発達の診断と評価
〇はじめに
人とコミュニケーションする時、「Aさんは、私がこう言えばどう思うだろうか? それならどういう言い方をすればいいのだろう?」といった、他者の気持を想像し、自分の言動を調整することはとても大切なことです。自分のことだけを主張していては相手と良好な関係を築くことはできません。そういう点で、しばしば難聴児・者は「他者の心を想像

する力」が弱い、と言われてきました。
右のファイルは一般社会で難聴者に求められることを3つにまとめたものです。「社会で求められる力とは?」の2番目にある「社会常識・人間関係に関すること」の中で、「目上の人にも平気でため口を使う人がいる」とか「敬語が使えずストレートな表現が多いため、仕事をしていく上で相手に失礼になることがある」といった企業関係者からの指摘は、日本語としての敬語を使う力の不足もあるでしょうが(敬語の使い方は聴者でも難しい)、それだけではなく、相手の人の心・気持ちへの想像力、という点も含まれているのではないかと思います。
そこで今回は、他者の心への想像力をどう伸ばしていけるのかについて、最近の研究の結果や難聴幼児(聾学校幼稚部年長児)の検査結果等から考えてみたいと思います。
〇「心の理論」~戦略研究(2012)と聾学校年長児の結果(2017~)から
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2012年に報告された感覚器障害戦略研究(以下、戦略研究)結果の中で、「聴覚障害児においては、人の考えを読み取る力に関係する『心の理論』の発達が聴児に比べ遅れる傾向」があると指摘しています(「聴覚障害児の日本語言語発達のために」,P168)。
「心の理論」とは、自分の知っていることと、他者の知っていることとを区別して想像できる力(社会的認知)のことを言います。定型発達の聴児であれば、5歳半から6歳頃なるとものごとや自分自身のことを対象化し、客観的にとらえることができる「メタ認知」の力が育ってきて、自分の知っていることと他者の知っていることとが同じではないことがわかるようになってきます。ものごとを「自分中心」にしか考えられなかった頃から少しずつ「脱中心化」が進み、こうした力の育ちによって、「心の理論」においても、聴児の半分以上は年長段階でこの問題を通過するようになります(右グラフ緑色棒グラフ、武藤,1997)。
しかし一方で、難聴児においては、他者の心を想像する力の発達の遅れが目立ち、戦略研究の調査では、難聴年長児(90名)の通過率は23%、4人に一人程度です。また、この課題に半数以上が通過できるのは小学校3年生(59%)で、聴児に比べて3年の遅れが生じています。さらにその後の伸びも緩やかで小6でようやく7割を超える、というのが実情です。他者の心のうちを想像することの苦手さがよく表れている結果と言えます。
筆者(木島)は、都内のある聾学校の幼稚部年長児について、毎年1回、調査をしてきましたが、2017年から2022年までの6年間の年長児31名の平均通過率は39%、約4割です。聴児の結果(武藤)と比べると17ポイント低いですが、戦略研究の難聴年長児よりは16ポイント高く、ちょうどこれら2つの群の中間ということになります。
〇「心の理論」の発達に関わる要因は、母子間での会話のあり方に・・
「心の理論」について研究を重ねてきた東山薫(とうやまかおる・龍谷大学)は、欧米の研究結果から、「母親が心についてたくさん言及することや視点取得を促すようなことばかけが子どもの心の理論の発達を促すことが示唆される」(「聴覚障害のある子どもの理解と支援」107頁)と述べています。また、「心の理論の発達と母親の会話スタイル」との関連から、自分自身の研究から以下のように述べています。
「『母親主導で心以外に焦点化』するような母親の会話スタイルが子どもの心の理論の低さと最も関連が強い」と述べています。つまり、「これが何々でしょ。ここに何々がいるね」など、子どもの気持ちや発言を待たないで先回りするような会話スタイルが、結果的に子どもの心の理論の発達を妨げている可能性を示唆しています。そして別の研究結果からも、「子どもの経験や知識、考え方を考慮した、子どもにとって分かりやすい母親の説明が子どもの心の理論課題の成績の高さと関連をもつことが示された」(同P111)と述べています。
こうした研究を総合すると、子ども主導の会話スタイルの中で、心に言及することや視点取得を促す会話をすることが、最も心の理論の発達を促す、と言えそうです。
〇聴覚障害児の場合は?
さらに、心の理論を聴覚障害児について調べた海外の研究(Peterson,2005ほか)から、「親と子が同じ手話という言語を用いている場合は、コミュニケーションも円滑で、言語の意味や構文、他者の心への注意に関する働きかけも円滑に行われ、子どもがそれを知識として取り入れやすいため、心の理論の発達に関しても定型発達児の場合と同じであると考えられるのです。」(同P112)と述べています。
私が行ってきた聾学校年長児31名の調査の中には7名のデフファミリーの子たちがいますが、心の理論「アンとサリーの課題」通過はそのうちの3名(43%)ですから、上述(太字)のことがどこまで言い切れるか疑問はありますが、この聾学校は発達早期から手話を用いているという点で親子の日常会話はスムーズです。そのことは、聴者家庭の幼児(24名)の場合も言えると思いますし、それが年長児全体の通過率39%という結果を示していると思います。ただ、聴児と比べてまだまだ低いという結果は、言語・コミュケーション手段の問題だけでなく、どれだけ「心に焦点を合わせた会話が行われているか」という点が大きいのだろうと推察します。

そうした点も含めて考えると、以下のように、取り組んでいくのがよいのではないかと思います。
①
発達早期からの手話使用による、なんでも自由に伝え合える言語環境を家庭内につくる。
② 子どもの興味・関心を大切にし、子ども主導の会話の中で、心や視点取得に焦点を合わせた会話も十分に行う。(「〇〇

ちゃんはどう思うの?」「お兄ちゃんはどうしたいんだろうね?」「ママは~だと思ったよ」「パパはどう感じたかな?」など)
右の絵日記は、心に焦点化して出来事を振り返った例。他人はどう思い、自分はどう感じたかなど、あとで絵日記を通して(対象化して)改めて考えてみることは意義のあることと思います。また、
他者視点を獲得するために、再現あそび、劇あそび、手紙を書くなど幼児期の活動も意義があると思います。

〇はじめに
これまで、幼児期から児童期にかけての言語・認知発達の過程について、以下の4回にわけて書いてきました。
第1回 日本語力をみる・・・幼児期から児童期にかけて使用される。語彙・文法・読解力の側面から。関連する検査:「絵画語彙検査」「Jcoss(日本語理解テスト)」「Reading Test」
第2回 4歳頃に行う認知・言語発達のアセスメント・・・「前概念的思考期」(2~4歳頃)から「直観的思考期」(4~7歳頃)への移行期で、ここがきこえない子にとっての最初のハードル。キーワード:比較概念、symbolとしてのイメージの形成、概念カテゴリーの構築。関連する検査:「太田ステージ・stageⅢ-2」、「質問応答関係検査・類概念」
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第3回 6~7歳頃に行う認知発達のアセスメント①・・・「直観的思考期」(4~7歳)から
「具体的操作期」(7,8歳~)への移行期で、きこえない子にとっての2つ目のハードル。キーワード:メタ認知の発達、対象化、symbolとしての記号・言語の発達、概念間比較など。関連する検査:WISCⅣ言語理解「類似」「単語」(または質問応答関係検査「類概念」「語義説明」)
第4回 6~7歳頃に行う認知発達のアセスメント②・・・自己中心性から脱中心化へ。キーワード:保存の概念、主観的認識の世界から客観的認識の世界へ、社会的認知の発達。関連する検査:「太田ステージstageⅣ・保存の概念」「心の理論課題・サリーとアン課題、スマーティー課題、ストレンジ・ストーリー課題」)
以上が、これまでにみてきたアセスメントの概要です。さて、今回は、アセスメントの最後として、9~10歳頃のいわゆる「9歳の壁」前後の認知発達のアセスメントについて考えたいと思います。ここは、きこえない子にとっては3つ目のハードルにあたり、いわゆる「9歳の壁」とも言われている発達の質的転換期で、これまで100年以上の歴史をもつ聴覚障害教育の中で、未だに半数以上の子どもが越えられないと言われている発達の壁です。そこでまず、この時期の特徴からみてみます。
〇具体的操作期(7,8歳~)から形式的操作期(11、12歳頃~)へ
直観的思考期(4~7歳頃)の後半にあたる6歳頃になると、メタ認知機能(ものごとを自分のことから離れて客観的に見れる力)が発達し、数字や記号、言語といった抽象性をもったシンボル機能を頭の中に思い浮かべて(イメージして)操作したり、概念間の比較や語の概念カテゴリー(上位・下位概念)の構築、「ものの保存の概念」や「社会的認知(心の理論)」などの認知機能が発達してきます(第4回、5回参照)。
また、この頃には、物を一つの次元、例えば長さ、高さ、重さといった観点で3つくらいのものを順序づけることが可能になってきます。これを「推移律」と言いますが、具体物であれば、ものや図などを使って思考し順序付けることができるようになります。ただ、「太郎は花子より背が高いが、二郎より背が低い。背がいちばん高いのは誰?」といった質問に、頭の中に3人の人物をイメージして(symbol機能を使って)答えられるようになるのは、形式的操作期まで待たなければなりません。
このように、具体的操作の段階の子どもたちも、具体物等のたすけを借りながら、抽象的なことがだんだんと理解できるようになっていきますが、この具体的操作期から、実在しないものや複雑なものごとを頭の中に思い描き(イメージし)、仮説をたてたり、系統的に検証したりできるようになる形式的操作の段階に至るまでの、ちょうど過渡期にあたるのが、「9歳の壁」と言われる時期です。
〇「比較3問題」でアセスメントする
では、上に述べたような具体的操作期から形式的操作期の入口あたりの認知・言語発達をみることができる検査、つまり「9歳の壁」前後の発達をみる検査はどのようなものでしょうか? そこを大まかにわかる検査が「比較3問題」と呼んでいる検査です。

