10-0太田ステージ
前回、「太田ステージ・比較概念」と「質問応答関係検査・類概念」の聾学校幼稚部年少・年中児(30名)の回答結果から、言語(手話及び日本語)および概念形成の時期である、幼児期前半期(定型発達4歳頃までの時期)に多くの難聴児に課題がみられること。

とくに、概念が芽生えてきた段階である、太田ステージ・StageⅢ-2において、「目の前にないもののイメージ化・概念化」と質問応答関係検査・類概念において、「上位―下位概念の習得」に課題がある幼児が多いことについて述べました。以下の2つです。
①「目の前にあるもの(二つの〇の大きさ)の比較」はできる(全体の90%)が、「目の前にないものの大小比較」が十分にできない子どもが60%近く存在する。(太田ステージ・Ⅲ―2)
②個別のものの名前は知っているが、それらを集めた類概念(上位・下位概念、語彙カテゴリー)が十分に獲得されていない(全体の75%が不十分)。
これらの結果についてもう少し掘り下げて考察し、どのように対応・支援していくかについて考えてみたいと思います。
*①太田ステージ・比較概念の結果から
まず、物の大小について判断できるということは、二つのモノを関係づけることができるということであり、90%の子どもは概念操作の基礎が出来ていることがわかります。「同じ・違う」「大きい・小さい」「長い・短い」といったことば(概念)を理解し、それらのことばを使ってもの同士の比較判断ができるということです。しかし、見えるものの比較はできても、6割の子どもは、まだ「目の前にないものの大小比較」は難しい。これは頭の中に、比較対象のもののイメージ(表象)は一応浮かぶけれど、その浮かんだもののイメージが不確かであったり概念的な豊かさに欠ける、ということではないかと考えられます。
幼児(とくに年少・年中児)は自分の経験に基づいてものごとを判断します。例えば「椅子と鉛筆、どっちが大きい?」と訊かれた時に浮かぶイメージは、家で食事をするときに座る自分の椅子であったり学校の教室で自分が座る椅子などでしょう。しかし、その時に椅子の大きさまで意識して椅子の概念を頭の中にイメージできているかというと、そこがまだ不足しているのでは、ということだろうと思います。もし、生活場面で、椅子について「パパの椅子は大きい。ぼくの椅子は小さい」など具体的なやりとりをした経験があれば大きさのイメージは獲得されているでしょうが、毎日の会話の中では「さあ、ごはんだよ。椅子に座って~」といった会話ではないでしょうか。大きさをとりわけ意識したり、椅子のさまざまなかたち例えば背もたれのある椅子とない椅子の違いといった違いを意識することはないでしょう。私たち大人だって毎日経験しているものごとやもののイメージや概念をそれほどしっかり作っているわけではなく、例えば、1万円札、5千円札、千円札に印刷されている人物は、それぞれだれか記憶している人は少ないでしょう。書かれている人物がだれであろうとお金の用途には関係ないことですから。
私たち大人がものの大きさまで含めてイメージできるのは、それらのものを何十年にわたって数限りなくいろいろな場面で使い、椅子や鉛筆について熟知し、大きさまで含めてちゃんとイメージできるからです。経験や知識や情報量は、子どもとくに聴こえない子の

それとは格段に違うのです。
もし、子どもが、あるものについてどれほどの概念をもっているかを知りたければ、「連想ゲーム・サテライト型」(右図・左)をしてみるのもよいでしょう。「椅子」をテーマにして思いついたことを出し合うゲームです。そのゲームの中で子どもが手話や日本語でいくつ思いつくか? また、病院に行った時の絵、柿を取ろうとしている絵、出かけるときの絵などをみて、それらの出来事につ

