J.coss
受動文は、日本語ではごく自然に用いられ、私たちにとってはなじみ深い表現の方法です。幼児でも兄弟げんかで弟が「兄ちゃんにぶたれた~」などと泣いているのを見かけたりしますし、私たちも「雨に降られてびしょびしょだよ」などとしばしば使います。また、教科書の中でも受動文はほぼどの出版社の教科書にも小1から出ています。しかし、受動文の使い方はけっこう複雑です。大きく分けると直接受動文(受身)と間接受動文(受身)があり、前者が通常の受動文です。直接受身とは「~を」をとる文(例「兄が弟を叩いた」)と「~に」をとる文(例「母が私に言った」)とがあります。一方で先にも引用した「雨にふられた」という受動文は能動文にすると「雨がふった」で、「を」も「に」もとりません。自動詞だからです。直接受身は英語の受身にもありますが、自動詞が受身になるのは日本語特有のもので「間接受身」と言い、「迷惑」という意味が含まれます。教科書の中にも登場しますが、小1の教科書ではまだ出てきません。(例えば「スーホの白い馬」小2下・光村図書などに出現)以下、各教科書の初出箇所をみてみましょう。( )内に能動文も対比的に書いてみます。
①光村図書(1年上)「たぬきの糸車」⇒「わなになんかかかるんじゃないよ。たぬきじるにされてしまうで。」(⇔能動文「(だれかが)(おまえを)たぬきじるに してしまうで」)
②教育出版(1年上)「だれが、たべたのでしょう」⇒「まつぼっくりがおちています。まわりだけが、かじられたものもあります。」(⇔能動文(だれかが)まわりだけを かじったものもあります。)

④東京書籍(1年下)「いろいろなふね」⇒「いろいろなふねが、それぞれのやく目にあうように つくられています。」(⇔能動文「(だれかが) ふねを それぞれの役目に あうようにつくっています。」)
⑤学校図書(1年下)「めだかのぼうけん」⇒「田んぼの水は、たいようのひかりで、すぐにあたためられます。」(⇔能動文「たいようのひかりが 田んぼの水を すぐにあたためます。」)
これらの使い方をみると、いずれも能動文は「~を」をとる直接受動文で、それぞれどの文も主格(主語)について何かを述べたいときに受動文のかたちで使われているということがわかります。ただ、どの文も能動文にすると日本語としては不自然です。とくに④などは、主語を明示すると明らかにおかしくなってしまいますし、筆者としては「船とは一般的にそういうものだ」という意味で使っているので、それにそぐわない文になってしまします。日本語では行為・動作の対象となる語を主格にもってきて、主格について言いたいことを受動文であらわすのが自然なのです。
〇受動文をきこえない子はどう理解しているか?

右の資料は、ある聾学校の小1児童のJcoss(日本語理解テスト)の結果です。受動文の問題は4つあり、この4つ全部正解の時、「通過」と評価しますが、1年生12名のうち受動文の問題を通過(4問正解)した子どもは2名、あと1問できれば通過という子も含め

そして児童の誤り方の特徴をみると、半分近くの児童が受動文を能動文(平叙文)として理解してしまっていることがわかります。というか、文とはふつう、この問題文で例えれば「馬が 女の子を 追いかけています」という言い方が当たり前で、この文の表すところを「女の子」の立場から表現できる(視点を転換する)ということがまだよくわかっていないということです。
では、子どもたちはどのようにこの文を読んでいるのでしょうか? 実はこれらの児童は、助詞もまだよく理解できていません。また、名詞「馬」「女の子」は理解し、動詞「追いかける」の基本形もだいたい理解しているようですが、受身の言い方はわかっていません。ですから、わかる単語「馬」「女の子」「追いかける」を手掛かりにして絵から推測して読んでいます。「馬、女の子、追いかける」と順に読めば(語順方略)、子どもの頭の中に浮かんでくるのはやはり①だろうと思います。
また、もう一つ難しいことがあります。それは上にも少し述べましたが、受動文(授受文、使役文もそうですが)は、同じことを立場を変えて言っているという「他者の視点」がもてないと理解ができない文だということです。「誰のことを言おうとしているのか」という関係の変化・視点の転換ができないと理解が難しいのです(これはきこえない子が、なかなか「自己中心的な視点」から脱してなかなか他者の立場からの見方を理解できないこととも関係していると思われます)。
〇受動文の指導はまず直接受動文から

