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きこえない子の言語発達の過程

手話か口話か? 手話も口話も?

手話からスタートした子どもたちはどのように日本語を獲得していくのでしょうか? ある医療機関では、「手話を使ったら声を出さなくなる」という理由で手話を禁止するのだそうです。また、ある中等度難聴児のママは「手話は必要ないから」と言われたそうです。本当に手話をすると子どもは声を出さなくなるのでしょうか?本当に難聴児には手話は必要ないのでしょうか?   

今回は、1歳から3歳頃までの手話からスタートした子どもたちが、どのように日本語を獲得していくのか、まずその発達の筋道を紹介し、最後に手話からスタートした難聴児と聾児の3歳時のママとの会話を紹介します。

手話から日本語へ①.jpgなおここでいう手話とは、日本語対応手話(=口話併用手話、手話付きスピーチ、手指日本語)のことです。日本語対応手話とは音声に手話をつけるやり方ですから日本語の範疇に入ります。もちろん、0~1歳の単語段階では対応手話か日本手話かという区別は必要ありません。しかし、1歳半ばあたりで2語文が表出される頃になると、文を使ったやりとりに日本語の文法を用いるのか(つまり日本語対応手話を使うのか)、手話の文法を用いるのか(日本手話の獲得の方向に向かうのか)という問題が生じてきます。ここが教育方法の大きな分かれ目になるところですが、公立聾学校には保護者からの両方のニーズがあり、必然的に手話も口話もという立場にたつことになります。では、それは双方からの要望に応えようとするための中途半端で消極的な方法なのでしょうか? いえ決してそうではなく、両方のメリットが活かされたbestとまでは言いませんがbetterな方法だと私はこれまでの経験から考えています。

*そのエビデンスはこのホームページの下記の項を参照して下さい。

TOP>論文・資料・教材>「9歳の壁」を越え始めたきこえない子どもたち。

nanchosien.com/papers/post_70.html

 

ここでは、筆者が行った保護者聞き取り調査(2017年都立ろう学校2校21名対象)の結果及び都立ろう学校乳幼児相談保護者育児記録(2003~2019年)より事例を紹介つつ、手話から日本語獲得への道筋を見ていきたいと思います。


 

1.比較的聴力の軽い子どもたち(概ね90dB未満)の日本語の発達


①音に気づく~0歳後半~

 

手話から日本語へ②.jpgこの時期はまだ指文字や文字といった視覚日本語の獲得は困難で、子どもは、補聴器を通して入ってくる音や声を、音楽やリズム、くすぐりあそびや手あそび、絵本でのオノマトペや繰り返しのあることばとして楽しんだりできます。このような活動を通してまず音への関心を育てるのが0歳後半から1歳代です。

 


手話から日本語へ③.jpgのサムネール画像

②音声模倣・音声初語・音声単語獲得~1歳代

 

手話から日本語へ④.jpg1歳以前より乳相に来談し手話を用いてきた子どもたちは、補聴器を装用し音声をきいてはいても聴力の如何によらず手話の初語のほうが先に(1歳前後)出ますが、比較的聴力の軽い子どもたち(概ね90dB未満・以下)は、やや遅れて音声の初語も出てきます。この子どもたち(最初の図の【聴覚活用タイプ】)は、音声の模倣を楽しんだり、音声初語の発語があったりなど手話も使いつつ音声言語の発達も同時に並行して進んでいき、音声での語彙も徐々に増えてきます。そのほとんどは、最初に手話として獲得しコミュニケーションの中で使われている語を日本語に置き換えたもの手話から日本語へ⑤.pptx.jpgのサムネール画像のサムネール画像で、手話を伴わない音声のみの単独で表出される語もあります。

 一方で90dB以上の聴力の重い子たちは音声初語が出る子は比較的少ないです。この子どもたちは2歳半頃に指文字で日本語語彙を獲得し始めるまでは手話中心の言語発達をしていきます。最初の図のいちばん下の【指文字タイプ】の子たちです。この子たちの日本語獲得はもう少し時間がかかります。ただ、手話での会話内容は、きこえる子が音声言語でやりとりするのと同じように内容豊かなものです。

 

手話から日本語へ⑥.jpg


③日本語対応手話へ~2歳代以降

手話から日本語へ⑦.jpg2歳になると、手話での会話は一語文(単語)から二語文に入っていきますが、ここで使われる手話は聴家庭では日本語対応手話がほとんどです。そして、日本語対応手話で表出される文には音声が伴っているので、子どもたちも文の中の一部の語を音声でイントネーションや口形を真似たり、自分で単語として表出したりするようになります(事例I~M)。

 


2.比較的聴力の重い子どもたち(概ね90dB以上)の日本語の発達


①手指喃語・手話初語・二語文・語彙爆発・・・0歳代後半~2歳

 

手話から日本語へ⑧.jpg2017調査対象児21名のうち90dB以上の幼児は8名いますが、そのうち6名は手話喃語を観察しています(2名は不明)。また、手話初語は8名全員が観察しています。その後、手話の語彙爆発も8名全員が観察しています。こうした事実から、聴力の重い子どもたちの言語獲得は、1歳代から2歳代にかけて手話中心に進んでいることがわかります。

 また話による語彙の爆発や二語文の獲得は1歳代の後半、ほぼ同じ頃にみられます。

 

②指文字の獲得・・・1歳半~3歳代

・手話の延長としての頭指文字や固有名詞の表現として使う

手話から日本語へ⑨.jpg「木〇先生」を表すときに「キ」+先生(手話)と表すことがあります。これを頭(かしら)指文字と言っています。また、例えばペットの名前などの固有名詞は手話ではなく、指文字でそのまま表すことも多いです。さらに、「ハム」「麩(ふ)」「プラレール」など手話で表現できない単語について大人が指文字を使ってみせるなどのこともあります。このように手話では表現できない時に指文字を使うことがあります。(日本手話の場合は、CLやNMSなどを駆使しますが、日本語対応手話を用いる家庭では指文字をそのまま使い、意味がわからない時には手話で説明したり絵や写真など非言語的手段を駆使して説明することになります)。

手話を日本語で知ってほしいとき使う

手話から日本語へ⑩.jpg話をしたあとに指文字で単語を押さえる方法(「猫だね(手話)」+「ネコ(指文字)」)で大人が指文字を表出し、それを子どもが見てまねるという方法で、指文字を通して日本語を教えます【事例P ~R)。