いてどれだけのことが語れるでしょう? 子どもが自分で思いついて語れたことばが子どもが持っているそのもの・ことについての概念です。ですから、もし、子どもがターゲットになっているものについて十分語ることができないのであれば、それは概念がまだまだ不足しているということですから、再度、さまざまなもの・ことについてのイメージとことばを豊かにする活動(生活・遊び・会話)に取り組むことが必要です。
子どもは、日々の生活の中でいろいろな体験をしています。起床、着替え、洗面、トイレ、入浴、食事、おやつ、洗濯、掃除、ごみ捨て、買物、自転車、車、スーパー、レジ、お金、銀行、床屋、病院、駅、空港、レストラン、コンビニ、学校、園、遠足、散歩、公園、郵便局、動物園・・・。数限りない場面で、それは、だれが、何をするところなのか、そこに何があるのか、そこはどうやっていくのか、そこにいる人は何を話しているのか、そこにいる人はどう思っているのか・・それぞれの場面で、お子さんはどれだけのことがイメージできるでしょうか?
例えば病院。そこはどういう時に行くのか、どうやって行くのか、なにを持っていくのか、そこでは何をするのか、どんな人がいて、自分はどうすればいいのか、大人はどんなことを話しているのかなど、子どもがわかるように話すことが必要です。そうした経験とやりとりの積み重ねの中で、「病院」についての概念やイメージが育っていくからです。
また、病院を思い出しながら家で病院ごっこをするのもよいでしょう。聴診器はトイレットペーパーの芯を使ったり、注射器はノック式のボールペンなどで代用すればよいでしょう。薬は、もらってきた薬の袋や器をとっておいてそれを使ってもよいでしょう。

右のファイルは、1歳11か月の難聴児とも君(『子どもとママと担当者と3年5か月の軌跡』より)が、学校から行った動物園遠足のあと、家で動物園ごっこ(再現あそび)をしている様子です。実際に見たことを母子で再現することで、動物園、猿、白熊などのイメージを膨らませ、それらの動物の概念をことば(手話)と共に身につけ、それをさらに夜に、自分の頭の中で楽しかった記憶としてよみがえらせ、情景を思い出しながら、そのイメージをひとり言として言語で語ることを通して再現している様子がわかります。
この頃、とも君はどんな象徴遊びをしていたのでしょうか? 2歳前後の3か月の保護者記録から、以下のようなごっこ遊びを日々楽しんでいたことがわかります。実際に経験したことの再現ですね。
1歳11か月・・「郵便配達ごっこ」「動物園遠足ごっこ」「芋ほりごっこ」「自動販売機ごっこ」2歳0か月・・「柿の木とりごっこ」「お巡りさんごっこ」
2歳1か月・・「洗濯」「ごみ捨て」「サンタクロースごっこ」「ウルトラマンごっこ」「ライオンごっこ」「大掃除」
2歳2か月・・「動物ごっこ」「大きなかぶごっこ」「バスごっこ」「スーパーごっこ」

右のファイルは、2歳後半頃の子どもの遊びの事例ですが、子どもはこのようなあそびの中で、ごっこ遊びの主人公になったり別の役を演じたりしながらもの・人・動物などのイメージを膨らませ、概念を豊かに身につけていくことがわかります。発達で大事なことは何歳で何ができるという年齢ではなく発達の順序で、発達は基本的に順番に進んでいきますから、あることができないのはその前の段階のことがまだクリアできていないことが多いです。まだ「目の前にないものの大きさの比較」に課題があるのなら、いろいろなもの・ことについての概念が形成されるような活動ややりとり(会話)、また、比較の概念を育てるやりとりやあそびに取り組んでいきましょう。
〇数量概念を育てる


どうやって子どもの数量概念を調べるか? 楽しくあそびながらやる方法を右のファイルに描いてみました。3歳ならどの子も楽しめます。工夫しながらぜひやってみて下さい。
また、数量の概念を育てるいちばんいい場面は、やはりおやつの時。その子のもっている数量概念から次の課題(「3」までわかっているなら「4」まで)を見通しながらいろいろな声掛けを工夫します。
②質問応答関係検査「類概念」の結果から
これは、ものとものとの関係の概念の理解に弱さがあるということ。まず一つ目に必要