*動詞の活用については以下を参照
*本ホームページTOP>日本語文法指導>文法指導の順序>動詞・形容詞等の指導
nanchosien.com/09/09-1-1/09-2/

*『絵でわかる動詞の学習』1,700円,
難聴児支援教材研究会発行
本ホームページTOP>出版案内⑥>日本語のワーク>「絵でわかる動詞の学習」
nanchosien.com/publish/cat58/post_23.html


前回、助詞や動詞の活用が習得されていない時、子どもはどのように文を読んでいるのかお話ししましたが、今回はその続きで、位置・空間関係の語が未習得のときと文の構造とくに名詞修飾のしくみがわからないときに子どもはどう文を読んでいるのかについて書きたいと思います。
(1)位置・空間用語や助詞がわからない時の子どもの文理解の仕方~J.cossNO12「位置詞」
この項目は、例えば「メガネは 箱の そばに あります」というときの、ものの位置関係をあらわす「そば」という語が理解されているかどうかということがひとつあります。ものとものとの位置関係を表すことばは、一般的にきこえない子は苦手で、例えば「そば・淵・となり・よこ・ななめ・近く・遠く・前・真ん中・うしろ・左・右・まわり・あいだ」などの語を生活の中で使って身につけていく必要があります。
また、もの同士の関係は相対的な位置関係なので、これにも前回述べた「視点の転換」が関わってくることがあります(例えば自分の右にいる人がBさんとすると、自分はBさんの左にいることになり、この相対的な関係性の理解が難しい)。
さて、J.cossの「位置詞」では、位置関係の用語よりもむしろ助詞「は(が)・を・の・に」が理解できているかが大きな要素です。では助詞のわからない子たちは、どのように文を読んでいるのでしょうか?

しかし、「鉛筆は 箱の上に あります」の場合は、上記のような丸と四角といった抽象図形同士の関係ではなく具体的なモノの絵なので、子どもは絵を手掛かりにして(こっちのほうが自然だし、あり得るかなあ)という印象で判断することが多いです(不自然さの多い絵は選ばない)。
もし、前述したような思考を忠実に行ったとしたら、子どもの解釈は(鉛筆についていえば、「箱が 上に ある」んだ)という判断になるはずです。しかし、箱の下に鉛筆が潜り込んでいるのは(絵としてなんかヘン)→(正答ではないだろう)と考え、箱の上に鉛筆が載っている絵を選ぶ傾向が強いです。そのほうがありそうですから。そして結果として正答にはなりますが、文が正確に読み取れたわけではありません(抽象図形の位置関係より、具体的なモノとモノとの関係の絵のほうが正答率が確かに高いですが文から判断したのではなく絵から直感的に判断したと思われます)。
(2)複文がわからない時どう読む?~J.cossNO13「主部修飾」とNO17「述部修飾」で使う方略
次に、一つの文の中に単文構造の文が複数入っている複文ですが、こうした長い文はまず単文単位に助詞ぬきで読むことが多いです。例えば、NO13「主部修飾」の場合はどうなるでしょう? 「馬を 追いかけている 男の子は 太っています」では、助詞抜きで

名詞の前にあるフレーズは、「名詞修飾用法」と言い、その名詞を詳しく説明するときに、名詞の前に修飾句をもってくるのが日本語の特徴ですが、このしくみ(文法)がわかっておらず、助詞がわからない子たちはこのような方略を使って文を読み解釈します。
○J.cossNO17「述部修飾」でもこの方略が使われます。


