています。上の表にあげた大学進学者26名が小学部在学の頃はまだまだこの目標には到達していませんでした。そこでやったのが日本語文法指導で

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す。日本語文法指導を小学部段階で取り組むことで、教科書の文が理解できる基本的な文法力がついていきました。そのグラフが右の図です。赤い線が大学進学者26名の学年別平均通過項目数、青い線がこの聾学校小学部全員の平均通過項目数、緑の線が聴児の平均通過項目数です。これをみると、例えば、年長の時は、大学進学者平均は4.8項目通過ですから、年中レベルだったことがわかります。小1になって7.7項目でようやく年長レベル、小2で11.3項目・・・高学年になってようやく聴児のレベルに追いついていることがわかります。しかし、文法指導が効果がある方法であることもわかります。というのは、下のグラフをみていただければわかるように、一般の聾学校の平均通過項目数(黄色線)はずっと下の方にあることから理解していただけると思います。つまり、多少、日本語力が弱くても小学生になってからしっかりと文法指導(語彙指導も必要ですがそれについては今回は省略)をすればちゃんと難聴児も伸びることがわかります。因みに聾学校平均はB校平均よりも低いですが、これは幼児期までの指導に課題があるということが伺われます。しかし言えることは、ここまで厳しい日本語力なのだから、小学部でしっかりと文法指導に取り組むべきなのです。絶対に伸びるという確信が私にはあります。さて、文法指導の詳細はまたの機会にして、ここでは元の「壁」をどう越えるかという問題に帰ります。


〇どのようにして、「壁」を越えられるようになってきたか?

 では、どうやってそれを実現できるようになったのかということを、①0~2歳の乳幼児相談、②3~5歳の幼稚部、③6~11歳の小学部に分けて簡単に説明します。


①乳幼児相談の頃

発達早期から一貫してこの学校で使っているのが手話(日本手話も対応手話も含みます)です。もちろん、手話ができれば自然に日本語が身につき、学力が身につくということはありません。ただ、手話は言語だということ、言語であるがゆえに、a.発達早期から認知・思考などの発達を促せるということ、つまり1歳から言語が身につくので聴児の言語や認知の発達とそのスピードも同じだということ、また、b.手話を使うことで母子関係がストレスなく子どもも安心感があり、自己肯定感が育ちやすいことはいえると思います。

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3歳までは手話(+音声)中心ですが、幼稚部入学前後(早い子は2歳)からは、日本語を導入していきます。指文字・文字・音声などを手話と同時的に使い、手話と日本語の互換性を高めていきます。また、0歳から使っているのは手話だけでなく「写真カード」。赤ちゃんは生後半年を過ぎると記憶ができるようになってくるので、この頃から「写真カード」が使えます。言語発達と認知発達にとって重要なカギとなるのは象徴機能の発達です。象徴とは簡単に言えば実物の代

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理物のことです。ことばは実物の代理物、写真・絵・動画も実物の代理物です。この象徴機能の発達を幼ないときから伸ばしていくことが認知発達の重要なポイントです。写真カードは、次にそれらを分類したりまとめたりして、モノやことばの概念カテゴリーにしていくために「ことば絵じてん」づくりにつなげていきます。これができるようになる年齢はほぼ3歳以降。幼稚部に入る前後の頃です。

 

②幼稚部の頃

 日本語の学習が始まるのは本格的には幼稚部以降。ここでは、言語・認知発達のチェックの仕方だけ紹介しておきます。ここで紹介するのは、WISCⅣを除き、だれでも比較的簡単にできるものです。


a.質問応答関係検査

 

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この検査の中の1番目の項目は、日常的質問。「今日は誰とここに来たのか?」とか「お父さんはどこに行ったのか?」など、「ことばでのやりとり=生活言語」が習得されているかどうかをみます。この問題のあとが「なぞなぞ」「仮定」「類概念」と続きます。これらは子どもの日々の生活の中で使っているコミのことばから離れて、頭の中でことばが操作できるかどうかをみます。つまり象徴機能として使えることば(学習言語の前段階)になっているかどうかをみます。具体的な自分の生活から切り離してことばを扱えることが大事なのです。この検査は、比較的簡単にだれでもやれるのがよい点です。

b.太田ステージ

 