このように、比較的聴力が重く手話中心でこれまできた子どもたちは、2歳後半から3歳頃にかけて主に指文字を使って日本語を獲得し始めます。ただ聴力の軽い子どもたちが、日本語対応手話で音声も併用してリアルタイムに会話していくのに対して、聴力の重い子どもたちは、手話での会話にわざわざ自分から指文字を使って会話をすることは、手手話から日本語へ⑪.jpgのサムネール画像のサムネール画像のサムネール画像のサムネール画像のサムネール画像話で表せない語彙に使うくらいしかないでしょう。そのため日本語に触れる時間的な少なさという問題が生じます。それを補うためには、大人の側から日本語対応手話を使いながら、ターゲットとなる手話語彙を指文字で表現し、日本語を教えていくといった工夫が必要になります。また、以下の項のように文字を通して日本語を学ぶ機会を増やしていくことも必要です。


3.文字から日本語を~写真・絵カード、絵日記、オリジナルことば絵じてん、絵本など

 文字による日本語獲得についてはここでは省略します。それぞれの意義については該当の項を参照して下さい。

 

 

〇まとめ

手話から日本語へ⑫.pptx.jpg最後に二つの事例を紹介します。一つ目は65dBの難聴児の事例です。医師からは「手話は必要ないから」と言われる聴力の子どもです。右のファイルでは3歳5か月のとき、手話と日本語の二つの言語の違いに気づき、手話は一つでも日本語では「うれしい」「たのしい」という別々の意味があることを発見しています。二つの言語を頭の中で比べて比較しその違いを考えることができています。抽象的な思考とは目に見えない物事を頭の中で考えることのできる力です。この子は、3歳5カ月で、目には見ることのできない「うれしい」「たのしい」という感情を比べることができており、さらに手話というもう一つ別の言語ともその違いを比べることができています。また3歳6か月のとき、ママに言わせれば「屁理屈」かもしれませんが、理由付けをしておばあちゃんを説得する言い方を考えることができています。こうした思考ができるのは0歳の時から目に見える手話という言語を使い、「考える」力を育ててきたからだと思います。曖昧な音声のみで育った60dBの難聴児にこれだけの論理的な思考ができるかというとそうはいかないのではないでしょうか。

 

手話から日本語へ⑬.pptx.jpgまた、右の110dBの子どもは、冬から春になりつつあるときに、葉芽(ようが)と花芽(はなめ)の違いについてママと会話しています。身近な自然に触れ、変わりゆく季節の変化やその美しさに関心をもつだけの思考が育っている様子がうかがわれます。

 では、この二人に共通していることはなんでしょうか? それは単にSpeechができるかどうかという目先のことではなく、Languageという、思考をするための「言語」を育ててきたという点です。手話でスタートするという最大の利点は、100%見てわかる会話をすることで子どもの経験を深め、その経験をもとに言語(手話・日本語)を使って考え、豊かな想像力を膨らませ、そこで培われた力が書きことばの土台となって学力の形成や抽象的・論理的思考という学習言語の世界へと繋がっていくという点です。頭の中のLanguageを育てる、それが手話でスタートすることの大切な意味なのだと思います。

 

 さて、ここまでは主として乳幼児教育相談の年齢段階での手話と日本語の発達の過程でした。これより以降は、聾学校幼稚部に入学して言語の指導を継続するのがよいと思います。友達と互いにわかりあえる手話を通して関わることで自分の気持ちをコントロールする力、互いのぶつかり合いの中から自分たちで問題を解決する力、友達と役割を分担し互いに考えを出し合い、協力して遊びや生活をつくっていく力は、お互いに通じ合える共通の言語・コミュニケーション手段があってのことです。そうした集団の関わりの中でこそ社会性は育つものだと思います。そしてこのような生活の中で身につけた言語こそ、小学校以降の教科学習の土台になるものだと思います。

 

 前回(3/29)、一語文から二語文への手話での言語発達について書きました。子どもは2歳頃になると、記憶する力も伸び、楽しかった過去の経験が語れるようになってきます。そして頭の中にある楽しかった思い出をありったけの単語を羅列して語るようになります。しかし、経験したことを伝えきるにはまだ語彙数が十分とは言えません。「今、ここ」でのことなら実物や身振り、表情、指さしなどの手掛かかり(非言語情報)も使えますが、「あの時、あのこと」を語るためには、名詞の羅列だけでは伝えきれません。叙述表現には文の述部を構成する動詞形容詞が必要になるからです。  

 しかし、「ものには名前がある」ことがわかるようになった子どもたちは、外界への関心をさらに高め、「語彙の爆発期」を通して次第に語彙力と文で伝える力を獲得していきます。それが2歳から3歳の頃です。ちょうどこの頃、子どもは「自我の芽生え」の時期を迎えます。そこで今回は、2歳から3歳代にかけての心の面での発達について書いてみたいと思います。

 

 〇自我の芽生える頃

魔の2歳児1.jpgきこえる子もきこえない子も2歳頃になると自我が芽生えてきて、なんでも自分でやりたがるようになります。「自分」という意識が高まり、大人の言うことをすんなりとはきいてくれません。そのためにママやパパ、兄弟などとの衝突も増え、癇癪を起してひっくり返り泣きわめくことも少なくありません。そのためにこの時期は「イヤイヤ期」とか「魔の二歳児」などと呼ばれることがあります。この時期をどう乗り越えればよいのでしょうか? 