この問題を最初に考えたのは、日本で最初に100マス計算を考案した岸本裕史(1984)ですが、それを聾学校高等部生徒に実施してみたのが脇中起余子(2001)です。脇中の結果は、右図です。この検査の問3が、日本語で書かれた問題文を文法的に正しく読み取って、論理的・抽象的な思考ができる力があるかどうかをみる問いで、岸本は、この問題ができれば小4年レベルの力があるとみてよいと言っていますから、この問3ができれば一応「9歳の壁」を超えたあたりにきていると言ってよいと思います。また、岸本は、問2ができるのは小3レベル、問1ができるのは小2レベルとも言っていますので、だいたいその基準で考えてよいのではと思います。
聴覚障害児に適用した脇中の結果をみると、高校生でも問3が正解できるのは4割程度、問2で半数、問1で8割程度ということです。この数値が妥当なものなら、「9歳の壁」を超えているのは、聴覚障害のある高校生の4割くらいということになります。半数に届きません。
〇聴覚障害児の正答率を再度検証してみたら・・
そこで、筆者は問1と問2は岸本の問題を少し変えていますが、この問題を子どもたちに実施してみました。実施時期には少しずれがありますがその結果が右の図です。
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この結果をみると、5~10%程度の差はありますが、学部(年齢)のちがいに関わらず、いずれも脇中の結果とよく似た結果になっています。この結果から、小・中・高校生という年齢を超えて、ほぼこの正答率が聴覚障害児の一般的な結果だろうとみてよいと思います。小学生も中学生も高校生もほぼ同じ結果になる、ということは通常では考えられない、全く伸びが見られない結果ということになりますが、178人という決して少なくない数の集計結果ですから信頼性はある数値といってよいと思います。
小学生の時の結果が、その後も(少なくとも5,6年間は)ほとんど伸びることがない、ということは、何を意味しているのでしょうか? 適切な指導がなされなかったためでしょうか? それともなんらかの指導をしたけれど改善できなかったためでしょうか? もし、後者だとしたら、「9歳の壁」は、やはり聴覚障害児にとってまさに「壁」であり、半数以上の子どもたちにとっては永遠に「壁」ということになってしまいます。この問題を考えるために、まず、これらの問いが何をみているのかを考えてみたいと思います。
〇「比較3問題」は、なにをみているのか?
1.問1(「太郎はみかんより飴が好き。飴よりチョコが好き。太郎の好きなものの順は?」)について
この問題の正答率は、小高学年・中学・高校という年齢のちがいを越えていずれも85%程度です。この問題は、3つのものの「好きー嫌い」という物差しの上に、好きな順に

「みかん、あめ、チョコ」を順序づければよいわけですが、ここでの問題は、まず一つ目は、三つのものを比べて比較ができるという比較概念の習得です。右図に示すように、比較概念の相対比較は、通常は6歳頃になれば、実物や絵などを手掛かりして理解できるようになります。(右図の下の絵をみて「女の子は弟より背が高いが、お父さんより低い」がわかる)。しかし、不正解であった子どもたちは、この相対比較がわからなかったかもしれません。
もう一つは、書かれている日本語の文が正しく理解できたかどうか、とくに「より」という助詞が理解できるかどうかということがあります。では、この問題に正解している

85%の子どもは、助詞「より」を本当に理解しているのでしょうか?
きこえない子のJcoss「比較表現」(右図参照」)の通過率(4問全問正解、中川2009)は高学年児童でおよそ35%。つまり3分の2の児童は、助詞「より」が正しく理解できていない。それにもかかわらずこの問1に85%の児童が正解ということは、85-35=50%くらいの子どもは、文法的に正しく文を読み取るという方略(文法方略)ではなく、別の方略を使って正解したということになると考えられます。では、子どもたちはどのように考えたのでしょうか?
*きこえない子の使う方略は?
(ア)自分の経験から推測して判断(経験的知識方略)
まず一つ考えられるのは、三つの食べ物について、自分の経験に照らし合わせて、好き

な順を推測したのではないかということです(因みにこの問題に回答した子どもに「あなたの好きなものの順を教えて」と言うと、7~8割の子はチョコ→あめ→みかんの順にこたえます)。
ですから、文を読んでその文意に従って判断したのではなく、3つのものについて好きな順にならべるという問題の意味がとりあえず理解できたので、あとは自分の経験から判断して、「ふつうはこういう順だよね」と推測した可能性が考えられます。
(イ)助詞がわからない時に使う方略(主語・述語近接方略)
二つ目として、助詞の意味がわからないときにとる方略として、文の最後にある述語に近い語をその述語の主語とみなすということがきこえない子には非常によくみられます。
問1の場合、文の前半である「みかん あめ 好き。」では「みかんとあめでは、あめが好き」と考え、後半の部分の「あめ チョコ 好き」では、「あめとチョコなら、チョコが好き」と考え、これらの二つのことから想像して「チョコ→あめ→みかん」の順と考えたのではないかと考えられます。この方略については下記を参照
TOP>発達の診断と評価>きこえない子の言語発達の過程>比較3問題
http://nanchosien.com/10-1/10-6-0/10-79-1/
因みにJcoss「比較表現」の問題文は「~は~より~」の語順で、「より」は後ろにありますが、「比較3問題」の問1と問2は、いずれも「~より~が~」であり、「より」は前にあることに注意が必要です。「より」がわからない時に主語・述語近接方略を使うと、Jcossでは不正解になり、「比較3問題」では(たまたまですが)正解になります。
結局、上記(ア)(イ)のいずれの方略をとっても、偶然ですがこの問1では「正解」になります。つまり、必ずしも文を正しく読み取れなくても、問1に正解する確率は高い、ということが正答率80%以上の結果につながったと言えると思います。
*課題は問1ができない子どもたちの指導
問1で正解できなかった子どもは数値の上では15%程度ということになりますが、正解したけれど本当にはわかっていない子どもはかなりいると思われます。そしてわかっていない子どもたちの中には、3つのものの相対比較をすること自体が難しい子どもたちと、文法的にとくに助詞の指導をすれば文を読んで正解に辿り着ける子どもたちが混在していると思われますが、とりあえず問1が不正解であった子どもたちには、比較概念が理解できているかどうかを確かめ、必要なら比較概念の指導をする必要があります。その指導の順序は先ほどの「比較概念の育て方の順序」を参考にしつつ、具体物、半具体物、イラストなどを使いつつ指導するとよいでしょう。また、助詞「より」を指導することで文が読み取れるようになる子どもたちには、品詞カードを用いて文法指導をすると効果的です。その指導法については、先に書いたURLの記事をご覧ください。
2.問2「もし、ネズミが犬より大きく、犬が虎より大きいとしたら、大きい順は?」について
この問題は、「もし~であるなら」という仮定表現になっていることと、実際の動物の大きさとは逆の大きさになっているというというところに特徴があります。つまり、①「もし~」という仮定の思考ができるかどうか、②実物のイメージに影響されずに(見か

けの大きさに惑わされず=保存の概念を獲得)客観的に思考ができるかどうかという点をみているわけです。そしてもう一つは、問1と同じように、③「より」という助詞が理解できているかどうかという点もあります。文章だけをみると問1と同じパターンになっていますが、①と②の点で違いがあり、問題の難しさという点では問2が上です(岸本1984は、問1が正解できれば小2レベル、問2正解できれば小3レベルと言っています)。
問2のきこえない子どもたちの正答率はほぼ50%で、問1の正答率から30ポイント以上下がっていますから、「もし、~なら」という仮定の思考が難しい子と経験的知識方略に頼っている子どもは正解できないことになります。つまり、仮定の思考や保存の概念は具体的操作期の課題でもあるので、岸本が小学校3年生レベルの問題というのは妥当と思われます。ただ、助詞「より」がわからなくても主述近接方略を使って正解は可能という点に若干問題が残ります。
〇問2が不正解の子どもに必要な指導とは?
問2が不正解であった約半数の子どもたちにどんな指導が必要かと考えると、「もし、~なら~だ」という仮定の思考方法を練習することも必要でしょう。例えば、ことばあそびで、「もし、カレーに肉が入ってなかったらどうする?」「もし、空から雨ではなくて飴が振ってきたら?」
「もし、空を飛べるようになったら?」などの遊びをたくさんするのもよいでしょう。

また、保存の概念が身に付くためには、例えば、逆にしても同じという可逆操作の思考ができる必要があります(右図)。例えば、「石に躓いてころんだ」(原因)→「だから 泣いた」(結果)は時系列的な理解ですが、「泣いた」(結果)→「どうしてかというと、石に躓いてころんだから」(原因)は、結論からさかのぼって原因を考えています。年長になればこのような逆思考が可能になるので、接続詞を用いて可逆的な思考の練習をするのもよいと思います。
さらに、助詞「より」の指導は最も重要な指導です。これを「助詞方略」と言ってよいと思いますが、助詞が正しく読み取れれば、問1も問2も正解に辿り着けるからです。その指導方法については、先に書いたURLの記事をぜひご覧ください。
3.問3「A,B,C,D4つの町がある。AはCより大きく、CはBより小さい。BはAより大きく、DはAの次に大きい。大きい順は?」について
この問いは、「A,B,C,D」とか「町」といった抽象的な概念が理解できる必要があります。また、この問題文を読んで内容を理解するためには、助詞「より」とか「次に」といった語が理解できる必要があります。また、必ずしも頭の中に4つの「町」のイメージを浮かべて、頭の中だけでその順序を操作できなくとも、論理的に思考するために、自分で記号(A、B・・>、<など)や図を描いて考えることができればよいわけですが、それが自分の力でできるのは、抽象語彙を理解でき、助詞「より」などの文法力も身につけ、形式的操作期に近づいた小学校4年生レベルつまり「9歳の壁」を越えたあたりと考えてよいだろうと思います。
〇問3を理解できる力をつけるために~ポイントは助詞!
さて、この問3が正答できるきこえない子どもたちは現状で3~4割ですが、指導することでその割合は増えるのでしょうか? すぐに改善するとは断言できませんが、ある聾学
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校では、小学部の低学年段階で、助詞(「が、を、に、で、と、より」など)を系統的に指導することで、文の意味を正しくつかみ論理的に思考する力が向上し、結果的に「比較3問題」のそれぞれの問いの正答率も向上しています(右図)。この聾学校では、2011~12年頃から低学年児童を対象に日本語文法指導を始めています。その頃まだ文法指導の授業を受けていなかった子どもたちの比較問題の結果は、他の聾学校高学年児童の平均と変わりません。しかし5年後の2017年とさらに5年後の2022年の結果はどちらも問1は95%以上の正答率、問2は75%以上の正答率、問3は50%以上の正答率で、2012年の結果より、それぞれ15~25ポイント正答率が向上していることがわかります。これが文法指導とりわけ助詞を学ぶことの最大の意義であり、そのことを如実に示しているのがこのグラフということになります。
ここで注目しておきたいのは、いわゆる「9歳の壁」に関係する問3の正答率がほぼ50%まで達していることです。高等部5校平均の正答率(学部別正答率グラフ参照)を小学部高学年ですでに上回ていることになりますが、適切な時期に適切な指導を行えば、きこえない子どもも、もっと伸ばせるということを示している結果ということができます。