なことは、比較概念のことばを使って生活の中で使えるようにしていくことです。「大きい・小さい」「たくさん・少し」「きれい・汚い」「はやい・おそい」「長い・短い」・・たくさんありますね。「どっちが大きいかな?」「どれがいちばん長いかな?」など言葉かけをしていきましょう。また、『反対ことばカード』などを使ってかるた遊びをするのもよいでしょう。手話と日本語が結びついているかをみるのも大事です。「大きい!」と手話したら相手は「小さい!」と

反対の手話をするなどのルールを決めて「反対語あそび」をするのも楽しいです。
また、比較の概念がわかるようになることと関連して、出来事の場面の流れが理解できそれについて説明できることも大事です。右のような絵カードを使って、その出来事の流れについて説明する練習をしてみるのもよいでしょう。
二つ目は、仲間集めで語の概念カテゴリーを頭の中につくっていくことです。同じもの

の仲間がわかるということは、概念形成の基礎としてとても大事なことです。ものの名前がわかるようになったということは、犬、ねこ、りんご、バナナ、バス、電車といった基礎的な概念はわかるようになっているということですが、これらの中にもいろんな種類があります。例えば「犬」にもトイプードル、チワワ、秋田犬、ゴールデンレトリバーなどの下位分類があり、さらに大きな仲間としてまとめたときの名前(「犬」と「猫」なら「ペット」「動物」「けもの」

など)がありますが、難聴児はこれを知らないということが多いです(耳で「ききかじる」知識はない)。ですので、絵カードを使ったり「オリジナルことば絵じてん」を作って、「台所で使うもの」「お風呂で使うもの」など集めたりします。また、「赤いもの」「丸いもの」などのテーマを決めて順番に言い合うなどのゲームをしたりするのもよいでしょう。また、年中・年長さんなら右のようなワークを使って整理するのも効果的です(このワークの効果は実証済みで令和4年度の文科省特別支援教育一般図書(=教科書として使用可)にも採用されています)。
〇3歳のハードルをクリアして、6歳のハードルに向かって歩みましょう
このような取り組みを通して、目の前にそのものがなくても、頭の中にそのもののいろ

いろなイメージや概念が浮かべられるよう、あそびや生活の充実を図っていくことがまず大事です。「りんご」ひとつとっても、「りんご」の概念は、図のような「りんご」にまつわる様々な活動の中で培われます。そして、もの・ことについての概念・イメージの豊かさが、次の質的転換点である、「頭の中に、ことば(日本語)やかず、もののイメージを浮かべ、それらを比較したり、関係づけたり、操作したりなど、シンボルを使ってさらに思考を深めることを可能にします。そ

