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「江副文法」は、日本語習得に有効か?

 先日、たまたまネットを見ていたら「江副文法とろう児の日本語教育」というブログを見つけた。2014年にアップされているのでもう5年が経過しているけれど全く知らなかった。書いた人は、当時聾学校に勤務する重度難聴者ということだ。

読んでいて、「これはどういうことだろう?」と、理解できないことがあったので、このブログを引用しながら私なりに整理したいと思う。(なおこのブログ原文は以下のURLなので参照されたい。)

https://ameblo.jp/sugars-le-penseur/entry-11915204011.html

 

〇江副文法に対する疑問点

 まず、このブログの著者の言うところは、私なりに整理するとこういうことである。(「」は原文から引用)

  江副文法という日本語指導法は、「外国人を対象にした日本語学校で実践されている指導法」であるが、「聴覚障害児の日本語指導にも使えるということで」ろう学校にも導入されている。確かに「文法を可視化するとういう点ではユニークな発想だ。」しかし、外国人の日本語学習に有効ということが、きこえない子の日本語学習にとっても有効と言えることにはならない。この指導法は、「日本語が、外国人にとっての『第二言語習得』だからこそ可能である指導法」ではないか? 「外国人は『母国語』という基盤があるからこそ、『第二言語』習得に進むことができる。聞こえない子は、『母国語』である日本語の基盤がしっかりしていない。それなのに、『第二言語』として指導するのは危険なのではないか?」「聴覚障害者を日本人たらしめるための鍵は、"身体"である。文法を体系的・理論的に指導するのではなく、日本語を"身体化"させることが大事だ。聴覚障害者も"日本人"であることを忘れてはならない。」

 

おおよそこのようなことである。ここでブログ著者のいう「母国語」とは、「第二言語」と対比的に使用されていることから、「第一言語」あるいは「母語」(幼児期に最初に獲得し最も自由に使える言語・新明解国語辞典)の意味のようだ。また、"身体化"とは、きこえる人にとっての音声日本語のごとく、いちいち意識することなく自由に使えるという意味であろう。

 要するに、第一言語が不十分なきこえない子にとって大事なのは、「母国語」(第一言語)としての日本語を、自由に使えるほどに十分に獲得すること("身体化"する)であって、そのための方法として、「この場面では『が』がふさわしいよな。こういう文章には『に』を入れたらよいよな」といちいち立ち止まる方法では「効率が悪」く、このような方法を使うべきではない、ということのようである(では、具体的にどのように、ということは"身体化"というキーワードが提示されているだけで具体的な記述はない)。

 

 ブログ著者が言うように、きこえない子が日本語を、文字通り❝自由に❞使いこなせるようになるのは理想である。しかし、現実には非常に困難であろう。そのような方法があったら私もぜひ知りたいものだと思う(但し、このブログ著者は自由に日本語を使いこなせる人のようである。そういう点で自分がどのように教育を受けてきたのかをオープンにすれば、きこえない子どもをおもちの保護者の方々や教育関係者には大いに参考になると思われる)。

 

〇私たちは江副文法をどのように取り入れたか?

  よく使う基本的な品詞カード(江副.jpgさて、聾学校小学部に入学してくるきこえない子どもたちの日本語力は、保護者や関係諸機関の先生方の努力にもかかわらず、教科書を学習する上では不十分な日本語力の子らが多いのが現状である。このような子どもたちを前にして、とにかく教科書が自分で読める力をつけるためにどうすればよいのか? このことを真剣に考えていた10年ほど前にたまたま出会ったのが「江副文法」であった。しかし正直、文法を可視化するという江副文法が本当に聾児たちに使えるという確信はなかった。そこでまず自分たちが勉強することから始めたのだった。週2~3回半年間、新宿日本語学校の夜間講座に通って勉強した。そして、勉強する中で私自身が思いついたのが「助詞記号・助詞手話記号」であった。最初は江副先生ご自身もこの記号の意味がよ 助詞手話記号一覧.jpgくわからないようだったが(手話をご存じない先生にとっては当然のことだが)、その後の「江副文法」の指導法の中にもこの記号を発展させるかたちで取り入れられたのであった(つまり逆輸入)。