なお、助詞の指導に関しては、下記の記事を参考にして下さい。また、本会発行のテキスト『きこえない子どものための新・日本語チャレンジ』(木島照夫,1,600円)は、助詞学習用のテキストです。この内容に合わせたYouTube動画も配信していますので参考にして下さい。
*テキスト「新・日本語チャレンジ」
http://nanchosien.com/publish/cat58/post_20.html
YouTube動画(全体プログラム)
http://nanchosien.com/11you-tube/
〇まとめ
小学校低学年頃の「具体的操作期(7,8歳~)」から、小学校高学年頃の「形式的操作期(11,12歳~)」に移行する頃の認知・言語発達を、「比較3問題」を使ってみることができます。但し、問1の問題文は経験的知識に頼った方略や主語・述語近接方略によっても正解できるため、助詞「より」を理解し的確に日本語を読み取れる力があるかどうかをみるのにはやや不十分です。それでもここでひっかかる子どもは基本的な比較概念の習得に課題がある可能性があるので、再度、見直しが必要です。
問2は、「もし~なら」という仮定の思考ができるか、経験的知識や見かけに頼らず客観的な判断できるかといった観点からみることができるので、「自己中心性」の時期を抜けきっていない場合には、この問題でひっかかることがあります。
問3は、抽象的な記号を操作し、助詞「より」の理解を含む日本語問題文を正しく読み取れる力、順番に論理的に思考することができる力をみることができます。現状では助詞等の指導によってP聾学校高学年児童の正答率50%までは実現できていますが、ここにシリーズで書いてきたように、幼児期からのアセスメントをしっかり行い、その年齢・時期での発達課題にしっかりとかつ子どもと楽しく取り組んでいければ、抽象的思考のレベルに到達できる子どもたちの割合ももっと増えてくるだろうと思います。
前回(言語・思考力のアセスメント~その3)では、幼児期のことばである「生活言語」(自分の経験と結びついたことばの段階)から「学習言語」(一般的・客観的な使い方ができることばの段階)へのレベルアップには、幼児期を通して培ってきた概念形成とシンボル機能の発達が欠かせないこと、そしてその発達を支えているのは、5歳~6歳頃に活発になってくる、「メタ認知機能」であることなどについて述べてきました。
そして、豊かな概念形成とシンボル機能の発達の様子をみるのに適した検査は、WISCⅣの「類似」と「単語」であることについて述べました。これら二つの検査は、
(ア)ことば(語・ものごと)を自分の体験から切り離して対象化・一般化できる力 (イ)それぞれのことば(語・ものごと)の概念の豊かさ (ウ)ことば(語・ものごと)の概念間の比較や共通概念が抽出できる力 (エ)上位・下位概念など構造化された語彙の体系(「心的辞書」) (オ)ことば(語・ものごと)の概念を別のことばを使って説明できる力が測定できるこ

と、そしてこの「類似」と「単語」で測定される二つの力は、本格的な学習言語の段階である小学校高学年時での日本語の「読み」(語彙力・文法力・読解力など)の力と強い相関(γ=0.8)を示していることから、将来の「読み」の力と関連し、その力を予測する上でも有効な項目であることについて述べました。そして、この二つの検査項目で見出された課題に適切にアプローチすることが、「生活言語」から「学習言語」へとつなげ、書記日本語力を高めるための有効な取り組みになることを述べました。
さて、今回は、この時期の発達段階(直観的思考期から具体的操作期へのレベルアップ)に関連する、もうひとつ別の側面からみた認知発達課題について考えてみたいと思います。「メタ認知機能」の発達によってできるようになった「脱中心化」を、①「保存の概念」の成立と、②「心の理論」の獲得という二つの側面からアセスメントするわけです。つまり「脱中心化」という発達を、「保存の概念」は「もの」に対する認知発達、「心の理論」は「人の心」に対する認知発達という面からアセスメントしているのが特徴です。
①保存の概念について

客観的・科学的な思考(=学習言語の世界)が可能になるためには、「保存の概念」が成立していることが必要です。幼児期は、自分の世界、自分中心の視点から物事を考える
ので、別の立場から物事を見つめるということが難しいという面がみられました。そのため、ものごとの見える部分にだけ目が行き、見えない部分(想像・イメージする部分)に目が行きにくいということがあります。そのため、右のような課題で、見かけにごまかされてしまうということが生じます。
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しかし、メタ認知機能が発達し、「自己中心性」の思考から抜け出すようになると、見かけにまどわされないで、客観的な視点から物事をみつめ考えることができるようになります。ここの発達をみるのが大田ステージ・StageⅣ前期の「保存の概念」(右図)です。
②「心の理論」課題(社会的認知)
そしてもう一つは、対人関係を維持していく上で必要な、他者の心をどう想像できるか

という「心の理論」課題です。①の保存の概念がモノに対する認知の発達とすれば、こちらは人の心に対する認知の発達と言えます。繰り返しになりますが、自己中心性の幼児期では、自分以外の「人の心」に想像を巡らせるということが難しい。しかし、メタ認知機能の発達によって「脱中心化」が進むと、自分以外の他者の思考にも目を向けることが可能になります。この点の発達をみるのが「心の理論」の課題です。
ただ、心の理論といっても、他者の心の想像や、想像に基づく他者への配慮ができるか

という点では、その発達のレベルもさまざまです。そのため、「心の理論」課題には、いくつかの検査課題が設定されています。日本で購入が可能な検査用具(動画)は、1.ボールの問題、2.トランプの問題、3.ハムスターの問題、4.おもちゃばこの問題、5.やきいもの問題の5つの問題がダウンロードできるもので、DIK教育出版より販売されています。これはパソコン上にダウンロードして使用する動画での検査課題です。
幼児や低学年児童では、誤信念課題(他者の心が想像できる)である、「1.ボールの問題」(=サリーとアン課題)や「2.トランプの問題」(=スマーティー課題)を実施し、どの程度、自分の思っていることと他人が思っていることとの違いに気づいているかをみますが、筆者(木島)の場合は、幼児に検査する場合は、自分で人形・玩具を用いて作った『アンパンマンとバイキンマン』(自分が知っている物理的な事実ではなく、アンパンマンが持っているはずの心理的事実・信念が想像できる=サリーとアン課題)、『ポッキーの問題』(今、自分が知っている事実ではなく、事実を知る前にもっていた信念を思い出し、他者の信念を想像できる=スマーティー課題)を実施することが多く、小学生の場合はこのダウンロード版を用いて行います(低学年で実施するときはハムスターの問題(ある状況の中でどのような発言をするとそれが相手の心にどう影響するかが理解できる力=ストレンジ・ストーリー課題)も加えてよいと思います)。
〇難聴児はなぜ「心の理論」課題が苦手か?
さて、一般的に難聴児は、あらゆる研究結果から、この「心の理論」課題が苦手だと言われています。難聴幼児は、聴児にくらべて自己中心性から抜け出る「脱中心化」の時期が遅く、サリーとアンの「心の理論」の課題でも、聴児に比べて遅れる傾向がみられます。「自分の世界・自分中心の見方」から「客観的な世界・自他を区別した見方」ができる時期の到来が遅れがちです。幼児期は「自己中心性」の強い時期で、まだまだ相手の立場に立って想像することができません。たとえば自分の知っていることは当然相手も知っているだろう、他の人が自分と同じ出来事を経験し、同じ感情を持っているだろうと考え

ます。
我が国でも、10年ほど前に全国的に行われた研究(いわゆる『感覚器戦略研究』2012)でも、そうした結果が紹介されています。右のグラフの黄色の棒グラフがそのときの「サリーとアン課題」の学年別の正答率です。聴児の正答率は、例えば、武藤(1997)による調査では、年長児の正答率は50%を越えていますし、その他の研究でも年長児では80%は越えていると言われています。しかし、難聴児がこの検査で正答率50%を越えるのは小学校3年生ですから、聴児とは3年の差があると言えるでしょう。グラフの赤の棒グラフは筆者が行った聾学校幼稚部幼児の結果ですが、これからも、確かに、難聴児は他者の心を想像することが苦手だと言えそうです。また、こうした結果と最も関係が深かったのは、日本語の語彙力と文法力だということが「感覚器戦略研究」で言われています。
〇他者の立場を想像することの苦手さは、受動文や使役文の苦手さに・・

このことは、「心の理論」の苦手さが、難聴児の受動文や授受文、使役文などの苦手さと関係していることを示唆していると思います。こうした構文の特徴は、複数の人が存在し、それらの人のあいだで交わされるモノや気持ちなどのやりとりを、それぞれの立場から表わすときの表現の仕方・言い方ということです。このとき、「自分の立場」から離れられない(「脱中心化」が困難、客観的な立場で思考できない)と他者の立場に立って思考することができませんし、そこにさらに語彙力と文法的な難しさ(動詞の活用、助詞の使い方がわからない)が加わり、理解ができ