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この検査の中に、比較概念の獲得をとおして象徴機能の発達をみる検査が配置されています。ひとつは、目の前にある〇の大きさの比較。どっちが大きいか・小さいかを答える検査ですが、「大きい・小さい」という比較の概念が育っていないと質問の意味がわかりません。ですから生活場面の中で大きい小さい、長い短いなどの比較の概念を育てておく必要があります。

次に目の前にないものの大きさをききます。「バスと自転車、どっちが大きい・小さい?」。頭の中にモノのイメージ(象徴)が浮かび、それらのもっている概念(ここでは大きさ)が言えればOKです。ここができないと次の象徴機能である文字や数字を頭の中に浮かべるということができません。幼児期前半期の言語・認知発達を見るポイントです。

幼児期後半から「壁」の少し手前の「具体的操作」の段階に到達しているかをみるのが「保存の法則」問題です。まだ「自己中心性」の世界にとどまっている子どもは、ものごとを客観的・対象化してみることができないのでこの問題ができません。因みに心の理論『アンとサリー』課題が、難聴児小3年で半分の子しか通過できない(他人の心の中を想像できない)というのが、かつて耳鼻科医の先生方が中心になって全国規模で実施された感覚器戦略研究の結果でしたが、「自己中心性」の時期を抜け出せない子が難聴児の中には意外と多くいると思われます。

 

C.WISC

 年長児でみておく必要があるのは、ことばがことばとして、子どもの生活から切り離し

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て取り出せ、ことば自体を頭の中で操作できるかどうかということです。これができないと小学部以降の学習は困難になります。教科学習というのはことばでことばを説明することで、必ずしも実物があるとは限りませんし、自分が見たことや経験したことのないことがテーマになったりします。象徴機能が発達していないとその次の学習言語の段階には進めません。例えば物理や化学の現象はは実物ではなくその代理物である抽象的なや記号を使って説明するわけですが、頭の中の象徴機能が発達していないと使えません。その力を「類似」とか「絵の概念」とか「行列推理」とか「数唱」といった項目でみているわけです。

 

③小学部の頃

 

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ここでは、これまでにのべてきた検査だけでなく、「比較3問題」というのを使います。わずか3問だけなのですが、3問目の問題で抽象的思考の段階すなわち「壁」が越えられる段階に到達しているかをみることができます。この3問目の問題は、聾学校高等部生徒でも4割程度というのがこれまでの結果です(脇中起余子)。

 


〇聴覚障害児の療育・教育に必要な観点は?

 日本語がどう獲得され発達しているかということは、「絵画語彙検査」「Jcoss(日本語理解検査)」「Reading test」などによって把握されてきましたが、そこに欠けていたのは、認知・思考・記憶などと言語との関わりでみていく視点ではなかったかと思います。つまり、「象徴機能」が子どもの頭の中にどう作られ発達しているのかという観点です。例えば、難聴年少児に「太田ステージ」の中の「目の前にないものの大きさの比較ができるか」という問題(例えば、「トラックと自転車とどっちが大きい?」)がありますが、これができない幼児が少なくありません。これは一般的に3歳児の発達課題ですが、大事なことは年齢ではなく、発達は順序通りにしか発達しないということです。つまり、この頭の中にモノを思い浮かべてその大きさの比較ができないと、次の象徴機能の発達の段階である、頭の中に文字を浮かべて操作すること、例えば「しりとり」「さかさことば」などできませんし、「ことばでことばを説明する」ことも難しいでしょう。

 これまでの聴覚障害教育では、このような象徴機能の発達をきちんとみてこなかったのではないでしょうか? 認知をおろそかにした言語の表層的な評価(例えばどれだけきこえるようになったか、どれだけきれいに発音できるようになったかなど)ばかりやってきたのではないでしょうか? 


