全国の難聴児のための早期支援、聴覚障害教育の情報提供、教材などの紹介を発信します。

日本語の正しい文が書けるために~文法的な誤りの多い文を直す方法

 まず、野沢克哉氏(*故人)の「ろう者コミュニケーションの諸問題」(HP/障害者保健福祉研究情報システムより引用)からの引用です。日本語の文法指導や作文指導が、幼児や小学生のうちからなぜ必要なのかよくわかる内容です。20年程前に書かれたものです。以下、引用します。

 

聾教育には「9歳の壁」ということばがある。これは主に助詞等の機能語の習得が容易にできなかったため、抽象的思考が十分にできないとか、文章能力を含めてコミュニケーションのレベルが小学3、4年程度で停滞してしまうようなことを指している。

 一般に機能語等の習得が不十分のまま卒業した聴覚障害者の言語力は聾学校の高等部や専攻科卒業であっても、普通小学校の3~5年程度かそれ以下であるというのが定説になっている。次の文章は新聞の投書にあった「事故防止のために女性ドライバーはシートベルトを着用しよう」を読んで書いてもらった感想文である。(原文のまま)

 

1.22歳、男性、先天ろう、N聾学校高等部卒

 シートベルト着用しないのはなぜですか。若い女性の人が、最近に免許をとってふえったらしいだった。かっこいい車をかったことが多いになったってじまんにやりたいと思います。特につっぱりの人が多いだから、流行のため、魅力したのがキッカケある。規約がまもらないので、日本のルールがきびしすぎだから無視ができないことはない。

 

2.20歳、女性、先天ろう、H聾学校高等部卒

 シートベルト着用してないと思う。女性の体が控えめないのは気持よいけれど事故が安全運転ができないことはない。

 

3.26歳、男性、2歳失聴、I聾学校高等部卒

 女性はほとんどシートベルト着用をどうして使われていないのでしょうか。もし事故が起こったら、シートベルト着用を締めていないと命のことを絶望になるかも知れません。女性の方が交通ルールを習慣を持つ経験よりも、必ずシートベルトの着用したい。

 

1と3の文章は意味の把握が可能であるが、2は一寸理解し難い。大体、1~3の文が機能語等の習得が不十分であった聴覚障害者の平均的な文章である。この文章を書いた3人の聴覚障害者は3人とも電気、自動車関係の大企業に就職している。3人とも作業能力面では健聴者と比べて遜色はないが、コミュニケーション面では四苦八苦している。」

 

〇なぜ、誤りの多い文になるのか? 

以上が野沢氏の文章です。聴覚障害教育や聴覚障害者のことを知らない一般の方は、発音が不明瞭であることに加えて、こうした作文を読むと、日本語の読み書きの力の低さから、「知的障害」があるのではないかと思われる方も多いようです。

 野沢氏が書かれているように、3人とも立派に仕事をこなしている人たちで、聴者と同様に作業に従事している人たちです。そしてまた、こうした人たちはWAIS等の知能検査でも、動作性検査ではIQ100前後が普通に出ますから、知的障害ではなく言語性能力=日本語の読み書き・思考力が十分に身につかなかったということがわかります。

 では、なぜ、日本語の読み書きの力がつかなかったのでしょうか? 

原因のひとつは、当時の聾学校での日本語の読み書きの指導とくに文法・作文指導が適切かつ十分に行われていなかったことが大きな要因ではないかと思います。そうでなければこのような誤りの多い文にはならないと思います。

 

〇どこが間違っているか? 

そこで、このような文章の誤りがどのような要因で生じているのか、上の3例のうちの最初の例を取りあげて誤り方の特徴をみてみたいと思います(但し、本人に確かめることができないため、筆者なりの理解が本人の言いたいことと一致していないかもしれないということは予めご承知おきください)。

 

【文例1】22歳、男性、先天ろう、N聾学校高等部卒の文の誤り。( )内は訂正した文

 

①シートベルト着用しないのはなぜですか。(⇒文法的には間違いはないが、「なぜでしょう?」と読み手に疑問を投げかけ、以下に自分が思う理由を説明するのが一般的な書き方)

②若い女性の人が、最近に免許をとって(⇒「最近、若い女性で免許をとる人が」:名詞修飾の使用法の誤り)ふえったらしいだった(⇒「増えているらしいです。増えているようです」:動詞の活用の誤り)

③かっこいい車をかったことが多いになったって(⇒「かっこいい車を買う人が多くなり」:(形容詞の活用の誤り)、じまんにやりたいと思います。(⇒「自分が自慢したいのだと思います。」)

④特につっぱりの人が多いだから(⇒「特に、かっこつけたがる人が多く(?)」:「つっぱり」という語の意味運用の誤りと思われる。接続詞の誤り」、流行のため(⇒「シートベルトをしないという流行もあります(?)」:説明の不足)、魅力したのがキッカケある。(⇒「(そこに)魅力を感じているのが原因でしょう。:「~する」の誤り、指示代名詞の省略、「キッカケ」は使い方として文にそぐわない。文末助動詞「です」の誤り」

⑤規約がまもらないので、(⇒「法律(または交通ルール)を守らないのは」:「規約」という語の運用の誤り?。助詞「が」の誤り)、日本のルールがきびしすぎだから無視ができないことはない。(⇒「日本の交通ルールが厳しすぎるから無視してしまうということではないかと思います」(?):二重否定の誤り。接続助詞の誤り。)

 

もう一度正しい文にしてみます。

「①シートベルト着用しないのはなぜでしょうか。②最近、若い女性で免許を取る人が増えているようです。③かっこいい車を買う人が多くなり、自分が自慢したいのだと思います。④特に、かっこつけたがる人が多く、シートベルトをしないという流行もあります。⑤そこに魅力を感じているのが原因でしょう。⑥法律を守らないのは、日本の交通ルールが厳しすぎるから無視してしまうということではないかと思います。」

 

〇誤りのなおし方はあるのか?  