ない、ということになるのだろうと思います。しかし、このような構文は小1国語教科書の中でも頻繁に出てきますから、他者の立場に立って思考したり、他者の立場に立って表現する方法は、自立活動や国語の授業の中で取り上げて学ぶ必要があると思います。
例えば右のプリントは、「牛乳の立場に立って言ってみよう」という受動文の表現の練習プリントですが、このような「(自分じゃ
ない)他者の立場に立って表現する」練習
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を積み重ねながら、「他者の立場」で思考することができるようにしていく必要があります。筆者の作った『絵でわかる動詞の学習』でも、受動文、授受文や使役文を取り上げて学習できるようにしています。
このHPで前回紹介した「はじめての受動文の指導~ある聾学校小2担任の実践から」は、参考になる実践です。
http://nanchosien.com/nyuyou/03-2/post_253.html
〇幼児期からの支援は・・・
では、幼児期における支援をどう考えればよいでしょうか? 一つは、日本語語彙力と

文法力が関係しているということから、まずは語彙の力(量の問題だけでなく、語の概念の豊かさ)と文法力とくに助詞の運用力をつけることです。もう一つは、やはり他者の視点から物事を考える練習ということですから、再現あそび・劇遊び、なりきり遊びなどで様々な立場・役割を演じたり、絵本の読み聞かせで登場人物の気持ちを味わったり、誰かに手紙を書くことで読んでくれる相手がどう思うか想像したり、他の家族はどう思っているのかを想像したり考えを尋ねたりなど、さまざまな工夫をしていくことです。
〇言語力・思考力のアセスメント~6~7歳頃に行うアセスメントのまとめ
前回と今回で、認知発達・言語発達の質的転換期であるこの時期の発達について述べました。
ひとつは、自分自身との関連でことばを理解使用している段階(=幼児期・自己中心性)から、自分の経験から離れてことばを客観的・一般的に理解使用する段階(=児童期前半・脱中心化)へのレベルアップが出来ているかをみるために、頭の中で自由にイメージ、文字、数字、記号などのシンボルを動かして問題に答えたり、共通の概念をさがしたり、ものごとの概念(ことば)を別のことばで説明したりできるようになっているかをみます。これをみることができる検査として、以下の2つの検査を使います。
ア.WISCⅣ「類似」(または質問応答関係検査「類概念」)
イ.WISCⅣ「単語」(または質問応答関係検査「語義説明」)
次に、メタ認知機能の発達によって「脱中心化」が進み、客観的な思考ができる段階にきているかどうかをみるために、以下の2つの検査を使います。
ウ.太田ステージⅣ「保存の概念」
エ.「心の理論課題」(サリーとアン課題、スマーティー課題、ストレンジ・ストーリー課題など)
上記の検査を幼児期年長あたりから小1,2年頃に実施することで、対象児の認知・言語発達の現状を把握し、課題があればその課題に基づいた対応の仕方を、一人一人の環境条件等を考慮しつつ設定し取り組みます。
以上、難聴児にとっての2つ目の‟ハードル"である6~7歳頃のアセスメントについて、2回にわたって書きましたが、この時期に行う検査としての「比較3問題」については省略しました。これについては、3つ目の‟ハードル"である、いわゆる「9歳の壁」のアセスメントのところで合わせて述べたいと思います。
前回(その2)は、幼児期の認知発達段階である「象徴的思考期」(2~4歳)から次の段階である「直観的思考期」(4~7歳)への移行期にある、難聴児が躓きやすい最初のハードルとそのチェック方法について述べました。ここから躓くとそのあとの発達にも影響するので、以下、再度、要点を抑えておきましょう。
〇豊かな概念とシンボル機能(イメージ)を身につけるために
子どもは、2歳前後にことばを獲得(ものの名前が同じ性質をもったものの集まり=カ
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テゴリーにつけられた名前であることを理解します。本来の言語獲得はこのことを指します)しますが、その頃から頭の中にもの(例:りんご、クレヨン、自転車など)やこと(例:散歩、買物、お風呂など)の名前やそのイメージ(=symbol)を頭のなかに記憶・保存し、あとで取り出して使うことができるようになります。しかし、難聴児はそれらのもの・ことの概念が拡がりに欠け、記憶イメージも弱い傾向があります。そのため、大人との1対1での丁寧な関わりの中で、ことばとイメージを拡げる手助けをする必要があります。そして、この点をチェックする方法として、以下の2つをあげました。
① 『太田ステージ』のstageⅢ-2後半「見えないものの大小の比較」(例「机と鉛筆

ではどっちが小さい?」など)・・・頭の中の記憶表象(symbol)を使って比較の概念が獲得されているかどうかをみる(つまり、「比べる」ということが理解されており、記憶されているものの概念が確かなものであれば、大きさの比較もイメージの中でできる)。
*もしここ(StageⅢ-2後半)で躓いている場合、StageⅢ―2前半「〇の大きさの比較」を実施し、目の前にある図形の比較ができるかどうかをみる必要があります)
② 『質問応答関係検査』の「類概念」の問題・・・同じ性質を持ったもの(=ことば・下位概念:例「りんご、バナナ、みかん」)が集まって、より大きな括りをもったことば

(=上位概念:例「果物」)になるということば(の構造)が獲得されているかどうかをチェックします。ここも難聴児のとても苦手なところです。きこえない子は、「犬、猫、牛、ぞう、きりん」など"見える"ものの名前・概念は獲得できるのですが、上位概念である「動物」という"見えない"ものの名前・概念の獲得は苦手です。教えていないけれどどこかで聞きかじって知っているというきこえる子のような偶発的な学習はできないからです。
このようなチェックによって、4歳頃(年少・年中の頃)に比較概念や概念カテゴリーが獲得されているかどうかをみることによって、頭の中で操作するシンボル(イメージ・ことば)やものごとの概念の発達の様子がわかります。もし、ここで躓いているのなら、ものごとの概念をしっかり持てる・広げる活動やかかわりを丁寧に行います。

一例を挙げれば、子どもが風邪をひいて病院に行ったのなら、後日、「病院」というタイトルで「ことば絵じてん」を作って、お医者さん、看護師さん、体温計、聴診器、薬といった絵を貼って「病院」の概念がわかるページを子どもと会話しながら一緒に作ったり、「絵日記」の中で体験を振り返りながら、絵や写真、薬の袋、文字等を使って、お医者さんとのやりとり、その時の自分の気持ちなど、出来事(ストーリー)を短い文でまとめて体験を「書きことば」にしたりします。さらにまた、質問カードで「病院ってどんなところ?」「お医者さんって何する人?」「病気ってなに?」「体温計ってどんなもの?」などのクイズの問題を作って、なぞなぞやクイズなどことばあそびをする教材を作り、そのものごとの概念を説明する(言語化する)練習をしたりします。このような活動が、その後に続く発達の節目でみる「類似」(WISCⅣ)「類概念」(質問応答)や「単語」(WISCⅣ)「語義説明」(質問応答)の課題をクリアする力に繋がります。
【注】stageⅢ-2後半だけでなく、前半の「〇の大きさの比較」でも躓いているのであれば、同じもの違うものの理解、ものの名前の獲得などさらに基礎的なsymbolと概念の形成から始める必要があります。
〇幼児期後半(6~7歳頃)にチェックしておきたいこと
さて、前置きが長くなりましたが、今回(その3)と次回(その4)は、その後の発達の節目である、「直観的思考期」(4~7歳)から「具体的操作期」(7~11歳)にかけての認知・言語発達の視点とチェックの仕方について考えますが、今回は、前回アセスメントしたsymbol機能や概念化の力が、次の節目(二つ目のハードル)である生活言語から学習言語への移行時に必要な力としてどう育っているか、そのアセスメントの方法についてみてみます。
〇直観的思考期(幼児期後半)から具体的操作期(児童期前半)の認知・言語の発達は?
この時期は、5、6歳から発達してくる「メタ認知機能」(自分や周りの出来事を振り返り客観視する力)によって、「自己中心性」から「脱中心化」へと向かう発達の節目の時期であり、また、言語面からみると「生活言語から学習言語へ」という移行期にあたります。とくにきこえない子にとっては、日本語の語彙・文法力の習得という課題も加わって、きこえる子以上に高いハードルになるので、ここをしっかりと越えていけるように支援する必要があります。以下、まず、直観的思考期と具体的操作期の発達の特徴をみてみます。
①
直観的思考期(4~7歳)
幼児は、自分と自分を取り巻く外界との区別がまだできないのが特徴です。そのため、自分以外の視点から物事をみることができません。これを「自己中心性」と言っています。このことはモノだけでなく人に対しても同様で、相手の立場に立って想像することができないので、自分の知っていることは当然相手も知っているだろうとか、他の人が自分と同じ出来事を経験し、同じ感情を持っているだろうと思いこみます。また、ものごとの最も目立つ側面(見た目)に注意が向き、それ以外の部分に目を向けることができません。例えば、広口の瓶の水を細口の瓶に移すと、水の量は変わっていないのに、「水が増えた」と思います。まだ、客観的な判断はできないのです。
②
具体的操作期(7~11歳)
しかし、家族以外の大人や子どもたちとの出会いなどを通して会話能力や他者への共感性を発達させたり、自分の感情や行動をコントロールしたり、自分のことを客観視できるようになったり、ものごとの原因と結果の関係を理解したりといったやや複雑な思考や心理的な面での成長がみられるようになると、幼児期の「自己中心性」の思考から抜け出して、自分が知っていることと他者の知っていることとの区別がつくようになり、見かけの変化に影響されていた思考から客観的な判断ができるようになり、数、量、重さの保存の概念といった科学的な概念の基礎が育ってきます。しかし、こうした発達が遅れがちなのが難聴児です。シンボル機能や概念形成の発達の遅れ、大人や子ども同士での会話や関わりの不足、外界から情報を摂取することへの制限などさまざまなマイナス要因が重なるからだと考えられます。
〇生活言語から学習言語へどうレベルアップするか?
「自己中心性」から「脱中心化」へという認知発達に即して言語の発達を考えると、「生活言語」から「学習言語」へのレベルアップとは、自分自身との関連でことばを理解し使っている段階(=自己中心性の段階)から、自分の経験から離れてことばを客観的・一般的に理解し使える段階(脱中心化の段階)へのレベルアップということができます。

