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ある聾学校における日本語指導の取り組み

ある聾学校における日本語指導の取り組み

Jcoss(日本語理解テスト)&WISCからみた実践の成果と課題~

                木島照夫

 

 今日は、聾学校における日本語文法指導を中心にお話しします。私が在籍していたろう学校で文法指導を入れたのが平成18年か19年ぐらいですから、もう7・8年経つのですが、実際にはなかなか文法指導というのは、広がっていかない状況があります。それがなぜかと思うのですが、聾学校の教員というのは聞こえる教員がほとんどです。私たち聞こえる人間は、日本語を、語彙・文法を含めてごく自然に身につけているのです。小学校に入るまでに日本語を文法的にほとんど間違えなく使えますね。だから、日本語の使い方というのは、空気のような感覚、ほとんど無意識です。だから、例えば、身体障害のない人にとっては、手足を動かすのはいちいち意識していない。今、手話通訳の人が、手を動かしていますが、いちいち、左をどうする、右をどうすると思っていないですね。自然に動くわけです。だけど、手や足に障害がある人は、動かすのにすごく意識して、やっと動かすというのがあるわけです。それと同じように、聞こえない子どもたちは、自然にはやはり日本語を使えないのです。なかには、生活の中で使い込んでいけば自然に身に付くという人もいますが、それはやはり違うと思います。

yamatanooroti.png例えば、これは教科書の小学校2年生の「ヤマタノオロチ」という物語文なのですが、この文章を読んで、たぶん、聞こえる人はほとんど、文法などを意識しないでイメージがわくと思います。これを少し読んでみたいと思います。最初はこういうふうになっています。「天の、高天の原を追われたスサノオノミコトは、下界の、出雲の国のとりかみという土地に、やってきました。」イメージが浮かびますね。日本語がわかれば。しかし、聞こえない子どもたちにとっては、これは、いきなりものすごく長い文章なんですね。いわゆる複文ですよね。教科書では2行にわたって1つの文がずっと続いているのがいきなり来る。しかも動詞が、1つの文の中に3つ入っています。聞こえない子どもも、動詞は一番最後に来るらしいことは知っているが、途中に来るというのは意外と知らないのです。ですから、私たちがこれを読ん yamata2.pngだときに、どういうイメージが浮かびますか。「天の、高天の原」、これは神々が住むところですが、そこを「追われた」、まずこれが受身形ですね。子どもは受身を知っている子が半分以下です。これはせいぜい「追う」、あるいは「追う」よりも「追いかける」は知っている。でも「追われた」は知らない。ですから、「天の高天の原を追う」というふうに考えてしまうのです。これでは何のことか、意味が最初から分かりませんね。次に「スサノオノミコトは、下界の、出雲の国のとりかみという」。ここで切るのです。動詞が入っているからここで切れるのだと。そうすると「スサノオノミコトは、下界の、出雲の国のとりかみという」、ふーん、そういう人なんだと考える。最後には「土地にやってきました」。子どもは「やってきました」を読むと、何をやってきたのか、肥料でもやってきたのかというふうにとります。「やってきました」と「きました」とは違いますよね。それを聞こえる人は自然に身に付けているのです。「きました」というのはあくまで客観的に「きました」ということを言っているだけです。「やってきました」というのは「て形」と日本語教育の中ではいいますが、「~てくる」という形は時間の経過、それから空間を移動する意味が入った文になるのです。ですから「やってきました」は遠くからずっとこっちに来たという意味になります。でも、これは聞こえない子どもには分かりませんね。次に「そこには、斐の川が流れていました」。ここは、「流れている」という「~ている」という「て形」になると、今、そこにその状況が続いているという意味になります。このように私が文法で説明するとそうだなと皆さんおっしゃると思うのですが、ほとんど意識しないで「流れていました」ときけば、そこに流れている川がイメージを思い描くわけです。次に「さて、どっちへ行ったものか。・・」とあります。「ものか」という終助詞。音声で言えば、「(知った)もんか」という使い方と同じで、少し否定的な意味、迷っていて困っているというニュアンスがここに入るわけです。次に「迷っている」。これも「~ている」で迷っている状態が続いている。次に「川上からはしが流れてきました」。これも「て形」です。「流れてきました」はさきほど言ったように時間的な経過と空間的な移動の意味が入りますから、向こうからずっと流れてくるイメージがわくのです。理屈でなくて、みなさんそういうふうにイメージしていると思います。また、間に「と」がありますね。これは、接続助詞といって、「とき」という意味ですね。迷っているとき、そこで迷っているのは誰かというと、ここまで登場しているのは「スサノオノミコト」だけですから、「スサノオノミコト」が迷っている。ここは主語の省略です。日本語は英語のようにいちいち主語を入れません。あらかじめ、誰かわかっているときには主語は省略します。ですから、ここは迷っているのはスサノオノミコトです。スサノオノミコトが迷っているときに、「川上からはしが流れてきました」とありますから、流れている様子が見えるわけです。このように私たちは自然に理解しています。  次に「はしが流れてきたということは、川上に誰か住んでいる証拠だ。」。また、「住んでいる」、「流れてきた」、「いう」という動詞が3つも出てくる複文になっています。「住んでいる」というのは、誰かがそこに住み続けているという意味です。それから「・・ミコトは、川上へと歩いて行きました。」。これは「てきました」の反対の「て行きました」ですから、遠くへ歩いて行く様子がずっと見えるというイメージになります。次に「しばらく行くと、」。ここにも「と」いう接続助詞が入って、「立派な屋敷がありました。」とあり、ここでやっと、「て形」でない普通の終止形の動詞が入ります。イメージとしては、スサノオノミコトが動いていく様子が続いて、接続助詞「と」で止まり、そこで最後に「立派な屋敷がありました」ということで一旦静止するわけです。そういうイメージがたぶん皆さんはつかめると思います。これが、私たちが自然に身に付けている文法を使って、文を読んでいるということです。文法事項がきちんと頭に入っているわけです。でも、聞こえない子どもにはそれが分からないので説明するしかないのです。でも小学校の教員はおそらくここまで説明できないです。無意識にしかわからない文法なので、これを意識して説明するためには、自分があらためて学習しないと説明できないのです。そうすると、子どもはうまくイメージが浮かばないままに進んでいくわけです。このように、私たちは、動詞の活用にしても助詞にしても自然に身に付けているので、聞こえない子どもにそれを説明するのは本当に至難のわざなのです。しかし、動詞というのはものすごく語尾が変わりますね。変わることによって、その人が伝えているニュアンスがそこに含まれていて、非常に複雑なのです。これは動詞の活用の一例です。1つの動詞の変化のしかたを全部取り上げるとたぶん100以上変わります。それぐらい変わる変化のしかたを聞こえる人間は自然に身に付けているのです。仮に100の変化があって、小学校1年生で出てくる動詞は250とすると、250掛ける10025000の活用を私たちは頭の中でごく自然に、呼吸をするのと同じぐらい意識しないでやっています。聞こえない子どもには、無理なのです。私たちは自然にやっているので、聞こえない子どもの分からないということが分からない、という非常に困難な状況になります。