こういう誤りの多い文章を見たときに、正直、どこから手を付けて直していけばよいかと呆然としてしまいます。そして、おそらく、教師としては、これはこうだと自分の言語感覚で「正しい文」に書き直し、子どもに示し、「書き直しなさい」と指導すると思います。しかし、子どもは、なぜ、そのような文になるのか理由がわからないために、一向に文の誤りは減りません。そしてそのまま社会に出ていきます。その結果がこうした文なのです。

 

では、どうするか? まず、基本的な文の形ができていないことが根本にあります。

事例には、名詞修飾句や接続詞を伴った複文構造の文が多く使われています。これは、本人としては言いたいことが沢山あり、一気に述べたいけれども文章力がついていかず、文法を無視して語だけを次々と羅列してしまうわけです。ですので、指導にあたっては、まず、接続詞を使った複文をなるべく避け、基本文型を用いた単文で書くようにすることから始まります。その基本ができてきたら、接続詞を使って書くようにします。

 

例えば、原文②「若い女性の人が、最近に免許をとってふえったらしいだった。」

基本文型は、(若い女性で免許をとる)人が 増えている動詞アスペクト「~ている」.jpg

⇒「~が+動詞」(基本文型1)の指導、動詞活用「~ている+らしい」の指導、「若い女性で免許をとる人」~名詞詞修飾の指導が必要。

(右図『はじめての動詞の活用』CD所収練習プリント)http://nanchosien.com/papers/cat42/

 

原文③「かっこいい車をかったことが多いになったってじまんにやりたいと思います。」

 基本文型は、「(かっこいい車を買う)人が 多くなった。」

⇒「~が+形容詞」(基本文型1)の指導、「多くなった」~形容詞活用指導、「かっこいい車を買う人」~名詞修飾の指導が必要。

  自分が 自慢したいのだと思います。 

⇒「~が~を+動詞」(基本文型2、「~を」は省略されている)の指導、「自慢したい」~「する名詞」及び「~たい」動詞活用の指導 する名詞.jpg

 (右図『はじめての動詞の活用』CD所収練習プリント)http://nanchosien.com/papers/cat42/

 

原文④「特につっぱりの人が多いだから、流行のため、魅力したのがキッカケある。」

基本文型は、「(カッコつけたがる)人が多い。そのため・・・」「~が+形容詞」(基本文型1)。「かっこつけたがる人」~名詞修飾の指導。そのため~接続詞の指導。「(シートベルトをしないということ)が流行した。」⇒「~が+動詞」(基本文型1)。「シートベルトをしないということ」~名詞修飾の指導、そして~接続詞の指導

「(そこに魅力を感じている)のが 原因です。」⇒「~が+名詞」(基本文型1)。「そこに魅力を感じているの」~名詞構成語の指導。「~ている」動詞活用の指導

  (以下略)

 

このように、みてみると、

まず、1.基本文型(単文)に直すこと(同時に助詞と動詞の活用の指導をすること)、

次に、2.名詞修飾用法を指導すること、

そして、3.接続詞を指導して、複文にすること

 

このような順序で指導が必要であることがわかります。高学年や中・高校生になると、書きたいこともたくさんあり、子どもの苦手感も増してくるので、日本語の文を直すという指導が難しくなってきますが、常に基本に立ち返って指導することが必要です(社会に出て本人が恥ずかしい思いをする前に)。そして、願わくば、このような状態になる前に、すなわち幼児期や小学校低学年のうちに、基本の文型と助詞と動詞の活用を十分に指導しておくこと、その次のステップとして、名詞修飾、接続詞、複文の作り方を指導することです。

また、語彙を増やし、それぞれの語の正しい用法を身につけるということも必要です。

 

なお、基本文型の指導、名詞修飾の指導については、本HP>日本語文法指導>文法指導の順序、本HP>日本語文法指導>構文の指導等を参照してください。また、「きこえない子のための日本語チャレンジ」や「絵でわかる動詞の学習」等も参考にして下さい。

 http://nanchosien.com/cat21/

 

語彙の指導については、本HP>乳幼児期・学童期>生活言語と学習言語を参考にしてください。

 

(*)野沢克哉(故人)・・・中途失聴。自学自習により静岡大学を卒業後、東京都に入り、聴覚障害者の相談支援業務に従事。多くの聴覚障害者の支援の中で得た知見をもとに何冊かの著作を自費出版。手話による公的証書が認められるための差別撤廃運動にも貢献。多大な功績を残し2015年没。引用論文のURLは下記。http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/prdl/jsrd/rehab/r050/r050_022.html