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聴児の「読解力」が低下している!

国立情報学研究所の新井紀子氏のチームでは、数年前、「AI(人工知能)は東大に入れるか?」という研究プロジェクトを立ち上げ、AIができることを研究してきています。その研究の結果は、簡単に言ってしまえば、現在のAIでは、いわゆる「MARCH」とか「関関同立」といったレベルの大学まではほぼ偏差値で同程度までいっていますが、東大は困難で、今後も難しいということだそうです。結局、AIができることは「統計と確率」なのでデータをたくさん集めて処理できることは得意ですが、「自分で考えること」がAIにはできないので、東大合格には至らないということのようです。(詳しくは『AI VS.教科書が読めない子どもたち』新井紀子,東洋経済新報社,1620円参照) 情報学研究所.jpg

 さて、この研究の過程で、多くの中学生・高校生・大学生などの「読解力」に注目し、リーディング・スキル・テスト(RST)を開発し、日本語の文章がどの程度正確に理解できているかが調べられています。すでに4万人以上の人にやってわかったことは、以下のような基本的な読解力に課題を抱えている人(児童・生徒)が多いということでした。

(1)主語述語や修飾語被修飾語など、文を構成する要素の関係(=係り受け)の理解 

(2)「それ」「これ」などの指示代名詞が何を示すか(=照応)の理解 

(3)2つの文が同じ意味を表すかどうかを判断する力(=同義文判定) 

(4)文の構造を理解したうえで、体験や常識、その他の様々な知識を動員して文章の意味を理解する力(=推論)

(5)文章と図形やグラフを比べて内容が一致するかどうかを認識する力(=イメージ同定) 

(6)文章で書かれた定義を読んで、それと合致する具体例を認識する能力(=具体例同定)――についての力

 例えば、(1)主語述語や修飾語被修飾語など、文を構成する要素の関係(=係り受け)の理解の問題例を以下にあげてみます。

 

〇中学生の6割が読み取れない!

【問題文】Alexは男性にも女性にも使われる名前で、女性の名Alexandraの愛称でもあるが、男性の名Alexanderの愛称でもある。

 この文脈において、以下の文中の空欄にあてはまる最も適当なものを選択肢のうちから1つ選びなさい。

 Alexandraの愛称は(   )である。

1.Alex 2.Alexander 3.男性 4.女性

 

正答は1.ですね。この正答率は以下の通りです。(中学生235名のみ)

中1年23.5%  中2年30.6%  中3年51.4%  平均37.9%

 

 この正答率をみて驚かれた方もいらっしゃると思いますが、これが今の中学生の読解力の現状ということになります。聴覚障害児にこの問題を適用したことはありませんが、文法指導をちゃんとやっている聾学校小学生の6年生のほうがもしかしたら正答率は高いかもしれないなと思いました。

 

 さて、この問題文は一見複雑そうな複文(重文)構造になっていますが、この問題に正解できるかどうかは、この複文の構造がわかり、単文に分解できるかどうかにかかっています。こうした練習を普通小学校では、「国語」の授業の中でやっていないのではないでしょうか。

(文法指導を行っている聾学校では、複数の単文から名詞修飾句・節(=大きな名詞)を作って一つの文にまとめたり、長い文(=複文)を単文に分けたりする練習を低学年のうちから行っていて、一定の成果を上げてきました。(*本HP>論文・資料・教材>9歳の壁を越え始めたきこえない子どもたち参照)

 

 では、問題文を単文に分解してみましょう。

 

① Alexは(主語) 男性にも女性にも使われる名前で(ある) ・・・並列節

②(Alexは)女性の名Alexandraの愛称でもある(が)     ・・・並列節

③(Alexは)男性の名Alexanderの愛称でもある。(述部)    ・・・主節

 

ここで、冒頭の「~は」は、主節の文末の述部「愛称でもある」にかかるだけでなく、途中の節にもかかるというのがルール(文法)ですから、②と③は(Alexは)ということばが省略されていると考えればよいわけです。

このように、問題文の構造がわかれば、上の②より、「Alexandraの愛称は(   )である。」という質問文にも簡単に答えることができます。しかし、それができないのはなぜでしょうか? 

 

〇教科書の文章が正確に理解できる力を!