子どもは1歳を過ぎると写真や鏡に映っている自分やパパ、ママなどがわかるようになってきて、他人と違う「自分」という存在に気づき始めます。また、自分のしたいことや嫌なことがはっきりしてきて、ほしいものを要求し嫌なことは拒否しますが、まだ自分の欲求や衝動を抑える脳の機能も育っていないので我慢することができません。

2歳になるとその傾向はますます強くなってきます。そのために大人の側もついイライラすることが生じがちですが、でもこれは裏を返せば「自分でやり通したい、がんばりたい」という子どもの積極性・意欲のあらわれでもあるので、この気持ちを大事にしてあげることが大事です。しかし、やりたい気持ちとは裏腹に、まだまだ運動機能も不十分であったり、やりたいけど自信がないという心の揺れを感じたりするために、自分でやり通せず、癇癪を起したり泣いたりなど感情が揺れ動きます。その子どもの心理を読み取り、子どもの自我をはぐくむ大切なチャンスととらえ、子どもの気持ちにまず寄り添い、「~をしたかったんだよね」「大丈夫。だんだんとできるようになるよ」と上手に受けとめて自信をもたせていくことが必要な年齢です。

 

〇どのような対応が必要か?~肯定先行

とは言っても朝の時間がない時に「イヤイヤ」が始まるとついついイラっとして「時間がないから早くして!」「今日はママがやるから、もうっ!」と叱りたくなったりしますが、それはかえってドツボにはまりかねません。そこで一工夫。これから行くところの写真カードを見せて「この前のこの遊び、楽しかったねえ。またやりに行く?」とかスマホを取り出して「あっ、〇〇先生が早くおいで~ってメールくれたよ」などと演技をするのもありかもしれません。ともかくいちばん大事なことは、まず子どもの気持ちを受けとめること。頭から指示・命令・禁止・叱責ではなく、「〇〇ちゃんは自分でやりたいんだね」、嫌がるときは「いやなんだね。じゃあ、やりたくなったら言ってね」などと本人の意思を尊重することで、子どもは自分が認められているとが実感できます。まず何より肯定先行が大事です。


〇比べる力の育ちを手掛かりに~対概念

また、2歳は、「同じ・違う」「良い・悪い」「上・下」「出来る・できない」「大きい・小さい」「長い・短い」「たくさん・少し」といった対比的な概念が育ってくる時期です。このような概念が育ってくると、「大きくなった自分」「良い子の自分」というイメージを子どもの内面に育てることができるようになってきます。うまくできた時に「大きくなったね」「お兄ちゃん(お姉ちゃん)になったね」「良い子の〇〇ちゃんになったね」と「成長した自分」というイメージを子どもの中に育てていくようにします。そうすると癇癪を起して泣きわめいているときなどに「良い子の〇〇ちゃんはどこに行っちゃったのかな?」「おーい、お兄ちゃんの〇〇ちゃーん」などと子どもに「成長した自分」に気づかせていくこともできるようになってきます。

このような繰り返しの中で、3歳を過ぎると「少し待ってみようかな。がまんしようかな」と徐々に自分の気持ちをコントロールできるようにもなってきます。

 

〇きこえない子たちの心の育ち~心の発達を支えるには言語が大事!

魔の2歳児2.jpgこの成長の過程はきこえない子もきこえる子と基本的には変わりません。心の発達の系とことばの発達の系は別ですから難聴のためにことばの発達が遅れても心の発達は遅れません。ことばを獲得してきた聴児でもまだまだ自分の要求や主張をきちんとことばで伝えることができませんし、できなくてかんしゃくを起こしてもことばで行動をコントロールすることが難しいわけですから、言語を持たないきこえない子への対応はなおさら難しい。だったらどうしましょう?この時期に使える言語、それが手話なのです。以下、聾学校乳幼児相談に来談している保護者の育児記録の中からいくつかの事例を紹介します。

事例A~Dは、2歳前後の「自分」を主張し始めた頃の子どもの事例です。やりたがる子どもの気持ちを尊重し、最後まで見守り、できたことをほめることで上手に子どもに満足感を与え自信をつけさせています。「肯定先行」の大切さがわかります。そして伝えあえる言語の大切さも。

魔の2歳児3.jpg事例Eは、2歳代で育ってくる対比する力(対概念)を使い、二つの具体物から子どもに選ばせ、自分が選んだという満足感をてこにして自分から着替えをやろうとする気持ち育てています。

事例Fは、子どものやりたい気持ちを優先するなかで、母親が率先して地域の人たちにあいさつしているのをみて、子どもも自分から挨拶するようになっています。2歳後半~3歳頃になると、大人の使っていることばを

魔の2歳児4.pptx.jpg真似て使いたがる子も出てきますが、挨拶のことばは理屈ではなく躾としての面が大きいので、このような時期にうまく習慣化するのがよいと思います。

事例Gは、家庭の中でのそれぞれの役割を「仕事」という概念で理解し、率先して自分の仕事=身の回りのことを自分ですることと考え、家族の中での自分を位置付けており、心の成長を感じさせる事例です。


〇語彙獲得の便利な仕組み~即時マッピングと語彙の爆発

手話の語彙爆発グラフ.jpgのサムネール画像前回(3.21記事)、「ものに名前があることがわかる」ことが言語獲得の本当の意味でのスタートだと書きました。そしてそれは、「同じ」という観点で世界を切り分け(分類・カテゴリー化)、その括られたまとまり(=カテゴリー)に対して名前をつけるということを意味していました(例:「いぬ」はどんな犬種であろうと全て「いぬ」ですし、「コップ」はかたちや色や材質が違ってもみな「コップ」です)。このしくみに気づいた子どもは、周りのいろいろなモノに関心を持ち名前を知りたがるようになります。これが「語彙の爆発」と言われる現象で、1歳半~2歳頃、子手話の語彙爆発はなぜ起こる?.jpgのサムネール画像どもが50100語程度の語を獲得したころに始まると言われています。

は、なぜこのような急激な語彙の獲得が可能になるのでしょうか? それは、未知のもの(図の例では「オカピ―」)に遭遇したとき、私たちの頭の中では、すでに知っているもの(例:動物、犬、猫、キリン、シマウマなど)を手掛かりにしてそれらと、未知のもの(オカピ―)とのあいだに類似性を見出し(その類似点・相違点は見た瞬間に判断しています)、そこから新しいものがどのようなものであるかを推論し(「あれ、キリンみ

手話の語彙爆発2翔子.jpgのサムネール画像たい。しまうまにも似ている。でも知らない。なんていう動物かな?」)、新しいモノがどんなものであるかを知ろうとします。そして「あれはオカピ―と言うよ。しまうまに似ているけどほんとはキリンの一種だよ」と教えられ、新しい知識として獲得します。このような語を獲得するしくみのことを「即時マッピング」と言いますが、新しく出会うものに対してこの語彙獲得システムが作動していくと、蓄積される情報量も増えていくのでさらに新しく出会ったものに対しての判断も早くなっていきます。こうして語彙の獲得スピードが速まり、結果として「語彙の爆発」が起きると考えられています。

 