 

つい先日、ある方から手紙をいただきました。そこには、こういうふうに書いてありました。「昨日は、ろう協の相談日だったんですが、・・・・本当に泣きたくなる相談ばかりです。例えば、NTTの電話回線工事のお知らせ、市役所からの高額療養費の返還のお知らせ、県営住宅減免措置の手続き、住民基本台帳の手続きと印鑑登録カードのお知らせ、実家の義兄からの相続に関する手紙の内容」。分からないのですね。月1回の相談の日に持ってくるわけですね。NTT の電話回線工事は1カ月待っていたらもう終わってしまっているかもしれませんね。家の中に聞こえる人がいれば、これはこういうことだと説明してもらえるかもしれませんが、一人暮らしの人で日本語が読めないと生活に非常に困ります。こういう実態が今でもあるのです。「聾学校を出ていても、なにが書いてあるのかわからない。はぁ~と溜息つきながら、6時まで延々とやりました。これって本当は誰が責任取ることなんでしょう?」誰が責任をとるか。ろう学校の教育の結果がこれなわけです。今、大人になっている人は、かつての聴覚口話法で育てられた人たちですね。それはおいてくとしても、どちらにしてもろう学校の責任です。10年以上教育を受けてもNTTの電話回線工事のお知らせが分からないといったら、やはり悲しいです。こんなことを聞こえる人にきいたら「こんなのも分からないの」という顔をされる、だから相談できない、だから月1回の相談にくる。ここは安心して相談できる場ですから持ち込むんですね。こういう実態はろう学校にはほとんど届きません。でもこういう実態を見直さなければ、今のろう教育では日本語がむずかしい、読めない、生活にすぐ困るという状況がこれからも続いていくということだと思います。

 