右の図の例文「鉛筆は黄色い本の上にあります」を「鉛筆は黄色い。本の上にあります」と解釈したとして構文図に書き入れると、述部に「黄色い(形容詞)」と「「あります(動詞)」の二つが並置されることになります(下・左図)。しかし、一つの文の中に述部は最後に一つだけくるのがルールですから、途中にある「黄色い」の位置が間違っていることは明らかです。では、「黄色い」はどこに持っていけばよいでしょうか? これは、「本」の前にもっていき、本を修飾する名詞句と考えるしかありません(下・右図)。

〇子どもの読みの方略を知れば誤り方の指導ができる
J.cossについて、助詞や動詞の活用、複文(名詞修飾)構造など、文法がわからないとき子どもはどのような方略をとっているのかみてきましたが、このように分析ができると、なにをどう指導すればよいのかがわかります。とくに文の理解には助詞が大きくかかわっていることがわかります。ではそのためにどういった指導をすればよいのでしょうか? 助詞を指導するノウハウを明示したテキストは、本会発行の『きこえない子のための新・日本語チャレンジ』が日本で唯一のテキストです。ただ、学習にあたっては子どもだけにやらせておいても助詞は身につきません。大人(指導者や保護者)がまず助詞についてよく理解し、子供と一緒にテキストを使って学習していくことが必要です。教科書に出てくる文がまだ比較的簡単な1,2年生のあいだに助詞がわかるようになればベストです。そのアセスメントのためにはまず「助詞テスト」をやってみてください(TOP>発達の診断と評価>助詞テスト参照)。助詞テストで80点以下なら助詞の意図的な指導が必要です。
前回、J.cossの中で、きこえない子が苦手な文法事項として、「可逆文」「格助詞」「位置詞」「比較表現」「受動文」「複文(主部・述部修飾)」などがあると書きました。では、なぜ、これらの項目が苦手なのでしょうか? それには以下のような5つの理由があります。
1つ目は、助詞が未習得
2つ目は、動詞の活用が未習得
3つ目は、視点の転換が難しい
4つ目は、位置・空間関係用語が未習得(語彙の問題+助詞)
5つ目は、文のしくみがわからない(とくに名詞修飾のしくみ)
きこえない子が文を読めないという時、語彙(量と質=概念の両方の不足)の問題のほかに文法的な課題があり、その躓きの有無を明らかにしてくれるのがJ.cossです。今回は、助詞、動詞の活用、視点の転換の3つについてみてみます。
(1)助詞がわからない時の子どもの文理解の仕方~J.cossNO7「置換可能文」
助詞がわからない時、子どもは文をどう読んでいるのでしょうか? 当然、助詞抜きで、わかる単語だけを手掛かりにして読みます。そうすると、どのように読むでしょう? 前回書きましたが、「たろうが、ラーメンを 食べる」でしたら、助詞わからなくても頭の中にイメージを浮かべることができます(J.cossNO6「3要素結合文(非可逆文)」の問題パターン)。なぜなら「ラーメンが太郎を食べる」ということはあり得ないことなのでそのようなイメージは子どもの頭の中には浮かばないから)
しかし、「太郎、(助詞?)、花子、(助詞?)、叩く」の場合は、助詞がわからないと、どちらがどちらを叩いているのかイメージできません(J.cossNO7「置換可能文」の問題パターン)。両方あり得るからです。
そこで子どものとる方略は、どちらに助詞「が」がついているかではなく、「花子、叩く」と、述部に近いほうを述部の主語(動作主)と理解することが多いです。
〇J.cossNO15「比較表現」で使う方略