れが「6歳のハードル」(=「5歳の坂」)を越える力です。
また、次のハードルは、今よりもっと「日本語」の語彙の豊かさ(量もですが、それ以上に語の質=概念・イメージの豊かさ)が求められます。なぜなら、就学後に使う教科書は、書記日本語(読み書きのことば)で書かれているからです。また、「自分中心の見方・世界」から「客観的な見方・世界」へのレベルアップも求められます。ここもまた難聴児の苦手なところですが、これらについては別の機会に書きたいと思います。
〇はじめに~シンボル機能ってなに?
「シンボル」とは、現実にないものや目に見えないものを他のものに置き換えて表現する働きのことで、置き換えられたものを「シンボル(sumbol)」とよんでいます。私たちは、ものごとを考えるときに、この「シンボル」(symbol:象徴)を使っています。
例えば、「消費税が10%だとすると、100円のノートの消費税はいくらになる?」と尋ねられた時、頭の中には100×0.1円という数式が浮かぶと思います。消費税は目に見えないものですが、私たちは数字と計算式を使って考え、「このノートの消費税は10円です」と応えることができます。ここで使わている数字とか計算式が「シンボル」であり、このようなシンボルを使って私たちはものごとを考えたり、複雑な計算をしたり、人と伝え合ったりしているわけです。このような、実物の代わりであるシンボルを使った思考の働きをシンボル機能(象徴機能)と言い、シンボルを使った活動を象徴行動と言っています。抽象的な世界が理解できるためには、目に見えないものを想像したりイメージする、このシンボルを使いこなす力が必要です。
コンピュータとかAIといった高度な技術を駆使する現代社会では、使われる記号(象徴)やその機能も複雑かつ高度化し、こうした記号(象徴)を使いこなす高い能力が求められる時代になっています。そうした意味では、抽象的・論理的思考の習得すなわち「学習言語」の習得が必須で、そこに困難さを抱える難聴児にとっては、ますます厳しい世の中になっていくのかもしれません。しかしそうであればなおさらのこと、難聴児が、より高い象徴機能を駆使できる力をもてるよう私たちは、難聴児の支援・教育を充実させていかなければならないと思います。
そこで今回は、乳幼児期から、発達段階に合わせてどう象徴機能の獲得やレベルアップを支援していくのか、そのためにどんなことに配慮したり、どんな活動を準備していけばよいのかといったことについて考えてみたいと思います。
〇シンボル(象徴)にはどんなものがある?
まず、私たちが使うシンボルにはどんなものがあるのでしょうか? まず最初に思いつくのは、自分の頭の中に描くさまざまなイメージでしょう。イメージは映像的なイメージがいちばん想像しやすいですが、イメージは映像だけではありません。例えば「さっき

踏切で見た電車」を思い出す時、頭の中に思い描くイメージには、その電車や踏切の視覚映像はもちろんですが、「ゴーッ」という電車の音や「カンカンカン」という踏切の信号の音なども含まれるかもしれません。思い出す対象によっては視覚・映像、聴覚・音声だけでなく、触覚や嗅覚のイメージなどもあるかもしれません。経験したことをイメージとして思い出す時、私たちはその時の様々な感覚も一緒に思い出すはずです。しかし、イメージは実物ではなく、実物の代わりに使っているものですからシンボル(象徴)ということができます。また、添付ファイルの幼児は、踏切の写真を見て実物を思い出すことができています。写真も実物の代わりですからシンボルの一つです。
次に考えられるのは、頭の中にあるイメージを動作や行動として表現するときの真似、

模倣、ふり、ジェスチャーといったものです。さっき見た電車を「積木」を使って「ガタンガタン、ゴーッ」といった再現をするとき、「積木」は電車に見立てたシンボルと言えます。また、イメージしているものを描画、積木、砂といった素材を使って表すこともできますから、絵、積木、砂は実物に代わるシンボルと言えます。
このようなシンボルは言語獲得前の赤ちゃんにもみられます。赤ちゃんの頭の中にある