この「助詞手話記号」を子どもたちの日本語指導に取り入れた時、子どもたちの表情が「あ、そういうことか!」と変わったのをよく覚えている。それまで助詞の意味がわからず何度直されてもまた間違えてしまう子たちが、手話で意味を説明されて初めてわかった瞬間だった(子どもたちは、対応手話も含めて手話を身につけた子どもたちである)。

 

〇学習の過程で試行錯誤は避けられない

文法指導の指導内容一覧表.jpg「この場面では『が』がふさわしいよな。こういう文章には『に』を入れたらいいよな」。ブログ著者が言うように、助詞が意識しないで使えるようになるまでは、このような試行錯誤は避けられない。しかし、学習を積み重ねていけば、意識しないでも使える時期は来るのであり、それは必要な習熟の過程ではなかろうか。このことについて、幼児にこの「江副文法」を日本でおそらく初めて導入した、ある保護者は次のように語っている(実は、幼児期にこのような教材が本格的に使えるとは私自身はあまり考えたことがなかった。「品詞カード」での品詞の分類には幼児期に使ってきたが、助詞や動詞・形容詞の活用などの本格的な文法指導の方法としては、小学生以上が対象と考えていた。しかし、この子の例で、幼児(年中~年長児)の日本語習得に有効であることを知った。因みにこの子は、年長時には、JossWISCⅣ、絵画語彙検査、質問応答関係検査などあらゆる検査で同年齢の聴児よりも高い値にまで達した)。

 

*ある保護者の回想・・

「自然に文法を使いこなせるようになるまでは、頭で考えながら助詞を選ぶ時期は当然あると思います。立ち止まるどころか考える材料すらないのがわが子でした。いつ『が』なのか、どうして『に』なのか、全く考える材料を持っていなかったのです。

まずはその材料を与えること、それが江副式の文法だと思いました。やり方を学んだら、そこから考えて自分で使用してみる。その段階を通ってそのうちに自然と使いこなせるようになる。自然な言語運用ができるまでには、立ち止まるのは通過点、そう思いました。」

 

〇江副文法で指導した結果は?

  Jcoss2008と2017比較.jpgこのように江副文法を軸として、私たちは日本語文法の指導を聾学校小学部での週1時間の自立活動の時間や学級の時間、宿題等で指導を続けた。その結果、文法力も年々伸びた(右上グラフ参照)。そして、このような指導の成果も含めて、Reading Test(読書力検査)では、平均偏差値50を超えるに至ったのである(右下図表参照)。もちろん、この成果が文法指導だけによってもたらされたものとは思わない。しかし、そこに文法指導の成果が含まれていることも事実である。まず、語彙力と文法力という、文理解に必要な土台を育てることは、トータルな日本語力の向上には欠かせない。そのための視覚教材である「江副文法」は子どもの日本語 読書偏差値・割合.jpgのサムネール画像習得を促進するということを、私たちは10年にわたる実践 で示した。第一言語、第二言語といったことよりも、日本語の語彙や文法、日本語の文の構造を見えるようにする(=可視化できる)教材・教具という意味が大きいのである。そのことは、このホームページの幼児に江副文法を適用した事例、成人聴覚障害者に適用した事例をぜひ参照していただきたい。

 

 〇読み書きは「読み書き」の中で身につく http://nanchosien.com/papers/04-2/

 〇幼児の日本語指導教材と実践 http://nanchosien.com/papers/04-4/

 

ブログ著者は、「きこえない子どもへの日本語指導を外国人への日本語指導と似せてはならない」という。ならばその根拠を具体的に示し、きこえない子の日本語習得にとって、それ以外の有効な方法を提示し、実践的に証明しなければならないのではなかろうか。

木島照夫(元聾学校教員)

┃難聴児支援教材研究会
 代表 木島照夫

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