乳幼児相談のあり方.jpg 冒頭に述べたろう学校では、この点を乳幼児期にしっかりアセスメントし保護者にもフィードバックしてきました。また、書記日本語面でのつまずき、とくに動詞の活用と助詞については、日本語文法指導という観点から小学部では取り組んできました。こうした観点を重視して取り組んだ結果として、「壁」を越えられる子供が増えたということを直視する必要があると思います。

聴覚障害教育の世界では、よく『9歳の壁』ということが言われます。これは、抽象的思考ができるレベルである小学校高学年のレベルに、なかなか難聴児は到達できず、小学校4年(9~10歳)頃に言語や思考の面で壁ができてしまうという現象のことです。

別の言い方をすれば、「生活言語」獲得の段階から「学習言語」が獲得される段階になかなか言語や思考の力がレベルアップできないということです。

 この力があるかどうかは、例えば毎年、文科省が実施するいわゆる「学力テスト」で、

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それぞれの教科で全国平均以上の得点がとれているかどうかをみればその一端を知ることができますが、この結果はそれぞれの子どもに個別に返されることはありません。

 聴こえない子の場合は、日本語の「読み」という面からReading test(読書力検査)が使われてきました。右の図は、澤隆史(東京学芸大)が調べたReading testの読書年齢の結果をおよそ10年ごとに調べた結果ですが、1970年代から2015年までの半世紀の間、高学年になっても一度も小学校4年生のレベルを超えたことがない、という結果を示しています。この結果からも、きこえない子の前には、「9歳の壁」が立ちはだかっていることが推測できます。

 さて、「9歳の壁」とは、このように読み書きの面からも調べることはできますが、言語を使って抽象的・論理的な思考ができるという力をもっと簡単に知る方法はないのでしょうか。実はあるのです。簡単な3つの問題を子どもに出してやってもらう。時間的にはほんの数分。それを考えたのは岸本宏史という人で、日本で最初に100マス計算を考えた人と言われています。私は「比較3問題」と言っていますが、ここでは「比較問題」としておきます。以下、その問題を紹介します。


〇比較問題     

 つぎの3つの問題にこたえなさい。

①太郎は、みかんより飴が好き、飴よりチョコが好きです。太郎の好きなものの順番は?

②もし、ねずみが犬より大きく、犬は虎より大きいとしたら、大きい順番は?   

③A町,B町,C町,D町の4つの町がある。A町はC町より大きく、C町はB町より 小さい。B町はA町より大きく、D町はA町の次に大きい。 大きい町の順番は?

 

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この問題は、3つか4つのものを比較してそれらに順序をつける問題ですが、こうした問題は論理学では推移律とよばれ、A>B,B>CであればA>Cである、といった論理的な思考方法ができるかどうかをみたものです。これを岸本(1984)はピアジェの認知発達論的な視点を加味して、3つの問題を作ったようです。岸本によれば、①の問題がができれば小2年の実力、②ができれば小3年の実力、③ができれば小4年(=「9歳の壁」)の力があると判断してよいと言っています。以下順に説明します。

 

問題①について

 ①の問題ができるためには、本来は、比較文(「~は~より+大きい・小さい」)が文法的に理解できていることが必要ですが、「みかん、飴、チョコレート」の三つの単語がわかり、「好き」「順番」という意味がわかれば、助詞「~より」がわからなくても、頭の中にモノのイメージを浮かべて、「常識的・一般的」に子どもが「好きそうな順番」を応えれば正解する可能性は高いです。「常識的・一般的」な順序とは、たいていの子は、チョコ⇒飴⇒みかんの順に好きなことが多いので、少し頭を働かせて推測できれば正解する確率はかなり高くなります。つまりこれらのモノを頭に浮かべることができて、順序付けができれば正解できます。この段階は、頭の中に具体的な3つのモノをイメージできて、それらを比較できればいいわけです。とはいっても、目の前にない2つのモノを頭の中に思い浮かべてそれらの「大きさ」を比べられるのは、前に紹介した『太田ステージ』では、StageⅢ―2後半で、年齢でいえば4歳から4歳半頃にあたります。ピアジェの発達段階でいえば、本格的な概念形成が始まる「直感的思考」の段階ということになります。太田ステージでは、「二つのモノを頭の中にイメージして大きさを比較できる」という問題でこれを見ていますが、「比較問題」では3つのモノの比較である分、レベルは高いです。しかし、発達段階としてはピアジェのいう「直感的思考」の後半にあたりますから、まだ見た目直感的に判断している段階を抜け出ていません(子どもは頭の中に三つのものを描いてそれらに直感的に順序付けをしている)。私が10年ほど前に調べた結果では、聾学校高学年通常学級児童の8割はこの段階に達していましたが、残り2割くらいの児童がまだこの段階に達していませんでした。因みにこの問題①に正答できない子どもは、中学部や高等部でも2割程度存在することが別の調査によってわかりましたから、聾学校できちんとした手立てがなされていないのではないかという問題が推測されました。(基礎的な日本語がきちんと読める力がついていない)