「前概念的思考期」(0~2歳)から「直観的思考期」(4~7歳)にかけて育ってきたsymbol機能は、5~6歳の頃に発達してくる「メタ認知機能」の力を借りて、頭の中に自由にイメージ、文字、数字、記号などを浮かべて、それらを頭の中で操作する力として伸びてきます。例えば、「しりとり」や「さかさことば」「なぞなぞ」「クイズ」などことばやイメージを頭の中に浮かべて質問に応えたり、頭の中で文字を動かして問題に答えたりできるようになってきます。また、もののイメージ(symbol)を浮かべてそれらの共通概念をさがしたり、ものごとの概念(ことば)を別のことばで説明したりできるようになります。こうしたメタ認知機能をもったことばの力の育ちをみることができるのが、以下の2つの検査です。
(1)
WISCⅣ「類似」(または質問応答関係検査「類概念」)
(2)
WISCⅣ「単語」(または質問応答関係検査「語義説明」)
*これらの検査についてはすでに以下のところで詳しく説明していますのでぜひそちらを参考にして下さい。
HP・TOP>発達の診断と評価>WISC>幼児の認知・言語の力を伸ばすポイントは?~豊かなシンボルと概念形成
http://nanchosien.com/10_1/10-2_wisc/post_246.html
上記のWISCⅣ「類似」と「単語」によってわかる力は、(ア)それぞれの語を自分の体験から切り離して対象化・一般化できる力、 (イ)それぞれの語(ものごと)の概念の豊かさ、 (ウ)概念間の比較や共通概念が抽出できる力、 (エ)上位・下位概念など構造化された語彙の体系(「心的辞書」)、(オ)ことば・概念を別のことばを使って説明できる力などです。
そして、この二つの検査によって測る力が、学習言語段階での書記日本語の力の土台に

なっている力です。そのことは、聾学校幼稚部年長児に実施したWISCⅣの「類似」「単語」の結果が、小学部高学年でのReadinTestの読書偏差値の結果と強い相関がみられることからも理解できます(右グラフ参照)。ですから、この二つの検査で課題がみつかったら、ぜひ、絵日記、ことば絵じてん、ことば遊び、絵本の読み聞かせなど、さまざまことばの活動を通して、上記①から⑤の力をつけていっていただきたいと思います。


以上、今回は、生活言語から学習言語への発達の節目にある、2つ目のハードルのうち主に「言語」に焦点をあてて説明しました。次回は、「直観的思考期」から「具体的思考期」への発達の節目となる「脱中心化」をどのような検査からみるかについてお話ししたいと思います。
前回は、語彙・文法・読解という側面から日本語言語力についてアセスメントする方法を紹介しましたが、今回から、「生活言語」から「学習言語」へ至る過程での認知・言語発達をみる検査について紹介したいと思います。
〇幼児期から児童期にかけての認知・言語発達の特徴
まず、生活言語と学習言語という二つの言語の違いについてですが、この二つの言語について考える場合、日本語の語彙・文法・読解といった側面からではなく、認知発達の視点から考える必要があります。というのは、学習言語が、書記日本語の読み書き能力や教科学習に必要な抽象的・論理的・客観的思考のできる力に関連しているからです。
そこでで認知発達の代表的な理論であるピアジェの認知発達段階説に沿って幼児期から児童期に至る子どもの認知発達についてみてみます。
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図の左側に下から上方向に示されているのがピアジェの発達段階で、感覚運動期から形式的操作期まで順に5つの段階があります。
このうち、言語獲得以後の「前概念的思考期」と「直観的思考期」が幼児期に該当します(この2つをまとめて「前操作期」とも言います)。
ピアジェによれば幼児期の特徴は「自己中心性」(「中心化」)で、ものごとを自分中心という主観的な視点からみるのがその特徴です。
しかし、小学校以降の教科学習が可能となるためには、ものごとを客観的な視点からみることが必要ですから、"自分"という主観的な視点(「自己中心性」「中心化」)から、"自分以外"の別の見方(他者など自分以外の別の視点)が考慮できるようになることが必要で、これを「脱中心化」といっています。この「自己中心性から脱中心化へ」の発達が、「生活言語から学習言語へ」の発達の認知的側面であると言えます。

この点を含めて生活言語と学習言語を定義づけるとしたら、生活言語(=幼児期)とは「自分自身との関連でことばを理解している」段階であり、学習言語(=児童期・低学年)とは「自分の経験を離れて一般的・客観的にことばを理解できる」段階と定義づけることができます。(右図参照)
さらに児童期・高学年では、慣用句(「手に汗を握る」「頭をひねる」など)やことわざ(「論より証拠」「馬の耳に念仏」など)のような、比喩やたとえを使って的確に物事の本質を表現したり、「すみません、時計もっていますか?」と言われたとき、場と状況によってそれは時計の所持を尋ねられているのではなく、「今、時間は何時ですか?」と時刻を尋ねられているということの意味など、ことばは字義通りの意味だけでなく、さらに別の意味があることの理解ができるようになります。また、詩や短歌、俳句などのようにものごとの深い感動をあらわした文の意味をくみ取れるようになっていきます。このような段階を「ことばの本来の意味を越えてことばの意味が見出せるようになった段階」ということができます。学習言語の中でもレベルが高く、ピアジェの発達段階で言えば、「形式的操作期」(11,12歳~)に該当する段階です。
〇きこえない子はどこでつまずくか?~最初のハードルとアセスメント
「自己中心性から脱中心化へ」「生活言語から学習言語へ」というこの発達の節目は、「5歳の(だらだら)坂」(齋藤佐和,1986)と言われて、きこえない子どもたちは、ここを越えることに多くの時間がかかり、きこえない子にとっての大きなハードルとなっていました。この発達段階は、ピアジェの認知発達段階では、「直観的思考期」(4~7歳)から「具体的操作期」(7,8歳~)への移行の時期と重なっており、「脱中心化」がメインのテーマとなる発達の節目です。
しかし、発達の節目はここだけではなく、実はもう少し年齢の早い段階にもあります。それは、ピアジェの発達段階でいうと、「前概念的思考期」(2~4歳)と「直観的思考期」(4~7歳頃)の変わり目あたりです。以下、乳児期から幼児期前半頃のピアジェの認知発達段階に沿ってその頃の認知発達の様子からみてみます。
ア.感覚運動期(0~2歳頃)
7,8か月頃、赤ちゃんはものが隠れて見えなくなっても、それが存在していることを理解できるようになります(「対象の永続性」)。見たものや経験したことをイメージを

使って記憶ができるようになるので(イメージ=symbolの誕生)、まだことばがわからなくても、実物の代わり(=symbol)として、経験したことの「写真」を見て親子で気持ちを伝え合えるようになるわけです。そして、1歳頃の初語の表出を経て(難聴児では手話による初語表出は聴児の初語表出と時期的に変わりませんが、難聴児の音声言語初語の時期は半年から1年くらい遅くなります)、2歳頃に「ものの名前がわかる」ようになります。もの名前は、共通の性質をもった同じものの集まり(カテゴリー)につけられた名前ですから、この頃にものの概念やカテゴリーがわかるようになったとも言えます。ここまでは手話で言語獲得は大丈夫なのですが、難聴児の言語獲得の問題は、獲得したそのものの概念やイメージにどれだけの豊かさがあるかなのです。それは、2歳から4歳頃の「前概念的思考期」をどのように過ごすかに関わってきます。
イ.前概念的思考期(=象徴的思考期)(2~4歳)
言語を獲得し概念を形成し始めた2歳頃になると、子どもはもののイメージを頭のなかに

記憶・保存し、あとで取り出して使うことができるようになります。この年齢ではまだ頭の中で言葉や数字を使って高度な思考を行うことができないので、簡単なことば(symbol)やイメージ(symbol)を使い、イメージを頭の中で動かしてママやパパになってままごと遊びをしたり、ヒーローやヒロインになったつもりになってなりきり遊びなどに没頭します。いわゆる象徴あそびが盛んになる時期です。右のファイルの事例はそのような例です。2歳から3歳代にかけてのこの

時期に、目の前にないものを思い浮かべて(イメージを浮かべて)象徴あそびをたくさんした子、買物や料理、洗濯や洗濯物干し、掃除やごみ捨て、外出や外あそびなどを親と一緒にやった子、絵本をたくさん読み再現あそびをした子たちは、実物にもたくさん触れていますし(直接経験と生活概念の獲得)、その実物についての概念を大人との会話を通して獲得していますし(概念の拡充や記憶)、絵本や絵日記、描画といったシンボル媒体(間接経験)を通じて想像の世界とも結び付けることができていますが、生活の用を足すだけの通り一遍の会話(いわゆる日常会話)だけで終わると、きこえない子たちの概念形成とシンボル形成はうまくいきません。

きこえる子はどこかでだれかの話を「聞きかじる」「耳にする」経験をしていて情報を補うことができるのでそれほど概念形成に関して難聴児ほどの心配は要らないのですが(全く不要という意味ではありません)、きこえない子は「今、ここ」で向き合っているときのやりとりだけが概念やシンボルを拡げる場になるので、この時期に実物に触れる経験やその経験をことばやイメージで膨らませていく関わりが不足すると、頭の中にイメージが作れなかったり、そのモノの概念に広が

りがなかったり、りんご、みかん、バナナといった目で"見える"モノの名前は習得できても、「果物」といった目で"見えない"カテゴリー(上位概念)につけられた名前を習得することができません。ことばがカテゴリーごとにまとめて整理され頭の中に保存されていないので、新しいモノに出会ってもそれが何かを推論できず、結果的にことばが広がらないということになりますし、ことばがバラバラになっているので記憶もしにくいということになります。
そこで、こうした関わりがうまくいっているかどうかをチェックすることが必要ですが、その時期として、「前概念的思考期」と「直観的思考期」の発達の節目である4歳頃に、2~3歳代のシンボル機能の発達と概念カテゴリーについてチェックを一度行うわけです。
〇太田ステージ~stageⅢ-2後期・・目の前になくても頭の中にイメージが浮かぶ?