これはあるメールです(図省略)。「言うを忘れた」「情報を聞くただけだ。」「今週、梅雨が入ります」「長い文章がメールがきた」。間違いがたくさんありますね。「言うのを忘れた」「情報を聞いただけだ。」「今週、梅雨に入ります」「長い文章のメールがきた」という間違いだと思います。これは、1つは動詞がうまく使えない、もう1つは助詞がうまく使えないということです。この「動詞」と「助詞」という2つの品詞が、非常に大きく聞こえない人たちの読み書きの困難さに関与しています。

 

ろう学校で小学部から数えても12年以上学んで、なぜ身に付かなかったのか。これは、ろう学校の教育のしかたが根本的に間違っているからだと私は思います。だから何が必要かというと、系統的・継続的な語彙・文法指導を敢えてとり上げなければならない。聞こえる人のように自然には絶対に身に付かない。私が在籍したろう学校が文法指導を導入した理由がそこにあります。数年前、ある検査をやりました。こういう日本語の語彙・文法を検査する道具があります。検査の名前はJ.coss(ジェイコス) といいます。これは小学校4年生ぐら Jcoss.pngいの聞こえる子どもの日本語文法の力までだいたい測定できるので、幼児から大人まで、そのあたりの力までの人ならば測定できる。中味は、項目が20に分かれています。最初から言うと、名詞、形容詞、動詞、2語文というようになっていて、最初の3つが単語の問題。名詞の中に4つ問題が入っていて、くつ、鳥、犬、りんご、これを、絵を見て分かるか。4つとも分かったときに、名詞の問題は「通過」と考えます。3つ分かっても通過にはしません。単語の問題は、名詞、形容詞、動詞とあって、その後、語の連鎖といって、単語と単語がつながって文がイメージできる。それが3つ続いています。そして7つ目から文法の問題になります。以下、20項目目までずっとあります。1つの項目に4つずつありますから、全部で80問あるわけです。これ jcoss2.pngで調べていきます。これで調べたときに、聞こえる子どもではだいたい単語のレベルを年少のときに通過します。それから、語の連鎖という、単語と単語のつながりでその文のイメージできる段階は年中で通過します。年長で9項目目ぐらいまでは通過します。以下、小1から小4ぐらいまででそれ以上は測定できません。このテストで子どもはどこでつまずいていたか。平成19年に調べたものです。下のほうにさっきの文法の項目が20項目横に並んでいます。縦は通過率といって、例えば、10人の子どもが10人できた場合には通過率は100%と考えます。一番上の黒い線が、聞こえる子どもの小学校1・2年生の通過率です。100点満点の何点と考えていただいていいと思います。そうすると、一番最後の右側の平均のところが76点ですね。小学校1・2年の聞こえる子どもです。しかし、平成19年にPろう学校でやったときには、平均点は24点でした。聞こえる子どものずっと下です。どこが特につまずいているのかというと、名詞、形容詞、動詞とできなくなっていって、それから次にまた大きく下がっているのは動詞の否定の形ですね。「~ません」という活用形です。その後さらに大きく下がったのは助詞、ここから先はほとんど分からない状態でした。ですから、1つは日本語の動詞の語彙数が足りないという問題。走る、とる、すわる、食べる、この4つがすべてわかった子は半分しかいません。ということは、日本語を本当に知らないということですね。基本的なことだけども。さらに否定形では、4つ全てが分かった子どもは3分の1以下でした。それでどうしようかということで、活用をきちんと勉強しなければならないということで、久留米聾学校の早川恵先生がちょうど同じような時期に取り組んでいらっしゃったのですが、そこの教材などもお借りして、このようなカードを作りました(図省略)。右側に活用、裏側が絵になっているのですが、ピクチャー・カードというのを動詞150ぐらい使って、活用を書く練習をしました。例えば、動詞の活用は国文法で皆さん勉強されたと思いますが、1つは五段活用といわれるものですね。これは日本語教育の中で1グループと言いますが、変化のしか katuyousidou.pngたが少し複雑な動詞です。それから、国文法の上一段、下一段活用というのは2グループとしてひっくるめます。これは、活用のしかたは単純です。「食べる」だったら、「べ」「べ」「べ」「べ」とするだけで、下の部分が変わるだけです。語幹の部分が変わらない。これがパターンです。だいたい、この動詞はすべて最後が「る」で終わります。ただ、「る」だからといって、すべて2グループではありません。次に3グループといわれるのは、いわゆるサ変、カ変。「くる」と「する」。この2つだけ。これは覚えておけばいい。こういう活用練習のプリントを作って、朝の時間帯にやったり、宿題に出したりしてやりました。そうすると、子どもたちはだんだんルールが分かってくるわけですね。そうすると、国語の教科書を勉強していても、この活用は何というと、かなり言えるようになってきます。この頃よく批判も受けました。つまり、私たちの文法というイメージは、たぶん中学で現代国語の日本語の文法、高校で文語の文法を勉強したそのイメージなのですね。だから聞こえない子にそんなむずかしい活用などをやらせて意味があるのかという批判。では、そうおっしゃる先生の子どもはきちんと活用できますか、といったらできないわけですね。やらないのにこういう批判を言う。でも、やはり小学部の1年生ぐらいでもこれは1つのルールとして身に付けてしまえば使えるようになるのです。聞こえる子が耳から3歳で日本語の基本的なことばの使い方を学習するのと同じように、聞こえない子どももきちんとルールとして教えれば身に付くんですね。それが、聞こえない子どもには必須だということです。それをしないと耳からだけでは入らないんです。聞こえる子どもと聞こえない子どもでは、情報の量が全然違いますから。