イメージは他人には見えませんが、好きな電車の写真を見て喜んだりしますから、赤ちゃんの頭の中には映像のイメージが浮かんでいることがわかります。また、親しい大人の真似や振りをしたりもしますから、1歳前後の赤ちゃんはシンボルを持ち始めていることがわかります。右の図は、言語獲得期前後のシンボルをみる観点です。このような子どもの様子が見られるのであれば言語獲得(初語)まではもう少しと言えるでしょう。
〇言語はシンボルのうち?
では、手話や日本語といった言語はシンボルでしょうか? 言語は数字や計算式と同じように、実物や実際の出来事が目の前になくても、実物を実物に代わる記号であらわしたものですから、もちろんシンボルです。例えば、バナナの大好きな赤ちゃんは、言語獲得前でもバナナの写真をみて喜ぶようになりますが、まだ「バナナ」という日本語や手話の語とは結びついていません。しかし好きなバナナを食べる経験を積み重ね、同時に「バナナ」という語を使っていくうちに、だんだんと「バナナ」という言語と実物のバナナとが結びついてきます。こうして「バナナ」という意味が獲得されると、ママが「バナナ 食べる?」と言うと、「バナナ」の語をきいてバナナのイメージ(映像とか食べた時の甘さとかやわらかい食感とか)が赤ちゃんの頭の中に浮かび、喜ぶようになります。
「バナナ」という語は、その言語を身に着けている人には誰でも通じることばですから、真似や振り、ジェスチャーといった動作的なシンボルや描画・積木・粘土といったその人の頭の中にある個人的なイメージの強いシンボルよりも、公共性・一般性をもつ高度なシンボル機能です。ですから、そのことばを使って人とやりとりする中で、さらに経験を深め、ものやことばのもつ意味や概念、イメージを豊かに拡げていくことができます。
こうして私たちは、言語というシンボルを使って、他の人とやりとりし、だんだんと筋道立てて思考をしたり、複雑な計算をしたりできるようになっていきます。このような点で、言語はシンボルの中でも特別な意味をもっているシンボルだということができますが、イメージなどの視覚的なシンボルや動作的なシンボル、ものを実物に見立てるなどのシンボル機能が不要になるのではなくて、このような多様なシンボルを言語というシンボルと同時に使いながら、よりいっそうのシンボル機能の拡がりや充実がはかられていくことが大切です。その意味で、幼児期にいろいろな経験をすること、とくに実物(本物)に触れること、イメージを拡げるままごとやヒーローごっこといったごっこ遊び・象徴あそびをすること、積木、ブロック、砂、粘土、段ボール、クレヨンなどの素材や道具を使ってイメージを表現したりなにかに見立てて遊ぶこと、絵本を読んだあとに再現あそびやなりきり遊びをすることなど、このようなあそびの中で育つ豊かなシンボル機能の充実が、そのまま将来のシンボルの豊かさにつながっていることになります。
〇豊かなイメージをもったことばの獲得とは?
例えば、「のりもの」ということば(=もの)を聞いた時、そのことばからどれだけイメージが拡がるかは子どもによってまちまちです。「のりもの」ということばを知らない子(難聴児には少なくありません)には、なんのことか全くイメージが浮かばないことばでしょうが、「のりもの」が大好きな子にとっては、のりものごっこをした経験や乗物の絵本、実物を見たり乗ったりした経験から、「のりもの」を構成しているトラックやバス、タクシー、救急車やパトカー、消防車、いろいろな飛行機や船の類、バイクや自転車に至るまで沢山ののりもの(下位概念)がイメージできるでしょうし、それらのものの名
だけでなく大きさや働きなどについても話すことができるでしょう。このようなことば

や概念の豊かさは、そのまま教科書の文章の理解に繋がります。小学校1年生の国語の教科書には、どの教科書にも「乗り物」とか「動物」や「植物」などに関する単元があります(右のファイルは、『じどう車くらべ』、光村図書、小1上の例)。このような単元の内容を理解するためには、日本語を読んで理解できる力はもちろんですが、テーマに関わる知識や概念も必要です。そうした知識や概念は、幼児期の体験や遊びの中で、また、どれだけ言語を使ってそのテーマ(乗物)に関して内容を深めてきたかに関わってくるわけです。
〇シンボルはどのように発達するか?~乳幼児期
これについては以前にも書きましたが、再度まとめておきたいと思います。
*0歳の頃
生後3~4か月の赤ちゃんはまだイメージをもつことができません。目の前にあるモノが全てです。ですから赤ちゃんが持っているモノを別のモノに取り換えても赤ちゃんは気づきません。記憶=イメージがまだ持てないからです。しかし生後半年を過ぎるとだんだんと頭の中にイメージ(シンボル)をもち、そのイメージを記憶することができるようになります。そのため、知らない人と親しい人の区別もできるようになり、人見知りなども出てきます。犬の写真(=シンボル)をみて「イヌ」だとわかるようになります。
*1歳頃
また、1歳を過ぎると頭の中の記憶イメージを動かして、玩具のご飯を食べるふりをしたり、パパが新聞を読むふり(延滞模倣)をしたりします。イメージを伴ったあそびの始まりです。
*2歳頃