目の前にないものをイメージできるかどうかをみるのが、太田ステージⅢ-2の「物の大きさの比較」です。記憶表象(symbol)が未発達で実物しか思考の対象にできない段階(Ⅲ-2前期)か、頭の中にしっかりと記憶表象がもてている(Ⅲー2後期)かをみます。
*難聴児は、言語獲得をしたのち、ものの名前や概念をそれなりに身につけていきますが(いわゆる「基礎語」の獲得は可能)、獲得している概念の豊かさに欠ける傾向がありま

す。日々の生活の中で用を足せば終りの会話だけでは十分にものごとの概念が十分に身に付いておらず、また、イメージも豊かにもてていないことが多いので、4歳頃に一度チェックをして、ここで躓いているようであれば、もう一度、概念を豊かに獲得するための丁寧な会話を、家庭で心がけていただくようにします。右に添付した事例は参考になると思います。


〇質問応答関係検査「類概念」・・ことばがカテゴリー化(構造化)されてる?

難聴児は、ことばの獲得(モノの名前がわかる)は可能ですが、目の前に見えるモノの名前はわかっても、さらに抽象性の高い上位概念を知らないことが多いです。例えば、「犬、ねこ、牛、馬」(基礎語)は知っていても、それらの共通性からまとめたことば(上位概念)である「動物」ということばを知らないことがあります。「動物」は抽象概念であり、「動物」というものがいるわけではありませんから、「見えない」ことばで

す。見えなくても、どこかで「聞いて」知っていくのが聴児ですが、きこえない子はそれができないので、このような「見えない」ことばは教えるしかありません。そこができているかどうかを問うのがこの検査です。
事例は、ものごとの概念をどう深めるか、事例Bは絵本とも結び付けながら「すいか」という実物との出会いをどう体験し、イメージ豊かにすいかの概念を学ばせたか、事例CはC「服が汚れちゃった」「洗濯機に入れと

きなさい」で終わりがちな日常会話から、さらに一歩深めて実際に一緒に「洗濯」を体験した事例です。このもう一歩深める会話こそ、難聴児の概念を豊かに身につけさせられるために大事な会話。こうしたやりとりを2~4歳の「前概念的思考」の時期にしっかりやることが、次の「5歳の坂」というさらに大きなハードルを越えるための貴重な糧になるわけですね。

以上、「太田ステージ」と「質問応答関係検査」についての詳細は、以下の項目もぜひ参考にしてください。
HP・TOP>乳幼児期・学童期>豊かなイメージをもったことばの獲得を!~幼児期3歳のシンボルの発達
http://nanchosien.com/nyuyou/post_237.html
HP・TOP>発達の診断と評価>難聴幼児の認知発達をとらえるものさし~太田ステージ
http://nanchosien.com/10_1/post_226.html
以上が、幼児期の認知発達段階である「前概念的思考期」(=「象徴的思考期」2~4歳)から次の段階である「直観的思考期」(4~7歳)の移行期にある最初のハードルとそのチェック方法です。ここを上手に乗り切ると、次のハードルである「直観的思考期」から「具体的操作期」(7,8歳頃)の間にある「5歳の坂」が乗り越えられます。発達は順番にしか進みません。年齢に関係なく、躓きをみつけたらその地点に戻ってやり直すことが結局は早道なのです。「急がば回れ!」
難聴幼児・児童の支援・指導において最初にやることは、子どもの発達を客観的に把握

し、課題を明確にして対応を考えることです。見方として、日本語の面だけをみるのか、認知や思考と言語との関連でみるのか、二つの見方がありますが、ここでは、日本語の語彙・文法・読解を測定する検査について、比較的、使いやすい検査について紹介します。
日本語言語力を測定する検査では、言語を構成している音韻、語彙、統語(文法)、語用(読解)にそって考えてみると、難聴幼児・児童には、以下のような検査が使いやすいと思います。
①語彙のレベル~「絵画語彙発達検査」3歳~12歳3か月適用
語彙理解力を測定します。適用年齢は幼児・年少から小6あたりまでをカバーできま

す。4枚の図の中から指定された単語を指差しで応えるだけの簡単な検査で10~15分程度でできます。同じ絵について,異なる単語で問う問題もあり(例えば、飛行機の絵について「飛ぶ」「飛行機」「乗り物」など異なる語で質問する)、その単語の絵(=飛行機)について、子どもがもっている概念をみることもできます。また、図版1~3の18問題のうち上位概念を問う問題が6問あり、難聴児が上位概念のことばをどの程度習得しているかがわかります。図版は15枚ありますが、図版6(8~10歳開始図版)あたりから図版15までは抽象語彙(いわゆる音読みの漢語「輸送」「温暖」「冷却」など)が多く、抽象語をどの程度習得しているかもわかりますから、この検査で幼児期から小学校高学年までの語彙力はだいたい測定できます。
結果は語彙年齢と評価点で示され、評価点の基準は以下のようになっています。
評価点1~5・・・明らかな遅れ
同6~8・・・平均より下
同9~11・・・平均
同12~14・・・平均より上
同15~19・・・明らかに高い
なお、語彙力を測るその他の検査として「抽象語理解力検査」というのがありますが、「絵画語彙発達検査」でも抽象語彙はある程度測定できるので、小学生ならわざわざやる必要はないと思います。
②文法のレベル~「Jcoss(ジェイコス・日本語理解力検査)」3歳~
文法力を測る検査です。文を自分で読んで理解するためには、語彙力の次に文法力

が不可欠です。どの程度の文法力があるのか比較的簡単に調べることができる検査です。適用年齢は、幼児3歳から小4あたりまでの日本語文法力をカバーできますが、とくに年齢範囲は決まっていません。これも「絵画語彙検査」と同じように4枚の図の中から指定された単語の絵を指差しで応えるだけの簡単な検査で10~15分程度でできます。
結果は、まず、通過項目のかずによって、難聴児が聴児の何歳(何年生)くらいの力があるのかみることができます。難聴児の場合

は、一般的に語彙力も聴児と比較して弱い傾向がありますが、年長幼児なら小学校就学頃に7項目以上通過していれば、小学校1年生の教科書を自分で読んで理解する力があると考えてよいでしょう。
また、項目別に回答内容を分析することで、その子どもがどのように文を理解しているかがわかります。一般的に難聴児は、助詞が十分に理解習得できていないことが多く、助詞抜きで、知っている単語だけを手掛かりにイメージを描いています。そうした答え方・思考の仕方の特徴を分析することで、指導の手掛かりがつかめます。
なお、JCOSSについては下記の記事を参考にご覧ください。
http://nanchosien.com/10-1/10-1jcoss/
③読解のレベル~「Reading-Test(読書力診断検査)」小1~
この検査は、「読字力(=音韻、漢字)、語彙力、文法力、読解力」の4つの下位テス

トからなっており、いわゆる言語の4分野について測定しているといえます。小学校低学年用、中学年用、高学年用の3種があり、それぞれ教科書に対応した内容で問題が作られています。
聾学校では、1970年代からこの検査を使っており、内容を改訂しながら半世紀以上ものあいだ使われてきた歴史があります。右のファイルは、ほぼ10年ごとに調査された、学年ごとの児童の平均「読書年齢」ですが、4

年から6年までのどの学年でも、1970年から2015年までのあいだ、「読書年齢」が該当の学年に到達していません。これがいわゆる「9歳の壁」といわれる現象です。
Reading-Testの検査結果は、「読字力」「語彙力」「文法力」「読解力」「読書力(全体)」ごとにそれぞれ5段階評価で示されます。また、「読書力(全体)」は「読書力偏差値」や「読書学年」でも示されます。
④学力テスト 小1~

ほかに絶対評価法に基づく「教研式CRT(Criterion Referenced Test)」や相対評価法に基づく「教研式NRT(Norm Referenced Test)」などの学力テストなどがあり、これらは、日本語力というより教科学習としての国語の学力を測定するときに用いられます。
*その他
文法テストとして自作の「助詞テスト」「形容詞テスト」「動詞テスト」などがあります。それらについては下記をご覧ください。
★HP・TOP>発達の診断と評価>助詞テスト
http://nanchosien.com/10-1/10-3/
★HP・TOP>発達の診断と評価>形容詞テスト
http://nanchosien.com/10-1/10-4/
★HP・TOP>発達の診断と評価>動詞テスト
きこえない子どもとくに幼児期の認知の発達(=象徴機能の発達)をとらえる尺度として「太田ステージ」という検査があります。これはもともとはASD(広汎性発達障害・自閉症)の実践研究の中で開発されたものです。ASDの子どもの発達をとらえる上で認知発達という視点は欠かせないということでピアジェの認知発達理論をベースに、小児神経科医の太田昌孝先生が開発されたものです。

この検査は、シンボル機能(象徴機能)がまだ認められないStageⅠから、ピアジェがいう「具体的思考期」に入るころまでのStageⅣまでの、大きく5つのStageに発達段階を分け、さらにその中がいくつかに段階分けされています。(右引用頁参照)
*StageⅤはピアジェのいう「具体的操作期」以降になります。
この検査の長所は比較的短時間に検査が実施でき、子どもの認知発達のおよその段階がわかることで、筆者も時々使っています。
難聴幼児の場合、定型発達の子どもでも、頭の中にしっかりとモノのイメージが描けない子どもがいます。絵や映像、文字、数字などの象徴機能(実物の代理機能)が十分に発達していないのです。象徴機能が十分発達していないと、生活言語から学習言語へのレベルアップが難しくなります。頭の中に自由にことば(=文字・指文字など)や数字を浮かべて、それらを操作できないと抽象的な思考は困難です。