問題②について

この「直感的思考」のあとに続く発達段階が、ピアジェのいう具体的操作の段階(7,8歳~)で、この段階になると「見かけにごまかされないで」ものごとを判断できる段階です。太田ステージでは、Stage4後半の白と黒の碁石を使った問題に、「黒い碁石と白い碁石の数は同じだが、並んだ黒い碁石の間隔を広げると、「多くなった」と応えてしまう段階(幅の広いグラスに入った水を細長いグラスに移すと多くなったようみえるのと同じ)というのがありましたが、この問題に正答できるのが「質量保存の法則」が理解できる段階です。

こうした「見かけ」に影響されるかどうかという問題と推移律という思考方法が使えるかどうかをみたのが「比較問題」の②です。この問題では、「ネズミ、犬、虎」を頭の中にイメージすると、大きさは、ネズミ<犬<虎の順番になります。しかし、この問題②では、「もし~なら」という仮定文で、大きさは逆になっています(実際とは反対の順序)。つまり、本物の大きさ(みかけ)に影響されないで、文の意味の通りに判断できるかどうかをみているのが②の問題です。聾学校の児童・生徒でこの問題が正答できたのは約半数でした。つまり小3レベル(岸本)にとどまっている子どもたちが約半数いることになります。「9歳の壁」を前にして足踏みしている子が半数ということですから、Reading testの結果とも符合します。言語と思考の壁です。

 

問題③について

  3つ目はちょっと難しい問題です。この段階は、ピアジェのいう「形式的操作」(11,12歳~)の段階とその前の「具体的操作」(7,8歳~)の間にあって、この問題ができる子どもは、次の「形式的操作」の段階つまり本格的な抽象的思考を要する学習に入れる子どもたちということになります。頭の中に文字、数字、記号などを思い浮かべ、それらを操作して目に見えない世界について考える力がある段階ということになります。

これが本格的な学習言語の段階です。AB,BCであればABCという推移律の問題ができる力。ここにさらにDという4つ目の要素が加わるのでさらに複雑です。

AC,  BC,  BA,  ADCということが、問題文を読んで論理的に導き出せるかどうかです。日本語力と思考力を兼ね備えた力が必要です。

 

〇ろう学校でこの比較問題をやってみた

 脇中紀余子(現筑波技大)は、この比較問題を京都聾学校高等部の生徒に実施していますが、その結果は、問題①が80%、②が50%、③が40%の正答率だったそうです。つまり、「9歳の壁」を越えている高校生は40%だったということになります。

 

比較3問題~聾学校実態.jpgのサムネール画像

の結果を確かめるために、私は、いくつかの聾学校の協力を得て、この問題をやってもらいました(2012)。小学部高学年は123名、中学部は452名、高等部は443名、それと脇中による高等部結果(28名)を図にしたものが右の棒グラフです。

これによると、問題1は年齢・学年に関わらず8割の子どもが通過していること。逆に直感的思考の後半レベルも難しい子が学年・年齢を超えて2割程度いることも明らかになりました。これらの子には、思考も日本語も両面からの指導・支援が必要であることもわかりました。

また、問題2より、見かけにごまかされないで思考できる子が学年・年齢を越えて半数いること、逆に言えば見かけにごまかされる子どもが半数程度存在することがわかりました。

 そして、問題3ですが、これは学部によって差がありました。小学部高学年でこの問題が正解できる子は2割程度、中学部で3割程度、高等部で4割程度でした。「9歳の壁」を越えるのはやはりかなり厳しいな、と思いました。


〇どうすればこの問題を解決できるか?