したがって指導方法としては、述部の主語となるのは、「が」や「は」がついていることば(文末のことばと仲良しになれるのは「が・は」のくっついたことば)だと教えます(線で結ぶ)。この文で言いたいことは「赤鉛筆は長い」ということであって、そのために青鉛筆が引き合いに出されているだけなのです。(注:江副文法では「より」は助詞というより数量や比較を表す「時数詞」と同じ性質をもつ語=「時数詞構成語」として扱います。これについてはこのカテゴリーの下の方をご覧ください。(⇒J.coss~「比較表現」の指導)
(2)動詞の活用がわからない時の読み方~J.cossNO5「否定文」
動詞の活用の否定形(「~ません」)がわからないと否定の意味が肯定の意味になってしまいます。ここで子どものとる方略は、否定形も肯定形として読むという方略です。つまり肯定形しか知らないから肯定形として読んでいるのであって、否定形がわかればこの誤りはなくなります。この指導については、⇒TOP>日本語文法指導>文法指導の順序>動詞形容詞の指導をご覧ください。
〇J.cossNO14「受動文」で使う方略

もう一つは、B・C・H・I児4名の誤答パターンで、この子たちは、動詞「追いかける」「押す」を知らない子どもたちです。つまり動詞の語彙不足です。動詞語彙の拡充の指導については以下を参照してください⇒TOP頁>論文・資料・教材>絵でわかる動詞の学習
〇視点転換の難しさ

また、もう一つかわるものがあります。それは視点の転換です。能動文では、主語は太郎にあったのですが、受動文での主語は花子です。誰について言っている文なのかが違うのです。きこえない子は自分のことは語れるが、自分以外の他者のことを語るのは苦手とよく言われます。なかなか他者の立場に立って物事を考えることができないのです。そこで、まず自分以外の他者の立場に立った言い

それから、動詞の活用を学習するためには、表のような動詞活用表と例文作りの学習が不可欠です。参照⇒TOP>日本語文法指導>文法指導の順序>動詞形容詞の指導

J.coss(ジェイコス)を難聴児にどのように使えばよいですか?という質問が、難聴児を指導しておられる方からありましたのでお話ししたいと思います。
〇J.coss検査のしくみ

ファイルの例に示すようにこの検査は、20の文法項目があり、それぞれの文法項目の中には4つの問題が配置されています(20×4=全問題数80)。問題文を読んで(幼児なら読んでもらって)その文に合う絵を4つの絵のうちから1つ選びます(4択)。各項目の中の4問が全部正答の時、その文法項目は「通過」とみなします。3つ正答では「通過」にはなりません。4問全問正答時のみ通

〇J.cossの効用と限界
この検査のメリットについてです。この検査の適用年齢は3歳(2歳児クラス)~65歳となっています。難聴児でも3歳幼児(乳幼児2歳クラス)から使うことができます。J.cossは音声日本語や文字・指文字日本語で問題提示をすることが基本ですが、日本語ではまだわからないけれど手話ならわかるとい

一方この検査の限界ですが、この検査で測定できる日本語の力としては、小学校3、4年生くらいまでの日本語の文法力です。つまり、3歳から9,10歳くらいまでの日本語の語彙・文法力を測定するのに適した検査ということになります。ということは難聴の幼児から小学生あたりの日本語力を測定するにはこの検査はとても使いよいということになります。それがJ.cossが全国の聾学校や難聴学級で広く使われるようになった理由だろうと思います。
J.cossの問題構成
(1)1項目めから6項目めまで(単語レベル・語連鎖レベル)
Jcossの最初の1~3項目は単語の問題で、①名詞、②形容詞、③動詞となっています。いずれもごく基本的な単語なので、聴児なら年少児でこの3項目めまでは通過できます。
さらにそのあとは④二語連鎖(二語文)の問題です。そして⑤は二語の否定文です。動詞が否定形になっているので、動詞の「~ません」という活用がわからないと通過できません。難聴児の最初の難関です。そのあと⑥は3要素結合文(3語文)です。ここでの問題は、実は助詞がわからなくても単語がわかれば正答できる問題になっています。例えば「子どもがご飯を食べる」。この文では助詞「が」「を」がわからなくても「子ども、ご