この太田ステージでは、そうした象徴機能の発達の様相をとらえることができます。例えば、StageⅢ―2後半の「頭の中でモノの大きさが比較できる」という項目は、「バスと自転車とでは、どっちが大きい?(小さい?)」といった頭の中でモノの大きさがイメージできる(比較概念がわかる)問題となっており、まだまだモノが頭の中で比較できない子どもには、具体物と出会う経験とその言語化がもっともっと必要だということがわ

かります。そして、この力は、モノを仲間として括ってその括りに名前をつけるなどの「類概念」の発達や概念形成のレベルアップにつながっていきます。
さらに、StageⅣ前半の課題である「空間関係」の問題は、位置をあらわすことばがどれだけ理解でき身に付いているかをみることができます。例えば「積木の上にさいころを置いて下さい」という指示は、「~の上」という位置関係をあらわす言い方が理解できているとクリアできます。しかし、「さいころの上に積木を置いて下さい」という質問は、クリアできるとは限りません。積木の上にさいころを置くのは質問としてもある意味自然ですが、さいころの上に積木を置くのは、不自然です。ですから正確に日本語が理解できていないとこの問題をクリアできません。
空間関係・位置関係の言い方にはいろいろあります。上・下・中、前・後ろ、横、すみ、かど、そば、近く・・・。こうした言い方になじんでいないのが難聴児の特徴です。日常生活の中でも「そこにあるでしょ」とか「それ、とって」「そこ置いといて」とか、場面を共有しているところでは代名詞や指差しで済ましてしまうことも多いです。「上から二番目の引き出しね」とか「~の横においてね」など言葉で正確に言い表すことの大切さにこの問題から気づくことができます。
また、StageⅣ後半の「保存の法則」は、年長さんにはぜひやってみてほしい課題です。縦に細いグラスに入ったジュースを底の広いグラスに移したとき、「多くなった」と答える幼児は、まだ「見かけ」にごまかされてしまい、「質量保存の法則」が理解できていない段階です。この段階は、通常7~8歳と言われているのでもちろんできなくてもかまいませんが、まだまだ「自己中心性」のまっただ中にある発達段階と言えると思います。
なお、検査道具は自前で作る必要がありますが、その作り方は以下の書籍に載っています。また、評価の仕方なども詳しく載っています。
『太田ステージによる自閉症療育の宝石箱』永井洋子・太田昌孝著、日本文化科学社
『StageⅣの心の世界を追って』永井・太田・武藤直子、日本文化科学社
〇誕生から生後半年頃まで(0歳前半の頃)
新生児聴覚スクリーニング(以下、新スク)が普及し、生後半年頃には相談機関を訪れる保護者が増えてきました。「せっかく早く発見できたのだから、早く教育を開始してほしい」というのが親の願いでもあるのですが、この時期は聴覚器官の発達もまだまだ未熟で、誕生時から生後半年くらいまでは、視覚・触覚などあらゆる感覚を含めて赤ちゃんは、自分の感覚器官をフル回転させて人を含めた環境と関わっていく時期(感覚運動期)ですので、早く補聴器を装用すれば早く聴覚が発達してきこえる子に追いつくということではありません。
〇聴覚・発声機能の発達
きこえる赤ちゃんは、すでに出生前よりお母さんのおなかの中で母語のリズムやイントネーションのパターンをききわけ、記憶していくと言われます。そして、誕生直後の0か月ですでに母語と他言語を聞き分けると言われています。通常、誕生後の聴覚・音声の発達過程は、以下のような過程を経ていきます。
・1か月頃・・・クーイング「アー」「クー」という声を出す。
・2か月頃・・・過渡期の喃語「アーアー」が出る。(子音の要素はまだない)
・4か月頃・・・母音【あ、い、う、え、お】の音素カテゴリーが形成される。
・6か月頃・・・子音【k、s、t、n、h、m、y】の音素カテゴリーが形成される。
このころ、日本語を母語とする赤ちゃんは「l」と「r」の区別ができなくなる(日本語の「ラリルレロ」ではこの「l」と「r」の子音の区別はしないので、日本語を母語とする赤ちゃんはこの区別ができなくなっていきます)。
・8カ月頃・・・規準喃語(バババ、パパパなど子音が含まれた喃語)が出る。この喃語がやがて音声日本語のことばの発語(初語)につながる。
〇きこえない子の聴覚・音声機能の発達
きこえない子の場合は、きこえる子と同様に過渡期の喃語までは出ますが、子音の音素カテゴリーは形成されないと言われています。きこえない赤ちゃんの場合は、「アーアー、
ウーウー」と言っていた「過渡期の喃語」はきこえる赤ちゃんと同じに出るのですが、生後7~8カ月頃の子音を伴った「規準喃語」には発展せず、その代わり手をひらひらさせたりする「手指喃語」に発展すると言われています。(武居渡1997)
ただ、この言い方は正確ではありません。生後、5、6カ月より補聴器を装用したきこえない赤ちゃんのうち、比較的聴力の軽い赤ちゃん(ほぼ聴力90dB以下)は音声の喃語も観察されること
があるからです(木島2017)。木島が保護者21名から聞き取った調査では、聴力90dB以下の赤ちゃんには音声の喃語が出ていたと報告するお母さんがみられました。ただ、手話も併用しているので、この音声喃語は音声初語につながるよりも前に、どの赤ちゃんも聴力にかかわらず、手話の初語のほうが先に出現していました。音声言語より手話のほうが早く獲得されることは、きこえない子には一般的に観察される事実ですし、きこえる赤ちゃんでも音声言語の初語が出る前にベビーサインを使って会話するとよいと言われることからも理解できます。また、手話の初語が出る時期は、ほぼ1歳前後で、きこえる子の音声言語初語の出現時期とだいたい同じでした。
〇初語獲得前(前言語期・0歳後半期)にみられる発達は?
では、初語つまり言語が獲得されるためには、どのような発達の高まりや伸びが必要なのでしょうか? ここでは、その発達的前提について考えてみたいと思います。
〇言語獲得のための二つの大切な発達
★認知発達的基盤(象徴機能)
生後、5か月くらいになると、記憶する力が発達してきて、自分が経験したことを覚えているようになります。さらに8~9か月頃になると、時間・場所・人などを含めて過去の出来事をちゃんと記憶していて(エピソード記憶)、知らない人や初めての場所では不安になったりします。いわゆる「人見知り・モノ見知り」です。ことばの発達にとって大事な記憶とかイメージがもてるなどの認知的な基盤が整ってきます。これを別のことばでいえば「象徴機能の発達」といいます。この頃「写真カード」などがコミュニケーションの道具として使えるようになってきます。
ことばはものごとの意味を、なんらかの記号であらわしたものです。例えば日本語での「し・ん・か・ん・せ・ん」という6つの音のつながりは、新幹線の実物とは本来なんの関係もありませんが、実物の電車を表すという約束ごとです。しかし、手話の「新幹線」は新幹線の先頭部分を象徴的に表したシンボル性(=写像性)をある程度もっています。そういう点でも手話はきこえない子にとっては獲得しやすい言語だといえるかもしれません。「食べる」「飲む」「歩く」などはそうです。ただ、「ありがとう」「ごめんなさい」など写像性のあまりない手話ももちろんあります。
また、誕生以来続いてきてお母さんとの心地よい関係もますます強固になっていくと、大好きなお母さんがすることに関心を赤ちゃんも関心を示すようになり、お母さんが指さしたものの見るとか、子どもが何かを指さしてお母さんに知らせるといったいわゆる「共同注意」とか「三項関係」といわれる関係が築かれていきます。言語は人と人が何かを共有し伝え合うためのものなので、この共有関係が成立しているかどうかは、ことばの出現にとっては非常に大切なことです。
木島が2017年にやった保護者アンケート調査でも、手話の初語がみられた21名全員に、初語出現(平均11.4カ月)の前に「共同注意」が観察されています。
また、音声言語の初語は、90dB以下の子の62%にみられ、その平均月齢は13.4カ月で、手話初語の出現からやや遅れる傾向がみられました。なお90dB以上の子では、音声初語の出現は38%の子に観察されました。