 

josigaosidou.pngもう1つは助詞です。これも厳しい。特に格助詞の「が」「を」「に」「で」「と」。Jcossでは、格助詞「AがBを追いかける」といったかたちで出てくるのですが、これが4つできたのは小学部1年では6人に1人。6人が1学級にだいたいいますから、助詞がきちんとできたのはクラスに1人という状況だったわけです。これは、いろんな指導のしかたがありますが、「が」と「を」の指導というのは、非可逆文、例えば、「太郎がラーメンを」というのは非可逆文です。ラーメンと太郎が逆になると、「ラーメンが太郎を食べる」というふうになりますね。それは、ナンセンス、意味として成り立たない文です。そういうのを非可逆文といいますが、まず、この非可逆文を使って指導します。これが「太郎がラーメンを食べる」ですね。もしこれが、「を」と「が」が逆になって「太郎をラーメンが食べる」となるとどういう意味になるか。こういう意味になってしまうのです。これは子どもにとって初めて「が」と「を」の違いが、こんなふうになるんだ、おもしろいねと分かるのですね。「が」と「を」が入れ替わるとおかしくなる、意味が「が」と「を」にあるのだということから始まって、「が」と「を」の格助詞の違いが分かってきます。それが分かるようになると、次は可逆文です。「太郎が花子をたたく」、これは「が」と「を」が逆になっても、意味としてはおかしくないですね。意味が反対になるけど、おかしくはないですね。これが、「太郎が花子をたたく」です。「太郎を花子がたたく」になるとこうなります。意味的にはおかしくない。こういうふうにしていくと、どちらが「が」で、どちらが「を」か。やる側が「が」で、やられる側(対象の側)が「を」だということの意味が分かるようになります。

 

josisyuwa.pngそれから、まだほかに助詞はありますね。助詞をどのように指導したか。これは手話の助詞記号です。最初は手話の記号、例えば「に」の目的地という一番左上のところで、手話の上に記号を書いています。四角を書いて矢印です。これは、目的地の「に」といいますが、「学校に行く」とか「家に帰る」といったどこかに行くときの「に」です。記号を最初使って教えたのですが、さらに厳しい子ども、あるいは1年生ぐらいの子どもには記号の意味が抽象的で分からない。それで手話を使ったらいいのではということで、手話の記号を考えたわけです。これは、手話を日常的に使っている子どもの指導には、はまります。

joside.png例えば「で」ですが、「で」には格助詞の役割が4つあります。「で」の意味は4つだけです。場所の「で」。例えば「食堂で食べる」。食堂という場所ですね。そこで食べる。場所の「で」は、この場所の意味だよと教えます。次は範囲の「で」。「3時で終わる」、「3人で食べる」などです。期限・範囲の「で」というのを使いますが、これは手で区切る、この意味だよと教えます。次は「はさみで切る」。これは、道具、材料、手段、方法。最初は手話を「使う」の手話ではなくて、「方法」の手話を使っていましたが、今は「使う」の記号で使っています。「はさみで切る」というときの「で」にはこういう意味があるんだよ、と教えます。それから原因・理由ですが、「かぜで休む」というときに、この4つだけです。このように、手話で、このときに使う「で」はどの「で」と教えることができるわけです。ですから、子どもが「学校で行く」と日記に書いたりすると、これはおかしいよね、「学校で遊ぶ」とか「学校で~する」というときは「で」だが「に」使わないよね、では「に」はどうするのか。「に」は場所を作ってそこに向かう、目的地の「に」、行き先の「に」というのがあります。「学校に行く」。これは、人指し指でその地点を指しています。「に」にはそういう意味があります。こういうふうな使い方です。