〇手話は発達早期から認知発達を促進できる言語

では、きこえない子の場合、このような言語獲得システムは有効に機能するのでしょうか?これまでの経験からは、一般的にきこえない子の音声言語では獲得語彙数が50100語程度まで増えてくる2歳代以降になることが多いですが(補聴器や人工内耳をしても音韻の弁別ができるまでに時間がかかる)、手話では1歳代でこの現象がみられます(*21名の保護者聞き取り調査では12名の子どもにこの「語彙の爆発」期がみられ、その平均開始時期19.4か月でした)。

このことは、獲得した語(手話)を使って発達早期から親とやりとりし、自分の思いを伝えたり、さまざまな体験とそのことに関わるやりとりを通してさまざまな物事の概念を身につけ、認知的な発達を促すことができるということです。これが手話からスタートすることの大きなメリットの一つです。 


〇一語文から二語文への発達過程~述部になる動詞・形容詞の獲得

1歳半から2歳半頃、獲得している手話を使って子どもはず両親や家族などと「今、ここ」でのことについて簡単なやりとりができるようになります。そして親子・家族の中での楽しい経験とわかるコミュニケーションによって、子どもは自ら心を動かしたことについて、身につけた手話を使って積極的に伝えるようになってきます。

二語文事例~手話の早さ.jpg 例えば、右図の事例Aは、発見が1歳4か月で手話を覚え始めてまだ2か月ですが、ママが熱心に手話を覚え、子どもとの会話に手話を使ってきました。子どもも大好きなママの手話を真似し(模倣は言語獲得に必須の要素です)、覚えたての手話で「家、車、/指さし/」と表しています。指さしを使ったのは、「帰る」とか「行く」といった移動に関する動詞が獲得されていないためでしょうが、将来動詞を獲得すれば、「家、車、帰る」と2語文となる述部を構成している指さしと考えられます。この指さしの出現について武居・鳥越(2001)は「聾児は通常の二語文を出現させる前に、指さしと手話単語の2連鎖を出現させる」と述べています。確かに指さしは、他のきこえない子でも二語文になる前に、指示語(これ・あれ・それ)として、あるいは名詞や動詞の代用としてもよく使われます。

また、事例Bでは、姉や自分の洋服について気づいたことを、お互いに手話で自由に語り合っています。この家庭では姉も含めて家族皆で手話を学んでおり、きこえない妹は手話のわかる健聴の姉に自分の思ったことを伝え会話を楽しんでいます。そしてこの子が表出している「ある」「同じ」「見る」などの状態や動作をあらわす語は文の述部になっていて、語順のある二語文になっています。

 

〇二語文が出るための発達的な要件とは?

1歳半頃にはきこえない子が表出する手話の語彙は50100語に達しますが、同じころ、二つのことが同時に処理できる力も育ってきます。例えば、ままごと遊びは以下のように発達します。

1歳頃「りんごのおもちゃを口に入れる真似をする」(ふり遊び)

1歳半~2歳頃「切るもの(おもちゃの包丁)と切られるもの(りんご)との関係を

 理解して、おもちゃの包丁で切る真似をする」→

③2歳頃「切ったりんごを皿に入れて出す」(見立て遊び) 

救急搬送(スクリプト).pptx.jpgこのように、②③の頃、二つのものとものとの関係の理解や事柄と事柄の順序や手順(スクリプト)などがわかるようになると、その認知発達の上に二語文が出てきます。

例えば、右の【事例C】と【事例D】はちょうど2歳頃の「見立て遊び」の例ですが、このような、二つのことを関連付けて遊べる力や事柄を順番通りに実行できる力が、二つの単語を並べて一つの文にまとめた二語文の生成を可能にしているわけです。

 

〇きこえない子の特徴的な手話の使い方~要求表現「ほしい・~たい」

子どもは1歳代に手話の単語を獲得していきますが、モノの名称をあらわす名詞だけを二つ並べても文にはなりません。状態や動作を表す動詞や形容詞の獲得が二語文を生成するために必要ですが、きこえない子の場合、動詞・形容詞を獲得する前に「ほしい・~たい」の手話の使用がしばしば用いられます。その使い方の特徴は、初めは動詞の代用としての使い方が多いようです。

(例)「/指さし(あっち)/+ほしい」→「(あっちへ)行きたい」(P児・13か月)

  「ねこ+ほしい」→「ねこと遊びたい」(Q児・1歳4か月)

  「番組名+ほしい」→「テレビ番組名が見たい」(R児・18か月)

その後、動詞が獲得されると、本来の動詞意向形(~たい)や形容詞(ほしい)として使われ、動詞の代用としての使い方は少なくなっていきます。

(例)「開ける+ほしい」→「開けたいor開けてほしい」(P児・17か月)

     「飲む+ほしい」→「飲みたい」(R児・17か月)


「自分・自分・自分」(助詞の使用)

二語文事例2(の、が、も).pptx.jpg2歳になると心の面での発達の早い子は、自我意識が芽生え自己主張の表現として、「ぼく~」といった名詞を二つ並べて所有を表す二語連鎖の表現や、動詞が省略された「自分!」「〇〇!」など、名詞に助詞1音だけを音声(または指文字)でつけ加える表現を使い始めます。これらの表現は名詞に助詞一音節をつければよいだけなので、きこえない子どもにとっても習得のしやすい助詞です。
 また「~も」といった「とりたて助詞」(選択助詞)なども2歳代後半になると使われはじめます。


〇二語文がなかなか出ないとき、どうすればよいか?

 きこえない子の中には、単語は出ているけれどなかなか二語文が出ないという子どもたちがいます。この子たちはどこに課題があるのでしょうか? 