①感覚運動機能の発達・・・周囲のものへの興味や関心、またモノを扱う操作性が育っているかをみます。
②社会的相互関係の発達・・・日常生活場面での人との関わりややりとりを楽しめる力が育っているかをみ
ます。
③記憶・認知・象徴機能の発達・・・自分の経験を頭の中にイメージ(表象)して再現できる力が育っているかをみます。
④伝達・表出機能の発達・・・身振りや動作、あるいは写真カードなどを使って相手に自分の思いを使えようとしたり、手話・音声言語などを使って伝えようとする力の育ちをみます。
このような観点からみることで、今まだ、ことばが出ていない子どもであっても、どのような段階まで成長しているのかがわかります。
ある保護者の方から「幼児期に身につけた言語力は、小学生以降の読み書きの力につながっていくのでしょうか?」という質問をいただきました。
幼児期の言語力をどう定義するかにもよりますが、ここでは客観的な数値として理解いただくために、言語力を日本語の語彙・文法力と言語による思考の力という二つの力からなるものと定義して、ある公立聾学校幼稚部における、①年長修了時のJcoss(日本語理解テスト)通過項目数(日本語語彙・文法力)と②年長時WISCⅣ「言語理解」の合成得点(VIQ)の2つと、これらの2つの検査結果が、③聾学校小学部中・高学年(3~6年)時の読書力検査偏差値にどうつながっているかについてみてみたいと思います。ある公立聾学校の2018年の3~6年児童30名の結果から考えてみます。なお、Jcossについては、本HP>発達の診断と評価>J.cossの「Jcossとは?」を参照。WISCについては、同>WISCを参照してください。
〇語彙・文法力と読みの力(Jcoss通過項目数と読書偏差値)
まず、年長修了時のJcoss通過項目数と小学校中・高学年時の読みの力(読字・語彙・文法・読解)との関係ですが、右図に示すように、相関係数はΓ=0.74で非常に高い数値を示しています。このことから、幼稚部修了児の語彙力・文法力が小学部での読みの力にそのままつながる確率が非常に高いことがわかります。
読書力検査の偏差値とは、偏差値でほぼ55以上なら該当学年より上の学年の読みの力(上学年)を、45~55の範囲であれば該当学年(対応学年)の読みの力を、45以下であれば該当学年以下の読みの力(下学年)にとどまっていることを表しています。このグラフからわかることは、該当学年の読みの力すなわち読書偏差値45以上の児童は、幼稚部年長の時にJcossの通過項目数は6項目以上(読書偏差値50以上の児童は年長時Jcoss7項目以上到達)に達していたことがわかります。このことから、幼稚部年長修了時の目標としてJcoss7項目以上つまり文法段階到達を目標にすることの妥当性が理解していただけると思います。(*このことから直ちに、年長時に6~7項目に達していなければ、学年対応以上の読みの力は身につかないということにはなりませんが、Jcossの通過項目数が6項目以下にとどまっているということは日本語の語彙数が少ないということなので、小学生になってから改めて日本語の語彙を増やしていくことになります。しかし小学生になると、家庭においても学校の宿題に追われますし、漢字を覚えたり計算の仕方を覚えたりなどが中心になり、幼児期のような子ども中心・生活中心の中で体験したことを親子で絵日記やことば絵じてんにしていったり、言葉遊びをしてことばを増やしていくようなやり方ができにくくなります)。
〇言語的思考力と読みの力(WISC・VIQと読書偏差値)
次に、WISCⅣの「言語理解」合成得点(VIQ)と読書偏差値との関係ですが、これらの相関係数もΓ=0.71と、Jcossと読書偏差値との相関と同様に高い値を示しています。
「言語理解」とは、「類似」「単語」「理解」という3つの下位検査を総合したもので、内容としては以下のようなことです。
「類似」・・・二つのモノとモノをことば(日本語・手話)で提示し、それらのモノの概念がどのように類似しているかを答えさせます(例「りんごとバナナの似ているところは?」)。すなわちモノの概念を比較したりそのモノをまとめた上位概念の名称を理解しているかどうかがわかります。
「単語」・・・絵を提示してその名称を答えること(日本語)と単語をことば(日本語・手話)で提示してその意味を答えさせます(例「りんごってどんなもの?」)。モノ(ことば)を適切にことばで説明できる力がわかります。
「理解」・・・日常的な問題の解決や社会的なルールなどについての理解についてみます(例「食事の時にコップの水をこぼして隣の人にかかった時どうする?」)。このような時にはこうすればよいと、自分のもっている知識を使って適切な対応ができるかどうかがわかります。
以上の3つのことから、「言語理解」とは、ことば(手話・日本語)を自分の頭の中で思い浮かべてそのことば(概念)を操作したり、別のことばで定義づけたり、ことばで考え、他の人にことばで説明できるなどによって、言語を自分の生活から切り離して取り出し対象化・一般化したり、一般化・抽象化された辞書的な意味をもつことば(協約化した言語)を使ってさらに抽象的なことを学ぶ力の土台が、その子どもに形成され始めているかどうかをみています。これらの言語的思考の基礎力と読書力偏差値との間には高い相関があるということです。そして、グラフから、ほぼ年長時にVIQ90前後以上に達していた子どもは、読書力偏差値でも「対応学年」以上に達していることがわかります。
〇幼児期に何にどうとりくめばよいのか?
Jcossで7項目に達していないということはどういうことでしょうか? 一言でいえば「日本語の語彙不足」です。日本語の語彙には名詞、形容詞、動詞、副詞いろいろとありますが、全体的に語彙が足りないのです。中でもとりわけ少なくて、読みの力に大きく影響するのは「動詞」の語彙不足です。名詞だけいくら沢山知っていても文にはなりません。
ですから、動詞の語彙数をどう増やすかということを考える必要があります。ところがやっかいなことに動詞は、ある動詞、例えば「持つ」という動詞がそこに存在し、みることができるわけではありません。そこが
「かばん」などの事物名詞と違うところです。また、動詞は、言いたいことに合わせて複雑に変化します。「持つ・持っている・持った・持たない・持っていない・・・」。そこ語彙をどうやって増やすかという工夫が必要になります。
「そろそろ学校に行くよ」と子どもに伝える時に手話で、/学校/ /行く/ だけではなく、指文字で「がっこう に いくよ」と綴るとか、絵日記で「昨日、おばあちゃん家に( )」と空欄にして何が入るか考えさせるとか、手話も使って「立つー座る」など反対言葉遊びをするとか、日本語(手話)を提示して手話(日本語)で応える遊びをするとか、動詞を使ってビンゴをするとか、手話の絵を見て日本語に直すプリントをするとかいろいろな工夫が必要だと思います(上図「動詞の特徴発見」「動詞ビンゴ」の教材例は「絵でわかる動詞の学習」所収。)。
また、WISCの言語理解の力を伸ばすためにはどうすればよいのでしょうか? これについては、とくに「メタ言語意識」や「語彙の概念カテゴリーの構築(ことばのネットワークづくり)」などが必要です。「本HP>乳幼児期・学童期>日本語はどのように習得されるか>学習言語へのレベルアップのための5つのポイント」などを参照してください。
また、日常会話の工夫も必要です。右にあげたことは、きこえる子にはそんなに意識してやることでもないでしょうが、き
こえない子には意識して取り組むことが必要なことがらです。
生活言語と学習言語
言語には二つの役割があるといわれています。一つはコミュニケーションのための言語で、赤ちゃんが最初に獲得する言語はもちろんコミュニケーションのための言語です。「生活言語」とか「一次的ことば」という言い方もします。日本語でも英語でも手話でも言語の違いは関係ありません。4歳頃までの言語は「生活言語」が中心です。この頃の子どもに
「りんごってなあに?」と尋ねても、「昨日、りんご食べたよ」とか「ぼく、りんごきらい」とか自分の体験(エピソード)に即して応えることが多いです。
もう一つは、思考や学習のために使う言語です。これを「学習言語」とか「二次的ことば」と言います。書記言語もこの種類の言語に含まれます。5~6歳の子に「りんごってなあに?」と尋ねると、「果物だよ」とか「ごはんのあとに食べるデザート」といった自分の体験を離れて、社会的に共通な枠組みをもつ意味の中で、定義的に応えることができるようになってきます。子どもの側に、自分を離れて客観的・抽象的に意味をとらえる認知発達がその背景にあるわけです。
メタ言語意識
このように、言語を、自分の生活や経験から切り離し、言語を客観的・抽象的にとらえ、言語そのものを遊びや分析の対象としてとらえられるようになることを「メタ言語意識」の発達と言います。
小学校以降の教科学習の中で出てくることばは、例えば「はたらく」「やくわり」「つくり」といった、直接目で見ることのできない抽象性の高い語が使われていて(「はたらくじどう車」国語小1上・教育出版)、このような抽象性の高い語を理解するためには、語を自分の経験から離れて対象化し、分析的にとらえる力が必要になってきます(「メタ」=対象化・客観的)の意味です。
こうしたメタ言語意識が育ってくるのがだいたい5~6歳頃で、ことばを対象化して面白さを見出して楽しむのが「ことばあそび」です。例えば、次のような質問クイズ。
「そらの上になにがある?」⇒普通に応えると「雲、太陽、宇宙・・」など。コミュニケーションのためのことばのレベルではそうなりますが、意味ではなく語(音階)の構造に
着目すると「シド」。
「せかいの真ん中にいる昆虫は?」⇒(意味を考えると)「?」ですが、「せかい」という語の構造に着目すると「か(蚊)」。
このようなメタ言語意識を育てる活動を、言語の構成要素である「音韻論」「意味論」「統語論」「語用論」の各領域に即して取り出してみた
のが右表です。また同時に、これらの項目は、きこえない子どもの言語発達上の課題となる項目でもあるので、こうした観点から子どもの言語発達の実態を把握し、その課題をクリアしていくことが、生活言語から
学習言語へレベルアップしていくことに繋がります。
例えば、きこえない子が、日本語を身につける上で最初に課題となるのが、「音韻論」の「音韻意識」の問題です。
日本語は、一つ一つの音韻(音節)が繋がって単語が作られ、単語が繋がって文が作られていますが、この仕組みを知ることが必要です。手話・指文字を使っているきこえない子の場合、この音韻に気づくのは比較的早く3歳頃から始まりますが、ワーキングメモリー(短期記憶・作業記憶)が弱い子は、3音節のことばがなかなか覚えられない、といったことがあります。こうした子どもたちは、すぐには長い音節からなることばは覚えられないので、二音節ないし三音節のことばを言ってその通りに言う「オウム返しゲーム」とか、「い、う、え、お、か、き・・」など一文字でも意味のあるモノを使った「一文字かるた」とか、お風呂に指文字表を貼って風呂から上がるときに唱えるなどから始め、「あいうえおかるた」「あのつくことば集め」「しりとり」などに発展させていくことで、日本語の音韻を獲得するようにします。
次に「意味論」の「概念カテゴリー」の問題があります。語(単語)の概念の豊かさ、上位概念・下位概念など多重構造をもった心的辞書の構築といった語彙獲得の問題は、このHPでも「ことば絵じてんづくり」や「ことばのネットワークづくり」のところで何度か取り上げています。文が読めるかどうかの大きな要因のひとつが、語彙力(量的・質的豊かさ)の有無です。まず、その語のもつ意味を的確に獲得すること、そして、さらにはことばの字義通りの意味を越えて、「目から鱗」「腹が茶を沸かす」といった比喩・慣用句的表現や「時計持ってます?」(今、何時ですか?)など記号的意味に縛られずに使えるようにしていくことが高学年頃からの課題になってきます。