それから「教室にある」。そこにある、移動を含まない、存在の「に」です。次は時間の「に」。「3時に会う」、「3時に食べる」というときに、時間を指しています。それから、相手を作っておいて、「先生に」はその相手を指す「に」。対象の「に」です。「に」は細かく分けるとほかにもありますが、低学年で教えるときはこの4つぐらいで間に合います。この使い方を、助詞の意味としてあるんだよと教えていきます(図省略)。もう1つ、「を」もあります。「を」も3つぐらいあります。1つは出発点の「を」です。「トンネルを出る」。場所を作ってそこから出る。それから「トンネルを通る」。通過の「を」です。「踏み切りを渡る」というときなどです。それから対象の「を」です。「トンネルを見る」。「を」の役割もこれらの3つぐらいあります(図省略)。「で」「に」「を」の3つを、それぞれ時間をかけて教えていくと、 josinideo.png意味がつかめてきますね。そうすると、今度は、この表の今は横に学習しましたが、縦の場所というところに視点をおいて、「に」「で」「を」を教えます。場所に関する「に」「で」「を」というのは、場所を設定しておいて、「お風呂に入る」「お風呂にある」「お風呂で遊ぶ」「お風呂を出る」。こういうふうな場所を使えば、「に」「で」「を」という助詞を区別できるようになります。「お風呂に遊ぶ」とは言いません。そういうときは「お風呂で遊ぶ」の「で」。このようにしていくと、だんだん区別できるようになっていきます。あるいは、「を」では実際に遠足にいったときに、その場面の写真を撮っておいて、「電車を降りる」というときは出発点の「を」、「改札口を出る」というのも「を」、通過の「を」では、「横断歩道を渡る」とか、「線路を横切る」。対象の「を」は「扉をあける」、「看板を見る」。こういうこともやったりします。

こういうふうにやって、教えただけで終わるのではなくて、助詞の毎日プリントを準備して繰り返すと、必ず成果が出てきます。分かるようになります。

 

hinsikado.pngもう1つは江副文法です。さきほど前の先生から話が出ましたが、この導入を平成21年ぐらいから進めたんです。これは最初、私たちもどのように使えるのか、よく分からなくて、最初1年ぐらい試行して、これは使えるねということになって本格的に使い始めました。

このようなカードを作りました。例えば、基本的なものだけ話しますが、名詞の場合は黄色い長方形、それから、時数詞といって、名詞なのですが、時間とか数量を表す名詞というのは、普通の一般的な名詞と違った使い方ができるのです。例えば、「きょう、行きます」とか「3つ持ってきて」とか。助詞を抜くことができるのです。こういう使い方ができるのが時数詞です。これはピンクで表します。それから「なにで名詞」というのは、国文法でいう形容動詞です。「きれいな人」、「きれいになる」、「きれいで優しい」など、後ろに付く言葉で、きれいな、きれいに、きれいでと使うのですが、活用しないと考えるんです。これで十分使えます。それから、活用するものは動詞、形容詞、国文法でいう助動詞 (「です」「でした」「ではありません」など)、この3つだけです。

 

kokugohinnsibunkai.png最初の「天の高天の原を追われたスサノオノミコト」の長い文章を品詞カードにはめ込むと、実にすっきりと視覚的にわかります。まず、品詞カードを使って、文を品詞に分解していきます。それは、さっき言ったように、名詞は黄色、動詞は緑の細長い形にします。助詞は今抜いていますが。だいたい、これが品詞ですね。そうすると、名詞がいっぱいあって、動詞が3つ入っているのがわかりますね。これをさらにみると、名詞は、「の」が間にある両方に名詞が来るものは、1つの名詞として扱う、これも文法なんです。この文法を使ってもう少し短くします。そうすると、このように少しすっきりします。「天の高天の原」を1つの名詞と考え、「下界の出雲のとりかみ」も1つの名詞として考えます。さらに、名詞の前にある動詞、それはその名詞を修飾するという文法があります。これは名詞句というものを作ります。こういう文法があるんですね。それで並べて、下に江副文法の構造があるのですが(後でまた話します)、それにはめ込むとこういうふうになります。