 ①まず一つ目は、子どもがいちばん自分の話をきいてほしいのはやはりママやパパなので、子どもの気持ちを受けとめて、子どもに合わせて共感しながら応答しているか見直してみましょう。会話のコツは、子どもがいちばん言いたいこと・気持ちを言語化してあげることです(「~なんだね。~と思ったんだね」等)。このような応答的な関係を大事にすると子どもは自分の思いをたくさん語ってくれるようになります。

二語文~振り返りタイム.pptx.jpgそして、2歳近くになった子どもは記憶力も伸び、楽しかった「あの時」のことも語れるようになります。「今、ここ」でのことは具体的なモノや文脈の手掛かりがあるので単語だけでも伝えることができますが、「過去」のことを語るには、単語だけではとても間に合いません。しかし、子どもはまだ文のかたちがわかりません。そこで子どもの語りはありったけの単語を羅列して「思い出」を語ります。子どもの頭の中にはその時の情景や会話がイメージ映像として記憶されており、それを単語化しているように見えます。こうした単語の羅列の中からだんだんと「主語・目的語+述部」という語順のある二語文が出てくるようになります。右のファイルはその例で、一語文から二語文への過渡期にこのような語りがよくみられます。

 ②二つ目は、単語だけで済む会話をしていないか見直してみることです。日本語の会話

拡充模倣をしよう.pptx.jpg(話し言葉)は、文脈が共有されていれば単語だけでも会話が成り立ちます。そのためになかなか一語文から抜け出せないことが起こりがちです。右図のような意図的な会話(拡充模倣)で二語文を引き出していくことが必要かもしれません。

 ③三つ目は、二つのことを同時に処理する力とか物事を手順通りに進める力を伸ばすことです。

例えば「パパに新聞を持って行って、コップをもらってきて」「靴を履いて帽子をかぶってね」(二つのことを記憶して実行する)とか、衣服の着脱や食事の準備の手伝いなど生活習慣の繰り返しの中で操作手順をマスターする力をつけます。

 

二語文で説明しよう.pptx.jpg④四つめは、動作や動き、要求をあらわす動詞や状態をあらわす形容詞を使って二語文で表現してみましょう。文を構成するために必要不可欠な語はまずなんといっても動詞、次に形容詞です。動詞の増やし方については下記を参照してください。

TOPページ>乳幼児期・学童期>幼児期の動詞語彙の増やし方~その1・その2 

 nanchosien.com/nyuyou/



前回(3.6記事)、ヘレン・ケラーを例に、「モノには名前があることがわかること」が言語の獲得だと書きました。ヘレン・ケラーは、庭のポンプからくみ上げた冷たい水を掌に受けたときの体験から、庭のポンプからほとばしる水も、コップで飲む水も、「水(w-a-t-e-r)」という名前なのだということを発見しました。そしてれが言語獲得だということも書きました。

言語を獲得するということは、言い方を変えると、「同じ」という観点で世界を「類」に切り分け(分類・カテゴリー化)、それらを集めて括ったまとまり(=カテゴリー)に対して名前をつけるということです。

さて、実は、私たち人間は、この方法を使って外界の事物を分類・整理し、世界を捉えています。ですから、「モノには名前があること」がわかったということは、世界を認識するための大事な方法を手に入れたということを意味します。

例えば、私たちの日常生活では、調理道具、食器、洋服類、洗面用具、大工道具、勉強道具など、それぞれのモノはそれぞれ収納する場所が決まっています。もしこれらの道具類が全てごちゃまぜに一つの大きな箱に詰め込まれていたら、どこに何があったのかもわからず(記憶すること自体が困難)、必要な時に必要な物を取り出すことができなくて、生活は大混乱に陥るでしょう(と書きつつ、今の自分の生活はそんな状態で、探し物にいつも貴重な時間を使っているなあ・・と反省)。

 

〇カテゴリーと概念を豊かにすることが抽象的な思考には不可欠

このような、ものごとの共通性・類似性を抽出して分類する枠組みを「カテゴリー」と言いそのカテゴリーに存在するものの共通性・類似性をまとめたものを「概念」と言いますが、私たちは常にこのようなカテゴリー化と概念化によって思考を整理しています(殆ど無意識的にかつ自然に)。そして、カテゴリーとして整理することで二つのメリットが得られます。一つは遭遇するすべてのものをひとつひとつ別々に記憶する必要がなくなります(記憶の経済性)。もう一つは新しく出会うさまざまなものに対して、カテゴリー化された既有知識を使って新しいものがどのようなものであるのか予測・推論(帰納的推論)することができます。

カテゴリーが括られていると①.jpg例えば、小学校5年生では、社会科で「農業」について学習しますが、「農業」は抽象概念ですから目に見ることはできません。このような抽象概念を学ぶために必要なことはその抽象概念である「農業」を構成している具体的な概念=下位概念を身につけていることです。5年生であれば、「果物」「穀物」「野菜」といったもののカテゴリーとその概念を子どもたちはすでに身につけています。そして、果物にはりんご、ミカン、ブドウ、モモなど種々あり、それぞれの果物にはさらにさまざまな品種があるなどのことも知識としてもっているでしょう。このような、それぞれのもの(りんご、ミカン、ブドウ・・)についての豊かな概念を持ち、それらが括られて大きなカテゴリー(「果物」)を作っており、それらがさらに括られてもっと大きなカテゴリー(「農産物」)を形成しているという知識(頭の中のイメージ)があって初めて、目には見えない「農業」という概念の学習が理解できることになります。ですから「ブドウってどんなもの?」「キャベツ、ニンジン、きゅうりをまとめた言葉は?」ときかれてことばで説明ができないのであれば、さらに抽象的な概念である「農業」という学習をすることは難しいということになります。これがきこえない子の前に立ちはだかる『9歳の壁』です。

 

〇『9歳の壁』を越えるためには基礎概念からの積み上げが必要

抽象的思考とは、平たく言えば実体のないものや目には見えないことを理解したり、頭の中でイメージできる力です。同じ5年生の学習で算数では「百分率」を学習しますが、「百分率」というものを実際に目で見ることは不可能です。しかし例えば100円の商品を購入するとき消費税率が10%であればその商品は100円+0.1×100円であることは、頭の中でイメージできるでしょう。あるいは、A>B,BCの時、ACであるということが頭の中で記号を操作して理解できるでしょう。

モノに名前があることとは?1.jpg このような抽象的な思考の源をさかのぼっていくと、この「すべてのモノに名前がある」ことがわかる(=「同じ」を集めて分類しカテゴリーを作れる)というところに行き着きます。ここからスタートして、さらに年齢の進展とともに、比較の概念、空間の概念、時間の概念、因果関係の思考、仮定・推論の思考、比喩などの概念が育っていきます。いや、育てていくことが必要です。そしてこれらの力が、小学校以降の教科学習すなわち学習言語を支える力になるわけです。

モノに名前があることとは?2.jpg右のファイルは、「ものには名前がある」ことがわかった頃、あるいは「ものには名前がある」ことを知ったあと、さらに自分が知らないものを知りたいという欲求が生じ、新しく出会うのものについて興味を示している、2歳前後のきこえない子たちの事例です。手話で言語を獲得していくことで、きこえる子たちがこの年齢で示す言語発達・認知発達がちゃんと同じように可能になるということがこうした事例からもわかります。 