やがて2歳頃になると人形を使った象徴遊びなどがさかんに行われるようになります。「つもりあそび」「見立て遊び」です。1歳頃は、ただ、リンゴのおもちゃを口に入れるふりをするだけの「ふり遊び」も、二つのもの例えば「包丁」と「りんご」の二つのものを関係づけて、りんごを切る真似をするようになります。ものとものとの関係がわかるようになってくるわけです。関係性の理解の始まりです。この頃、日々の生活の中でのこれが終わったら次はこれ、といった順序性も少しずつわかるようになります。また、関係性の理解と関連して、これとこれは同じものの

間ということがわかるようになります。仲間になるものがわかるということは、同じものの集まりである「ものには名前がある」ことがわかるようになったということです。例えば、「犬」にはいろいろな犬種があり、「りんご」にもいろいろな品種があるけれど、まとめて「犬」「りんご」ということがわかるようになったということです。これが語の概念カテゴリーの基礎にある「基礎語」です。「犬」「りんご」「スプーン」「電車」「いす」「靴」といった、子どもが最初

に覚えるものの名前のほとんどはこの「基礎語」です。しかし、ものの名前はそれだけではありません。もう少し大きな括りにつく名前=上位概念というものがあります。「動物」「果物」「食器」「乗り物」「家具」「履物」といったものの名前はもう少し大きな括りにつけられたものの名前です。この上位概念が難聴児は苦手です。自然にどこかで「聞きかじっている」といった聴児にできることができないからです。これは補聴器・人工内耳いずれの子もそうです。ですから、ど

こかで意識的に教える必要があるのです。
*この問題については、語のカテゴリーの項を参照してください。
また、ものごとの関係性の理解という点と関連して、2歳頃から比較の概念が発達していきます。例えば「大きいー小さい」「長いー短い」「よいーわるい」等々の対立概念。2歳、3歳は自我が芽生え、自己主張の強くなる時期でもあるので、二つのものを提示して「どっちがいい?」と本人に選ばせることも大事です。
*3歳頃
目の前にないものでも、イメージや概念を使って代用することができるようになります。例えば自分の経験からイメージして「ごっこ遊び」がはじまります。でも、まだ自分の経験の範囲でしかイメージがもてないので、友達とのイメージの共有は難しいです。この、友達とのイメージの共有は4歳から5歳にかけて出来るようになっていき、役割あそびへと発展していきますが、同じコミュニケーション手段を共有し、相当、子ども同士で遊びこんでいないと難聴児にとってはなかなか難しい課題であることは確かです。そのため、親や保育者など周りの大人が子どもの気持ちにそいながら、仲間に入り、助言や環境を整えることで、子ども同士の関わりやことばのやりとりを広げていくことが必要です。
〇比較概念や概念カテゴリーは、どう育っている?

さて、2~3歳代での認知・言語発達の課題として、比較概念と概念カテゴリーの形成について述べてきましたが、これらのことが、難聴児にどう育っているかを「太田ステージ・比較概念」と「質問応答関係検査・類概念」を使って、二つの聾学校の幼稚部年少・年中児30名(3歳半~4歳半)について調べてみました。その問題と結果が右の図です。
結果の水色の棒グラフは「太田ステージ」のⅢ―2前半「〇の大きさの比較」の結果、