「天の高天の原を追われたスサノオノミコト」を名詞句、1つの大きな名詞として考えるよと、くくってしまいます。そうすると1つの名詞になりますね。そして、助詞を入れて、さらに下も「下界の出雲のとりかみという土地」というふうに、「土地」という語に全部かかる名詞句、名詞だよとします。これで、非常にシンプルになります。「~は~にくる」、「僕は学校に行く」というのと同じパターンになるわけです。このように日本語の文が長いと、どこで切れているのかが分からない子どももたくさんいますから、そういう子どもに教えるときには、このようにすると非常に視覚的にわかるし、構造がわかりますね。

 

hukubun.pngもう1つの例。複文を作ることが非常に簡単にできるようになります。聞こえない子どもは複文作りができないと言われますけど、これを使うと、わかりやすくできます。例えば、「ケーキはおいしい」。これは文ですね。さっきも言ったように、動詞や形容詞は、名詞の前にもってきて修飾することができます。修飾用法ですね。前に持ってきた形。「おいしいケーキ」。これを文にすると、「おいしいケーキを食べた」という文を作ることができます。これが、複文の基本です。これをさらにもう少し文を長くします。「食べた」をその前にもってきます。「食べたおいしいケーキ」、「昨日私が食べたおいしいケーキ」、これで1つの文ですね。このようにつなげていきます。さらに下に文を作って「母が作ったケーキです」とします。これが複文です。このようにカードを使って並べることで、複文がきちんとできるようになります。このように非常に優れたものの教材だと思いますね。こういうものにろう教育で何十年も誰も気付かなかったのはなぜでしょうか。誰も気が付かなかったですね。これは、新宿日本語学校の江副隆秀先生が作ったんです。すごいなと思います。

 

gimonbun.pngこの品詞カードで疑問文を作ることもできます。例えば、「昨日、私は巣鴨駅でお金を拾った」という文。これをまず、品詞に並べます。江副文法では3つの構造に分けます。一番左に情報、真ん中に助詞、最後に述部。述部というのは、文の一番最後にくる部分です。ですから、たいていは動詞がきます。形容詞があったり、名詞があったりもしますが、動詞が多い。そうすると、この最後の述部にくるのは「拾った」という部分です。あとは、順番に並べるだけです。「きのう」「お金を」「拾った」「巣鴨駅で」「私は」。この文の場合は、このような4階建ての構造になっています。「きのう拾った」「私は拾った」「巣鴨駅で拾った」「お金を拾った」。全部つながっていますね。これは、並べ方として正しいですね。

日本語というのは、英語などと違って、基本的に語順にこだわらなくてもいい文法なので、「私は」と「昨日」を入れ替えても構いません。あるいは、下を変えて「私は昨日お金を巣鴨駅で」としても問題ないですね。日本語の場合は、語順を入れ替えても正しい文だという文法があるのです。この構造がわかるのです。さらに、「私」というのは「誰」、「昨日」は「いつ」、「お金」は「何」、「巣鴨駅」は「どこ」に対応します。これは別のカードを用意しておいて、「いつ」をここに入れ替えます。「私はいつお金を巣鴨駅で拾ったの?」とすれば、疑問文になります。「ではこれは何?」ときくと、「いつ」のところは、「昨日」でしたから、昨日ということがわかります。あるいは、「どこ」を当てはめることもできます。このようにして疑問文と答えの部分を教えることもできます。