 

〇しかし、「ものに名前があることがわかる」ことはスタートでしかない

カテゴリーが括られていると②.jpgしかし、これはあくまでもスタートです。きこえる子たちは極端に言えばほっておいても自分でことばのカテゴリーを構築し概念を身につけていきます。しかし、きこえない子はそう簡単にはいきません。試しに、ファイルにあるような2つの質問をお子さんにしてみてください。聴児なみに応えられるのであれば問題ありませんが、もしこの質問にうまく答えられないのであれば、「ことば絵じてんづくり」をお勧めします。そのやり方はこのホームページの下記を参照してください。

TOPページ>日記・絵本・手話>ことば絵じてん nanchosien.com/10/1/ 

ことばのネットワークづくり.pptx.jpgまた、お子さんが年中・年長さん以上であれば「ことばのネットワークづくり」のワークで、お子さんの頭の中にあることばのカテゴリーと概念をぜひ整理してみてください。必ず語彙力アップにつながります。

TOPページ>論文・資料・教材>ことばのネットワークづくり

nanchosien.com/papers/cat33/

最後に、実際に「ことば絵じてん」づくりに取り組んで、大きく「絵画語彙検査」の結

ことば絵じてんに取り組んで.pptx.jpg果が伸びた子どもの例を紹介しておきます。


 

認知機能の発達.pptx.jpg初語の発生から初語の獲得に至る0歳後半期の「前言語期」といわれる発達の過程については以前に述べました(本HPTOP>発達の診断と評価>前言語期)。

その中で、言語獲得のためには認知機能の発達と社会的相互関係の発達がカギになるということも説明しました。そして、こうした機能の発達を促すために、添付ファイルのようなことに取り組むとよいと思います(あくまで例です)。そしてこのような活動を親子で楽しく行う中で通常は0歳後半には喃語が出てきます。難聴児の場合、補聴器装用が生後5,6か月までに行われていれば、聴力が概ね8090dB 以下の比較的聴力の軽い難聴児は音声の喃語が出てきますが、聴力が90dBあたりを越えると「手社会的相互関係.pptx.jpgのサムネール画像指喃語(しゅしなんご)」の場が多い傾向がみられます。以下はその例です(2017保護
者調査・木島より)

音声喃語(例)

 【A児・50dB,9カ月】 これまでは、ア、ウ、エ、ンだけだったが、『バババ』『パパパ』など濁音や半濁音がついた声を出すようになった。 

B児・80dB,1歳0か月】 『マンマンマ~』『バババ~』などの声を出す。

前言語期の発達支援目標.pptx.jpg★手指喃語(例)

C児・100dB,10か月】 

「手をパチパチ叩いたり、頬杖をつくようにほっぺを両手で触ったり、『無い』のように手を返してみたり、意味はなさそうだがいろいろな手の動きがみられるようになった」

D児・110dB手をにぎにぎする動作を繰り返す」(9か月) 「頭をパーの形でトントンしている」(11か月)

 そして、最初から手話を使っている場合、1歳前後には手話による初語が出てきます。これは聴力に関係なく初語は手話が圧倒的に多いです。(本HPTOP>発達の診断と評価>前言語期を参照)

 

初語の感動.jpgのサムネール画像初語はそれが音声であれ手話であれ親御さんには大きな喜びと感動を与えます。ここでは、初めての手話が表出されたときの保護者の感動を育児記録から引用しておきます。

 

 では、初語が出ればあとは次々とことば(含手話)が出てくるのでしょうか? いいえ、言語が本当に獲得されたといわれるまでにはもう少し時間がかかります。そこで今回は、初語が出てから、ことばが本当に獲得されたと言えるまでの発達の過程について書いてみたいと思います。

〇ヘレン・ケラーはどうやって「モノには名前がある!」ことに気づいたか?

 盲ろうの才女ヘレン・ケラーのことは皆さんもご存じの方が多いと思います。日本にも戦前に2度、戦後は1948年に来日し、「身体障害者福祉法」の成立に大きな影響を与えました。また彼女は、全国の盲・聾学校をまわって講演し、多くの人々を勇気づけ、当時の

IMG_20200306_0001.jpgのサムネール画像写真や記録などが今でも各地の聾学校に残されています。

ヘレン・ケラーは17か月の時に高熱の影響で視力・聴力を失いますが、69か月のとき家庭教師アニー・サリバンと出会い、徹底した個人指導によって言語を獲得し、19歳の時にハーバード大学ラドクリフカレッジに入学します。映画『奇跡の人』は1960年代に公開されましたが、この映画は、アニー・サリバンとの出会いから、「モノには全て名前がある」ということに気づくまでの約1か月間の経過を感動的に描いています。この映画のクライマックスシーンは、サリバンと庭を散歩している時、井戸水をくみ上げる手押しポンプからほとばしる水を掌に受けたヘレンが、もう一方の掌に「w-a-t-e-r」とサリバンに文字で綴られた場面で、このときはじめて「すべてのモノには名前がある」ことに気づきます。その時の感動をヘレンは自伝の中で次のように書いています。

「突然、まるで忘れていたことをぼんやりと思い出したかのような感覚に襲われ・・この時初めて、w-a-t-e-rが、私の手の上の流れ落ちる、このすてきな冷たいもののことだとわかったのだ。」(『ヘレン・ケラー自伝』,新潮文庫,34頁)

 つまり、モノには名前があるということをこの時に初めてヘレンは理解したわけです(正確に言うと2歳前に失聴して失われていた感覚が5年たってよみがえった)。では、その前はヘレンはモノに名前があるということはわからなかったのでしょうか? 記録によると、ヘレン・ケラーはいくつかの特定のモノに対して、例えば人形に対して「d-o-l-l」と指文字(ヘレンはサリバンに触指文字を教えられその記号を習得していました)で綴ることはありました。しかし彼女は、別の人形に対しては「d-o-l-l」と綴ることはしなかったのです。もしモノに名前があることがわかり、名前とは似たもの同士のモノに付けられた記号だということが知っていたら、多少の違いはあってもどの人形にも「d-o-l-l」と綴ったでしょう。それをしなかったのは、彼女は特定のモノに対応してある種の記号(ここでは「d-o-l-l」)を対応させるということはわかっていた(これも、あるものが別のもので表されるという意味で「象徴機能」の一種です)けれど、だれにも通ずる一般化された「言語」としてはまだ習得されていなかったということです。言い換えるとモノの名前はある類似性をもったものの集まり(カテゴリー)につけられた名前だということを「w-a-t-e-r」の体験をするまでは気づかなかったということです(これに気づくことが誰にも通じる象徴機能である‟言語獲得")。

 

〇それから、「語彙の爆発」が始まった

そしてこの体験をした直後、その日のうちに30くらいのことばを一気に覚えたとサリバンは書いています(『ヘレン・ケラーはどう教育されたか』)。以後、ヘレンは、沢山のモノの名前を知りたがり、周りの人に自分の知っていることばを教えたがるようになります。いわゆる「語彙の爆発」が始まっていったのです。

 

〇聴児や先天性難聴児の場合は?