赤の棒グラフは同じくⅢ―2後半「目の前にないものも比較」の結果です。その結果をみると、問題の前半「○の大きさ」(水色某グラフ)の比較は、年少・年中児30名のうち約9割の子どもたちがクリアできています。まだ不通過の1割の子どもたちは発達障害のある子たちなので、定型発達の難聴幼児は比較すること自体は出来ていることがわかります。
Ⅲ-2後半の「目の前にないものの比較」(赤色棒グラフ)はどうでしょう? この問題が不通過の年少・年中児は6割近く(17名)に

のぼりました。そして、これら17名のうち10名はJcossでもまだ日本語での通過項目がありませんでした。
緑色の棒グラフは、「概念カテゴリー」が聴児定型発達の子どもと比べて、同年齢聴児と同程度に出来ている子の割合ですが、これはさらに少なく4分の1程度でした。4分の3の子どもは、まだ上位・下位概念カテゴリーに曖昧さがあるということになりますが、これらの子たちはJcossでは通過項目数が0~6項目の子どもたちでした。また、当然ですが、比較概念に課題のある子は類概念にも課題がみられました。比較概念が十分に育って類概念も育つということになるのではと思います。以下、今回の調査結果から考えられることを以下にまとめてみます。
①太田ステージ「比較概念」の課題から
目の前のものの大きさの比較はできるが、目の前にないものの大きさの比較(頭の中に

イメージを浮かべて)が難しい子たち・・・日本語習得時期(発達早期手話使用の子たちはほぼ3歳以降、幼稚部入学以降の子たち)の前の段階でのシンボル形成の時期(2~4歳)に課題があるのではないでしょうか? 例えば、ふり・見立て・ごっこといった象徴あそびや砂・粘土・積木・水あそびといった素材を使ったあそび、絵本を見たあとの再現あそびやなりきりあそび、日々の生活の中でのひとつひとつの経験(買物、料理、食事、着替え、洗濯、入浴、掃除等々)が、イメージ豊かに膨らませる体験活動・言語活動としてあったかどうかをまず点検してみる必要があるように思われます。もしそうしたシンボルや概念を膨らませる活動が豊かに行われていれば、「イスと鉛筆、どっちが大きい?」と尋ねられた時に、比較するそれらのものの大きさを含めて、それらのものの概念やイメージは頭の中に浮かぶのではないでしょうか?
②質問応答関係検査「類概念(カテゴリー)」の課題から
一つ一つのことば(もの・こと)に豊かな概念がもてるよう、そのことばのイメージを

拡げることから、さらにそれらをまとめて整理すること、もの同士を比べて概念間の異同を考えたり、異なったレベルで「同じところ」をくくりなおして別のカテゴリーを作ったりなど、ことばのカテゴリーを豊かにする活動をすることでしょう。ここができている子たちはどの子もJcossで7項目以上通過していることから、カテゴリーを括ることが語彙の増加につながっていることが考えられます。実際に「ことば絵じてん」や「ことばのネットワークづくり」(ワーク)に取り組むことが語彙の増加につながったという報告が少なくありません。
〇3つのハードル(3・6・9歳)を越えて着実に前に進みましょう!
生活言語から学習言語へ。これまで「9歳の壁」とか「5歳の坂」などと言われ、この年齢

あたりに認知・言語発達の質的な転換期があると言われてきました。これについてはこのHPの「生活言語と学習言語」のところで折に触れて書いてきました。今回、「太田ステージ」と「質問応答検査」を使ってさぐってきたのは、そのもう少し前の3歳あたりのところでの課題です。
概念形成が始まるこのあたりに、ものごとの概念を身につけていくときにそのことに関わることばのやりとりやイメージを膨らませる活動が十分になされてきたかどうか、このあたりをぜひ点検し、比較概念とか語のカテゴリーをしっかりと身につけているかぜひ見直していただけたらと思います。ここでのハードルをまずしっかりと越えていきましょう。そうすれば次のハードルである、頭の中にことば(日本語)を思い浮かべて、そのことばを操作したり、そのことばを使って別のことばを説明したりなどの課題(6歳頃のハードル)がずっと越えやすくなります。
きこえない子どもとくに幼児期の認知の発達(=象徴機能の発達)をとらえる尺度として「太田ステージ」という検査があります。これはもともとはASD(広汎性発達障害・自閉症)の実践研究の中で開発されたものです。ASDの子どもの発達をとらえる上で認知発達という視点は欠かせないということでピアジェの認知発達理論をベースに、小児神経科医の太田昌孝先生が開発されたものです。