(2)7項目め~20項目め(文法レベル)
7項目め(年長レベル)以降が、本来の文法の理解度を調べる検査です。⑦~⑳の問題は、助詞や接続詞の理解、動詞の活用の理解、構文のしくみなど日本語の文法を習得していないと正答できない問題です。
その最初の7項目めに配置されている問題は、「太郎が(は)花子を叩く」といったタイプの文です。このタイプの文は、助詞がわからないと正答できない問題です。「太郎、花子、叩く」という単語の理解だけでは、どちらがどちらを叩いたのか区別できないからです。このようなタイプの文を⑦「置換可能文(可逆文)」と言っています。意味的に逆もあり得るという意味です。
聴児の年長児では、日常生活の中で会話を通して自然にさまざまな語彙や動詞の活用、助詞などの文法を身につけ、⑦~⑨あたりまで通過します。つまり、就学の頃までにこのあたりまで通過していれば、小学校1年生に入学して、国語の教科書を自分で読んでだいたい内容がわかるレベルに来ていると言えます。それゆえに、7項目以上通過は難聴児の就学時到達目標と言ってよい目標と思います。
〇難聴児の苦手な文法項目は?

J.cossの問題の中で難聴児が苦手とする項目がいくつかあります。それは以下のような項目です。
1.格助詞(J.coss⑦,⑲)・・・「が、を、に、で、の、と」などの理解
2.位置詞(同⑫)・・・あるものとあるものとの位置関係の表現(例「メガネは箱の【上・中・下】にある」)
3.比較表現(同⑮)・・・あるものとあるものの大きさなどを比較する文(例「テレビはスマホより大きい」)
4.受動文(同⑭)・・・動作を受ける側が主語となる文(例「太郎は 花子に 叩かれた」)
5.複文(主部修飾・述部修飾同NO⑬、⑰)・・・名詞修飾を伴う複文(例「鉛筆が中にある筆箱は重い」「鉛筆は黒い筆箱の中にある」)
また、J.cossにはありませんが、「使役文」(例「母が子どもに机の片づけをさせた」)や「授受文」(例「太郎が花子にチョコをあげた。花子が太郎にチョコをもらった。太郎が私にチョコをくれた」)なども苦手な文のひとつです。
では、なぜ難聴児はこのような項目が苦手なのでしょうか? また、苦手な項目を克服するにはどのように指導をすればよいのでしょうか? その具体的な方法については次回に書きたいと思います。
〇小学生の到達目標は?
J.cossの聴児の平均通過項目数をみると、小4~6年では平均17項目程度で止まっています。高学年の聴児なみのレベルとは17~18項目通過くらいのようです。
右のグラフに示すように、現在大学生になっている、ある公立聾学校小学部卒業生19名(2010~13年卒業生34名中)の小学生時代の通過項目数をみると19人の平均が18項目に