ヘレン・ケラーの場合は、17か月で失聴・失明ということもあって、非常に劇的に610か月の時に、モノには名前があるということが思い出されたのだろうと思います。では、きこえる子ども(聴児)の場合はどうでしょうか? きこえる子の多くは1歳前後に初語が出て(もちろん個人差も大きい)、その後の数か月間は、例えば「わんわん」を犬だけでなく猫などにも対応づけてしまうなどのことがよくあります(「過剰般化」)。カテゴリーの基準がまだよくわかっていないからです。以下の例は、難聴児の手話での過剰般化の例です。

 【事例G110か月】

Gはモノが落ちた時、手話で「しまった」の表現をよく使う。哺乳ビンが落ちて「しまった」、本が落ちて「しまった」と、「落ちる=しまった」と思っているらしい。今日、パパが作ったうさぎの折り紙(上から落とすと耳をパタパタさせながら回転して落ちてくる)が上からパタパタと落ちてきたとき、やはり「しまった!」とやっていた。

 

しかし、2歳くらいになるとこのような間違った対応づけも少なくなり、モノの名前とは似たモノ同士のモノ(カテゴリー)につけられた名前であるということがわかってきます。

 ではこの発達の過程は、きこえない子(難聴児)の場合ではどうでしょうか? 一般的に難聴児の「音声言語」での初語は2歳前後と聴児とは1年くらいの差が生じます(補聴器や人工内耳をしても感音性難聴ゆえに音声は歪んだ音の塊としてしか入力されませんから、音声言語の音韻が認識されるまでにはそれなりに学習の時間が必要です。例えば「イヌ・いす・行く」の区別は単に単語だけきいても、いくら音量をあげても明確には区別できません)。

しかし、手話は、その子が「見えてさえ」いれば、手の形や動き(=手話の音韻)の弁別は100%可能ですから言語として認識され発達していきます(2017年保護者対象の調査と保護者育児記録からきこえる子の音声言語の発達過程と難聴児の手話の獲得過程は基本的には同じというがわかっています)。

 

〇「モノには名前がある」ことがわかるようになるまでに必要なこと

1状況依存語・同時模倣.pptx.jpgのサムネール画像初語が出て、その後しばらくの間は単語だけの時期が続きます。そして、その単語はまだ特定の場面や状況と結びついた「記号」的(ラベリング)な意味合いが強いです(「状況依存語」)。例えば【事例H】の「ぞう」は、置物の象だけを意味している名前ではなく、本来は絵本やテレビに出てくる象も含めての「ぞう」です。「モノに名前があることがわかる」ということは、実物の象も置物の象も絵本やテレビの象も「ぞう」という括りをもったある種の動物につけられた名前だとわか2写真カードの使用.pptx.jpgるということです。これが「言語」です。1歳頃の子どもは、「ぼうし」とは自分の帽子のことだと思っていてママの帽子は「ぼうし」ではないと思っていたりすることがあります。また、「わんわん」と覚えたら猫もぞうも動物全てに「わんわん」と使ったりすることもあります。このようなことばの使い方を本来の意味での使い方にしていくためには、生活の中でことばを使う経験を豊かにし、また、さまざまな象徴機能を高めていくことが必要です。例えば、1~3歳頃に次のような活動3ごっこ・再現あそび.pptx.jpgをたくさんするとよいでしょう。

①まねっこ遊び(同時模倣)をする→【事例I

②写真や絵カードを使う→【事例J

③ごっこあそび・再現あそび→【事例K

④色や形の名称→【事例L,M

⑤同じ・違うなどのマッチングや分類→【事例N,O

4色を探そう!.pptx.jpg⑥対概念→【事例P,Q

⑦絵本の読み聞かせ【事例R

⑧描画

など、いろいろなものを他のいろいろなものに見立ててあそぶという象徴機能を高める活動をたくさんするとよいでしょう。

 

5同じをみつけよう!.jpg

6対概念に気づく.pptx.jpg






7絵本の読み聞かせ.pptx.jpg

〇「語彙の爆発」へ

 このような経験の積み重ねの中で、子どもはやがて自分で、ことばは特定の場面・状況と切り離して使えるとか、似たモノの集まりにつけられた記号がことばなのだといったことを発見していきます。そしてこの段階に達すると、今度は発見した規則性や仕組みを使って新しいことばの意味を推論し急激に言葉の数を増

語彙爆発事例.pptx.jpgやしていくわけです(「語彙の爆発」)。この段階に入ると、語彙がどんどんと増えていきます。ここに達するまでには通常、初語の表出から半年ないし1くらいかかります(2017調査では語彙の爆発が観察された20名中10名の開始年齢平均は19.4カ月)。また、2語文の表出もこのころから始まります。最後に、初語獲得からことばに名前があることがわかるまでの時期の発達支援目標をまとめておきます。


手話の語彙爆発.pptx.jpg象徴機能を高めるための支援目標.pptx.jpg

 

 



〇誕生から生後半年頃まで(0歳前半の頃)

 新生児聴覚スクリーニング(以下、新スク)が普及し、生後半年頃には相談機関を訪れる保護者が増えてきました。「せっかく早く発見できたのだから、早く教育を開始してほしい」というのが親の願いでもあるのですが、この時期は聴覚器官の発達もまだまだ未熟で、誕生時から生後半年くらいまでは、視覚・触覚などあらゆる感覚を含めて赤ちゃんは、自分の感覚器官をフル回転させて人を含めた環境と関わっていく時期(感覚運動期)ですので、早く補聴器を装用すれば早く聴覚が発達してきこえる子に追いつくということではありません。

 