この検査は、シンボル機能(象徴機能)がまだ認められないStageⅠから、ピアジェがいう「具体的思考期」に入るころまでのStageⅣまでの、大きく5つのStageに発達段階を分け、さらにその中がいくつかに段階分けされています。(右引用頁参照)
*StageⅤはピアジェのいう「具体的操作期」以降になります。
この検査の長所は比較的短時間に検査が実施でき、子どもの認知発達のおよその段階がわかることで、筆者も時々使っています。
難聴幼児の場合、定型発達の子どもでも、頭の中にしっかりとモノのイメージが描けない子どもがいます。絵や映像、文字、数字などの象徴機能(実物の代理機能)が十分に発達していないのです。象徴機能が十分発達していないと、生活言語から学習言語へのレベルアップが難しくなります。頭の中に自由にことば(=文字・指文字など)や数字を浮かべて、それらを操作できないと抽象的な思考は困難です。

この太田ステージでは、そうした象徴機能の発達の様相をとらえることができます。例えば、StageⅢ―2後半の「頭の中でモノの大きさが比較できる」という項目は、「バスと自転車とでは、どっちが大きい?(小さい?)」といった頭の中でモノの大きさがイメージできる(比較概念がわかる)問題となっており、まだまだモノが頭の中で比較できない子どもには、具体物と出会う経験とその言語化がもっともっと必要だということがわ

かります。そして、この力は、モノを仲間として括ってその括りに名前をつけるなどの「類概念」の発達や概念形成のレベルアップにつながっていきます。
さらに、StageⅣ前半の課題である「空間関係」の問題は、位置をあらわすことばがどれだけ理解でき身に付いているかをみることができます。例えば「積木の上にさいころを置いて下さい」という指示は、「~の上」という位置関係をあらわす言い方が理解できているとクリアできます。しかし、「さいころの上に積木を置いて下さい」という質問は、クリアできるとは限りません。積木の上にさいころを置くのは質問としてもある意味自然ですが、さいころの上に積木を置くのは、不自然です。ですから正確に日本語が理解できていないとこの問題をクリアできません。
空間関係・位置関係の言い方にはいろいろあります。上・下・中、前・後ろ、横、すみ、かど、そば、近く・・・。こうした言い方になじんでいないのが難聴児の特徴です。日常生活の中でも「そこにあるでしょ」とか「それ、とって」「そこ置いといて」とか、場面を共有しているところでは代名詞や指差しで済ましてしまうことも多いです。「上から二番目の引き出しね」とか「~の横においてね」など言葉で正確に言い表すことの大切さにこの問題から気づくことができます。
また、StageⅣ後半の「保存の法則」は、年長さんにはぜひやってみてほしい課題です。縦に細いグラスに入ったジュースを底の広いグラスに移したとき、「多くなった」と答える幼児は、まだ「見かけ」にごまかされてしまい、「質量保存の法則」が理解できていない段階です。この段階は、通常7~8歳と言われているのでもちろんできなくてもかまいませんが、まだまだ「自己中心性」のまっただ中にある発達段階と言えると思います。
なお、検査道具は自前で作る必要がありますが、その作り方は以下の書籍に載っています。また、評価の仕方なども詳しく載っています。
『太田ステージによる自閉症療育の宝石箱』永井洋子・太田昌孝著、日本文化科学社
『StageⅣの心の世界を追って』永井・太田・武藤直子、日本文化科学社