  jcoss3.pngこのような動詞の 活用あるいは助詞を指導して成果はどうだったのかということですが、これは一年おきに小学部の1・2年生、1年おきですから、1・2年生だった子どもは3・4年生になります。ですから、子どもは入れ替わっています。19年、21年、23年ととってみたら、こういう結果が出ました。少しずつ上がっています。平成19年は、通過率100点満点で平均が24点、21年度はあまり変わっていないですね。次になったら51点にずっと上がったんですね。次の25年度、この2月にやったのですが、60点でした。聞こえる子どもの平均が76点ですから、結構アップしていることがわかりました。だけど、本当にこれは小学部だけの指導の成果なのか。そうとは言い切れないのです。というのは、幼稚部さんにもJcossというのをやっていまして、それを年長の子どもの通過項目数という、評価の仕方を通過率ではなく、通過項目数に言い換えています。要するに、Jcoss20の項目がありますから、そのうち、何項目通過したのか ということで見るんですね。最初の1項目目、名詞、形容詞、動詞ときていますね。最初、単語でしたね。その次に2語の連鎖、2語の否定文、3語の連鎖とだんだんレベルアップしていくのですが、1920年度の子どもたちが平均何項目できたかといったら、3.8項目。3.8項目といったら、単語で、語の連鎖にまず届かない。2122年度の年少さんは、数はまとめているので2年分なのですが、5.8ポイントとなっています。その次の年は7.9項目。2324年度の年少さんたちがさっき見ていただいた25年度の小学校の1・2年生になります。このように幼稚部のJcossの結果もだんだんとアップしています。ということは、幼稚部がずいぶんがんばって日本語の力を付けていると jcossnentyou.pngいうことなんです。これは何かというと、語彙の数なのです。文法というのは、語彙・単語があるからその並べ方があるわけで、単語がなければ文法は使えないのです。まず、語彙の数なんです。その語彙をだんだん幼稚部の子どもたちが習得できるようになってきているということです。幼稚部の目標としては、文法が始まるのが7項目ですから、7項目ぐらいを目標にしているのですが、7項目を平均で超えるようになってきています。なぜ、7項目にこだわるかというと、過去の幼稚部3年生の段階で、7項目以上の子どもをすべて集めて  平均をとっていくと、だいたい、これだけ通過している子どもは最終的に小学部の目標とする18項目、つまりJcoss 20項目の90%はできるようになるのです。これを1つの目標にしています。だいたいできるようになります。ですから、幼稚部段階で文法の段階、7項目を1つの目標として考えていいと思います。そこにだいたい届くようになっています。

jcossyoushou.pngJcossは幼稚部1年生からずっと年1回やっているのですが、平成1718年度というのは一番下の青い線です。

1920年度に年長だった子どもたちは紫の線で通過3.8項目、それから緑が2122年度で通過5.8項目。このように2年ぐらいおきにとっていくと、だんだん角度が急になって上がっていくのがわかります。なぜ語彙が増えるようになったのかということが1つあって、それはこのJcossだけではわからないので、WICSという検査をしました。

 