〇聴覚・発声機能の発達

きこえる赤ちゃんは、すでに出生前よりお母さんのおなかの中で母語のリズムやイントネーションのパターンをききわけ、記憶していくと言われます。そして、誕生直後の0か月ですでに母語と他言語を聞き分けると言われています。通常、誕生後の聴覚・音声の発達過程は、以下のような過程を経ていきます。

 

・1か月頃・・・クーイングアー」「クー」という声を出す。

・2か月頃・・・過渡期の喃語「アーアー」が出る。(子音の要素はまだない)

・4か月頃・・・母音あ、い、う、え、の音素カテゴリーが形成される。

・6か月頃・・・子音、n、の音素カテゴリーが形成される。 音素カテゴリーの形成.jpgこのころ、日本語を母語とする赤ちゃんは「l」と「r」の区別ができなくなる(日本語の「ラリルレロ」ではこの「l」と「r」の子音の区別はしないので、日本語を母語とする赤ちゃんはこの区別ができなくなっていきます)。

・8カ月頃・・・規準喃語(バババ、パパパなど子音が含まれた喃語)が出る。この喃語がやがて音声日本語のことばの発語(初語)につながる。

 

〇きこえない子の聴覚・音声機能の発達

 きこえない子の場合は、きこえる子と同様に過渡期の喃語までは出ますが、子音の音素カテゴリーは形成されないと言われています。きこえない赤ちゃんの場合は、「アーアー、 手指喃語の発生.jpgウーウー」と言っていた「過渡期の喃語」はきこえる赤ちゃんと同じに出るのですが、生後7~8カ月頃の子音を伴った「規準喃語」には発展せず、その代わり手をひらひらさせたりする「手指喃語」に発展すると言われています。(武居渡1997

 ただ、この言い方は正確ではありません。生後、5、6カ月より補聴器を装用したきこえない赤ちゃんのうち、比較的聴力の軽い赤ちゃん(ほぼ聴力90dB以下)は音声の喃語も観察されること 喃語・初語の獲得時期.jpgがあるからです(木島2017)。木島が保護者21名から聞き取った調査では、聴力90dB以下の赤ちゃんには音声の喃語が出ていたと報告するお母さんがみられました。ただ、手話も併用しているので、この音声喃語は音声初語につながるよりも前に、どの赤ちゃんも聴力にかかわらず、手話の初語のほうが先に出現していました。音声言語より手話のほうが早く獲得されることは、きこえない子には一般的に観察される事実ですし、きこえる赤ちゃんでも音声言語の初語が出る前にベビーサインを使って会話するとよいと言われることからも理解できます。また、手話の初語が出る時期は、ほぼ1歳前後で、きこえる子の音声言語初語の出現時期とだいたい同じでした。

 

〇初語獲得前(前言語期・0歳後半期)にみられる発達は?

 では、初語つまり言語が獲得されるためには、どのような発達の高まりや伸びが必要なのでしょうか? ここでは、その発達的前提について考えてみたいと思います。

 

〇言語獲得のための二つの大切な発達

★認知発達的基盤(象徴機能)

生後、5か月くらいになると、記憶する力が発達してきて、自分が経験したことを覚えているようになります。さらに8~9か月頃になると、時間・場所・人などを含めて過去の出来事をちゃんと記憶していて(エピソード記憶)、知らない人や初めての場所では不安になったりします。いわゆる「人見知り・モノ見知り」です。ことばの発達にとって大事な記憶とかイメージがもてるなどの認知的な基盤が整ってきます。これを別のことばでいえば「象徴機能の発達」といいます。この頃「写真カード」などがコミュニケーションの道具として使えるようになってきます。

ことばはものごとの意味を、なんらかの記号であらわしたものです。例えば日本語での「し・ん・か・ん・せ・ん」という6つの音のつながりは、新幹線の実物とは本来なんの関係もありませんが、実物の電車を表すという約束ごとです。しかし、手話の「新幹線」は新幹線の先頭部分を象徴的に表したシンボル性(=写像性)をある程度もっています。そういう点でも手話はきこえない子にとっては獲得しやすい言語だといえるかもしれません。「食べる」「飲む」「歩く」などはそうです。ただ、「ありがとう」「ごめんなさい」など写像性のあまりない手話ももちろんあります。

★社会的相互関係基盤 言語発達の発達的基盤.jpg

また、誕生以来続いてきてお母さんとの心地よい関係もますます強固になっていくと、大好きなお母さんがすることに関心を赤ちゃんも関心を示すようになり、お母さんが指さしたものの見るとか、子どもが何かを指さしてお母さんに知らせるといったいわゆる共同注意」とか「三項関係」といわれる関係築かれていきます。言語は人と人が何かを共有し伝え合うためのものなので、この共有関係が成立しているかどうかは、ことばの出現にとっては非常に大切なことです。

木島が2017年にやった保護者アンケート調査でも、手話の初語がみられた21名全員に、初語出現(平均11.4カ月)の前に「共同注意」が観察されています

 また、音声言語の初語は、90dB以下の子の62%にみられ、その平均月齢は13.4カ月で、手話初語の出現からやや遅れる傾向がみられました。なお90dB以上の子では、音声初語の出現は38%の子に観察されました。

 

〇前言語期の発達評価の観点

  前言語期といわれる0歳後半期の発達はどのようにみていけばよいでしょうか? この時期は、上図にも示したように、0歳代前半の感覚機能が発達してきて、さらにその上に、言 前言語期発達評価の観点①.jpg語獲得のための発達的基盤が形成されてきているかをみます。そこで、以下の4つの観点に分けて子どもの発達をみていくとよいと思います。

 

①感覚運動機能の発達・・・周囲のものへの興味や関心、またモノを扱う操作性が育っているかをみます。

②社会的相互関係の発達・・・日常生活場面での人との関わりややりとりを楽しめる力が育っているかをみ 前言語期発達評価の観点②.jpgます。

③記憶・認知・象徴機能の発達・・・自分の経験を頭の中にイメージ(表象)して再現できる力が育っているかをみます。

④伝達・表出機能の発達・・・身振りや動作、あるいは写真カードなどを使って相手に自分の思いを使えようとしたり、手話・音声言語などを使って伝えようとする力の育ちをみます。

 このような観点からみることで、今まだ、ことばが出ていない子どもであっても、どのような段階まで成長しているのかがわかります。

 

┃難聴児支援教材研究会
 代表 木島照夫

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