 

主語述語や修飾語被修飾語などの文を構成する要素の関係」が読み取れないのはなぜでしょうか? それは日本の国語教育の中で、文を正確に読み取る練習すなわち日本語の文法指導が軽視されていることが一因ではないかと思います。

文章をテキストベースで正確に読めるためには、豊かな語彙をもっていることと、語と語を並べて文を構成するときのルール(文法)がきちんとわかることが必要です。そのためには、①文の土台になっている動詞の活用を含めて動詞をしっかり習得すること、②語と語の関係を示す助詞(や接続詞・指示語)がきちんと習得できていること、③主述関係や修飾被修飾などの文の構造が理解でき、関係を読み取れることが大切になります(幅広い「知識の習得」の問題もありますが、この問題は本HP>乳幼児期・学童期>生活言語と学習言語を参照してください)。

 

最近、このような文法指導を「要素法」として否定する向きがありますが、では、どのような方法が効果的なのでしょうか?もしほかに確実に成果が出る方法があるのなら、ぜひ、その方法で実証した結果が知りたいものです。

私は文法指導の成果を、ある公立聾学校(国立・私立ではありません。都道府県立の聾学校です。念のため)での10年にわたる実践で確認してきました。そのことは上述した論文(本HP参照)に書いた通りです。 進路状況.jpg10年前にその聾学校で文法指導を始めた子どもたちは、すでに高校を卒業しています(注:正確には全員が聾学校高等部卒業です)。そしてその子ら(一昨年から今年までの3年間の聾学校高等部卒業生26名)のうち6割以上が大学に進学しています(上述論文参照)。文法指導をしたから大学に入ったのではありません。文法指導をすることで教科書の文章が正確に理解できるようになったこと、教科書が正確に読み取れるようになったから勉強がわかるようになり、その結果、学力が向上したこと、そしてさらに学力が向上した結果として大学に入れたということだと思います。方法さえ子どもに合っていれば、きこえない子もちゃんと伸びるのだということの証明と私は思っています。きこえない子に合った方法とは、視覚と身体動作の活用です。そして、その活動が子どもにとって 絵でわかる動詞の学習.jpg「わかり、楽しいこと」です。そうした言語活動や言語指導教材を開発作成し、それを使って遊んだり学習することで子どもは確実に伸びます。その教材が「きこえない子のための日本語チャレンジ」(これは助詞と基本構文の学習が中心)であったり、「絵でわかる動詞の学習」(これは動詞の語彙の拡充と動詞の活用の学習が中心)であったり、「ことばのネットワークづくり」(これは語彙のネットワーク・カテゴリーの学習が中心)であったりします。 自動詞.jpg

また、最近では、こうした教材を家庭で自作して日本語の読み書きの力を飛躍的に伸ばした幼児のご家庭なども出てきました。それについては、「本HP>論文・資料・教材>幼児の日本語指導教材と実践>視覚教材で楽しく日本語を身につけよう」

を参照してください。

参考までに、半年間、「ことば絵じてんづくり」か ら始まり、「文法」をしっかり身につけた、聾学校に通うそのお子さん(年長児)の最近の様子を紹介しておきます。 助詞例文付きポスター.jpg

 

①2018.4

絵本の読み聞かせですが、絵本をたくさん読んでいるところです。「楽しくてたまらない」など、絵本で覚えた言葉を日常で使って、語彙が広がっています。お話しが終わった後に、「どんな話しだった?」と聞くと、要約して必死に考えてお話しを説明してくれるようになってきました。引き続き、絵本の読み聞かせを続けたいと思います。

②2018.7

絵本大好きになってきて、自分一人でも自ら読むようになってきました。ぐりぐらレベルを一か月60~90冊読んでいます(一日2~3冊)。

 

③2018.8

とにかくたくさんの絵本を読みました。夏休み中、絵本を250冊読みました(毎日6~7冊)。以前は絵本を読んでいなかったのが不思議なぐらい今では、なくてはならないものとなりました。ある期間、「大きな名詞」(注:名詞修飾構文のこと)を集中的にやったことで、最近の絵本読み聞かせ中に「あ!ぼく 大きな名詞づくりゲーム.jpg見つけた!ここからここまでが大きな名詞!」と何度も自発的に見つけてきます。文の切れ目を正しく読めるようになったので、以前よりずっとあらすじを理解できるようになってきました。(注:この力がまさに教科書を自分で読める力になるのです)

 右の写真は、保護者が考案した「大きな名詞づくりゲーム」。

 

④2018.9

絵本に出てくる語彙の説明が少なくてすむようになってきました。以前は、それはもう知らない言葉だらけで、読んだあと分かる言葉に置き換えて説明したりに時間を使っていましたが、いまは、スラスラ読めます。知らない言葉が出て来たら、その説明だけでいいので楽です。絵本によって、言葉がすごく増えたと感じます。今月に入って、今日で50冊読んでいるんですが、この4月から絵本に触れ始めてある一定の数に達したあたりから、ぐっと読むのも楽になったと変化を感じます。

自分一人でも読めるようになってきました。文法を理解し、語彙が増えたり、絵本独特の言い回しにも何度も出会い、慣れてきたと思います。なにより、絵本が大好きになったことが嬉しいです。

 

 1年前、このお子さんの語彙力は年齢に比べて2年下のレベルでした。今は、おそらく年齢より1~2年先に行っているのではないかと思います。これがまさに、文法学習の効果であり、威力なのです。