WISC(ウィスク)というのはお聞きになったことがあると思いますが、いわゆる知能検査で、動作性検査と言語性検査に分かれています。動作性検査は、ことばはなくても、課題だけを見て処理できるものです。この力は聞こえる子どもも聞こえない子どもも、あるいは大人になっても、聞こえない人も聞こえる人も、差はありません。問題は言語性検査です。言語性検査には、こういういくつ wiscnobi.pngかのテスト項目が入っています。これをやって、何がどこまでわかるようになったのかをみます。これは、人数が限られているので、3年おきぐらいにとっています。一番最初始めたのが19年度になりますが、192021年度に言語性と動作性に分けた平均の評価点です。評価点というのは、20段階あるのですが、10をいわゆるIQ 100と考えていただいていいと思います。聞こえる子どもの平均です。だいたい評価点 1 ぐらいがIQ7ぐらいに相当すると考えていただいていいです。3つに区切ったどの年度をとっても、緑の動作性は10ぐらいですからノーマルです。いつとってもノーマルです。ただし、言語性はやはり少し違います。だけど、少しずつ伸びて、最後はぐっと伸びています。9.3です。9.3というのはIQ90以上に相当しますから、ほぼ聞こえる子どもに近付いているということになります。これをそれぞれの言 wiscgengonobi.png語性に含まれている項目ごとで、評価点がどれだけ伸びていったのかを、19年度から21年度までの47名と、この直近2年間の子どもたちと比べてみたのです。そうすると、全体的にパワーアップしています。その中で非常にアップした項目があって、それは類似という項目です。類似とは、2つのことばの類似点・共通点を説明できるかという問題です。これ、絵はないんですよ。これは例題ですから提示してもいいのですが、「りんごは、知っている?」「知っている」、「バナナは?」「知っている」、「では、りんごとバナナはどこが同じなのか、似ているのか」ときくんですね。でもこれが、3・4年ぐらい前の子どもたちでは、何をきかれているか分からない子どもが3割ぐらいいたのです。例えば、私たちは、りんごというものに対して概念を持っていますね。例えば、赤い、種がある、甘酸っぱい、木になる、食べる、果物など。一方ではバナナに対しても、黄色い、甘いなど概念を持っています。この概念を比べて、同じ概念を1つのカテゴリーにくくることができるかどうかということです。例えば、バナナとりんごでは、両方とも果物だということがわかるのか、両方とも食べるものだとわかるのか、両方とも木になることがわかるのか。また、色が違うという違いがわかって、それをカテゴリーで分かるということが非常に大事なのです。これは、ことばを一番最初に習得していくときのメカニズムとして、私たちにとっても、子どもにとっても非常に大事なことで、ここでつまずいたら、その後の語彙の習得に進まないのです。私たちは、今言ったように「りんご」なら「りんご」というものに対して概念を持っている。その概念をどれだけ持っているかということも子どもによって違いますよ。その概念 gainen.pngを持っていて、それを同じように、りんごだけではなくて、ぶどうにも、みかんにも、なしにも、桃にも持っていたら、こういうものをひっくるめてこれが果物だと共通のカテゴリーでくくれることが語彙を築くのに非常に重要です。果物ということが分かれば、同じように野菜というくくりがあることも分かりますね。あるいは、米とか、小麦などの穀物のくくりもあることが分かりますね。このカテゴリーでくくれるということが分かれば。そうすると、これは全部ひっくるめて、例えば植物というくくりでもいいわけです。植物というくくりがあるとすれば、一方では動物というくくりもあるはずです。そのくくりがあって、それをさらにひっくるめた概念として生物もあるわけです。このように、語彙というのは、最初の基本の概念があって、それが寄り集まって共通の概念でくくれる、さらに別の共通の大きなカテゴリーでくくれるということになっていって、非常に複雑で膨大な体系を持っているわけです。こういう概念があるから、別のくくり方として、植物だけでなくて、農業や農産物などといったくくり方もできることもわかります。こういうふうにくくりがあって初めて私たちはTPPがどうとか、所得格差がどうとかといった議論ができるのです。われわれが議論ができる前提には、こういう概念が全部頭の中に整理されてファイルとして積め込まれているということです。このファイル作りがうまくいかないと、そこから進まないわけです。要するに、りんご、ぶどう、みかん、なし、桃は知っているが、それを共通のカテゴリーでくくれなければ、全部1つずつ別のことばとして覚えるしかないのです。それは無理なのです。整理をして記憶していくことが大切なわけです。これを得意な子と、不得意な子がいるので、不得意な子にどういうことをやるかというと、「ことば絵じてん」というのを作ります。これは絵日記とは違います。絵日記はエピソードを語る、その子の体験を語るものです。絵日記で使ったものを別のノートに集めます。そうすると、例えば文房具というくくりを作れます。あるいは、洋服というカテゴリーでこういう整理もできます。この1つ1つがカテゴリーなんです。あるいは、こういうような照明器具(図省略)。これはたまたまお風呂に入っているときに電球が切れてしまった。それをきっかけにして、家にはどんな照明器具があるかを子どもさんと調べて作ったのが、この右側の照明器具というもので、このような整理のしかたをするのです。これは調理を使うもの。こういう整理のしかたをすると、子どもは視覚的に頭の中で、これは何のくくり、これは何のくくりというふうに整理ができる。こういう整理のしかたができるようになると、教室でお菓子作りをしたときに、洋菓子と和菓子のカテゴリーに分ける。これも1つのカテゴリーですね。では、洋菓子、和菓子はあるけれど、中華まん、豚まんはどっちに入るのか。入らないですね。別のカテゴリーなので。同じお菓子だけれども、これは中華菓子というカテゴリーを作る。だから、新しいものに出会ったときに、今まで知っているカテゴリーに照らし合わせて、これは同じものだ、これは違うから別のカテゴリーというように作っていくわけです。こういうことをすることが大事なのです。聞こえる人は、このようにいちいちやらなくて、全部耳から入って頭の中にきちんと整理をしているわけです。辞典を作っているのです。それは、聞こえない人にはむずかしいので、視覚的なものを使ってや gainenrei.pngるのです。それは名詞だけではなくて、例えばここでは、命令のことばというのがあります。忍者ごっこをしたときに、命令形のことばを集めたのです。これは動詞の活用の一部ですね。このように命令のことばということで集めるのも1つのカテゴリーです。ですから、ことばについても、こうしたカテゴリーの整理のしかたができます。こういうふうにやっていくと、類似が分かるようになっていきます。類似の項目が、最近の子どもたちは、聞こえる子どもたちとほとんど同じぐらいの得点がとれるようになったということなのだろうと思います。これは、語彙を習得していく上での非常に基本的なことで、発達的にも早い部分なので、ここで最初につまずいてしまうと後に進まないのです。いかに早くここをフォローできるかということが大事だということに最近分かりました。ということで、だいだい1時間になりましたので終わります。(終)

 

*「ことば絵じてん」作りに関しては、掲示板記事・教材等を参照してください。