Jcoss(ジェイコス・日本語理解検査)の中に「比較表現」という文法項目があります。例えば「犬は ねこより 小さい」「えんぴつは ものさしより ながい」といった同様なパターンの問題文が4つあり、その4つとも正解のとき、
「比較問題」は「通過」という評価をします。子どもが「通過」する割合(通過率)を聴児と聴覚障害児で比べると、聴児の場合は低学年(1・2年生)で70%の子が通過しますが、聴覚障害児では10%程度に過ぎません。このような何かと何かを比べる、何かと何かの関係を考えるといった思考は、聴覚障害児が最も苦手とするところで、「受動文」(する、される)とか「授受文」(あげる・もらう・くれる)なども苦手なもののひとつです。とは言ってもやはり教科書の中には、このような文は出てきます。(右図「スイミー」光村図書より)
子どもの回答パターンで非常に多いのは、例えば「犬は 猫より 小さい」であれば、
「小さい」に近いほうの単語すなわち「猫」が「小さい」と結びつけて理解するパターンです。このような子どもは、まだ
では、この比較表現をどう指導すればよいでしょうか?
「より」は、国文法では格助詞に分類され、一つは「正門より入る」といった起点「~から」と同じ意味があります。もう一つは、比較するときに使います。
右図にある例文「犬は猫より大きい」は、述部が形容詞で終わる「形容詞文」です。『日本語チャレンジ!』(51頁)にもあるように、文の最後が形容詞で終わる「形容詞文」には、基本の文型は2つあり、「Bが大きい」「太郎が正しい」「水が冷たい」などのいわゆる「主語+述部(形容詞)」の第1文型と、もう一つは「太郎はパソコンに詳しい」「次郎はゲームに熱心だ」「花子は地理に疎い」など「~に」を必要とする「主語+~に+述部」の第3文型の二つです(「太郎は詳しい」だけでは何に詳しいのかがわからないので「詳しい」という形容詞には、「~に」にあたる情報がもう一つ必要です)。
さて例文「犬は 猫より 小さい」の基本文型は、「犬は 小さい」でほかに情報を必要とせずこれだけで意味的に成り立つので第1文型(主語+形容詞)です(「犬は ~に 小さい」とはなりません)。つまり、この例文で最も言いたいことは「犬は小さい」ということであり、「猫」は、あくまで「犬は小さい」ということを言いたいがために、その比較の対象として持ち出された文を詳しくする「情報」と考えればよいわけです。
そこで、この比較表現を扱う前に、まずこの形容詞文をしっかりと練習することです。
「お湯は 熱い」「水は 冷たい」「りんごは 赤い」「馬は 速い」「熊は 強い」等々。そのうえで、「犬は 小さい」に「~より」という情報を加えます。
この基本がわかれば難しい構文ではありません。
因みに江副文法では、「より」を『時数詞構成語』とよんでいます。時数詞とは、期間や範囲をあらわす名詞で、「明日」「来年」「3時」「春」「夕方」などがあり、これらは「明日、行きます」「夕方、雨が降った」のように助詞を省略した使い方が可能です。
『時数詞構成語』とは、時数詞と同様な性質をもったことばで「~より」(3時より開始)、「~だけ」(一つだけちょうだい)、「~から」「~まで」(朝から晩まで)、「~くらい」(3分くらいしたら開けて)、「~ずつ」(一つずつ配る)、「~ながら」(食べながら飲む)、「~ばかり」(5分ばかり行くと)、「~きり」(一つきりしかない)などがあり(ほかにもあるが省略)、これらの「時数詞構成語」は、「時数詞」と同様に期間・期限・数量・範囲などをあらわします。
また、「時数詞構成語」のカードの空欄に入る語は、名詞だけでなく、動詞も可能です。例えば「食べるより 飲む方が いい」など。またついでですが、例文「およぐの」は、『名詞構成語』で、動詞に「の」がつくと一つの名詞として扱うことができます。
この検査は、日本語版は上記の検査名ですが、元は英国で開発された検査の日本語版で、Japanese test for comprehension of syntax and semantics これを略してJcoss(ジェイコス)と言っています。
この検査では、日本語の語彙と文法の力を調べることができますが、日本語版を作成するにあたって、3歳の幼児から小学生まで390名の幼児・児童を使って標準化されており、このテストも3歳から小学校高学年(ほぼ4年生)までの日本語語彙・文法の理解力を調べることができます。
ということは、その範囲の日本語理解力を測定できるということですから、それ以下やそれ以上の日本語語彙・文法力は調べることができないということにもなります。