 この問題を解決するために、このグラフに出てくる聾学校の小学部(図の青い棒グラフの学校)で取り組んだのは、日本語文法指導です。まず、きちんと日本語を読んで理解する力です。Jcoss(日本語理解テスト)には、「比較表現」の問題があります。「〇〇は××より大きい」という文を読んで理解できる子どもは、きこえない子では、実は半数以下です。文法指導はテキストベースで日本語を読める力を伸ばすには最適でした。

 しかし、言語や思考の問題はそれまでの積み重ねの結果ですから、幼稚部や乳幼児相談の段階でも対応を考える必要があります。就学前に取り組むことは聾学校幼稚部でいえば絵日記、絵本の読みきかせ。これはこれでもちろん大切。ただ、子どもの獲得している日本語の語彙の量と質(概念の豊かさ)という点では課題を残している子どもも少なからずいます。例えば、WISCⅣには「類似」とか「絵の概念」といった問題が含まれていますが、ことばを使わない「絵の概念」はよくできるのに、ことばを使う「類似」では、5~6歳で「リンゴとバナナの同じ点・似た点は?」といったモノの共通概念がことばで抽出できない子どもがいたりします。この問題を解決するために、モノやことばをとり出してそれらをまとめて整理する方法として、「ことば絵じてんづくり」を推奨しました。また、年長あたりではさらに「ことばのネットワークづくり」(本会発行問題集)に取り組んでもらいました。これらは語彙の概念の豊かさや語彙の量を増やす面からも非常に効果的でした。

また、乳幼児相談では、0歳から手話を導入していました。手話は言語です。思考は言語が

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なくても可能ですが、言語を使った思考のほうが他者とも通じ合えるし、言語があるからさらに思考を深めることができます。せっかく0歳から使える言語があるのに使わない手はない。1歳で初語が出て、2歳では2~3語文、3歳では日常会話は困らない。日本語と結び付けていくのは3歳から。この方法も非常に効果的でした。手話を使うということは子どもの自己肯定感を育てるという別の意味もありました。こうした乳幼児相談・幼稚部・小学部のそれぞれの年齢にあった取り組みをしていった結果、比較問題にみられる成績も大きく変わったのが右のグラフです。前回の調査から6年後です。問題①の正答率はほぼ100%、問題②は80%近く、問題③は約半数です。全児童数の半分の子どもたちが「9歳の壁」を越えられるようになったわけです。

では、こうした成果をあげることは子どもが小学生や中学生になってからでは難しいのでしょうか? そんなことはありません。教育に遅いということはありません。発達は年齢ではなく順番です。今、目の前にいる子どもの発達上の課題を明らかにし、発達の順序の下から順番にやっていくことです。例えば、ある難聴学級の先生は、子どもが小学校に入ってきたときから語彙の概念の整理や拡充に取り組みました。たとえば食べ物を作る取り組みがあれば、実際にお店に行き材料を買ってきて、材料を並べてカテゴリーでくくり、モノは共通点をくくって上位の概念を形成できることを教えたり、ひとつのことばが出てきたら、用例だけでなく、類似語や反意語を調べたり、漢字や手話表現を考えたりなどことばのネットワーク化をしていきました。また、子どもが3年生になってからは助詞や動詞の活用など文法指導にも取り組みました。3年間のその積み重ねが大きな成果としてかえってきました。いま、その子どもは3年生ですが、Jcossは半年前6項目通過だったのが19項目通過! 絵画語彙検査も生活年齢よりも幼い語彙年齢の結果が生活年齢を大きく上回るほどになりました。比較問題は2問まで通過しました(3年生レベル)。3問目はさすがにまだできなかったようですが、高学年のどこかできっとできるようになるでしょう。繰り返しますが、発達は年齢ではなく順序です。下の土台ができていないとその上には何も積みあがりません。小・中・高で比較問題①ができない子がつねに2割いるということはそれを物語っています。急がば回れということばがありますが、音韻⇒語彙⇒文法⇒運用(読み・作文)と、下から順番に積み上げることです。教育に遅いということは決してありません。あきらめず、ぜひ、子どもの課題を明らかにして(実態を客観的に把握しないと成果もあがりません)取り組んでみてほしいと思います。

┃難聴児支援教材研究会
 代表 木島照夫

〒145‐0063
東京都大田区南千束2-10-14-505 木島方
TEL / FAX:03-6421-9735

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