しかし、3歳から小学校高学年の語彙・文法力の範囲であれば、聴覚障害の幼児・児童はもちろん、その範囲にある中学・高校生、成人でも調べることができます(聴覚障害だけではなく、発達障害児・者、失語症成人などについても適用されています)。
さて、聴覚障害児の日本語語彙・文法力はこれまでどのように測定されてきたのでしょうか? 語彙については「絵画語彙検査」「抽象語理解力検査」、文法力に関しては「失語症構文検査」(1990年代~)など標準化された検査がありますしそれなりの効用はあります。
ただ、1970年代からあった検査は「読書力検査」(Reading Test)だけで、語彙力、文法力、読解力なども含めてある程度総合的に、また集団で実施できる検査として聾学校では「読書力検査」が用いられてきており、その検査(低・中・高学年用)の中に含まれている文法事項によって文法力を調べてきました。しかしこの検査は、小学校以上の各学年で学ぶ文法事項から作成されており、幼児から小学生まで一貫した同じ検査項目を用いて測る検査ではありません。そうした点で、幼児から小学校高学年まで共通した項目によって、短時間に効率よく測定できる検査(小学生では集団で実施可能)として、最近はよく聾学校でもJCOSSが用いられるようになりました。
そして、毎年1回同じ時期に実施することによって、その子どもの日本語語彙・文法力とその伸び具合が把握できます。また、個々の検査結果を分析し、その結果を保護者に返すことで、日本語語彙・文法の習得の課題が明確になり、保護者にとっても取り組みの励みになることが多いです。
〇Jcoss検査の構成と評価法
そのJCOSSの検査の内容ですが、まず、語彙・文法項目が「名詞」「形容詞」「動詞」「2語結合文」・・・と全部で20の項目にわかれていて、それぞれの項目には4つの問題が配置されています。各問題は、一つの問題文があり、その問題文を読んで、それに当てはまる絵を4
つの絵の中から選ぶ4択方式になっています。そして、1つの項目に配置されている4つの問題が4つとも全部正解のとき「通過」とみなします。3つだけ正解では「通過」となりません。ここがこの検査の最大の特徴で、4択によって「たまたま当たる」確率から生じる誤差をできるだけ排除する方法がとられているわけです。ですから、一定の信頼性がもてる検査だと思います。実際にこの検査を長年やってデータを蓄積していくと、幼稚部年長修了あたりのJcossの結果から、その子どもの小学生以降の日本語語彙・文法力の伸びや、WISC言語性の結果とも合わせて国語学力検査の結果の予測がほぼできるようになります。
その結果から言えることですが、年長修了段階で20項目中7項目以上通過(「第3水準」以上に到達)していれば、小学生になったどこかの学年の時に、80~90%の確率でJcossで18項目以上通過(「第6水準」)できます。このことから、日本語の語彙力・文法力という面では、幼稚部修了時に7項目以上通過を幼稚部修了段階での一応の到達目標として、また、18項目以上通過を小学部段階での到達目標として考えることができると思います。そしてそれは、いわゆる聴覚のみの定型発達の子どもであれば、決して無理な目標ではありません(聴児ではほぼ4年生前半には半数以上がこの段階に達します)。但し、このJ.cossの通過項目数はあくまでひとつの目安です。
〇Jcoss検査のメリット~その子の苦手なところが発見できる
さて、Jcossのもう一つのよさは、それぞれの項目についてのでき方・間違い方を分析することで、その子ども特有の「文の理解の仕方」が発見できたり、何が苦手なのかを発見し、その対策がとれるところにあります。Jcossの中には、聴覚障害の子どもたちが共通して苦手な項目がいくつかあります。例えば、「受動文」「位置詞」「比較表現」「複文」などです。「太郎が花子を叩いた」「花子が太郎に叩かれた」という能動文・受動文、「机の上にある」のか「上の机にある」のかといった位置表現、「AはBよりはやい」はどっちがはやいのかといった比較表現。こうしたきこえない子の苦手とする文法項目を取り出して指導していくことで、その苦手さを克服していくことが可能です。
ただ、Jcossには「使役文」「授受文」「敬語」「自動詞・他動詞」といった聴覚障害児が苦手とする文法項目はありませんから、それらは別のテストを作成して調べる必要があります。このような「弱点」はありますが、熟練を要する検査でもなく、誰でも短時間に、大さっぱではあるけれど効率的に聴覚障害幼児・児童の語彙力・文法力や苦手なところを把握できるという点で、使い勝手のよい検査だと思います。